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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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Linked In って何?
先日、突然アメリカ在住のダンさんからメールが・・・
彼は、「ヒストリカル・コンサルタント&アドバイザー」という肩書きを持つ方で、今までに何度か海外での慰霊祭でお世話になっている。
「ヒストリカル・コンサルタント&アドバイザー」っていう肩書きは日本には無いと思うが・・・
日本語に訳するとなんと言えばいいのだろう?
簡単に言うと・・・戦史研究家みたいなものかな?

その彼から、突然「Linked In」というものに参加しないかという案内のメール。
「リンクド・イン」というものの中のダンさんの「プロフェッショナル・ネットワーク」に参加しないかと言うことらしいが、意味がよくわからない。
この「リンクド・イン」というものの定型文なので、「お友達に誘う」みたいなボタンを押すと、こういうメールが送れる・・・ということで送ってきたのではないだろうか?

で・・・「リンクド・イン」って・・・何?
「プロフェッショナル・ネットワーク」って何?
全然わからないんですけど・・・

ネットで調べてみても、よくわからない。
“よくわからない”というのは怪しいサイトという意味ではなく、私が理解できないだけなのだが・・・(笑)

どうもこれは「Face Book」みたいなもののようであるが・・・・
この「フェイス・ブック」自体を知らないのだからどうしようもない。

「お友達を増やしましょう」というより、ビジネスに特化されているような感じである。
登録されている人を見てみたら・・・みんな外人!(笑)
日本人もいるらしいが・・・・よくわからない・・・・
で・・・
名前、居住地、会社名、役職名、経歴、取得資格・・・・等々が書かれていて・・・・
自分には、こういう能力が有りますとか、こういうことが出来ますとか・・・
そういうようなことが英文で書かれているようである。
つまり・・・職を探してます、仕事を承ります、一緒に仕事をしませんか?・・・というような内容のようである。
この「リンクド・イン」というのを通してビジネスを発展させようということなのだろうか?
この段階からもう解らないのである。

で・・・この「プロフェッショナル・ネットワーク」というのは、ダンさんの人脈のことなんだろうか?
このサイトに登録して“戦史研究家”仲間に加われということなのだろうか?
しかし・・・これ・・・
拙者の嫌いな英語で書かねばならないのである。
しかも、自分の学歴から経歴、資格等、細かに書いて公表しなくてはならないようである。
う~ん・・・個人情報をそうそうたやすく公表はしたくないなぁ~(大笑)

結局、このサイトが有料なのか無料なのかもよくわからないし、ダンさんのネットワークに参加することにどんな意味があるのかもわからない・・・・
仕方がないので、彼に直接メールで尋ねる事にした。
彼は日本で働いていたことがあり、日本語の会話はペラペラである。
日本語でも手紙が書ける人でもあるが・・・・
一応、ここは英語でメールを出して、この程度の英文しか書けない人でも参加して大丈夫なのか?・・・と、尋ねてみる事にした。
で・・・その英文メールを書くのに2日もかかってしまった!(大笑)

これじゃ、参加に応じて、もしどこかの外人さんから英文のメールで問い合わせが来ても、どうにもこうにも対応ができないのではなかろうか?(大笑)

まぁ、彼が拙者を誘った真意を確かめてみよう・・・・

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日記 | 21:07:48 | Comments(0)
米軍が記録したニューギニアの戦い
米軍が記録したニューギニアの戦い米軍が記録したニューギニアの戦い
(1995/08)
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総論 広大さとジャングルと飢えと

第1部 ニューギニア最初の激闘
1 ポートモレスビーの攻略
2 ブナ地区の戦い
写真
  山越えのポートモレスビー攻略
  ブナ、ギルワの戦い
  ブナ陣地の玉砕
  ギルワの戦場
  ブナ地区の砲煙は止んだ
  ブナ地区、日本軍の“反撃”と連合軍の余裕
  米軍の新たな後方基地
真剣に検討されずに終わったニューギニア放棄論
生還者の回想
  拳銃と日本刀の一騎討ちもあった(柳場 豊)
  “日本軍人の最期を見せてやる”(柳場 豊)
  『歩兵第144聯隊(高知)通信中隊誌』より
  “こじゃんと腹がたっったぜよ”(柳場 豊)

第2部 連合軍の本格反攻
1 ワウの戦い
2 ダンピール海峡の悲劇
3 ラエ、サラモアの激闘
4 サラワケット越え“死の行軍”
写真
  脆かった船団護衛(ダンピール海峡の悲劇)
  連合軍のナッソウ湾上陸(サラモアの戦い)
  連合軍、ラエに上陸
サラモア攻撃は陽動作戦だった
サラモア作戦の日本軍消耗
生還者の回想
  ラエ~サラワケット~キアリの道程(岡本隆久)
  ラエ増援輸送に失敗(所沢作治)
  ラエ最前線、ブス河の戦い(川尻貞治)
  魔のサラワケット越え(諸田照吉)

第3部 フィンシュハーフェンからマダン、ウエワクへ
1 フィンシュハーフェンの攻防
2 フェニステール山中の飢餓行軍
3 大湿地帯に消えた“彷徨兵団”
写真
  フィンシュハーフェンの戦い
  連合軍、サイドル先回り上陸
  マダン、ハンサへの爆撃と攻略
  ウエワクへの猛烈爆撃
生還者の回想
  フィンシュハーフェンの激闘(福家 隆)
  勧喜嶺付近の戦闘(齋藤 顕)
  “飢餓のニューギニア”はなぜ起こったか(針谷和男)

第4部 主戦場は西部ニューギニアへ移った
1 ホーランジア、アイタペ米軍上陸
2 アイタペ攻撃戦
写真
  ホーランジアを攻略した連合軍
  連合軍はさらに西進した
  フィリピン奪回の根拠地となったホーランジア
  アイタペに上陸した連合軍
アイタペ戦終了後の第18軍
生還者の回想
  敵中に孤立したわが大隊(水町 輝)
  「おんみ大切」と「死守せよ」の違い(梶塚喜久雄)

第5部 ニューギニア戦の終焉
1 爆砕され焼き尽くされたビアク島戦
2 第18軍、異例の「全軍玉砕命令」へ
写真
  西部ニューギニアの戦場
ニューギニア戦後の連合軍
生還者の回想
  ニューギニア戦線における海軍部隊(田島一夫)
  第18軍司令官安達二十三中将のこと(堀江正夫)
  ニューギニアに眠る戦友を忘れない(後藤友策)
  東部ニューギニアにおける作戦の背景とその実態(堀江正夫)



死亡した日本兵達の写真を見るたびに、彼の人生は何だったのだろう・・・と思ってしまう。
彼の少年時代は、どうだったのだろう・・・
まさか、その後、こんな死に方をするとは想像もつかなかっただろう。
可哀相である・・・
ただただ戦争反対というのではない。
こういう死に方をさせる戦争には私は反対である。
考えさせられる写真集である。


今年の読書:78冊目



読書 | 00:15:52 | Comments(0)