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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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妹のライブに行く
今日は妹のライブを聴きに東京に行く。
場所は池袋・・・・
以前、行った事がある場所だから大丈夫だと思ったが・・・
あれ????
道順を全然覚えていない!(涙)
馬鹿・・・である。
さて・・・どこをどう歩いたやら・・・
確か、あの時は・・・・“シミズくん”を連れて行ったんだよなぁ~
部分、部分しか覚えていないのである。
さて・・・直ぐ近くには来ているはずなのだが・・・(笑)
“シミズくん”と一緒に入った古書店があった。
ここは覚えているが・・・・
さて・・・ライブをやるお店はここからどうやって行ったんだろう?
しかし、これほど物忘れがひどくなったとは驚きである。
もとから記憶力の悪い人間であはるが、加えて物忘れがひどくなったとは・・・
「若年性痴呆症」か?
何とかかんとか、ライブをやるお店に到着する。

004_convert_20111116115615.jpg

今回は、前回以上にレベルが上がったようで安心した。
みんなが知っている映画音楽なども取り入れて演奏・・・・
こうでなくてはねぇ~
拙者は退屈しちゃうんだよねぇ~(大笑)

今回、日立からお菓子のお土産を持って来てくれと頼まれた。
よくは知らないのだが、以前、被災地日立へのカンパを募るチャリティーコンサートの時にお世話になった人に渡すのだそうだ。
日立のために寄付してくれた人だから日立のお菓子を・・・とか何とかと言っていたが・・・
妹の話はいつものことだが、せわしいばかりで要領を得ないのである。
何のことやらさっぱりわからん・・・・
が・・・とにかくお菓子を持参した。
チラチラと雨の降る中、お菓子の箱を濡らさないように神経を使いながら・・・
あ~!こういうの・・・イライラするんだよね!

ライブが終了して、妹にお菓子を渡そうとしたら、その人に拙者から直接渡してくれという。
日立在住の拙者が渡さないと意味がないとか・・・
何のことやらさっぱりわからん・・・
で・・・その人・・・誰?
聞いたら、拙者の隣に座っていた女性がそうだと言う。
唖然・・・である。
「知ってるかと思ったのに!私の結婚式で会ったでしょ?」と妹が言う。
アホか・・・結婚式って何十年前の話じゃ!
だいたい、妹の結婚式に来た友人や知人なんか覚えているわけがない!
これは物覚えが悪いとか、物忘れがひどいとか、そういうこと以前の問題である。

何のことやらわからないけど、とにかく「ありがとう」とお菓子を渡す。
こんな心のこもっていない渡し方をしたのは初めてである。(大笑)

妹から、このあと“打ち上げ”の食事会をするから付き合ってくれといわれる。
折角だから、久しぶりにおしゃべりをしようと言うのだが・・・
この言葉に何度だまされた事か・・・(笑)
結局は、妹たちは友人知人たちとのおしゃべりが忙しく、ゆっくりおしゃべりしよう・・・などはどこへやら・・・なのである。
今回もそうなる事は間違いない。
というわけで・・・帰ることにした。(笑)
今からなら5時発の特急に間に合う。
親父の夕食に駅弁を買って帰れる。
この後になったら、いくらなんでも遅い夕食となるので、帰るなら今である!(大笑)
挨拶もそこそこに店を飛び出し、上野駅に向かう。

日記 | 11:41:07 | Comments(0)
墓島からの生還
墓島(ブーゲンビル)からの生還―元防疫給水部衛生曹長の追想墓島(ブーゲンビル)からの生還―元防疫給水部衛生曹長の追想
(2006/03)
見藤 千代治

商品詳細を見る


第1篇 墓島からの生還
  ~元防疫給水部衛生曹長の追想~

第1章 太平洋戦争に突入す
 故郷黒平(くろべら)を発つ
 両親ともう一度
 祖国を離れて
 中支那防疫給水部南京本部にて
 起床ラッパと軍事訓練
 衛生兵教育を受ける

第2章 中国での防疫給水活動
 黒部部隊へ配属
 給水部員の任務
 医務室勤務
 下士官教育
 安慶での生活
 クーニャンとの恋
 初の敵襲経験
 入院生活
 故郷からの便り

第3章 飢えと病気のブ島戦線
 赤道を越えて
 ブーゲンビル島に上陸
 食料不足に苦しむ
 衛生曹長へ昇級
 タロキナ作戦開始
 豚騒動
 戦況悪化の知らせ
 ルルアイ川と敵襲
 ケレケンでの生活
 酋長レンゲとその娘
 その後のケレケン生活

第4章 生か死か玉砕か
 相次ぐ仲間の死
 マラリアに罹る
 終戦直前の行動
 ファウロ島での捕虜生活
 召集解除

第5章 戦争が残した悲しみ
 故郷へ
 家族のもとへ
 小林豊君の家を訪問
 飯田隆二君の家族
 戦争絶対反対
 防疫給水部の歌

見藤千代治軍歴

第2篇 そして妻へ
  ~戦後の家庭生活~

第1章 復員後の結婚生活
 妻とは同級生
 山中てる子と結婚
 嫁姑と家庭不和
 最大の危機
 母の病気

第2章 子育てと妻の看病
 4人の子育て
 ささやかな喜び
 晩年の妻
 妻を送る
 我が看病記(詩歌)

あとがき
 米寿を過ぎて思うこと



本書は、著者が妻に先立たれた後、息子に勧められて書いた「半生記」という類の本である。
どちらかといえば、私家版として親しい人だけの目に触れるような内容であるかもしれないが・・・
ブーゲンビル島の従軍記は珍しいので購入してみた。
ガダルカナル島は別名「餓島」とも記された。
餓死者が多かったからである。
同様に、ブーゲンビル島は「墓島」とも記された。
「ブーゲンビル」を、その当時は「ボーゲンビル」と発音されたり表記されたりしたからだと思うが・・・・
「墓」という字を当てたところは、「餓島」と同じ理由からだろう。
第1篇は従軍記である。
筆者は防疫給水部員という後方支援部隊の一員なので、作戦全般についての話や、最前線での戦闘の話は出てこないが、当時の状況については解りやすく書かれている。
第2篇は完全に内輪の話である。
しかし、ある意味、「人生の先輩」の話であるから参考になるかも・・・・


今年の読書:76冊目




読書 | 21:49:49 | Comments(0)
沖縄 悲遇の作戦
沖縄 悲遇の作戦―異端の参謀八原博通 (光人社NF文庫)沖縄 悲遇の作戦―異端の参謀八原博通 (光人社NF文庫)
(2003/12)
稲垣 武

商品詳細を見る


第1章 青雲の志
 古着の新入生
 母のない家
 大正デモクラシー
 CとD
 語学の問題
 原隊を失う
 旅順へ

第2章 参謀将校の道
 陸大最年少の学生
 塞翁が馬
 アメリカ留学
 2・26事件
 陸大兵学教官
 異端の兵学

第3章 タイ・マレー潜入
 雑貨商に化けて
 タイ抱き込み工作
 日米戦争への道
 田村武官の苦悩
 はやる南方軍
 晩餐会の奇計
 姿見せぬピブン首相
 バンプー街道
 平和進駐成る

第4章 左遷
 悶々の情
 対ソ戦一色の陸大教育
 すね者
 アメリカの戦争機械
 水陸両用作戦

第5章 沖縄へ
 三等軍参謀
 俊寛
 航空要塞
 兵力集中を説く
 戦備整う
 決戦計画

第6章 育つ悲劇の種
 飛行場か陣地か
 硫黄島の戦訓
 ふりかかる火の粉
 那覇大空襲
 台湾沖航空戦
 虎の子兵団抽出

第7章 決戦から持久へ
 ボタンのかけちがい
 新作戦計画
 自戒
 サソリの二つのハサミ
 嵐の前の静けさ
 島民疎開

第8章 戦雲迫る
 増派中止
 「必勝の途」パンフレット
 サンゴ礁をペトンに
 砲兵の集中運用
 陸海軍作戦の分裂
 つのる空軍の不満
 張り付け特攻ならず
 最後の手紙

第9章 米軍上陸
 エープリル・フール
 八原孤立
 激論
 攻勢中止
 米空母部隊の防禦力を低く評価
 夜襲失敗
 もぐら暮し

第10章 鉄と血の闘い
 耕す戦法
 洞窟陣地と馬乗り戦法
 軍主力北上
 参謀長の涙
 粘着力
 最後の攻勢失敗
 神参謀、本土へ

第11章 敗亡
 戦線崩れる
 初めての根回し
 後退作戦の是非
 悪天候と敵の油断
 断末魔
 生死の関頭に迷う
 戦陣訓の呪縛
 沖縄戦の決算

第12章 脱出
 難民に化けて
 嘲笑う幻影
 危機一髪
 身分露見
 敗戦を知る

第13章 苦渋の戦後
 死の誘惑
 傷心
 父帰る
 貧窮問答
 衰えぬ情勢観察力



まともなことを言い、まともな作戦を立てても当時は“異端”とされ評価されなかった軍人の物語である。
戦後も生きながらえたが、捕虜となって生きながらえたことで更に評価を落としてしまった不幸な人である。
今の世になって過去を振り返り、あの人は間違っていた、あの人は正しかった・・・というような話ではない。
当時の状況からしても、彼の分析、判断は的を得ていたのである。
大多数の他の人が“おかしい”としか言いようがない。
となると・・・“日本人”という生き物の思考回路に問題があるのかも・・・
それは軍国主義云々という逃げ口実では解決しないと思う。
今も、昔も、同じような気がしてならない。
この人のことを通して、あらためて“日本人”というのを考えさせられた。
単なる軍人の伝記、沖縄戦の戦記という範疇を越えている本だと思う。


今年の読書:75冊目



読書 | 11:41:50 | Comments(0)
バリアフリーのコカコーラ?
上野駅のホームにて・・・・

“ウメちゃん”が「コカコーラでも飲もうか?」と言う。
拙者は何故か国内でコーラを飲む事は少ない。
年に何度かしか飲まない・・・
で・・・海外に行ったら、よく飲むのである。
なぜそうなったのか知らないけど・・・海外での無難な飲み物が「コカコーラ」なのである。(笑)
「久しぶりに、いいねぇ~コーラ!飲もう!」

“ウメちゃん”がコーラを買いに行って戻ってきた。
「はい、これ、ノンタブのコーラ・・・」
「ノンタブ?」
「そう、ノンタブのコーラだよ。よく言うでしょ?」
「あ~・・・キャップスクリューってことだ~」
「はぁ?キャップスクリュー?」
「そう、タブの付いた缶コーラじゃなくて、キャップスクリューの缶コーラって事でしょ?」と拙者。
「なに・・それ・・・」
「え?ノンタブって、プルタブが無いってことじゃないの?」
「そうじゃないよ・・・ノンタブ!ノンタブのコーラ!」
「わからんなぁ~」
「あっ!ごめん、間違えた!バリアフリーだ!」
「はぁ?バリアフリー?」
「そう!バリアフリーのコーラ!」
「益々わからねぇ~」
「何で?」
「身体障害者用のコーラって何?」
「身体障害者?」と“ウメチャン”・・・・
「バリヤフリーって障害者のためのものでしょ?家の中の車椅子用のスロープとか、手すりとか」
「え?」
「あんた・・・建築士だよね?(笑)」
「いや、そうじゃなくて・・・ほら、よく言うでしょ?バリアフリーのコーラって?」
「言わねぇよ!」
「そうか?」
「シュガーレスとか、ノンカフェとか、ダイエットコーラっていうならわかるけど・・・」
「そうじゃないって!バリアフリーのコーラって聞いた事ない?」
「そんなもん、聞いた事ないわい!(笑)」
「え?そう?」
「“ウメちゃん”・・・何でもかんでもカタカナを使えばいいって言うもんじゃないよ。全然おかしいって・・・バリアフリーのコーラって・・・」
「そうかぁ?そう言わないかなぁ~」

いったい、“ウメちゃん”は何が言いたいのか・・・
駄目だ・・・“ウメちゃん”の頭は壊れている・・・(大笑)
う~ん・・・これでは原稿が書けないというのもわかる・・・(大笑)

駅のホームで“お馬鹿な会話”である。
よく周囲の人は笑わなかったものだと変なところに感心した。(大笑)

日記 | 11:19:25 | Comments(2)
柴又に行く
今日は、“ウメちゃん”は告別式に参列・・・・
拙者は・・・・暇!(笑)
どうやって時間を潰そうか・・・であるが・・・
式場は金町・・・・
その隣の駅が柴又である。
う~ん・・・久しぶりに柴又に行ってみようかな?

“ウメちゃん”と一緒に金町へ行き、拙者は葬儀が終るまで近くの喫茶店で読書。
今日の告別式の後は、あっさりと終ったらしく、昨日ほどは待たされる事なく無事に合流。(笑)
駅前のトンカツ屋で食事をして柴又に向かう。

柴又は4年振りである。
前回着た時は母と一緒だった。
2007年4月28日・・・・母が亡くなる2ヶ月弱前のことである。
あの時は・・・・
抗癌治療で入院していた母を迎えに上京して、真っ直ぐ帰るのももったいないし・・・
気分転換も兼ねて柴又に連れてきた。
が・・・抗癌治療の副作用のせいか、母の顔色は優れず、ヨロヨロだったことを思い出す。
帝釈天だけをお詣りして、「寅さん記念館」の見学は諦めて帰宅した。
次回、見に来ようね・・・といったが、その機会は永遠に来なかった。
あ~マズイ・・・母を思い出しちゃった・・・・
“想い出の場所”に再び訪れるというのは、精神的に辛いものがある。
拙者はナイーブ過ぎるのかもしれない・・・・
一人旅で訪れた場所ならまだいいが・・・誰かと一緒に行った場所となると、その時一緒に歩いた人を思い出してしまうのである。

003_convert_20111112101220.jpg(帝釈天)

“ウメちゃん”とおしゃべりしながら歩くが、どうしても母とのことを思い出してしまう。
あんな話もしたなぁ~とか・・・・
このあたりで記念写真を撮ったよなぁ~とか・・・
このあたりの店で食事をしたんだよなぁ~とか・・・
4年も経っているのに・・・・
ここに来たのは選択ミスだったかなぁ・・・・

帝釈天をお詣りして、続いて向かったのが、江戸川の河畔。
何度か「寅さん」の映画で見た景色である。(笑)
「寅さん記念館」には時間の関係で行くのはやめて、「山本邸」に向かう。
伝統的な書院造と洋風建築が合致した和洋折衷の建物で、大正後期から昭和初期ごろの“豪邸”である。
ここに最後に訪れたのはいつだったか・・・
遥か昔の事で思い出せない。
平成3年から一般公開されたから・・・それから間もない頃に一人で来たと思う。
この建物がなかなかいい建物で、これは建築士の“ウメちゃん”に見せてあげようと案内したのである。

002_convert_20111112110324.jpg 001_convert_20111112110421.jpg

今日は「文化の日」で祝日・・・・
6室ある和室は喫茶として使用していて、ここでお抹茶などがいただけるのだが、今日は満室で大混雑。
抹茶を頂きながら・・・なんていう余裕はない。
邸内を見学しながら、あ~でもない、こ~でもないとおしゃべり。
「これ、何の木で出来てるか知ってる?」と“ウメちゃん”
「あ、これ?これは杉材だな!」
「あれ?判るの?・・・適当に言ったんだろ?」
材木屋の息子の“ウメちゃん”としては、素人の拙者に一発で当てられたのが面白くないらしい。(大笑)

透かし彫りの欄間とか・・・
細かいところの凝った造りの部分を見ながら、あ~でもねぇ、こ~でもねぇと言いながら見学。
和室でお茶を飲んでいるお客さんたちから怪訝な顔で見られたが・・・(笑)
そんなことは関係ない・・・俺たちゃ建築のプロである!(大笑)

帰りに帝釈天の参道沿いの店でお土産を買う。
前回来た時は、佃煮を買ったと思うから・・・今回は漬物にする。
親父が甘いものが好きだから・・・団子・・・
いや、それじゃ芸がない・・・(笑)
葛餅にする。
「よく買うねぇ~」と“ウメちゃん”に呆れられたが・・・
いつも同じようなものを食べているから、こういうときに変わった物を買っていかないとね。
食生活に“変化”をつけねば・・・“主夫”は大変なのである。(大笑)
と・・・“ウメちゃん”も何だかんだ言いながら拙者以上にお買い物。
お土産を買って帰らないと・・・後が怖い・・・
奥さんと子供にどんな目に遭わされるか・・・(大笑)

駅前の喫茶店で一服・・・・
4年前、このあたりで母とコーヒーを飲んだはずだが・・・
そのときの店はなくなっていて、今は別のお店になっていた。
コーヒー好きの母だったが、この時は体調が悪く、ホットミルクを頼んだのを覚えている。
で・・・この狭い店内に一人のお客さんが・・・
この小母さんが「どこから来たんですか?」と声をかけてきた。
「茨城です」
「茨城?私は日立ってところには行ったことがあるんですよ。親戚がいてね」と言う。
「あれ!日立?俺達、日立から来たんですよ!」(笑)
「あらぁ~、その親戚って海の近くでね。なんていう場所だったかなぁ~坂を少し下ったら海岸に出る場所でね」
「え?それ・・・俺たちの住んでいる直ぐ近くじゃないですか!」
偶然とは恐ろしいものである。(大笑)
この地元の小母さんと大いに話が盛り上がる。
こういう“出会い”が旅の楽しいところである。

最近は、こういう会話の出来る人が少なくなったような気がする。
「どこから来たんですか?」と尋ねられても、変に警戒するのか・・・
「まぁ・・・」と言葉を濁す。
だから、その次に話が発展しないのである。
これはネット上でも同じである。
コミュニケーションのツールで、コミュニケーションを取っているように見えても、実際は“コミュニケーション”ではないことが多いように思う。
日本人の“閉鎖性”の表れか?

さて・・・そろそろ帰りますか~
小母さんに「是非、また日立に来てください!」と挨拶をして店を出る。
柴又駅で電車を待っているとき・・・気がついた!
あれ?“ウメちゃん”の荷物が少ない!(笑)
ショルダーバックとお土産の紙袋だけを持っている。
あれ?洋服を入れたカバンはどうした?(大笑)
お土産の大きな紙袋ばかりに神経が行って・・・洋服を入れたカバンを何処かに置いてきてしまったらしい。(大笑)
多分、さっきの喫茶店だろう・・・ということで戻る。
幸い、無事に発見!
やっぱりお茶を飲むなら駅前の喫茶店に限る。
これがどこかよくわからない場所のお店だったら・・・引き返すのに一苦労である。(大笑)
上野駅に着いてから気がついたら悲惨である。
ましてや特急に乗り込んでから気がついたなんていったら・・・呆然・・・である。(大笑)
いいタイミングで気がついて良かった!

日記 | 09:12:03 | Comments(0)
江戸東京博物館へ行く
“ウメちゃん”の大学院研究室の教授の奥様がお亡くなりになったそうで・・・・
お通夜に行く事になったという。
場所は・・・東京・・・
で・・・一度帰宅して、翌日また告別式に出るため上京するという。
「東京に泊まった方がいいんじゃないの?行ったり来たりするより」
「う~ん・・・そうなんだけどねぇ~」
ははぁ~ん!奥さんに外泊したいとは言い出せないのだ。(大笑)

が・・・暫くして、元気な声で・・・(大笑)
「東京に泊まってもいいってことになったよ!」との電話。
それでは、拙者もお供をしましょう!(大笑)
拙者は遊ぶ事しか考えていないのである。
“ウメちゃん”に「たまには息抜きしなくちゃ駄目だよ」と言いながら、拙者が息抜きするのである。(笑)

急いでホテルを2部屋予約して・・・・
“ウメちゃん”とは、通夜式のあと、ホテルで合流する事にする。
で・・・拙者は早目に出発して、久しぶりに、両国にある江戸東京博物館を見に行く事にした。

img063_convert_20111109190257.jpg

ちょうど、「ヴェネツィア展」が開催中。
いやぁ~懐かしいなぁ~・・・ベネチア!
と・・・ルンルン気分で博物館に向かい、建物の前の大きな看板を見て気がついた・・・
「世界遺産」とか「千年の都」なんていう文字が目に入った。
なんか・・・おかしい・・・
あれ?俺はベネチアに行ったことあったっけ?
ん?拙者が行ったのは・・・フィレンツェだ!
ベネチアには行ったことはない!(大笑)
どうしてフィレンツェとベネチアを混同しちゃったかなぁ~
オッチョコチョイである。
まぁ、いい・・・同じイタリアである!(笑)

会場の入口で500円払って音声ガイドの機械を借りる。
昔は結構大きくて、展示物の前に行くと自動的に解説が聞く事ができた。
が・・・多分、電波が混信するからということなのだろうか、そういう方式は無くなり・・・
次に出てきたのが、展示物の前に行って番号を自分で押して聞くというものになった。
が・・・今回渡されたのは、バーコードリーダーのようなペン型の機器。
「音声ガイドシート」の写真部分をなぞると音声が聞こえるというものである。

img064_convert_20111109192401.jpg(音声ガイドシート)

へぇ~優れものである!
ナレーションは女優の岡江久美子さんである。

こういうものを我が茨城県立歴史館でも導入すべきなんだよなぁ~
解説のパネルまで暗くして読めないような事をするのなら、せめて音声で解説すべきではなかろうか?
(拙者は未だ根に持っているのである)
茨城県出身の俳優とか芸能人とか文学者などにナレーターを頼んでさぁ~
なんだったら拙者がナレーションをしてもいいけど・・・(大笑)
いつまでも建物だけは立派という田舎の博物館に甘んじていていいのか?

この音声ガイドを聞きながら観覧している人は殆どいない・・・・
どんどん他の客に追い抜かれていく。(笑)
が・・・君達の知らない解説を聞いてるんだもんね!ざまぁみろ~
500円ケチって、何もわからないまま見て歩くなんて、もったいない。(笑)

薄暗い展示場所では解説文に光が当っていた!
さすがは江戸東京博物館である!
こうでなくてはならない!
茨城県立歴史館の連中も、ここへ来て少しは展示方法を勉強すべきである!
さて・・・これは、どうなっているのだろう・・・
一見すると、説明板の裏から光が出ていて文字が浮いているようにも見えるのだが・・・
いや、いや、どこからかスポットライトで照らしているのではあるまいか?
縦長の長方形の説明板にピタリと合った照明なのである。
四角い照明ってどうやって当ててるんだろ?
どこから光が来てるのか?
手を振って自分の手の影で確認しようとしたが・・・
それをここでやったら・・・馬鹿である。(笑)
説明板に手を振っていたら、この人、頭がおかしいと係員に連れ出されかねない。(笑)
天井のどこからか・・・・光が来ているのだろう・・・
天井を見上げて照明器具を探すが、これも長時間は出来ない。
展示物の前で天井を見ていたら・・・馬鹿である。(笑)
チラチラと天井を見てみるが・・・よくわからない。(笑)
頭の中は、あの県立歴史館への不満で充満してきてしまった・・・
解説を聞きながら展示品を見るどころではない。
いや、ここで気分を転換せねば・・・ようやく平常心に戻り(笑)・・・観覧を続ける。

たっぷり時間をかけて観覧し・・・満足、満足!
なんという充実感であろうか。
ミュージアムショップなどを覗いているうち閉館時間となる。(笑)

“ウメちゃん”との待ち合わせには未だ早いので・・・・
宿泊先の上野に戻り、ホテルのレストランでピザとコーヒーを頼み読書をして時間を潰す。
なにせ、昼食を抜いてしまっていたので腹ペコである。
かといって、先に一人で夕食を食べるわけにもいかない。
中途半端な時間なのだが、ピザぐらいで我慢しよう。(笑)

しかし、待てど暮らせど“ウメちゃん”から連絡が来ない・・・
葬式の場は「社交の場」でもあると拙者は思う。
だから、式場で先輩、後輩たちと会ったら、拙者の事は気にせず遠慮なくおしゃべりしてきてくれていい・・・とは言ったが・・・(笑)
いくらなんでも遅い・・・迷子にでもなったか?(大笑)
携帯電話のバッテリーが切れたとか?
交通事故にでも遭ったのではあるまいな?

こういうこともあろうかと、文庫本を2冊持参してきたが、すでに1冊を読み終えてしまった。(笑)
結局、“ウメちゃん”がホテルに来たのは午後10時半である!(大笑)
こっちは腹ペコで死にそうである。(大笑)
行くぞ!飲み屋に直行だ!飯は飲み屋で食う!(笑)

日記 | 17:59:15 | Comments(0)
世界の人口
先月末・・・世界の人口が70億人に到達したという。
これは「国連人口基金」という組織の推計らしいが・・・
推計だから・・・結局は正確ではない。
だいたい、中国のように、自国の人口を把握していないような国もあるのだから・・・

しかし、いつの間に70億人なんてなったんだろう?
ず~っと55億人ぐらいだと思っていたのだが・・・・(笑)

1950年代から急激に世界の人口が増え始めたそうで・・・・
1959年に30億人を突破し・・・・
1987年には50億人を突破したのだそうである。
あらら・・・どうも古いデーターをいつまでも記憶に留めていたらしい・・・(笑)

このままの調子でいくと・・・・
2100年には100億人を突破するだろうと予測しているが・・・
「そうは問屋は卸さない・・・」ということになるのではあるまいか?
人類が誕生して何年になる?
ここにきて急激にというのもおかしいではないか?

「自然の摂理」というのがあるのではなかろうか?
今まで、ペストなどの病気や飢餓、戦争などで、ほどほどに人口が調整されてきたのではあるまいか?
そう考えると・・・・
まもなく、大規模な災害、治療方法の見つからない病気、気候変動による飢饉による飢餓、世界中を巻き込む世界大戦・・・何かが起こるんじゃあるまいか?
あ~嫌だ、嫌だ・・・
死ぬ側には入りたくないが・・・多分、入っちゃうんだろうなぁ~

70億人になりましたって、喜んではいられない・・・・

エッセイ | 23:20:01 | Comments(0)
ゴーストライター出動!
“ウメちゃん”の大学の雑誌に投稿する原稿の件・・・・
昨晩、簡単に原案の打ち合わせをしたが・・・多分、書けないでいるだろうなぁ~(大笑)
いつもは、“ウメちゃん”が書いたものを拙者がチェックして、加えたり削ったりして整えてあげるのだが・・・
多分、今回はかなり頭を抱えていたから・・・
“叩き台”自体を書くのは無理だな・・・(大笑)

この投稿を依頼された雑誌は、在学生とその父兄などが主に読むのだそうで・・・
今回は、震災と、その復旧活動等に関しての特集なのだそうだ。
それで“ウメちゃん”に白羽の矢が立ったらしい・・・
この大学院の研究室・・・・
よりによって文章を書くのが苦手な“ウメちゃん”を選ぶとは「人を見る目がない」としか言いようがない。(大笑)

夕方・・・仕方がない・・・拙者が書いてやるか!(笑)
ということで・・“ウメちゃん”になりきって・・・
まずは自己紹介・・・・
続いて今回の震災の状況と、復旧活動について・・・
特に震災直後に殺到した復旧、修繕の依頼でてんてこ舞いになった話・・・・
加えて被災家屋の危険度診断の話・・・
先方からの原稿依頼の依頼書には「現役学生や父兄に対してのアドバイスを何か・・・」とのことなので・・・
家業を継ごうかどうしようかと迷っている学生もいるだろう。
子供に跡を継がせようかどうしようかという親もいるだろう。
“ウメちゃん”は大学院を出て大手建設会社に入社後に家業を継いだ人だから・・・
そういう先輩からの一言・・・を入れて・・・と・・・
「1000文字以内に・・・」ということなので、これらを1000文字以内に収まるように整理して・・・
約30分後・・・・完成!(笑)
早速、夜、“ウメちゃん”の会社に原稿を届けに行く。

「出来たよ~!」
「本当かよぉ~」
「はい、1000文字以内ね。正確には861文字!(笑)」
「おお!」
「あとの139文字は自分で考えて加えてちょうだい!」
「どれどれ・・・」

一応、どういうところにポイントを置いて書いたかを説明する。

「ここは、専門的にはねぇ~こうじゃないんだよねぇ~」と細かい事を言ってくる。
「あのね、現役学生と父兄が対象でしょ?しかも専門が建築じゃないという人も大勢読むんでしょ?」
「そうだけど・・・」
「あまり専門用語や細かい話では理解してくれないんじゃないの?」
「おお、そうか・・・」
「かといって、あまりお粗末だと、この人、本当に大学院を出たの?って言われるかもしれないけど(笑)」
「なんだよそれ・・・」
「そこのところを、そこそこにうまく修正してよ。俺、専門家じゃないんだから・・・」
「おお、そうか・・・」
「そのために131文字、余裕を持たせたんだからね」
「わかった!助かった!」
「でしょ?30分で書き上げたからね・・・これ・・・」
「30分?」
「そう、自分の名前で出す原稿じゃないから、いくらでも無責任に書けちゃうんだよね~(笑)」
「・・・・」

これで一件落着!(笑)
あとは、彼が書き加えたり削ったりして手直しした文章を、もう一度確認して、細かい修正を加えれば完成だろう。

というわけで・・・原稿原案を渡して・・・・
ゴーストライターの拙者は自宅に帰還!(笑)

日記 | 22:27:17 | Comments(2)
県立歴史館お粗末なり
今日は天気もいい事だし・・・・ということで・・・
親父を外に連れ出す事にする。
行き先は、なぜか親父の好きな「県立歴史館」・・・
今、ちょうど『妖怪見聞』という“妖怪展”をしているので、それを見に行く事にした。

img062_convert_20111107215722.jpg

茨城県内の妖怪伝説というか、そういう資料の展示であるが・・・
展示物を保護するために照明を落として薄暗くするのは理解できる。
が・・・展示品の解説の部分までが薄暗いのである!
これでは読めない!
さすがに親父が怒った!
「これじゃ暗くて読めねぇじゃねぇか!」
ここの学芸員も何を考えているのやら・・・・
拙者のような若い(?)人間でも、この照明の当っていない薄暗い説明板を読むのに苦労するくらいである。
親父のような老人では、とてもじゃないが読む事は不可能だろう。
説明板の部分だけでもピンスポットで照明を当てるべきではないか?
普通は、すぐ気がつくと思うんだけどなぁ~そういうこと・・・
それでなくとも文字が小さいのだから、これで薄暗くては何も読めまい。
高齢者に不親切な展示の仕方である!

内容的には結構面白いのだが・・・
この気遣いの欠如した展示の仕方はお粗末である!(怒)

親父はさっさと出て行ってしまった・・・・
拙者は薄暗い中、何とかかんとか文字を読みながらじっくり見学・・・・
さすがに目がショボショボして痛い・・・・
親父を30分以上も待たせてしまった。(笑)
ほとんどの見学者は「カッパのミイラ」がお目当てのようだったから、説明文なんて読まないのだろう。
妖怪の絵巻、カッパ、天狗・・・と、面白いんだけどなぁ~
しかし、各展示物の説明文を読むのが大変である。

ここの学芸員達は、基本が欠如しているとしか言いようがない。
それは、「お客様に見てもらう」という姿勢である。
「説明文を読んでもらい理解していただく」という姿勢である。
自分達の自己満足のための展示ではお話にならない。
どうしても、説明板の文字を大きくしたり、説明板に照明を当てられないと言うなら、「展示シート」という解説文の用紙を充実させて配布すべきである。

あまりのお粗末な展示の仕方に腹が立つ。
県立歴史館・・・お粗末なり!

展示場を出たら、親父がソファーに座ってボォ~ッとしていた。
拙者が待たせたことより、説明文が読めなかったことに腹を立てていた。
ならば・・・ということで、備え付けのアンケート用紙に感想を書かせてもらった。
「薄暗くて読めないので説明板には照明を当てて欲しい」「文字が小さすぎて高齢者が読めないのではないか?」等々・・・・
さて・・・今後、改善されるかどうかが楽しみである。

親父が「図録を買ってくれ」と言うので、図録を買う。
家に帰ってから展示品の解説を読むという。
う~ん・・・こうなると、実際に見に来る意味がないような・・・(笑)
図録を読んで、ようやく展示品が何だったのかが解りました・・・ではねぇ~

日記 | 21:49:56 | Comments(2)
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