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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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地獄の海
地獄の海―レイテ多号作戦の悲劇地獄の海―レイテ多号作戦の悲劇
(2004/02)
岸見 勇美

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「多号作戦」とは、マニラからレイテ島への輸送作戦のことである。
昭和19年10月24日の第一次多号作戦から12月9日の第9次多号作戦まで、9次の作戦が行なわれた。
すでに米軍がレイテ島に進攻していた時だから、その輸送は困難を極め、かなりの被害を蒙っている。
なかなか、こういう輸送作戦の記録というのは纏まっていない。
そういう意味では本書は貴重な記録である。
この多号作戦には私自身、思い入れがある。
公式にはこの作戦は第9次で終了したことになっているが、実際には、このあとも輸送作戦が用意されていたのである。
私は勝手に「幻の第10次多号作戦」と名付けているが・・・
この作戦で私の祖父がレイテ島に逆上陸部隊として送られる予定だったのである。
しかし、幸か不幸か、出発の日の朝、米機動部隊艦載機がマニラ港を襲い、この作戦は中止された。
敵機動部隊北上中の情報もあり、海軍は輸送船の護衛を拒否したのである。
もうこれ以上、駆逐艦等の護衛艦船の被害は避けたいということなのだろう。
この空襲以降、多号作戦は再開されることなく終わったので、第9次までとなった。
もし第10次の作戦が実行されていたならば、私の祖父はたぶん、途中の海に沈んだか、もしくはレイテ島で戦死しただろう。
この作戦が中止されたおかげで、祖父はルソン島で戦うことになり、生還したのである。
そういう意味でも、この多号作戦は私の頭から離れない作戦なのである。
残念ながら、本書ではこの「幻の第10次」に関しては書かれていない。
しかし、本書のおかげでこの作戦の全容がわかり大いに勉強になった。

第1章 最後の輸送船団
多号作戦開始
「不知火」不運
最大規模の第2次輸送作戦
「大発準備なく無念」第4次輸送作戦
壮絶、第3次輸送部隊
漂流と彷徨
マニラ湾の地獄
強行される輸送作戦

第2章 オルモックの地獄
第5次輸送第1梯団全滅
猛爆を受けた第2梯団
命令違反
全滅!第6次輸送作戦
悲壮!第7次輸送作戦
別れの杯酌み交わし
オルモック湾の夜戦「竹」の殊勲
漂流海面の日米交流
「竹」の危機
苦戦する駆逐艦「桑」
「桑」の最後

第3章 魔のバシ―海峡
綱渡りの第8次輸送作戦
駆逐艦「杉」孤独な戦い
悲痛、檜垣軍医長の戦死
追尾のSS艇はどうなったか
死の町オルモック

第4章 生と死の間
最後の多号作戦第9次輸送部隊
駆逐艦「桐」の奮闘
オルモック湾に突入
最後の魚雷戦
高田「桐」主計長の友情
駆逐艦「卯月」の最後
「夕月」再度オルモックに突入
帰還途中の難
駆逐艦「夕月」の最後

第5章 最後の晩餐
戦場での奇遇
戦友たち
敵前上陸
伊東陸戦隊の悲劇
伊東陸戦隊のその後
出撃!陸軍特別攻撃隊
『思い出づるは母の顔』
海軍特別攻撃隊の戦い
“カミカゼ”特攻機の恐怖
荒び切る特攻機乗員

第6章 苦難の運命
裸の陸軍部隊
絶望的な戦い
第一師団潰滅
セブ島へ脱出
第26師団の苦闘
『生存者万一帰還せば・・・・』
飢餓地獄
消えた精鋭第68旅団

第7章 レイテ湾の落日
多号作戦の中止を進言
第8師団第5連隊(高階支隊)派遣
カモテス支隊
海没艦艇乗員の不運
玉砕!マニラ海軍防衛隊
降りるも地獄、残るも地獄
海軍陸戦隊の戦い



今年の読書:35冊目




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読書 | 22:35:25 | Comments(0)