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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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冗談では済まない・・・
法人会事務局から、先日の「三重大会」の請求書が届いた。
一応、事務局が交通費・ホテル代・「登録料」という参加費を立替払いしていて、そこから会からの補助金を差し引いた残りは「個人負担」ということで請求してきたのである。
金額的には思ったよりも安く上がっている。
交通費等より、現地での飲食代のほうが高額だったからなおさらそう思ってしまう。(大笑)

で・・・これを振り込もうか、現金を事務局へ持参していこうか・・・・
事務局の“アサヒくん”に電話する。

「あの、何?この三重大会の請求書って・・・(笑)」
「えっ!間違ってましたか!」
「三重大会って何の話かなぁ~(笑)」と冗談を言ったのだが、“アサヒくん”の反応がおかしい。
いつもなら大笑いするはずが、神妙である。
「あれ?どうかしたの?」
「え~と・・・“ヤマモトさん”と“キソさん”の請求書を間違えて送っちゃいまして、まさかまた何か間違えたのかと・・・」
「ありゃ、ゴメン、ゴメン、これ、冗談!全然間違ってないよぉ~」
「あ~ホッとしたぁ~また、やっちゃったかと思いましたよぉ~」
「いやぁ~こりゃ、冗談にならないね。悪い、悪い・・・・」
「ほんと・・・冗談になってません!(笑)」

いやぁ~冗談も良し悪しか・・・(大笑)
お金は振り込んでもらいたいというので、銀行振り込みとする。
振り込み手数料節約作戦は・・・失敗・・・(大笑)

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日記 | 12:02:52 | Comments(0)
激闘ラバウル高射砲隊
激闘ラバウル高射砲隊―野戦防空隊司令部陸軍中尉の回想 (光人社NF文庫)激闘ラバウル高射砲隊―野戦防空隊司令部陸軍中尉の回想 (光人社NF文庫)
(2005/06)
斎藤 睦馬

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第1章 生い立ちの記
  幼児の思い出
  青年期の受難
  感激と情熱の時代
  墓場の怪
  疑心暗鬼を生ず

第2章 ソ満国境
  ソ満国境に立って
  荒野の天国と地獄
  人間の条件とは
  立哨中の居眠り
  防空学校と南方への出発

第3章 赤道を越えて
  広島の一夜
  魚雷攻撃と僚船の撃沈
  熱帯の島パラオ
  赤道を越えて南下
  原隊との再会

第4章 南海の要衝ラバウル
  防空隊司令部への転属
  南緯4度の前線基地
  市街と方面軍司令部
  熱帯の風土と密林
  軍の慰安施設

第5章 連合軍の大反攻
  米豪軍の圧倒的北上
  防空指揮と凄絶な夜間空襲
  O大隊長の自決
  ラバウル包囲攻撃の開始
  基地上空の熾烈な航空戦
  艦船への急降下爆撃

第6章 防空隊の激闘
  高射砲の対空射撃
  敵、わが島へ大挙上陸
  壮烈、島野少尉戦死
  対空戦闘の激化
  防空隊への集中攻撃
  官邸山上の死闘
  重機隊危機

第7章 基地、敵中に孤立
  周辺諸島の陥落
  敵の艦砲射撃
  第2中隊の悲運
  機密地図の喪失
  司令部、新陣地へ
  砲身と砲弾の不足

第8章 包囲下の籠城作戦
  洞窟陣地と千早城
  対空挺隊の編成
  新通信網の構築
  新兵器と珍兵器
  馬という奴
  飢餓と疫病

第9章 降伏・終戦
  戦線北上と伊藤少尉の死
  生きていた玉砕部隊
  降伏命令と基地の対応
  漁労班の仕事
  豪軍上陸と強制重労働
  素人通訳の苦労
  さらばラバウルよ



今年の読書:81冊目



読書 | 22:48:54 | Comments(0)
妹のコンサートに行く
以前、「広尾」には一度だけ行った事がある。
直ぐ近くの「有栖川宮記念公園」に行った事がある・・・
で・・・コンサートの会場はその直ぐ隣りらしい。
この会場・・・どうも老人ホームのような場所らしいのだが、オープンスペースなのだそうで、誰でも入れるとか・・・・
どうも妹の話はイマイチわからないのである。
老人ホームで演奏するのかと思ったら、そうではないらしい。
オープンスペースって何よ?
カタカナは意味がわからん。
天井がないのか?(笑)

一度来たことがある場所だから大丈夫と思ったら・・・・
地下鉄を降りて地上に出たら外は真っ暗・・・
日が沈んでいた・・・
え~と・・・どっちに歩けばいいのかな?(大笑)
得意の迷子である!(大笑)

ドイツ大使館の脇の坂道を上って、ようやく到着・・・
う~・・・息が切れて苦しい・・・・
運動不足を痛感する。
で・・・どう見てもここは「老人ホーム」・・・・
今は「介護施設」って言うのか?
この施設の玄関はわかるが・・・・
どこにオープンスペースとかと言う場所の入口があるのやら・・・ウロウロ・・・
どうも人が集まっているあたりがそうではないかと向かってみる。
ここはどう表現したらいいんだろう・・・
介護施設に隣接する食堂?(大笑)

“会場”には4人掛けのテーブルがズラリ・・・
拙者は一人だから、このテーブルに座ったのでは他のお客さんに申し訳ないだろうから・・・
と・・・他のテーブルを探したら2人掛けのテーブルは最前列のみ。
あらら・・・かぶりつき?(大笑)

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妹の友人の“エミちゃん”が歌を歌い、妹がピアノの伴奏というコンサート。
クリスマスソング等の歌を聴く。
いつも演奏だけだから、こういう歌もいい。

途中で、いきなり誰かが拙者の脇に座った!
誰かと思ったら・・・・ニヤッと笑った姪っ子である。
今日は子供達は誰も来ないはずだが・・・
バイトを終えて駆けつけたという。
おかげで“アベック”で演奏を聴くこととなる。(笑)

更に途中で、ギタリストの蓮見さんが飛び入り出演。
声楽の“エミちゃん”とのコンサートは初めてのようで、こちらも聴いててハラハラ・・・
変なところで間を取ったり・・・・(笑)
どうもぎこちなさがある。
“エミちゃん”の歌を聴くのは何十年ぶりだろうか?
妹の結婚式の時に唄ってくれたのを聴いたのが最後である。
いいなぁ~こんな風に気持ちよく唄えたら・・・と思う。
最近、拙者は声が出なくなりカラオケも歌えない。
歌が歌えるって、うらやましい。
蓮見さんとの演奏は、もう何度もやっているだけに息がぴったりと合っている。
こちらは安心して聴けるようになった。
よし、誉めてつかわそう。
かなりレベルを上げたね。(笑)

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第一部が終わり、休憩時間に、「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」と拙者を呼ぶ声が・・・・
妹とは全く違う声・・・・
誰?(笑)
と・・・美人の奥様が目の前に・・・・
甥っ子の同級生の母親である。(笑)
今回のコンサートの企画は彼女がやったらしい。
その昔、甥っ子と彼の友人2人を連れて九州へ旅行に連れて行ってあげたことがある。
そのときの一人が彼女の息子・・・・
子供を預かるときに一度お会いしただけである。
さすがに「お兄ちゃん!」と呼ばれて戸惑った。(笑)

「何を飲みます?私がご馳走しますから」と言う。
いや、いや、それでは申し訳ない・・・・
「駄目です!お兄ちゃん!私が払いますから!お金を出さないでください!」と叱られる。(大笑)
拙者は・・・あなたの兄ではないのですけど・・・
周囲から笑われる・・・
エ~ン・・・勘弁してよぉ~
「お兄ちゃん」と言いながら・・・なんで拙者を尻に敷くのかね?(大笑)

コンサートも無事に終わり・・・解散!
各自バラバラ・・・・
妹とは一瞬話をしただけで終わる。(笑)
毎度のように聴きに来ているので、なぜか拙者は“有名人”(大笑)
お客さんから挨拶されるが・・・・どなたなのか・・・覚えていない。(汗)
多分、妹の知り合いなのだろう・・・なぁ~
「ステージ・ママ」という言葉は聞いた事があるが、拙者は「ステージ・兄」?(笑)

ママはママで、この後いろいろあるらしい。
姪っ子は、このあと少し時間があるというので、どこか近くで夕食を一緒に食べることにする。
広尾の町をブラブラ・・・・
スペイン料理の店に入ってみる。
一人ではこういうところには入れない。
そんな勇気はない・・・・
女子大生と同伴ならばこそ・・・である。(大笑)

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値段も結構なお値段でしたが、味も結構いい味・・・美味しかった。(笑)

タバコを一服していたら・・・
そこに若い女性2人組が入って来た。
「なにこれ?タバコの臭いがするわよね?私、タバコの臭いを嗅ぐと気分が悪くなるんだよねぇ~」と延々と嫌味を言う。
入店の時に、店員から「喫煙席しか空いてませんけどいいですか?」と聞かれて喫煙席に座ったんだろ?
喫煙席に座っておきながら、なんだ、その嫌味ったらしい言い方は!
カチン!
拙者は短気なのである。
文句をつけてやろうかと思ったが・・・
しまった・・・姪っ子が一緒である。
う~ん・・・我慢せねばなるまい・・・・
延々と嫌味を言い続けるこの馬鹿女どもらにムカムカしながら・・・我慢、我慢・・・

喫煙席に座ってタバコを吸って何が悪い?
タバコの臭いが嫌いなら禁煙席に座ればいい。
禁煙席が満席なら店に入るのをやめればいい。
嫌味をタラタラ言いながら相手のタバコを遠慮させようなんて、何という横暴であろうか!
相手が女でも容赦はしねぇぞ!(怒)
拙者は頭に血が上るとヤクザと変わらなくなってしまうのである。(大笑)
マズイ・・・姪っ子の前で“大変身”するわけにはいかぬ。(大笑)
チクショォ~(涙)
それより、お前らの化粧の臭いのほうをどうにかしろと言いたい!
食事が不味くなる!
「化粧の臭いプンプン、厚化粧の人の席」という席を別に設けてもらいたいものである!

(ブログに書いてストレス発散・・・・とは情けない・・・トホホ)

こういうイライラしている時にタイミング悪く妹からメールが・・・
「今日のコンサートどうだった?」
「練習不足だ!」と返信したら・・・・その後、音沙汰なし・・・
ん?ちょっとキツかったか?
イライラしていたところなのでついつい八つ当たりをしてしまった・・・(笑)

食事を終えて、陰険な女どもらを睨みつけ・・・(大笑)・・・店を出る。
地下鉄の改札で姪っ子と別れ、拙者は今日の宿泊場所のホテルに向かう。

日記 | 22:06:16 | Comments(0)
池月発祥伝説の地
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池月(いけづき)発祥伝説の由来

池月とは「宇治川先陣物語」にある名馬の名である。
治承4年8月(1180)頼朝、相洲石橋山の合戦に敗れて安房に逃れこの地の豪族、千葉常胤(つねたね)、上総介広常(かずさのすけひろつね)、等の参向を得再挙して鎌倉に向ふの途次こゝ千束郷の大池に宿営し八幡丸の丘を本陣として近隣諸豪の参陣を待つ、折からの皓月(こうげつ)池水に映るを賞でつる折ふし何處方よりか一頭の野馬、頼朝の陣所に向かって飛来り嘶(いなな)く声、天地をふるはすばかりであった。
郎党之を捕へて頼朝に献ずるに馬体あくまで逞(たくま)しく青き毛並に白き斑点を浮べ恰も池に映る月影の如くであった為之を池月と命名して自らの料馬とする。
頼朝先に磨墨(するすみ)を得、今またこゝに池月を得たるは之れ征平の軍すでに成るの吉兆として勇気百倍し来れりと云ふ。
士卒之を伝へて征旗を高く揚げ歎声やまざりしとか。
当八幡宮の別名を「旗上げ八幡」と稱するはこの故事による。
寿永3年春(1184)頼朝木曽義仲を京師に攻む。
義仲宇治、勢田の両橋を徹し河中に乱杭逆茂木を設けて寄手の渡を阻まんとす、この時鎌倉出陣に際し各々頼朝に乞ふて賜りたる名馬二頭の中、梶原景季(かげすえ)は磨墨に、佐々木高綱は池月に打ちまたがり共に先陣を争った。
史書に云ふ宇治川先陣争いである。
池月一代の晴れの場所でこの一番乗りの功名が今に至るまで名馬の誉れを伝へてゐる。
この池月の誕生地が当八幡であって即ち池月発祥伝説の起こりである。
古くより里人の間に語り継がれ大井町線の駅名に(今の北千束駅)、又町会名にもなってゐたが、今はない。
遠き治承の昔より光芒すでに八百秋、時代の変遷と共にこの伝説の忘失を惜しみ誌して後世に伝へんとする。

尚磨墨を葬せし磨墨塚は南馬込に現存する。
氏子青年有志による池月太鼓は即ちこの伝説を太鼓に托したものであり毎年9月の祭日に奉納されてゐる。

  池月の
      蹄(ひづめ)の音か
                撥(ばち)の冴(さ)え

平成4年3月
千束八幡神社
洗足風致協会

(説明板より)


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史跡 | 21:05:03 | Comments(0)
留魂祠
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留魂祠(りゅうこんし)

一、祭神 南洲西郷隆盛先生
一、例祭 毎年9月24日

由緒

明治維新の英傑、西郷南洲(隆盛)勝海舟の両先生は、大政奉還後の江戸城の明け渡し交渉によって、江戸の町を戦火より救われ、首都東京の基を築かれたことでも著名ですが勝先生は、晩年、この洗足池畔(せんぞくいけはん)に洗足軒と呼ぶ別邸を設けられ、南洲先生と日本の将来について歓談されたと伝えられます。
南洲先生はその後、明治10(1877)年の西南戦役により、故郷鹿児島において子弟3千余と共に逝去されましたが、これを惜しまれた勝先生は、追慕のため南洲先生の漢詩を建碑(けんぴ)されさらに明治16(1883)年、その魂魄(こんぱく)を招祠して留魂祠を建立せられました。
留魂祠の名は、漢詩「獄中有感(ごくちゅうかんあり)」の「願留魂魄護皇城(ねがわくはこんぱくをとどめてこうじょうをまもらん)」に由来するものです。
この留魂祠は、もと東京南葛飾郡大木村木下川(現、葛飾区東四ツ木1-5-9)の薬妙寺境内にありましたが、勝先生の御遺志により、大正2(1913)年、石碑とともに現在の地へ移されました。
右隣には勝先生御夫妻の奥津城(おくつき)(御墓所)があり、維新の両雄は、いまもなほ相並んで我国の将来を見守っておられるのです。

南洲会

(説明板より)


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史跡 | 20:30:01 | Comments(0)
勝海舟夫妻の墓
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大田区文化財
勝海舟夫妻の墓

勝海舟、諱(いみな)は義邦、初め麟太郎(りんたろう)、後に安房または、安芳と改め、海舟と号した。
文政6年(1823)江戸に生れる。
幕臣として万延元年(1860)咸臨丸(かんりんまる)で渡米、海軍奉行となり明治元年(1868)江戸開城に尽力する。
維新後は海軍卿、伯爵、枢密顧問官(すうみつこもんかん)などを歴任し、漢詩、書を好み、高橋泥舟(たかはしでいしゅう)・山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)とともに幕末三舟と称せられた。
洗足池やその周辺の風光を愛し、明治32年(1899)没後遺言によりこの地に葬られた。

別荘洗足軒(現在は大森六中)で次の歌をよまれた。

  千束(せんぞく)村の別墅(べっしょ)に
                 楓樹数株を植ゑて
 うゑをかば よしや人こそ 訪はずとも
   秋はにしきを 織りいだすらむ
 染めいずる 此の山かげの 紅葉は
   残す心の にしきとも見よ
                 (飛川歌集より)

昭和49年2月2日指定
大田区教育委員会

(説明板より)


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史跡 | 19:45:14 | Comments(0)
勝海舟別邸跡
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勝海舟別邸(洗足軒)跡

勝海舟(1823~99)の別邸は戦後まもなく焼失しましたが、茅葺の農家風の建物でした。
鳥羽・伏見の戦い(1868)で幕府軍が敗れると、徳川慶喜より幕府側の代表として任じられた海舟は、官軍の参謀西郷隆盛(南洲)と会見するため、官軍の本陣が置かれた池上本門寺に赴きました。
その会見により江戸城は平和的に開けわたされ、江戸の町は戦禍を免れたのです。
海舟は江戸庶民の大恩人と言えるでしょう。
その際、通り掛った洗足池の深山の趣のある自然に感嘆し、池畔の茶屋で休息したことが縁となり、農学者津田仙(津田塾大学創始者、梅子の父)の仲立ちで土地を求めました。
明治24年(1891)自ら洗足軒と名付けた別邸を建築し次のような歌を詠んでいます。

 池のもに 月影清き今宵しも
        浮世の塵の跡だにもなし

晩年海舟は晴耕雨読の生活の中で、かえで、さくら、松、秋の草々などを移し植え次のようにも詠んでいます。

 うゑをかば よしや人こそ訪はずとも
         秋はにしきを織りいだすらむ

明治32年(1899)77歳で没しましたが、『富士を見ながら土に入りたい』との思いから、生前より別邸背後の丘に墓所を造りました。
石塔の『海舟』の文字は徳川慶喜の筆と伝えられています。
当初は海舟一人の墓所でしたが、後に妻たみも合祀され、大田区の史跡に指定されています。

平成11年3月
海舟没後百年を記念して
社団法人 千束風致協会

(説明板より)


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史跡 | 19:20:19 | Comments(0)
日蓮上人袈裟掛けの松
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日蓮上人袈裟掛けの松 由来

弘安5年9月(1282年)日蓮上人が身延山から常陸国(茨城県)に湯治に向かう途中、日蓮に帰依していた池上宗仲の館(池上本門寺)を訪れる前、千束池の畔で休息し傍の松に袈裟をかけ池の水で足を洗ったと伝えられる。
この言い伝えから、この松を袈裟掛けの松と称することとなり、また千束池を洗足池とも称されるようになったといわれる。
天保期(1830~1843年)の「嘉陵紀行」によれば、初代の袈裟掛けの松は「枝四面におおい長さ幹囲み三合がかり、高さ五丈あり」程あったと記されている。
なお現在ある松は三代目であると伝えられる。

御松庵

社団法人 洗足風致協会

(説明板より)


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史跡 | 19:05:35 | Comments(0)
史跡めぐり
さて・・・
“シミズくん”を無事、見送ったし・・・・
夕方まで時間を潰さねば・・・・

ということで、史跡めぐりをすることにした。
浜松町まで戻り、山手線で五反田へ・・・・
そこで東急池上線に乗り換え「洗足池」に行ってみることにする。
羽田空港から約1時間である。

以前から、気になっていたのだが、ここには勝海舟のお墓があるのだそうだ。

駅の直ぐ前に池が・・・
へぇ~「洗足池」って、本当に池がある場所なんだ~(笑)
さて・・・どっちに向かって歩けばいいんだ?
地図を見ながら歩く・・・・
東京の地図はいつも拙者の鞄の中に入っているのだが、場所によってはそれほど詳細じゃないので、大して役に立たないことも多いけど・・・(笑)
やっぱり“アイ・パッド”とかっていう奴が必要か?(大笑)

途中、「御松庵」というところを見つける。
この真正面が勝海舟別邸跡(洗足軒)だそうで、説明板が建っていた。
この「御松庵」には、説明板によれば、日蓮上人袈裟掛けの松というのがあるのだそうだ。
急遽、寄り道をすることにする。(笑)

041_convert_20111209115936.jpg(御松庵)

さて、お目当ての「勝海舟の墓」は、近くの公園の中にあった。
あ~これが、勝海舟と奥さんのお墓かぁ~
結構立派なお墓である。

056_convert_20111209120558.jpg(勝海舟墓所入口)

このお墓の直ぐ脇に「留魂祠」というのがある。
西郷隆盛が祭神だそうで、「西郷隆盛留魂碑」というのが建っている。
これは知らなかった・・・・へぇ~である。

072_convert_20111209121218.jpg(留魂祠)

折角だから・・・洗足池を一周散策することにする。(笑)

073_convert_20111209121932.jpg(洗足池)

池畔に「千束八幡神社」というのがあった。
ここに馬の銅像が・・・・
「池月」という名馬だそうだ。
『宇治川先陣物語』っていうのに出てくる名馬だそうだが・・・知らん・・・(笑)
あ~こういうときに“歩く歴史辞典”の“シミズくん”が一緒だったらなぁ~
話が簡単なのだが・・・・

083_convert_20111209122515.jpg(名馬「池月」)

時刻は午後1時半・・・・
まだ時間があるので・・・
五反田まで戻って山手線で品川へ・・・・
ここで横須賀線・久里浜行きに乗り換えて、「西大井」に行ってみることにした。

このあたりに確か、伊藤博文のお墓があるはずである。

駅を出て歩き出したが・・・ここでアクシデント!
出た!遂に出た!
得意の“方向音痴”!!
住宅街の中で迷ってしまった。
地図を持っているというのに道に迷うんだから重症である。(大笑)
こうなるから、住宅街って嫌いなんだよなぁ~(怒)
他人の家の門柱の番地表示や電信柱の番地表示を確認しながら歩いていたのだが・・・
よ~く、地図を見たら、どんどん目的地から離れていくではないか!(大笑)
あれ?
なんで?
4丁目の隣りは5丁目ではないのか?・・・
なんで6丁目に来ちゃっているんだ?・・・といった調子である。

だいたい現在自分がどこに立っているのかがわかっていないんだから困ったものだ。
GPSが必要だな・・・これ・・・(笑)

ようやく目的地に到着したが、立派な門が・・・
しかも閉まっていて中には入れない・・・
なんで?
有名人のお墓なのに・・・
門の隙間から中を覗くと、お墓らしきものが見える。
門には表札が・・・・どうも個人の敷地らしい。
せっかく苦労して来たのになぁ~
塀の隙間から写真を撮るだけで諦める。
塀にへばりついていたら、道行く人に怪訝な顔で見られてしまった。(大笑)

085_convert_20111209125643.jpg 090_convert_20111209125808.jpg

時刻はまもなく午後3時・・・・
ちょうどいい時間かな?
上野に戻って、ホテルにチェックインしてから、妹のコンサート会場である「広尾」に向かう。

日記 | 18:48:12 | Comments(2)
子守です。(笑)
今日は、夕方、東京で妹のライブ・・・
今回は音大時代の声楽科の友人が歌を歌い、妹が伴奏というライブらしい。(コンサートか?)
で・・・午後に家を出て上京すれば十分間に合うのだが・・・・

なんと、今日、水戸藩士の“シミズくん”は恩師と一緒に飛行機で山形県に行くのだという。
が・・・飛行機の乗り方がわからないという。
ツイッターなんていう新しいことをしている割には文明の利器に乗れないというのは不思議な話である。
たぶん、水戸藩士としては鉄の塊が空を飛ぶというのが理解できないのだろう。(笑)
だから今まで飛行機に乗ったことがないに違いない。

というわけで・・・・(笑)
先輩である拙者が、羽田空港までお供することとなった。
簡単に言うと・・・ガイドである。(大笑)
朝早い電車に乗るのは苦手だが可愛い(?)後輩のためである・・・早起きした。

無事に特急列車の中で合流・・・・
実は、拙者も怪しいもので・・・国内線の乗り方ってよく知らないのだ。(大笑)
毎度のことながら、空港に着くと・・・
「しまった!パスポートを忘れてきた!」と血の気が引くのである。(笑)
よく考えてみれば、国内線にはパスポートは必要ないのだが・・・
どうも飛行機に乗るにはパスポートが必要と・・・頭に刷り込まれているらしい。

常磐線は、ちょくちょく人身事故で遅れることがある。
余裕を持って早めに上京・・・・
通勤快速のほうで人身事故があったらしく、上野駅を目前して徐行運転となる。
やっぱり早めの特急にしておいて正解である。
危機管理の勝利である。(笑)

羽田空港へは浜松町からモノレールを利用する。
“シミズくん”はモノレールに乗ったことがないと言う。(笑)
さすがは水戸藩士である!
生きている時代が違う。(大笑)

羽田空港で、早めに食事・・・・
ガイド代と言うことで・・・(笑)・・・“シミズくん”にご馳走になる。(大笑)
今生の別れとなるやも知れぬ最後の食事会である・・・(?)

「で・・・どうやって乗ればいいんですか?」と“シミズくん”
「ん?ネットで申し込んだやつをプリントアウトしたでしょ?」
「はい」
「そこのバーコードみたいなのを機械にかざすだけでいいんだわ」
「あ~スキップとか何とかっていう奴?」
「座席は既に指定してあるよね?だからスキップとか何とかっていって、カウンターに行かずにそのまま乗れるんだわ」
・・・・と、知ったようなことを言っているが、実は拙者もよく知らない。(大笑)

「スキップって言っても、スキップしながらゲートを通過するわけじゃないからね。それをやったら馬鹿だから・・・気をつけてね」
「わかってますって!」

検査場のX線の機械のところでは、大きく息を吸って息を止めるように・・・・とアドバイスしようかと思ったが・・・やめた。(笑)

拙者は飛行機に乗る時には検査場で腕時計から財布から金属類は総て上着のポケットに入れて、その上着を機械に通すことにしている。
このほうが簡単なので、それを“伝授”する。

恩師の先生も同じ飛行機なのだが・・・
待ち合わせ場所とか待ち合わせ時間を決めていないらしい。
「先生とは、まぁ、同じ飛行機なんだから搭乗口のところで会えるだろう。」
「搭乗口って何ですか?」
「ゲゲッ・・・」
極めて初歩的な質問である。
「搭乗口って・・・搭乗口だけど・・・」
「階段を登って乗るんですか?」
「う~ん・・・知らん!」(笑)

「この後は、どうするんですか?」
「俺?当然、君が乗った飛行機が離陸に失敗して墜落するのを見届けてから帰るよ」(大笑)

検査場に消える“シミズくん”を見送って・・・・
拙者は喫煙所へ・・・(大笑)
まもなく彼から無事に搭乗口に辿り着いたと携帯電話に報告が入る。
おお!オメデトウ!(大笑)

飛行機に乗るだけなのだが大変な騒ぎである。(大笑)
いずれにせよ、一安心、一安心・・・・
よかった、よかった・・・・
無事に「子守」の任務を完了した。(笑)

日記 | 17:35:22 | Comments(0)
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ネルソン

戦史の名画をよむ
独立戦争の名場面が表す「自由な国民」伝説
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徹底解剖 栄光の第一航空艦隊旗艦
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日露戦争
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再現!戦国の戦闘糧食
合戦めし

インタビュー
遣独潜水艦「伊八潜」通信長
桑島齋三

フリードリヒ大王の戦争
七年戦争 植民地の戦い

各国陸軍の教範を読む
第21回 捜索と攻撃 その13 日本軍Ⅱ

「9.11」10周年特別企画
混迷するアメリカと「対テロ戦争」の行方
アフガニスタン紛争2001~2022(後編)



『パールハーバーの記憶』という記事・・・・
ハワイ日系人がインタビューに応えている記事であるが・・・
欄外に「カツゴ・ミホ氏は、このインタビューのあと永眠されました」の追記が・・・
もしかして、2年前にハワイでお会いした、あのミホさんではあるまいか?
あの時、ミホさんは88歳だと言っていたから・・・90歳?
ミホさん御夫妻とご一緒に食事をしたときのことを思い出す。
あ~ツライなぁ~
悲しい・・・
思わぬところで訃報を知ってしまった・・・・


今年の読書:80冊目



読書 | 21:14:32 | Comments(0)
ペリリュー島慰霊祭
今日は、茨城県護国神社でペリリュー島の慰霊祭がある。
正式には『水戸歩兵第2連隊並びにペリリュー島守備隊合同慰霊祭』

当初、青森から“ヨコハマさん”が参列されるのだろうと思い、水戸のホテルに前泊して夜は酒を飲みに連れて行こうかと考えていたのだが、“ヨコハマさん”は今回参加されないと連絡が入った。
そうなると、前泊の必要はない。
が・・・朝は道路が渋滞して時間が読めない・・・
さぁ、どうするか・・・
結局、電車に乗って行く事にした。
寝不足状態であったが無事に予定の電車に乗る。

駅からはタクシーで護国神社へ・・・・
が・・・あまり人がいない・・・
早く到着しすぎたか?
そんなことはないだろう・・・・

護国神社の境内にペリリュー島の慰霊碑がある。
当然、慰霊碑の前で慰霊祭はやるものだと思っていたのだが、そこにも人はいない。
慰霊祭の案内の看板もない。
実は、拙者はこの慰霊祭には始めての参加なのである。
昨年は、ガダルカナル島に行っていて参加出来なかったのである。
普通なら、慰霊碑のところに受付のテントを出して・・・という風景だと思うのだが・・・

002_convert_20111206215744.jpg(茨城県護国神社)

参集殿らしき建物の中に入っていく人を見つけた・・・
もしやと思い、参集殿を覗いてみたら、そこで受付をしていた。
あらら・・・・である。
集合場所に「参集殿」と書いてあれば、こんなことはなかったのに・・・・
まぁ、いつもの常連さんが集まっているから、わざわざ「参集殿」とは案内に書かなかったのだろう。
拙者が靖国神社で慰霊祭をする時に出す案内状には、必ず集合時間と集合場所「参集殿」を明記するのだが・・・

受付で、昨年、一緒にペリリュー島へ遺骨調査に行ったメンバーと会う。
で・・・これからどうするの?(笑)
奥の部屋で「全体集会」をするらしい。
参列者数は115名。
会場は満杯である。

003_convert_20111206220907.jpg

ちょうど、知り合いの“オヌマさん”が手招いてくれたので一緒に座る。
10時半より全体集会・・・・
受付で渡された資料に従っての各種報告・・・・など。
司会は事務局長の“カゲヤマさん”
ところが・・・である。
驚いたことに、慰霊碑への参拝は各自、適当な時間に行なってくれと言う。
慰霊祭の前で慰霊祭はしないのか?
それでは何のための慰霊碑なんだろう?(笑)
組織によって慰霊の仕方も様々だという事を改めて知ったが・・・・
さすがに慰霊碑が目の前にあっても、そこでは慰霊祭をしないという慰霊祭は初めてである。

式次第では、11時半から拝殿で慰霊祭をすることになっている。
が・・・“カゲヤマさん”は、まだしゃべっていて、まだまだ終わりそうもない。
おや?もう時間なのだが・・・
結局、予定を30分もオーバーして、「全体集会」が終わったのは、12時・・・・
マイペースの“カゲヤマさん”らしい進行である。(笑)
拙者も慰霊祭を取り仕切るが・・・
常に時間は気になる。
お坊さんや神主さんを待たせては失礼だからと思うからである。
しかも、高齢者が多いとなると、移動時間も加味しなくてはならない。
分刻みで司会進行をするのだが・・・
ペリリュー島でもそうだったが、さすがはマイペースな“カゲヤマさん”である。(大笑)

狭い拝殿内にギュウギュウ詰めでの慰霊祭。
30分以上も時間が“落ちた”ので・・・・
一般参列者の拝礼は割愛となる。
うそ・・・
他の参列者から「手際が悪いよなぁ~」との文句が出る。
ごもっともである。
30分以上も“落ちた”挙句、拝礼を割愛されたのでは、何のためにここに座っているのかわからないだろう。
拝礼をしないのでは、参列した意味がない。

面白いのは、連隊歌や国歌を神前で歌うというところ・・・
へぇ~こういう慰霊祭の仕方もあるんだぁ~
うちの師団には「師団歌」なんてないから、こういうことはしないけど・・・

慰霊祭後、社殿の前で記念撮影。
その後、参集殿に戻って、お弁当を食べながら直会。

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私の周囲には、JYMA(日本青年遺骨収集団)の大学生達が座っていて、彼らから「豪華な弁当だ」との声が上がった。(笑)
たしかに、それは言えるかな?(笑)
彼らとおしゃべりをしながら弁当を食べる。

この慰霊祭で配布された資料。
立派な会報誌である。
本日参列した方々の名簿が掲載されている。
参加の出欠葉書が届いてから印刷・製本するまで短期間しかないのに、ここまでのものを作成するとは正直驚いた。
これは、すごい!
ここまでのものを短時間で作成して配布する会は他にはないんじゃないだろうか?

ただ、残念だったのは・・・・
遺骨調査のためペリリュー島へ行った来島者報告のところに、拙者の名が載っていなかった事である。
会員じゃないからなのだろうが・・・
寂しいねぇ~これ・・・(笑)
仲間じゃないということか・・・・

直会を終え、特別拙者が手伝うこともなさそうだし、特にその後何か話があるわけでもなさそうなので、関係者に挨拶をして帰ることにする。
さて・・・ここまでタクシーで来たが・・・
タクシーを呼んで帰るというのも芸がない。
折角だから歩いて駅まで行こうか!
たまには運動をせねば!
というわけで、千波湖の公園を駅に向かって歩く。

この千波湖の湖畔の広場に映画『桜田門外の変』のオープンセットがある。
映画は既に公開されているが、オープンセットはそのままにして観光に使っているらしい。

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入口が、ちょっと、みすぼらしいのだが・・・(笑)
入ってみることにした。
入場料は700円・・・結構な値段である。

今日は天気もいいし、直ぐ近くの公園にも家族連れがかなりいて混雑していた。
多分、ここもかなりの混雑だろうと覚悟して入ってみたら・・・
あれ?
2~3人しかいない・・・・(大笑)

008_convert_20111206230548.jpg 009_convert_20111206230710.jpg

今日は休日だよな?
だから、公園にあれだけの家族連れがいたんだよな?
それで・・・ここは・・・これ?
閑散としている・・・
まるでゴーストタウンである。(オープンセットだから当然か?)(笑)

実は、拙者はこの『桜田門外の変』の映画は見ていない。
前売り券を買っておきながら見に行くのを忘れたのである!(大笑)
(拙者に売りつけたのは・・・水戸藩士の“シミズくん”である・・・笑)
映画を見ていれば、また違った感慨を受けたのだろうが・・・
う~ん・・・特に何もないなぁ~
まぁ、映画のセットというのは、こういうものなのかぁ~くらいなものである。
でも、結構、建物は想像以上にいい出来だとは思う。
小さな資料館も併設されていたので、資料館も見学。
こちらは、まぁまぁの出来かな?
いずれにせよ700円は高いな・・・・
これでは誰も来ないだろうなぁ~(大笑)

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時刻は午後4時・・・・
湖畔の遊歩道を駅に向かい歩く・・・・
結構いい運動になった。
気分爽快である。(笑)

日記 | 21:43:56 | Comments(0)
回想レイテ作戦
回想レイテ作戦―海軍参謀のフィリピン戦記 (光人社NF文庫)回想レイテ作戦―海軍参謀のフィリピン戦記 (光人社NF文庫)
(2005/06)
志柿 謙吉

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第1章 フィリピン進出
 33特根編成さる
 セブ司令部設置
 海軍部隊の防備強化
 レイテ巡視と陸海軍協定
 レガスピー視察
 ダバオ敵上陸誤報事件

第2章 米軍迫る
 セブ大空襲
 防空態勢の再検討
 マニラ大空襲の渦中に
 再度のセブ空襲
 不時着事故
 齟齬と強調
 麾下部隊進出

第3章 日米衝突
 スルアン島通信途絶
 押し寄せる物量
 海軍舟艇隊
 レイテ沖海戦の悲報
 35軍司令部進出
 地上戦の推移

第4章 レイテ輸送作戦
 輸送艦の奮戦
 多号作戦開始
 水警隊長の失策
 魚雷艇隊の悲劇
 陸上戦闘頓挫す
 無念の和号作戦
 強硬なる意見具申
 オルモック沖の海戦絵巻
 特殊潜航艇の初参加
 荒木兵曹長の証言
 オルモック陥落
 内田参謀来る

第5章 レイテ敗戦
 敵、ミンダナオ海へ
 特攻機に祈る
 陣地構築
 内輪の対立
 戦況さらに深刻に
 陸軍幹部の引き揚げ
 セブ海軍陣地
 陸軍との難交渉

第6章 セブ戦の火蓋
 陸戦陣地に就け
 特潜で迎えた軍司令官
 戦車来襲
 苦肉の反撃策
 眼下の地上戦
 高角砲一矢を報いる
 絨毯爆撃
 大西山を奪回せよ

第7章 転進
 寝耳に水の命令
 部隊長の命令拒否
 闇の中への第一歩
 跡切れた退路
 主のいない部隊
 海軍の厄介者
 カルメン強行突破
 連絡兵を大喝
 懐かしき再会
 司令官北進の真相

第8章 三角山の苦闘
 陣地配備
 兵器を捨ててはならぬ
 飢餓と軍紀
 敵の蠢動
 不信の念
 風前の灯

第9章 包囲網からの脱出
 暗夜の隠密行
 陸軍への怒り
 女当番
 兵団長の苦悩
 敵兵現わる
 夜襲で突破口を
 放屁禁止令

第10章 馬蹄形高地
 幽霊見たり枯れ尾花
 新陣地にて
 陸戦教育の欠陥
 敵情急迫
 総攻撃始まる
 全隊危地を脱す

第11章 最後の陣地
 司令官からの連絡
 隊長の心尽くし
 参謀飾緒ふたたび
 無慈悲なる仕打ち
 マラリア猖獗
 砕かれた希望
 従兵たちの苦難
 停戦命令
 悲しき行軍

終章 戦後記
 付 特殊潜航艇作戦



今年の読書:79冊目



読書 | 14:24:41 | Comments(0)
よく読むべし!
新聞を読んでいて、ふと目に入った記事・・・・
笠間市の公民館で『加藤桜老生誕200年記念展』というのが開催されているという。
で・・・会期は今日、11月20日まで・・・・

こりゃ行かねばなるまい!
早速、水戸藩士の“シミズくん”を誘って出かけることにする。

で・・・
この加藤桜老(おうろう)という人は、何をした人なのか・・・・
実は、拙者は知らない!(笑)
だから、“シミズくん”を誘ったわけである。(笑)

幕末維新期の儒学者で、今の笠間市の出身らしい。
で・・・・かの有名な高杉晋作も会いに来たのだそうだ。
で・・・・後に長州藩に招かれて明倫館の教授になっている。

“シミズくん”は、この加藤桜老という人物はたいしたことのない人物だと言う。
そういうことを言うところが茨城県人の悪いところである。
茨城県人というのは、どうも他人の足を引っ張る・・・・と拙者は常々思っている。
本当は大したことのない人物でも、立派な人物だと祭り上げることが大事なのである。
かの有名な、坂本龍馬だって、司馬遼太郎が小説に書かなければ、大して有名にならなかったのではなかろうか?
坂本龍馬なんて、当時は変人だろう?
長靴(ブーツか?)を履いて、ピストル持って・・・
目立ちたがり屋の中途半端なテロリストではなかろうか?(大笑)
小説で取上げてもらって有名になり、観光資源になったのである。
司馬遼太郎の描いた龍馬像を本気で信じている馬鹿が観光地に押し寄せてカネを落とすのである。(大笑)
本当はたいしたことのない人物かもしれないのである。
うまく祭り上げれば町おこしにもつながるといういい例である。(笑)
だから、本当は大したことのない人物でも、どこか大したところを見つけ出して、大いに顕彰して祭り上げることが大切なのである。(大笑)

この記念展・・・
たしかに大したものは展示されてはいなかったが・・・・・
それでも苦労して資料を集めて展示をしたというのがよくわかる。
そういう努力が大切なのである。
有名じゃない人のものだから見て読んで勉強するのであって、有名で既にどんな人物なのか知っているなら勉強する必要はない。
わざわざこんなところに苦労して来る必要はないのである。
(と言っても・・・車を運転したのは“シミズくん”なので、拙者は楽して来ているのだが・・・大笑)

感心したのは、読み下し文の資料とか・・・そういう配布資料が置いてあった。
たしか入場無料である。
このコピー代も馬鹿にはならないだろうに・・・・

で・・・会場にはお客は我々2人のみ・・・・
あとは主催者関係のご老人(たぶん桜老を研究している先生なのだろう)がいるのみ。
しばらくして、後から来たお客さんが、この先生と会話をしているのが耳に入った・・・
「いつまで開催してるんですか?」
「12月の20日までです」
ん????
12月の20日????
今日は・・・11月の20日・・・・
今日が最終日だと思ったので来たのだが・・・
ありゃ!来月までやってるの?(汗)

新聞はちゃんと読まねばなりませぬ。
12月20日を11月20日と読み違えるようでは・・・・
「今日が最終日だから是非行こう!」と“シミズくん”を誘った拙者はマヌケである。
が・・・・
もし、12月20日までということであれば、今度時間が取れた時に・・・ということになり・・・
そのうち忘れてしまって、見る機会を失ったことは間違いない。
これも何かの縁というものである。(笑)

感心なことに、笠間市ではこの記念展の冊子も作成して販売していた。
いやぁ~茨城県立歴史館より立派な行いではないか?
あそこは、こういう冊子すら作成しないのである。
早速、購入する!(嬉)

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決して有名ではない人物だが・・・・
拙者にとっては、こういう人もいたのだということを知ったことだけでも大きな成果である。
充実、充実・・・・満足、満足・・・・

日記 | 21:09:05 | Comments(0)
コミュニケーションが取れていない
拙者の留守中に、アメリカの“ダンさん”からメールが届いていたが・・・
前回の「お誘いのメール」の再送信をしたものだった。
ん?
拙者の英文のメールは読まなかったのか?
質問を書いておいたのだが、その答えが、再送信?
拙者の英作文に問題があったのだろうか?
意味がわからなかったのか?
中学1年生レベルの英文なんだけど・・・
これじゃ、この先、コミュニケーションは取れないぞ・・・

こちらの質問に対し、再送信で応えてくるというのは、「つべこべ言わず早く登録しろ」と言われているようなものである。
拙者のメールアドレスを知っているわけだから、先ず最初にメールで連絡してくるべきではないか?
こういうことをしているんだけど、仲間に入りませんか?・・・とか・・・
仲間に入ると、こういうメリットがありますよ・・・とか・・・
説明した上で、「仲間になりませんか?」のお誘いの定型メールを送ってくるべきではなかろうか?

駄目だ・・・
コミュニケーションが取れない相手に、こちらのプロフィールを明かすわけには行かない・・・(大笑)

ということで・・・決心がついた・・・
この話は無かったことにしてもらいましょう。(大笑)

日記 | 17:56:09 | Comments(0)
英字新聞の効用
一夜明けて・・・・
朝食会場には現役メンバー2人の姿は見えない・・・・
部屋へ電話をしたら・・・寝坊・・・・
先輩を待たせるとは呆れた後輩たちである。
いつから年下のほうが偉くなったのか?
“オノザキ前部会長”と2人で朝食を食べる。

外はかなりの雨・・・・
観光できる状況ではない・・・・
チェックアウト時間ギリギリまで部屋にいて、それから駅に向かうことにする。

午前10時、ロビー集合。
現役メンバー2人は二日酔いで朝食抜き。
昨晩というか、今朝の午前2時まで飲んで騒いでいたという。
で・・・最後は全く記憶が無いとか・・・
どうやってホテルに戻ってきたのか、気がついたらホテルのベッドに寝ていたとか・・・
アホか・・・
で・・・支払いは・・・いくらだったか記憶にないという。
どうもクレジットカードで支払ったらしい。
明細書を見たら・・・ゲゲッという金額・・・・
さすがに悪いと思ったのだろう、割り勘の予定だったが、我々OBは一人1万円で・・・ということになった。(笑)
どうも我々が帰った後に、更にボトルを1本入れて、更に店にいた他の客にも酒を振舞ったらしい。(唖然)
いやぁ~先に帰って正解だったと“オノザキ前部会長”と大笑いである。

「おまえら、カネの使い方が全く分かっていない!」と説教したが、暖簾に腕押しである。

来たときと同じく名古屋で乗り換え。
駅の構内で昼食を軽くとって、新幹線で東京へ。
車内で、突然、ラジオか何かの音が・・・・
何だろうと思って周囲を見たら・・・
隣に座っている“キソくん”が携帯のワンセグっていうの?
あれでテレビを見始めたのである!
おい、おい・・・
音量を上げて平然としているのには呆れた・・・
「おい!周りに迷惑だろ!音を消せ!」
つい、怒鳴りつけてしまった。
拙者は、こういう無神経さは許せないのである。
これは品性、品格の問題である。
どうして今の若い連中って、こうなんだろうか・・・・
親のしつけの問題か?

上野発17時の特急に乗るので・・・
今晩の夕食用に、いつものように駅弁を“お土産”に購入する。
で・・・いつものように、英字新聞も・・・・
面白いのだが・・・
英字新聞を車内で読んでいると何故か周囲は静かになるのである。(大笑)
拙者が外人に見えるわけは無いと思うのだが・・・・
最近、毎回、上野から帰る車内では英字新聞を読むことにしているのだが、これをやると、毎回、隣りの人はおとなしくなる。(笑)
特急では隣りは“ヤマモト部会長”・・・・
拙者が英字新聞を読み出したら、それまで何だかんだとしゃべっていた彼はパタリとしゃべるのを止めた。(大笑)
で・・・おとなしく・・・座っている。
当然、拙者に話しかけても来ない・・・(大笑)
それでよい!おとなしく座ってろ!(笑)・・・・と、内心、ニンマリ・・・
英字新聞って不思議な効力があるものである。(大笑)
これが文庫本だと・・・
「何を読んでいるんですか?」と首を突っ込んでくるだろう。
しかし、英字新聞だと「何を読んでいるんですか?」とは言えない・・・・
見りゃわかる・・・
「読めるんですか?」などと聞くのは愚問である。(大笑)
拙者に喧嘩を売るようなものである。(大笑)

拙者は英語が大の苦手で、しかも大嫌いである。(笑)
アルファベット文字自体が嫌いなんだから始末が悪い。
で・・・考えた・・・
どこかで強制的にアルファベットに触れる時間を作らねばなるまい!
というわけで、上野駅で英字新聞を購入して、帰宅するまでの1時間半・・・
アルファベットの文字を眺めることにしたのである。
あくまでも、拙者は眺めているのであって読んでいるのではない。(大笑)

しかし、英字新聞を“眺めているだけ”で、隣りのうるさい“ヤマモト部会長”がおとなしくなったのだから、この新聞の効用はすごい!(大笑)
こういう利用法もあったのかと感動した。
昨晩のスナックにも英字新聞を持ち込めばよかったか?(大笑)

日記 | 10:49:53 | Comments(2)
全国大会式典
今日は、早朝に“ヤマモト部会長”は会議のためホテルを出て行った。
で・・・残る3人は、午後からの式典まで「自由時間」・・・・
朝食を済ませて、観光にでも出かけようとしたが、“キソくん”が寝坊して食事会場に来ない・・・

今日は伊勢神宮外宮に参拝に行く事にする。

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伊勢神宮・・・
こう言っては失礼だと思うが・・・どうもピンと来ない・・・・
拙者の“琴線”に触れないのである。
どうしてなのかなぁ~
拙者はついに神をも恐れぬ人間になってしまったのだろうか?

“オノザキ前部会長”が、昨日、内宮でお札を買うのを忘れたので、お札を買いたいと言い出した。
が・・・ここ外宮の神様は「豊受大御神(とようけおおみかみ)」である。
「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」は内宮である。
ここじゃ駄目ジャン!
というわけで・・・昨日に引き続き再び今日も内宮に行くことになる。
“オノザキ前部会長”がお札を買いに行っている間、“キソくん”が朝食を食べていないので「おかげ横丁」の喫茶店で朝食に付き合う。

今回の4名は、偶然にも製造業の経営者。
“キソくん”のことは名前は知っていたが、話をするのは今回が始めてである。
拙者は地元では製造業者の集まりには入会をしていない。
同じ業種なのだが、どうも“肌が合わない”気がしていたので、各種青年部や青年経営者の組織にも加わらないでいた。
だから、同じ製造業の青年経営者との交流は全くといっていいほどないのである。
“キソくん”から拙者が廃業後の下請け企業の現状などを聞いたが・・・・
いやぁ~早目に廃業して良かった・・・としか言いようがない。(笑)
みんな大変だねぇ~
特に、我が町の某大企業の下請けは大変である。
ご同情申し上げる。

お札を買いに行っていた“オノザキ前部会長”が戻ってきて合流・・・・
コーヒーを飲んで一息つき・・・さて・・次はどこに行きますか・・・・
拙者としては行ってみたい場所がある。
「尾崎咢堂記念館」・・・・
最初に相手の我がままを聞いてあげたのですから・・・(笑)
今度は拙者が我がままを通す番である!(大笑)
タクシーで「尾崎咢堂記念館」へ!
が・・・なんと・・・式典会場とは反対方向に延々と走る。
これには他の2人が不安の声を上げたが・・・無視!(大笑)
何が何でも行くぞ!

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時刻は午前11時40分・・・記念館に到着。
式典は午後1時半からなので、このままタクシーを待たせて見学をする。

意外にも記念館には誰もお客さんはいず、館内は節電のため電気を消していた。(笑)
職員の女の子が慌てて展示室の電気を点ける。

尾崎咢堂(がくどう)とは、「憲政の神様」と呼ばれた政治家、尾崎行雄のことである。
この人の記念館が伊勢市にあるとは、ここに来るまで知らなかった。
尾崎行雄は神奈川県で生まれ、神奈川県で亡くなっているのである。
なんで伊勢市に記念館があるのだろうと職員の女の子に尋ねたら、尾崎はこの三重県第5区から第1回衆議院議員選挙に出馬しているのだそうで、その後連続25回当選をしている。
尾崎行雄が三重県選出の議員だったとは知らなかった。

“オノザキ前部会長”は「よくこういうのがあるって知ってたねぇ~」と半分呆れながら感動していた。
こういうときに、飲み食いばかりではなく先人の偉業を勉強するのも必要ではないだろうか?
全国から多くの会員が集まっているというのに、この記念館で誰にも会わないというのは残念である。
「中小企業の馬鹿息子」の勉強不足は否めまい。

一人で来ていたら、もう少しじっくりと見学できたのだが・・・
帰りに本を1冊購入して、待たせておいたタクシーに飛び乗り、急いで式典会場の「三重県営サンアリーナ」へ・・・

このタクシーの運転手さんが話好きな人で面白かった。
伊勢神宮は宗教団体なので税金は納めない。
これだけ多くの参拝者が落とす金は総て神社のもの。
神社の敷地も広大で、神様云々ということから近隣の開発も出来ない。
観光客は伊勢神宮をお詣りして、そのまま観光バスで移動・・・・
おかげで、この町は神宮前の一部のお店が潤う程度で、他の地域は全く伊勢神宮のご利益にあずかることはないという。
ふ~ん・・・・地元のために何の役にも立たぬ神様というのも困ったものだ。

“赤福”の会社・・・・
以前、賞味期限改ざん問題で叩かれたが・・・・
この会社は、ただの「餅屋」だと思っていたら、そうではないと言う。
財閥みたいな地元の大企業なんだとか・・・
ここの社長は、もしかしたら伊勢市市長より偉いかも・・・(大笑)
運転手さんは“赤福”だけが「一人勝ち」しているのが気に入らないので“赤福”は買わないのだそうだ。
他の餅屋の餅を買うと言う。
そういう反骨精神って好きだなぁ~・・・拙者は・・・(大笑)

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この「県営サンアリーナ」も赤福が委託を受けて運営しているんだとか・・・(唖然)
この会場で、会議を終えた“ヤマモト部会長”と合流。
引換券と交換したお弁当で昼食・・・・

028_convert_20111128222720.jpg(牛肉弁当)

式典が始まる前に、会場前で拙者のカメラで記念写真を撮る。
一応、証拠写真が無いとマズイだろう。
会報に使うことになるかもしれないし・・・・
しかし、そういうことに気を使うOBというのはいかがなものか・・・(笑)
こういうことは現役のメンバーがやることだと思うけど・・・・

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式典会場では我々の座席は前のほうに指定されていた。
ここでは落ち着かないということで、会場2階席の一番後ろの席に勝手に移動する。
こういうところが我がままである。
式典が始まるなり“キソくん”はいびきをかいて爆睡!
何しに来たのやら・・・・

来賓挨拶・・・・
三重県知事の挨拶で“オノザキ前部会長”が驚いた・・・
以前、商工会議所で2年ほど全国を回って活動をしていたときに、同行していた官僚が、壇上に立っているのである。
役所を辞めて政治の道を目指すという連絡は受けていたが、まさかその後、知事になったとは知らなかったと言う。
いやぁ~そりゃ驚きだろう。(笑)
一緒に全国各地に足を運んで飲んで遊んだ“仲間”が、今では知事として壇上で挨拶しているんだから・・・

お定まりの式典の間、“オノザキくん”が土産を買いに行きたいと言うので、途中から二人で抜け出す。
我々はOBだから・・・式典には関係がないと言えば言えなくもない。
式典に真面目に参加して“お勉強”しなくてはならないのは現役の連中である。(笑)
我々の登録証には1000円分の買い物券が付いている。
これで会場内の物産展でお買い物をすることが出来る。
拙者はこのお買い物券を使って事務局へのお菓子を買って宅急便で送る。
これは毎年、全国大会に参加したときの拙者の“行事”なのである。
事務局は裏方さんである。
年に一度ぐらい、いい思いをしてもらおうと、お土産を送ることにしているのだが・・・
他の人はそういうことはしないらしい。
拙者には理解が出来ぬ。

式典の後、講演会があるのだが・・・・
拙者以外は、全員、講演会を聞く気はないと言う。
う~ん・・・困ったものである。
これでは何しに来たのやら・・・・
しかし、これは現役の部会長が判断すべきことで、OBの拙者がとやかく言うことではあるまい。
そうしたければ、そうすればいいんじゃないの?
ということで・・・途中で抜け出しホテルに戻ることとなった。(笑)

タバコを買いに行きたくなったが、ホテルにもその周辺にもタバコは売ってないとフロントの人が言う。
一番近いコンビニまで徒歩で15分ぐらいかかると言う。
ちょうど、いい運動になる!(笑)
ということで、テクテクとタバコを買いに出かける。

帰り道・・・・
「河崎」という地区の路地・・・・
何やら昔ながらの切妻・妻入りの町家が立ち並んでいる路地がある。
川沿いに並ぶ「蔵の町」でもあるらしい。
一つの美観地区・・・でもあるのだろう。
ちょっと寄り道をしてみたら、これがなかなか風情のある町並み・・・・
カメラをホテルに置いてきてしまったのは失敗だった!
写真に撮りたい!という家並みである。
“ウメちゃん”や“シミズくん”たち建築士に見せてやりたいなぁ~という家並みである。
この路地を散策して、拙者の欲求不満はだいぶ収まった。(笑)
やっぱり一人旅のほうがいいなぁ~(大笑)

今晩の夕食は・・・・
昨晩行ったスナックのママと女の子を誘って、彼女達のお薦めのお店に行く事になっている。
本来は、松阪まで行って松阪牛を食べようという話だったが、松阪まで行ったのでは、酒を飲みに行く時間が無くなるといって、伊勢市内で食事することに変更となったのである。
で・・・どうせなら、地元のお店の女の子がお薦めのお店なら間違いないだろうということになった。(笑)
まぁ、確かにそれは言えてるかも・・・・

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滅多に酒を飲まない拙者であるが・・・・
ここ伊勢市の地ビールがあるというので、それを頼んで飲んでみる。
酒の味のわからん拙者では、美味しいのかどうかさっぱりわからんが・・・
不味くはない。(笑)

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牛肉は「網焼き」・・・・
これは拙者が希望して、ある意味強引にこれにした。(大笑)
仲居さんが目の前で焼いてくれる。
こういうサービスをしてくれたのには驚いた。
このお肉・・・伊勢牛だという。
どうせ松阪牛も伊勢牛も区別の付かない我々である。(笑)
さほど期待していなかったが、これがなかなか美味しいのである!
いやぁ~こりゃうまい!

食後、昨日のスナックへ・・・・
ママと女の子と同伴である。
“キソくん”は俄然元気がでる。
昨晩はお店にいなかった21歳の女の子が今晩出勤してくるという話で大喜び。
あのね・・・君、確か妻子がいるんだよね?(唖然)
彼らの飲み方は、どう見ても汚い・・・(大笑)
「中小企業のオヤジ」丸出しである。
調子に乗って高価なボトルを入れて、大はしゃぎである。
どうもカネの使い方が拙者とは違うのである。
彼らは高級外車や高級国産車なんぞを乗り回している「中小企業のバカボン」であるから、仕方がないが・・・
同じ製造業とはいえ、今まで彼らと付き合わなかったのは正解だったと確信をした。(大笑)

午前0時・・・我々OB2人は一足先にホテルに帰る事にする。
どうも彼らの飲み方にはついて行けない・・・(大笑)

来年の全国大会は宮崎県で開催だという。
よし!来年は・・・単独行動をするぞ!(大笑)
もう、こいつらに付き合うのはゴメンである。
式典会場で会うだけでいいな・・・・
一人旅をしよう!
そう心に誓った夜でありました。(大笑)

日記 | 20:44:07 | Comments(2)
伊勢市に行く
今日から三重県・・・・
法人会青年部の全国大会である。
我が法人会からは、OBの“オノザキ前部会長”と拙者・・・
現役は部会長の“ヤマモトくん”と部会員の“キソくん”の総勢4名!(大笑)

毎日、午前3時か4時に寝て、目覚めるのは午前9時か10時という自堕落な生活を送っている拙者にとって、午前6時起床というのは・・・・キツイ!(笑)
完璧に寝坊してしまいそうな気がしていたが・・・
人間とは不思議なもので・・・
目覚まし時計に頼らなくても、精神力(?)で何とか起きられるものである。(笑)
無事に予定の特急に乗り、みんなと合流できた。
これは拙者にとっては「奇跡」であり「快挙」である。(大笑)

東京駅から新幹線で名古屋まで行き、JR快速「みえ」で伊勢市駅へ・・・・
なんで近鉄じゃなくてJRなのかは知らない。(笑)
事務局の“アサヒくん”が手配してくれた切符である。
で・・・伊勢市駅に降り立って・・・唖然・・・・
駅前には誰も人がいない・・・・(大笑)
閑散とした駅前通り・・・
とにかくどこかで昼食を食べようと駅前通りを歩くが、これといった店が無い。
ようやく見付けた店で、昼食をとる。

003_convert_20111128152323.jpg(豚丼)

時刻は午後2時を過ぎている。
このあと部会長は会議があるが、我々3人は本日はこれといった用事は無い。
観光に出かけようという話にはなっているが、誰も腰を上げようとしない。
刻々と時間が過ぎていく・・・・
「伊勢神宮にお詣りに行こうかぁ~」とは言うのが・・・・

で・・・挙句の果てに・・・・
「一度ホテルに行って荷物を預けてから行こう」と言う始末・・・
それならそうと早く移動しようよぉ~(涙)
駅前からタクシーに乗ってホテルへ。
チェック時間前だったので、フロントに荷物を預け、部会長と別れて、3人で伊勢神宮の内宮へ向かう。

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午後3時到着・・・・
結構な賑わいである。
伊勢市駅前とは大違いである。
ということは・・・観光客は、ここだけにピンポイントでやって来て、ここを参拝したらサッサと帰ってしまうということだろうか?
そうなると、町にはお金が落ちないよなぁ~

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伊勢神宮の内宮は、この石段の下からしか写真を撮ってはいけないのだそうだ。
面白くないといえば面白くない。(笑)
ここには小学生の時に家族旅行で来たことがあるはずなのだが全く記憶にない・・・・
“オノザキ前部会長”は、以前、なにやら伊勢神宮に多額の寄付をしたそうだ。
多分、「式年遷宮」という20年に一度の社殿建て替えの寄付ではないかと思う。
(本人が良くわかっていないというのは困ったものであるが・・・笑)
で・・・その時に、何やら「カード」が送られてきたそうで、それを持参していれば、いわゆる昇殿参拝のようなもの・・・つまり、一般の人よりも奥のほうへ特別に入って参拝できるとか・・・
そのカードを持ってくるのを忘れたとボヤく、ボヤく・・・・(笑)

“オノザキ前部会長”は、その昔、若かりし頃、わが町の某大手企業に就職し、その時に「伊勢修養団」で修養をさせられたのだとか。
その時に、伊勢神宮のお詣りの仕方を教わったそうだ。
通常の参拝の作法は「二礼二拍手一礼」であるが、伊勢神宮の場合は「二礼四拍手一礼」だと言う。
本当かなぁ~と思いながら、一応、そう言われたので、その通り四拍手をしたら・・・
なんと!
そう私に言った御本人は「二礼二拍手一礼」をしたのである!
そんな馬鹿な・・・・唖然である。
なんか・・・拙者一人が馬鹿みたいなお詣りの仕方をしてしまったではないか!
参ったなぁ~

と・・・気がついたら、“キソくん”がいない・・・
どうも興味が無いらしく・・・ふらふらとどこかへ行ってしまったようである。
探すのに一苦労・・・困った“後輩”である。

内宮の参拝を終えて「おかげ横丁」へ向かう。
「赤福」を食べたいとみんなが言うので、赤福の店を探したら、直ぐ目の前に・・・・
ここが本店かと思ったら、実は内宮前支店だった。(笑)

007_convert_20111128175955.jpg 008_convert_20111128180103.jpg

この赤福支店のある通りは、「おはらい町通り」というらしい。
「おかげ横丁」は、この先を暫く行ったところにあるらしい。

010_convert_20111128180410.jpg(おはらい町通り)

この「おかげ横丁」には江戸風の古い建物を模したいくつものお土産屋とか食事処が集まっている。
どこかテーマパークっぽい雰囲気がある。
“キソくん”は何か食べるものにしか興味が無いらしい。(笑)
「おい、おい、今、いろいろ食べたら夕食が食べられなくなるぞ」と注意をする。
で・・・この横丁の一角にあった射的場で、コルク玉の鉄砲で射的・・・・
おい、おい、いい歳をして何を始めるのやら・・・
賞品のお菓子をたんまりせしめて“キソくん”はご満悦・・・
わからん・・・会社の社長が子供の遊びに興じることが拙者にはわからん・・・・

タクシーを拾ってホテルに戻り、ホテルの食事処で夕食。
この店の「エビフライの開き」というのが名物なのだそうだ。
というわけで、早速それを頼むことにした。
エビをアジの開きみたいにしてフライにしただけのことではあるが・・・(笑)
結構美味しかった。

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食事後、会議を終えた“ヤマモト部会長”と合流して、酒を飲みに出かける・・・・
が・・・
場所が場所である・・・
閑散とした街の中のスナック・・・
“キソくん”は、とにかく若い女の子がいる店じゃないと嫌だと言う。
しかも美人じゃないと嫌だと言うんだから呆れる。
何を期待しているのやら・・・(笑)
だいたい、我々OBである先輩を前にして自分の希望を述べるということ自体が理解できない。(唖然)

ホテルのフロントでお店を紹介してもらいタクシーで向かう。
1軒目では満足できず、2軒目と“ハシゴ”をしたが、2軒目のお店は30代、40代の女の子しかいなかったので、到着早々“キソくん”は居眠り。
オイ、オイ、・・・である。
帰りのタクシーの中で「若い子がいなかったので寝てました」と平然と言ったのには呆れた。

日記 | 15:41:34 | Comments(0)
スーツ!
明日から三重県へ行く。
法人会青年部の全国大会である。
拙者は今年青年部を卒業したので行く必要はないのだが・・・
毎年、部会長と2人か、たまに3人という“出席率”だった。
これではなんとも寂しいではないか?
というわけで・・・OBになったが、後輩のために付き合って一緒に行く事にした。
一人でも参加者が多ければ後輩も心強い(?)だろう?
しかし、それでも、今回は現役2名にOB2名の4名である。
意識が低いというか何と言うべきか・・・・

で・・・今晩中に旅行の準備をしなければ・・・・
いつもは先に一人で行って“個人旅行”を楽しむのだが、今回は後輩に付き合い、個人的な旅行は諦める。
さて・・・何を着ていこうかと洋服ダンスの中を物色。(笑)
こういうことをすると・・・・
ついつい他の事に気が取られてしまう。
夏物と冬物を入れ替えせねばなるまいな・・・
余計な事につい手が出てしまった。
こうなると止まらない!(笑)

奥にある冬物を前面に出して、手前の夏物を奥に掛ける。
と・・・黒いカバーのついたハンガーが目に付いた。
これは何だろう?
夏物なのか、冬物なのか・・・・
中身を確認したら・・・・
あれ???
なに・・・これ・・・
スーツである。
しかも、各種の札がぶら下がったままの、買ったばかりの状態のスーツである!
あれれ???
生地からいって春・秋物のようである。(笑)
いつ買ったんだろう・・・これ・・・(大笑)
買ったまま着るのを忘れ、そのうちに奥のほうに仕舞ったままとなったらしい・・・
春・秋物となると・・・1年前?2年前?
全く記憶にない。

拙者は洋服は何年かに一度しか買わない。
その時は、まとめて何着か買うことにしているから・・・・
たぶん、スーツを2着とジャケットを2着と、スラックスを3本と・・・といった具合で買ったはずである。
で・・・1着だけ着るのを忘れてそのままとなってしまったらしい。
なんというもったいない事を・・・
アホである。(笑)

ちょうど、先月あたりなら良かったかもしれない。
これからだと、ちょっと生地が薄くて寒いかも・・・(笑)
また忘れるといけないので・・・・・
来春には是非着なければ・・・と、手前のハンガー掛けに掛ける。(笑)

日記 | 22:15:19 | Comments(0)
Linked In って何?
先日、突然アメリカ在住のダンさんからメールが・・・
彼は、「ヒストリカル・コンサルタント&アドバイザー」という肩書きを持つ方で、今までに何度か海外での慰霊祭でお世話になっている。
「ヒストリカル・コンサルタント&アドバイザー」っていう肩書きは日本には無いと思うが・・・
日本語に訳するとなんと言えばいいのだろう?
簡単に言うと・・・戦史研究家みたいなものかな?

その彼から、突然「Linked In」というものに参加しないかという案内のメール。
「リンクド・イン」というものの中のダンさんの「プロフェッショナル・ネットワーク」に参加しないかと言うことらしいが、意味がよくわからない。
この「リンクド・イン」というものの定型文なので、「お友達に誘う」みたいなボタンを押すと、こういうメールが送れる・・・ということで送ってきたのではないだろうか?

で・・・「リンクド・イン」って・・・何?
「プロフェッショナル・ネットワーク」って何?
全然わからないんですけど・・・

ネットで調べてみても、よくわからない。
“よくわからない”というのは怪しいサイトという意味ではなく、私が理解できないだけなのだが・・・(笑)

どうもこれは「Face Book」みたいなもののようであるが・・・・
この「フェイス・ブック」自体を知らないのだからどうしようもない。

「お友達を増やしましょう」というより、ビジネスに特化されているような感じである。
登録されている人を見てみたら・・・みんな外人!(笑)
日本人もいるらしいが・・・・よくわからない・・・・
で・・・
名前、居住地、会社名、役職名、経歴、取得資格・・・・等々が書かれていて・・・・
自分には、こういう能力が有りますとか、こういうことが出来ますとか・・・
そういうようなことが英文で書かれているようである。
つまり・・・職を探してます、仕事を承ります、一緒に仕事をしませんか?・・・というような内容のようである。
この「リンクド・イン」というのを通してビジネスを発展させようということなのだろうか?
この段階からもう解らないのである。

で・・・この「プロフェッショナル・ネットワーク」というのは、ダンさんの人脈のことなんだろうか?
このサイトに登録して“戦史研究家”仲間に加われということなのだろうか?
しかし・・・これ・・・
拙者の嫌いな英語で書かねばならないのである。
しかも、自分の学歴から経歴、資格等、細かに書いて公表しなくてはならないようである。
う~ん・・・個人情報をそうそうたやすく公表はしたくないなぁ~(大笑)

結局、このサイトが有料なのか無料なのかもよくわからないし、ダンさんのネットワークに参加することにどんな意味があるのかもわからない・・・・
仕方がないので、彼に直接メールで尋ねる事にした。
彼は日本で働いていたことがあり、日本語の会話はペラペラである。
日本語でも手紙が書ける人でもあるが・・・・
一応、ここは英語でメールを出して、この程度の英文しか書けない人でも参加して大丈夫なのか?・・・と、尋ねてみる事にした。
で・・・その英文メールを書くのに2日もかかってしまった!(大笑)

これじゃ、参加に応じて、もしどこかの外人さんから英文のメールで問い合わせが来ても、どうにもこうにも対応ができないのではなかろうか?(大笑)

まぁ、彼が拙者を誘った真意を確かめてみよう・・・・

日記 | 21:07:48 | Comments(0)
米軍が記録したニューギニアの戦い
米軍が記録したニューギニアの戦い米軍が記録したニューギニアの戦い
(1995/08)
森山 康平

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総論 広大さとジャングルと飢えと

第1部 ニューギニア最初の激闘
1 ポートモレスビーの攻略
2 ブナ地区の戦い
写真
  山越えのポートモレスビー攻略
  ブナ、ギルワの戦い
  ブナ陣地の玉砕
  ギルワの戦場
  ブナ地区の砲煙は止んだ
  ブナ地区、日本軍の“反撃”と連合軍の余裕
  米軍の新たな後方基地
真剣に検討されずに終わったニューギニア放棄論
生還者の回想
  拳銃と日本刀の一騎討ちもあった(柳場 豊)
  “日本軍人の最期を見せてやる”(柳場 豊)
  『歩兵第144聯隊(高知)通信中隊誌』より
  “こじゃんと腹がたっったぜよ”(柳場 豊)

第2部 連合軍の本格反攻
1 ワウの戦い
2 ダンピール海峡の悲劇
3 ラエ、サラモアの激闘
4 サラワケット越え“死の行軍”
写真
  脆かった船団護衛(ダンピール海峡の悲劇)
  連合軍のナッソウ湾上陸(サラモアの戦い)
  連合軍、ラエに上陸
サラモア攻撃は陽動作戦だった
サラモア作戦の日本軍消耗
生還者の回想
  ラエ~サラワケット~キアリの道程(岡本隆久)
  ラエ増援輸送に失敗(所沢作治)
  ラエ最前線、ブス河の戦い(川尻貞治)
  魔のサラワケット越え(諸田照吉)

第3部 フィンシュハーフェンからマダン、ウエワクへ
1 フィンシュハーフェンの攻防
2 フェニステール山中の飢餓行軍
3 大湿地帯に消えた“彷徨兵団”
写真
  フィンシュハーフェンの戦い
  連合軍、サイドル先回り上陸
  マダン、ハンサへの爆撃と攻略
  ウエワクへの猛烈爆撃
生還者の回想
  フィンシュハーフェンの激闘(福家 隆)
  勧喜嶺付近の戦闘(齋藤 顕)
  “飢餓のニューギニア”はなぜ起こったか(針谷和男)

第4部 主戦場は西部ニューギニアへ移った
1 ホーランジア、アイタペ米軍上陸
2 アイタペ攻撃戦
写真
  ホーランジアを攻略した連合軍
  連合軍はさらに西進した
  フィリピン奪回の根拠地となったホーランジア
  アイタペに上陸した連合軍
アイタペ戦終了後の第18軍
生還者の回想
  敵中に孤立したわが大隊(水町 輝)
  「おんみ大切」と「死守せよ」の違い(梶塚喜久雄)

第5部 ニューギニア戦の終焉
1 爆砕され焼き尽くされたビアク島戦
2 第18軍、異例の「全軍玉砕命令」へ
写真
  西部ニューギニアの戦場
ニューギニア戦後の連合軍
生還者の回想
  ニューギニア戦線における海軍部隊(田島一夫)
  第18軍司令官安達二十三中将のこと(堀江正夫)
  ニューギニアに眠る戦友を忘れない(後藤友策)
  東部ニューギニアにおける作戦の背景とその実態(堀江正夫)



死亡した日本兵達の写真を見るたびに、彼の人生は何だったのだろう・・・と思ってしまう。
彼の少年時代は、どうだったのだろう・・・
まさか、その後、こんな死に方をするとは想像もつかなかっただろう。
可哀相である・・・
ただただ戦争反対というのではない。
こういう死に方をさせる戦争には私は反対である。
考えさせられる写真集である。


今年の読書:78冊目



読書 | 00:15:52 | Comments(0)
水戸で講演会
今日は午後から水戸のホテルで茨城県法人会連合会の講演会。
「税を知る週間」の記念講演会である。
講師は伊藤関東信越国税局課税第一部長。
テーマは「税の役割と税務署の仕事」・・・である。

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車を運転して水戸へ向かいながら思った・・・
昨晩、東京へ泊まっても良かったんじゃないだろうか?(笑)
上野から特急に乗って水戸駅で途中下車をすればいいんだから・・・
なにも急いで昨晩自宅に帰らなくても良かったんじゃあるまいか?
今頃気付くとは・・・マヌケである。

会場で、“シミズ広報委員長”と合流。
開口一番・・・
「よ~し!寝るぞぉ~」である。(笑)
で・・・その言葉通り・・・
講演が始まった途端、居眠りをし始め・・・・数分後にはいびきまでかきはじめた。
唖然・・・である。
「いびきをかきはじめたら起こしてくれ」と頼まれたが、起こしても起こしても、またまたすぐにいびきをかくので始末が悪い。(笑)
結局、そっちに気を取られてしまい、講演の内容なんてサッパリ・・・であった。(涙)

この講演で、どうもよくわからない部分があった。
国の財政である。
一般会計の歳入総額のうち公債金収入(国の借金)は44兆2980億円で、全体の47.9%を占める。
国の「歳入」の約半分が借金なのである。
借金を果たして「歳入」と言っていいのやら・・・という気がしないでもない。
まずこの部分で首をかしげてしまう。
これでは「借金漬け」ではないだろうか?
これが個人の家計だったら、「破綻」と言っていいのではないだろうか?

タバコ税の値上げが話題となっているが、タバコ税は8160億円。
全体の0.9%しかないのである!
こんな微々たる物の税金を値上げしても何の意味もないことが明白である!
明らかにタバコ税の値上げは喫煙者に対する嫌がらせだな!(笑)
全歳入の0.9%しか占めないものに対して増税をしても意味がないのではないか?
これに対して、酒税は1兆3480億円。
全体の1.5%もあるのである!
タバコ税を増税するより酒税を増税したほうがいいんじゃないか?

で・・・
一般会計の歳出総額は、92兆4116億円で、これは当然、歳入額と同じ数字である。
が・・・
この歳出の中の公債費(国債の返金や利子の支払い)が21兆5491億円。
全体の23.3%を占めている。

頭の悪い拙者にはこれがわからない・・・・
どう考えてみても、借金を返すために借金をしているとしか思えない。
収入の47.9%の借金をして、そこから支出の23.3%を借金の返済に充ててるということであると解釈すると・・・
これではいつまで経っても借金の返済は出来ないのではあるまいか??????
本来は、この逆でなくてはならないのではなかろうか?
収入のうちの23.3%が借金で、この借金の返済に支出の47.9%を充てるとなれば、これなら近々借金は完済しそうな気がするんですけど・・・

東京大学を出たような頭のいい官僚が財政を取り仕切っているんだろうが・・・・
どうも比率が違うような・・・・
財務省の人って、頭がいいのやら悪いのやら、よくわからない。
借金返済のための借金・・・ならば、エリート官僚じゃなくても出来そうな気がするんですけど・・・

ここは、やりくり上手な主婦を募って・・・・
その人達に国家予算を任せたほうがいいんじゃあるまいか?

日記 | 22:08:23 | Comments(0)
甥っ子のチェロを聴きに行く
今日は甥っ子のチェロの演奏を聴きに東京へ行く。
いやはや演奏会というと、何だかんだと引っ張り出されて忙しい・・・
拙者は音楽のことはさっぱりわからんのだが・・・(笑)

いつものように会場の音楽大学へ・・・・
音楽ホールの適当な場所に一人で座り鑑賞する。
甥っ子のチェロのピアノ伴奏は妹が・・・
兄妹のコンビで出場するというのは、そうそうあるものではない。
姉のほうは大学生になったため出場資格は無い。(大笑)
このコンビの演奏を聴くことができるのもあと何年でもない。

前半が終り休憩時間に甥や姪、そして拙者の妹とロビーで会う。
彼らはコンサートの前半の出場なので、もう演奏は終わり・・・
そのせいか、ファン(?)からもらった花束を抱えて記念撮影。
「おじちゃんも一緒に!」と言われ、渋々写真に納まる。
妹の音大時代の友人である“ミホちゃん”にも久しぶりに会う。
「あら~お兄さん!お久しぶりです!」
「あれ!元気だった?」
「聴きに来ちゃった~」
「そういえば、途中から中年のおばさん達が入って来たけど・・・あれ・・・ミホちゃん達?」
「そう、音大の同窓会を直ぐ近くでやっていたんですよ~、目立っちゃったでしょ?途中でオバサンたちが入って来たから・・・(笑)」
「そう、すごく目立ったよ~オバチャン達の団体だから・・・(大笑)」

後半の演奏には甥っ子達は出場しないが、拙者は真面目に最後まで聴くことにした。
それが礼儀というものだろう。
後半の部・・・・
小学3年生の男の子のバイオリン・・・・
伴奏は・・・ビオラやチェロなど音大の先生方5人・・・
そうそうたるメンバーを従えて登場してきたのには驚いた!(笑)
“大学教授”5名を従えての堂々たる演奏にはマイッタァ~(大笑)
演奏は当然のことながら恐ろしく上手だが、彼のしぐさがこれまた可愛いのである。(笑)

コンサート終了後、拙者は真っ直ぐ帰ろうと思っていたのだが、甥っ子からメールが入る。
一緒に帰ろう・・・という。
拙者の妹は、先日のライブの時に拙者とゆっくり話が出来なかったので、今回のコンサート終了後におしゃべりをしよう・・・などと言っていたが・・・
夜、四国の徳島へ行かねばならないのを忘れていたと言う。
おしゃべりしている時間など無いと言う。
妹はコンサート後、慌てて羽田空港へ向かった・・・
ほらね・・・やっぱり“女の約束”なんて当てにはならぬ・・・(唖然)

音大には「レッスン室」というのがいくつもある。
それが出場者の控え室にもなるわけだが・・・
甥っ子から「245号室にいるから来て!」とメールが入った。
で・・・245号室を探すが・・・ない!(笑)
243号室まではあるのだが、それから先がない!
おかげで音大の中をウロウロである。
これでは完璧な“不審者”である。
まもなくバッタリとパパと出会った。
「あれ?何してるんですか?」
「245号室を探してるんだけど・・・ねぇぞ!」
「245号室?235号室ですよ、控え室は・・・」
「なぬ!あの野郎・・・・」

235号室なのに245号室と間違って連絡してきたのである!(怒)
「ちょっと間違っただけじゃない?そんなに怒らなくても・・・」と甥っ子は言うだろうが・・・
これが戦場だったら絶対許されないミスである。
「235高地を攻撃せよ」を「245高地を攻撃せよ」と指示しては作戦は失敗するのである。
3と4を間違えただけじゃないか・・・では済まされないのである。

その昔・・・祖父が戦っていたフィリピンのサラクサク峠でのこと・・・
師団司令部から「サル陣地」への増援要請を受けた蒲田中隊長が部下をそこへ送り出した。
ところが陣地へ行ってみたら、そこには米軍が陣取っていて、猛射を受けて何人もの部下が戦死した。
命からがら帰還した部下の報告を師団司令部へ伝えたが、司令部はその報告を信じず、まだ占領はされていないはずだから再び増援部隊を送れと命令。
再度、部下を送り出したら再度攻撃を受けてまたまた多数の部下を失った。
結局、何が原因だったかというと・・・・
第一線部隊の知っている「サル陣地」と師団司令部のいう「サル陣地」が、実は別の場所だったのである。
「あのいい加減な命令のために死ななくてもいい部下が何人も死んでしまったんだ!」と蒲田中隊長はカンカンだった。
「前線に来ず、場所の確認もせず、安全な後方からいい加減な命令を出しやがって!今でも、これだけは許せない!」と言っておられたが、2年ほど前についにお亡くなりになってしまった・・・・
いい加減な指示は人命にも関わる重大問題なのである。
部屋番号を間違えたくらいでは人は死なないだろうが・・・(笑)
人に指示を与えるときは、そのくらいの真剣さと細心の注意をしなくてはならないと思うのである。
う~ん・・・わが甥っ子・・・甘いなぁ~(怒)

「おじちゃ~ん!俺の演奏どうだった?」
「ん?イマイチだなぁ~どうも、音がイマイチって感じだったけど・・・」
「やっぱり・・・」
「前回の演奏のときの音のほうが良かった気がするんだよなぁ~おじちゃんとしては、前回の演奏のあの音のほうが好きだな~」
「やっぱりねぇ~仕方がないんだよね。この曲はそういう音なんだよねぇ」
ん?怪しい・・・本当か?
どうも言い訳としか聞こえない。
おじちゃんが音楽にド素人だからって誤魔化しているんじゃないか?
あの音がイマイチなのは練習不足だったからではないだろうか?
部屋番号を間違えて伝えてくるような甥っ子である・・・・信じられぬ・・・(大笑)

コンサートには甥っ子の“彼女”も聴きに来ていた。
可愛い子である。
おじちゃんには“彼女”がいないというのに、甥っ子には“彼女”がいるのである!
なんと生意気な!
まぁ、高校生の甥っ子と張り合っても仕方がないのだが・・・(笑)
「この後、彼女とデートだろ?」
「いや、デートはしないよ」
「いいのか?せっかく聴きにきてくれたんだからデートしたほうがいいんじゃないか?」
「いや、別にそんなことしなくていいんだよ」と偉そうな事を言う。
「あっ、彼女よりもおじちゃんのほうを取ってくれたんだぁ~」
「・・・・」
「あれ?違うの?おじちゃんのほうが彼女より大事なんだよな?」
「・・・・」
素直じゃない甥っ子である。(大笑)

ママは羽田空港へ吹っ飛んでいったので・・・・
パパの天下(?)
自宅に戻って、みんなでお寿司の出前を頼んで食べることとなった。
鬼の居ぬ間・・・である。(大笑)
子供達に「たまには家に寄ってよ~」と請われて、拙者もご馳走になり、最終の特急で帰宅する。

日記 | 18:20:13 | Comments(0)
卒業祝い
今日の夜は、水戸藩士の“シミズくん”が青年会議所を“ご卒業”なされたので、そのお祝いに食事に誘う。
まぁ・・・“卒業”って言っても大したことではないのだが・・・(大笑)

だいたい、青年会議所(JC)というのは40歳になると“卒業”するのである。
“卒業”というのは、一般的には学校等で規定の課程を修了したことを表わすものである。
青年会議所での“修了”とは何か・・・
「まちづくりの出来る人づくり」が一つの目標であると、拙者が入会した時には先輩から言われたものである。
つまりは「地域のリーダー」になることが、目的ということである。
で・・・そのための研修を積み重ねて、40歳の“定年”を迎えて会を抜けることを“卒業”と称しているわけである。
ということは・・・「地域のリーダー」になる勉強をちゃんと修めたんだよね?(大笑)

現実にはどうか・・・・
殆ど会合に参加しない、つまりは研修をしない連中でも40歳になると“ご卒業”なのである。
何の勉強もしていないのに・・・何も“修めて”いないのに・・・
本来は、こういうことはあり得ない。
規則でも一定の出席率に達していなければ「除名」されて強制的に「退会」させられる事になっているのである。
が・・・しかし・・・実際には、「除名」「強制退会」は実行される事はない。
質より量が大切なのである。
会員が減っては困るのである。
拙者は、この規定に従って、出席率が規定に達しない者の除名を行おうとしたが、猛反対を受けた事がある。
多分、この頃から、拙者は“冷酷”とのレッテルを貼られたのだろう。(笑)
甘いんだよなぁ~
本来の目的を見失っているんだよなぁ~

リーダーとは、軍隊で言えば「指揮官」なのである。
日本は平和ボケしているから「指揮官」という言葉を知らないかもしれないが・・・
「指揮官」の指揮能力によって部下の兵隊の生死が決まると言っていい。
部下の命を預かっているのが「指揮官」である。
まぁ、“まちづくり”という社会奉仕活動に生命の危険はないが・・・
「指揮官」の判断一つで部下が死ぬかもしれないと“想像”しなくてはならない。
だから「指揮官」には“自己研鑽”が必要なわけなのだが・・・
40歳になれば、「指揮能力」が無い人間でも“卒業”できてしまうというのはお粗末である。

入会資格は社会のリーダーを目指す“品格ある青年”で、20歳~40歳であれば誰でも入会できる。
問題は、この入会条件の“品格ある青年”ですが・・・(笑)
百歩譲って、仮に“品格”がなくても、“卒業”する時に、“品格”が備わっていればいい・・・
が・・・現実は・・・
品格がないまま入会して、品格がないまま卒業している。

拙者は、こういう輩と一緒に卒業するのは遠慮させていただいた。
「同類」と思われたくなかったからである。
拙者のプライドが(大笑)許さなかったんだよなぁ~
というわけで・・・卒業1年前に“自主退会”させていただいたのである。(大笑)
だから拙者はOBではない。

さて・・・・“シミズくん”・・・(大笑)
いや、いや、君には“品格”があるから拙者は文句は言わんよ。
PTA会長として地域のためにも奉仕してきたんだから、文句は言わんよ。
“ご卒業”は大いに喜ばしい事だとお祝いしたわけである。
ん?嫌味???
違うよ~(大笑)

日記 | 21:37:29 | Comments(0)
老害である
今日は法人会の第3ブロック会議・・・・
年1回の会議である。
一応、このブロックの理事を拝命しているので参加する。

いつものように昼食を食べながらの会議である。

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毎年1回だけ開催されるこの会議・・・・
議題は毎回同じである。(笑)
「会員の増強」・・・・
毎度、毎度、同じ話をして飯を食って解散・・・という形ばかりの会合である。
今回も同じ・・・

参加者の中の“クドウ社長”から、「今まで、同じ事の繰り返しで何の成果も上がっていない。勧誘の仕方に工夫をすべきではないか?」との非常にまともな意見が出た。
毎年、未入会企業のリストアップをして、各自、知り合いの企業を勧誘するというやり方をしているが、毎年1社も入会しないのである。(笑)
昨年、拙者は、この会議で若輩ながらも苦言を言わせてもらった。
「俺はどこそこの社長を知っているから話しておくと毎年おっしゃっていますが、その後どうなったのか報告が全くありません。本当に皆さんは勧誘に行っているんですか?」
この時、諸先輩方から睨まれた。(大笑)
調子のいい連中なのである。
その時だけ調子のいいことを言って、いかにも俺は顔が広いんだとばかり自慢するが実際は何もやっていないのである。
そこを突いたから“嫌な野郎”だと嫌われた。(笑)
そのせいなのか・・・調子のいい方々は皆さん今回は“ご欠席”である。(笑)

拙者は“諸先輩方”を責めた以上、勧誘に走ったが・・・・
今回、残念ながら結果は全くお話にならなかったという事例を披露させていただいた。
「税理士から法人会には入る必要は無い」と言われたというとんでもない事例・・・・
「入会して何のメリットがあるのか?」とボロクソに言われた事例等々・・・
「これらに対しての対策を考えないといくら勧誘に行っても相手は入ってくれないのではないか」という話をしたが・・・
ところが、拙者がそういう報告をしているというのに、“大先輩”の某が、上から話をかぶせて邪魔をしてきたのである。
未入会企業の名簿を読み上げ・・・「この会社はアンタは知ってるだろ?アンタが行って勧誘してよ」と延々と大声で拙者の発言を遮ろうとするのである。
相手が“大先輩”でなければ、「黙って人の話を聞け!」と怒鳴るところである。
周囲の人も“大先輩”をチラリと睨むが、この“大先輩”は意に介さず、延々と名簿を読み上げるのである。
で・・・最終的に何と言ったかと言うと・・・
「俺ももう歳だから、これからは若い人達に頑張ってもらいましょう!そういうわけで一つよろしく!じゃぁ~そういう感じでね。皆さんで手分けして勧誘しましょう」

毎年、そういう調子だから一社も入会しないんだろ?
この“大先輩”は、入会する会社があろうと無かろうと、どうでもいいのである。
とにかくこの場を穏便に収めて、さっさと帰りたいだけなのである。(大笑)
いつもの調子だと思ってはいたが、「これからは若い人に・・・」には呆れた。
「俺はもう歳だから・・・」というのは、この人の口癖である。
以前、「それなら息子さんを青年部に入会させてくださいよ」と言ったら、無視された事がある。
歳を取って役に立たないから・・・と言いながら、引退はしないのである。(笑)
今の役職に居座っていたいのである。
しかも面倒くさい事は何もせず、格好だけで中身の無い事を毎年繰り返し、“一応、やっています”とお茶を濁すのである。
これでは何年経っても組織は活性化しない。
全く困ったものである。
“老害”とは、まさしくこの人のためにあるような言葉である。

企業の経営者がこの程度のレベルである。
この程度のレベルの人が選挙民なんだから、まともな政治家が選ばれるわけもない。

年寄りの存在は総て“老害”というのではない。
80歳を過ぎても“青年”という人もいるのである。
20代でも“老人”のような人もいるのである。
年齢ではない・・・・

結局、何の結論もつかず、何の“話し合い”も“意見交換”もなく・・・・
“大先輩”の「じゃぁ、そういうことで・・・頑張りましょう!」の一言で閉会となる。
ちなみに・・・
拙者は「そういうことで・・・」が「どういうこと」を指しているのか、さっぱりわからないが・・・
まぁ、いいんじゃないの~“お昼を食べる会”ということで・・・・
真面目にやるのはやめようかなぁ~(大笑)

日記 | 20:13:59 | Comments(2)
勘違い・・・・
東京にいる大学1年生の姪っ子が、今日、やってくる・・・・
昨晩、「9時ごろ行くから」とメールがあった。
さぁ~大変だぁ~
駅に迎えに出なくちゃならないので、早起きしなくては!

というわけで・・・今日は早起きして待機したのだが、いつまでたっても連絡が来ない。
おかしい・・・
9時に着く電車ではなく、上野発9時の電車に乗ったのだと思うが・・・・
9時発の特急に乗ったのなら10時半には駅につくはずだが、まもなくその時間である。
予定通りの電車に乗ったのかどうか・・・わからない。
何の連絡も無い・・・・
親父は孫の事が心配で「連絡はまだか?」と騒ぐ。

「何時の電車に乗ったのか連絡を下さい」と姪っ子にメールを送ったら・・・
「20時の予定」とのそっけない返事・・・・
20時?・・・ということは、9時というのは夜9時のことだったのか?

あ・の・な・・・
最近の若い者は言葉が足りないんだよなぁ~
そこにもってきて、「ツイッター」などという“つぶやき”などが流行ってしまっているからこういうことになるのである。
「上野発午後8時ごろの特急に乗る予定です」とかと書けば何の問題もないのである!
あ~早起きして損をした!(笑)

で・・・午後8時・・・・
拙者としては、あまりしつこい質問をしたくないのだが・・・(大笑)
またもや親父が騒ぐ・・・・
仕方がないので姪っ子にメール・・・
「何時の特急に乗ったんだ?」
「20時ので行きます」

ということは・・・9時半到着である。
これを知った親父がまた騒ぐ。(大笑)
「若い娘が、そんな遅い時間に来たのでは危ないだろ!」
そんなことを拙者に言われてもねぇ~(笑)
「駅を出たところで何かあったらどうするんだ?」
う~ん・・・何か起こるような辺鄙な駅ではないと思うんだけど・・・(笑)
田んぼの真ん中にある駅ではないんだから・・・
「ちゃんと改札口まで迎えに行くから大丈夫だって!」と宥めるのに一苦労である。(笑)

午後9時半、無事に姪っ子が到着。
「おい、午前9時に来ると思って早起きしちまったぞ」
「え?9時だよ・・・今、9時でしょ?」
「9時って言ったら午前9時でしょ!」
「あ~ゴメン」
「今度は午後8時到着だと思ったら9時半だっていうから、おじいちゃんは一日中大騒ぎだぞ」
「ゲゲッ!」
「俺・・知らないからねぇ~(笑)」
「エェッ~」
「連絡は相手がわかるように正確に!」
「言葉が足りなかったよねぇ~」
「そう、そう・・・」

だいたい母親(拙者の妹)が、言葉が足りない人なのである。
自分だけがわかっている・・・というのは日常茶飯事。
質問すると「何度も言ってるでしょ!」と逆切れされる。(笑)
が・・・拙者は一度も正確な情報を受けていない・・・というのが普通なのである。
あ~あ~娘も母親に似ちゃったんだなぁ~(大笑)
「言葉が足りないところなんざぁ~母親そっくりになったねぇ~」と嫌味・・・(笑)
「ゲゲッ・・・ウソ・・・」

日記 | 19:29:18 | Comments(0)
ホームページ・ビルダーを買う
ホームページ・ビルダー・バージョン6でホームページを作っているが・・・
先日、パソコンがWindows7にしてから、イマイチ調子が悪い。
特に「写真の挿入」時にエラーが頻発・・・・
で・・・“フクちゃん”が入れてくれたバージョン14にいたっては、いつまで経ってもサイトが開かない。
気長に待つにも限度がある。

今では、このソフトのバージョンは16になっているらしい。
そういう時代にバージョン6を使っていてはトラブルがあってもおかしくはないか・・・
バージョン14は、どうも“フクちゃん”の違法コピーのような気がする。(笑)
だから動かないんじゃないか?
バージョン6のほうが使い慣れていていいのだが・・・
しかたがない・・・買いに行くか・・・(涙)
ということで・・・最新のバージョン16を買いに近くの家電量販店に行く。

ホームページ・ビルダー16 通常版 書籍セットホームページ・ビルダー16 通常版 書籍セット
(2011/10/07)
Windows

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「バージョンアップ版」というのもあり、こちらのほうが安いのだが・・・・
これは、バージョン12以上のものが既にインストールされていなければならないそうだ・・・説明書きによれば・・・
それ以下のバージョンの場合は、通常版を購入しろとのことらしい。
う~ん・・・1万5千円・・・高い・・・(笑)
が・・・仕方があるまい。
いつかはバージョンを上げねばならぬのだ。
使い方が良くわからなかったら大変なので、一応、書籍とセットになっているものを選ぶ。

帰宅して、早速インストール・・・・
これからボチボチやって慣れるしかない。

拙者は極めて保守的な男である。
新しいものは苦手なのである。
そういう“冒険”はしたくないのである。
ホームページを作ったり、ブログを書いたりしているんだから、かなり詳しいんだろうとか、新しいものに飛びつく性格なんだろうと思われがちだが・・・(笑)
本当は正反対である。
だから、あの怪しからん水戸藩士“シミズくん”から年寄り呼ばわりされてしまうのである。(大笑)

これ・・・どうやって使うんだろ?
ビクビクしながら操作する。(大笑)

しばらく、慣れるまで、こういうのが続くんだろうなぁ~
トホホ・・・である。(涙)

日記 | 18:03:50 | Comments(2)
マレー・シンガポール作戦
マレー・シンガポール作戦 (秘蔵写真で知る近代日本の戦歴)マレー・シンガポール作戦 (秘蔵写真で知る近代日本の戦歴)
(1991/10)
森山 康平

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第1章 南方作戦の構想
 ヒトラーの要請
 陸軍のシンガポール攻略計画
 南進か、北進か
 第25軍司令官に山下奉文中将

第2章 マレー半島進撃作戦
 上陸地点を目指して
 激戦だったコタバル上陸戦
 シンゴラ、パタニーへの上陸作戦
 プリンス・オブ・ウェールズの撃沈
 ジットラ・ラインの強攻突破
 カンパルの激闘
 侘美支隊のクワンタン攻略
 スリム殲滅戦とクアラルンプール占領
 ジョホールバルへの突進

第3章 シンガポール攻略
 シンガポール島上陸を前に
 第25軍、ジョホール水道を渡河
 ブキテマ高地をめぐる攻防
 続行された守備隊の大攻勢
 突然現われた英軍降伏の使者
 シンガポール陥落
 戦果と損害
 華僑虐殺事件

第4章 香港の攻略
 九龍半島要塞の攻略
 香港上陸作戦
 金馬倫山の占領と総攻撃の発令

第5章 マニラ占領と第一次バターン攻略戦
 マニラへの第一撃は航空攻撃
 第14軍のマニラ攻略
 マニラ占領か、バターン攻略か
 バターン追撃戦始まる
 最初からつまずいた追撃戦
 第16師団のバターン投入
 バターン追撃戦の一時中止

第6章 蘭印攻略作戦
 石油獲得が目的の蘭印作戦
 坂口支隊、ボルネオを攻略
 陸軍空挺部隊、パレンバンに降下急襲
 スラバヤ沖海戦とバタビア沖海戦
 東海林支隊のバンドン突入
 第2、第48師団と坂口支隊の進撃
 蘭印軍の全面降伏

第7章 第二次バターン戦とコレヒドール要塞攻略戦
 バターン攻略戦の続行
 4月3日に総攻撃開始
 キング司令官の降伏と死の行進
 コレヒドール要塞島の陥落



今年の読書:77冊目



読書 | 12:42:04 | Comments(0)
お米が届く
朝・・・ピンポ~ン!
宅急便が来た。
「これ・・・多分、お米ですよぉ~」と言う。
う~ん・・・先に言われたら楽しみがないではないか?(大笑)

宅急便は、従姉からだった。
箱を開けてみたら・・・確かにお米!
重いと思ったら、20kgもあった。(笑)
生産者名等、何も印刷されていない袋に入っているから自家製のお米だな・・・・
早速、お礼の電話を入れる。

「放射能とか気にするかなと思ったんだけど・・・一応、検査をして異常はないって言われているんだけど・・・」と言う。
「全然気にしてないですよ~」
だいたい、83歳と51歳の二人暮らしである。
いまさら汚染米を食べたとしても、影響が出る前に死ぬだろう・・・
「親父は83歳だし、いまさら食べて何か起こるとしても、その頃にはボケてるか死んでいるから大丈夫!」と言ったら笑われた。

いつもお世話になっているから、3人の姉妹からのプレゼントなのだそうだ・・・
お世話って言っても、毎月、母の墓参りに行ったついでにご先祖様のお墓もお参りして掃除をしているだけのことである。
本来は本家がやるべきことなのに・・・と言われるが、そんなことは拙者は気にしていない。
逆に嫌味と受け取られはしまいかと気になっているくらいである。
余計な事をして・・・と言われたらどうしようかと思っているくらいなのだ。
お墓参りや墓掃除に本家も分家もあるまい?
やれる人がやればいい・・・・
田舎の山奥にあるお墓なのである。
みんなはそうそう墓参りには来れまい?
拙者は毎月母のお墓参りに行っているんだから、拙者が掃除をすればいいだけのことである。
祖父のお墓には、母が存命中にも何度もお墓参りに行っている。
フィリピンに慰霊に行くとき、戦友会の会合があるとき・・・
いつも祖父の墓に報告に行っていたから苦ではない。
年に何回かが・・・毎月になっただけのことである。(笑)

それにしても、申し訳ないなぁ~
こんなに送ってもらって・・・・
感謝、感謝である。
二人で食べきれるだろうか?(笑)

「いやぁ~助かりましたぁ~これで、餓死せずに済みましたぁ~」と言ったら・・・
「あんた、どんな生活してるの?」と笑われた。

日記 | 17:40:49 | Comments(0)
広報委員会に遅刻
今日は11時から法人会の広報委員会である。
いつもは12時からなのだが、今回は1時間早目の開催である。
頭ではわかっているのだが・・・
体が言う事を聞かない・・・(大笑)
もうそろそろ用意をしないと間に合わなくなるぞ・・・と思っているのだが・・・
体内時計は「12時」を目標としているらしい・・・(笑)
あ~まずいなぁ~このままじゃ、遅刻するなぁ~と思っていたら、ギリギリになってしまった!
で・・・慌てて車で自宅を飛び出す。
で・・・しばらく走ったところで、運転免許証を忘れた事に気がつく。
不思議なもので、免許証を持っていないと気がついた途端に急に不安になるのである。
ヤバイ・・・・
こういうときに限って、一斉検問があったり、パトカーや白バイに止められるんじゃあるまいかと不安になるのである。
結構、拙者は小心者なのである。(大笑)
で・・・運転免許証を取りに自宅に戻る。
おかげで会議に5分遅刻してしまった!
やっちまったぁ~
“軍人”たる者、5分前集合は当たり前だと、こだわっていたのに・・・
やっちまったぁ~

会議は新年号の編集打ち合わせ。
事務局が原案を提出しているので、特に問題がなければそのまま承認である。
今まで、時々会報には拙者が「コラム」を書いていたが、今回も、いい話が思い浮かばないので「コラム」は載せない。
毎日、自堕落な生活を送っているとこういうことになる。
いざとなると、文章が思い浮かばない。
これでは“ウメちゃん”を笑うどころではない。

早目の昼食を食べながら会議を行い・・・・解散・・・
もう少し変化の飛んだ会報を作ったほうがいいと思うのだが、いい案が浮かばない。
駄目だな・・・
もう少し普段からシャキッとしていないと・・・
反省である。

日記 | 16:35:22 | Comments(0)
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