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Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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歴史街道2011年5月号
歴史街道 2011年 05月号 [雑誌]歴史街道 2011年 05月号 [雑誌]
(2011/04/06)
不明

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(総力特集)
覆る昭和史!
ノモンハンの真実
日ソはなぜ、衝突したのか

 総論・日本軍の敢闘とソ連の謀略・・・それは歴史の一大分岐点だった(中西輝政)
 スターリンとヒトラー、欧州を狙う二人の独裁者が極東に戦火を招く(吉田一彦)
 世界初、雷雨を衝く夜襲!敵戦線を崩壊させた戦車第4連隊の奇策(古是三春)
 二日間で敵51機を撃墜!「稲妻戦隊」と荒鷲たちの激闘の日々(山之口洋)
 一転して南進、日米開戦・・・その後の日本の進路を狂わせたものは何か(福井雄三)
 明日をも知れぬ戦場で、男たちが綴った思い~田中誠一上等兵、榊原重男軍曹の手記より~
 空戦66回!「野武士戦隊」の闘いの中から得たもの(元飛行第11戦隊 瀧山 和)

(好評連載)
駐日米大使グルーの昭和史
天皇を敬慕し、開戦回避に尽くしたアメリカ人
 第2回・和やかな午餐会(太田尚樹)

(読み物)
伝説の仮装巡洋艦エムデン①神出鬼没の艦、出撃す(吉田一彦)
日本初の300勝投手スタルヒン~白球で運命に打ち勝った男(澤宮 優)
「ラーメン」はいかにして国民食となったのか・後編(戸田京助)

(特集)
胸には「仁」の心
幕末の蘭方医
最新医術をもって救命に挑む

 蘭方医たちの「情熱」が、近代医学の夜明けをもたらした(酒井シヅ)
 楢林宗建、笠原良策、緒方洪庵・・・
   「天然痘を撲滅せよ」種痘普及に尽くした男たち(中江克己)
 佐藤泰然、松本良順、高松凌雲・・・
   開腹手術、梅毒検査、赤十字・・・近代医術の先駆け(中江克己)



今年の読書:54冊目



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読書 | 21:58:22 | Comments(0)
またもや地震だ!
昨晩というか・・・・今朝・・・
午前3時少し前に就寝・・・・
で・・・午前4時前、ガタガタガタ・・・・
来たぁ~地震だぁ~!
かなり強い地震である。

震災後もほとんど毎日余震が続いている。
1日に1~2回は起る。
しかし、ニュースにもならない震度3以下のものが多い。
時々、大きいのが来ても震度3・・・・

最近、震度3の地震がちょっと続き、珍しく一昨日は5回以上は揺れただろう。
震災から4ヶ月も経つというのにまだ余震が続いているが、まぁ、適度に地殻のひずみが取れるんだから、大きいのはもう来ないだろうと思っていたら・・・である。

さすがの拙者も目が覚めた!
ヤバイ・・・これ以上揺れが続き大きくなるようであれば外に避難しなくては・・・
が・・外は真っ暗・・・
しかも土砂降りの雨が降っている。
う~ん・・・外に避難したくはないなぁ~(笑)
・・・と思っているうち揺れが収まってくれたのでホッとする。

で・・・最近は滅多にテレビで震度を確認しないのだが、さすがに今回は気になる。
早速テレビをつけてニュースを見たら、震度5弱だという。
やっぱりねぇ~
さて・・・・これからどうなるのか・・・
またすぐに次のが来るかも・・・と思ったら眠れなくなってしまった!
最悪である!
まだ1時間程度しか寝ていない!!
目が冴えてしまって、どうやっても寝られない!
熱帯夜で寝られないというのならわかるが、今晩は肌寒いくらい涼しいのである。
睡眠には最高の夜だというのに・・・・
なんたることぞ!
地震に向かって怒っても仕方がないんだけど・・・(笑)・・・・腹が立つ。

日記 | 07:11:57 | Comments(0)
LEDライトばかり・・・
玄関の電球が1個切れた・・・・
100Wの白熱電球2個使いのものなので、1個切れるとかなり暗い。
で・・・そのうち残る1個も切れるだろう・・・
というわけで、家電量販店に電球を買いに行く。

が・・・・
あれれ???
電球売り場にはLED電球がずらり。
その脇に電球型蛍光灯が・・・・
で・・・その脇のわずかなスペースに、ほんの2個3個・・・従来の電球が・・・・
しばらく来なかったら、この変わりようは何だ?

さて・・・LEDねぇ~
省エネ、長寿命なんだろうけど・・・ワット数が、最大でも60ワット相当品までしかないらしいのだ・・・
どうなんだろ・・・これ・・・
今までが100W2個でしょ、60Wでは暗いんじゃないか?
それでなくとも、LEDは設置した真下しか照らさないらしい。
玄関が薄暗いというのはいかがなものか・・・
慣れてしまえば気にならないのかもしれないが・・・
試しに使ってみるには値段が高いしねぇ~(笑)
ダメだったら他に使おうという場所もないし・・・(他はほとんどがドーナッツ型の蛍光灯なのである)

というわけで、LEDを買うのをやめる。(笑)
省エネに逆行した行為・・・・
でも、適材適所っていうのがあるでしょ?
どこでも、なんでも、LEDというわけにはいかないんじゃないの?

しかし、こうも品揃えが偏っているというのは量販店ならではか?
顧客の選択の自由が制限されているぞ。

玄関の電球は従来の白熱電球でいいやぁ~ということで、棚の隅っこに追いやられていたシリカ電球を購入する。(笑)

パナソニック シリカ電球100形 【2個入】 LW100V90W2Kパナソニック シリカ電球100形 【2個入】 LW100V90W2K
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日記 | 19:20:00 | Comments(0)
坂本龍馬の人間術
坂本龍馬の人間術坂本龍馬の人間術
(2010/02/27)
堂門 冬二

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この本・・・・
表紙の坂本龍馬の写真は私が撮影したもの。
出版社から、表紙に使いたいので写真を提供してもらいたいと言われて提供した写真である。
著者は有名な堂門冬二さん。
自分が書いた本ではないが・・・・自分が書いた本のような気になってしまうのは何でだろう?(大笑)
表紙に自分が撮影した写真が使われただけで・・・(笑)
出版社から贈呈された本・・・・ようやく今頃になって読む・・・・

第1章 龍馬に学ぶ人間の三つの出会い
 現代世界(社会)の三つの壁
 「誰が社会」と「何を社会」
 一期一会で出会う三通りの人

第2章 龍馬の自己変革と人間ネットワーク編成法
 龍馬の自己変革法
 和魂洋芸(才)とは
 自己イメージと他者イメージ

第3章 “刀の時代”の人間関係
 刀の頃・千葉道場の人々
 幕府の開明政策
 「何でも見てやろう」の松陰
 さまざまな意見
 河田小龍とジョン万次郎
 カッコいい武市半平太
 あごとあざ
 激情家久坂玄瑞
 藩など潰れてもいい
 一藩勤皇と暗殺
 龍馬、江戸城に入る

第4章 “ピストルの時代”の人間関係
 勝海舟のもとで
 龍馬、塾頭になる
 ヘンな先生、横井小楠
 鼻っ柱のつよい佐久間象山
 おれは日本のナポレオンだ
 のたうつ徳川幕府
 洗脳されて殺されて
 クーデター8・18
 長州、京都追放
 薩英戦争で、薩摩は強さを発揮
 池田屋事変と龍馬
 若い可能性を蝦夷で温存
 神戸海軍操練所閉鎖

第5章 “国際法の時代”の人間関係
 勝・西郷の歴史的密談
 西郷の大変心
 幕府を潰したのは阿部と勝
 浮浪者となった龍馬たち
 操練所と海軍塾
 師としての勝の偉さ
 禁門の変
 長州、またも敗退す
 西郷の古ふんどしで暮らす
 薩長同盟のきっかけ
 海援隊の性格

第6章 そして
        ―龍馬と現代のビジネスマンとの人間関係
 日本式経営とは
 壁の元凶は徳川家康
 庄屋仕立ては幕府の原型
 龍馬は何を為し遂げようとしたのか
 信長と龍馬



今年の読書:53冊目



読書 | 11:18:38 | Comments(0)
歴史街道2006年7月号
歴史街道 2006年 07月号 [雑誌]歴史街道 2006年 07月号 [雑誌]
(2006/06/06)
不明

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(総力特集)
甦る会津武士道
近代日本の礎となった「不屈」の魂

今こそ日本人が見直したい「武士道の中の武士道」(中村彰彦)
弱者を守り、国をよくするためにこそ「サムライ」は身命を擲つ(渡部恒三)
陸軍少将、東大総長、鹿鳴館の華ーそれぞれの「気骨」の通し方・山川三兄弟(楠戸義昭)
西南戦争勃発!薩軍を圧した「鬼官兵衛」、一刀流の冴え・佐川官兵衛(永岡慶之助)
「野にあって、国家に尽くす」北辺の開拓で貫いた武士の道・広沢安任(岳 真也)
海を渡った会津人、カリフォルニアの荒野に挑む・シュネルとおけい(東 理夫)
北清事変で欧米列国が賞賛したコロネル・シバの勇気ある統率・柴 五郎(岡田幹彦)
「ならぬことはならぬ」独自の士風を培った教育とは(小桧山六郎)

(読み物)
秀吉はなぜ黄金の茶室をつくったのか(矢部良明)

(好評連載最終回)
山本博文教授の江戸学講座
明暦の大火、そのとき江戸は・・・・(逢坂剛・宮部みゆき・山本博文)
百万都市を襲った災害と対策(後編)

(特集)
「第九」が日本で初めて演奏された日

ベートーベンの世紀(秋月達郎)
 (前編)戦争がもたらした「平和と自由の賛歌」
 (後編)今も受け継がれる「第九」のこころ
敗者の痛みを知る男・松江豊寿を演じて(松平 健)


「ならぬものはなりませぬ!」・・・この言葉が私は好きである。
が・・・今はどうだろう?
会津人でも「まぁ~いいかぁ~」という人が多くなっているのではなかろうか?(笑)
国民全てが“まぁ~いいかぁ~”・・・・



今年の読書:52冊目



読書 | 15:10:50 | Comments(2)
国民栄誉賞?
サッカーの女子ワールドカップで初優勝した「なでしこジャパン」に対し、政府が国民栄誉賞を授与する意向を表明したという。
はぁ?・・・・である。(笑)
国際サッカー連盟主催大会で、男女を通じて史上初めて日本が優勝するという“快挙”を成し遂げたから・・・ということらしいが・・・・
なんとも安直な考え方というか・・・軽いんだよなぁ~・・・
「政治利用ではないか?」との指摘に対し、「賞を与えることで政権が浮揚するなら、そんな楽なことはない」と否定したらしいが・・・でも、人気取り・・・というか、便乗だよなぁ~

国民栄誉賞というのは、「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与える顕著な業績」を挙げた人物が対象なのだそうだが・・・
「なでしこジャパン」が受賞すれば、団体での初めての受賞となる。
が・・・ケチを付けるわけではないが・・・(ケチを付けているか・・・笑)
この賞は個人が対象で、団体は対象外になっているはずだけど・・・いいの?
「なでしこジャパン」が“広く国民に敬愛”されているかどうか・・・・
単なる“人気”ではなく、“敬愛”ですからねぇ~
“敬愛”とは何ぞや・・・から考えないといけないでしょうね?
“社会に明るい希望”って、どういうことだろうか?
ワールドカップで初優勝をしたことが、社会にどういう希望を与えたのだろうか?
1回だけの優勝ですが(笑)・・・“顕著な業績”には間違いないが・・・
「社会に希望を与えるという顕著な業績」とされているから、優勝しただけではダメだと思うんですよね。
社会に希望を与えなければ・・・
で・・・どんな希望を与えたの???
ところで、過去にシドニーオリンピック女子マラソンで優勝し、日本女子選手初の金メダルを獲った高橋尚子選手が平成12年に国民栄誉賞を授与されていますが・・・その後はどうなったんだろう?
“広く国民に敬愛され”ていた人なんでしょ????
この人が金メダルを獲得したことで、社会にどういう希望を与えたの???

その文言にこだわると・・・国民栄誉賞自体が、なんだかよくわからない賞という気がしますが・・・(大笑)
基本的に選定基準というのがないそうなので、その時の“気分”でどうにでもなるらしい。(唖然)

昭和52年に作られたこの国民栄誉賞・・・・
今までに18名しか受賞していない。
狭き門と言えば狭き門である。
第1回受賞者は野球の王貞治氏・・・・この方は誰でも知っている野球界の“ヒーロー”でしょ?
最近では平成21年に受賞した、俳優の森繁久彌さん、森光子さん・・・・納得のいく方々である。
で・・・「なでしこジャパン」・・・・ねぇ・・・・
こういう方々と並列に並べていいのかなぁ~
一時的な盛り上がりで、決めちゃっていいのかなぁ?

どうせあげるなら、別の賞を作ってあげるべきじゃないのかな?
生活費を気にしないでこれからも活動が出来るように“生活費“付の賞とか・・・
引退後、生活に困らないように“年金“付の賞とか・・・・
その道でコツコツと頑張って功績を挙げれば、そういう賞がもらえて生活費のことを心配しないで済む・・・っていうなら、社会に明るい希望を与えると思うけど・・・(笑)

新しい賞を作ってあげなよ・・・・どうせやるなら・・・・

エッセイ | 16:07:56 | Comments(3)
ガダルカナル・ラバウル慰霊行
ガダルカナル・ラバウル慰霊行ガダルカナル・ラバウル慰霊行
(1998/03)
蔭山 次郎

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『太平洋戦争』と私

香港、そしてポートモレスビー
  戦争を知らない世代の「戦争」
  線香とお米
  香港からポートモレスビーへ

ガダルカナル島
  ポートモレスビーからガダルカナル島へ
  探検
  ジャングルを泳ぐ
  THE GIFU
  戦跡めぐり
  一木支隊の悲惨な運命
  ツラギ島
  米国立ソロモン戦争記念碑
  さらばガダルカナル

ニューギニア本島
  ポートモレスビーからゴロカへ
  いいね、ゴロカは
  ルファへ
  洞窟と壁画と頭蓋骨
  ジェイコブからの電話
  MUD MAN

ラバウル
  ゴロカ、ポートモレスビーからラバウルへ
  アドミラル・ヤマモトズ・バンカー
  BETTY
  零戦の残骸
  JAPS
  マトピット山
  そして香港


著者は私より一回りほど年長の方で、本書は、その方と友人の旅の紀行文である。
しかし・・・この本・・・私に言わせれば問題が多すぎる。(笑)
まず、本書の題名では「慰霊行」と書かれているが、実際は、それほどの慰霊をしていない。
本書の殆どは慰霊とは関係のない内輪話で、ほんのわずかだけ触れているだけである。
しかも戦跡に関する内容はかなり薄い。
ガダルカナルやラバウルへ慰霊に行こうという人には、あまりというか全く役に立たないと言っていい。
しかも、間違った記述が随所に見られる。
呆れたことは・・・
「ツラギ島」という項目があるのだが、読んでみると、ツラギ島に行きたかったけど行けなかったという話なのである。
「ツラギ島」と項目を立てたら、当然、ツラギ島に行った話が書かれていると思うではないか?
これは絶対やっちゃいけないことではないか?
詐欺である。(大笑)
自分も慰霊の旅をするので、ついつい厳しい目で見てしまう。
ガダルカナル、ラバウル、どちらにも私は行っているが・・・
これなら、私のHPに載せている「旅日記」とほとんど変わらない内容ではないか?
むしろ、私の方が詳しく書いていると思うのだが・・・・
この内容で出版できるのか・・・
今まで内容がお粗末だからと出版を躊躇していた私は何だったのだろう?(大笑)
先にやった者の“勝ち”・・・・ということか・・・
紀行文としては面白いが、「慰霊行」の文字は、いかがなものだろうか?
単なるガダルカナル島とラバウルの旅・・・の紀行文である。
これから現地へ慰霊の旅をしたい人には、全くといっていいほど参考になる内容ではない。



今年の読書:51冊目



読書 | 15:14:54 | Comments(0)
手紙が届く
今日は、各地から戦友会関係者からのお手紙がまとまって届いた。
偶然なのだろうが、こういうことは、なぜかよくあるのである。(笑)
部隊も違うし、戦友だったり遺族だったり・・・なのだが・・・
なぜか同じ時期に届くことがある。

その中に宮澤さんの奥様からのお手紙があった。
お電話でもお話ししたが、わざわざお手紙で、宮澤さんの最期の御様子を詳しくご報告して下さった。
奥様の手を握ったまま眠るようにス~ッと息を引き取ったという。
あ~良かった・・・・苦しまず、痛い思いもせず、穏やかに旅立たれたようである。
もう会えないのは悲しいが・・・・
戦死した戦友の分も生きて96歳まで生きたのである。
そして、穏やかにス~ッと息を引き取ったとは、なんと幸せな最期だろう。
なぜか「ご苦労様でした」という言葉が頭に浮かんだ・・・・

奥様はお手紙で、あの世で戦友たちと再会して、御無沙汰を謝しているかも・・・と書いておられていたが・・・
拙者も絶対先に亡くなった戦友と再会していると信じたい。
再会をして大いに語り合っていると信じたい。
しかし、20歳そこそこで戦死した人と96歳の“おじいちゃん”の再会・・・・
どんな様子になっているだろう・・・と思うと、つい笑ってしまう。
戦友は当然だが、上官よりも年上なのである。
奇妙だろうなぁ~(笑)
宮澤さんは照れてるだろうなぁ~
「いやぁ~お恥ずかしい~」の連発かなぁ~
戦友も「おい!宮澤!」って言いづらいだろうなぁ~
相手は96歳だからなぁ~(笑)

色々なことを想像してしまい・・・・
泣き笑いしながら手紙を拝読する。

日記 | 11:54:27 | Comments(0)
こんな企画ならあなたも本が出せる
こんな企画ならあなたも本が出せるこんな企画ならあなたも本が出せる
(2007/09)
吉木 稔朗

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1 企画しだいで本は売れる!
★あなただけにそっと教える㊙戦術

どうせ本を出すならいい本を出そう
タイトルを変えただけでベストセラーに!
医学博士の一言がベストセラーを生み出した!
本を出してわかったすごい宣伝効果
本を出すときに一番大事なことは?
あなたしかない「企画」を探し出そう!
小説、エッセイの世界は厳しい
ノンフィクションは地道に進めよう
自由な発想が望まれる小説
半生記で人生の有終の美を飾る
エッセイは売れる売れないが両極端
「健康法」はヒットの宝庫!
社史は自社で作るべからず
「子育て論」はいつの時代も可能性が
教育論もそれなりにいける分野
結婚・夫婦ものは売れるとすごい
占い、超常現象ものは根強い人気
ハウツーものはベストセラーの常連
ネットを利用してビックヒットに
今、どんな本が求められているか

2 なんのために本を出すのか?
★あなたを今以上に幸せにする本作り

本を出すことでビジネスが大成功へ
出版社が飛びつく本はこれ!!
「内容が本物」であってこそ・・・
本に人柄が表れる―『人よ心よ蘇れ』の秘話
埋もれている「健康」を発掘しよう
お医者さんが著者ならバッチリ
霊能もので一躍「時の人」に!!
宗教ものでもOK
本を書けばプロの仲間入りができる
自費出版という手もある
経費を負担して書店で売りたい場合
私はこんな著者にめぐり合いたい!
本を出して成功する㊙ポイント①
本を出して成功する㊙ポイント②
本を出して成功する㊙ポイント③

3 売れる本はこうして作られる
★企画書の書き方から原稿執筆まですべて教えます!

本を出すまでのフローチャート(流れ)
本はこういう流れで作られる
企画書を書いて書いて書きまくろう
企画書を出版社に「飛び込み」でもち込もう
紹介があれば話がスムーズに
もち込みの際に見本原稿は必要か?
企画は熱意一本で通す
2つ3つと企画書を作る
ゴーサインが出たら
起承転結のプロット例
取材・資料集め
記者気取りで取材活動
大切な資料集め
原稿を書く
できるだけパソコンで文章を書こう
文体はどうするか
書き出し、それが問題だ
まずプロットを作ってから書く
とにかくわかりやすく
文章は短く
主語、述語、目的語を意識する
それでもダメならプロにおまかせ
校正は最後の難関だ
装丁、イラスト、タイトルは
印税は果たしてどれくらい
編集者とのつき合いも大切
契約について
本を出して成功する㊙ポイント④
本を出して成功する㊙ポイント⑤
本を出して成功する㊙ポイント⑥

著者は書店経営のある編集者。
出版企画することと本を販売することの両方を御存じの方が書いている「ハウツー本」
この手の本を読むと、ついついその気になってしまうから不思議である。(笑)
「とにかくドンドン書きましょう」という人もいれば、この本のように「とにかく企画を練りましょう」というものもある。
切り口は色々である。
自己の経験から「健康もの」の本は売れるから・・・とお勧めしているところが気になるところだが・・・
「企画を立てる」という考え方を学ぶのにはちょうどいい本かもしれない。
企画書を出版社に持ち込んでも突っ返されることは当たり前のことなので、めげずに頑張れと言うが・・・・
私は1回で凹みそうな気がするなぁ~(笑)



今年の読書:50冊目



読書 | 09:45:36 | Comments(0)
戦いいまだ終わらず
戦い いまだ終わらず戦い いまだ終わらず
(2009/12/08)
久山 忍

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本書はペリリュー島で戦い続け生還した土田喜代一という上等兵を取材して久山忍という人が書いた本である。
土田氏が直接書いたものではないが、内容は本人が書いたような感じに仕上がっているので、非常に読みやすい。
著者の久山氏は自分を表に出さず、うまく土田氏の体験談をまとめてあげたという感じなので、非常に好感が持てる本であった。
ペリリュー島には陸海軍合わせて1万人程度の将兵がいたが、ここを4万名を超える米軍が上陸し戦闘となる。
小島なので、3日もあれば陥落するだろうという米軍の目論みは大いにはずれ、日本軍は2ヵ月半も持ちこたえた。
昭和19年に島は米軍の手に落ち、日本軍は玉砕したが、それでもまだいくらかの日本兵が生き残り抗戦。
昭和20年8月に終戦となっても、それを信じず、必ず援軍が来ると信じて抗戦を続け・・・昭和22年を迎える。
この時に生き残っていたのは陸海軍合わせて34名である。
終戦後も2年近く潜み続けていたのである。
この34名の中の一人が海軍の土田氏である。
ペリリュー島には昨年、実際に訪問し、ジャングルの中を歩き回ったので、本書を読んでいても、あ~あのあたりかなぁ、あの洞窟の事かなぁと思いだされて話が理解しやすかった。
昭和22年に“帰順”する、いきさつは手に汗を握るシーンである。
“終戦を知らず”隠れ潜んでいたのではない。
“終戦”を信じず、必ず援軍が来ると信じていたのである。
このため“帰順”させるのには、想像以上の困難を伴っている。
凄まじいと言えば凄まじい。
この精神力はどこから来るのだろうか?
帰順した34名の中に、森嶋さんという方がおられる。
我が町の出身で、この方の甥に当る人を私は存じ上げている。
この森嶋さんに関する記述も面白かった。
こんどお会いしたら、この本の事を教えてあげようかなと思う。
森嶋さんの伯父さんはすでに鬼籍に入られている。
生還した34名で「三十四会(みとしかい)」という会を作っていたそうだが、現在、生存している方は一人か二人ではなかろうかという噂を聞いたことがある。
本書が発行されたのが平成21年なので、土田氏は貴重な証言者だ。
貴重な証言をまとめてくださった著者に感謝である。


まえがき
ペリリュー島
戦況

序文

第1章 ペリリュー島
旋盤工
召集
軍隊
見張り科
サイパン島へ
テニアン島へ
B24捕捉
ペリリュー島へ
定期便
敵機?捕捉
水戸第2連隊
陣地構築
西洋ほうれん草
砲撃
情報
接近
米軍到来
艦砲射撃
上陸前日

第2章 戦闘の記録
第1海兵師団
上陸開始
中川大佐
西浜の戦い
オレンジビーチ
作戦変更
橋頭堡
砲弾
出撃
水を求めて
戦車隊
千明大隊の夜襲
棒地雷
かめさぶろう
水汲み
地上戦
富田大隊の戦闘
潜伏
富山の攻防
善戦と敗北
天山の戦い
東山の戦闘
北地区の戦闘
逆上陸
遠藤中佐
北地区の攻防
北地区の終焉
水府山の戦闘
南征山の抗戦
大山の防戦
サクラ、サクラ
最後の攻撃
戦闘終結

第3章 生存への道(昭和19年9月~昭和20年4月)
洞窟生活
敵遭遇
三原兵長
海軍鍾乳洞の戦闘
幽霊
合流
木の上
あたらしい潜み場所
食料争奪戦
ナバ
米軍幕舎

第4章 壕の生活(昭和20年4月~昭和22年3月)
工兵隊壕
戦友たち
娯楽
捜索
ターザンたち
移住計画
糧は敵に
島の生活あれこれ
発砲

第5章 帰順までの記録(昭和22年3月~5月)
澄川少将

決心
脱壕
米軍基地
澄川少将
アンガウル島
会議
名案
急送
作戦実行
呼びかけ
呼応
壕内へ
成功
帰順
内地へ

あとがき



今年の読書:49冊目



読書 | 12:33:28 | Comments(0)
お墓の修復完了
今日は母の月命日・・・・
お墓参りに行く・・・

と・・・いつの間にかお墓が修復されていた!(笑)

石材店の“カミナガさん”のところでは、修復依頼が1000件以上も来ているという。
もう、どうしようもないほどの大混乱・・・というところだろう。
で・・・拙者は・・・というと・・・
その内情を知っているので修復の依頼をしていない。(大笑)
混乱に混乱を招きかねないので・・・なにもすぐに直してくれなんて頼まなくてもいい・・・
半年や1年後でもいいんじゃないの?(笑)
たいした被害じゃないし・・・・

さすがに“カミナガさん”も気になったのだろう・・・
「近くの他のお墓を修復する時に一緒にやりますから、それまで待っていてください」と、この間、電話があった。
で・・・いつの間にか修復してあった。(笑)

この修復には見積もりも何も取ってはいない。
“ウメちゃん”の所でも、この見積もりがかなり時間的、肉体的、精神的に負担になっていることを知っている。
“カミナガさん”に同様の負担をかけたくはない。
だから・・・総額10万円以下で収まる範囲で、“適当に”修復してくれていいと話しておいた。
見積もりは不要である。
工事費の上限を決めておけば、あとが楽・・・・
10万円以内で修復できなければ、向こうから何か言って来るだろうし・・・(笑)

いつの間にか修復が終わっていたのは、このやり方が功を奏したのかな?
想像以上に早いうちに修復してくれた。
で・・・請求書は・・・まだ届いていない。(大笑)

仕事は早く、請求は遅く・・・・は理想的な姿である!(大笑)
これで、請求書を送るのを永遠に忘れてくれたら、もっと理想的である!(大笑)

本当に拙者は幸せ者だと思う。
多くの親切な人に支えてもらって・・・・
改めて感謝、感謝・・・・母も喜んでくれているだろう。
これは、生前の母の人徳か?
いや、いや、拙者の人徳と思いたい・・・(大笑)

日記 | 17:43:08 | Comments(0)
宮澤さん、逝く
暑中見舞いを送る時期である。
先日、2・26事件に関する本を読んで宮澤さんのことを思いだしたので、久し振りに時候伺いでもしようかと珍しく思い立った。
が・・・・
ご高齢な方にお葉書を差し上げて、お返事を書かせるというのも大変だろう・・・
(本当は拙者が書くのが面倒なだけの話なのだが)
という、自分に都合のいい理由をつけて、お電話で「暑中見舞い」に代えてしまおうと、長野県松本市に在住の宮澤さんにお電話をしてみた。

と・・・・
奥様から「主人は4月30日に96歳で亡くなりました」とのお話しをうかがう・・・
あ~ショック!
逝ってしまわれたか!宮澤さん!
またまた大失敗である!

宮澤さんは、我が戦友会の会員。
3年前に松本の御自宅を訪問しておしゃべりをした。
宮澤さんは近衛歩兵第3連隊の初年兵の時に2・26事件の高橋是清蔵相を襲撃する隊に参加している。
蔵相邸の前で待機を命じられ、他の小隊が突入して高橋蔵相を殺害した。
ご本人は何が何だか分からなかったという。
とにかく慕っていた上官の命に従って行動しただけだという。
襲撃グループはそのまま、別の場所へ移動してしまい、取り残された宮澤さんたちは皇居の警備に向かい、その任についたところで、憲兵たちに取り囲まれ「お前たちは反乱軍だ」ということで逮捕されたという。
「何が何だか分からないままに捕まっちゃってねぇ~あれには驚いた」とおっしゃっていた。
そりゃそうだろう、軍隊に入って1年も経っていない少年なのである。
何も分からず上官に従っただけということで宮澤さんたち初年兵は罪を問われなかったが・・・・
一つ間違っていたら大変なことになっていた。
その後、拙者の祖父が2・26事件の責任者を処刑する側になり、その遺体を遺族に引き渡す役をしていたのである。
もし、宮澤さんがこの時処刑されていたら、こうやってお会いしてお話しする事は出来なかっただろう。(笑)
この縁も不思議な縁といえるかも。

その後、陸軍では航空隊と戦車部隊の整備に力を入れ、その人数不足を補うため、近衛兵からも要員を募ったという。
この時、宮澤さんは「飛行機は墜落すると確実に死ぬから、戦車の方がまだ生き残れる可能性が高い」と考えて戦車兵に転科したという。
で・・・その後、日米開戦となり・・・
宮澤さんは初戦のマレー半島攻略戦に参加する。
戦車に乗って突撃の連続、とにかく敵陣を突破して行ける所までがむしゃらに突っ走ったという。
で・・・その後は我が師団の一員としてフィリピンで防戦一方という戦いを経験する。
「勝ち戦と負け戦の両方を体験したんだ」とおっしゃっていた。

宮澤さんが少尉に任官する時が、ちょうどレイテ戦が激しくなる頃・・・・
戦車第6連隊の中からレイテ島派遣部隊を編成することになる。
が・・・小隊長要員が足りない。
つまり、少尉クラスが足りなかったのである。
宮澤さんもレイテに行くつもりでいたが、まだ正式に少尉任官の通知が届いていないので小隊長の資格がない。
その時、ちょうど戦友に少尉任官の通知が届いた。
タイミングがいいというか悪いというか・・・
同期生なのだから、少尉任官の日付は同じはずなのにもかかわらず、同期のその人には少尉任官の通知が届き、宮澤さんには届かなかった。
上官は、「本当はお前をつれて行きたいのだが、任官通知が届いてないので諦めろ」と言われたという。
その同期生は小隊長としてレイテに派遣され、部隊は玉砕・・・・戦死してしまった。
そして、部隊が派遣された後、宮澤さんに任官通知が届いた。
「どうして自分の通知だけが遅く届いたのか分からない・・・」という。
「あの時、一緒に届いていたら、間違いなく俺が選ばれたはずなんだ」という。
「俺の通知が遅れたことで、代わりにあいつが行くことになってしまい、かわいそうに、死なせてしまった」と涙ぐんでいたのが忘れられない。
宮澤さんがもしレイテに行っても同じことになり、宮澤さんは生きては帰って来ることはなかっただろう。
運命とは不思議なものである。
何のいたずらか・・・通知がちょっと遅れただけで生死が分かれた・・・・

ルソン島に残った宮澤さんは指揮班長となる。
指揮班長は乗用車で走り回り指揮を執ったらしいが、その乗用車を他の部隊に取り上げられてしまったという。
仕方がないので、徒歩で走り回りながら指揮を執ったという。
何が幸いするかわからない。
戦車や乗用車などの車輛に乗って走り回っていたら生き残れなかっただろうという。
とにかく我が部隊の戦車には次々と敵弾が命中して爆発炎上していったという。
徒歩で走り回っていたおかげで、逆に敵弾に当らなかったのだというのだ。

「また遊びに来てくれ。またおしゃべりをしよう」と言われたが・・・
その後、長野に行くのが面倒で・・・ご無沙汰してしまった。
そして・・・ついに再会する機会を永遠に失ってしまった・・・・
お会いした時は93歳だったから、いつどうなってもおかしくないのに・・・・
会いに行かなかった・・・・
やっちまったぁ~
いや、2回会っても、3回会っても、同じ思いにはなっただろうけど・・・

宮澤さんにはお子さんがいない・・・・
奥さんが「主人が亡くなったらと思うと、私はどうやって生きて行けばいいのか、それが心配なんです」とおっしゃっていたが・・・現実となってしまった。
ご高齢の夫婦には深刻な問題である。
奥さんが先に亡くなっても大変だし、御主人が先でも・・・・
後継ぎがいないとねぇ・・・・
と・・・他人のことを心配するどころではない・・・
拙者はどうなるのだろうか?(笑)
妻もいなけりゃ、子供もいない・・・・
それで、宮澤さんのように90歳過ぎまで生きちゃったらどうしよう・・・・

奥さんは電話で、拙者に亡くなったことを知らせるのを忘れていたことを何度も何度も謝る。
うっかり忘れても仕方がないと思うのであるが・・・
遠方だし、一度しかお会いしていないし・・・・
反対にこちらのほうが申し訳ない思いである。

日記 | 22:13:45 | Comments(0)
「テロリスト」の世界地図
「テロリスト」の世界地図「テロリスト」の世界地図
(2001/12)
大泉 光一

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第1章 国際テロリズムとテロリスト

テロに正義はない
  テロとゲリラの違い
  テロの目的は「恐怖を与えること」
テロリズムのはじまり
  ローマ帝国のテロリスト
  フランス革命期の恐怖政治
  ロシアのアナーキストたち
テロリストの心理をさぐる
  テロリズムに偏向する人間
  暴力志向の裏にひそむ心理
  信念か、盲信か
  組織への自己同一化
テロリズムが生まれる背景
  すべてがテロの対象になる
政治的暴力にいたる道
  何が攻撃衝動を生むのか
  政治的暴力発生のメカニズム
  政治的暴力は革命にはつながらない
国際テロリズム発生の要因
  支配―被支配構造への怒り
  テロは“弱者の手段”
  ITを駆使して恐怖をばらまく
  カリスマ指導者の存在
  抑圧されるほど過激化する
さまざまなタイプのテロリズム
  民族解放(革命)型テロリズム
  増殖するイスラム原理主義者
  市民闘争型テロリズム
  民族独立型テロリズム
  公務執行型テロリズム
  国際紛争型テロリズム
  自警団型テロリズム
  大量殺戮型テロリズム

第2章 衝撃!これがテロリストの戦術だ

テロの常道「爆弾テロ」
  爆弾の原材料は簡単に入手できる
  破壊力を発揮する高性能爆弾
  注目を集めやすい車爆弾
  ダイナマイトの爆発方法
  単純で確実な起爆装置を使う
政治家やエクゼクティブを狙う「誘拐」
  誘拐から解放までの流れ
  家族から車のタイヤまで徹底調査
  通勤途上が狙われやすい
大量殺戮を可能にする「NBCテロ」
  第2のチェルノブイリの危険性
  日本のプルトニウムも狙われる!?
  生物兵器は低コストで高殺傷力
  製造技術を要する化学兵器
  ますます過激化するテロ
進化するテロ手段
  テロ組織が広めたハイジャック
  犯人もろとも爆破する「自爆テロ」

第3章 21世紀の脅威!国際テロ組織

国際テロ組織「アル・カイダ」とビン・ラディン
  企業グループで資金を循環
  ムジャヒディンからカリスマへ
  ビン・ラディンの側近たち
  構築された国際ネットワーク
テロの温床「タリバン」と中央アジア
  「タリバン」と指導者オマル
  「タリバン」包囲網の動き
  アフガン解放の出口は見えない
  ロシアが抱えるイスラム問題
  鍵を握るパキスタンの存在
「チェチェン・イスラム・ゲリラ」
  爆弾テロでロシアに対抗
「ウズベキスタン・イスラム運動」
  キルギスで日本人技師らを拉致

第4章 テロと報復!イスラム過激派

イスラム原理主義とは何か
  急増するイスラム原理主義過激派
  テロ暴走へ拍車をかけた3つの事件
  テロ思想のバックボーン
  急激な西欧化への反発
エジプトのテロリスト
~「ムスリム同胞団」「イスラム集団」「ジハード」
  テロの源流「ムスリム同胞団」
  テロと福祉の二面性
  「イスラム集団」と「ジハード」
  盲目の指導者アブデル・ラーマン
  テロの標的となる観光客
  無差別テロがエジプト経済を直撃
  国際化するテロ
  「ジハード」とサダト暗殺事件
  「ジハード」の衰退
  エジプト政府のテロ弾圧
パレスチナのテロリスト
~「ハマス」「イスラム聖戦」
  イスラム教徒は聖戦に従事せよ
  福祉活動で支持者をふやす
  PLOへの不満に乗じて勢力拡大
  イランに依存する「イスラム聖戦」
  熾烈をきわめるテロ
  「ハマス」を抑えられないPLO
  暫定協定を奇貨としたアラファト
  成功に見えた共同歩調
  自爆テロで和平交渉を妨害
  暴走する「ハマス」過激派
自爆テロ集団「ハマス」
  前身は福祉活動組織
  目的達成にはジハードしかない
  テロの指令はどこから出ているか
  「アル・カッサム・ブリガード」
  テロ過激化でイラクと連携
  自爆テロリストの育成
テロ支援国家「イラン」
  ホメイニが輸出した“革命”
  クウェート、サウジでテロの応酬
  暗殺のファトワが駆けめぐる
  スーダンに輸出された過激派
  反対者は抹殺すべし
暗殺者集団「ヒズボラ」
  イランが作ったテロ組織
  諮問内閣と実行部隊SSA
  イスラエル殲滅を目論む超過激派
  爆弾搭載車で自爆テロ
  相次ぐ欧米人誘拐
  合法政党化とテロの二方向を模索
トルコと戦う「クルド労働者党」
  クルド人国家の建設を目指す
  トルコ観光産業への打撃
  トルコ対シリアの構図に乗る

第5章 激化!アジアのテロ・ゲリラ

スリランカの「タミル・イーラム解放の虎」
  シンハラ人とタミル人の民族対決
  タミル人による分離独立運動
  民間施設も標的にしたテロ
  翻弄されるインドとスリランカ
  「タミル人を代表する唯一の組織」
  自害のための青酸カリ
  自爆テロの混乱に乗じて武器強奪
  インターネットを駆使した海外進出
  世界が敵視する自爆テロ
  スリランカ北部を支配下に
  和解の可能性はあるのか
インドの「ジャム・カシミール解放戦線」
  カシミール紛争の歴史的背景
  非暴力主義の土地から誕生
  続々と参入するムジャヒディン
  テロ組織をたばねる機関
  神出鬼没のムジャヒディン
  インドの報復攻撃がテロ指示を生む
  彼我の戦力差は開くばかり
  テロはいっそう激化する
フィリピンの共産ゲリラ「新人民軍」
  経済エリートが操る階層社会
  共産党が母体となった組織
  NPAを過小評価する国軍
  「モロ民族解放戦線」との共闘
  都市テロ部隊「ABB」
  政府との和平に向けた動き
「モロ民族解放戦線」
  フィリピンからの独立を狙う
「モロ・イスラム解放戦線」
  MNLFから分派したテロ組織
「アブ・サヤフ・グループ」
  グループ分裂で極悪犯罪集団へ
  身代金24億円を手にした誘拐

第6章 反米反日!南米のテロ・ゲリラ

“アンデスのポルポト”「センデロ・ルミノソ」
  都市殲滅を狙うSL
  若年層を組織し女性を重用
  政府・軍・多国籍企業へのテロ
  コカインで4億ドルもの収入
  グスマン逮捕で組織衰退へ
極左テロ「トゥパック・アマル革命運動」
  都市部工場労働者の組織
  日本大使公邸を襲撃したセルバ
  猛烈な反米・反日主義
  落ち目の“ロビン・フッド”
「コロンビア革命武装軍―国民の軍隊」
  1万8000人を擁する巨大組織
  襲撃を成功させる組織統制力
  横行する“誘拐ビジネス”
  巨額を要求される日本人誘拐事件
極左ゲリラ「国民解放軍」
  カトリック神父が作った組織
極左の対抗勢力「コロンビア自警軍連合」
  自警組織から麻薬密売組織へ変貌

第7章 ヨーロッパ・アフリカのテロ組織

宗教闘争が発端「アルスター義勇軍」
  プロテスタント系過激派組織
  イギリス軍を模倣した軍隊を組織
  イギリス政府との強いつながり
イギリスの過激派「アイルランド共和軍」
  カトリック系国粋主義的テロ組織
  少数精鋭部隊ブリガードの誕生
  70年代のハンガーストライキ戦術
  イギリス軍の圧力に対抗したテロ
  支援組織シン・フェイン党
  過激化する残虐テロへの反感
  イギリス経済に打撃を与える
  世論の力で武装解除へ
スペインの分離主義者「バスク祖国と自由」
  全体主義に反対する祖国独立運動
  組織化と武力闘争の開始
  内部のイデオロギー対立
  政治闘争派と武装闘争派に分裂
  ETA-PMの基本要求
  ETAの組織構造とその役割
  観光客と民衆を標的にしたテロ
  車爆弾に封筒爆弾、圧力なべ爆弾
  活動資金源は革命税と誘拐
  停戦宣言を撤回してテロ再開
アルジェリアのテロリスト
~「イスラム救国戦線」「武装イスラム集団」
  内紛がつづくアルジェリア
  「ジハード」を宣言したFIS
  政教一致の社会とは
  クーデターによる軍事政権の誕生
  過激派集団GIA
  1年間で1500人以上を殺害
  パリを狙った“幻の同時多発テロ”
フランスの「コルシカ民族解放戦線」
  観光客を狙ったテロ活動
  民族回帰運動と自治権の要求
  犯罪組織と化したFLNC

世界のテロ・ゲリラ組織



今年の読書:48冊目



読書 | 21:44:19 | Comments(0)
臓器を提供する?
親父のところに後期高齢者の保険証が送られてきたようで・・・・
その裏には臓器提供をするかしないかの記載項目があったようである。
で・・・珍しく親父が拙者の部屋にやって来て・・・・
「おい、臓器提供をするからな。覚えておいてくれ」と言う。
へぇ~珍しいこともあるものだ・・・・
親父がねぇ~他人のために臓器を提供するとはねぇ~

で・・・どこにマル印を付けるの?
1番・・・脳死状態および死亡時に臓器を提供
2番・・・死亡時のみ臓器を提供
3番・・・臓器は提供しない

「う~ん、死んでからだな・・・2番か・・・」
「ふ~ん・・・じゃぁ、死んでからすぐには遺体は引き取れないからしばらく病院に置いておくしかないな」
「ん?何でだ?」
「だって、親父が死ぬでしょ?するとすぐに手術室に入って、心臓やら肝臓やら腎臓やらを取り出す手術をしないといけないんじゃないの?すぐには帰っては来れないでしょ~?」
「すぐには帰ってこれないのか?」
「そうなんじゃない?」
「すぐには帰ってこれないのかぁ~」
「あっ、眼球も提供するの?眼球を提供するとなると・・・目ん玉くり抜くんだろうから・・・どういう姿で帰って来るんだろうねぇ~」
「ゲッ」
「あっ、どうせ眼を閉じてるからわからないか・・・」
「やめた!やめた!提供するのはやめたぞ!」

いともあっさりと親父は臓器提供をするのをやめたのでありました。(大笑)

それにしても、83歳の“ジジイ”の臓器じゃ役に立たないような気もするんだけどなぁ~
どうなんだろう?
目がかすんでよく見えない・・・という目ん玉・・・役に立つのだろうか?

臓器提供・・・・別の言い方をすれば、リサイクルである。
自動車の部品を中古部品と交換するのと同じような気がするのだが・・・・
工業製品ならいざ知らず、人体にたいして、そういう“部品交換”をしていいのだろうか?
どうせ火葬場で灰になるなら、もっと極端な言い方をすれば、「捨ててしまうのであれば」、もったいないから使えるものは使おうということなのだろうか?
倫理的に許されるのかなぁ~そういうの・・・
拙者はどうしても抵抗があるのである。
人体というのは単なる“魂”の入れ物・・・という考え方なのだろうか?
とするならば、人体は箱と同じ、包装紙と同じで、大事なのは中身ということになるが・・・
中身とは“魂”だろう?
しかし、その“魂”を果たして我々は大切に扱っているのだろうか?
戦争で亡くなった方々の“魂”・・・・
戦友と遺族だけが慰霊をすればいい、他の人は関係ないから慰霊なんてしない・・・という現状は、人間の“魂”を大切に扱っていると言えるのだろうか?
結局、肉体も魂も、どちらも大切には扱っていないのではないだろうか?
つまり、人間というものに尊厳を感じていないから“部品交換”などという発想になるのではあるまいか?
幼くして臓器移植をしなければ命が救えないという子供を例に挙げられるが・・・
酒を飲み過ぎて肝臓を痛めたオヤジが臓器移植をする可能性もある。
これは人の道としてどうなんだろう?
我々は「運命」という言葉で「諦め」を受け入れてきたはずだが・・・
「諦めきれず」に「運命」に逆らう・・・・果たしていいことなのかどうか・・・
そう考えると、これは倫理なのか、宗教なのか、それとも哲学なのか・・・・

安易に臓器提供にマル印は付けられないと思うのである。
一見、正しいような感じに見えても長い目で見た時にはどうか・・・・

親父の場合は、死んでからすぐに家に帰れないなら嫌だという単純な理由である。(笑)
結果的には正しいかも・・・(大笑)

日記 | 21:28:00 | Comments(2)
部隊輸送に民間船利用?
北沢俊美・防衛相が、大規模災害や有事の際に、自衛隊部隊の輸送のため、民間船舶のチャーターを検討するという考えを表明したという。
基本的には「最大の危機を想定して常に装備を持つのは現実的ではない」という考えからだそうだ。
それはそれで尤もなお話である。
有事の際の部隊輸送の為の船舶を持つことは、維持費が馬鹿にならない・・・・
が・・・チャーターという考え方はいかがなものだろうか?
具体的に、民間船舶をどのようにチャーターするのか、その契約方法は未定だそうだが・・・
まさか、有事になってから契約をして・・・というわけではあるまいな?(笑)
船舶のチャーター料、船員の給料、万が一の時の保険料・・・・
船員が死亡した場合は労災が適用されるのか?
有事の際・・・ということは「危険業務」ではないか?
生命保険はどうなるんだろう?

戦前、日本海軍では、大型で高速の輸送船を民間会社が建造する場合、一部だったか、大半だったか・・・その建造費を海軍が負担したそうである。
で・・・有事の際には航空母艦に改造できるように、その設計にも関わったという。
こういうやり方なら、いいと思うんだけどなぁ~
民間も、わずかな建造費で優秀な船が作れるし・・・
有事が発生しなければ、延々と廃船するまで使うことが出来るのである。
海軍側は、有事となれば、この船を召し上げて空母に改装するわけで、最初から建造するより早く空母を作ることが出来る。
一石二鳥である。
まぁ、当時の貧乏国の苦肉の策かもしれないが、なかなかいい方法だと思うのである。

現代もこういうことを考えるべきではないだろうか?
港湾設備が破壊された、もしくはそういう設備のないところへも車輛等の揚陸が出来る機能を持ったフェリーとか・・・
それを建造するにあたって、自衛隊が利用できるように設計にも携わり、建造費もそれ相当のものを負担する。
自衛隊車輛の寸法に合わせた搭載スペースとか・・・
レーダーや通信機器を増設できるだけのスペースの確保。
対空・対艦・対潜兵器の設置ができるスペースの確保・・・・等々・・・
設計段階で関わっていなければ、いざという時に役に立たないのではないだろうか?
極々普通の民間船舶を使うというのでは、実際の部隊運用に支障が出るのではないか?
まぁ、そんなことを拙者が心配する必要はないかもしれない。
“優秀な”(?)官僚が考えてるだろうから・・・(笑)
でも・・・心配なんだよなぁ~(大笑)

エッセイ | 00:16:29 | Comments(0)
汚染牛肉騒ぎ
福島第1原発の事故で高濃度の放射性セシウムが稲わらを汚染させたという。
その稲わらを餌として食べた福島県産の肉牛が市場に流通して大騒ぎ・・・・

ほぉ~皆さん、かなりの潔癖症なんですねぇ~(大笑)

何だかんだと数字を挙げて皆さん大騒ぎ・・・
その数字自体も信用できるのか出来ないのかで大騒ぎ・・・

そもそもは、セシウムの暫定基準値の1kgあたり500ミリベクレルを大幅に超える4350ミリベクレルの牛肉が発見されたことが騒ぎの始まりのようである。
しかし、仮に4000ミリベクレルの牛肉を200g、5回食べても放射能の被ばく線量は0.05ミリシーベルトなのだそうだ。
年間の被ばく量の基準は5ミリシーベルトなので、特に心配することではないという話もある。
が・・・科学的には100ミリシーベルトを超えると発がんのリスクが高まるのだそうだ。
だから騒いでいるのか?・・・・よくわからない・・・・

なんだか、わかったようなわからないような数字だが・・・(笑)

だいたい、牛肉をちょっと食べただけでは死なないんでしょ?(大笑)
毎日、牛肉を食べるわけでもあるまいし・・・・
そんなにみんなは裕福なのだろうか?
かなりの心配をされているようだが・・・
毎日のように牛肉を食べているんだ?主食なんだ・・・牛肉が・・・
あ~なんか、すごく嫌味に聞こえるんですけど・・・
いかにも私たちは金持ちよ・・って・・・
我が家なんか・・・年に何回?・・・牛肉食べるの・・・・(大笑)
蓄積って言っても、たかが知れてるんじゃない?

これが、伊勢海老だったらどうなんだろう?(大笑)
どうしてくれるの!伊勢海老が食べられないじゃない!・・・・って騒ぐのかな?
毎日、伊勢海老を食べているんだぁ~・・・へぇ~・・・って半分馬鹿にされるんじゃないだろうか?(大笑)

騒ぐのが好きな人って、何に対しても騒ぐものなのです。
また、そういうふうに持って行こうとするマスコミという連中もいるのです。
散々煽って、自分たちは金もうけに走っているわけです。
彼らは、そういう騒ぎを起こすことで、給料をもらって生活しているわけです。(大笑)

たまぁ~に200gのステーキを食べたって大丈夫じゃないの?
放射能に汚染された牛肉・・・安売りしてくれないかなぁ~(大笑)
「放射能フェア―」で、ステーキ値下げ・・・とか・・・
その代り、この肉は年に2回しか食べちゃだめよって条件付けてさぁ~
20歳以上限定のステーキとかさぁ~・・・子供は危ないから食べちゃだめよって・・・

拙者の母は癌でこの世を去った・・・・
が・・・何が原因で癌になったのかは分からない・・・・
タバコも吸わないし、酒も飲まない・・・・
なのに癌で死んだのである。
汚染牛を食べると(しかも大量に)、発がんのリスクが高まると“学術的”に“言われている”だけであって、本当のところは分かるまい?
癌で死ぬ時に、原因はわかるのか?
汚染牛を食べたからでしょうって・・・・
食べても食べなくても癌で死ぬ人は死ぬんじゃないの?

拙者は自動車の排気ガスを吸って生活しているから癌になるんじゃないかと思っているんですけど・・・
昔は癌で死ぬ人は少なかったのではあるまいか?
いや、死因が癌だと気付かなかったのかもしれないが・・・・
昔はなくて、今はあるもの・・・それは自動車である。(大笑)
自動車が増えてから癌も増えたような気がしてならない。
体内に排気ガスが蓄積して悪さを起こして・・・癌!
こっちのほうが説得力があるんじゃないか?(大笑)

エッセイ | 23:20:40 | Comments(0)
妹のライブを聴きに行く
今日は午後から東京で妹のライブ・・・・
「お兄ちゃんがお世話になっているから・・・」ということで是非、水戸藩士の“シミズくん”をお連れするよう厳命されているのである。(大笑)
前回のライブの時に連れていく予定だったが、あいにく彼が体調を崩してしまったので、ドタキャンとなった。
今度こそは、体調を万全に整えておくようにと“シミズくん”に厳命する。
まぁ、彼も迷惑だったろう・・・・(大笑)

先日同様、早い時間の特急で上京し、午前中はどこかを散策して、午後、妹のライブを聴きに行くということにする。
この間は東中野駅周辺を散策したが、今回は練馬区石神井の方へ行くことになる。
石神井の方に勝海舟の屋敷の長屋門が移築されているんだそうで、それをぜひ見に行きたいとのことなので、石神井に行くことにしたのである。

向かったのは「三宝寺(さんぽうじ)」・・・・・

DSCF2952_convert_20110816214122.jpg(御成門)

このお寺の山門は、徳川家光が狩猟の際にこの寺を休憩所としたので、「御成門」と呼ばれるようになったそうである。
この境内の隅の方に、勝海舟の屋敷門が移築されていた。
が・・・不思議なことに文化財には指定されていないような・・・
普通だったら、教育委員会の説明板があってもいいと思うのだが・・・
何でだろ?(笑)

DSCF2958_convert_20110816214814.jpg

この長屋門は練馬区旭町兎月園にあった勝海舟の屋敷門を移築したものだという。
ここで、「なり損ない文豪」(笑)の“シミズくん”が思索にふける・・・・
その間、拙者は木陰で一服・・・・(笑)
今日もとにかく暑くてたまらんのです!

ここを見学して、今回の“散策”は終了!(大笑)
暑いから・・・・ついでの散策はしない!
さっさとタクシーを拾って駅に戻り、駅前のレストランで昼食をとる。

で・・・池袋へ行き、ライブ会場に向かう。
途中、時間調整のため近くの古書店を覗く。(笑)

今回のライブもギタリストとのペアーのライブ・・・
結構狭いライブ会場は満員である。
妹の知り合いを紹介されて挨拶などをするが・・・絶対顔と名前を覚えられるわけがない・・・(笑)
従兄の“ダイシロウくん”も来てくれていた。
再会するのは・・・何年ぶりだろう?
10年近くは会ってないんじゃないかな?
座席は指定されているので、隣り同士というわけにはいかず残念。

ライブの合間のMC・・・相変わらずハラハラドキドキである。
と・・・案の定・・・妹が拙者をネタにMCをしやがった!(唖然・・・)
何ていう奴だ!

ライブ後、軽く打ち上げ・・・ってことで、食事会に参加する。
従兄の“ダイシロウくん”も参加してくれた。
彼は、国立能楽堂に勤務している。
と・・・“シミズくん”・・・・
意外や意外!能の話で盛り上がる。
へぇ~・・彼の博識にはタマゲタ!(笑)
よく知ってるなぁ~と“本職”の“ダイシロウくん”も驚いていた。(笑)

無事、ライブに“シミズくん”を連れていくという妹の要望を果たせた・・・(大笑)
まぁ、ライブの出来は・・・あんなもんだろう・・・(笑)

日記 | 21:27:08 | Comments(0)
33年ぶりの再会!
2次会後、“ケムちゃん”と“サトウ先輩”が帰り・・・・
拙者は一人で飲み直して、代行運転を頼んで帰ろうと、以前行ったことのあるスナックへ・・・・
たまにしか飲みに出かける機会がないので、こういう時に、顔つなぎをしておこうというもの・・・
で・・・店内に入ったら、どこかで見たことがある人が・・・
拙者は人の顔と名前を覚えるのが大の苦手なのだが・・・
彼の顔はなんとなく記憶にある・・・
で・・・名前も・・・もしかして・・・“ナナイくん”?

そう思っていた矢先、彼の方から声をかけてきた・・・
「もしかして・・・高校が同じじゃないですか?」
「うん、その高校に通っていたよ」
「じゃぁ、35年生まれ?」
「そうだけど・・・」
「あれ?やっぱり、同級生でしょ?」と彼が言う。
「ということは・・・もしかして“ナナイくん”?」
「そうです!」
「なんとなく、そんな気がしたんだよねぇ」

で・・何で記憶力の悪い拙者が彼の顔と名前を覚えていたのか・・・・
それは仲が良かったということではない。
実のところは、その反対なのである。
彼と拙者は性格が全く正反対と言っていいと思う。
お調子者で、生意気で・・・・(大笑)
気に入らねぇ奴だ・・・と思っていたから記憶に残っていたに違いない。

「33年ぶりだよな!」と彼は大喜び。
確かに高校卒業以来の33年ぶりの再会である。
で・・・彼は高校時代の思い出話に花が咲くと思ったのだろうが・・・(笑)
こっちは何にも覚えていないのである。
何年何組だったのかも、担任の先生の名前も覚えていない。
確かに同級生なんだろうけど・・・そうじゃなければ拙者が彼の名前を覚えているわけがない。(笑)
ところが、何年生の時に同級だったのか・・・全く記憶にない。
彼は同級生の名前を次々と挙げてくるのだが、全く記憶にない名前ばかり。
「こんなことがあったよな?」といくつものエピソードを話してくれるのだが・・・全く記憶にない。(大笑)
ようやく一つだけお互いの記憶しているエピソードがあったので、同級生には間違いないということになった。(笑)

彼は、同じ高校の女子生徒と結婚したが、その後、間もなくして離婚したという。
彼女の名前を聞いても、記憶がない・・・・(笑)
とにかく、拙者は高校時代の記憶が殆どないのである。
一体、高校時代何をしていたのだろうか?(笑)
自分でも呆れてしまうのである。
“別世界”で生きていたんだろうなぁ~・・・きっと・・・
いずれにせよ、高校生らしい高校生ではなかったことは確かである。
よくある“青春時代”ではない。
みんなが、“高校生らしく”キャーキャーはしゃいでいたころ、拙者は三島由紀夫にどっぷり浸かって、国防や民間防衛や天下国家を論じていたのである。(笑)
だから、共通した思い出があるわけがない。(大笑)
今、“右傾化”している、いい年をした連中の天下国家論に白けてしまっているのは、高校・大学時代に、もうそういうことは“卒業”してしまっているからである。
今更、18~19歳頃に戻って熱くなることは出来ないのである。(大笑)
年を取ってしまったといえるかもしれないが・・・
天下国家を論じるのは飽きた・・・というのが正直な気持ちである。

彼は幼少時に母親に死なれ、その後父親も他界したという。
で・・・高校時代の同級生の妻とも離婚して、今では一人ぼっちなのだそうだ。
加えて、昨年、癌が見つかり手術をしたという。
術後の経過はよく再発の可能性はなさそうな口ぶりなのだが・・・・
癌に罹ったことで仕事も辞め、無職のまま、毎晩飲み歩いているという。
おい、おい、大丈夫かね?
そんなことして・・・
自暴自棄ではないか?
格好を付けて強がっているようだが・・・
彼が拙者に声をかけてきたのは、そういうことだな・・・寂しいのだろう・・・・

話が盛り上がっているような下がっているような(笑)感じなのだが・・・
「33年ぶりだよなぁ~!」と彼はやたらと喜んでいる。
で・・・もう一軒、飲みに行こうとしきりに誘う。
ここで会ったのも何かの縁という奴か?(笑)
こういう酔っ払いとは・・・困った縁だが・・・(大笑)
もう一軒、付き合うことにする。
が・・・彼の飲み方は・・・・お店の人が呆れるようなチャランポランな飲み方・・・
高校時代のお調子者の性格は、51歳になっても変わっていなかった。(笑)
「いつも飲みに来ているから、大丈夫だ」と言っているが・・・・
迷惑だろうなぁ~お店の人にとっては・・・・

結局、午前3時まで付き合う羽目となる。
いやぁ~こんなに遅くまで飲んだのは久々である。
が・・・彼が喜んでくれたのならそれもよかろう。
ようやく、代行を呼んで帰途につく。(笑)

日記 | 23:32:51 | Comments(0)
地区会の総会
今日は法人会の日立地区会の総会・・・・
とにかく、親会の理事会、総会、地区会の理事会、総会、青年部の理事会、総会、等々、なんだか同じような会議が多くて、一体今回はなんだっけ?・・・となってしまうのが正直な気持ちである。(大笑)

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思ったより総会の出席者が少ない・・・・
こんなものか・・・自覚が足りないというか・・・なんというか・・・
で・・・問題なく(拙者が発言しなければ全て問題なしである・・・笑)、総会は終了!

続いて講演会・・・・
演題は『震災後の労務管理の留意点』
講師は社会労務士の宇佐美敦氏。

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労務管理だからなぁ~(笑)
実質、廃業して従業員がいない拙者には正直言って関係のない話である。(大笑)
話は盛りだくさんだったので、参考になった人は多かったかも・・・

その後は、恒例の懇親会である。

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総会開始時点で“ケムちゃん”や“サトウ先輩”がいなかったので、今日は飲みに誘われることはないな・・・と安心していたが・・・2人とも遅刻して参加。
あらら・・欠席じゃなかったの?(笑)
で・・・懇親会後はいつものように「クラブに飲みに行くぞ」と“拉致”される。(大笑)

日記 | 22:42:32 | Comments(0)
脱原発?
菅直人首相が、福島原発の事故を受けて、今後のエネルギー政策について「段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもきちんとやっていける社会を実現する」と表明したという。

おお!なんと、すばらしいことか!(笑)

が・・・さて・・・で・・・具体的にはどうするの?・・・
となると・・・これが何もない・・・
はっ?へっ?・・・である。(笑)

さて、まず、現在の電気の供給量を減らさないようにするには、どうしたらいいんだろう?
今年の夏と冬は「節電」ということで何とかしのげるかも知れないが・・・
それが2年も3年もとなると・・・どうなんだろう?
原発の代わりに水力発電!
でも、ダムを造るのを反対してたんだよね?
すぐにダムが出来るわけもないしなぁ~
じゃぁ、火力発電!
地球温暖化に対するCO2の削減の話はどこへ行っちゃったんだろう?
前任者が、世界中に向かって大そう大きな数字を目標に掲げちゃっているんですけど・・・・
あれ・・・実行しないと世界に嘘をついたことになるんですけど・・・
天然ガスによる発電の場合、CO2はどうなんだろう?
CO2は出ないのかな?
やっぱり出るのかな?
う~ん・・・風力発電!
さて、風力発電で原発の発電量分を補えるだろうか?
太陽光発電も同様である。

こうなると、今までと同じ電気供給量を供給するというのは無理なんじゃないだろうか?
ライフスタイル自体を変えないと無理なんじゃないだろうか?
例えば、数十年前の日本に戻るとか・・・(大笑)

昔はエアコンなんてものはなかったのだが・・・今は、下手すると各部屋に1台づつあるのである。
(拙者の家には応接間に1台しかないけど・・・笑)
パソコンなんていうものもなかったが、今では一家に一台、もしくは一人に一台である。
携帯電話のように充電を必要とする機器も増えている。
さらには、これからは電気自動車だというではないか?
自宅で充電できる電気自動車?
それじゃ益々需要が増えてしまうではないか?

やっぱり戦前のレベルくらいに生活を戻すしかないのでは?(大笑)
つまり、供給量を確保するのではなく、需要を減らすしかないということになる。

電気料金を上げよう!
思いっきり・・・2倍!3倍!(笑)
使用量によって段階的に大きく値上がりする。
最小限の使用の場合は、さほどではない・・・・
そうすれば、自ずと電気の使用を自粛するかも・・・ダメ?
では、契約アンペア―を低くするとか・・・
今までのように電気を使うと、ブレーカーが落ちて停電するから、自ずと自粛するんじゃないか?
しかも、使いすぎた家だけが停電するわけだから、町全体が停電するよりはいいだろう?
節電をしている家には何の影響もない。(笑)
問題は、工場などの企業だが・・・これは、特別枠で優遇してやればいい。

とにかく、人間の生活と同じことである。
収入が少ないなら、その収入に見合った支出にするしかない。

原発反対も結構だが、その代替案がないのであれば、生活のレベルを下げるしかないのである。
その覚悟が出来ていて反対するのであればいいんだけど・・・・
収入がないのにあれもこれもと欲しがったのでは、破たんする・・・・
電気も同じことである。
原発は反対、でも電気は今までと同じように使いたい・・・では破たんする。

一説には、電気は不足どころか十分間に合っているという話もある。
原発がなくなっても、全然心配する必要はないという。
運転休止状態の火力発電等を再開すれば大丈夫だという。
CO2削減の話はどうなのかは知らないけど・・・

そういう話が本当かどうかは知らないが・・・
いずれにせよ、原発の代替エネルギーが軌道に乗るまでの間の、5年、10年はライフスタイルを見直してくれ・・・と言った方が現実的ではなかろうか?

日記 | 21:31:10 | Comments(0)
記憶力の衰え?
“オオクボさん”を地下鉄の駅まで送って、拙者は市ヶ谷駅の近くのホテルへ向かう。
これから日本国防協会の講演会を聴講するのである。

今回の演題は『国家なき日本を問い直す』
講師は日本政策研究センター代表の伊藤哲夫氏

この会に参加するのは今回が2回目である。
前回、事務局次長さんにはお会いしたが、事務局長さんとは初対面だったのでご挨拶。
事務局次長さんから「戦友会の事務局長さんです」とご紹介を頂いたところ・・・
「戦友会の事務局長さん?お若く見えますが、かなりのご年齢なんでしょ?」と言われ・・・ショック!(涙)
そんなに年寄りに見えるのかね?
それとも、さっきまで92歳と一緒だったので、何かが乗り移っていたのかね?(笑)
いずれにせよ・・・ショックだ~・・・・

で・・・肝心の講演内容・・・・
誠に講師には申し訳ないのだが・・・・
1時間も過ぎたら・・・何の話だったのか全く思い出せないのである!
普通は断片的にでも覚えているはずなのだが・・・
言葉一つ・・・まったく覚えていない。
会場に来るまでの間に酔いは醒めていたはずだが・・・
それとも、暑さの為に記憶力が低下したのか?
講演のテーマが、拙者には不向きなテーマだったのか?
こういう話になると頭が働かなくなったということなのか・・・
そもそも講演会を聴くというのは拙者には向いていないのか?(今更?・・・笑)
寝ていたわけでもないのに・・・こうも完璧に話の内容を覚えていないというのは驚きである。
どうしちゃったんだろう?

折角、聴講しても、もののみごとに記憶に残らないのであれば、カネと時間の無駄である。
元来、もの覚えが悪いのは自覚していたが、ここまでひどくなったとはショックである。

日記 | 21:28:34 | Comments(0)
魔群の通過
魔群の通過―天狗党叙事詩 (文春文庫)魔群の通過―天狗党叙事詩 (文春文庫)
(1990/04)
山田 風太郎

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不動産屋の“オザワくん”から紹介された本・・・・
水戸藩の天狗党、諸生党の乱の天狗党の話しである。
「最後がすごいんですよ!」と言われたが・・・
読み終わって・・・どこが凄かったのか分からない・・・(申し訳ない・・・笑)
どうも私はかなり頭が悪いようだ。
2回以上読んでみないとわからないかもしれない・・・(笑)
面白かったか退屈だったか・・・と問われれば、面白かったのだが・・・

(みなと)に天狗(てんぐ)がいるわいな

わたしゃ立つ鳥 波に聞け

水戸(みと)の天狗に刃向かう奴(やつ)

気は圧す四囲十万の軍

筑波(つくば)を出(い)でて幾夜か寝(ね)つる

幾個(いくこ)の男子これ丈夫

ここはいずこぞみな敵の国

勝敗曷(いずく)んぞ極まりあらん

討つも又(はた)討たるるも又(はた)



今年の読書:47冊目



読書 | 21:17:06 | Comments(0)
みたま祭りに行く
今日は靖国神社で「みたま祭り」・・・・
例年通り、昨晩のうちに上京して万全を期す。
で・・・例年通りに今年も騎兵第14連隊会の会員が集まる。

いつものように、集合時間の1時間以上前には到着。
このくらい早く行っておかないと、時間を勘違いして早目に来る人がいる可能性があるので・・・・

まずは、社殿に参拝・・・・
と・・・見かけたことのある後ろ姿・・・
“オオクボさん”である!
いやぁ~早い到着である。(笑)
早目に来ていおいて良かった。
“オオクボさん”・・・・この暑い中、スーツにネクタイ姿である。
脱水症にでもなったら大変である。(笑)
自販機で冷たいお茶を買って差し上げる。

待ち合わせ時間まで、“オオクボさん”には日陰で休んでいてもらい、拙者はいつものように、集合場所の大鳥居の前で待つ・・・
が・・・誰も来ない!
で・・・暑い!(大笑)
この直射日光を浴びながら待つというのは、かなりツライものがある。

定刻を少し過ぎた頃、ようやく“オビカワさん”が娘さんに付き添われて登場!
で・・・今回は何人集まるのかと尋ねたら・・・・
我々4人のほか、もう一人を加えて5名だという。
戦友は3名だけ・・・・
いやはや激減である。
常連の“サトウさん”は、もう歩行困難で来ることが出来ないという。

しばし、もう一人の“カトウさん”が来るのを待つが・・・
待てど暮らせど来ない!
仕方がないので、騎兵第14連隊の提灯のある場所をバックに4人で記念撮影・・・・

その後、拙者の方から簡単なご報告を・・・・
先日、拙者のHPを見られたある女性の方からメールをいただいた。
騎兵連隊に興味のあるドイツ在住のドイツ人がいるのだが・・・というお話し・・・
で・・・やり取りの中で、来年4月の軍馬の慰霊祭に参列されてはどうかという話をしたことを報告。
「ほぉ~そういう方がおられるのですか?」と“オビカワさん”
しかし・・・来春まで持つかなぁ~(笑)と体調を気にされる。
「いや~、そこをなんとか・・・来春までお元気でいてくださいよぉ~」と無理な(?)お願いをする。(大笑)

何だかんだとおしゃべりして時間を稼いでいたら・・・・
待ち合わせ時間から30分以上も遅れて“カトウさん”がやってきた。
やっぱり、すぐに解散しないでいて良かった。(笑)
“カトウさん”を加えてもう一度記念写真を撮る。
で・・・“オビカワさん”が、もう立っていることが辛いので、帰るとのことなので解散となる。
いつもなら、“オビカワさん”が昼食会を設営するのだが、来るだけでもやっと・・・とても食事会などは無理らしい。
申し訳ないのだが・・・と何度も言われる。
後のことは、私に任せて下さいと、“オビカワさん”を送りだし、“オオクボさん”と“カトウさん”のお二人を誘って食事に出かける。
“オオクボさん”は、お酒を飲まないと気が済まない92歳、“カトウさん”はお酒をまったく飲まない90歳・・・
“オオクボさん”が「素面で帰宅したら婆さんに、体調でも悪いのかって言われるから、酒を飲む!」と言う。
「俺は酒が飲めないから、それなら俺は帰る」と“カトウさん”・・・・
「ちょうどお昼なんですから、食事だけでもして解散しましょう」と拙者・・・
「じゃぁ、酒は飲まないのか?飯だけか?」と“オオクボさん”
「酒飲むんだったら俺帰るよ」と“カトウさん”
と・・・何だかんだで・・・収拾がつかなくなる。(涙)
“オオクボさん”は普段は大人しいのだが、酒が入ると・・・一転して元気になって気炎を上げるのである。(大笑)
“カトウさん”は、以前からそれが面白くない。
仲裁役の“オビカワさん”が帰ってしまわれたので、拙者では調整不可能!!(大笑)
結局、分裂してしまい、“カトウさん”は帰ってしまった・・・・
あ~あ~・・・である。

結局、“オオクボさん”を連れて食事ではなく、お昼だというのに飲みに行くことになる。
ちょうど入った居酒屋・・・・
お昼は「ランチ」だけで、日本酒などのお酒は出さないという・・・・
ビールなら・・・というのでビールを頼むが・・・
お昼の「ランチ」は何を食べるのかと何度も聞きに来る。
ビールだけではダメなのか?
どうしても「ランチ」を注文しなければダメなのか?
それなら先に、そう言ってくれればいいものを・・・・
結局、「ランチ」も食べることになったのだから“カトウさん”を無理して誘えば良かったかと思ったが後の祭である。
居酒屋の看板を出しておきながら、昼は「ランチ」だけで酒を出さないなんて言うなら、居酒屋の看板を下ろしてもらいたいものである。

“オオクボさん”が程良くご機嫌になるまでお酒を飲ませて・・・解散とする。
拙者も少しはお酒のお付き合いをしたが、今から市ヶ谷で講演会を聴きに行くのである。
酔って真っ赤な顔をしては行きたくない・・・(笑)
「今日は飲まないねぇ~なんだぁ~次、用事があるの?残念だなぁ~」と言われるが、これだけは譲れない。(笑)
地下鉄の駅までお送りして別れる。
相変わらず、酔っぱらって・・・大声をあげてお元気で・・・周囲の注目を浴びる。(トホホ・・・)
“カトウさん”が一緒に行動するのを避けるのも無理はない・・・(笑)

日記 | 18:23:18 | Comments(0)
懲役2年6ヶ月?
生後2か月の長女を虐待死させた25歳の母親に判決が下った。
求刑懲役7年に対し、懲役2年6ヶ月だという。
いやはや、人間の命も安くなったものである。
それとも、生後2か月の赤ん坊だから安いのか?

こういう女は死刑にしてしまえ!
・・・と言いたいところだが、そうもいくまい。
我が子を虐待死させるなんて言語道断である。
(ちなみに、他人の子ならいいとは言ってはいないよ・・・笑)
そもそも、子供を産む“資格”がない人間なのである。
こういう場合は・・・懲役ではなく避妊手術を施すべきである。
二度と子供が産めない体にして社会に戻すべきである。
ついでに、保育士などには就職できないように制限もすべきである。

懲役2年6ヶ月は軽い刑だという気はするが・・・
2年6ヶ月も我々の税金でこの女に飯を食わせるのか?
それも嫌だなぁ~
こういう女の食事代を我々が持つの????
即刻手術を施して社会に戻した方がいいんじゃないの?

判決後、裁判官は「長女が生きた意味をよく考えて、新しい生活を送ってください」と諭したという。
“よく考える”能力がないから我が子を虐待したのではないか?
“新しい生活”をするなら、二度と子供が産めない体になって新しい生活をすべきである。
それぐらいの代償は払わせるべきだと思う。

エッセイ | 22:32:26 | Comments(2)
新井白石の墓
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東京都指定史跡
新井白石墓
所在地 中野区上高田1-2-9
指定 大正8年10月

江戸中期の朱子学者、政治家。
名は君美(きんみ)、通称勘解由(かげゆ)、白石は号。
木下順庵に朱子学を学び、その推挙により甲府の徳川綱豊(のちの家宣)の儒臣となり、宝永6年(1709)家宣が将軍になると幕臣として、間部詮房(まなべあきふさ)とともに家宣を補佐。
正徳の治を開き、教学と政治の一致につとめた。
武家諸法度改訂、貨幣改鋳、海舶互市新令の施行、儀式典礼の整備などはそのおもな事績である。
享保元年(1716)引退。
学者として特にすぐれ合理性と実証を重んじ、朱子学的思考と実践の結合した合理主義者であり、日本古代史に合理的解釈を試み、外国事情にも意を用いた。
主著「藩翰譜(はんかんふ)」「読史余論(どくしよろん)」「西洋紀聞(せいようきぶん)」「采覧異言(さいらんいげん)」「折りたく柴の記」など。

平成10年3月
東京都教育委員会

(説明板より)


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史跡 | 14:42:17 | Comments(0)
河竹黙阿弥の墓所
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河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)の墓所

江戸時代末から明治の中頃に活躍した大劇作家、河竹黙阿弥(本姓吉村、二代河竹新七、1816~1893)の墓所が、当寺の墓所入口にあります。
黙阿弥は、鼠小僧(ねずみこぞう)次郎吉を義賊にした作品をはじめ、「三人吉三(さんにんきちざ)」や「白波(しらなみ)五人男」などの盗賊を主人公とした生世話(きぜわ)狂言で、世相を写実的に描く近代演劇への道をひらきました。
しかし、幕府が写実的傾向を禁じて勧善懲悪(かんぜんちょうあく)を奨励したため、黙阿弥は作風の転換を強いられ、その後、幕末・維新期の激動する社会のなかで、江戸時代後期の歌舞伎の創作法を整理・集大成し、「真の江戸演劇の大問屋」と坪内逍遥(つぼうちしょうよう)に評される仕事をなしとげました。
黙阿弥の作品は、4代市川小団次(こだんじ)をはじめとする歴代の名優によって演じられました。
明治41年、当寺が移転したとき黙阿弥の墓も浅草から移されました。

昭和57年2月
中野区教育委員会

(説明板より)


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史跡 | 12:52:13 | Comments(0)
“シミズくん”と上京
偶然にも・・・・
水戸藩士の“シミズくん”が所用で上京するという。
で・・・拙者も明日の「みたま祭り」のため、今日中には上京しなければならない。
ならば・・・ということで、早々と一緒に上京することにした。

“シミズくん”は午後から用事があるというので、午前中、中野周辺を散策することにする。
散策と言っても・・・・お墓巡りである。(笑)

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源通寺には、「河竹黙阿弥」という人のお墓がある。
で・・・この人・・・誰?
博学の“シミズくん”は御存じだが、拙者は全く知らない・・・・
「元の黙阿弥」っていう言葉は知ってるけど・・・(大笑)
この河竹黙阿弥っていう人は、歌舞伎の作家らしい。
作家の坪内逍遥がこの人を「日本のシェークスピア」と称したという。
そのくらい有名な人らしいが・・・・知らない・・・(笑)

ちなみに、この源通寺は、長野県松本の深志城(のちの松本城)城主・小笠原長時の息子、長隆が出家して創建した寺だそうだ。
小笠原長時は武田信玄と戦い敗死、息子の長隆は出家して坊さんになったらしい。
で・・・この長隆は101歳まで生きたという話である。
当時で101歳まで生きるとは化け物である。(大笑)
この寺は何度も移転を繰り返し、最終的にここ中野に落ち着いたらしい。

続いて・・・高徳寺・・・・

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ここには新井白石の墓がある。
「新井白石ね・・・この人は知ってる・・・学者だよね?」
「朱子学者です」
「ほぉ・・・」(よく知らないから・・・ほぉ~である・・・笑)

墓所内に「加藤家の墓」というのがあった。

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「加藤さん?・・・誰?」
「長門裕之の一族のお墓・・・」
「俳優の長門裕之って本当は加藤っていうの?」
いやはや芸能人っていうのは、よくわからない。
芸名の方が有名なんだから、当然、長門家の墓なのかなって思っちゃうでしょ?(笑)
加藤家ねぇ~
この一族は、代々芸能人の家系だという。
博学の“シミズくん”はよくご存じだが・・・拙者は芸能界にも興味がないので、さっぱりわからない。(笑)
分からないことばかりである。

墓誌を見てみたら・・・確かに・・・
今年の5月21日に77歳で亡くなられた長門裕之の名が「芸名」として刻されていた。
本名は「加藤晃」という。
で・・・平成21年に亡くなられた奥さんの南田洋子の名も刻されている。
その他、芸名・加藤勢津子、芸名・マキノ智子、芸名・沢村國太郎などの名があるが・・・
当然、“シミズくん”は御存じだが、拙者は全く知らない。
しかし、拙者より一回りほど年下の“シミズくん”が、こういう昔の俳優の事を知っているというのは不思議である。
おかしい・・・こいつは年齢を詐称しているのではあるまいか?(笑)

とにかく、この「加藤家」はすごい家系なのだそうだ・・・(笑)

万昌院・・・・

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ここには赤穂浪士に殺された吉良上野介や浮世絵師の歌川豊国、作家の林芙美子の墓がある。
が・・・このお寺・・・・
境内に幼稚園があって、寺の入口にはガードマンがいる。(笑)
子供たちの安全の為であろう・・・・
このガードマンに境内の立ち入りの許可をもらい、お墓の写真撮影の許可を求めたら、ダメだという。
幼稚園児を撮影したのでは不味かろうが・・・
墓地内の墓石はいいんじゃないかと思ったが、撮影禁止なのだそうだ。
誠に残念であるが、従わねばならない。
墓所内を散策して、各お墓を“見学”する。

今日もまた暑くてたまらん・・・・
帰り道、喫茶店に立ち寄り、軽くお茶を飲んで、東中野駅で“シミズくん”とはお別れ・・・・
いやぁ~結構充実した時間が過ごせた。
この東中野駅には年に2回、三笠宮殿下との会合で降りる・・・
その時にいつも立ち寄る喫茶店があるので、そこでお昼を食べ、上野に向かい戻る。

日記 | 10:39:57 | Comments(0)
産経新聞政治部秘史
産経新聞政治部秘史産経新聞政治部秘史
(2001/06)
楠田 實

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戦後日本政治史とジャーナリスト魂
志に燃えた集団

第1部 占領から独立へ
吉田~鳩山時代(1946~1956年)

第1部の関連年表

大スクープをめぐる秘話(久保田正明)
   締め切り後につかんだ特ダネ、吉田・鳩山会談
   造船疑獄大詰め、佐藤・池田逮捕報道
   吉田内閣総辞職で号外
   鳩山内閣の超目玉、一万田蔵相をスクープ
   空前絶後、パーフェクトの組閣予想
   日ソ交渉とダレス国務長官の脅し
   松本全権大使からの依頼
吉田と鳩山の素顔(野村忠夫)
   新聞記者嫌いの吉田首相への接近
   鳩山復帰への情熱、再起への執念
   大蔵省四谷時代の俊英たち
かくして、東京裁判は終わった(内藤 男)
   東条正眼と天皇証人喚問問題
   特ダネか、提灯記事か
講和条約と日米安保条約の発効前夜(正木 毅)
   講和の地ならし
   強気の吉田のまさかの行動
実現せずに終わった「緒方総理」(岩瀬 繁)
   吉田後継としての期待
   「巨星落つ」
秘密主義の吉田、開けっぴろげの鳩山(岩瀬 繁)
   命がけの追っかけ
   吉田不人気と鳩山ブーム
河野派担当を放棄した理由(楠田 實)

第2部 55年体制のころ
石橋~池田~佐藤時代(1956~1972年)

第2部の関連年表

1 保守合同の時代
三木武吉の執念(楠田 實)
   30年来の怨念を捨てた2人の政治家
   三木のジイさん、最後の遊説

2 石橋時代
岸・石橋の決戦前夜(吉村克己)
   2、3位連合で三木・池田の握手
   悲運の短命政権

3 岸時代
岸首相のお国入り(鈴木良夫)
   釈然としなかった「三悪追放」
   「次は栄作じゃのう」
安保条約改定前夜の真実(松平吉弘)
   例のない大スクープ
   「制限された集団的自衛権は合憲」
   記事にするなと懇願された事前協議
「安保」とは何だったのか(鈴木康允)
   「安保」の幕開け
   “オイコラ警察”と安保国民会議の国会突入
   社会党分裂、民社党結成
   「安保」と「三池」
   “アンポハンタイ”と“声なき声”
   ハガチー事件と樺美智子事件
   マッチ・ポンプのように思えた報道
   「三池」も終わった―逃した特ダネ
全学連、テロ、共産党―激動の渦中で(俵孝太郎)
   西尾末広との縁
   春日一幸の妾宅と金丸信
   西尾の社民批判、再統一論
   浅沼稲次郎、刺殺の瞬間
   死線を彷徨した河上丈太郎
   全学連のころ
   学生運動の前歴者
   共産党代議士への陣中見舞い
本気で純情だった河野一郎(松平吉弘)
口笛を吹く川島正次郎(新井 誠)
   大野伴睦の号泣
   「日本のフーシェ」

4 池田時代
産経独占の「三党公開演説・討論会」(林 建彦)
   浅沼刺殺事件で中止の公開討論会
   “外ヅラ”の江田、“内ヅラ”の山幸
   実現の陰に田中角栄
去るも地獄、残るも地獄―「三池」のリストラ(江本嘉幸)
   「死ぬ覚悟」のピケ
   政策転換闘争の結末
構造改革論を抹殺した「第20回社会党大会」(林 建彦)
   55年体制と社会党の岐路
   退けられた構造改革論
   前尾幹事長の江田書記長論
   劇薬に過ぎた江田ビジョン
社会党自滅の第一歩(鈴木良夫)
   「江田ビジョン」が敗れた日
   車中で密談、自社対決の舞台裏
国会解散で見せた前尾幹事長の良識(林 建彦)
   写真部記者が気づいた「池田はやせた」
   解散めぐり正反対報道の産経と朝日
   「前尾に一目おいている池田」との世評を実感
池田対佐藤の壮絶なる総裁選(林 建彦)
   池田を銀座の安キャバレーに誘う
   飛んだ実弾は10億円以上とも
   辛くも池田三選
調整役に徹した川島副総裁(小畑伸一)
   柔和な笑顔に参る
   岸に訣別し、川島派を結成
   田中角栄と川島
   オリンピック開会式で最後を飾る
   「池田は明日辞めるよ」
   差し止めになった池田辞任の特ダネ
   「せっかくの情報をなぜ書かないのか」
   吉田と川島、「トボケた爺さんはどっちだ」
藤山政権構想、潰える(新井 誠)
   家屋敷を売り払って戦った総裁選
   まさに諸葛孔明の“秋風五丈原”
オリンピック政変(山根卓二)
   幻の特ダネ「池田辞任」
   「間違ったら辞表を出せ」

5 佐藤時代
「忍耐と試練のはじまり」―日韓国交正常化(野美山薫)
   最初からきびしく対立した日韓農相会談
   20年ぶりの君が代
大詰めの日韓交渉―ソウルから報道の1年(林 建彦)
   歴史的声明に影響を与えた同行記者団
   韓国批准国会と若き李東元外相
   「日・韓61年目のつきあい」
弁明しない政治家、佐藤栄作(千田 恒)
生涯政治記者が佐藤首相にあてた一通の書簡(楠田 實)
沖縄返還報道の一断面(佐久間芳夫)
   日本の姿勢とアメリカの評価
   「『核抜き』の方向へ―日本の主張、実現強まる」
   愛知訪米を境に、積極姿勢へ
足して二で割る“伴睦流”で決まった沖縄返還日「(阿部 穆)
この国のかたち」を求めていた時代(村上圭三)
   「土地対策もあのときやっておいたら」
   連載企画「都市創造」
   『日本列島改造論』に警告
   本四連絡橋のその後
慎太郎“新党”一面をかざる―夕刊フジ創刊(山崎幸雄)
三木武夫、打ち首覚悟の造反(荻野明巳)
   毀誉褒貶にさらされた政治家
   佐藤・重宗体制に対する“果たし状”
   重宗の懇願を一蹴した三木の迫力
   喧嘩両成敗の動き
   三木と保利の激しい綱引き
   憲政史上初の革保連立議長の誕生
佐藤政権、後味の悪い幕切れ(山根卓二)
   “黒い霧”と「政治家」
   鹿内新体制と“改革”
   大学紛争と発刊1万号企画
   “角福戦争”がスタート

第3部 「三角大福中」のころ
田中~三木~福田時代(1972~1987年)

第3部の関連年表

1 田中時代
田中政権、つまずきの第一歩(山根卓二)
   “田中ブーム”の勢いにのって
   連載「革新自治体」誕生の舞台裏
日中国交正常化の取材てん末記(阿部 穆)
   「行けばなんとかなるさ」の田中、沈黙の大平
   「天皇陛下によろしく」と周恩来
日本が中東の「友好国」になった日(那部吉正)
   三木副総裁が特使に
   鯨岡メモで特ダネ
福田赳夫を陰で支えた「愛宕会」(佐沢利和)
   聴きしに勝る明るさ
   福田家の朝食
   人柄に惚れ込んだ労組幹部
   「これで日本は大丈夫だ」
「だまれ、男らしい新聞だ」―田中退陣報道と政治部長(阿部 穆)

2 三木時代
三木首相、戦後初の首脳会議へ―ランブイエ・サミット(阿部 穆)
「椎名裁定」の大舞台(岩瀬 繁)
   “神に祈る気持ち”で出した裁定
   三木に対する評価が変わった1本の電話
   舞台裏に産経OB
「椎名裁定」の回想(藤田義郎)

3 福田時代以降
大平首相の死から―政治部長時代の回想(阿部 穆)
   大平首相の死
   大韓航空機撃墜報道に朝日のいいがかり
   自民・新自クの連立を抜く
中曽根の才能(相川二元)
   公明党の衆院進出を促した記事
   「中曽根は冷たい」といわれる理由
   中曽根の英語力
   「永田町はせまいところ」と知る
   一貫している中曽根政治
付録 産経新聞社の沿革と回想録

1 数奇な生い立ち
草創期
   新聞統合、合併を経て誕生
   経営難に陥った世界日報
体制固めのとき
   政治部初代部長はだれか
   寄せ集めなるも、少数精鋭
   目まぐるしく変わった首脳陣     
取材の布陣
   野武士の集団といわれた時代
   合併前から“同じ釜のメシ”だった時事新報
草創期の政治部長を語る
   杉本時代
政治記者の哀歓
   つかみそこねた特ダネ
   車は使い放題
   安月給と国会手当
   「原稿より健康」
2 多様な援軍
時事新報と産経新聞の人脈(野村忠夫)
   拙速のそしりは承知で第1号発行
   給料は最低だが情熱では負けず
   「産経時事」となり新体制に
「産経時事」のころの悲喜劇(今井久夫)
   紙の割り当てと産経ビルをねらった前久さん
   二人のキャップ
   “西尾・平野の対立”を抜く
   半分の特ダネ
大阪新聞政経部の消滅前夜(大森 浩)
   よく売れた大阪新聞
   鮮やかに思い出す大麻唯男

3 追想の記
政治部初年兵の記者生活(西巻 昭)
   山本保と共に
   越中島(保安庁)のころ
大正世代は言論ハングリー(加藤嘉行)
東都知事の思い出(増田善郎)
   迷いに迷って秘書に
   「笑って答えず」
東西人事交流の第一陣(俵孝太郎)
蒋介石との記者会見(沖野 三)
人材確保、育成に努める(阿部 穆)
秘書の目から見た水野成夫(村上 宏)
“水野一座”のドサまわり(岩瀬 繁)



今年の読書:46冊目



読書 | 01:11:06 | Comments(0)
贈呈本が届く
写真家の“エナリさん”から宅急便が届く。
なんだろうと思ったら・・・贈呈本である。
正式にはなんというのだろう?
贈呈本?献本?
とにかく、自著をわざわざ送って下さったのである。

鬼哭の島鬼哭の島
(2011/07/07)
江成常夫

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本書は“エナリ”さんの戦跡の写真集・・・・
この写真に、生還者等へのインタビューの記事を付けて、本を出版したいと以前お話しをされていた。
その本が遂に完成したらしい。
この写真集に取り上げられている戦跡で、拙者が同行したのはパプアニューギニアのマダンとラバウルである。
当時の撮影旅行ではゴタゴタともめたが・・・
今では懐かしい思い出である。(笑)

マダンに残る百式重爆撃機の残骸の写真・・・・
ジャングルの中・・・・
一筋の日差しが差し込んでくるのを蚊の大群に襲われながら待ったのである。(笑)
別に日差しが差し込んで来なくてもいいんじゃないの?(笑)
さっさと写真を撮って・・・と思いながら・・・滅茶苦茶、蚊に刺されたことが思い出される。
まぁ・・・待ったかいがあったというか・・・なんというか・・・
いい写真が撮れてはいるが、現地に行った人だけが分かる苦労である。
普通の人がこの写真を見ても、別にどうとも思わないだろう。(笑)
機体の残骸に日差しが一筋差し込んでいようといまいと・・・
これが写真家の“こだわり”なんだろうねぇ~(笑)

ラバウルでは、花吹山の火山の写真が・・・・
あの時は・・・相当言い争ったものである。(大笑)
ラバウルと言えば花吹山の火山がシンボルである。
ちょうど轟音を立てて噴火をしていた。
この写真を撮らねば・・・と御案内したが・・・・
「俺は火山の写真を撮りに来たんじゃない!」と怒る。
「花吹山の火山をバックに撮らなけりゃ、ラバウルの意味がないでしょ!」とプロの写真家を相手に構図まで指示しちゃって、大いにモメた!(大笑)
懐かしい思い出である。
終始、先生は面白くない顔をしていたが・・・
ムフフ・・・結局、火山の噴火の写真を使ったじゃない?(大笑)

それにしても、この写真集・・・
分厚く立派な本である。
この本をタダで贈ってもらっちゃった。
なんだか申し訳ないなぁ~
感謝、感謝である。

続いて、別便で封書も届いた。
今回のこの写真集に合わせてなのか、写真展の開催の御案内である。
これは見に行かねばなるまい。(笑)

日記 | 11:29:43 | Comments(0)
資源ごみ回収日
今日は、資源ごみの回収日である。
で・・・今回の当番は、我が家と地主さんの家・・・
いつものコンビ・・・
で・・・いつものように親父はこの役目から逃げた。(笑)
親父と仲のよくない地主さんも、前回、前々回と、この役目を避けたので、いつも拙者が一人で当番を受け持っていた。
が・・・・
さすがに、毎回はマズイと思ったのだろう・・・(笑)
息子を出してきた。(笑)

というわけで・・・今回は、拙者と地主の息子の2人で当番を受け持つ。
ついにジジイらから“優秀なる”(笑)息子たちに代が変わったのである。(大笑)

彼と会話を交わすのは初めてであるが、おしゃべりしながら楽しく当番を務めることができた。
まぁ~一人より二人の方が楽しいに決まっている。
どうせやるなら、楽しくやらねば・・・ねぇ~(笑)
あっと言う間に、当番の時間も過ぎ・・・解散!
無事、任務完了!

日記 | 11:06:52 | Comments(0)
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