FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事

■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

目撃者が語る日本史 2・26事件
2.26事件 青年将校の蹶起から鎮圧、処刑まで (目撃者が語る昭和史)2.26事件 青年将校の蹶起から鎮圧、処刑まで (目撃者が語る昭和史)
(1989/05)
義井 博

商品詳細を見る


監修のことば 猪瀬直樹

2・26事件再検討の素材 義井 博

第1章 蹶起
機関銃下に牧野邸炎上      当時歩兵第1連隊一等兵 黒沢元晴
鈴木閣下、一命を頂戴・・・」 当時歩兵第3連隊第6中隊曹長( 旧姓・堂込)佐々木喜市
首相官邸に尊皇義軍旗      当時歩兵第1連隊機関銃隊上等兵 倉友音吉
青森連隊の呼応計画       当時青森連隊大尉 末松太平
政界刷新費、500万円     当時石原産業社長 石原廣一郎

第2章 遭難
包囲下の首相官邸        当時岡田啓介首相秘書官 福田 耕
父、是清を語る         高橋利一
「天皇の命令でやれッ・・・!」 当時陸軍省軍事課歩兵少佐 片倉 衷
“重大決意”を迫られた陸相   当時川島陸軍大臣秘書官 小松光彦
山王ホテル、恐怖の4日間    当時山王ホテル支配人 竹内清次郎

第3章 鎮圧
乱れ飛んだ前夜の怪情報    当時憲兵曹長・特務班長 小坂慶助
銃剣の中で帰順説得      当時陸軍少佐・第1師団増援参謀 桜井徳太郎
品川沖に艦隊の示威出動    当時海軍省軍務局第1課・主務局員 高田利種
警視庁占拠隊長との対決    当時警視庁特別警備隊長 岡崎英城
奉勅命令と石原莞爾の勇断   当時陸軍省勤務 松村秀逸
2・26事件と海軍      元海軍中将 福留 繁
兵に告ぐ!歴史的大放送のうら 当時陸軍少佐・陸軍省新聞班長 大久保弘一

第4章 処刑
軍事法廷、なみだの判決 当時第10師団法務部長 伊藤章信
代々木原頭に銃声空しく 当時歩兵第57連隊大尉 山之口甫
2・26事件、軍獄秘話 当時東京陸軍刑務所長 塚本定吉

第5章 記者たちの見た2・26事件
2・26反乱将校と涙の訣別 当時電通記者 宇多武次
目撃した2・26事件    当時週刊『時局新聞』編集長 秋月俊一郎
反乱将校との対決      当時朝日新聞主筆 緒方竹虎
反乱軍本拠に単身取材    当時同盟通信社会部記者 斎藤正躬
終結、その瞬間       当時時事新報記者 岡村敬一

第6章 背景
インタビュー・事件の真相を衝く 元陸軍大将 荒木貞夫
2・26事件の発端、相沢事件  当時陸軍省軍務局政策班長・中佐 池田純久
犠牲者顕彰にわが生涯を     河野寿元大尉実兄・仏心会会長 河野 司
(座談会) 2・26事件をしのんで 『週刊読売』編集部
  読売新聞社新聞監事委員会副委員長 鴇沢幸治
  読売新聞社編集局次長兼政治部長 古田徳次郎
  ラジオ東京編成総務 鈴木恒治
  読売新聞社出版局総務 和田副治
  読売新聞社写真部嘱託 影山光洋
(座談会)2・26事件の謎を解く
  元陸軍大尉 大蔵栄一
  民間側参加者 古賀 斌
  元戒厳参謀長 安井藤治
  元総理秘書官 迫水久恒
  元総理大臣 岡田啓介


本書は、2・26事件に関わった各層の方々の証言を集めた本である。
どうも、過去に発行された「人物往来」に掲載されたものを主に集めて構成したものらしい。
今となってはもう皆さん鬼籍に入られておられるだろうから、二度と聞けないお話ばかり。
そういう点では貴重な証言録であると言える。
生前の祖父の話によると・・・
当時祖父は留守第1師団の副官として、この決起した将校たちの処刑に携わったという。
副官だったから細々したことをやったのだろう。
遺体を遺族に引き渡すのも担当したと言っていた。
ある意味“犯罪者”ともいえる反乱軍の遺体をちゃんと遺族に引き渡したのだろうか・・・と祖父の発言に少し疑問を持っていたが、本書に、テントを張って、そこで遺族に引き渡した話が載っていた。
祖父の名前は出ていないが、やっぱりちゃんと引き渡していたんだと再確認できて嬉しかった。

本書には河野寿元大尉のお兄さんである河野司さんの記事も掲載されていた。
河野氏とは、昔、一度だけお電話でお話しをしたことがある。
2・26事件慰霊碑にお参りした時に名刺を置いて帰ったので、お電話をくださったのである。
が・・・その後、私から連絡をしなかったために、とうとうそのままとなってしまった。
河野氏は平成2年にお亡くなりになったらしい。
ということは・・・21年以上前にお電話でお話ししたということになる。
祖父が亡くなったのが平成3年である。
しかし、祖父に河野司さんと電話で話をしたという報告をした記憶がない。
どうしてだろう・・・・
なぜか、一度だけしか電話で話したことのない河野氏の声は今も耳に残っている。

本書には決起部隊側として、主に歩兵第1連隊の方々の記事が載っているが、他の部隊の方の記事・証言がないのが残念である。
我が戦友会の宮澤さんはこの時、近衛歩兵第3連隊の初年兵として決起に参加していた。
初年兵だったから何が何だか分からぬまま参加したので処罰はされなかったそうである。
本書が発行された後、多くの関係者から投書が出版社に寄せられたのではあるまいか?
続編として、更に多くの方の証言を載せた本を出版してもらいたかったなぁ~と思う。

本書の記述の中で大きな問題が一つある。
最後の部分・・・「対談、2・26事件の謎を解く」である。
これは「改造」という本に昭和26年に掲載されたものを転載したらしい。
この座談会に、岡田啓介元首相が参加されているようになっているが、御子息の手紙では、座談会当時は起居出来ない状態だったので座談会に参加しているわけがないという。
元総理秘書官の迫水氏が、あたかも岡田元首相が参加していたように取り繕ったようである。
これは編集部の希望だったのではないかという。
その希望を聞き入れて、迫水氏が岡田元総理に口頭で話を聞き、それを書いたものを渡し、編集部が適当に対談の中に取り込んで、あたかも対談に参加していたように装ったのである。
これはとんでもないことである。
対談に参加していない人物をあたかも参加しているように装うとは・・・
この「改造」の編集部の常識を疑わざるを得ない。
こういう“ウソ”が一つでもあると、全ての証言が疑われてしまうというのがわからないのだろうか?
幸いにも本書では、岡田元総理の御子息のこの指摘と、岡田元首相が対談内で発言したとされる一部の発言の取り消しを求める指摘を併記して、この対談記事を掲載しているので、他の記事への信ぴょう性を疑う声を抑えることが出来るだろう。
その点では、本書を出版した新人物往来社の良識が見えて好感が持てる。
多分、こういう但し書きを付けてでも、貴重な対談証言なので掲載したのだろう。
確かに貴重な証言集である。



今年の読書:45冊目



スポンサーサイト



読書 | 10:42:04 | Comments(0)