FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

充実した一日・・・・
昨日の強風と雨のため、本日の上京となった。
余裕を見て1本早い特急に乗ることにする。
寝坊してはイカンと気になって夜中に何度も目が覚める。
おかげで寝不足・・・(大笑)
ダイヤが正常に戻っているかが不安だったので1本早い便(予定よりも2時間も早い便)に乗った。
で・・・早く着き過ぎた・・・(大笑)
うまくいかないものである。

今年の「戦没馬慰霊祭」・・・・
今年から軍馬と軍犬、軍鳩の慰霊祭と合同となり、今回は、その第1回目の慰霊祭である。
さて・・・我が騎兵第14連隊からは何人参加されるのか・・・・
誰も来ないのではないかと思ったら、結構集まった。
“オビカワさん”“オオクボさん”“タカギさん”“カトウさん”・・・・
全員90歳を越している。
最年少は92歳の“オビカワさん”かな?

今回、実は、この慰霊祭で一人の女性と待ち合わせなのである。
昨年、拙者のホームページを見て彼女がメールをくれた。
ドイツ在住の彼女の友人が日本陸軍の騎兵に興味があり、慰霊祭に参加したいとのこと。
できれば、騎兵の方々とも話をしてみたいということだった。
大いに結構・・・ということで、お誘いしたが・・・
残念ながら、この円高のせいだろう、来日にはお金がかかりすぎるということでドイツ人の友人は来日できなくなり、彼女一人だけが来ることになった。
会ったこともない人なので、拙者が早めに来て、待っててやらねば困るだろう。
それで前泊を考えていたのだが・・・
いずれにせよ、無事に受け付け時間前に到着。
彼女、“イワマさん”とも無事に会えて、おしゃべりが弾む。

001_convert_20120402215240.jpg

軍馬、軍犬、軍鳩・・・各慰霊祭は別々に行われていたが参加人数が激減・・・
そのため合同の開催となったが、合同となって、ようやく以前の「戦没馬慰霊祭」なみの参加者数となった様子。
ご老人の大半は騎兵・・・軍犬、軍鳩関係者は数えるほどしかいない・・・
これから先々が不安である。

いつもは拙者は、この後は真っ直ぐ「直会」へ向かうのだが・・・・
“イワマさん”が昇殿参拝をしたことがないと言うので、他の参加者とともに昇殿参拝をする。
わが連隊の皆さんは昇殿参拝には参加せず真っ直ぐ直会へ行ったらしい。
で・・・この昇殿参拝でのこと・・・
某青年から「あ、娘さんと一緒にご参加ですか?」と声をかけられた。
娘?・・・ん?
「ちがうよぉ~!知り合い!友人!」
なんと、“イワマさん”を拙者の娘と思ったらしい。
なんとも怪しからん話である!(大笑)
で・・・そういえば彼女の年齢を聞いていなかったので尋ねたら・・・
23歳だという・・・
そうでしょ?23歳でしょ?娘だなんて失礼な・・・ねぇ~
ん?あれ?そういえば、拙者の姪は19歳である。
4歳しか違わない・・・
ということは・・・拙者に23歳の娘がいてもおかしくはないのか?
あれれ・・・いつの間にそんなに歳を取ってしまったのだ?・・・

直会は、いつもの偕行社・・・・
“イワマさん”も誘って一緒に参加する。
慰霊祭後に帰宅された方も多いので、人数が激減し、騎兵13連隊と騎兵14連隊の合同懇親会となる。
この2つの連隊は、同じ騎兵第1旅団なので不自然さはない。
最近有名になった「騎兵の父」と呼ばれる秋山好古の後輩の部隊である。
が・・・通常は合同では行わないので、拙者などは騎兵13連隊のメンバーとは面識がない。
初対面である。
騎兵13連隊のメンバーから「いつも参加されているのでお顔は存じ上げていますが・・・何年兵ですか?」などと質問が出る。
やっぱり・・・そう来たか・・・(大笑)
「祖父が騎兵14でして・・・大正8年入隊で・・・」と祖父について話をしたが・・・
「おお!大先輩ですね~!秋山好古の後輩!そうでしょ?」
う~ん・・・そんなに昔じゃないんだけど・・・(笑)
騎兵13連隊の大御所は95歳・・・
華南作戦に参加されたそうで・・・・
内蒙古の話、包頭の話で盛り上がったら・・・他の方から「行った事があるんですか?」との質問・・・
「はい、行った事がありますよ。黄河の近くに陣地があって・・・」と説明したら・・・
「で・・・おたくは何年兵?」
またもや・・・である。(涙)

元海上自衛隊の自衛官だった“イワマさん”からも「昔の軍人さんっぽい」と言われたくらいだから、無理もないかもしれないが・・・(大笑)
毎度、毎度、説明するのが大変である。(涙)

と・・・今度は隣の会場に集まっていたグループの中から、拙者に声をかけてきた人がいた。
う~ん・・・お顔は覚えているのだが・・・名前が思い出せない。
「騎兵15で、いつもお会いしている・・・確か・・・戦車第2師団の・・・」と拙者の名前も覚えておられる。
「いやぁ~あなたに会いたくていたんですよぉ~」とのこと。
ん?・・・あ・・・思い出した・・・騎兵15連隊の“コスギさん”だ・・・(笑)
「で・・・こちらは・・・奥様ですか?」と“イワマさん”のことを言う。(大笑)
今度は娘じゃなくて、奥さんだって?(大笑)
かわいそうな23歳・・・51歳の奥さんに間違えられるとは・・・
今度は“イワマさん”が「不幸な目」にあって大笑い。

“コスギさん”は大戦末期には騎兵学校の戦車教導隊に所属していた。
騎兵学校の戦車教導隊では本土決戦のため戦車連隊を編成し、“コスギさん”は、その指導教官として一式中戦車の車長をしていたという。
ところが、どうしても一式中戦車がどんな戦車だったのか思い出せないという。
「お恥かしい話なんですけどねぇ~自分が乗っていた戦車のことを覚えていないなんて・・・」
無理もない、90歳を過ぎているんだから・・・・
歳を取って、フッと思い出して気になってしまったんだろう。
「あなたは確か戦車第2師団でしょ?それであなたなら何か一式中戦車についての史料を持っておられるかなと思ってね。それで今日、会えるかなぁ~と思って楽しみにしてたんですよ」とおっしゃる。
毎回継続して参加していて良かった・・・と思った。(喜)

「あれは、どう操縦しましたっけ?」と尋ねられても・・・
拙者は戦車なんか操縦したことがないから・・・知りませ~ん!(大笑)
確かに、我が戦車第2師団の戦車第7連隊には一式中戦車が配備されてフィリピンで米軍と戦ったという様な事が定説となっているようだが・・・
実際には配備されていなかったという話もある。
いずれにせよ、戦車第7連隊はフィリピンで玉砕してしまっていて生還者も少ない。
う~ん・・・多分、今もご健在なのは姫路の“スナカワさん”だけかも知れない。
彼は戦車の操縦手だったから知っているだろう。
今度、連絡を取ってみようかな・・・
“コスギさん”には、何か資料を見つけたらお送りすると約束をする。

そのうち、若い連中が会場にやってきた・・・
昇殿参拝の時に“イワマさん”を拙者の娘と言った青年達である。(大笑)
「どうせ人数が少ないんだから、こっちに来て一緒に飲もうよ!」とみんなが誘い、更に合同の飲み会となる。(笑)
「先ほどは娘さんですかなんて言って失礼しました」と青年・・・
彼は陸上自衛隊の現役の空挺隊員だった。(大笑)
で・・・今度は元海上自衛隊の“イワマさん”が参戦して・・・(笑)
海上自衛隊と陸上自衛隊の話で大盛り上がり。(大笑)
期せずして話題の絶えない楽しい飲み会になってしまった。(大笑)

“戦友”たちは、一人、二人と途中で帰宅し・・・
最後まで残っていたのは、お酒好き、軍歌好きの“オオクボさん”93歳・・・・
いつものパターン・・・
「さぁ、軍歌を歌いましょう!」である。(大笑)
そのうち閉館時間の5時となり、会はお開きとなる・・・
靖国通りに並び・・・“オオクボ陸軍少尉殿”に敬礼して見送る。
「少尉殿に~!敬礼っ!」
道行く人達は・・・怪訝な顔・・・(大笑)

まさか5時になるとは・・・
楽しい時間はあっという間に過ぎるものである。
驚いた・・・・
実は5時発の特急で帰ろうと思っていたのだが、もう間に合わない。
会合の帰りに“イワマさん”と喫茶店にでも立ち寄って、おしゃべりをしようとも思っていたのだが、時間がなくなってしまった。
地下鉄でお別れ・・・又の機会にコーヒーを飲んでおしゃべりをしようということにする。

いつものように親父の夕食用に駅弁を買って6時半発の特急に乗る。
車内は満席・・・・家族連れが多い・・・
8時過ぎに帰宅。
いつもなら6時に夕食をとる親父・・・空腹を我慢して駅弁を待っていた。(大笑)

しかし、今回の慰霊祭・・・
いつも以上に楽しい会合となった。
“イワマさん”に感謝、空挺隊員に感謝・・・・である。(笑)

スポンサーサイト



日記 | 21:34:13 | Comments(0)