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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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激論!
今回の関係者が一同に介しての夕食。
明日は帰国であるから、「さよならパーティー」という感じなのだが・・・

ひょんなことから“ホンマさん”と大激論となる。
回りの方々には申し訳ないとは思ったが・・・・
売り言葉に買い言葉である。
ましてや、今日のコレヒドール島での横柄な態度にも頭に来ていたし・・・・
それ以前の数年来の不満も溜まっていたし・・・・
止まらない!(笑)

彼女は曙光会の事務局長である。
以前の“コンドウ会長”、“ヤマシタ事務局長”の生還者が引退した後、戦没者遺児が跡を継ぐとして会の運営を引き継いだが・・・・
当初の趣旨とかなり脱線しているような気がしていたので、なおさらのことである。
拙者は青年会議所時代もかなりの強硬派である。
それまでは生還者と遺族、遺族同士が情報交換をしたりして親睦をはかるという楽しい「おしゃべりをする」親睦会だったのが、彼女が事務局長になってからは軍歌を歌うカラオケ大会になってしまい、うるさくておしゃべりどころではなくなってしまった。
「あなたも歌いなさいよ!」と煽るのもほどほどにしろと毎回の不満が溜まっていた。
どうもみんなの事より自分の趣味に走っている感がある。
軍歌を歌ってはしゃぐって、どういうことよ・・・遺族が・・・
個人の趣味で軍歌を歌うのは構わないが、会としてはどうなのよ?
拙者はこういうのは納得いかないのだ。

他の会員から「事務局長には“それなりの”人物がなるべきではないか?」とやんわりと、事務局長に不適だと言われたそうで彼女は憤慨していたが・・・
そこに間が悪いというか、マニラに出発直前にある会員から事務局長には拙者がいいのではないかと言われたという。
「あ、そういうわけなんだ!そういうことで話が出来ているんだ!だから私を責めるんだ!じゃぁ、あんたが事務局長をやったらいいわよ!やりなさいよ!」と勝手に思い込んで騒ぎだしたのには驚いた。
拙者はそんな話は聞いたこともない。
だいたい、自分の戦友会の事務局をやっているだけで精一杯である。
他の組織の事務局長など引き受ける余裕はないし・・・その気もない。
他の会員とそういう話もしたことはない。

ただ、組織を私物化する態度は許せない。
だから、ついつい突っ込みたくなるのが拙者の悪い癖でもある。
この手のオバタリアンは、突っ込みを入れると数十倍になってお返しの反撃をしてくる。(笑)
だからみんなは余計なことは言わず黙っている。
それでは助長させてしまうではないか?

そもそもの激論のきっかけは会の決算である。
彼女は「会計監査で忙しい、大変なんだ」とことさら、さも大変なような話を自慢げに語る。
拙者も戦友会の会計監査を控えて忙しいが、そんなことは事務局長である以上当然のことである。
淡々と事を処理して行くべきであって、ことさら騒いで自己アピールをする必要はあるまい?
そういう自己アピールをする態度が鼻につくのである。(笑)
ましてや、親睦会なんだから大した会計監査じゃあるまい。
やらなくてもいいのではないかとすら思うのである。
カラオケ大会に化した会である。
さも大した会のような顔をして会計監査なんて笑ってしまう。
ところで、監査をする監査役は総会で決議されていない。
誰からも承認されていない監査役が監査しても意味はないんじゃないか?
と・・・「なに言ってるのよ!ちゃんと監査役がいるのよ!私が頼んで監査役をやってもらっているんだから!あんた、ちゃんと決算書見ていないの?なによ、あんた~」と言う。
「あなたが頼んだだけで会員は承認してませんよね?総会で決議してないでしょ?」
「あんたとは付き合いが短いから知らないけど、あの人たちとは付き合いが長いから信用できる人たちなんだからね!」
カチィ~ン・・・である。
あんたとは付き合いが短い?
だから信用できないが、監査役は信用できる人物だというのか?
よく言うよなぁ~
今まで、何かとトラブルが発生すると「あんたが何とかしなさいよ!」と拙者に押しつけて逃げてきたくせに・・・
もう、腹の虫がおさまらねぇぞ!(大笑)

拙者は短気で血の気が多い方なので・・・
こうなると徹底的にやっつけたくなるのである。
相手も負けん気が強いからまくしたてる・・・・
収拾がつかない・・・・
周りの人は・・・・利口なので絶対仲裁には入らない。(笑)

4月に曙光会の大会がある。
毎年参加してお手伝いをしているが、今回は出欠の通知をまだ出していない。
あの「カラオケ大会」がどうも引っかかるのである。
カラオケを聴きに、わざわざ1泊2日の会合に何万円も使って行くべきだろうか・・・
今まで親しくしてきた生還者も次々とお亡くなりになり、もう、拙者がお手伝いする必要もないだろうし・・・
と、迷っていたが・・・
今回の激論でほぼ腹が決まった・・・
もう参加するのはやめよう。(大笑)
こんな利己的で横柄で強引な人物が事務局長をしているような会には関わるのはやめよう・・・・

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旅行 | 22:53:09 | Comments(0)
コレヒドール島観光(4)
続いて向かったのが、「マリンタ・トンネル」である。
日本軍がこの島を攻略した時には米軍が立てこもり、大戦末期、米軍に攻略された時には日本軍がここに立てこもり、最後には自爆して果てたという場所である。

DSCF2680_convert_20110602203646.jpg

ここでは見学者が一つの団体となって内部を見学することになっている。
すでに先着の一団が見学中だったので、我々のバスの他、あとから到着してきたバスの乗客がトンネルの前で、しばし待たされた。
と・・・・
ちょうどアメリカ人の観光客が説明板の写真を撮ろうとカメラを構えている前を“エトウさん”が横切ろうとした。
おっと!「エトウさん!ちょっと止まって!」と叫んだが間に合わず・・・完璧に撮影の邪魔をしてしまった。(笑)
いやぁ~申し訳ない!すみませ~ん!と謝る。
と・・・・
“ホンマさん”が「エクスキュ~ズミ~!ナインティ・ツ~・イヤーズ・オールド!ナインティ~ツ~・イヤ~!!アハハ・・・」と得意の(?)英語を叫びながら目の前を横切って行った・・・・
アハハ、アハハ・・・と笑いながらは結構なのですが・・・そのあとが大変・・・
しばらくして、先ほどのご高齢のアメリカ人観光客が突然拙者に声をかけてきた。
「ちょっとお尋ねしますが・・・わたしのワイフがどうしても聞いて来てくれというので・・・あの女性は、さっき92歳と言っていましたが、私のワイフが言うには、92歳にしては若すぎるというのです。とても92歳には見えないですし、私もそう思います。本当にあの女性は92歳なのですか?」
ギョェ~!!!
何たることぞ!“愕然”という言葉はこのためにあるような言葉である!
「いや、あの女性は78歳で、むこうの男の人が92歳です」
「やっぱり!アハハ・・そうですよねぇ~どう見ても92歳には見えませんよねぇ~」
「ええ、すみません・・・あの女性は、あの男の人が92歳だという意味で“92歳!”って言っていました」
「いやぁ~わかりました!うちのワイフが不思議がっていたものですから・・・すみません!」(笑)
いやぁ~参ったぁ~
突然の英語の質問で冷や汗が出たぞ!

まもなく、ゲートが開けられ、入場となる。
ここの入場券は乗船券とは別に渡されていて、これを無くすと大変なことになるので拙者が3人分預かっていた。
なにせ、トンネル内を見学しながら向こう側へ抜けて、バスに乗るので、このトンネルに入場できないと向こう側に行けなくなるのである。(笑)

お二人に入場券を渡す。
で・・・“ホンマさん”を先頭にゲートに向かったら、係員に止められた!(笑)
チケットを見せろと言われているのに応じないのである。
「チケット?後ろ!後ろ!」と日本語で叫んでいる。
後ろ・・・って、拙者の事か?
立てた親指を拙者に向けて「後ろだって言ってるでしょ!」と、まぁ、相変わらず横柄な態度・・・
「チケットを出して下さい!」
「チケット?そんなものないわよ!」
「さっき渡したでしょ!」
「もらってないわよ!そんなもの!」
人をかき分け・・・“ホンマさん”のもとへ・・・
「さっき渡したんだから、どこかにあるでしょ?」
ポケットの中やらカバンの中を探しまくって、ようやく見つかる。
「これ?あ~これ・・・チケットなの?これが・・・ふん!」
「ほら!」と係員にチケットを差し出す・・・またまた横柄な・・・・
参ったなぁ~
謝るのは拙者の仕事かよ・・・・「すみませんねぇ~」
後ろに並んだ人たちの冷たい視線・・・・
91歳の“エトウさん”は意外や意外(失礼!)全く手がかからない。
当初は、“エトウさん”が御高齢なので手がかかって大変だろうと予想していた。
だからこの観光に付いて来たのだが・・・・
まさか、“エトウさん”より若い“ホンマさん”のほうが手がかかるとは・・・

と・・・先ほどのアメリカ人と目が合った。
「え~・・・この人はやっぱり92歳でした!」と“ホンマさん”を指さしたら、「そのようだねぇ~アハハ・・・」と大笑い。
へへへ・・・ジョークが通じたみたい・・・(笑)

DSCF2681_convert_20110602214751.jpg DSCF2682_convert_20110602215645.jpg

トンネルの中は真っ暗・・・・
係員に案内されながら少しずつ前進する。
トンネルの左右にはムカデの足のように更にトンネルがあるのだが、そのトンネルを利用してジオラマや映像スクリーンが設置されている。
その位置まで前進して、アナウンスを聞いたり映像を見たりして、また係員に従って少し前進するといった具合。
ゆっくり進むので見終わるまでに30分はかかるのである。
で・・・真っ暗だから、お二人がどこへ行ってしまったのか不明・・・(笑)
勝手には動けないので、この人の群れの中に埋まってしまっているのだろうと後ろを付いて歩く。(笑)

DSCF2683_convert_20110602215939.jpg(日本軍のジオラマ)

DSCF2686_convert_20110602220403.jpg
(トンネルの支線・・・今も崩れたまま瓦礫が残っている)

DSCF2690_convert_20110602220839.jpg(見学終了!)

ここからバスに乗って船着き場へ・・・・
これでコレヒドール島の観光は終了である。
バスの運転手とガイドと握手してお別れ・・・・
いろいろとおしゃべりができて本当に良かった。
彼らの親切に感謝、感謝である。
今回はガイド、フィリピン人や外国人観光客に嫌な思いをさせられずに楽しく観光が出来たが、まさか身内の傍若無人さに不愉快な思いをさせられるとは思わなかった。
世の中うまくいかないものである・・・・(笑)

帰りの船の中では・・・疲れがドッと出て、コックリ、コックリ、舟を漕ぐ・・・・(笑)

港には“ステラさん”が迎えに来てくれていた。
実は、彼女と帰りの迎えについて何の打合せもしていなかったのである。
「まさか迎えに来てるんでしょ?どうなってんの?もし、来ていなかったらどうするの!あんたが何とかしてくれないとね!そういう時は!」と“ホンマさん”が騒いでいたので、これで本当に迎えが来ていなかったら、どうしようかと思っていたので助かった。(大笑)
そもそも“ホンマさん”がコレヒドール観光をすると企画して、そのあとに拙者が便乗したのだから、「どうなってるの?」と言われても拙者は知らないし、何の責任もないのであるが・・・
そういうことは全く関係なく、責任を人に押しつける人だからなぁ~・・・この人は・・・・

“ステラさん”の送迎ワゴン車でホテルに直行。
これからマニラ東方へ行ったグループとホテルで合流して夕食会である。

旅行 | 15:21:22 | Comments(0)
コレヒドール島観光(3)
バスに乗り、続いて向かったのは「クロケット砲台」である。
ここは6年前にも来たところ。
前回来た時に撮影できなかった場所の写真撮影をしたかったので、ガイドさんに案内されて砲台を見に行った皆さんとは別行動を取り一人で周囲を散策する。
と・・・バスの運転手が、この戦跡について説明をしてくれた。(笑)

DSCF2623_convert_20110531210938.jpg

ガイドの説明を受けながら移動する皆さんの先回りをして撮影したり、移動した後、誰もいないところを見計らって撮影しに行ったりと、皆さんと全く正反対の行動をする。
こうしないと、“観光客”が邪魔で撮影が出来ないのだ。(笑)
と・・・“エトウさん”と、かち合う・・・
91歳のカメラマンも拙者と同じ考えのようで・・・二人で大笑い。

次に向かった砲台では、我が日本人組と一部の外国人はバスから降りなかった。
もう、暑くて暑くて・・・・バテ気味の御様子。
ガイドに率いられて他の乗客が砲台を見学に行っている間、拙者はバスの運転手と木陰でタバコを吸いながら雑談をする。(だんだん英語が話せるようになって来たぞ!)
タバコを吸い終わりバスに戻ったら、“ホンマさん”から「あの人、知り合いなの?」と尋ねられる。
「知り合いのわけないでしょぉ~。バスの運転手さんですよ」
「あら、そう・・・ずいぶん楽しそうに話していたから知り合いかと思った」
「はぁ?」
コレヒドールに知り合いなんかいるわけがない。(笑)

次の大砲のところでは、さすがに殆どの人がバスを降りない。
こうなると、へそ曲がりの拙者は降りたくなるのだ。(大笑)
コレヒドール島を占領した時、日本兵たちがこの大砲の前で万歳している写真かフィルムかが確か今でも残っていたと思う。結構、そういう意味で有名な大砲である。

DSCF2628_convert_20110531212404.jpg

次は、某所(昼食を取った場所の近く?)でトイレ休憩を兼ねた休憩となる。

DSCF2637_convert_20110531215011.jpg

この間、拙者はガイドさんに話しかけ、おしゃべりをする。
実は、ある作戦を考えていたのである。(笑)
以前ここに来た時には散々日本軍の悪口を言われ、からかわれ、馬鹿にされて不愉快な思いをした。
この後の行程は、まもなく日本軍の慰霊碑のある場所に行くはずである。
前回は5分程度しか見学時間をもらえず、しかも乗客からは「暑くて降りる気はないから、こんなところで止まる必要はない」とヤジを飛ばされた。
この時、“親日派”の乗客が助け船を出してくれてギリギリまで時間稼ぎをしてくれたおかげで、なんとか5分以上見学することが出来た。
あの時の“親日派乗客”の親切は忘れられない思い出である。
なんとか5分以内で・・・と、走り回って見学したが、見切れなかった。
今回はあのようなことは避けたい・・・・
というわけで・・・ガイドさんと親しくなろうと考えたわけである。(笑)
親しくなったら少しは便宜を図ってくれて、ちょっとは長い時間をくれるかな?・・・・という作戦である。(大笑)

“エトウさん”がフィリピン戦の生還者で91歳であるということを話す。
と・・・ガイドさんが、もう随分前にコレヒドール島で戦ったという日本人がここに来たことがあるという話をしてくれた。
そなんこんなの雑談を少々・・・・
明日、日本に帰るという最終日になって、ようやく拙者の英語に“エンジン”がかかる。(遅いんだよなぁ~)

次に向かったのは、フィリピンの慰霊碑(記念碑?)がある場所。
6年前にはここに、こんなものがあったかなぁ~
訪れた記憶がない・・・・
この6年の間に新たに出来た施設か?

ここでバスを降りて見学(参拝?)となったが・・・・
“ホンマさん”一人だけがバスから降りない。
「暑いし・・・こんなところ関係ないから降りないわよ!」と言う。
「あの、ここはフィリピンの慰霊碑ですから、降りて敬意を示した方がいいですよ」
「なんで降りなくちゃならないのよ!私は関係ないから!」
「日本人としてそれはマズイでしょ?相手に敬意を払わないと・・・次は日本の慰霊碑の場所に行くんですから・・・自分のところだけ慰霊をするのかって白い目で見られちゃいますから降りましょうよ」
「私は身体障害者の認定を受けてるから、その時はそう言ってやるわよ!私は歩けません!」
カチィ~ン!である。
短気な拙者は・・・遂に頭に血が上ってしまった。
よりによって、身体障害者だから????(初耳である)
そういうことを理由に持ち出すとは・・・・
「それなら、他の乗客から何か言われたら自分で説明しなさいよ!俺は助けないからね!」

91歳の“エトウさん”は暑い中、みんなと一緒に詣でているというのに・・・・
何という横柄な態度か・・・・
日本人がフィリピンの慰霊碑(記念碑)に敬意を示さないでは失礼だろう。
次は日本の慰霊碑の場所に行くのである。
お互いに相手国の戦没者に敬意を表すというのがマナーではないか?

DSCF2642_convert_20110531230813.jpg

フィリピンの記念碑(慰霊碑)の周囲にはフィリピン人の戦いについて戦前のものから、ずらりと説明の碑が建ち並んでいる。
こういう歴史を伝えようとするところがアメリカやフィリピンの記念碑(慰霊碑)の特徴である。
これに対して日本のものには、こういうものはまずないに等しい。
「鎮魂」「慰霊」等の2文字程度。
どういう戦争があって、どのくらいの人が亡くなったのかという記載もない。
日本は敗戦国だから自国の戦史を記録してはいけないというのか?
それとも日本人は歴史を軽んずる国民性なのか?
拙者はどうしても納得できないのである。

フィリピンの記念碑(慰霊碑)を“エトウさん”を案内しながら見学してバスに戻る。
“ホンマさん”はバスの中にポツンと一人で座っていた。
目立つ・・・・

次は日本の慰霊碑のある広場・・・・
案の定、“ホンマさん”は真っ先に降りて慰霊碑のもとへ・・・・
いくらなんでも、この態度の差は露骨である。(怒)
ここでの自由行動時間は6年前とは雲泥の差でタップリと取って頂けた。
いやぁ~ありがたい!
慰霊碑の他に、前回撮影できなかった大砲などの写真を撮影できた。
で・・・今度はガイドさんが個人的に拙者に話しかけて来てくれて、戦史の話などで話が弾む。
いやぁ~これまた感謝、感謝である。

DSCF2654_convert_20110531232728.jpg DSCF2663_convert_20110531233006.jpg

まもなく・・・声高らかに、般若心経が・・・・
“ホンマさん”が慰霊碑の前に座り込んで大声で般若心経を唱え出したのである!
周囲の外人さんたちは奇異な目で見ながら立ち去っていく・・・・
“私は慰霊をしているんだ!”と言わんばかりの、これ見よがしの行為・・・・
拙者はこういうのは好きではないので・・・無視する。
慰霊は、静かに首を垂れるだけでもいいではないか?
何もみんなに聞こえるようにお経などをあげる必要はあるまい。
だいたい・・・あなたのお父さんはここで戦死したわけでもないのだから・・・・

こういう鼻につく慰霊って・・・ムカツクんだよねぇ~(怒)

旅行 | 13:02:21 | Comments(0)
コレヒドール島観光(2)
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我々3人は3号車に乗った・・・・
で、この車のガイドさん・・・
とにかくテンポのいいしゃべり方で話してくれるのだが、速過ぎて何を言っているのかよくわからない。(笑)
他の乗客は理解できるんだろうけど・・・・英語の苦手な拙者は半分も理解できていない。(大笑)
と・・・彼が我々に気がついた・・・
「そちらの方3人は・・・日本人の方ですね?」
そうだと頷いたらニコリと笑って・・・・そこからがわからねぇんだよなぁ~(笑)
「5名以上集まれば日本語のバスが出るのですが、残念ながら3名ですから・・・ナントカカントカ・・・」
「日本人の方にはちょっとキツイジョークを言いますが、ご勘弁を・・・ナントカカントカ・・・」
ナントカカントカ・・・言ってるんだけど、そこのところが・・・よくわからんのである。(笑)
車内でドッと笑いが出たので、多分、何かジョークを言ったんだろうが・・・

博物館の場所でかなりタップリと見学時間を取ってくれたのでありがたい。
早速、博物館を見学したいところだが、我慢して、この建物の裏手にあるモニュメントにお二人を案内する。
誰もが真っ先に博物館へ行くので館内が混雑する。
だから、最初に外を見学してから・・・とすれば、その頃には館内は空いていて見学しやすくなるのである。

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このモニュメントは、日本海軍の戦艦武蔵のモニュメントだと何かで聞いたか見たような記憶があるのだが・・・
モニュメントの周辺にはそのような銘板は見当たらなかった。

コレヒドール島は「おたまじゃくし」のような形をした島なのであるが、ここからその「おたまじゃくし」の尻尾の部分が良く見える。(笑)

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マニラから大して離れていないと思うのだが、ここコレヒドール島は猛暑である。
暑い、暑い・・・
博物館内を見学することにする。

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館内の展示物は6年前に来た時とレイアウトが変わっているような気がしたが・・・
あの時は混雑していたのか、時間に余裕がなかったのか、展示物に関して記憶がない。(笑)
今回は、結構時間的にも精神的にも余裕があったので、じっくりと見学をする。
で・・・気が付いたらお二人の姿が見当たらない・・・・
まぁ、いいやぁ~

館内の見学を終えて外に出て、近くの廃墟などを見に行く。

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ここで意外にも鶏の親子に出会った。(笑)
いやぁ~可愛い、可愛い・・・親鳥の後ろをチョコチョコとついて歩いている雛たち・・・
野生の鶏なのかな?

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さて、お二人さんはどこへ行ってしまったのやらと周辺を探してみたら、“エトウさん”を見つけた!(笑)
91歳の御高齢にも関わらず、あちこち歩き回りながら一眼レフカメラでパチパチ写真を撮りまくっている。
この炎天下に大したものだと驚く・・・
“エトウさん”にお尋ねしたら、写真を撮るのが趣味なのだそうだ。
好きなことをするとなると・・・アドレナリンが放出され・・・(大笑)・・・疲れ知らずとなるのかも。
“ホンマさん”は少し離れた木陰の中に座り込んでいた。

「どのバスでもいいから早く乗っちゃいましょうよ!」と“ホンマさん”
そういうわけにはいくまい。我々は3号車に乗って来たのである。途中で別のバスに乗ったらガイドさんに迷惑をかけるんじゃないか?そうじゃなくとも我々3人の日本人は目立つんだから・・・
「あれ?あの日本人たちはどこへ行ったの?」と大騒ぎにでもなったら日本人として恥かしいではないか?
とにかく3号車が迎えに来るまで待つように言う。

まもなく3号車が来たので乗り込む。
ガイドさんは交代したらしく別の方だったが、この人の英語は非常に聞きやすい英語なので助かった。
おかげで半分ぐらいは理解できそうである。(それでも半分かい! 大笑)

車内でガイドさんの説明を通訳してあげたが、そのたびに“ホンマさん”が「そう言っているわねぇ~」を連発する。
つまり、私も英語は理解できますというアピールなんだろう。
ならば、無理して通訳してあげる必要はないようなので通訳するのをやめる。
次の訪問地でバスを降りたら、“エトウさん”が「ガイドが何か説明してくれているようだが、何を言っているのかこっちはさっぱりわからんから困るねぇ~」と言う。
あらら・・・“ホンマさん”は説明してあげなかったのか?
ガイドが何を話しているのか理解できるなら隣りに座っている“エトウさん”に説明してあげればいいのに・・・
拙者から、いままでのところガイドが説明した内容を要約して伝える。

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降りたところは灯台がある丘・・・・
そう言えば6年前にもここに来たことがある。
その時のガイドが散々日本兵を馬鹿にした言い方をしていたので、ここに来た時に何人もの乗客から同情の声をかけられた場所だ・・・(笑)
あの時の思い出がよみがえって来た。
みなさん、拙者を気遣って声をかけて来てくれた・・・嬉しかったなぁ~
あの時の親切な方々は今はどうされているだろうか・・・
ここにはお土産屋さんがいくつもある。
で・・・スーツケースに貼るステッカーが売ってないものかと各店を覗きこみ尋ねたが、そういうものはないと言われてしまった。
なんとも残念である。
コレヒドールのステッカーが貼りたいのになぁ~(笑)

ふと突然変なことを思いだした!
和歌山県の歩兵第61連隊・・・・(笑)
たしか、コレヒドール島攻略戦に参加した部隊だ。
当時の写真を見た覚えがある。
たしか、給水塔の丘を攻略する時の写真である。
あの給水塔はどこにあるんだろう?(笑)
今も残っているのだろうか?
そして、コレヒドール島内を走っている日本軍の九七式中戦車の写真・・・・
あれはどこの所属か・・・我が戦車第2師団の戦車第7連隊のものだろうか・・・
あの写真が撮影された場所はどこなんだろう?
マニアックなことを思い出してしまった・・・(笑)

コレヒドール島は2回目の訪問だが、方向音痴であることも手伝い、島内の事はどこに何があるのかさっぱり頭に入っていない。
周遊バスで移動するからなおさらのことである。
島内にはホテルが1軒あり宿泊できるというから、1泊2日でここを散策すれば、わかるかもしれない・・・
いつか、やってみようか・・・と思う。

旅行 | 11:44:23 | Comments(0)
コレヒドール島観光(1)
今日は今回の旅行の「予備日」だが、用事は全て昨日までに終了した。
みんなは、「よかった、よかった」と喜んでいたが・・・
確かに、現地に来てからバタバタと手配しての“陳情”だから、その割には大成功ということになるんだろうけど・・・
でも、結局は、自己満足の世界という気がしないでもない。
相手は金をばら撒いているわけだし、それに対抗しえたかというと疑問である。
かといって、相手と同じ手は使いたくはない。
純粋さを失ってしまう。
我々の“気持ち”がどこまで相手に通じたか・・・・
それを汲んで、彼らが動いてくれるか・・・
これは彼らの良識に頼るしかない。

で・・・今日は、何もないというので「観光」ということになる。
我がグループは2つに分かれることになったようである。
生還者の“エトウさん”と遺族の“ホンマ”さんの2人はコレヒドール観光に行くという。
その他の人は、生還した海軍の軍医さんと一緒にマニラ東方地区の戦跡を回るという。
で・・・あなたはどうするの?と尋ねられたが、拙者は観光なんて考えていなかったので何の予定もない。
マニラ周辺で行きたいところもないし・・・・
91歳のおじいさんと74歳のおばちゃんの2人旅というのは危ないような気がする。(笑)
英語なんて出来ないんだろうから・・・・
ここは少しは英語が話せる拙者が同行した方がいいだろうということで、お二人に同行してコレヒドール島観光へ行くことにした。(笑)

コレヒドール島は2回目の訪問となる。
初めて行ったのは平成15年だから・・・6年前の事・・・・
島内周遊バスのガイドに散々日本兵を揶揄する言い方をされ不愉快な思いをした。
今回はどうなるんだろう・・・という不安がよぎる・・・・

ガイドの“ステラさん”に港まで送ってもらい、チケットを購入してもらう。
ここからは、我々3人だけで行動しなくてはならない。
「2人だけで大丈夫だろうかと思ったけど、あなたが一緒なら安心だわ」と言われ責任重大。(大笑)

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船着き場に、どこかで見たことがあるものが“停泊”していた・・・・
水上レストランである。
今から30年も前の事・・・・
香港の水上レストランで食事をしたことがあった。
水上レストランは、当然、水上に浮かんでいるので・・・・微妙に揺れるのである。
おかげで“船酔い”になり、吐きそうになって食事どころではなかった。
脂汗をかきながら必死に耐えたことを思い出す。
まさか、あの香港の水上レストランを持って来たんじゃないだろうな?(笑)

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10時過ぎ・・・乗船開始・・・・
そんなに慌てることもないのに、拙者の注意を振り切って、2人はさっさとボートに乗り込む。
あらら・・・
予想通り・・・先に乗り込んだ“ホンマさん”が座席を間違えて座ったようで、係員から移動するよう注意されていた。
座席は一応指定席になっている。
係員のおばちゃんに注意されたのに腹を立て文句タラタラ・・・・
「なんだっていいのよ!いざとなったら日本語で騒げば相手は引き下がるんだから!」と言う。
あのね・・・そういう考え方は間違ってるんじゃない?
先が思いやられる・・・・
拙者が大嫌いな“団塊の世代”の少し上の世代だが・・・
こういうオバタリアンは結構多い・・・・(涙)

約2時間弱でコレヒドール島に到着する。
以前より時間がかかっているような気がしないでもない。(笑)
時刻はお昼を過ぎている。
この島内観光ツアーには昼食が付いている。
船着き場近くでバイキングの昼食をとる。

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さて・・・以前は、周遊バスがズラッと並んでいて、英語のバス、タガログ語のバス、日本語のバス・・・とあったのだが、6年ぶりに来たら、そういうバスが待っていない。
あれれ・・・これからどうしたらいいんだろ?(笑)
アナウンスによると、「これから来るバスに乗ってくれ」と言っているようなのだが、やってくるバスには昼食をとりに来た先に島に着いていた人達のバスばかり・・・・
「ねぇ、どうなってんの?どれに乗ればいいのよ!」と“ホンマさん”が騒ぐ。
こういう時は・・・・
同じボートに乗って来た人達の動向を見て行動すればいい。(大笑)
先に昼食を取っていた他のツアーの人達がバスに乗り込み出発して行く中、しばし食後の休憩をとる。

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この休憩中のことである。
桟橋の近くの木の根元に“ホンマさん”がうずくまり、何かし始めた。
と・・・煙が・・・・
ギョェ~・・・お線香をあげている!
「あなたもこっちに来なさいよ!」と言われたが・・・断る!

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そのうち般若心経を唱え始めた・・・・(汗)
周囲の外国人たちが怪訝そうな眼で見ている・・・・
マズイよなぁ~
ここコレヒドール島は独立して管理されている地域のはずである。
観光ツアーのボートに乗らなければ勝手に上陸は出来ないという場所のはずだから、当然管理者というのがいるはずである。
そこの承諾も得ずに、お線香に火をつけて・・・というのは、いかがなものであろうか?
しかも、日本の慰霊碑にあげるならまだしも、何の関係もない桟橋の木の根元となると益々マズいんじゃないか?
近くに監視員(レインジャー)がいたので、彼に注意されるかもしれない。
と言うわけで・・・拙者は現場から少し離れて、この監視員との間に位置することにした。
彼がこちらに歩いてきたら、拙者から説明をして時間稼ぎをしようと思ったのである。
監視員も困ってしまったに違いない。
こちらに来るのではなく、反対側に向かい、近くにあるトイレの建物の陰に隠れてしまった。(笑)
見える場所にいなければ、見なかったということになるから・・・・
どこからかクレームが来ても知らなかったということにするつもりなのかもしれない。

まもなく“エトウさん”が来て、「どうしてこっちに来なかったの?」と言うので理由を話したら納得してくれた。
「あ、そりゃ、マズかったなぁ」
「念のため、お線香の火を消して痕跡を残さないようにしておいてください」と頼む。
“ホンマさん”は・・・・・
「慰霊をして何が悪いの?いざとなったら日本語でまくしたてれば大丈夫よ!なに言ってんの!」である・・・
無神経を通り過ぎて横暴である。
日本兵のせいで反日感情が残っているんじゃなくて、戦後にやって来るこういう日本人のせいで反日感情が作られるんじゃなかろうかとさえ思ってしまう。
参るんだよなぁ~・・・・こういうオバチャン・・・・

とにかく大事には至らなかったので良かった・・・・
まもなく誰も乗っていないバスが到着したので、運転手に日本語のガイドの乗っているバスがあるかどうか尋ねたら、そういうバスは今日はない・・・とのことだった。
しかたがない・・・英語のガイドのバスに乗るか・・・・
ということで、このバスに乗って島内観光に出発する。

旅行 | 10:42:04 | Comments(0)