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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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ホニアラを散策
さて、ホテルに到着して・・・
添乗員が「5時にロビーに集合して下さい。それまでは自由時間です」と言う。
一旦、部屋に行き、同室の“ヤマグチさん”に確認したら、確かに「5時」って言ってた・・・と言う。
ん?
どうもおかしい・・・
今は午後2時半過ぎ・・・5時まで自由時間?
日程表では、15時から博物館と植物園の見学となっている。
5時に集合して博物館が見学できるんだろうか?
博物館は5時に閉館するのではないだろうか?
植物園に至っては、博物館の見学後では真っ暗になってしまい、何も見えないのではないだろうか?(笑)
15時の間違いではないだろうか?
さすがに不安になって、15時・・・つまり午後3時にロビーに行ってみたが誰も集合していない!
あれれ・・・
添乗員の部屋に電話をしたが・・・出ない・・・
だめだこりゃ!

午後4時、添乗員から部屋に電話がかかって来た。
「もしかして、5時じゃなくて15時の間違いだったのではないですか?」と尋ねたところ・・・
「いえ、私はちゃんと5時と言いました。5時なんですけど、今日は残念ながら博物館も植物園も休みだそうなので、夕食の7時まで自由時間となります」と言う。
え?休館?
ホントかなぁ~(笑)
どうも言い訳が疑わしい・・・(笑)
JTBのマニュアルには「間違っても客には謝るな」と書いてあるのだろうか?(大笑)

いずれにせよ、仕方がない・・・・
午後7時まで暇なので、一人で町をブラブラ歩いてみる事にする。
見知らぬ街を一人で歩くなんて危険極まりないが・・・(笑)
拙者はそういうのが好きなんだから仕方がない。

基本的に拙者は方向音痴だから・・・・(笑)
ホテルの前のメインの道路をただただ歩くだけにする。
ホテルを出て左に向かって延々と30分歩いて・・・往復1時間・・・
ホテルの前を通過して、更に15分ほど歩けば往復30分・・・
合計1時間半の散策をする事にした。
「どこまで行く」ではなく「何分間歩く」という時間で管理した方がいい。

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途中で花の写真をパチリ!

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市場はすごい人だかりである!
中ではどんなものを売っているのだろうかと気になるところであるが・・・
さすがにこの中を歩くという勇気はなかった・・・(大笑)

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バス停にもひとだかり・・・・
バス停はあるが時刻表や路線図のようなものは見当たらない。
で・・・バスであるが・・・・
ワンボックスカーである!
こんな小さな車に何人乗るというのか?(笑)
次々とワンボックスカーが到着する。
微妙に行き先が違うんだろうか?(笑)

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そろそろ30分歩いたし・・・繁華街(?)も切れちゃったようだから引き返そうか・・・
ということで、道路を渡って中央分離帯まできたが、交通量が思ったより多く、向こう側へ渡れない!
ゲゲゲッ!
謎の東洋人が中央分離帯で立ち往生!!(笑)
あ~目立つなぁ~これ・・・・みっともねぇなぁ~・・・これ・・・
だいたい、信号というのを見かけない。
どうも道路を横切るというのはないようで・・・
車はロータリーのところまで走って、ロータリーでぐるりと回って反対車線に乗って、しばらく戻ってから左折する・・・という感じである。
だから十字路というのが見当たらない。
当然、歩行者用の信号なんていうものも無い。
前後左右をキョロキョロしながら道を渡らねば危なくて仕方がない。
日本は歩行者優先だが、こっちはどうなのかわからないもんね。
車に轢かれるほうが悪い・・・と言われるかもしれないし・・・(笑)

途中で、いくつかの商店に入ってみる。
どの店も雑貨を扱っていて、電化製品から洋服、おもちゃまで何でもゴチャゴチャと置いてある。
拙者が欲しいのは・・・ステッカー!(笑)
スーツケースに貼ろうと思って捜しているのだが、どこにも売っていない。
「ガダルカナルとかソロモンとかって名前が入っているステッカーは置いてないですか?」と尋ねるのだが、そういうものは“存在”しないらしいのだ。
明らかに「お土産屋さん」というものが見当たらないんだからしょうがないか・・・
「お土産屋さん」ならあるかもしれないが、住民相手の商店だからなぁ~(笑)

昔はスーツケースにステッカーを貼る人が多かったと思うが、最近は見かけない。
カバンを大事にしているせいなのか、それともレンタルだからなのか・・・(笑)
だいたい、スーツケースなど色が多少違っているくらいで、どれもこれも似たり寄ったりである。
空港で見つけるのには・・・・ステッカーをベタベタ貼ってあると目立つのですぐ見つかる。
しかも、こんな目立つカバンを間違えたり盗んだりするやつはいまい?(笑)
さらに、このステッカーが、いい思い出になるのだ。
この間、ペリリュー島でヒビが入ってしまったスーツケースには30年前に泊まったバンコクやクアラルンプール、シンガポールなどで宿泊したホテルのステッカーが貼ってある。
今もこれらのホテルがあるかどうかは知らないが・・・30年前の貴重な記念なのだ。
今回の新しいスーツケースにも貼りたいんだよねぇ~(笑)
何軒も店を尋ね歩いたが、結局、ステッカーは入手できなかった・・・残念・・・

道端でタバコを売っている“おばちゃん”がいた。
タバコは箱ではなく、1本、1本、ばら売りである。(笑)
いくらなんだろう?
試しに買ってみようかと思ったが、拙者の英語が通じないと困るので・・・やめた。(大笑)
結構、気が小さいのである・・・・(大笑)

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海岸を背にして道路の向こう側を見ると、かなり高い丘が連なっている。
多分、戦時中はあのあたりはジャングルだったのではないかと思う。
だとすると・・・あそこを登るのはかなりキツイよなぁ~
この海岸線に沿った道路がある周辺だけが僅かに開けていたぐらいだったのではないだろうか?
戦後間もない頃にここを訪れていたら、印象はかなり違ったものだろうなぁ~などと思いながら歩く。

ホテルの前を通過して更に歩く。
途中で、変な“おじさん”から声をかけられる。(笑)
怪しげな謎の東洋人が一人で歩いていることに興味をもったらしい。(大笑)
結局、この“おじさん”と英語で話しながらしばらく歩く破目になる・・・・
話が噛み合っているのかどうかは知らないが・・・(笑)
しばらく、おしゃべりしながら(・・・と言っても拙者は戦時中の話しかできないが・・)歩いたんだから、少しは成長したか?

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間もなく道路際の街並みも途絶え、寂しい景色になって来た。(笑)
しかも、日が落ち始めたし・・・・
ここでホテルに引き返すことにする。
時刻は夕方6時・・・・

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部屋に備え付けのコーヒーを飲んで一服・・・・
同室の“ヤマグチさん”はコーヒーを飲まないので毎日、このコーヒーを一人占め!(笑)
コーヒーとミルクと砂糖が一緒になっているというインスタントコーヒーである。

DSCF0687_convert_20110125175755.jpg(夕食)

夕食後、“盆踊り”の練習をするという。
盆踊り?
みなさん、浴衣や団扇を持参してきているという。
副団長の“フジさん”の話では、「出発直前に突然思いついたので、あなたには連絡しませんでした」とのこと。
いやはや、連絡をいただなくて良かった。
浴衣なんかもってないから、わざわざ買うはめになるところだ。
“知らぬが仏”はありがたい。

ホテルのロビーで輪になって“盆踊り”の練習・・・・
歌は“フジさん”が用意した歌を歌って・・・とのことだが、聞いたこともない歌なんだから一度や二度聞かされても歌えるわけがない。
踊りはどうしても“炭坑節”になってしまう。
「掘って~掘って~また掘って~」・・・である。
“セキ会長”から「慰霊なんだから炭坑節はマズイ」との指示が出たが・・・誰も耳を貸さない。(笑)
で・・・あ~でもねぇ、こ~でもねぇと大騒ぎ(・・・というか、大はしゃぎ)
しかし、場所が、場所ですから・・・あまり騒いでは迷惑だろうと思うのだが・・・
どうも福岡の人は他人のことには気を使わない県民性らしい。(呆)
マイペースである・・・・
マイペースも、度が過ぎると迷惑なのだが・・・

結局、どう踊るのか・・・も決まらず・・・・騒ぐだけ騒いで解散となる。(大笑)

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日記 | 20:33:15 | Comments(0)
東京ベイ・洋上慰霊
昼食後、再びボートに乗り、今度は周辺の島々を巡るらしい。
ツラギ島を出発してまもなく見えてきたのがカブツ島とタナンボコ島。

DSCF0588_convert_20110118100652.jpg(左:カブツ島、右:タナンボコ島)

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両方の島の間には、島を結ぶ橋が架かっていたようで、その橋脚だけが残っている。
その手前には何かの船の残骸らしきものが水面から顔をのぞかせていた。
このカブツ島には、横浜航空隊の水上機部隊が駐屯していた。
一緒に駐屯していた第84警備隊の一部を合わせて約340名の兵力。
昭和17年8月、米軍はガダルカナル島に上陸すると同時に、ツラギ島、カブツ島、タナンボコ島にも上陸。
ここカブツ島、タナンボコ島の守備隊は徹底抗戦をして全滅した。
しかし・・・こんな小さな島で「徹底抗戦」って言っても・・・ねぇ~
隠れるようなところがあったのだろうか?
半日もしないうちに占領されてしまうような気もするが・・・
2~3日は頑張ったようである。

DSCF0591_convert_20110118102809.jpg(カブツ島の横浜航空隊水上機基地跡)

この2つの島は今は人は住んでいないらしい。
あ~出来れば上陸して島の中を散策したいなぁ~
無人島のようだが、個人所有の島なのだろうか?
頼めば上陸させてもらえるのだろうか?


より大きな地図で カブツ島横浜航空隊水上機基地跡 を表示

より大きな地図で カブツ島横浜航空隊水上機基地跡 を表示


洋上から、カブツ島、タナンボコ島を“見学”して、続いて向かったのは・・・どこかの入り江。(笑)
どうも、この辺りは「トウキョウ・ベイ」と言うらしい。
どうして「トウキョウ・ベイ(東京湾)」と呼ばれるのか知らないが、現地人が名付けたのだろう。

この湾の中に、船の残骸があった。
話によると、米軍の輸送船の残骸とのこと。

DSCF0599_convert_20110118104737.jpg(米軍の輸送船?)

更に入り江の奥に入っていくと、水面からチョットだけ船の残骸が顔を出している場所がある。
これが日本海軍の駆逐艦「菊月」の残骸である。

DSCF0609_convert_20110118110349.jpg(駆逐艦菊月の残骸)

どうも米軍の航空機の攻撃を受けて、ここに擱座したらしい。
「生存者はいたのでしょうか?」との質問を受けたが・・・
この座礁擱座した様子からすると、乗組員は島に上陸で来た可能性があるような気がする。
米軍機の攻撃を受けて沈没を免れるため、わざと海岸に乗り上げたのではないだろうか?
そんな気がする・・・・
ここでボートを停止して、洋上から慰霊を行う。


より大きな地図で 駆逐艦菊月の残骸 を表示

より大きな地図で 駆逐艦菊月の残骸 を表示


DSCF0616_convert_20110118111016.jpg(東京ベイ)

船上では副団長で僧侶の“フジさん”が、しきりに「さぁ、歌でも歌いましょう!」と言う。(笑)
御自身で歌詞カードまで作って配布する熱の入れようである。
かなり歌の好きな方のようである。(笑)
“フジさん”は確か予科練の出身で、拙者の親父より2期ぐらい後輩の方。
当然、戦地には行っていないと思う。

帰りのボートの中・・・
みなさん、お疲れのようで・・・寝ている!(大笑)
拙者は舷側に立ち、風を受けながら海を見続ける・・・・
座席に座っていては寝てしまいそうである。
もったいない!
この景色を目に焼き付けておかねば・・・(笑)

途中・・・イルカの群れを発見!
3頭ぐらいのイルカとすれ違った!
が・・・一瞬のことなので写真が撮れなかった。
並行してくれたら撮れたんだけどなぁ~
残念である。(笑)

DSCF0632_convert_20110118113551.jpg(戦艦比叡沈没地点)

船長が「ここが戦艦比叡の沈没地点だ」と言って船を停めた。
ここが・・・って言われてもねぇ~(笑)
海の上じゃ、どこなのかわからない。(笑)
ここでも洋上慰霊を行う。
船の形が見えりゃ、あ~ここかぁ~ということになるのだろうが・・・
かなり深いんだろうなぁ~
浮標があるわけでもないので・・・とにかく、ここだと言うんだからここなんだろう。(笑)
「戦艦には何人ぐらい乗っていたのですか?」との質問を受けたが・・・
正直言って、戦艦比叡のことは全くと言っていいほど知らない。(笑)
なにせ、事前に勉強なんかしてこなかったんだもん!(大笑)
戦艦山城が1500名ぐらいだったはずだから、同じくらいだろうと答えたが・・・
“戦史研究家”との肩書を付けられてしまっている割にはいい加減である。(悲)
なさけない・・・・・

午後2時過ぎ、無事にボート乗り場に帰着。
ホテルに向かう。

旅行 | 19:18:34 | Comments(0)
ツラギ島巡拝慰霊
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朝食後、今日は離島方面の巡拝慰霊に向かう。
高速船をチャーターしての慰霊だという。
これには驚いた。
ガダルカナル島の慰霊といったら、ガダルカナル島だけで、船をチャーターしてまで他の島まで行くとは思ってもみなかった。
しかも、特にこの慰霊団に参加されている遺族とは関係がないにも関わらず・・・である。
ある意味、戦跡に興味のある拙者としてはラッキーである。

ガダルカナル島と対岸のツラギ島の間の海峡にはサボ島という島がある。
そのためこの海峡で惹起した海戦は「サボ島沖海戦」とか「ソロモン海戦」と呼ばれている。

DSCF0491_convert_20110116113757.jpg(チャーター船)

この海峡(水道)の波は静か・・・・
快適な航行である。
対岸のツラギ島まで約1時間半だという。

DSCF0498_convert_20110116121825.jpg(海から見たガダルカナル島)

DSCF0510_convert_20110116130504.jpg(サボ島)

実際に海に出てみると、その海峡の狭さには驚かされる。
こんな狭い所で日米の軍艦が戦闘をしたのか?
砲撃と魚雷攻撃・・・・
右へ左へと廻り込みながら・・・・
よくお互いにぶつからなかったものだと思う。
座礁の心配もあったと思うのだが・・・
逆にこの狭い範囲内での戦闘だったから双方の被害も大きかったのだろう。
何度も海戦が惹起し、その都度、何隻もの軍艦がこの海に沈んだのである。
そのため、ここは「鉄底海峡」とも呼ばれている。

現地人船長が、「このあたりに日本海軍の戦艦霧島が沈んでいる」と言って船を停めてくれたので、船上から洋上慰霊を行う。

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ガダルカナル島を出発して1時間半後、ツラギ島に到着する。
のどかな小さな島である。
そもそも、ここに日本軍が陣地を築いたことから、例のガダルカナル島の争奪戦が始まったのである。
ここには第84警備隊の約400名が駐屯した。
拙者の記憶だと・・・(笑)
たしか、ここに日本軍の基地があるのを米軍が偵察機で偵察したついでに、ガダルカナル島に日本軍が滑走路を建設中だったのを偶然見つけた・・・というのが発端だったと思う。

DSCF0525_convert_20110116140010.jpg(ツラギ島)

ここに上陸し、まずは、第84警備隊の英霊の慰霊をする。

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(第84警備隊本部があったというツラギ港)

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米軍がこの島に上陸した時に、第84警備隊が立て籠って徹底抗戦した「208高地」で慰霊祭をする。
この「208高地」には特に慰霊碑などはないが、慰霊の目印にと、事前にホテルの“ヤマガタさん”が手配した「三角標柱」が設置されていた。


より大きな地図で ツラギ島208高地 を表示

この後、島の向こう側に日本軍の横穴があるというので、そこへ向かう。
島の反対側には集落があった。
このツラギ島には戦前にはソロモン政庁が置かれていたという。
よくもこんな小さな島に「政庁」を置いたものである。
ここが言わば・・・「首都」???
対岸のガダルカナル島のほうが大きな島なんだけどなぁ~(笑)
こっちの島の方が戦前は人口が多かったのだろうか?

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DSCF0548_convert_20110116144650.jpg(途中で村の人をパチリ!)

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日本軍の横穴を2カ所ほど見学して戻る。
いやはや暑い暑い・・・・
ミネラルウォーターをがぶ飲みしながら歩く・・・

“セキ会長”を含め数人は途中で歩くのを断念して「208高地」の切り通しの日陰で待機。
高齢者にとっては、この暑さの中を歩くのは辛いだろう。
ボートの中でミネラルウォーターを配られたが船の中に置いてきてしまったというので、拙者が持参したものを差し上げる。
この間のペリリュー島での教訓を生かし・・・(笑)
拙者はリュックの中にミネラルウォーターのペットボトルを3本ほど入れているのだ。(笑)
一緒に誰か若い者が付き添っていたほうがいいかな・・・と思ったが、戦跡の誘惑に負けて・・・会長さん達を“置き去り”にしてきた。(笑)
戻る途中、“残置組”を拾って、ボートが停泊している「ツラギ・ホリデー・イン」に向かう。

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笑ってしまうが・・・これが、ホリデー・イン??(笑)
ここのスロープは日本軍の水上機用のものだったという話だが・・・・本当かどうかは知らない。(笑)

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今日の昼食はサンドイッチのお弁当である。

日記 | 10:30:58 | Comments(0)