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Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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高速バスのチケットを購入
上京する時はいつもJRの特急を利用するのだが・・・
まだ鉄道は復旧していない・・・・
駅へ行っても静かなものである。(笑)
電車が走っていないのなら、線路を歩いてみたいのだが・・・
それをやったら捕まるだろうな。(笑)
でも、こういう時じゃないと線路の上を歩くなんて出来ないんだよなぁ~
・・・などと、馬鹿なことを考えたりする。

で・・・明後日、愛知県に行かねばならないのだが・・・・
かろうじて高速バスが東京まで運航しているようなので、これを使うことにする。
高速バスなんか何十年ぶりに乗るのだろうか?(大笑)
開通した当初に1回だけ乗った事があるだけ・・・
人生2度目の乗車となる。

で・・・乗り方だが・・・知らない!(大笑)
多分、全席予約席だったのではあるまいか?
ネットで運行状況と空席状況、切符の買い方を調べ、駅前のバス会社の営業所まで歩いて行き乗車券を購入することにした。
が・・・この営業所の女の子が、愛想が悪いったらありゃしない。
ぶっきらぼうを超えて横柄な態度・・・・
「初めて利用するのでよく知らないのですが・・・」と前置きをしているにもかかわらず、その不親切さには腹が立つ。
別の交通手段があれば、仮に倍のカネを出してもバスを辞めて他の手段にしたいところである。
このバス会社のバスでしか東京に行けないのだから、これを利用するしかない。
「どうしても乗せて欲しいって言うんなら切符を売ってやってもいいですけど」と言わんばかりのこの態度・・・
相手が女性だろうと胸ぐら掴んで怒鳴りつけたい気分である!(怒)

はらわたが煮えくりかえるような思いで乗車券を購入する。

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日記 | 22:01:37 | Comments(0)
郵便局に行く
今日は震災後初めて郵便局に行く。
4月3日に愛知県の三ヶ根で例大祭が開催される。
これに合わせて、我が戦車第二師団の慰霊祭と総会を三ヶ根で開催するので、事務局長として経費を用意しなくてはならない。
というわけで・・・郵便局にお金をおろしに行く。

で・・・いつものように、郵便局の女の子と馬鹿話・・・・(笑)
「震災直後に泥棒に入れば金庫からお金を盗めたかなぁ~と思っているんだけど、防犯カメラに写ってバレちゃうから捕まっちゃったよね?」
「え?あの日は・・・停電したので防犯カメラも使い物にならなかったですよ。大丈夫だったんじゃないですか?」
「え!ということは・・・盗みに入ってもバレなかった?」
「・・・かもしれません。多分・・・」
「あ~!気がつくのが遅かった!やればよかったぁ~失敗したぁ~」
「そんな・・・」
「今度もう一度、大きな地震が来たら泥棒に入ることにするわ~」
「今度はそういうわけにはいきませんよ。(笑)」
「あっ!うっかり計画を先にバラしちゃった!」
「アハハ・・・」
「あ、これ、冗談だからね。本当に泥棒に入られた時に、そういえばそういうことを言っていた人がいましたなんて警察に言わないでよ!」
局長もさすがに呆れていた・・・・(大笑)
馬鹿である・・・・

帰りにコンビニに行って、総会の配布資料を人数分コピーする。
これで、総会の準備は完了である。

今日も大きな余震が来る・・・・

日記 | 12:03:45 | Comments(0)
ガソリン満タン!
瓦礫の撤去後、11時から“キタミさん”のところへ歯の治療に行く。
昨日お父さんが亡くなったばかりなので、休みではないかと思って電話をしたらやっているという。
“キタミさん”が言うには・・・・
この震災でかなり治療が遅れているのに、更に「喪中」だなんて言って休んだら、治療が中途の患者さんに申し訳ないという。
“キタミさん”らしい・・・・
お父さんの葬儀に関しては、この交通網がマヒしている中で、しかも何かとゴタゴタしているこの時期に告別式をしたのでは皆さんに申し訳ないので、来月ぐらいまで延期する予定だという。

治療後、近くのカフェに行ってコーヒーを飲んで一服・・・
店内は結構混んでいて両隣りは“オバチャン”
震災という経験をすると人間が変わるのだろうか?
普段は、絶対見知らぬ人などとは口も聞かなければ会釈もしないだろうという人が饒舌になる。
右隣の“オバチャン”が震災の被害の話を拙者に話し始めたら、今度は、左隣の“オバチャン”が拙者に話しかけてくる。(笑)
見ず知らずの人なんだけど・・・・(笑)
結局、3人であ~でもねぇ、こ~でもねぇと話が弾む。(大笑)
拙者はよく旅先で見知らぬ人と会話をすることが多いので平気だが・・・
普段ではあり得ないよなぁ~これ・・・と思う。(笑)

帰宅前に我が車のガソリンの残量が気になった。
東京脱出のため温存して、歯医者さんに行くときだけ使っていたが・・・・残量が半分となった。
拙者はいつも残量が半分になったら給油することにしているのである。
で・・・いつも利用しているガソリンスタンドに行ってみる。
いつもは長蛇の列なのに、なぜか列が出来ていない・・・
今日は休みか?
しかし、従業員の姿があるので、試しに入ってみる。
「いらっしゃいませ!」と言うのだから、営業しているようだ。(笑)
「え~と・・・ガソリン満タンね!それと、洗車と車内の清掃と、エンジンオイルの点検と、タイヤの空気圧の点検と・・・」
「勘弁して下さいよぉ~それどころじゃないんですから・・・」
「へぇ?ダメ?」
「もうクタクタなんですよぉ~」
「・・・だよね~冗談だよ~!」(大笑)
で・・・従業員の話では機械が壊れてしまい、満タンになっても自動的に給油が止まらないという。
「何リットル入れればいいでしょうか?」と聞いて来た。
そう言われてもねぇ~・・・・この車・・・何リットル入るんだろ?(笑)
いつも6千円から7千円ぐらいだから・・・その位を目安に・・・・
適当に満タンかなぁ~というところで止めてくれればいい・・・ということにした。(大笑)
なにもそう几帳面にならずともいいだろう。
事務所の中で缶コーヒーを飲んで時間つぶし・・・
「満タン入りましたぁ~」の声で外に出てみたら・・・・
なんと!長蛇の列!!
なにこれ・・・
なんと拙者は運がいいのやら。(大笑)
グッドタイミングで給油をしたらしい。

日記 | 10:59:44 | Comments(0)
ブロック塀の撤去
早朝、“ウメちゃん”の親方たちがブロック塀の撤去に来る。
昨日も瓦礫の山を撤去したが、かろうじて立っているブロック塀はグラグラ状態。
このままでは余震で崩れる可能性がある。
というわけで・・・生き残った(笑)塀も壊して撤去することにした。
で・・・今日は拙者も手伝う。(笑)

「今日は、仕事するんですか?スーツじゃないんですか?」と“ヤスさん”
「今日はやるよ!俺も今日は作業をするからね!」
「へぇ~やるんだぁ~」
「そう、だって2日間もヤスさんがボランティアでやってくれるのに、申し訳ないじゃない?少しは手伝わないとねぇ~」
「またぁ~ボランティアじゃないって!カネくださいよぉ~」
「またまた冗談がうまいなぁ~、わかってるって、君は心優しいからタダでやってくれてるんだよね?」
「タダ?タダじゃないっすよ!タダじゃないっす!」

またまた今日も冗談を言いながら撤去作業。
だいたい、黙々とやる・・・というのは気分が滅入るんだよねぇ~
冗談言いながらワイワイやったほうがこういう仕事は捗るような気がするんですけど・・・・
あっという間にダンプカー1台が瓦礫で満杯・・・・
廃棄場を2往復して・・・撤去完了!
思ったより早く作業が終わった。
それにしても、親方たちには感謝、感謝である。


日記 | 10:36:40 | Comments(0)
自殺した?
夜、“カメイさん”から電話・・・・
この人が拙者に電話してくるというのは1年に1度あるかどうか・・・という付き合いなのだが・・・
かなり落ち込んだ声なので何事かと思ったら・・・
この間、一緒にマニラに行った時、現地人陳情団のリーダー格だった“サイくん”が自殺したという。
マニラで、フィリピン政府機関、日本大使館に「盗骨事件」について、これを引き起こす原因となっている日本のNPO法人の遺骨収集の方法に対する陳情を一緒にしたのだが・・・
村に帰った後、そこの村長に「殺してやる」と脅されたらしい。
日本兵の遺骨収集に協力するということで、その村長には日本のNPO法人からかなりの額の“手数料”が渡されているという。
そこで、一生懸命日本兵の遺骨を探すというなら問題はないのだが、そこはフィリピン人のやることである。
安易に他人の墓を掘って先祖の骨を盗み、「日本兵の骨」として提出、その手間賃を日本のNPO法人から受け取るという“事件”が頻発した。
村長にはノルマが課せられていたという噂も聞いている。
そこで、先祖の骨を盗まれた被害者を代表して、彼ら青年たちが我々日本側と合同で陳情を行なったのだが・・・
そういう“余計な”ことをされたのでは村長に“手数料”が入らなくなるので村長が脅したのだろう。
マニラの新聞社の取材に対し村長は「あれは冗談だった」と言ったらしい。
冗談で済む話じゃない!(怒)
フィリピンで「殺す」と言われたら「殺される」というのは十分あり得ることである。
それも地元の権力者に言われたのでは、殺されるのは時間の問題と思うだろう。
それから彼はノイローゼとなり、まもなく自らの命を断ってしまった。
2歳の幼い子供がいるというのに・・・・
日本のNPOも罪なことをしてくれたものである。
ついに盗骨だけでは済まず自殺者まで出てしまったのだから・・・・

“サイくん”は真面目な好青年だった。
“カメイさん”とは15年ぐらいの付き合いだというが、拙者は初対面だった。
緊張で顔をこわばらせながら「うちの村にも是非遊びに来て下さい」と言われ、「遠いから嫌だよ~(笑)」とからかったら、初めて笑顔を見せた・・・
真面目ないい男だった。
彼が死んでしまったから言うわけではないが・・・
真面目だから脅迫に耐えられなかったのだろう。
彼の死を語る“カメイさん”の声は震えていた。
「許せない・・・・」
彼が何を思っているのかは察しがついた。
「絶対早まった真似はしないでください!何かの時は私も同行しますから!いつでもフィリピンに行く準備はしておきますから・・・」と伝える。
“返り討ち”に遭ったのではたまったものではない。
及ばずながら「ボディーガード」として拙者も同行する覚悟はできている。

あ~ショックである。
あの好青年が自殺したとは・・・・
「君の村には行かないよ」なんて冗談を言わなきゃよかったか・・・とも思う。
機会があったら、現地の村を訪問して墓参りをしてやらねば・・・・

偶然にも、マニラでは“サイくん”の写真を何枚も撮っていた。
無意識のうちに・・・であるが・・・・
その写真は既に“カメイさん”に彼に渡してくれるように送ってある。
亡くなる約1ヶ月弱前の“最後の姿”ということになる。
その写真を拡大して「遺影」として彼の奥さんに渡すつもりだと“カメイさん”が言う。
写真を撮っておいてよかったと思うが・・・
こんな形で渡すことになろうとは・・・
ツライなぁ~

“サイくん”のご冥福を遠い日本から祈る。

日記 | 16:36:16 | Comments(0)
ボランティア?
理事会から戻ってきたら、“ウメちゃん”のところの棟梁と若い衆が来て、我が家の工場側の崩壊したブロック塀の撤去作業をしていた。
本来は土建屋の“ウオちゃん”がやるはずだったらしいが、公共事業の方が忙しくなってしまい、“ウメちゃん”に代わりを頼んだらしい。(笑)

で・・・この若い衆の中に、少し“頭が足りない”(笑)“ヤスさん”という男がいる。
“頭は足りない”が気持ちはすこぶるいい男で、よく拙者はからかって遊んでいる。
「おお!ご苦労様!」
「“ヤスさん”!ボランティア、御苦労さんだね~」
「え?ボランティアぁ~?なに・・・それ?」
「え?ボランティアはボランティア・・・タダ働きってこと」
「なによそれ~カネくれよぉ~もらうかんね!カネ!」
「え?“ウメちゃん”が親方と若い衆にはカネを払ってもらいたいけど、“ヤスさん”はタダでいいよって言ってたよ」
「うそ~!ちくしょう!そう言うんなら、この瓦礫、1年ぐらいこのままにしちゃうからね!」
「まぁ、ボランティア頑張ってよ!」
「で・・・何?その格好・・・」
「何って何よ・・・会議に行っていたんだけど・・・」
「ネクタイ締めてさぁ~、その格好で作業できると思っているの?スーツでやるの?」
「え?何で俺が作業しなくちゃならないの?」
「自分の家でしょ?」
「おい、おい・・・自分でも作業して、さらに“ヤスさん”にもお金払わなくちゃならないの?」
「当然でしょ!」
「どこが当然なの・・・まぁ、ボランティアの人にはキツイこと言えないよね。ボランティアで来てもらったんだからさぁ~。ごめんね“ヤスさん”、タダ働きご苦労様!」
「うそだぁ~カネ!カネくれよぉ~」
ワイワイ冗談を言いながらスーツ姿で「現場監督」をする。(大笑)

と・・・親方から“キタミさん”のお父さんが亡くなったという話を聞く。
午前中、“キタミさん”の家の瓦礫の撤去中に病院から息を引き取ったという連絡があったそうだ。
いやはや、これは大変だ・・・・

日記 | 15:19:42 | Comments(0)
爆弾発言?
昼から法人会の理事会・・・・
この震災で、いつもの会場であるホテルは使用できないということで、商工会議所会館の会議室を使うことになったという。
こちらは、天井のパネルが落ちたりしたらしいが、使用には問題ないらしい。
昼食は仕出し弁当・・・・
まだ物流が完全に復旧していない中、弁当を作るというのも大変な苦労だっただろう。
業者さん、ご苦労様である。
いつもとは違った気分でありがたく頂く。

DSCF2729_convert_20110629141955.jpg

今回の理事会は今度の総会にあがる議題の審議である。
が・・・いつもとは内容が少し違う。
今度、「社団法人」から「公益法人」への移行手続きの議案が含まれているので盛りだくさんである。
「公益法人」に変えるというのは、実はいろいろと問題があるのだが・・・
理事会はいつも通り、何の質問も何の意見も出ない。
いくらなんでも、これでは問題だろう。
で・・・拙者が質問の手を挙げた。
が・・・事務局の回答がなんともわかりづらい。
これでは「わかりました」と引っ込むわけにはいかない。
重苦しい沈黙・・・・
と・・・“ケムちゃん”が拙者を“掩護射撃”するため手を挙げた。
が・・・この質問で、更に会議が紛糾してしまい、収拾がつかない。
“火付け役”は拙者である・・・・(笑)
回答する側がシドロモドロになってしまったのでは収拾がつかない。
結局、今回の理事会では結論がつかず、次回、理事会を改めて開いて審議し直すということになる。

通常は、昼食を食べて、事務局の読み上げる議案を聴いて、何の質問も意見もせず、数秒後には拍手で承認。
いわゆる“シャンシャン”の会議なのである。
これが“常識”となっている中、手を挙げて質問したのだから拙者が周りから白い目で見られたのは当然かもしれない。
が・・・こんなことでいいのか?
全員が会社の経営者なのである。
つまり、大きくても小さくても、一城の主であり、リーダーである。
その人たちが集まって議案を見ても、何も疑問に思わない、質問もしない、意見も言わないとはどういうことか?
明らかにおかしいと思うものには質問や意見を言うのは当然ではないか?
わからん・・・・

拙者は実質、廃業している。
この理事会の“お偉いさん”の中には、拙者の会社の「お得意様」だった方もいる。
しかし、今はもう取引はないから・・・遠慮する必要はない。(大笑)

会議後、婦人部会の“おば様”たちから「あの質問はよかったわよ。当然よね。あれはおかしいわ」と言われる。
「それじゃ、一緒に意見を言ってくれればよかったのに・・・」と言ったら、「私は“女”だから・・」と言われてしまった。
おい、おい、いざとなったら“女”を持ち出すのかい!(笑)
その気持ち、わからんでもないが・・・困ったものである。

何も考えず安易に何でもかんでも承認してしまうと、結局あとで自分の首を絞めることになると思うのだが・・・
拙者は理事会の“テロリスト”になってしまったようである。
ちょっと悲しい・・・・

日記 | 14:28:46 | Comments(0)
伯父ちゃんは偉いんだぞぉ~
妹から“救援物資”の第二便が届く。
どうも子供たちに自分たちで“おじいちゃん”たちが何を必要としているかを考えさせて、自分たちで用意させて送らせたらしい。
なかなか正しいやり方である。
そうやって今回の災害を通して子供たちに考えさせるというのは、まさしく「生きた教育」である。
が・・・・
箱の中身は・・・
殆どが・・・・お菓子!(大笑)
子供たちらしい“救援物資”である・・・・
と・・・親父が真っ先に、お菓子に飛びついた!
孫たちはよく“おじいちゃん”のことを知っている・・・・(笑)

救援物資を送ってくれた姪っ子に電話する。
で・・・
「伯父ちゃんは町内会会長になったんだぞ~!」と威張ったら・・・・(笑)
「すごい!おめでとう!」と姪っ子は大喜び。
「おじちゃんはすごいねぇ~おじちゃんが会長さんになれば安心だねぇ~」とヨイショする。
まんざら悪い気はしないものである。(笑)
まぁ、誰もやる人がいないから受けただけの事なんだけど・・・・(大笑)

水戸藩士の“シミズくん”宅を訪問。
その後、一緒に夕食を食べに出かける。
「町内会の会長になったんだ」と話したら・・・・
「独身でもなれるんですか?」と突っ込まれる。
「ん?独身者ではマズイのか?」
「奥さんがいないと何かと大変でしょう?大丈夫ですかね?」と言う。
なんと・・・失礼な・・・・(大笑)
嫁の手などを借りなければ会長が務まらないとは失礼な話である!
君のように嫁さんの尻に敷かれたくないから独身を通しておるのだ!(大笑)
で・・・・
その“シミズくん”の奥さんの実家で作ったお米を頂く。
いやぁ~奥様・・・ありがとうございます!!
と・・・一瞬にして手のひらを返す・・・(大笑)
町内会会長なんて、所詮、そんなものである。(笑)
またもや“シミズくん”の奥様に感謝!感謝!である。

日記 | 13:52:54 | Comments(0)
俺は町内会会長だぞ!
さて、総会も終わり、午後・・・暇なので床屋さんにいくことにする。
ここの息子・・・
拙者の「教え子」である。
拙者が大学4年の時に教育実習で教えた子である。
・・・にもかかわらず、拙者を“先生”とは呼ばないのである。(笑)

ならば・・・ということで遊び半分、髪の毛を切りに行く。
この床屋さんも同じ町内会で、同じ区・・・お父さんは町内会の大先輩である。
今日の総会で、町内会の会長に就任したことを伝える。
「いやぁ~そう、御苦労さんだねぇ~」とお父さん。
一緒に仕事をしている息子をつかまえて・・・・
「お~い、これからは俺が店に来たら、町内会長様いらっしゃいませ・・・って言うんだぞ!」
「え?町内会長様?」
「おお!俺は今日から1年間、町内会長だからな!偉いんだから・・・会長様と呼べよ」
「はぁ~い、会長さま~」
「あっ!馬鹿にしてる!」
店内は大爆笑・・・・・

お店の“おばちゃん”に久し振りに会う。
何年振りだろうか・・・
息子夫婦に仕事を引き継いでから全然お店の中でお会いする機会がなかった。
そのおばちゃんが「先日、あなたのお母さんが夢に出て来たわよ」と言う。
「今まで夢に出て来たことなんか一度もないのに・・・初めて夢に出てきたの」と言う。
「地震のせいですかねぇ~」
「お母さんはニコニコ笑っていたのよ」
「あれ?怒ってたんじゃなくて?」
「ニコニコ笑ってたわよ」
おかしい・・・
地震の時に、この“親孝行息子”は母の位牌を置き去りに真っ先に家を飛び出したのである。(笑)
怒っているだろうなぁ~と思っていたのだが・・・
「あなたが元気でいるので喜んでいたんじゃないの?」と“おばちゃん”は言う。
「う~ん、何か伝えようとしても、この馬鹿息子が全然気がつかないので“おばちゃん”の夢枕にたったんですかねぇ~」と言ったら・・・
「そうだ、そうだ、そうに違いない」と床屋の息子・・・・
またもや店内は爆笑・・・・

ちくしょう・・・からかうつもりで来たのに逆にからかわれてしまった・・・・(涙)

日記 | 14:57:50 | Comments(0)
町内会の会長になる
今日は町内会の総会・・・・
町内会の会員として親父の名前が登録されているが、当然のことではあるが、親父は行かない。(笑)
母が生きていた時は母が代理で町内会の役を受けていた。
で・・・今度は拙者が代理ということになる。
親父は長年住んでいても、この調子である。
地域コミュニティーには何の貢献もしない。

町内会の総会といっても、町内会の会員が全員集まるわけではないのだそうだ。
(それでは総会ではないのでは?・・・と思うのだが・・・)
我が町内会は4つの区に分かれている。
毎年、各区から2名の「自治委員」が持ち回りで選ばれる。
この「自治委員」だけが集まるのだそうだ。
いつからそういう形態になったのかは知らない。(笑)
「全員集まっても仕方がない」と、どこかの誰かがそう言ったので、こういう形になったのだろう。

拙者の住んでいる区の来年度の「自治委員」は拙者の親父と“ヒルタさん”の2名。
で・・・拙者は親父の代理で出席したが・・・町内の人は顔も名前も知らない。(大笑)
が・・・“有名人”の拙者の事は、みなさん御存じの様で・・・声をかけられる。
こっちは知らないが、向こうは知っている・・・というのは不便である。
“有名人”とは不便なものである。(笑)

で・・・本年度の決算の報告と、次年度役員の選出。
4区、8名の中から会長、副会長、会計の3名の役員を選出する。
役員は基本的には1年任期だそうだ。
で・・・これが、なかなか決まらない。(笑)
なぜか、副会長と会計はすんなり決まったのだが、会長が決まらない。
「あなたがやってくれませんか?」とみんなから言われ・・・・(笑)
「町内会会長って何をすればいいんでしょ?」
「別に何もないですよ」
「じゃぁ、いいですよ。私がやりましょう」・・・で、簡単に決まった。
で・・・決まった後に、みんなから「大役ご苦労様です」「大変ですねぇ~頑張ってください」と声をかけられる。
あれ?・・・何もしなくていいんじゃなかったの?(大笑)

今回の震災では、町内会は全く組織的な動きをしていなかった。
よし!今度もう一度地震が来た時には・・・町内会会長のこの俺が・・・などと内心意気込む。(大笑)

帰宅後、親父に報告・・・・
「総会どうだった?」
「おお、来年度の会長はうちに決まったから」
「うち?うちって?」
「え~僕はお父さんの代理で行ったわけですが・・・え~お父さんが今度の町内会長になりました!」
「なに!会長!!」
親父の顔が引きつった。(大笑)
「え~と・・・満場一致でお父さんが会長ということになりましたよぉ~」
親父は顔面蒼白である。(大笑)
まぁ、親父をいじめるのはこのくらいにしておこう。
「大丈夫だよ、会長になったのは俺・・・」
「おお、そうか、それならいい・・・」と親父の顔に笑顔が戻った。
なんという親父か・・・自分じゃなければ誰でもいいんだ・・・(笑)

日記 | 12:13:20 | Comments(0)
宅急便が届く
東京に住んでいる妹から宅急便が届く。
ようやく宅配便が「動く」ようになったのである。

今まで、全国各地から、お電話やメールで「救援物資」のお申し出を頂いていた。
本当にありがたいお申し出である。
感謝、感謝・・・・である。
が・・・全てお断りした。
決して「世話になりたくない」ということではない。
拙者としては、この不便な生活を、もう少し楽しみたいのである。(笑)
こういうことは、なかなか経験できないものである。
自分から進んで不便な生活をしたいとは思わないが・・・(大笑)
降って湧いて来たような、この「不便」・・・・
折角の機会である・・・楽しまねばもったいない!

そういうことでお断りしたのだが・・・
別の見方をすれば、折角の「御親切」を拒否するんだから、こんな失礼な話はないかもしれない。
ここは素直にお申し出を受けておくべきだったか・・・
実は少々悩んでいる。

妹の場合・・・
彼女の友人たちからは「実家の方はどうなの?」と散々心配されているという。
拙者が「サバイバルごっこ」を楽しんでいるのは知っている。
また、拙者の事は心配していないそうだ・・・・(笑)
問題は、親父・・・・
「兄に任せていますから」では、友人たちが納得しないらしい。
なんと冷たい娘なのか・・・という目で見られてしまうから・・・ということらしい。
で・・・「救援物資」が送られてきた。(笑)
まぁ、これは仕方がないよなぁ~身内だし・・・・

「救援物資」を送られてきたのはいいが・・・
急に生活が“豪華”になってしまった!(笑)
普段の食生活よりよくなってしまったのである。
今までの我が家の食生活はどんなものだったのか・・・と思われてしまうが・・・
こりゃ、贅沢だ・・・(笑)

拙者が海外へ行く時には、親父には缶詰やインスタントラーメン、レトルト食品を買いこんで置いて行く。
で・・・食べきれなかった分は、帰国後、親父と拙者で食べる。
で・・・まもなく、また拙者は海外へ・・・・
また、缶詰とインスタント食品とレトルト食品を買い込む。
この繰り返し・・・・
つまり・・・我々父子は普段から「非常食」「救援物資」を食べているのである!(大笑)

送る側からすると・・・・
取りあえずの“粗末”な「救援物資」のつもりなのであろうが・・・
拙者からすると・・・普段と変わらないのである。(笑)
普段食べている物とは違うメーカーのもの・・・というだけで急に“豪華”になってしまうのである。(笑)

この話をしたら、妹に呆れられた・・・・(大笑)

日記 | 21:15:49 | Comments(0)
今度は水道水!
今度は、水道水から乳児の摂取基準値を超える放射性ヨウ素が検出されたという。
我が日立市でも・・・・
これまた大騒ぎである。
乳児がいない人たちまでが大騒ぎでミネラルウォーターを買いに走るんだから、日本人はどこまで愚かな国民になり下がってしまったのやら・・・である。

日立市の場合は乳児基準値の約3倍である298ベクトルが浄水場で検出された。
国では大人のヨウ素の摂取基準は300ベクトルとしているから、数字の誤差を加味すると、ちょっとギリギリかな?・・・ちょっとヤバイかな?・・・である。
基準値より2ベクトル低いから大丈夫・・・という考えのようだが、測定誤差というのは加味していないのだろうか?
こういうところが数字至上主義の恐いところである。

乳児の場合は基準値が100ベクトルなので完全にアウトである。
飲ませないに越したことはない。

県の話では、「仮に300ベクトルの水を1リットル飲んだとして、人体への影響は胃のレントゲン1回の約86分の1である」と言っている。
「人体への影響」というのが、いったいどういう影響なのか、具体的なことを教えてくれないのが困ったところであるが・・・
仮に「下痢します」・・・程度のことを「影響」というのなら問題はないでしょ?(笑)
こういうことへの「説明不足」が混乱を招くんだから、これまた「人災」である。

さて・・・県の話を信じると・・・
この訳のわからない「人体への影響」は300ベクトルに汚染された水、86リットルを飲んだら出るということになるよね?
86リットルと言ったら・・・結構な量である。

この検出されたヨウ素はヨウ素131というもので、半減期は8日だという。
数か月で完全に崩壊するという。
(数ヶ月は1ヶ月なのか6ヶ月なのかわからない・・・かなりいい加減な話であるが・・・)(笑)

半減するまでの8日間に86リットルも飲むだろうか?(笑)
1日、約10リットルである・・・・
普通の水でも、1日に10リットルもがぶ飲みしたら、人体に影響が出ると思うんですけど・・・
下痢とか・・・(大笑)

大人は気にしなくてもいいんじゃないか?
大人は買い控えして、乳幼児にはミネラルウォーターを廻してやるべきではないか?

だいたい、検出したのは浄水場なんだよね?
浄水場から我が家の蛇口までにどのくらいの時間がかかるんだろうか?
すぐには来ないんじゃないか?
数時間後とか数日後とか・・・・
そのあたりを教えてくれないと困るんだよね~
今、蛇口から出ている水はどうなのか・・・
例えば、今から2日後の水は危ないですよとか・・・

中途半端な「発表」は「人災」である。
なんでもかんでも言えばいいというのでは、本来の「情報」とかけ離れてしまう。
「情報」はインフォメーションではなくインテリジェンスであらねばならない。
特に、こういう緊急事態では・・・・
拙者はそう思うのである。

一応、我が家には、何事も「幼児」並みの親父がいるので・・・・(大笑)
ポットに入れる水だけをミネラルウォーターにした。
「お茶を飲む時、カップ麺を食べる時、インスタントの味噌汁を飲む時は、このお湯を使いなさい!」
「それ以外にはポットのお湯はつかうなよ!」
我が家の「戒厳令」である!(大笑)
これで、他に水道水から水分を摂取したとしても、全体的には、かなり薄まるのではなかろうか?(笑)
これが、インテリジェンスである。

エッセイ | 17:43:58 | Comments(0)
お礼を届けに行く
今日は、目の前の“地主さん”の家に地代を支払いに行く。
ついでに、井戸水を使わせて頂いていたので、お礼にお菓子を持参。
“おばさん”には、「そんな気を遣わなくていいのにぃ~、お互いさまなんだから・・・」と言われたが、井戸水を分けてもらうのを“当然”と思ってはいけない。
当然、お礼を持参するのはマナーだろう。
しかし・・・他の人達はどうなんだろうか?
かなりの人が列を作って井戸水をもらっていたが、彼らはちゃんとお礼に来ているのだろうか?

市役所の支所には自衛隊の給水車などが来て給水作業をしていたそうだが、長蛇の列・・・・
朝並んで、水がもらえたのは夕方・・・というのは普通だという。
6時間以上も並んで、やっと一人2リットルまで・・・なのだそうだ。
それに対して、こちらは井戸水をもらって・・・であるから・・・
しかも、我が家の目の前・・・・
行列が途切れた頃を見計らって、ササッと行ってササッと貰って帰る。
これでいかに無駄な時間を使わずに助かったことか。
菓子折りの一つくらい持って行って挨拶するのは当たり前である。
それが出来ない人が多いから・・・・拙者は気になるのである。

“ウメちゃん”の所の井戸にも毎日かなりの人達が並んでいたが・・・・
水道が復旧した後にお礼に来た人は、いるにはいたが少数だという。
逆に、わざわざ律儀にお礼に来られて驚いたと彼が言うんだから・・・・
いかに近所の住人は常識がないか・・・ということである。
大丈夫だろうか・・・この国は・・・

日記 | 17:20:57 | Comments(2)
ロット管理はしないのか?
福島第1原発の放射能漏れのおかげで、我が茨城県の農作物に「風評被害」が出ているという。
やっぱり、恐れていたことが起ったか・・・という思いである。
拙者個人の考えでは、これは「風評被害」ではなく「失言」による「人災」だと思うんだけど・・・
「健康に影響はありません」と言いながら不安感を煽ったんだから・・・
まぁ、それに乗った人も乗った人だが・・・・

ホウレンソウやパセリが出荷制限を受けたらしいが、全く問題がないサツマイモなど他の農作物まで、返品やら価格が暴落しているという。
「茨城産」というだけで・・・・

ところで、農作物には「ロット管理」という概念はないのだろうか?
我々工業系の部品製造業では「ロット管理」は常識である。
その生産「ロット」内で不良品・不具合品が見つかれば、その「ロット」は全て回収ということになる。
その前後の「ロット」も検査して、どの「ロット」から不具合品が出始めたのかを確定する。
この「ロット」以前の「ロット」には異常がないとなれば、それは出荷される。
我が社は自動車の部品を製造していたが、この「ロット管理」がキチンと出来ていないと、リコールがあった場合、いつ製造した車をリコール対象にしていいか分からなくなる。
リコール対象は何千台なのか、何万台なのか、何十万台なのか・・・
それによって補償額は全然違うのである。
だから、「ロット管理」には神経を使うのであるが・・・・

例えば、トヨタのプリウスの部品に不具合が見つかったら、その部品のロットから生産工程を辿ってリコール対象範囲を確定させるのが普通である。
この世の全てのプリウスをリコールするなんてことは絶対あり得ない。
ところが農業ではそれをやっちゃうんだなぁ~
全てがダメだと・・・・

農産物だって、最近は生産者の顔が見えるようなことをしていたではないか?
「この人が作ったトマトです」・・・・なんて・・・・
ある意味、「ロット管理」ではないか?
どこの畑で採れた作物を分析して暫定基準値を超える放射能を検出したのか具体的な話が全くない。
それで茨城県全部の農作物を推し量るのはおかしいのではないだろうか?
それでは、県境の場合はどうなんだ?
道の向こうが栃木県という場合・・・・
道のこっちは放射能に汚染されているが、道の向こうは大丈夫だと言うのか?
県境の栃木県や千葉県の物は大丈夫だと言い切れるのか?

各農家ごとの検査が現実に出来るかどうかはわからないが・・・
本来なら生産者ごとに検査して、「検査済み」のシールでも貼って出荷すべきではないか?
「県」という行政区分で、こっちの県のものはダメ、隣りの県のものは大丈夫・・・というのは明らかにおかしいのではないか?

農業にも「ロット管理」の考え方を取り入れるようにならないと、放射能ばかりではなく、今後何か起きた時には同じような騒ぎになるのではあるまいか?

県産の牛乳でも同じことが起こっている。
どこの牛の乳から放射能が検出されたのかは知らないけど・・・
全ての牛乳が・・・というのはいかがなものだろうか?
じゃぁ、牛を密かに群馬県にでも連れてって乳を絞ったら、「群馬県産」だからいいんだよね?(笑)
そういうことになるんじゃないか?
ん?どうなんだ?

この騒ぎが一段落したら・・・・
茨城産のものは他県には売らない運動をした方がいい。
「不買」運動ではなく、「不売」運動である。
茨城県産のものは茨城県人だけが消費する。
他の人には売らない!
「健康に影響はない」と言われていても毛嫌いしたんだからな・・・
そのくらいの「反撃」はすべきである。
食べ物を粗末にするとバチが当たるということを知るべきだ。

エッセイ | 17:04:30 | Comments(0)
よもやま話 素顔の諭吉
『福翁事伝 よもやま話 素顔の諭吉』
著作兼発行人 福田一直
平成19年 第2刷
定価:1700円(税込)

第1話 出生・・・「我が家に必ず偉人出る。」
先祖は信州の貧窮家族
茅野市に福沢ゆかりの碑
諭吉は通称、本名は範
父は坊主にしたかった

第2話 体力・・・抜いた刀に雲助たじたじ
先ず獣のような体づくり
天然痘やチフスにかかる
1回の往診なんと50両
米つきして臼4個つぶす
便秘解消にウォーキング
1日千本うなる居合抜き
中風の前兆か脈硬くなる

第3話 逝去・・・ミイラになって再び対面
還暦の祝いに1500人
重病後「東」の字書けず
臨終に「目が覚めるかな。」
遺体研究の好機のがす
死去の年八幡製鉄が創業

第4話 風采・・・威儀を正せば役者さながら
葱をぶらぶら町人風情
フクザワは「悪魔の相」
ふところに本がいっぱい
肩車をして岩を飛び越す
時には土方のような格好
母の葬儀にパッチ姿で
伊藤博文に劣らぬ風格
未完に終わった傑作肖像画
写真に家族が大病を予感
折角の銅像をほうり込む
塾生には蛮カラ戒める

第5話 素行・・・小皿投げつけ三味線こわす
徳利提げて白昼に酒買い
来客あれば押し入れに寝る
雀を一網打尽にする特技
酒につられて月代そる
弁天小僧か理屈をこねる
食ったのはふぐだと脅す
家老や奉行に物おじせず
箱根の関所だまして抜ける
狐狗狸のインチキ見破る
偽善を嫌って悪者ぶる

第6話 雑事・・・生きんがために按摩を習う
あかぎれを煮え油で治療
雪駄の修繕や畳の表替え
手先の内職で家計助ける
古足袋拾っては再利用
果物の皮むきで離れ技
鋳掛けやアンモニア作り
速く書くため硯は低く

第7話 性格・・・口八丁手八丁で時に毒づく
千変万化の表情を持つ
厠に入りオランダ語解く
大喝一声「泥棒の稽古か。」
白と言えば黒と言い返す
気が大きいようで小さい
恩を忘れず洪庵の墓掃除
行幸の覗き見をやめさせる
下男のように叔父に仕える
血への恐怖尋常ならず
頭は西洋でも心は日本人
俗人宣言の印鑑を作る
「私を殿様呼ばわりするな。」
借金を避ける締まり屋
哀れな者にはすぐ同情
少女に注ぐ温かい眼差し
職人相手に酒酌み交わす

第8話 一族・・・三児失うが9人の子福者
父は清廉、母には包擁力
一時は中村諭吉を名乗る
女乞食の親から感謝される
父から継いだ借金40両
錦と改名したら妻喜ぶ
独唱に「鳥のような声ね。」
馬の脚を抱えた次男坊
長女に“女福沢”の異名
留学の三男を漱石が採点
9人を丸めても父に及ばず
娘たちはきれいで夢の国
晩年は20数人の大所帯

第9話 好物・・・ふぐは食いたし妻の目怖し
好きな酒をしばらく断つ
牛や豚を食い肉食のすゝめ
長食らいの上に健啖家
三州味噌や信州そば好む
冷や飯好きの卵ぎらい
料理屋で再三赤恥をかく
調理の腕前を競わせる
酒豪の本性見せ驚かす
酒量は三升もあったか

第10話 趣味・・・一中節習い琴も掻き鳴らす
骨董売買の旨味よく知る
価値ある文化財には関心
「風流を語る時節でない。」
漫画を載せ新聞に潤い
義太夫本を買いに走らす
「遊芸では長唄が最高だ。」
二頭立て馬車で芝居見物
演劇の効用認め脚本書く
腕利き馭者雇い追い越す
旅先でしきりに開発説法
日本第二の名人が将棋指南
中津出身の谷ノ川を愛す

第11話 洋行・・・「諭吉は死んで塩漬けじゃ。」
コネを頼り自分を売り込む
次郎長が咸臨丸戦死者葬る
船酔いの介抱を一手に
子豚の丸煮に度肝抜かれる
天麩羅失敗しあわや火災
シーボルトとすれ違いに
駱駝に乗りピラミッド望む
家来従えた便所を恥じる
ロシア亡命の誘いを警戒
紐育で日本の寄席楽しむ
越前藩士とボストンで奇遇
英人が公金を持ち逃げ
不都合の廉で謹慎処分
洋学精進は兄のひと声
トントン拍子に家塾膨張
文明的学校の体裁整う
洋学塾を各地に設ける
長崎の童子らに英語学ぶ
英語の能力には評価様々

第12話 舶来・・・土産の乳母車から人力車
初めて英語辞書持ち帰る
原書の教科書を多数買う
除虫菊輸入の先鞭つける
「バイブルでも読むか。」
新しい警察制度生みの親
反対押し切り演説広める
著作権や保険制度を紹介
「質問するより技盗め。」

第13話 透視・・・胃カメラ時代の到来を予知
桜田門外の変言い当てる
航空機や重機の出現も
万物全滅の危険性を警告
「日本の全敗間違いなし。」
中津と下毛は運命共同体
ストの正当性を断言する

第14話 独立・・・ドイツ皇孫の無法許さず
「独立自尊」碑は約20トン
「英人を押さえ込まねば・・・」
ノルマントン号事件を糾弾
国民の独立心どこ吹く風
高弟が「独立自尊」を定義
新渡戸も感動した名文句

第15話 反骨・・・藩主の前で勝海舟と大口論
「仮病を使い出兵するな。」
拝領の羽織を売り飛ばす
家老に不戦の説教をする
時に暴発げってん根性
威張る役人仲間に入らぬ
仕官断り危うく逮捕に
警視庁の要求はねつける
嫌気がさして副議長辞退
「伊藤の後塵ご免蒙むる。」

第16話 辛口・・・仏教攻撃の演説で門徒卒倒
怒り買うほどの鋭い舌鋒
学問とは小癪と皮肉る
「猿に見せる心算で書け。」
坊主は口銭とり酒色に耽る
人間は蛆虫同然の動物
少し効き過ぎた楠公批判
赤穂義士や桃太郎も槍玉
売薬を非難して裁判沙汰

第17話 慈愛・・・書生にそっと煮豆の差し入れ
人情真綿の如き温かさ
優しい心配りに塾生感泣
咸臨丸艦長を終生敬愛
旧藩主夫人を芝居に招く
弟に仕立てて留学させる
コッホに学んだ北里を援助
母に百両の大金を送る
不遇女性の裁判に肩入れ
牢屋の榎本に母を会わす
漁撈権の奪還に一肌ぬぐ
殉職警官や海難者弔う
火事や震災にサッと救援
慈善道楽と陰口たたかれる

第18話 望郷・・・母に負われた羅漢寺懐かし
中津ぎらいと言うけれど
残した母に心ひかれる
ふるさとの土を七度踏む
耶馬渓への愛着並々ならず
養蚕振興の基礎をつくる

第19話 交際・・・大臣、大将から大工まで
付き合い広く手紙は1万通
西郷どんと尊敬し合う
木戸を手料理でもてなす
大久保が「さすが福沢だ。」
大隈とは肝胆相照らす仲
伊藤の舞踏会招待を断る
若輩大臣の下座につかず
福沢を見直した乃木希典
黒田の見舞品を突き返す
村田銃考案者としばし歓談
森鴎外も慶応義塾で講義
学僧と激論後は親密に
役者を招いて芸談を聴く
尊徳の高弟が福沢に共感
慶応で遺児慰めた東郷元帥

第20話 暗殺・・・変装や偽名で追っ手逃れる
闇討ち増え「福沢を斬れ。」
護身用に鳶口を持ち歩く
居間の床下に抜け道造る
刺客の朝吹諭されて心服
増田の殺意は見せかけか
福沢の暗殺未遂で罰金に

第21話 世評・・・「希な俊傑」、「猪口才諭吉」
法螺をふく沢うそをいふ吉
福沢は無遠慮で高慢ちき
「福沢攻撃全集」を企てる
神もお祓いし福沢の死喜ぶ
教育勅語を教えず語らず
聖徳太子や弘法と肩並べる
不思議な二つの福沢神社
英雄一覧の錦絵にも登場
6千石で抱えると紀州藩
公爵待遇なみの御下賜金
米軍機から福沢の伝単降る
福沢の評価紙幣で定まる
新一万円札の顔で続投

第22話 財産・・・金の件なら大臣にも負けぬ
人間万事金銭の世の中
「俺の借用証あれば見せろ。」
「金儲けを考えて本を読め。」
資本主義に疑問感じる
共産主義の山分けに興味
著述で莫大な財を生む
次々つかんだ金の手蔓
金の活用教え寄付も率先
35歳で手に1300両
37坪から1万4000坪に
大邸宅で晩餐会や園遊会

第23話 女気・・・嘘かまことかレオノラとの恋
好男子と言われた艶福家
妓女と遊ばず妓楼を知る
アメリカ娘とツーショット
旅館の女中お磯に好感
シーボルトの娘を助ける
万里の波涛越えた恋文話
蓄妾の悪習罵倒し続ける
元大名の醜聞に頭悩ます
「娼妓は濁世の殉教者だ。」
妻の産褥を自分で処理
貧乏な福沢支えた女豪商

第24話 文芸・・・映画に芝居、音頭や校歌にも
子孫に外人ソプラノ歌手
藤原あきに福沢の血筋
手塚治虫の先祖と同輩
「福沢は小説にならんよ。」
軍歌の源流は福沢にあり
福沢称える土突き音頭
福沢研究の火床を熱く



今年の読書:12冊目



読書 | 00:42:09 | Comments(0)
大谷石の撤去
土建屋の“ウオちゃん”の従業員たちが4人、突然やって来きた。(笑)
何事かと思ったら、崩れた大谷石の撤去に来たという。
“ウオちゃん”から出来るだけ早くやってあげたいけど、忙しくて手が回らないと言われていた。
職種からして、仕方がないことである。
公共の復旧作業の方が最優先である。
うちの塀なんぞ、いつでも構わぬ。
見栄えが悪いだけで、生活には支障はない。
で・・・うまく時間が取れたので急遽駆け付けてくれたらしい。
大谷石は結構重いので、ハンマーで細かく割りながらダンプに載せる。
いやぁ~見ているだけでも大変な重労働だというのがわかる。
皆さん年配の方たちだが・・・
この先、この人たちが引退したらどうなるのだろうかと思う。
今の若い連中は、こういう重労働ができるだろうか?
無事に撤去作業を終えて撤収して行った。
感謝、感謝である。

夕方歯医者の“キタミ先生”のところへ・・・
3月11日の震災直前の午前中に歯の治療に行っていて、帰宅してまもなく、あの大地震である。
その後、歯科医院復旧作業のため、休診となり、ようやく本日が再診日。
「そういえば、前回の治療の日に地震が起こったんだよね~」と“キタミさん”
「そうそう、帰宅してまもなく、あの地震だもんね~、治療中じゃなくて良かったよね~」
なんと、拙者は運がいいのか・・・(笑)
ちょうど診察時間だったので、あの地震の直撃を受けた患者さんは大変だったろう。
幸い患者さんに怪我はなかったそうである。
病院の機器にも被害はなかったそうでよかった。
ただ、内部は散乱してしまい、整理するのが大変だったというが、それより、停電と断水のため再開できなかったので気を揉んでいたそうだ。
ようやく電気も水道も通じたので再開できたという。
そうだよねぇ~歯医者さんは電気と水がないと治療が出来ないよなぁ。(笑)

日記 | 16:43:44 | Comments(0)
余震が続く
今日は曇りのち雨・・・・
先日、“ウメちゃん”のところの親方たちが屋根にシートを張ってくれたので安心。
グッドタイミングである。(笑)
拙者はなんと運がいいのだろうか?

夕方から夜にかけて頻繁に余震が来る。
体感では震度3以上あると思うのだが・・・・
ニュースでは震度3とのこと。
本当かなぁ~
あんまりニュースって信用できないんだよなぁ~(笑)

日記 | 16:38:54 | Comments(0)
被災11日目
夕方、防災無線や市の広報車から、水道がまもなく復旧するという情報が流れた。
親父には、復旧してもすぐには蛇口の栓を開けるなと話す。
理由は・・・
まず最初の通水は試験通水のはずである。
試験的に水圧をかけて断水箇所の点検をするはずだから、何かあったらまた断水してしまう。
水を使い始めて、すぐにまた断水になったら、そのほうが迷惑である。
しばらくは様子を見た方がいい。
もう一つの理由は・・・
最初の水は濁っているか、汚れているか、錆びや泥がまじっているか、わかったものではない。
錆びや泥が混じっていたら、給湯器が壊れる可能性だってある。
だから、一番初めに水を使わない方がいい。
どうせ、愚かにも通水と同時に喜び勇んで蛇口の栓を開ける馬鹿はどこにでもいる。
彼らが汚れた水をジャンジャン流し出してくれた頃に蛇口の栓を開けた方がいいだろう?
これが拙者の「安全策」であるのだが・・・・
馬鹿親父・・・・
人の話を全く聞いていなかった。
通水と同時に喜び勇んで水道の蛇口を開けて、水を流して喜んでいる。
「お~い!水が出たぞ~!」
あ~あ~・・・我が親父・・・・
どこにでもいる「愚かな人間」の仲間だったとは・・・情けない・・・・

日記 | 14:22:24 | Comments(0)
被災10日目
今日も親父が騒ぐ・・・
今度は「ホッカイロ」が無くなったという。
「このままでは寒くて死んじまう!」と騒ぐのである。
おかしい・・・
死んでもいいから東京には脱出しないと言い張っていたくせに、「ホッカイロ」が無くなったら死んでしまうというのだ。(笑)
死ぬのは覚悟の上でここに残っているのではなかったのか?(大笑)

「このままでは死んでしまう」と煩いので・・・
仕方がない、「ホッカイロ」探しの旅にでる。(笑)
ホームセンターに行けばあるかもしれない・・・と、かなりの距離を歩く。
あ~あ~これでまた放射能を被爆しちゃった!(笑)
残念ながら「ホッカイロ」は売り切れ・・・
仕方がない・・・・
トボトボと帰る。
と・・・偶然にも“ケムちゃん”の家の前の道・・・・
このまま通り過ぎたのでは申し訳ない。
携帯で呼び出して、外でしばし雑談。
「ホッカイロ」を買いに来たら売り切れなので、また家に戻るところだと話したら、「うちにたくさんあるから分けてあげるよ」と言う。
いやぁ~ありがたい!助かった!
20個もいただき、帰途に着く。
感謝!感謝!

親父に“ケムちゃん”からもらった話をするが、ピンと来ていない様子。
とにかく「ホッカイロ」が手に入ればそれで安心という構えである。
なんだかんだと青年会議所の仲間たちに助けてもらっているということが分かっていない。
その昔・・・・
青年会議所の会合に行こうとする拙者を親父は散々邪魔をした。
おかげで理事長に立候補したくともできなかった経緯がある。
とにかく嫌がらせの連続で、その合間を縫って活動していたのである。
その頃の仲間たちが何だかんだと我々父子のことを心配して助けてくれているというのに、分かっていない。
少しは感謝をし、過去の言動を反省しろといいたい。
が・・・自分のことしか頭にない男である。
情けない・・・
「ホッカイロ」が手に入ったら大喜びして安心している。
感謝の言葉は・・・ない。

日記 | 13:29:12 | Comments(0)
暫定基準
福島第1原発の事故の放射能漏れで、我が茨城県のホウレンソウから食品衛生法の暫定基準値を超える放射線量が検出されたという。
で・・・・基準値を超えて入るが健康への影響は考えられないという。
良くわからない話だ・・・(笑)
知事の話では「仮に毎日15gを1年間摂取し続けたとしてもCTスキャン1回の5分の1程度だから健康への影響は考えられない」と言う。
官房長官も「直ちに健康に影響する水準ではない」と言う。
じゃぁ、別に発表する必要はないのでは?

そもそも「暫定基準」って何だろう?
「暫定」とは、「とりあえず」っていう意味ではなかろうか?
ということは、正式の基準はどうなっているのだろう?
「暫定」って言うんだから、いつかは「正式」の基準が発表されるんだよね?
その点は、どうなっているのだろうか?

関係者は「風評被害」に遭うのではと気にしているようだが・・・
これは「風評」ではなく、明らかな「人災」ではないだろうか?
これこそまさしく「失言」ではなかろうか?

本当に健康に影響がないなら、なにも「基準値」を超えたなんて言う必要はあるまい?
言う以上は、やっぱり何かあるに違いないと勘ぐるのは人情である。

早くも、「大丈夫なのか?」「安全なのか?」との問い合わせがあるという。
自分の頭で判断できない、自己責任では何も出来ない現在の日本人に、こういう不明瞭な「報告」をしたらどうなるか・・・ということがわからないのだろうか?

だいたい、今まで定期的に放射能の測定をしてきたのだろうか?
10年前、20年前、30年前から定期的に測定していて、「今回、こんな値が出ました」って言うなら少しは気になるけど・・・(笑)
今回の事故で初めて測定したんじゃないの?
30年ぐらい前から既にたびたび放射線に汚染されていたものを食べていた可能性はあるんじゃないの?
原発が存在していた以上・・・我々が知らぬうちに漏れていたってこともあるんじゃないの?
今更何を騒いでいるのかなぁ~という気がしてならない。

例えば、JRの列車が時速60kmで走行すべきところを61kmで走ったとする。
で・・・「1kmも速度がオーバーしました!」と大騒ぎしているようなものではなかろうか?
規定から時速が1kmオーバーすると何か大事故でも起るのか・・・と思ったら・・・
「特に問題はないんですけど・・・」ではねぇ~
乗客から「馬鹿野郎!」って言われるだろうなぁ~(笑)

だいたい、毎日、何kgものホウレンソウを食べる馬鹿はいまい?
問題がないなら何もわざわざ発表する必要はないと思うんだけどねぇ~
どうせ「暫定基準」なんだし・・・・


エッセイ | 11:59:17 | Comments(0)
被災9日目
毎日、親父の文句を聞いて過ごしていると疲れるものである。
電気もガスも復旧したのに、水道だけが復旧が遅れている。
「市役所は何をしているんだ!」と吠えるのである。
あのね・・・家の中で騒いでいても仕方がないと思うんですけど・・・
そうして、こうも親父は文句が多いのだろう?
この不便さを楽しもうという気持ちはないのか?
だいたい、毎日、井戸水をもらいに出かけているのは拙者である。
親父は何の苦労もしていない。(笑)
それでいて文句を言うってどういうことよ・・・

福島の原発から放射能が漏れているとか・・・
で・・外を歩き回って食糧を調達しているのは拙者である。
放射能を浴びながら・・・(大笑)
親父は家に籠って一歩も外に出ない。
どう考えてもこれはおかしい。
本来なら余命わずかな親父が外に買い物に出かけて被爆すべきではないか?
どうせあと何十年も生きるわけではないんだから・・・
親父より先のある「若い」(笑)拙者は被爆を避けて家の中に残るべきではないだろうか?
拙者が被爆して先に死んで、年寄りの親父が生き残るというのは、どう考えても納得がいかない。
・・・と、コンビニの店長に話したら、笑われた。

連日、余震がある。
今晩は特に大きいのが来た。
震度5プラスであるという・・・・

日記 | 13:15:05 | Comments(0)
被災8日目
午後、“ウメちゃん”のところの親方たち5人が、屋根にシートを張りに来てくれた。
被災後、早々に“ウメちゃん”には屋根の瓦が崩れてしまっている話をしておいたが、修復に関しては、お得意さんを優先して拙者の家は後回しにしてくれていいと話しておいた。
その後、次々とお得意さんから修復依頼が舞い込み、大忙し・・・・
とうとう、拙者の屋根の修復は今頃になってしまったのである。

「おい、おい、ずいぶん遅いんじゃないのぉ~(笑)」と若い衆をからかう。
「いやぁ~忙しくてぇ~」
「この立派なお屋敷を見つけるのに、そんなに時間がかかったのか?」
「そうなんですよ~あまりにも立派すぎて・・・近くを何度も通っているんですけどね、ついつい見逃しちゃって・・・(笑)」
「おい!このやろう!(笑)」
「バッチリやりますから!」
「何?」
「他の家で練習を重ねてきましたから、バッチリ大丈夫です!」
「おお!期待してるぞ!(笑)」

矢のような催促で、あっちこっちの屋根のシート張りをしてきたが、不慣れな状態での作業・・・
翌日の強風で、シートはめくれるし、ずれるし・・・でやり直し・・・・
ここ数日はこの繰り返しだったそうだ。
で・・・要領を覚え、「腕が上がった」ところで、拙者の家に取り掛かることにしたという。(笑)
まぁ、冗談半分だろうが、一理ある。(笑)
「慌てる乞食は貰いが少ない」・・・・・
「あとからでいいよぉ~」と決め込んでいた拙者は結局得をしたことになる。
さすがに他の家で練習を積んだだけに、作業が手早い!
これには驚いた。(笑)

「おお!手早いじゃないかぁ~さすがだねぇ~完璧じゃないか?」
「・・・でしょ?他の家で練習をしてきましたからね。完璧です!バッチリです!」(大笑)

頼りがいのある連中である。
感謝、感謝・・・である。

夕方、土建屋の“ウオちゃん”に電話する。
仕事柄、さぞかし大忙しだろうからと、連絡するのを遠慮していたのだが・・・
“ウメちゃん”からのアドバイスもあり、崩壊した大谷石の塀の撤去のお願いをする。
「すぐに連絡をしてくれればよかったのに・・・」と言いながら、すぐに現状確認のため来てくれた。
忙しい中、感謝、感謝である。

日記 | 12:32:40 | Comments(0)
被災7日目
このところ、毎朝、近所のコンビニに歩いて買い物に行くのが日課となっている。
が・・・当然、店の中には何もない!(笑)
震災直後に、客が殺到して売り切れ状態なのである。
しかし、ようやくボチボチと品物が入荷し始めている。
が・・・すぐに売り切れとなる。
「今日は何が入荷したかなぁ~」が拙者の楽しみ。
今日は、アンパンが2個、弁当2個を手に入れる。
アンパンは朝食に、弁当は昼食に・・・・である。(笑)
店長が「2個でいいの?」と尋ねてくる。
「だって、2人家族だもん!2個で十分だもん!(笑)」
店長とは大昔からの知り合いである。
2個しか買って行かない拙者を心配して声をかけてくれたのだろうが・・・
買い占めてどうする・・・
僅かに入荷した貴重な品物である。(笑)
少しでも多くの人に行き渡るようにすべきである。
2人家族は2個でいい。
明日は明日の風が吹く・・・・そういう生活も楽しいものである。(笑)

午後、“ウメちゃん”の軽トラに乗って“キタミさん”の自宅を訪問。
ブロック塀が崩れ、屋根瓦も落ちているという。
青年会議所仲間で建設業の“ネモちゃん”に来てもらって屋根にシートをかけてもらったが、翌日の強風でめくれ上がってしまったという。
で・・・再度頼んだら、「別の業者に頼んでくれ」と放り出されたという。
まったく・・・仲間とは思えぬ対応である。(怒)
青年会議所時代もダメなやつだと思っていたが、仕事でもダメなやつだ!
というわけで・・・
いつも世話になっている拙者が“ウメちゃん”に頼んで、一緒に現場の確認に行くことにしたのである。
こういう時に恩返しをしなくてはねぇ~
・・・と言いながら、実際に作業をするのは“ウメちゃん”である。(大笑)
拙者は何もしない・・・・口先だけである。(大笑)

屋根修理の打ち合わせをして、“ウメちゃん”の会社に戻り、またまた雑談・・・・

食料だけでなく、ガソリンも入手困難となっている。
震災直後は停電でガソリンスタンドは閉鎖状態・・・・
電気が復旧しても、今度はガソリン不足で、スタンドの前は長蛇の列・・・・
だいたい、東京でもガソリン不足で大騒ぎだという。
おかしい・・・震災の被害も受けていないのに・・・・
念のため満タンにしておこうという連中らのせいである。
誰かが走ると、右に倣えと、誰もかれもが考えなしで走ってしまう。
オイルショックの時のトイレットペーペーの騒ぎと同じである。
震災被害地に優先的に回してもらわねば困るというのに・・・・
ガソリンも緊急車両に優先して給油していると非難の声もあがっているようだが・・・・
これは当たり前のことで、我々は我慢すべきである。
パトカー、救急車、消防車がガソリン不足で動かなくなるほうが困る。
我々のマイカーは後廻しでもいいのだ。
“ウメちゃん”の軽トラックもガソリンが残り少ない。
スタンドに何時間も並んで待つなんていう暇もない。
我が家には車が2台ある。
乗用車は「東京脱出用」の車として、ガソリンを温存中。
もう1台は仕事で使っていたライトバン。
これにはほぼ満タン状態でガソリンが入っている。
崩落した塀のおかげでサイドミラーが壊れ、車体も傷ついている。
最後の最後のために取っておいてある。
最悪の時には、ここからガソリンを抜いて“ウメちゃん”の車に入れよう!
・・・というわけで、自動車修理工場を経営している“トシちゃん”に連絡を入れ、いざとなった時にはガソリンを抜いてくれるよう頼んでおく。
ガソリンを抜くのは盗難防止のため素人では難しいので、プロにお願いした方がいい。
我が家のライトバンは“ウメちゃん”専用の、いざという時のための非常用「備蓄タンク」とする。
これで“ウメちゃん”も少しは気が楽だろう。

“ウメちゃん”の会社からの帰り、いつものコンビニに立ち寄ってみる。
今度は缶詰4個、お菓子2袋、フライドチキン2個が入手できた!(笑)

日記 | 13:27:07 | Comments(0)
被災6日目
被災6日目・・・・

“オダクラくん”の知人の“オノさん”を“ウメちゃん”に紹介するため一緒に出かける。
彼の家の瓦がかなり被害を受けているので、どうにかならないかというもの。
あっちの家もこっちの家も屋根に被害を受けている。
瓦屋さんだけでは収拾がつかない状態。
とにかくブルーシートでとりあえずの補修をせねばなるまい。
というわけで・・・相談に乗ってもらうのである。
“ウメちゃん”のところにも次々と復旧、補修、被害の確認等々、かなりの「注文」が入っていてテンヤワンヤ状態。
そういう中で、お願いするんだから迷惑だろうが・・・(笑)
これも何かの縁・・・ということで勘弁願う。

優柔不断な人との打合せというのはなかなか結論が出ず大変である。
「結局、どうするの?どうしたいの?」の堂々巡りとなる。
それでも何とか話がまとまり、2人は先に帰る。
拙者は残り、“ウメちゃん”と雑談。

夕方、作業から戻ってきた従業員たちが食事をするので一緒に食事をしてから帰れと言われる。
お釜でご飯を炊くのだという。
薪を使ってお釜で炊いたご飯って美味しいんだよなぁ~
ずいぶん昔・・・まだ小学校にあがるかどうかというころ、おじいちゃんの家で食べたことがあったような・・・
遠い昔の記憶・・・・
みんなでワイワイと冗談を言いながら食事会。
冗談を言ってからかうのは拙者の“役目”(笑)
みんなクタクタに疲れているのだろうが、こういう時こそ笑いが出ねばならぬ。
帰りに「お父さんへ」と拙者の親父のため、おにぎりをもらう。
いやぁ、申し訳ない!
拙者は何も手伝わず、ただただ冗談を言ってみんなを笑わせていただけなんだけど・・・・
感謝!感謝!
帰りは「おにぎり」を手に、テクテクと家まで歩いて帰る。

夜、ようやくガスが復旧した。
拙者が留守中に東京ガスの方が来て点検して行ったらしい。
いやはやご苦労様である。
1軒、1軒、まわってガス漏れを確認しているんだから・・・・
頭が下げるねぇ。

これで、電気とガスは大丈夫・・・・
残るは水道だけである。

日記 | 12:42:01 | Comments(0)
被災5日目
今日は銀行へお金をおろしに行く。
やっているかなぁ~・・・と思って行ったら、ちゃんと開いていた。(笑)
窓口の女子行員と雑談。
自宅の片づけどころじゃなく大変だ・・・と言う。
そうだろうねぇ~
自宅の事より仕事が優先、しかも主婦ともなれば食事の準備も大変だろう。
いやぁ~同情するよ。
拙者は、その点、幸せである。
仕事がないんだから・・・・(大笑)
これで会社を経営したままだったら大変だったろう。
機械設備が壊れていたらその対策と修理・・・・
メッキ設備もあったので、有害物資が漏れるという事故でも起こしていたら、大変な騒ぎである。
いやぁ~廃業していてよかった!(笑)
なんて拙者は幸運な男であろうか!(大笑)

毎日、“ウメちゃん”の井戸から水をもらうのは申し訳ない。
もらいに行くのに毎度“オダクラくん”の車を出してもらうのも申し訳ない。(大笑)
と・・・思っていたら・・・
隣りの“地主さん”の家の井戸が一般に開放された。
立て看板を出して、一般の人に水を供給している。
昨日、電気が復旧したため井戸ポンプが動くようになったからのようだ。
で・・・“ウメちゃん”からもらったオイル缶1杯分の井戸水をもらいに行く。
目の前の家なので、何往復もして水をもらってもいいのだが・・・
それでは面白くない。(笑)
生活するのにギリギリぐらいがちょうどいい。
折角の機会なのだ。
この“不便さ”を楽しまねばもったいない。

我が社の工場とアパートの駐車場との間の長いブロック塀・・・・
3分の2が崩壊し、わずかに生き残った塀もグラグラしている。
なにせ、拙者が生まれた頃に建てられたブロック塀であるから、鉄筋も錆びてボロボロ・・・
余震が来れば崩壊しかねない。
にもかかわらず、アパートの住民はブロック塀ギリギリに車を停めている。
こういう神経がわからない・・・
余震でブロック塀が崩れたら車が傷つくと思うのだが・・・・
そうなったらカネを請求すればいいと思っているのだろうか?
塀に「キケン」の張り紙をする。
注意しておいたんだから、それでも・・・という場合は自己責任じゃないか?

今日も“オダクラくん”と“ウメちゃん”の会社に行って雑談。

日記 | 13:03:11 | Comments(0)
被災4日目
昨晩、電気が通じたが・・・・
震災直後、余震の合間に家の中に入り電源ブレーカーを落としておいた。
電気が通じたからと言って、いきなり電源を入れるわけにはいかない。
どこかが漏電していると火災の原因になりかねない。
というわけで・・・
とりあえず、わかる範囲で家電製品のチェックをして、一つ一つ確認しながら漏電ブレーカーを入れる。
結果は異常なさそうである。

今日、パソコンに電源を入れメールのチェックと返事書き。
携帯電話も、安否確認の着信履歴を確認しながら、相手先にようやく連絡を入れる。

しばらく顔も洗っていなかったことに気がつく。(笑)
“ウメちゃん”からもらった井戸水から洗面器1杯の水を用意。
貴重な水である。
洗面器1杯の水で歯磨きと洗顔をする。
親父にも洗面器1杯の水を渡す。
「昔、海軍では洗面器1杯の水で歯磨きをして、顔を洗い、体も拭いたそうだ」
「へぇ~」
「へぇ~って・・・親父は海軍だろう?」
「そういう話は知らなかった」
「予科練ではそういうことはなかったのか?」
「・・・・・」
なんで息子の方が詳しいんだろう?(大笑)
昔、軍艦では真水が貴重なので、一人洗面器1杯の真水しか支給されなかったという。
それで全部をこなしたというのだから大したものである。
こういう時に、これを追体験せねばもったいない。
折角の機会である!!(笑)
しかし・・・歯磨きと洗顔はできたが・・・・体を拭くというのは難しい・・・・
昔の人は、どうやったんだろう?

親父にも洗面器1杯の水で全部こなせ・・・と言ったが、親父は目がテン!(笑)
ん?
予科練ではこういうことはしなかったのか?(笑)

日記 | 12:28:02 | Comments(0)
被災3日目
今日も“オダクラくん”が遊びに来てくれた。
で・・・
今日は、“シミズくん”から携帯にメールが入る。
携帯電話はバッテリー温存のため、1日に2回ほどしか電源を入れない。
どうも各地から安否を尋ねる電話がかかって来ていたようで、着信があったことを知らせるメールがいくつも届いていた。
が・・・こちらからは電話は出来ない。
発信規制がされていることもあるが、バッテリーの残りが少ないのである。
妹からは安否を知らせるようにとの矢のような催促・・・・
心配しているのはわかるが、震災直後に一度話をしているではないか。
バッテリーの残りが少ないから電源を切ると伝えていたのに、この催促である。
そうイライラされても、こちらとしては迷惑なのである。
連絡したくても出来ないのだから・・・・
こっちのほうがイライラする。
こういうときは、しつこい安否の問い合わせは逆に迷惑千万である。

“シミズくん”からのメールは、炊き出しをするので、おにぎりを用意してくれるとのことであった。
メールの発信時刻と受信時刻にかなりの差がある。
通信網がパンク状態なのか?
何が情報化時代か・・・・お粗末な話である。
それにしても、いやはやまたもや後輩に世話になる。
感謝、感謝である。
が・・・彼の家は遠い・・・(笑)
まさか、届けてくれとは言えぬし・・・(大笑)
こちらから行くとすると・・・徒歩で片道1時間はかかるだろう。
車で行ってもいいが、東京の妹のところへ脱出するためにガソリンは温存しておきたい。
“オダクラくん”が自分のワゴン車で連れて行ってくれるという。
彼の車はディーゼル車なのでガソリンをあまり食わないから大丈夫だという。
いやはや有難い申し出である。

というわけで、お言葉に甘えて“シミズくん”の家まで乗せて行ってもらう。
彼らは同じ青年会議所の後輩同志であるから面識はある。
3人でしばし雑談。
帰りに“おにぎり”をいただく。
感謝、感謝である。
拙者の親父の心配までしてくれるのだから有難い。
今日の夕飯は、いただいた“おにぎり”2個・・・・

帰り、“ウメちゃん”の会社にも立ち寄る。
“ウメちゃん”からは、オイル缶一杯の井戸水と木片、それを燃やすために改造した塗料缶をもらう。
ありがたし・・・・
これでサバイバルが続行できる。(笑)

バーベキューの炭はあっという間に無くなってしまっていたのである。
炭はどこで売っているのやら・・・・
昔は「燃料屋さん」というのがあって、薪や炭を売っていたはずだが・・・
しかし、どうしてもその「燃料屋さん」がどこにあるのか思い出せない。
考えてみると・・・拙者が小学生の頃の記憶である。(笑)
今ではそういうお店は消滅している。

しかし、有難いことに、水と木片が手に入った。
“ウメちゃん”に感謝、感謝である。

震災後3日となり、拙者の想定していたサバイバルの見直しの時期となる。
3日間は自力で持ちこたえることを考えるというのが、当初の予定であった。
で・・・その3日が経った。
どうも情報によれば福島の原発が危ないらしい。
食料の確保もどうだろうか・・・・
そうそう後輩たちに世話になるわけにもいかぬ。
喰い延ばしてきた食料も残り少なくなってきている。
明日には東京に脱出をするか・・・
“オダクラくん”からも“ウメちゃん”からも、みんなからお父さんを東京に連れて行った方がいいだろうと言われた。
拙者もそう思う。
親父を妹の家に置いて、東京でガソリンを満タンにして、水と食糧を手に入れて一人で戻ってくればいい。
一人ならば食料も何とかなるし・・・・
ところが、親父が猛反対!
「食料も残り少ないんだから・・」と言ったら「それなら俺は何も食べない!死んでもいいからここを離れない!」と言い張る。
こういう年寄りは本当に困る。
息子の足を完全に引っ張っている!!!
「何も食べない!」などと言っていながら、しっかりと食べてるではないか?
毎日、朝昼晩・・・
最後の最後にと取っておいた非常食も、いつの間にか食べられてしまった・・・(涙)
東京に行ってくれると助かるんだけど・・・
それじゃなければ・・・本当に死んでくれると「口減らし」になって助かるんだけど・・・(大笑)
多分、殺しても死なないな・・・・
だいたい「死んでもいいから・・・」などという奴に限って、いざとなったら「死にたくない」と騒ぐものである。
どうせ死ぬなら東京の妹宅で死んでくれた方が拙者は助かるのだが・・・
自宅で死なれたのでは人手が足りないから迷惑である。(大笑)

結局、「東京脱出作戦」は頓挫した。
だいたい、東京の方がガソリンや食料の買い占めで大騒ぎになっているというのだ。
なんたることか!
東京へ行っても帰りのガソリンが手に入らねば戻るに戻れない。
やってくれるよなぁ~東京人め!
いつか東京が震災に遭ったら、茨城で買い占めして東京には何も送れないようにしてやるぞ!
この恨みは忘れぬ。

夜は、“ウメちゃん”のところからもらってきた木片を燃やしながら“オダクラくん”とキャンプファイアー!
いや~こういう火の明かりというのはいいねぇ~(笑)

夜、9時を過ぎたころか・・・・
ついに電気が復旧した!(笑)
さっそく携帯電話を充電する。

日記 | 22:24:20 | Comments(0)
被災2日目
被災2日目・・・・

停電、ガスも止まったまま、水道も水は出ない。
暖房がないので、親父には車の中で過ごしてもらう。
拙者は崩れた塀の大谷石を椅子代わりに日向ぼっこ・・・

と・・・向こうの方からメタボな男が歩いてくる。(笑)
あれ?
“オダクラくん”ではないか!
「いやぁ~久し振りだねぇ~」
拙者の家の様子を心配してやって来たという。
家財が倒れて大変なようなら手伝いが必要だろうということで来てくれたそうだ。
そう、そう、そういえば、彼の家は国道を挟んだ向こう側にあるんだっけ~
正直言って、彼の存在をすっかり忘れていた。(笑)
いやぁ~後輩に心配してもらうなんて申し訳なし。
本来ならば先輩の拙者が心配しなくてはならないのにね~
しかも缶コーヒー持参である。
ありがたくコーヒーを頂きながら久し振りの雑談である。

“オダクラくん”は一旦自宅に戻り、インスタントラーメンとポットにお湯を入れて再度我が家を訪問してくれた。
いやはや申し訳なし!

我が家では電気もガスも止まっていては、お湯も沸かせない。
彼のところでは水道の水がまだ出るという。
国道のこっちとむこうでは、どうも水道管のルートが違っているのだろう。
こちらは完全に断水である。
彼のところはプロパンガスとのこと。
我が家は都市ガス・・・・
普段、都市ガスは便利だが、一転して不便となる。(笑)
都市ガスは完全に止まってしまっている。
ということで、水道がまだ出ていて、プロパンガスの彼の家では、お湯も湧かせるし風呂にも入れるのである。
ということで、お湯をポットに入れて国道を渡って我が家に持ってきてくれたのである。
プロパンガスは普段はボンベを交換したりと不便だと思うが、こういう時には便利である。

石油ストーブ・・・・
5年前、会社を廃業する時に社内のストーブは親父の命令で全て廃棄することになったが・・・・
拙者は万が一を想定して、1台だけ残しておいた。
万が一ガスが止まった時には暖も取れればお湯も湧かせる。
これは非常時のための備えである。
親父からは「邪魔だから捨てろ」と言われたが、5年間、抵抗して残しておいた。
その時が来たのである。
さぁ、石油ストーブを使おうと思ったら親父からストップがかかった。
5年間も使っていないストーブは何が起るかわからないから嫌だという。
しかも石油も古いし・・・・
「頼むから使わないでくれ」と言う。
そう言われてしまっては、どうしようもない。
非常時のためにと思って、残しておいた石油ストーブは何の役にも立たなかった。
やはり1年に一度くらいは何かのついでに使っておくべきだったと後悔・・・・

いずれにせよ、何か火が必要である。
これがないとお湯が湧かせぬから温かい飲み物が飲めぬ。
家の中を探していたら、バーベキューセットを見つけた。
新品である。
しかも炭も小箱に入って置いてあった。
拙者が購入したものではない。
拙者は基本的に「アウトドアー派」ではない。
生粋の筋金入りの「お坊ちゃま」である。(大笑)
弟が買って置いて行ったものだろうか?
いずれにせよ、これがあれば湯を沸かすことが出来る。
で・・・炭って・・・・どうやって火を付けるんだ?(笑)
普段、炭なんか使っていないとこういうわけである。

なんとかかんとか炭にも火が付き・・・・
家の外の駐車場の場所にバーベキューセットを用意して湯を沸かす。
“オダクラくん”が、またもや来宅。
彼は母親と二人で住んでいるが暇なのだという。
こっちは、わがままな親父のおかげで身動きが出来ない。

真っ暗な夜・・・・
炭火の明かりだけの中、紅茶を飲みながらおしゃべりをする。
町中が停電で真っ暗な中、星空を見ながら・・・というのもいいものである。
ふと、その昔、フィリピンの山の中での一夜を思い出す。

日記 | 20:40:36 | Comments(0)
地震だ!
明日、上京するので、その準備・・・・
この間、マニラに行った時撮影した写真をプリント中のこと・・・・

まもなく3時になろうかという時で、何かおやつでも食べようか、コーヒーでも入れようかと思っていた途端・・・
ガタガタと地震が起こった。

2階の拙者の部屋では、揺れ方で地震の震源地がおおよそわかる。
ユッサ、ユッサ、ユッサ・・・という時は、福島県以北が震源地である。
ユッサ、ユッサ、ガタガタガタ・・・という時は福島県。
机の前に座っていて、背中から感じるときは福島方面、自分の前の方から感じるときは千葉方面の地震である。
ドン!ガタガタガタ・・・という時は、茨城県沖が震源地、特に我が町の沖合が震源地の時が多い。
ドン!がなくて、ガタガタガタだけだったら、茨城県内陸部である。
ニュースの地震速報より早く震源地を言い当てて今は亡き母に報告なんかしていたが・・・
だいたい9割くらいは当たった。
今までで思い出に残っているのが、新潟中越地震(平成16年・2004年・10月23日)である。
夕方、いきなりガリガリガリ・・・というかなり大きな揺れを感じた。
いつものガタガタガタならわかるが、ガリガリガリという異常な揺れだった。
こんな揺れは初めてだったので震源地はわからず、ニュースを見たら新潟の方だというので驚いた。

さて、本日のこの地震は・・・・
ユッサ、ユッサ、ガタガタガタ・・・の部類だったので、東北の方が震源地だなと思っていたが、いつまでたっても揺れが収まらない。
反対に段々揺れが激しくなってきて、家がねじれるような揺れとなってきた。
こりゃ、やばい!
急いで部屋を飛び出したが、携帯電話を忘れたことに気が付いて部屋に戻って携帯電話を掴んで再び飛び出し、階段を駆け降りる。
もう、この時点では立っているのもようやくという感じである。
この時に座り込んでしまったら立ちあがることは出来なかったろう。
2階より1階の方が揺れが少ないような感じだが、それでもガタガタガタと猛烈な揺れである。
廊下の奥・・・台所に立ちすくんでいる親父を発見!
「出ろ!外に出ろ!外に出ろ!」と叫んで玄関に向かう。
玄関の扉が開かなかったらどうしようと一瞬思ったが、うまくすんなりと開いた。
で・・・玄関を飛び出した瞬間・・・
玄関脇の大谷石の塀が崩壊!!
ギョェ~!!
駐車場に面した塀だったので、2台ある車のうちの1台に崩れた大谷石が一瞬寄りかかり、地震の揺れの中で崩れ落ちたので、サイドミラーが粉砕・・・・車体側面に一直線に凹みが出来た。
ほんの一瞬の出来事なのだろうが、何故かスローモーションのように記憶に残っている。

道路上ではお婆さんがへたり込んで座っていた。
とにかく、家の前の十字路の真ん中に出て来て一息つく。
近所の工場から数名が飛び出して来て、隣りの4階建てのアパートからも数名が飛び出して来ていた。
ようやく揺れが収まって、部屋から出てきた方々もいる。
あまりの揺れで外に出るに出られなかったらしい。
全員が女子供である。
男連中はみなさん仕事に出ていて不在だから仕方がない。
気が付けば男は拙者と親父だけ・・・
親父は人付き合いが全くダメなので、家の前から動こうともせず、アパートの連中の所には近付かない。

しばらく、ドシン!グラグラと・・・・大きな余震が続く。
これじゃ家の中には入れない。
1時間以上も外で様子を見る。
そろそろ日が暮れはじめるころである。
「避難所はどこになるんですか?避難所に行きましょうよ!避難所に行けば毛布や食べ物をもらえるんでしょうから!」と言いだすオバチャンがいる。
「あのね・・・震災1時間ほどで避難所が動くわけないでしょ?」
「そうなんですか?毛布や食べ物なんかがもらえるんですよね?早く行ってもらいましょうよ!」
被災者根性丸出し・・・
拙者が大嫌いな団塊の世代のオバタリアンである。

「それより、これから寒くなりますから、部屋に戻って毛布と懐中電灯、何か飲み物、それとお菓子か何か食べ物を取って来て下さい」と指示を出す。
こういう時には何故か青年会議所当時の“おせっかい”(拙者はリーダーシップだと思っているが・・・)がムクムクと頭をもたげて、みんなに“命令”(笑)
一斉に部屋に戻ろうとするので、「各部屋ごとに時間をずらして行ってね!万が一の時に誰が部屋に閉じ込められたかわからなくなるから!」
「××号室、行ってきます!」
「了解!」
「××号室の人が戻ってきてから次の人が行って下さい!」
・・・と、言っているのに、勝手に我先に部屋に向かう人がいる。
おい、おい、しらねぇよ~
余震でアパートが傾いたりしても、どこの人なのかわからないから助けられないぞ。
こういう時に勝手に動かれるのは迷惑なんだけど・・・・

「鍵をかけてきたんですけど、それでいいですよね?」と質問された。
ん?ドアに鍵をかけてきたのか?マズイんじゃないか?
「次に大きな地震が起ってドアが歪んだら開けられなくなるから鍵はかけておかない方がいいんじゃないですか?貴重品を持って来られるなら今のうちに戻って持ってきて!」と答える。
(多分、これが正しいと思うのだが・・・)
このやり取りを聞いていた人が騒ぎだした。
貴重品を持ち出していないという。
部屋の中が滅茶苦茶で、どこにあるのかわからないという。
「火が出たわけじゃないんですから、慌てることはないですよ。捜すのに時間がかかるようなら諦めて、できるだけ部屋には戻らないように!」

テクテクと歩いて来たオバサンが「避難しているんですか?」と尋ねてきた。
何を間抜けなことを聞くのかと、話を伺ったら・・・・(笑)
ちょうど電車に乗っていたそうで、猛烈な揺れで危うく脱線するのではないかと思ったという。
1時間ほど車内に閉じ込められたあと解放されて、線路伝いに歩いて来たという。
どうも列車事故だと思ったらしい。
歩きながら周囲の様子がおかしいので、もしかして外に避難するほどの地震があったのかと思ったらしい。
行き先を尋ねたらかなり遠くに自宅があり、そこへ戻るんだという。
「余震で塀が倒れる可能性があるから、塀には気をつけて帰って下さい!」と声をかけて見送る。

まもなく日が暮れてきた。
またもや避難所騒ぎである。
「とにかく、小さな子供がいるお宅は避難所へ行っておいた方がいいでしょう」
「避難所はどこですか?」
さて・・・阪神淡路大震災後に青年会議所では災害時の避難所のマップを作ったのだが・・・
あれは、拙者の部屋の前の廊下の壁に貼ってあるので手元にはない。
え~と・・・記憶によれば・・・学区ごとに各小学校か中学校だったような・・・
我が町内は学区の一番端にある。
自分の学区より、隣りの学区の中学校の方が近い。
それにしても、避難所の場所を誰も知らないというのには驚いた。
「歩いて行くには、うちの学区じゃなくて隣りの学区の中学校の方がいいでしょう」
「車じゃだめですか?」
わけがわからん質問である。
「車を使うって・・・道路は大渋滞でピクリとも動いてないですよ。歩いたほうがいいですよ」
「歩くんですかぁ~車のほうがいいんですけど・・・だめですか?」
「あのね、車で行って、その車・・・どこに駐車するんですか?停めるところなんかないでしょ?」
「あっ・・そうか・・・」

日本人と結婚した東南アジア系の奥さんが、2人の小さな子どもと乳母車に乗せた赤ちゃんと一緒にポツンとしていた。
どうも我々の輪の中に入れないでいる様子。
声をかけたら御主人は神戸に出張中で不在とのこと。
「あなたは、小さな子供がいるのだから避難所に行きなさい。向こうへ行けばもし子供に何か異変があっても助けてもらえるから・・・ここじゃ救急車も呼べないからね。」と指示を出す。
できるだけアパートの住民は一つにまとまって避難所へ移動するように指示したが・・・
「私は別行動を取りますから・・・」と言いだす若夫婦。
おい、おい、あんたら若い者が助けてやらなくてどうするんだ・・・と言いたくなったが・・・
協調性のない人間の集合体がアパートの住民だと思えばいいか・・・
別行動をとるという人間の面倒までは見られない。

東京にいる妹や姪っ子、甥っ子からメールが入るが、こちらからの返信が出来ない。
電話が繋がらないのである。
妹から電話が入り「何度も電話をしているのに!」と怒られたが、怒られてもねぇ~(笑)
俺のせいじゃないもんね!
とにかく無事だということを伝える。
着信が出来ても発信が出来ないというのは不便である。
しかも、携帯のバッテリーも、どれほどもつか・・・不安である。
停電のため充電は出来ない。
バッテリー温存のため電源を切る。
最悪の状況になったら助けを求めるのに必要だろうから・・・温存せねば・・・・

と・・・ふと気が付いた・・・
他人の面倒を見ていて自分の事を忘れていた。(笑)
「親父!外で待ってろ!毛布なんかを取りに行くから!一緒に入ってくるなよ!万が一の時は助けを呼びに行ってもらわねぇとならないからな!」
頼りにならない親父を頼りにせねばならない哀しさよ・・・(大笑)
余震が来ないことを祈るのみ。

毛布と懐中電灯、車のカギ、財布、そして・・・タバコ!(笑)を持ち出す。
アパートでは冷蔵庫までが倒れて部屋の中は滅茶苦茶だったとか。
しかし、我が家は、これといってそれほど荒れていない。
拙者の部屋なんぞは普段から散らかっているので、地震で散らかったのかどうか判別し難い。(大笑)
ただ、本棚から2mも離れているベッドの上に本が飛んでいたのには驚いた。
親父はスリッパのまま飛び出したので、靴に履き替えるついでに台所へ行ってもらい、お菓子類を持ち出してもらう。

避難所へ行くメンバーがようやくまとまる。
「あなたも行きますよね?」と団塊の世代のオバタリアン。
「ん?俺?俺は残りますよ」
「え?残るんですかぁ~」
「赤ん坊や小さな子供が優先!避難所もかなり人が集まって混雑しているでしょうから・・・元気な人は残った方がいいでしょう」
やっぱり、どうしても被害者意識の強い人は考える事が違う。
「何かもらえるでしょうから~私は行きます」・・・・(唖然である)

今晩は車の中で一夜を明かすことにする。
親父の我儘が始まった・・・・
「寒いからエンジンをかけろ」「もっと温度を上げろ」「テレビをつけろ」・・・
しかも車内の持ち込んだお菓子をボリボリ食べている。
「あのね・・・そのお菓子・・・3日間はそれで食いつなぐんだからな!」
「ん?そうなのか?たくさんあるから大丈夫だろう」
「俺の分は?・・・それ、2人で分けるんだぞ!」
「あ・・・そうか・・・」
自分のことしか考えていないのには参った。
今晩の拙者の夕食は煎餅2枚である。
被災後の3日間が勝負である。(これは常識!)
3日間、なんとかもたせれば、あとは何とかなるだろうというのが拙者の“読み”である。
だから、初日からチビチビとやらねばならない。
ガソリンは満タンだが・・・・
6時間もアイドリング状態で、しかも暖房に車内TVまで使っているんだからガソリンの残量が心配である。
夜10時、一度エンジンを止めたら、「寒くて眠れねぇ」と親父から文句が出る。
毛布を2枚も渡しているのに・・・・なんという贅沢な・・・
しかもホッカイロも使っていながら・・・・である。
これでは先が思いやられる。
情ねぇ予科練出身者だ。
「ガソリンはいざという時に東京へ脱出するために残しておくんだから節約するからな!」

日が暮れてからは1時間おきぐらいに車内に出て懐中電灯を持って近所を巡回。
アパートの住人に鍵をかけておくなと言った手前、巡回しないわけにはいくまい。
これで泥棒にでも入られたら最悪である。

「夜は焚き火でもして暖をとりますかぁ~」と呼びかけたが、誰もそうしようと応えてくれず、避難所へ行かなかったアパートの住人たちはそれぞれ自分の車の中に籠ってしまっている。
こういう時に、焚き火を囲んでコミュニケーションを図るといいのだが・・・
折角の機会に“引きこもり”とはねぇ~・・・・もったいない・・・・

結局、一晩中、見回りをしていて寝られなかった。
「私も一緒にやります!」という人が誰も出てこなかったのは悲しい・・・
所詮、アパートの住人なんてそんなものか・・・

日記 | 23:17:52 | Comments(0)
お墓巡り・・・
ホテルをチェックアウトして・・・・
そのまま帰るのでは、もったいない・・・(笑)
上野周辺を散策することにする。

最初に行ったのが、上野公園近くの不忍池にある弁天島。
ここには過去何度も訪れている。
最初に来たのは・・・・高校生の時か?

続いて谷中の方へ向かい、ブラブラと散策・・・・

天眼禅寺・・・・
ここに太宰春台(だざいしゅんだい)という人の墓がある・・・と都の教育委員会の説明板が建っていたので覗いてみる。

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「太宰春台」って人は・・・太宰治の親戚かと思ったらそうではない・・・(笑)
江戸時代中期の儒学者なのだそうだ。

次に訪れたのは、一乗寺・・・・
ここに太田錦城(おおたきんじょう)という人のお墓があると、教育委員会の説明板が建っていた。
で・・・ここも覗いてみる。

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この「太田錦城」という人も、江戸時代中期の儒学者・・・・
偶然とはいえ、儒学者のお墓に2つも出会うとはねぇ~
どういうことなんだろうか?

で・・・更にブラブラと適当に歩く・・・
辿り着いたのが感応寺・・・・
ここには台東区教育委員会の説明板が建っていた。
渋江抽斎(しぶえちゅうさい)という人のお墓があるというので、またまた覗いてみる。(笑)

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この「渋江抽斎」という人も儒学者。(笑)
江戸末期の人で、医者でもある。
コレラにかかって亡くなったそうだ。

どうも谷中のお寺には儒学者のお墓が多いような・・・
いや、教育委員会が史跡として説明板を建てているから目立つだけなのか?(笑)

なんだか今日は儒学者のお墓巡りで終わってしまったような・・・・

午後3時発の特急で帰宅する。
なにせ、留守番をしている親父の夕食を考えてやらねばならぬ。
・・・と、なると、そうそう遅い時間の電車で帰るわけにはゆかぬ。
駅弁を買って・・・これを今日の夕食とする。

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日記 | 21:17:40 | Comments(0)
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