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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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少ない女性管理職
共同通信が、主要企業110社に「女性の雇用」に関するアンケートをしたそうだ。
その結果、管理職に占める女性の割合が、課長級が平均5.4%、部長級が平均2.5%、役員級が平均1.7%だったという。
雇用差別をなくす男女雇用機会均等法の成立から25年経つのに、女性の管理職への登用が遅れているというのだが・・・
雇用の機会の均等と管理職への登用は別問題じゃなかろうか?
なんでもかんでも女性を管理職に登用して男女の比率を5対5にしようというのは不自然ではなかろうか?
能力があれば男女の別なく管理職に登用すればいいのであって・・・・
能力が劣っていれば男だろうと女だろうと管理職に登用すべきではない。
一番困るのが、自分に能力があると勘違いしている人である。
これは男女の別なく困ったものであるが、特に女性の場合は「女性だから認めてもらえていない」と「女性」であることを持ち出したりする。
それを持ち出した時点で、管理職には不適だろうなぁ~
物事を冷静に見ていない、ひねくれている、被害者意識が強すぎる・・・・
「男女差別をしている!」などと叫ぶこと自体が自ら「男女差別」をしていることになるのであって、これに気がつかない人は管理職につく資格はないだろう。
「なんで女子高や女子大に男子は入学できないんだ!これは男女差別だろう!」と騒ぐ男はまずいないだろうから、だから男の方が管理職に就けるのかも・・・・

しかし、企業側にも問題がないとは言えない。
「望ましい割合」を尋ねたところ、課長級は平均18.6%、部長級は平均15.4%、役員級は平均14.4%との回答だったという。
この「望ましい割合」って各企業はどうやって算出したんだろうか?
本当に能力があれば男女の別なく管理職に登用するということであれば、男女の望ましい割合などというものは存在しないはずだと思うのである。
このアンケートに答えた「主要企業」の「主要」とは何を基準に決めたのかは知らないけれど・・・・
多分、「大企業」なのであって、「中小企業」ではないんだろうなぁ~
ということであれば・・・「望ましい割合」などを回答する日本の大企業というのは、結構お粗末な会社だということになるのではなかろうか?

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エッセイ | 00:57:41 | Comments(0)
理事会
今日は、夕方から法人会の理事会。
拙者がうっかり出欠の通知を出し忘れた理事会である。
何があっても出席しないとマズイ・・・・(笑)

DSC06899_convert_20101008161235.jpg(理事会)

DSC06906_convert_20101008161615.jpg(懇親会)






日記 | 15:55:21 | Comments(0)
和気あいあい
今日は、母の実家に従姉たちが集まる。
お盆の時は、それぞれの嫁ぎ先で、何だかんだあるので(笑)、時期をずらしてみんなで集まることになったという。
で・・・拙者にもお誘いが来たので“従姉(従兄)会”に参加する。

明日は拙者が尊敬している連隊長だった祖父の命日でもある。
みんなでお墓参りをする。
で・・・近くにある我が母のお墓にもお参りしてくれるという。
なんと有難いことか。
今回の集まりには母の妹である叔母さんも参加。
で・・・母の墓参りで、お線香をあげる順番はどうする・・・という段になった時・・・・
拙者が「叔母さんからどうぞ」と言ったら・・・
「いや、お父さんからどうぞ!」と言われてしまった!
一瞬・・・お父さん???
その後、大爆笑である!
「あっ、間違えた!」と叔母さんが言ったが、もう遅い・・・・
従姉達にさんざんからかわれる。
う~ん・・・・俺はそんなに老けてないと思うんだけどなぁ~
叔母さんに「お父さん」と言われるようじゃ、お仕舞いかぁ~?(笑)

大爆笑のお墓参りを終え、実家で食事会。
今回、叔母は上座に座ることになった。
「どうぞ、どうぞ、上座に・・・」と・・・
「ついに私が上座に座ることになった!」と叔母は大喜び。
叔母は末っ子だったので、親戚が実家に集まった時には、いつも末席だったのである。
1番上の姉が欠席、2番目の姉と3番目の兄と4番目の姉(母)が他界しているので、5番目の叔母が上座なのである。
で・・・拙者は・・・
案の定・・・「はい、“お父さん”も上座にどうぞ!」と言われた!
やっぱりそう来たか!(笑)
拙者は長男なので上には兄弟がいない。
この従姉達が姉であり、兄なのである。
子供の時から兄弟のように扱ってもらったので、今でも従姉というより兄弟みたいな感じ。
姉が3人、兄が1人・・・
だから・・・お喋り大会は大いに盛り上がる。
従姉3人と従兄のお嫁さんと叔母で、女性は5人。
男性陣は従兄と拙者の2名・・・
勝てるわけがない・・・・(笑)
あとから従姉の旦那が遅れて2名加わり、更に叔母の息子である“シンゴちゃん”が加わったが、男性陣は拙者を除くと、みんな大人しい。
やられっぱなしである。
どうも結婚するとみんな嫁さんの尻に敷かれてしまって覇気がなくなってしまうようだ。(大笑)
拙者が一言、従姉妹をからかうと・・・
「今、何て言った?」と女性陣から総攻撃。
旦那連中は・・・・ス~ッと席を離れて退避するのである。(笑)

ここに来る前に、近所のお菓子屋さんで、みんなへのお土産用にお菓子を購入したのだが・・・
「従姉達の集まりに行くんだ~」と話したら店員さんに驚かれた。(笑)
「今時、珍しいですよねぇ~そういうふうに親戚が集まるなんて・・・従姉会ですか?いいですねぇ~」と・・・
そうだよなぁ~
祖父母が亡くなり、伯父、叔母も亡くなると、どうしても足が遠のくのが普通だろう。
従姉達、特に跡取りの従兄のお嫁さんには感謝である。
おかげでイトコ同士が集まれるんだから・・・

大いに笑って、楽しいひと時を過ごして帰宅する。
感謝、感謝である!

日記 | 15:21:26 | Comments(0)
刑場初公開
死刑が執行される刑場が初公開された。
で・・・このことで、いろいろと論議が巻き起こっているらしい。
相変わらず、死刑反対の論議であるが・・・
しかし、今まで刑場が非公開ということのほうがおかしいとおもうのである。
死刑が犯罪の、特に凶悪犯罪の抑止に繋がるというのであれば、大いに刑場を公開すべきではないだろうか?
今まで非公開にしていたこと自体がおかしいのではないか?
悪いことをしたら、こういうところで殺されちゃうんですよ・・・と・・・
死刑を擁護するなら、当然、そうすべきだと思うのである。
刑の執行も一般公開してもいいかもしれない。
ちょっと過激な意見だが・・・・(笑)
誰しも晒し者にはなりたくはないだろう?
しかも自分が死ぬ瞬間なんか興味本意では見てもらいたくないはずである。
晒し者になっている姿を見たら、死刑にはなりたくないと思うだろう。
それこそが凶悪犯罪の抑止力につながるんじゃないか?
人知れず処刑されていたのでは、犯罪を犯した人間だけが後から犯した罪の大きさに気がつくだけで、これから犯罪を犯そうという連中はその怖さを知らないわけだから、犯罪の抑止にはなるまい?
本気で犯罪の抑止を考えているなら、刑場の公開は当然である。
犯罪者が「殉教者」「教祖様」的に祀り上げられてしまう危険性のあるものは除いて、できれば処刑も公開した方がいいんじゃないだろうか?
ショッキングなシーンとなるから子供への影響を勘案しなくてはならないだろうが・・・
今回の刑場公開に対して、死刑廃止を求めているアムネスティ・インターナショナルは「死刑執行の残虐さを隠そうとする不十分な公開だ」と批判したという。
ん?公開が不十分?
確かにその通りだと思う。
反対派もそう言っているんだから、もっと大いに公開すべきである。
死刑執行が残虐とのことだが、残虐な犯罪を犯したから残虐な死刑という刑に処されるのである。
何をかいわんや・・・である。
お菓子を万引きしたくらいで死刑になるわけではない。
その罪の重さとその罪に対する罰のバランスというものはあろう。
大いに公開すべし・・・である。

エッセイ | 00:11:43 | Comments(0)
高校無償化
文部科学省が高校無償化法に基づく就学支援金を、朝鮮学校に通う生徒に支給する方針を固めたそうだ。
日本の高校の教育課程に類することが専門家の会議で認められたからだと言うが・・・
正直言って「朝鮮学校」と聞くといいイメージがない。
どうしても反日的な教育をしているんじゃないかという気がしてしまうのである。
母国の言語や歴史、文化を伝えるという純粋な目的ならいいのだけれど・・・
日本に住んでいながら日本の学校なんぞには入らないぞと意地を張っているように見えてしまうのである。
これは私の偏見だろうが・・・
さて、これは朝鮮学校に限った事ではなく、日本の学校にも言えるのだが・・・
日の丸の掲揚を拒否したり、君が代の斉唱を拒否するような学校にも適用されるのだろうが、そういう学校に国がお金を出してやる必要がどこにあるのだろうかという気もするのである。
更には、そもそも高校を無償化しようという発想はどこから出てきたんだろうか?
高校は義務教育ではないはずだが・・・
高等学校という「高等」という文字を冠しながら、通っている生徒たちのだらしない恰好はなんだろうか?
とても「高等」とは言えない格好なのだ。
果たしてこれら「低俗な」彼らの就学支援をしてやる必要があるのだろうか?
それより義務教育の小学校、中学校のほうに手厚く支援するのが筋ではあるまいか?
給食を無料化にするとか・・・・
高校は義務教育じゃないんだから、いくら高校への進学率が高いからと言ってもそこまで面倒を見てやる必要はないんじゃないか?
誰が、高校の無償化なんて考えたんだろう?
筋が通らないと思うんだよねぇ~

エッセイ | 23:56:24 | Comments(0)
忘れてた!
法人会事務局の“アサヒさん”から電話・・・・
嫌な予感・・・である。(笑)
彼から電話がかかってくるというのは滅多にない。
で・・・
用件はやっぱり・・・

今度の理事会の出欠通知が出ていないという電話であった。
やっちまったぁ~!
忘れてた!
“顔から火が出る”とはまさしくこのことぞ。
いやぁ~恥かしい~!

理事会の案内を郵送しているという。
が・・・拙者には受け取った記憶がない。(笑)
とにかく口頭で出席することは伝えて、郵便物を探してみたら・・・・
あった!
しかも封を切っていない!
あとで中を見ようと、そのままポイと置いて・・・
その上に次々と別の郵便物が乗っかり・・・・(笑)
で・・・埋もれてしまっていたのである!

他人に会合の出欠通知に関してうるさく言うわりには、年に1回ほど必ずこういうドジを踏む。
いやぁ~恰好がつかない。(笑)

生前、母には「お前は郵便物をそのままにしておく癖があるから、届いたらすぐに中身を確認しなさい」と言われた。
亡くなる直前の注意だから・・・・まさしく遺言である。
にもかかわらず、相変わらずやってしまった!
成長してねぇなぁ~

日記 | 11:00:55 | Comments(0)
環境負荷
世界中の人が日本人と同じ暮らしをしていたら、地球が2つ以上必要になるのだそうだ。
世界自然保護基金(WWF)ジャパンが「エコロジカルフットプリント」という指標を使ったところ、そういう結果が出たそうである。

「エコロジカルフットプリント」というのは、人間が生きていくのに必要な食料を生み出す耕作地や漁場、生活に伴って排出される二酸化炭素を吸収する森林や海などを合計した面積で示す指標なのだそうだ。
(わかったようで、よくわからないのだが・・・)

この報告によれば、日本人は国土が本来供給できる量に比べ、7倍近い自然資源を利用しているという。
WWFジャパンは「過度に輸入に依存する食生活を見直し、廃棄される食料や二酸化炭素の排出を減らして、環境負荷を下げる努力をすべきだ」と提言している。
日本の場合、資源の不足分は輸入で補っているわけであるから・・・
当然、日本国土から供給されるものを使っての生産と消費のバランスは悪い。
しかし、自給自足となると、資源のない日本の場合はかなり貧しい生活にならなければならない。
本来の7倍もの自然資源を消費するのはやめろとなると・・・・
う~ん・・・「国民総乞食」状態になるのではないだろうか?
確かに、賞味期限切れのコンビニ弁当がポイポイ捨てられているし、レストランでの食べ残しもポイポイ捨てられているのだから、これは見直さねばならないだろう。
果たして大量生産がいいかどうか・・・・
大量生産、大量消費ならバランスはいいが、大量生産、大量廃棄では問題である。
だいたい、「ダイエット」なんていう言葉が存在している方がおかしいのである。
必要以上に食べるからブクブク太るんだろう?
食べなきゃいいんだよね?
貧困にあえいでいるアフリカの諸国では「ダイエット」という言葉はないだろうなぁ~

環境負荷を減らすのには「鎖国」をしてしまうのが手っ取り早いが、まさかそういうわけにも行くまい。
が・・・必要以上の食べ物の摂取は自粛した方がいい。
企業もコストを下げるための大量生産というのはやめた方がいい。
が・・・日本国民は愚かだからなぁ~
野菜の値段がちょっと上がったぐらいで「野菜が食べられない!」と大騒ぎである。
値段が10倍にも100倍にもなったのなら話はわかるが、たかだか数十円くらいでも大騒ぎである。
無駄なお菓子を買うのをやめりゃ、野菜は買えるだろうに・・・・
ブクブク太っている中年主婦をスーパーで見かけるたびにそう思うのである。
こういう“おばちゃん”たちを何とか教育しない限り環境負荷は軽減されないと思うのである。
WWFは特にこういう“おばちゃん”たちに訴えかけるべきである。
いっそのこと肥満体の人には「環境負荷税」をかけちゃおうか?

エッセイ | 19:41:32 | Comments(0)
暑中見舞いの返事
戦友会の会報を会員の皆さんに送ると、毎回、何人かの会員さんから励ましや感謝のお手紙やお葉書を頂く。
嬉しいことは嬉しいのだが・・・・
生来の筆不精、面倒くさがり屋なので・・・
なかなかすぐにお返事が出せない。(汗)
申し訳ないなぁ~と思いながら毎日過ごしているのだからストレスも堪る。

昨晩、ようやく一気に書いて・・・・
今日、まとめて郵送した。
これで、ずっと気になっていた一件が落着する。(笑)

みなさん、ご高齢なので、1日、1日が貴重なのである。
今日は元気でも明日はどうなるかわからないのである。
だからすぐにお返事を差し上げなくてはならないというのに・・・・
それをわかっていながら、なかなか重い腰が上がらないというのは拙者の怠慢なのだ。
毎回、反省しているつもりなのだが・・・・
改善されない・・・・
なんたることぞ・・・・と思うのだが・・・
性格なんだろうなぁ~
ササッとすぐにお礼状を書いて投函できる人がうらやましい。
この怠惰な性格を少しでもなんとか改善せねばと今回もまた思う。
反省するだけなら猿にでもできるという言葉は知っているが・・・・
またもや反省・・・・・

日記 | 23:45:52 | Comments(0)
「指紋の神様」の事件簿
「指紋の神様」の事件簿 (新潮文庫)「指紋の神様」の事件簿 (新潮文庫)
(2006/10)
塚本 宇兵

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第1章 指紋とは何か
刑事から指紋捜査官へ
白衣姿だけの不思議な光景
突然の配置転換
指紋捜査官の第一歩
サルと人間にしかない?
モノをつかむためには不可欠
人間はいつから指紋と付き合ってきたか
信頼と忠誠の象徴から犯罪の象徴へ
終生不変―何度でも再生する
万人不同―世界に唯一のもの
指紋学の発展―ハーシェルとフォールズの功績
どのように個人を識別するか―符合するのは1兆分の1の確率
ヘンリー・システムの浸透―指紋は個人識別の根拠となりえるか
犯人逮捕の決め手として
大場茂馬と平沼騏一郎―日本への指紋法導入
指紋制度をめぐる警察機構の変遷
捜査手法は日々進化していく
素人には困難な指紋照合
鑑識課の改革に踏み切る
「頭は冷静に、こころは熱く」の思いで
長くつづいた「人に訊く」捜査手法
事件現場に入れないことも

第2章 指紋が語りかけるもの
転機―Kホテル事件
不可思議な死体
指紋が事件解明の発端となる
指紋に「開眼」
経験がモノを言う―片鱗指紋の照合
犯行現場を読む―現場指紋の対照作業手順
条件によっては見えないこともある―現場指紋
職人技の見せどころ―指紋採取のむずかしさ
不十分だった指紋照合―3億円事件
染み込む指紋―検体の材質で変わる現場指紋
指紋採取に対する根強い抵抗感―有楽町3億円事件
700万人分の指紋照合で事件解決
遺留指紋の最大の敵
水没した指紋―池袋・ホテル内女性殺人事件
指紋だけが真実を語る
指紋捜査官に求められる洞察力
逃走ルートはどこか―赤隄女子大生殺人事件
あるべきところに指紋がない!?
鑑識技術指導でフィリピンへ
指紋はどんな事件も解決に導く―イメルダの壺事件
帰国間際の日本人殺人事件
にわか「特別捜査本部」で鑑識作業
事件が残したもの

第3章 検出と鑑定をしてみる
指紋係の7つ道具
指紋検出法
副次的検出法
新素材との闘い

第4章 指紋がもつ無限の可能性
指紋照合の決め手―特徴点
指紋照合をしてみよう―入門編
指紋照合をしてみよう―上級編
二度死んだ男
個人識別が不可欠な時代
総指紋登録制度導入の是非を考える
指紋はお守り―まず有用性の自覚から
民間活用でわたしたちの生活は変わる
自己証明の有効手段として

本書を読んでみて、指紋というのは本当に面白いものだとおもった。
個人識別の手法としては100年以上の実績があるという。
しかもその間に、一つとして同じものが発見されていないというのだから驚きである。
一卵性双生児は顔がそっくりなので見誤る可能性があるが、指紋は一卵性双生児といえども一致しないそうである。
過去に存在していて今はこの世にいないという人と照合した場合はどうなんだろう?
それでも一致するものがないとなると、驚き以上に驚異ではないだろうか?
江戸時代の人と照合したとしても私の指紋と一致しないとなると・・・・
人類がこの地球に存在してから今まで、同じ指紋を持った人はいないとなると・・・
指紋のパターンは何通りとなるのだろう?
恐るべし・・・・である。

日本は世界で初めて「指紋自動識別システム」の開発に成功したという。
アメリカあたりが最初かと思ったら日本が世界初だそうだ。
これにも驚いた。
昭和58年(1983年)10月から稼働しているそうで、それまでの人の目と経験が頼りだった作業を機械が手伝うようになり照合にかかる時間が大幅に短縮されたという。
しかし、難しいのは指紋の採取ではないだろうか?
さらに重要なのは現場の捜査官が指紋の採取に認識を持っていてくれなくてはならないという点である。
3億円事件では容疑者の少年から指紋の採取を行なっておらず、その少年に自殺されてしまったため、遺留指紋との照合が永遠に不可能となっている。
もし、指紋の照合をしていれば、この少年が犯人だったのか、そうじゃなかったのかどうか明確な答えが出ただろう。
もし不一致なら、今もって3億円事件の謎に彼のことが取り上げられることはない。

照合システムが素晴らしくても、指紋を採取するというシステムが不備だったら何にもならない。
近年、犯人が検挙されない事件が多くなったような気がするのだが・・・・
これは照合する指紋の採取数が足りないのだろか?
外国人が犯人のため照合できないのか?
もしそうだとなると、国際的な指紋データが必要となる。
指紋照合での犯罪の解明は古風な手法のようにも思えるが、これからも益々進化する可能性のある手法だと思う。
肝心なのは遺留指紋の採取と指紋データーの構築だな・・・・そう思った。

なかなか面白く読みやすくわかりやすい本だった。



今年の読書:41冊目



読書 | 22:22:39 | Comments(0)
歩2戦友会
今日、歩兵第2連隊の戦友会が大子の温泉宿で1泊2日で開催される。
拙者も、この会合に参加させて頂けることになり、車を飛ばして大子に向かう。
この地は、その昔(笑)、拙者が会社の納品や打合せで来たことがある場所。
だが・・・久々なので・・・
我が家からここまでどのくらいの時間がかかるのかすっかり忘れてしまっている。
2時間もあれば十分だと思ったが、なんとも不安になり3時間の余裕を見たら・・・
なんと1時間半ほどで到着してしまった!
あらら・・・(笑)
まぁ、遅刻するよりはいい。
なにせ、山道を走るので、途中で何かあっては・・・と十分に余裕を見たのだが、それにしても余裕の見過ぎであった。(笑)
昼食もとらず走っていたので、その昔、何度か入ったことがあるレストランで昼食をとる。
で・・・読書をしながら時間を潰す。
不思議なことに昔、最後にこの店を訪れた時に読んだ本を覚えている。
そういうことは滅多にないのだが、どういうわけか思い出した。
あの席で、あの本を読みながら食事をしたんだよなぁ~と懐かしく思う。
で・・・店を出るとき・・・・
レジでお店の人に声をかけられた。
「以前、よくうちに来てくれてましたよねぇ~こちらに来たのは久し振りなんですか?」
「エエッ!覚えていてくれてたんですか!5~6年ぶりになりますかねぇ~」
いやぁ~覚えていてくれていたとは嬉しいではないか!
こういう一言は嬉しい!
今度はいつになるかわからないが、又来ようと思う・・・・

温泉宿に到着したがロビーには誰もいない。
フロントに尋ねたら、みなさんすでに部屋に入っているというので、お部屋を訪問した。
初めての参加なのでどなたとも面識がない。
恐る恐る(笑)挨拶したら、気持ちよく歓迎された。
すでに皆さんは酒盛りが始まっていたのである!(笑)
早速、日本酒やらウィスキーやらを振舞われた。
まだ・・・午後3時になってもいないのだが・・・(笑)
まもなく、以前お会いして面識のある事務局長の“カゲヤマさん”、広報部長の“シラカタさん”が到着。
今回の参加者は拙者を含めて12名。
お話を聞いたら、戦友は2名だけで、他の多くの人は遺族というわけでもないという。
趣旨に賛同している有志なのだそうだ。
皆さん和気あいあいなので、こちらとしても入りやすく助かった。

温泉に入り、夕食は食堂で他の宿泊者と一緒・・・・
部屋に戻ってから一室に集まり、わいわい雑談大会。
最後は、40代の広報部長を始めとする40歳代の3人と50歳の拙者の4人でおしゃべり。(笑)
そうかぁ~昔はこういう会合では拙者はいつも最年少だったのだが・・・
ついにそういう年齢になってしまったのかぁ~
不思議な気分である。
3人ともよく戦史を調べている。
ある意味、ペリリュー島の戦いに関してはマニアックといってもいいかも・・・(大笑)

いやぁ~参加して良かった。
楽しいひと時が過ごせた。
来月、“カゲヤマ事務局長”、“シラカタ広報部長”と、今回青森から参加された有志の“ヨコハマさん”の3名と一緒にペリリュー島へ行くので、今回の会合に参加したが、これは正解だった。
“ヨコハマさん”とは初対面なので、ここでおしゃべりが出来たのはよかった。
他の参加者からペリリュー島への慰霊の件の通知はなかったが・・・との質問が出たが、今回は有志だけでの戦跡と遺骨の調査ということで御理解してもらったようである。
さぁ、ペリリュー島の訪問が楽しみである。

日記 | 21:33:27 | Comments(0)
器物損壊の処罰法
笠間市立笠間小学校で校舎の窓ガラスが45枚、隣接する笠間市立笠間幼稚園でも窓ガラスが14枚割られていた。
総額32万円相当の損害だという。

犯人はまだわかっていないが・・・
多分、若い連中がやったのだろう。
(非行少年少女の犯行ということで話を進めるが・・・)
夏休みになると、調子に乗ってこういうことをする連中がいる。
これは器物損壊罪に問われる事件である。
器物損壊罪は懲役3年以下もしくは30万円以下の罰金もしくは科料である。
どちらかといえば軽い罪だろうから、何年も少年院に入るということはあるまい。
もしかしたら、「金を払えばいいんでしょ~」で終わってしまうかもしれない。
犯人が少年少女であれば、将来のことを考えて・・・と穏便に済ませてしまう可能性もある。
しかし、これは逆効果ではないだろうか?
自分たちがやった行為にたいして責任も反省もしないのではないか?
「バレたのは運が悪かった」という考えを持ったままでは、彼等の将来が不安である。

そこで・・・・新しい処罰法!
まずは「更生施設」に入所させ、刑期が3ヶ月なら3ヶ月ここに収容する。
ただ、収容していただけでは、彼等が反省するわけがない。
割ったガラスの取り換え工事をガラス屋さん立ち会い指導のもと、自分たちで修復させる。
小学校のガラス45枚と幼稚園のガラス14枚・・・・
上手く出来ないときは上手く出来るまで何度でもやらせる。
これが終わっても、刑期が残っていますから・・・
刑期が満期になるまで更生施設から毎日刑務官に引率されて小学校と幼稚園に行く。
で・・・毎日、窓ふき!
できれば「私がガラスを割りました」と書かれたTシャツなどを着させると効果は満点であろう。
毎日毎日、学校の窓ガラスをピカピカに磨かせるのである。
これで、彼等は2度と窓ガラスを割るなんていうことはしないだろう。
「ガラスを割ってはいけませんよ~」なんて口で教えても無駄である。
体で覚えさせるべきである。
今度またやったら、再犯だから刑期が長くなる。
毎日毎日「私がガラスを割りました」と書かれたTシャツを着て学校には行きたくあるまい?
これが指導的刑罰ではないか?
罰金を払わせてOKなんていうのはもってのほかである。

この刑罰の副産物は・・・
もしかしたら、ガラスの取替や窓ふきの技術を身につけて将来いい職人になる可能性があるということ。
職業訓練にもなるからいいのではないか?
ただ漫然と少年院に入れておくとか、罰金で済ませて放免にしたのではもったいない。
いい機会なのだから大いに学ばせるべきである。

エッセイ | 23:03:16 | Comments(0)
食糧自給率はどうなる?
農林水産省はコメ農家への戸別所得補償制度の実施により、コメの過剰作付面積が昨年度に比べて1万ヘクタールほど縮小する見通しだと発表したという。

ん?
「過剰作付面積」?
よくわからない・・・・
日本の食糧自給率っていくつだっけ?
確か、かなり低かったと思うのだが・・・
コメ(米)だけは過剰なのか?
どうして作付面積を減らさなければならないのかがよくわからない。
戸別所得補償というのは、「金をやるからコメの作付をやめろ」ということ?
となると・・・これは即ち「金をやるから働くな」ということと同じではないだろうか?
これでは人間を駄目にしてしまうのではなかろうか?
コメが余ってしまう時は輸出して・・・・
コメが不作で不足した時は輸出をしない・・・・
これが健常ではないだろうか?
必要量のコメだけを作っていればいいという硬直した考えだと、いざ不作になった時は、即、コメ不足に陥ってしまうのではないだろうか?
となると・・・コメを輸入しなくてはならない。
しかし・・・日本が困るのを楽しむ国もあるだろうから・・・
足元を見て高値で吹っ掛けてくるかも知れない。
コメを作らせないために金を払い、コメを輸入するために金を払う・・・というバカバカしい話にもなりかねない。
本当に作付面積を減らしていいのかねぇ~
国家の危機管理という観点から見たらどうなんだろうか?

エッセイ | 22:19:42 | Comments(0)
竹橋事件の兵士たち
竹橋事件の兵士たち―近頃人民一般苛政に苦しむにより (1979年)竹橋事件の兵士たち―近頃人民一般苛政に苦しむにより (1979年)
(1979/05)
不明

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竹橋事件というのは、明治11年8月23日の夜に起った日本で初めての兵士の暴動と言われている。
主に東京竹橋にあった近衛砲兵大隊が主力となって起こした反乱で、兵卒のうち200名以上が蜂起。
制止する隊長の宇都宮少佐と深沢大尉を殺害し、山砲を2発撃って、うまやに火を放ち、隣りの近衛歩兵第2連隊に共同蜂起を呼びかけた。
近衛歩兵連隊から呼応したのは30数名。
逆に砲兵に対して小銃射撃をする始末。
結局、翌日の8月24日午前2時には鎮圧されてしまった。
反乱軍は「徒党暴動」ということで10月15日、53名が深川越中島の刑場で銃殺されたのである。
この日本歴史始まって以来の兵士の反乱事件で、しかもかの有名な2・26事件よりも大量の死刑者を出した事件にもかかわらず、なぜか歴史上に現れてこない事件なのである。
「闇に葬られた」と言ってもいいかもしれない事件である。

この事件を複数の著者が書いたものをまとめたのが本書なのだが・・・・・
困ったことに文章のあちこちに「左翼的」言葉がやたらと出てきたりするのである。
おかしいなと思ったら・・・著者たちは共産党員を始めとする左翼の人達なのである。
つまり、共産党員によって書かれたものは、どうしても共産党的な表現になってしまうのだろう。
これがどうしても私の神経を逆なでするのである。(笑)
本書は1979年に発行されているが、発行当時の政府与党(自民党)の批判まで飛び出す始末。
内容的には非常にいいのだが・・・・
純粋に歴史の中に埋もれた事実を掘り起こすというのであれば全く問題のない良書である。
が・・・そこに思想的なものもチラチラと混ぜられたのでは興ざめである。
遺族や関係者、子孫を訪ねて丁寧に調査しているのに・・・もったいない。
「私たち竹橋兵士の掘り起こし運動は、これからますます全国的連帯をかちとりつつたかまってゆくだろう」とまで書かれては“右”の私としては興ざめ・・・・
「連帯」とか「勝ち取る」とか、どうしてそういう言い方をするんだろうか?
純粋さが感じられなくなる。
兵士たちの蜂起を「階級闘争」という観点から掘り起こしたのだろうか?
純粋な歴史の掘り起こしではないのか?
山県有朋をボロクソに切り捨てるあたりは、いかがなものだろうか・・・・
テーマも内容も悪くないのに全くもって、もったいない・・・・
どうして“左”はこういう書き方をするんだろう?
目ざわりである。
“左翼”特有の言い回しを全て塗り潰して読んでみると、なかなかいい内容の本である。
この本に対しては、そういう読み方をお勧めしたい。

竹橋事件発掘の意義と問題(平野義太郎)

竹橋事件と国民の歴史意識(高橋磌一)

竹橋事件の真相を追う(麻生三郎)
近衛兵の反乱
軍事裁判と判決
歴史を抹殺・偽造した明治政府
兵士の処遇と軍隊内の矛盾
「蜂起」をめぐって
自由民権運動の影響
岡本之助の役割
明治専制政府と竹橋事件
真相究明運動と今後の課題

秩父路の兵士たち(中沢一朗)
90年前の葉書
3人の兵士たち
墓碑を追って
顕彰のうた
(短歌)秩父路に殉職者の跡をたずねて(多田妙)

蜂起の日を命日に(多田留治)
~近畿、中国の兵士をたずねて~
1人の兵士に建てられた2つの墓
兵士とその家族たち
蜂起の日を命日に

埋火(ひだね)を掘る~上州の兵士をたずねて~(藤林伸治)
密封された佐藤種五郎
恨みの天長節
“天皇に鉄砲むけた菊池作次郎”の末裔たち

崖下の墓標~東京の兵士をたずねて~(野村正太郎)
手がかり
模索
発見

成立期における日本軍隊の特質(藤原彰)
諸藩連合軍から中央直属軍へ
徴兵令とその矛盾
西南戦争から軍人勅諭へ

岡本之助と陸奥宗光(絲屋寿雄)
岡本之助の奇怪な行動
紀州派の暗躍と警視庁
西南の乱と陸奥の紀州募兵策
土佐派の政府顛覆計画と陸奥
陰謀の暴露と一斉検挙
陸奥被告奪還の夢と岡本

兵士たちの生活とこころ(対談)(澤地久枝・高橋正衛)
草創期の日本軍隊をめぐって
兵士たちの生活と不満
戦争体験と明治人
天皇の軍隊への端境期
「徴兵の制を議し、民権論に渉」った兵士たち
山県らの謀略への疑い

「竹橋事件」研究史小論(松尾章一)

資料篇(麻生三郎・松尾章一編)



今年の読書:40冊目




読書 | 19:24:19 | Comments(0)
通夜に参列
商工会議所会頭のお母さんがお亡くなりなった、その通夜式に参列する。
思った通り盛大な式である。
受付のテントがズラ~リ・・・・・
さて、どこで受付すればいいか・・・脱藩浪士は迷ってしまうのである。
各団体、関係者の受付担当者に知人が多かったので、なおさら迷う。
驚いたことに、元従業員が隣りのテントで受付をしていた。
声をかけられ挨拶されたが、一瞬誰だか分らなかった。
いやぁ~お恥ずかしい。
拙者は人の顔とか名前を覚えるのが苦手なのだが、覚えても忘れるのがまた早いのである。(笑)
廃業して何年も経ち、自分の会社の元従業員の顔も忘れてしまっていたのには参った。(大笑)

大勢の参列者が来るので、先にお焼香を済ませ、遺族にご挨拶しておく。
息子は拙者の妹の同級生だし、法人会の理事でもある。
法人会青年部会の副部会長としては挨拶しておかねばなるまい。
喪主である会頭は、拙者の母の葬儀にも来て下さった。
以前から同じ製造業仲間として存じ上げている。
しかし、母の葬儀の時には指名焼香をお願いしなかった。
肩書より、本当に母と親しかった方に指名焼香をお願いしたかったからなのだが・・・
葬儀後、友人から「いくらなんでも商工会議所会頭が来ているのに指名焼香させないとは・・・」と非難された。
拙者は自分のポリシーを優先させたが・・・・
考えてみれば、会頭に恥をかかせちゃったかなぁ~という気がしないこともない。
まぁ、「変わり者の息子」ということで勘弁してもらうしかない。
そういう後ろめたい気持ちがないではなかったので、会頭に挨拶するのがちょっと辛かった。(笑)

大勢の参列者がいるので、式場には入りきれない。
ということで・・・第2会場でモニター画面を見ながらの参列となる。
が・・遺族の顔がアップで延々とモニター画面に映し出されるというのも、あまりいいものじゃないなぁ~
ちょっとした仕草も映し出されちゃうんだから、遺族としては堪ったものじゃあるまい。
拙者だったら絶対いやだな。
まぁ、拙者の親父が死んでもこんなに盛大な葬儀にはならないから第2会場が用意されることはない。
だから、間違っても有り得ないが・・・・(笑)

日記 | 23:59:40 | Comments(0)
太平洋戦跡紀行 ペリリュー
太平洋戦跡紀行 ペリリュー・アンガウル・トラック
西村 誠 著
光人社 2007年発行
定価 本体2200円+税

来月、ペリリュー島へ戦跡の調査に出かけるので、その前にちょっと目を通しておこうと思い読んだ本。
写真も豊富だし、簡単な戦史も書かれているので参考になる。

ペリリュー
アメリカ軍上陸海岸
キャンプベッグドッグ
海軍司令部跡
朽ち果てた司令部跡
戦場の遺物
九五式軽戦車
水陸両用戦車LVT(A)4
飛行場周辺に残されていた日本軍と米軍の戦車たち
千明大隊トーチカ
短20センチ砲
海軍砲台
戦争体験を持たず戦後体験を共有する人々
第2連隊本部壕
現在では無人となっている島の南部には墓標が散在
ペリリューの人々

アンガウル
アンガウル島
上陸海岸
アメリカ軍重爆撃機
島民の半分は島に残り日本軍の戦闘を見ていた
北部山岳地帯
アンガウル神社

パラオ本島
パラオ環礁
海軍沿岸砲台
零式艦上戦闘機
特二式内火艇
戦中よりも戦前のことをよく覚えている人々
15センチ速射砲
バベルダオブの戦跡
小学校跡

トラック・パラオ戦記
絶対国防圏の選定
トラック大空襲
パラオの防衛
ペリリュー島上陸戦
ペリリュー島の攻防
ペリリュー島逆上陸
ペリリュー島持久戦
ペリリュー島玉砕
アンガウル島上陸戦
アンガウル島持久戦
アンガウル島玉砕
パラオ守備隊の持久戦

トラック諸島・夏島
トラック泊地
トーチカ上の倉庫
海軍施設の現在
日本軍石油タンク
人々の胸に生々しく残るトラック大空襲の記憶
日本軍砲台跡
夏島の人々

トラック環礁&竹島
海底に眠る艦船
何時も不可思議な感覚に包まれ続けた潜水体験
竹島と基地跡
海軍士官クラブ跡
12.7センチ高角砲
士官クラブ跡に住む家族

トラック諸島・夏島
春島砲台
トラック政庁の首都は開発された観光都市に成長
日本軍の対空機銃

トラック・パラオ訪問記
陸上の戦跡は期待せずに訪問した
大空襲の実態を今に伝える沈没船
夏島に手付かずのまま残る戦場跡
半世紀が過ぎても生々しい激戦の跡
駆け足で巡ったアンガウルの戦跡
圧倒的な美しさの珊瑚礁と緑の島



今年の読書:39冊目





(実際にペリリュー島へ行った後の感想)

実際にペリリュー島とパラオ本島のコロール島に行って、帰って来てからもう一度本書に目を通してみた。
正直言って、一転して本書の内容が物足りないという思いを感じた。
ペリリュー島、コロール島などパラオだけでも1冊になるほどの戦跡があるのである。
が・・・本書では、そのほんの一部が紹介されているにすぎない。
お粗末と言っては著者には失礼だが、この程度の内容でも出版することが出来るのかと唖然とした。
ペリリュー島の内容は、よくある戦跡ツアーで廻る内容をなぞっているだけである。
実際にジャングルの奥地に入って調査した私としては物足りない。
実際に現地に行かねば駄目だなということがよくわかった。
あの場所、この場所・・・が抜けている・・・紹介されていない・・・という思いばかりとなる。
しかし、何も知らない超初心者への戦跡紹介の本としては手ごろではある。
事細かに紹介しては、あとで戦跡が荒らされる可能性が出てくるので、そういうことを考えるとこの程度の紹介が妥当かもしれないとも思う。
私もホームページでどこまで紹介しようかと悩むのだから・・・・
このようなテーマを扱う難しさを改めて感じた。




読書 | 14:17:38 | Comments(0)
日露戦争の秘密
日露戦争の秘密―ロシア側史料で明るみに出た諜報戦の内幕日露戦争の秘密―ロシア側史料で明るみに出た諜報戦の内幕
(1994/10)
デー・ベー・パヴロフエス・アー・ペトロフ

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第1部 日本側の軍資金とロシア革命
第1章 明石元二郎、反政府派との最初の接触
第2章 ロシア諸派行動調整の試み(パリおよびジュネーヴでの合同会議)
第3章 ジョン・グラフトン号と武装決起の準備
第4章 シリウス号とカフカースへの武器搬入
附録 マナセヴィッチ=マヌイロフの警視総監宛て報告

第2部 日露戦争時におけるロシア側の諜報活動および防諜活動(資料)
第1章 日露戦争時における諜報活動と防諜活動の任務
第2章 二重スパイ(ホセ・ギディス事件)
第3章 日本側諜報員の日記

本書はロシア人が書いた日露戦争時の諜報戦に関する本である。
ロシア側の史料を駆使しており、よく書かれているが・・・・
なにせ外国人の書いた本の翻訳本というのは私には読みづらい。
言い回しが難しいというか、廻りくどいというか・・・・
それに登場人物の名前も聞きなれていないため頭に入らない。
読んでいるうち、誰が誰だったのやら・・・
驚いたのは、反政府活動家などの肖像写真が何人も掲載されていること。
よくもこういう肖像写真が残っていたものだと驚いた。
当時の日本人の場合はどうだろう?
日露戦争で活躍した諜報員や軍人などの肖像写真などは残っていないんじゃあるまいか?
というより、写真自体を撮っていないかも。
ロシア側に処刑される日本のスパイの写真なども掲載されている。
ショックである。
もうひとつの驚きは、日本の諜報活動のレベルの高さである。
ロシアより数段上を行っていたらしい。
ロシア側の史料でも、自国の諜報活動、対諜報活動がお粗末なことを何度も訴え改善を求めている記録がある。
これらを読んでいると、本当に日本の諜報活動は凄かったのだろうかと信じられない気がしないでもない。
“誉め殺し”ではないか?・・・・とさえ思えてきてしまう。
これほどの高いレベルの諜報活動をしていた日本が、いつの間にレベルの低い国になってしまったのだろうかという疑問が湧いてくる。
日露戦争当時の諜報活動、秘密工作はレベルが高かったのに、日中戦争、太平洋戦争、そして現在と、時代を経て行くに従ってどんどん後退しているような気がするのだ。
第2部の史料集は、公文書や電報等の写しばかりで読み物としては全く面白みのないものであるが、研究者にとっては貴重な史料だろう。
基本的には本書は史料集であり、捕捉として日露戦争の諜報戦の事の経緯を載せているという本である。



今年の読書:38冊目



読書 | 12:00:30 | Comments(0)
観濤所
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観濤所(かんとうしょ)
市文化財指定 昭和46年9月21日 名勝・工芸品
所在地 ひたちなか市磯崎町3602

江戸時代の天保4年(1833)頃、第9代水戸藩主徳川斉昭(烈公)がこの地を訪れ、聞きしにまさる雄大な景観に感動し、水戸藩内随一の波浪の見どころとして「観濤所」と命名し、水戸八景の番外景勝地として碑を建てさせたといわれています。
碑は、江戸時代から磯崎石として広く知られた海岸の自然石を用い、碑面には斉昭公自筆の隷書が刻まれています。
昭和10年に、この碑を風化から保護するために、当時の平磯町で大谷石の碑覆堂(ひふくどう)を造りました。
当地を訪れた多くの文学者達もこの観濤所を高く評価し、明治時代の文豪大町桂月(おおまちけいげつ)の紀行文「水戸の山水」や、菊池幽芳(きくちゆうほう)の小説「乳姉妹(ちきょうだい)」などの作品にも描写されています。

(説明板より)

DSC06896_convert_20100925143136.jpg(観濤所から見た景色)



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史跡 | 13:56:15 | Comments(0)
反射炉
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茨城県指定史跡
那珂湊反射炉跡

幕末、那珂湊沖にも異国船が出没するようになり、水戸藩第9代藩主徳川斉昭が、海防の要を唱えて領内各地に砲台を築くため、大砲鋳造を目的として当吾妻台に建設したのが反射炉(大型の金属溶解炉)である。
建設にあたっては、薩摩藩士竹下矩方、三春藩士熊田宗弘、南部藩士大島高任らの協力を得て、那珂湊の大工飛田与七や瓦職人福井仙吉が尽力した。
安政2年(1855年)に1号炉(西炉)、同4年に2号炉(東炉)が完成した。
高さ約15m、使用された耐火煉瓦は約4万枚といわれている。
元治元年(1864年)元治甲子の乱で破壊され、昭和12年に現在の模型が、ほぼ原型どおりに復元された。

指定日 平成16年11月25日
設置者 ひたちなか市教育委員会

(説明板より)


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反射炉〈1〉―大砲をめぐる社会史 (ものと人間の文化史)反射炉〈1〉―大砲をめぐる社会史 (ものと人間の文化史)
(1995/04)
金子 功

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反射炉〈2〉―大砲をめぐる社会史 (ものと人間の文化史)反射炉〈2〉―大砲をめぐる社会史 (ものと人間の文化史)
(1995/04)
金子 功

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史跡 | 13:29:18 | Comments(0)
山上門
DSC06848_convert_20100925124828.jpg

山上門
ひたちなか市指定建造物

平成4年6月25日指定
ひたちなか市栄町1丁目10番

この門は、水戸藩江戸小石川邸(現在の東京都文京区小石川町)正面右側の門で、江戸時代後期に勅使奉迎のために特に設けられた門である。
小石川邸の建物はこの門のほかは全て失われており、今日残存する邸唯一の建築物である。
名前の由来は、後に小石川邸内の山上に移築されたことによるという。
幕末動乱期には佐久間象山(兵学者)、横井小楠(政治家)、西郷隆盛(政治家)、江川英龍(兵学者)、橋本左内(思想家)ら幕末、維新史上重要な役割を担った諸藩の志士たちもこの門をくぐりm、小石川邸に出入りしたといわれる。
形態的には薬医門である。
薬医門は本柱と控柱を結ぶ梁の中間に束をおき切妻屋根をのせた門で、江戸時代後期の典型的な屋敷門である。
昭和11年に那珂湊出身の深作貞治氏が、当時の陸軍省から払下げを受け、那珂湊の当地に移築し保存したもので、昭和32年に那珂湊市へ寄贈されている。

ひたちなか市教育委員会

(説明板より)


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史跡 | 12:46:14 | Comments(0)
久し振りのドライブ
水戸藩士の“シミズくん”からお誘いの電話。
「水戸の護国神社にいきませんか?」という。
拙者は毎日暇である。(笑)
ホイ、ホイ、と誘いに乗ることにした。

今日は「終戦記念日」である。
正しくは「敗戦記念日」だと思うのだが・・・世間では「終戦記念日」と言っている。(笑)
靖国神社は、さぞかし大混雑だろう。
さて・・・護国神社の場合はどうなんだろうか・・・・
そういう興味もあるので行ってみる。
で・・・その結果は・・・
唖然!
誰もいない!(笑)
若いお母さんと子供の1家族だけがお参りに来ていただけ・・・・・
う~ん・・・これはどういうことだ?
「終戦記念日」というと、いつでも靖国神社が話題になるが・・・・
護国神社は無視か?
護国神社がなんたるかを誰も知らないのか?
こうなると、8月15日に靖国神社に参拝する人が、益々ミーハーに見えてくる。
わざわざ茨城から靖国神社へ参拝に行く奴がいたらミーハーである。
お参りしたいなら地元の護国神社に行くべきだろう。
地元出身の英霊が祀られている(ことになっている)んだから・・・
東京在住の人だけが靖国神社にお参りに行けばいい。

拙者はこの時期に靖国神社にはお参りにはいかない。
8月15日だけを特別な日のように扱っている世間への反発からである。(笑)
英霊たちにとっては毎日が“命日”なのであるから・・・・
普段からお参りしているから、なにもことさら8月15日に行くことはないだろう。

護国神社お参り後、境内にある「ペリリュー島戦没者慰霊碑」にお参りする。
来月、現地に行く予定なので・・・・

昼食は、市内のうなぎ屋さん。
う~ん・・・なかなか美味しかった。
栄養補給完了!
店の近くに栗田寛の銅像があったので撮影!
銅像をゲットしたぞ~!
満足、満足・・・である。

DSC06836_convert_20100925122726.jpg

せっかくだから・・・・
那珂湊周辺をドライブすることにする。
確か、那珂湊には「反射炉」があったはずなのだが、拙者は一度も行ったことがない。
鹿児島、萩、佐賀の「反射炉」には訪問しているが地元には行ったことがないのである。
ここをゲットすると・・・残るは韮山の反射炉だけかな?(笑)
“シミズくん”の運転だから気が楽である。
あっちに行きたい、こっちに行きたいと拙者は希望を言うだけ。(笑)

DSC06857_convert_20100925123729.jpg(反射炉)

う~ん・・・・これまた感激!
水戸藩士君のおかげである。

その後、あっちをウロウロ、こっちをウロウロとドライブしながら帰宅する。
地図を持参してのドライブなら、もっと効率よく史跡巡りができたであろうが・・・・
行き当たりばったりのドライブもまた楽しいものである。

日記 | 12:10:17 | Comments(0)
県立歴史館へ行く
親父が、県立歴史館に行きたいというので、一緒に出かけることにする。
目的は『戦国大名 真壁氏の盛衰』展の観覧。
だが・・・ちょっと、期待はずれ。(笑)
古文書ばかりの展示なのである。
結局、真壁氏って何?・・・・というのがイマイチわからない。
もう少し“ド素人”にもわかるような展示内容に出来なかったのだろうか?
がっかりである。

水戸藩士の“シミズくん”に携帯から電話して、欲しい図録があるかどうか確認する。
折角だからねぇ~
もし、欲しいものがあればお土産に買って帰ろうと思ったが、これというものは結局なかった。
受付の女の子に尋ねたら、歴史館では年2回の特別展の図録は作るが、それ以外の展示のものは作らないのだそうだ。
問題は、その年2回の特別展だが・・・
たいして興味をそそるようなテーマではない。
それより、こういう企画展のほうに興味があるのだが、これは図録を作らないという。
簡単な小冊子でも作ってくれればと思うのだが・・・・
どうも拙者とは歴史館は感覚がずれている。
いや、拙者の方がずれているのか?(笑)

敷地内の「旧水海道小学校本館」の中で、小学生による茨城の偉人に関して調べた研究結果の展示があったので覗いてみた。
模造紙に書かれた、それぞれの児童が調べた研究報告だが・・・・
これがなかなかの出来栄え!
へぇ~こんな偉人もいたのかと逆に教えられる程である。
しかも、子供が書いたものだから非常にわかりやすい。
う~ん・・・・
こりゃ、本館のプロの展示より内容がいいんじゃないか?(大笑)
こりゃすばらしい!
感激である!
いっそ、歴史館は、企画展の企画は彼等小学生に任せた方がいいんじゃあるまいか?(大笑)
下手な学芸員などがやるより絶対そのほうがいい!

日記 | 15:58:30 | Comments(0)
先手を打たれた!
先月末から妹は子供3人を連れてヨーロッパへ出掛けている。
子供たちの音楽の「武者修行」である。(笑)
亡き母はヨーロッパが好きだったので、多分、孫たちにくっついてヨーロッパに行っているだろうから、今年のお盆はやらなくてもいいかなぁ~と思ったら・・・・
現地の妹からメールが届いた。
「お母さんは家が好きだから多分家に戻ると思うので、ちゃんとお盆をやって迎え火を焚いて迎えて下さい」
やられたぁ!
先手を打たれちまったぁ~!!
さすがは我が妹である。
兄の考えを先読みしていたか!
「多分お母さんはヨーロッパが好きなのでそちらに行っていると思うので、今年はお盆はやらなくてもいいよね?」とメールを書こうと思っていたのに!(笑)
やられちまったぁ~!
遅かったかぁ~

親父と墓参りをして、夕方、迎え火を焚く。
が・・・・絶対、今年は帰って来ないと思うんだよなぁ~
俺たちの家に帰るより、孫と一緒にヨーロッパに行っていると思うんだよなぁ~(大笑)

日記 | 13:16:30 | Comments(0)
たった2人!
今日は昼から法人会広報委員会である。
が・・・・
あれ???
集まったのは、“シミズ委員長”と拙者の2人・・・・
それに事務局の“アサヒさん”・・・・
ありゃりゃぁ~である。(笑)

取りあえず今度発行される会報のゲラを確認。
拙者の原稿は、事前に委員長のチェックを受けていない。(笑)
事後承諾をもらう。
会員企業紹介の枠は、“トシちゃん”の会社のほか、水戸藩士の“シミズくん”の会社を掲載することにした。
“シミズくん”の方はさすがに手際よくササッと原稿、写真を提出してもらったので、手間がかからず助かった。
これも委員長に事後承諾をもらう。
会報に関しては、ほとんど拙者の独断専行であるが、心の広い(笑)“シミズ委員長”のおかげで、好き勝手にやらせていただく。
有難いことである。
その他、ラッピングバスのデザインの確認。
本年度からラッピングバスのデザインが変更になる。
法人会の広告入りのラッピングバスも今年は2台が市内を運行することになる。

昼食のお弁当を食べ、ササッと打ち合わせをして、あとは雑談して・・・解散となる。
ちょっと寂しい委員会だったが・・・・・
栄養補給が出来たので(笑)拙者は満足である!

日記 | 12:34:16 | Comments(0)
ヒロキ君の命日
今日は高校時代の同級生の“ヒロキ君”の命日である。
え~と・・・いつ彼は亡くなったんだっけ・・・
母が亡くなる前だったんだから・・・と思うのだが、思い出せないのである。
あれから何年経ったんだろう?
申し訳ない・・・日にちしか覚えていないのである。
毎年、拙者がお参りに行くと、ご両親がお墓の掃除をしていたのだが・・・
今年は何故か、ご両親の姿が見えない。
どうしたんだろう?
お墓も掃除されていなかった。
ご両親に何かあったのではないかと、そっちのほうが気になってしまう。
毎年、同じ日の同じ時間にお参りに行くとこういうこともある。
知らぬ間に相手に負担をかけているのではあるまいか?
拙者が毎年墓参りに来ることは御存じだから・・・
家族より先に拙者がお参りに来たのでは迷惑をかけることになるかなぁ~

夕方、法人会青年部会の理事会に出席する。

日記 | 11:42:47 | Comments(0)
証言・731部隊の真相
証言・731部隊の真相―生体実験の全貌と戦後謀略の軌跡 (広済堂文庫)証言・731部隊の真相―生体実験の全貌と戦後謀略の軌跡 (広済堂文庫)
(2002/02)
ハル ゴールド

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本書は、外国人が書いたものである。
だからというわけではないが、ちょっと首をかしげてしまうような表現や見解がある。
表現については訳者のせいなのか著者のせいなのかはわからない。
しかし、よく調べていることは間違いない。
私が一番興味を持ったのは戦後の部分である。
帝銀事件やミドリ十字・・・・
731部隊に関係した人のその後の足取りも面白い。
研究所所長、大学医学部長、大学教授等々・・・・
人体実験の“成果”はどう活用されたのだろうか?
証言集も貴重なものであるが、一概に鵜呑みにも出来ないような気がする。
証言者によっては、ちょっと首をかしげてしまう内容がないわけではない。
それぞれの証言者の性格も影響するので、ことさら大げさに証言する人もいるだろう。
ここは慎重になるべきだ。
いずれにせよ貴重な“資料”ではある。



第1部 歴史的概観

1 日本軍の細菌戦の背景
誇るべき医療の伝統
石井四郎
満州
舞台はしつらえられた
2 新型戦争
要塞兼細菌工場
脱獄
平房(ピンファン)
衛星施設
民間部門とのつながり
石井、戦場に登場
3 病理学
ネズミと昆虫
4つの実験分野
4 終戦とその直後
対米細菌戦の試み
証跡の隠蔽
米軍の占領
超大国の謀略
5 731部隊の戦後
帝銀事件
朝鮮戦争
新宿の襲撃
部隊指導者たちの戦後

第2部 証言

1644部隊付研究員(匿名)
731部隊付ウィルス学者(匿名)
講演「731部隊と慰安婦」(西野留美子)
少年隊員(匿名)
衛生兵(匿名)
衛生兵(和野武男)
憲兵隊員(岩崎賢吉)
少年隊員3名(匿名)
731部隊付看護婦(赤間まさ子)
憲兵隊将校(長沼節二)
軍医(湯浅謙)
駐東京731部隊軍属(石橋直方)
731部隊付少年隊員(小笠原明)
大阪大学名誉教授(中川米蔵)
衛生兵(富岡兵八郎)
平房駐屯兵(篠原鶴男)
731部隊員(尾原竹善)
731部隊付看護婦(作本シズ井)
情報将校(小倉善熊)
731部隊少佐・薬学専門家(匿名)
516部隊少佐・技師(匿名)
石井四郎運転手(越定男)
大連実験所薬学専門家(目黒正彦)
皇軍大尉(小島隆男)



今年の読書:37冊目



読書 | 10:33:33 | Comments(0)
腕が太くなっている!
朝・・・ベッドの中で・・・・半分寝ボケていた・・・・
ふと、右腕を見ると、腕が太くなっている!(笑)
何の運動もしていないのに、いつの間に筋肉がついたのだろうか?
おかしい・・・・
左腕を見てみたら、普段と変わらぬ太さである。
う~ん・・・なんでだろう?
なんで右腕だけが太いんだろう???
まだ、寝ぼけていた・・・・
ようやく頭がハッキリして、よくよく右腕を見てみたら・・・
腫れている!!(笑)
明らかにこれは腫れている!!

どうも一昨日の蜂に刺された影響らしい。
しかし、納得がいかぬ。
昨日は何の変化もなかったのだが・・・・
どうして2日も経ってから腫れたんだろう?
かなり拙者は鈍感ということなのか?
さすがにここまで腫れたのではどうにかするしかあるまい。
というわけで・・・薬局に行って薬を買ってくる。
わざわざ病院に行くほどのこともなかろう。(笑)

日記 | 23:11:31 | Comments(0)
最前線爆雷製造部隊
最前線爆雷製造部隊―フィリピン作戦技術将校の手記最前線爆雷製造部隊―フィリピン作戦技術将校の手記
(1977/04)
村田 三郎平

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本書は、最前線で鉄砲を撃ち合ったという戦記ではなく、その裏方として活躍した技術将校の手記である。
技術将校というのは凄いものだと感心したのだが、山奥に工作機械を持ち込んで兵器を自作していたというのだから驚いた。
縁の下の力持ちとは、まさしくこのような人達を指す言葉だろう。
本書の特徴の一つは、戦記だけではなく、後編として戦後の活動記録も残していることである。
我が戦車第二師団の会の会員名簿に著者の名がないので、私が入会する前に退会もしくは亡くなられているのかもしれないが、いい記録を残して下さったと感謝したい。


前編 従軍誌

1 勤兵団兵器部の発足 1944(昭和19)年7月1日~9月15日
フィリピン着
落雷あり
兵器部基本方針決定
村崎中尉、米比軍を語る
無線修理班来る
宿舎移転
第105師団編成完結
図上戦術
隷下部隊巡視~ルセナ泊
バタンガス泊~老兵達との訣別
インファンタ泊
スペイン反攻の情熱の拠点
溢れる活気~ナガ泊
むごいスパイ容疑者の扱い~レガスピー泊
軍兵器部出頭
浅原軍曹壮行会
対戦車教育
マニラ行
兵器主任者会議
南サンフェルナンド
マニラホテルに重見少将を訪う
近江中尉先発す
マニラ空襲を受く
南海旅館との別れ

2 兵器の現地製造 9月16日~11月29日
敵意を示す現地人~ナガ移駐
寺西中尉一行到着
ラウエル大統領戒厳令布告
工場活動開始
マンブラオ鉱山泊
ダイナマイト積込み
鉱山直営工場調査
市内駐留部隊調査
新任軍司令官山下奉文大将着
レガスピー、貨物船爆沈
装甲軌道車完成
独立記念式典の挙行
軍政監支部出頭
県曹長一行、リガオに戦死す
県曹長一行の慰霊祭、捷一号作戦の発動
イサログ山踏査
敵タクロバン上陸、数江少尉負傷
自活兵器の供覧試射
特攻隊レイテ突入
レガスピー緊張す
個人装備を図る
戦車師団への転任命令
ナガ駅を去る
機関車の被爆~パサイ着

3 精鋭・戦車第二師団 12月1日~12月31日
戦車第二師団整備隊着
各部隊の駐屯地
カバナッアン泊
米軍、ミンドロ島に上陸
戦10原田部隊長との面談
砲兵連隊の車輛検査
整備隊本部
少年戦車兵到着
レイテの悲報相次ぐ
カロカン部品庫
トヨダ工場の杉原小隊
井出大尉来る
杉原小隊マニラ撤収
王克敏(?)邸に招かる
ミンドロ島奪回ならず~昭和19年の終焉

4 陣地死守の命令 1945(昭和20)年1月1日~2月11日
ルソン島に元旦を迎える
部隊長、作戦命令下達
山下大将、サンミゲルを通過
敵機の大編隊
艦砲射撃始る
重見支隊の展開
デング熱に冒さる
敵リンガエンに上陸
出動
ガパン北端に待機
重見支隊交戦状態に入る
ガパン発ルパオへ
ルパオに展開を終る
高木戦車隊の玉砕
兵用地誌調査第3日
デグデグに後藤中尉を訪う
野坂隊、ルパオ着
ムニオスの爆烟
水迫参謀来る、重見支隊の玉砕
敵ゴンザレスに来る
配属部隊到着
田中隊到着
デグデグより弾薬輸送
内田参謀来る
米田支隊の編成
井手隊正面に敵兵の出没
砲弾の落下始る
ついに戦死者を出す
ルパオの壕中にありて歌える(本井邦行)
交戦第1日~田中大尉戦死
交戦第2日~孤立するルパオ陣地
熾烈な攻防
脱出行
師団司令部へ出頭
米田少佐らの悲報を聞く
戦車、自動貨車の焼失~ラモ着

5 密林内の兵器自活工場 2月12日~5月下旬
兵站監部に青島参謀長を訪う
ドバックスの師団司令部
ルパオ脱出者集結了
火具等の大量発見
師団長巡視
イナバン移駐
工場開設への意欲
撃兵団にサラクサク陣地配備の命下る
竹村隊、サラクサクへ向け出発
兵器生産態勢整う
戦死者の確認
戦車の教訓
包囲網からの脱出
竹村隊の行動
工場
手榴弾の製造を始める
白倉准尉戦没
戦車砲の改装、榊原上等兵戦没
軍直となる~サラクサク混戦
野坂大尉を前線へ送る
工場撤去~転進準備
転進

6 転進また転進~敗走の日々 6月上旬~8月16日
ファームスクールへ
サントドミンゴ山麓よりピアキドへ
ピアキド部落に集結
敗走街道に情報収集
砲撃つづく
放浪つづく
ホヨ部落の集結
参謀長直筆の停戦命令下達さる
停戦を知る

7 停戦
師団合同慰霊祭
投降準備地点ホヨ乙地に移動
吹雪村着
投降

続編 戦後誌

1 後遺症~被害者意識
2 部隊会~戦友ヤ~イ!
3 比島観音の建立
4 フィリピン戦跡訪問
5 遺骨収集~現地住民の声、遺族の声
6 現地へ公民館の寄贈~平和への道
7 日比親善のあしあと~若い世代へ
むすび
寄稿
二人三脚の友 (河合重雄)
ダバオ農学校建設に余生を托す (榎島庄五郎)
『最前線爆雷製造部隊』によせて (鹿江武平)
平和への礎 (固武辰丙)
回想 (近江誠司)
日本の皆さんへ (エドワード・カトー)
フィリピン戦没者遺骨収集 (柏井秋久)

附録
ルソン島参戦部隊一覧表
ルソン島生還者報告集(60)
昭和20年8月15日における陸海軍戦闘序列一覧表



今年の読書:36冊目



読書 | 17:43:39 | Comments(0)
蜂に刺された!
先日の草むりしで痛めた腰の具合も少しは痛みが軽くなったので、今日、再び草むしりを始める。
ガサガサと・・・やっていたら・・・
「痛てぇ!」と思わず叫び声を上げるほどの激痛が腕に走った!
ふっ・・・と見ると・・・
拙者の腕に、何やら黄色い色をした羽根のある虫が止まっているではないか!
ギョェ~!!
蜂だぁ~!!
生まれて初めて蜂に刺されてしまったぁ~!!
とっさのことで気が動転して払ってしまったので、何という蜂なのかは知らないが・・・
あれは・・・蜂の仲間だな・・・(笑)

薬なんかないので・・・
とりあえず、刺されたと思われる場所を流水でしばらく冷やしながら、少し揉んでみる。
毒かなんかがうまく出てくれれば・・・という気持ちなのだが・・・・どうだろう?(笑)
なにせ、蜂に刺された時に応急処置の方法なんか知らないもんね。(笑)
こんなもんでいいだろう。

日記 | 15:24:00 | Comments(0)
会報を郵送する
会報111冊を箱に入れて、近くの特定郵便局に持ち込む。
さすがに111冊は重い。(笑)
郵便局のドアは自動ドアではないので運び込むのに苦労する。
近くにはもう一つ大きな郵便局がある。
ここは自動ドアなので、こういうものを持ちこむのには便利なのだが・・・ここには持ち込まない。
特定郵便局のほうが局長や窓口の女の子とも顔見知りだし・・・
いつも、おしゃべりをしているのでフレンドリーなのである。
対して、大きな方の郵便局では職員と私語を交わす機会もなく、窓口担当者もちょくちょく変わるのでフレンドリーな関係ではない。
いつ行っても事務的な対応しかされない。
何度行っても初めて訪れた客・・・という対応しかされないので面白くない。(笑)
どうせなら親しい特定郵便局の営業成績を上げるのに協力してやろう。
というわけで・・・重い箱を抱えて会報を持ちこむ。

「これ全部一人で封をしたんですか?」と窓口の女の子に言われる。
「そうだよ~一晩かかって~(笑)」
「111冊の郵送はスタンプじゃなく全部切手にしてもいいですか?」と言われる。
ん?別納のスタンプじゃなくて切手?
「もしかして・・・切手の売り上げを上げるんでしょ?」と言ったらニヤッと笑われた。
切手の貼り付けは局員総出でやってくれるという。
それなら助かる。(笑)

拙者がいつも戦友会のお年寄りに手紙を出すときは切手を貼ることにしている。
拙者の手紙は、つまらない手紙なので、切手の絵柄で少しは楽しんでもらおうという思惑でいつも記念切手などの綺麗な図柄の切手を使用することにしている。
そのことも彼女たちは知っているので、どの切手を使おうかということでいろいろとやってくれる。
有難い話である。

日記 | 14:44:05 | Comments(0)
会報が出来上がる
夕方、従弟の“シンゴちゃん”が印刷を終えた会報を届けに来てくれた。
ようやく完成である!
拙者がまごまごしていたので、大変遅くなってしまったが、ようやく完成!
早速、発送の準備である。

名簿を再チェックして、パソコンで宛名を作成。
会員数は拙者を含めて112名である。
昨年から10名以上が物故または退会していることになる。
111名分の発送準備は結構大変である。
母が存命していた時には母にも手伝ってもらいながらやった作業である。
あのころは150冊ぐらいやっただろうか・・・
母とおしゃべりしながらの作業は楽しかった。
あの頃のことを思い出すと、今、一人で夜中にチビチビと作業をしているのが寂しい。


日記 | 23:28:46 | Comments(0)
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