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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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突然、史跡巡り
午後、突然、水戸藩士の“シミズくん”とドライブに出かけることになる。(笑)
行き先は・・・・那珂湊・・・・
以前にも行っているのだが、もう一度、反射炉を見たいという。
ということで・・・彼の車で出掛ける。

那珂湊反射炉でしばし思索にふける“シミズくん”・・・・・
拙者はタバコをプカリ、プカリ・・・・(笑)
前回はここに車でやって来て、そのまま車で帰ってしまった。
今回は、車を駐車場に置いたまま少し周辺を歩き回ることにする。
で・・・近くの川に向かう・・・
反射炉の燃料である石炭は舟を使って近くの港まで持って来たのではなかろうか?
河畔になにか史跡は残っていないものか・・・
と・・・途中で小さな神社を見つけたので立ち寄ってみる。
その時、近所の“おじさん”が現れた。
挨拶をして、ちょっと雑談・・・のはずが、少々長話となる。(笑)
この“おじさん”は、この神社のお掃除をしたりして、この神社をお守りしているそうなのだ。
戦後、東京からこの地に移り住んだところから話が始まるから・・・話が長い・・・(笑)
しかし、楽しいおしゃべりが出来た。
“旅”の楽しいのは、こういう思わぬ人との出会いとおしゃべりである。

あの“おじさん”は拙者にばかり話をしていた・・・と“シミズくん”が笑う。
ん?
拙者が郷土史研究家か学校の先生か・・・それとも教育委員会の人間にでも見えたのか?(笑)
知識量では“シミズくん”の方が拙者より数百倍、上なのだが・・・
やっぱり、拙者の貫禄?・・・ん?・・・何かオーラでも出ていた?(大笑)

神社の“おじさん”と別れて、河畔に来たが、これといって史跡らしきものはなかった。
が・・・“おじさん”のお話では、ここには、その昔・・・小さな漁港があったそうである。
今では全く痕跡がないが・・・・
反射炉の下まで真っすぐに伸びる漁港のメインストリートだけは、残っていた。
ということは・・・江戸時代にもここに港があっておかしくはない。
それが延々と続いて、漁港となり、そして戦後、消滅したのではなかろうか?
勝手に想像して楽しむ。(笑)

続いて向かったのが華蔵院(けぞういん)という名のお寺。
歴史のあるお寺らしいのだが・・・・
え~と・・・何で有名だったんだっけ?
“シミズくん”から話を聞いたんだけど・・・・忘れた!(笑)
猫?・・・そう、猫・・・
瓦の上に猫の置物が乗っていたぞ・・・
化け猫じゃなくて・・・何か猫に関する逸話がある寺だ・・・(笑)

DSCF2844_convert_20110729220235.jpg

墓所の中を、ちょっと覗いてみる。
と・・・・“シミズくん”がわけのわからんことを言う。
「飛行服を着た銅像がある」とか何とか・・・・
何を言っているのか・・・飛行服?・・・パイロット?・・・なに?・・・・それ・・・
お墓に飛行服とは????
彼が示す方向を見ても拙者には何も見えないのだが・・・
何を見ちゃったの?・・・お墓で・・・・
ゾッとする・・・・
近くまで案内されてようやく気がついた!
確かに・・・飛行服を着た銅像である・・・・というか、大きなレリーフ・・・・

DSCF2848_convert_20110729221112.jpg

これは、神鷲特別攻撃隊の横山善次大尉のお墓・・・・
御遺族が墓石の脇に彼の面影を偲ぶためか、大きなレリーフを建てたのであろう。
側碑によれば、彼は神鷲第201特別攻撃隊隊員として、昭和20年8月13日、二式複座戦闘機「屠龍」により、鹿島灘沖の敵艦隊に特攻したらしい。
あと2日で終戦というタイミングで・・・・
ご遺族の思いはいかばかりか・・・・

あとで調べてみたら・・・・
第201神鷲特攻隊は鉾田陸軍飛行学校で編成された特攻隊らしい。
編制人数は、小川中尉、横山少尉、藤田伍長のたった3名。
「屠龍」で出撃したのであれば、この機は複座なのに3名とは不思議だが・・・
操縦者だけが乗って3機出撃したのか、それとも2機のうちの1機だけが操縦者だけだったのか、詳細不明である。
横山少尉は特攻戦死のため2階級特進して大尉となったのだろう。
出撃地は鉾田か、もしくは水戸陸軍飛行場かと思ったが、栃木県の黒磯という記述がネットに載っていた。
が・・・これも確証はない。
(必ずしもネットに載っている記述が正しいとは限らない・・・笑)

それにしても、“シミズくん”はよく気がついたものだと感心した。
拙者一人だったら、絶対気が付かなかっただろう。
こういう時は、一人ではなく何人かで史跡巡りをすると、自分が気が付かなかったり見逃したものなどを見つけてくれる場合があるので便利である。(笑)

続いて向かったのは・・・「い賓閣跡」・・・現在は「湊公園」・・・・
この「い賓閣」というのは、徳川光圀の命令で建てられた水戸藩の別邸である。
が・・・今は何もない・・・・
石碑と松の木のみ・・・・

DSCF2859_convert_20110729231758.jpg

この公園に、誰やらの銅像が建っていた・・・
が・・・なんという人なのか・・・名前が読めない・・・(笑)
“立派な字”で書かれるのも迷惑である。
どうも地方議員らしいのだが・・・
で・・・碑文・・・・これまた判読が難しい・・・・
周囲の植え込みの中に埋もれてしまっている。
こういう場合は、別に説明板でも設置してもらいたいものである。

DSCF2864_convert_20110729232731.jpg

さらに、公園の隅っこに、与謝野晶子と小川いと子の碑を見つけた。
与謝野晶子は知っているが・・・小川いと子って誰?
“シミズくん”に尋ねたら『海門橋』という小説を書いた作家だという。
へぇ~そうなんだぁ~
「歩く百科事典」と一緒だと便利である。(笑)

DSCF2874_convert_20110729234613.jpg

さすがに喉が渇いて来たぞ・・・・・
帰宅途中で喫茶店に立ち寄り、コーヒーを飲んで一服・・・・

充実した一日が過ごせた・・・・
感謝、感謝・・・・

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日記 | 20:33:05 | Comments(0)