FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

平塚城伝承地
DSC04266_convert_20100402180706.jpg

平塚城伝承地
平塚神社

平塚神社付近は、平安時代に豊島郡を治める郡衙(ぐんが)のあった場所だと推定されていますが、平塚明神并(ならびに)別当城官寺縁起絵巻(北区指定有形文化財)の伝承によれば、この時代の末期には、秩父平氏庶流(しょりゅう)の豊島太郎近義(ちかよし)という人物が平塚城という城館(じょうかん)をつくります。
平塚城は源義家が後三年の役で奥州に遠征した帰路の逗留地(とうりゅうち)で、義家は近義の心からの饗応(きょうおう)に深く感謝し、使っていた鎧(よろい)と守り本尊の十一面観音を下賜(かし)しました。
近家は義家が没した後、城の鎮護のために拝領した鎧を城内に埋め、この上に平たい塚を築き、義家兄弟の3人の木像をを作り、そこに社(やしろ)を建てて安置したと伝えられます。
これが本殿裏側の甲冑(かっちゅう)塚とも鎧塚とも呼ばれる塚で、平塚の地名の起こりともいわれます。
鎌倉・室町時代の平塚城は、この地域の領主であった豊島家代々の居城となりましたが、文明10年(1478)1月、泰経(やすつね)の時代に太田道灌によって落城してしまいます。
江戸時代、上中里村出身の針医(しんい)で当道座検校(とうどうざけんぎょう)でもあった山川城官貞久は、三代将軍家光の病の治癒を平塚明神に祈願し、家光は程なく快復します。
感謝した貞久は、みずからの資金で平塚明神の社殿と別当の城官寺を再興し、買った田地を城官寺に寄進します。
貞久の忠誠心を暫(しばら)くして知った家光は感激し、250石の知行地を与え、この内の50石を朱印地として平塚明神に寄進させました。

平成4年3月
北区教育委員会

(説明板より)


より大きな地図で 平塚城伝承地 を表示





スポンサーサイト



史跡 | 18:04:21 | Comments(0)
筆談は大変だ~
昨晩は、ホテルに宿泊・・・・
今日は“ヒルマさん”に会いに行く。
が・・・
午前中に訪問したのでは、すぐにお昼になってしまうので、それでは申し訳ない。
ということで、訪問するのは午後にした。
その間、時間があるので、“ヒルマさん”宅の近くにある「古河邸」を見にいく。

DSC04246_convert_20100402163352.jpg

ここには、昔、誰かと来たことがある。
いつだっけ・・・10年も経ってはいないと思うのだが・・・
だれとだっけ・・・“オダクラくん”がいたような・・・“ウメちゃん”もいたような・・・
誰か3人で来たような気がするのだが、3人で一緒に行動するって珍しいんだよなぁ~
何のついでに来たんだろ?
どうも記憶が曖昧である。
記憶力が悪いことこのうえなし。

ついでに近くのお寺なども廻って、途中のラーメン屋で昼食をとり、“ヒルマさん”宅へ向かう。

だいたいの予想を付けて向かったら、路地に“ヒルマさん”がいた!(笑)
「へぇ~よく僕の家がわかったねぇ~知ってたの?」
「いえ、地図でだいたいの検討を付けて来たんですよ」

御自宅の斜向かいにある喫茶店でおしゃべりしようということになる。
で・・・
「じゃぁ、ビール!ビール飲むよね?」
「ビール?ここは喫茶店じゃないんですか?昼間からビールですか?」
「ビ~ル飲もう!」
喫茶店のママさんに尋ねたらいつものことだという。(笑)
ビールとおつまみじゃ・・・居酒屋じゃないか?(笑)
話は、拙者のフィリピンの慰霊の話・・・・
だが・・・・
目の前にドサッと紙の束を差し出してきた。
ん?何?これ・・・
「耳が聞こえなくてさぁ~悪いけど書いてくれない?」
「はぁ?」
細かい話はすべて筆談となる。
シ~ン・・・・とした中、ビールを飲みながら紙に話を書いて手渡す。
「へぇ~そうなの~」
で・・・また、シコシコと書く・・・・
誰かが盗聴していたら不思議がるだろうなぁ。
“ヒルマさん”の声しか聞こえないんだから・・・・(笑)

しかし、筆談とは難しいものである。
急いで書こうと思うのだが、いざ書きだすと漢字が思い浮かばないのである。
真珠湾に行った話を書こうと思ったら、「真珠」という漢字が出てこない!
「しんじゅ」の「じゅ」ってどんな字だっけ?
こんな字だっけ?
参ったぁ~

3月にご遺族をお連れしてフィリピンの話をしたら(書いたら・・・笑)
フィリピンへ一緒に行きたいなぁ~と言う。
いや、いや、90歳の年寄りを連れて行ったら、ご遺族のお世話が出来なくなってしまう。
ここは勘弁願って、後日、機会があったらお連れするということにしたが・・・
90歳だからなぁ~なかなか難しいよなぁ~
「台湾にも行きたいんだけどね。90歳になるとツアーとかに参加できないんだってな~断られたよ~」と笑う。
そりゃそうでしょ・・・90歳は旅先でどうなるか分からないもん!(笑)
「耳も聞こえなくなったから、なおさら駄目だって」
「そうでしょうねぇ」

「いつか連れてってよ~台湾!行ってみたいんだよなぁ~行ったことないんだよねぇ~台湾!」
へぇ?個人旅行?拙者が連れていくの?(笑)
こりゃ大変だ~(笑)
これも「検討事項」として保留することにする。(笑)
それにしても、なんとお元気なことか・・・・とても90歳とは思えない。

ビールを飲みながら筆談すること3時間ぐらいで帰ることにした。
久し振りに、おしゃべり(筆談)できて楽しかった。
それにしても、筆談って本当に疲れるなぁ~(笑)
普段、パソコンばかり使っているので文字が書けなくなっていることがわかり大いにいい経験をした。

近くに「染井霊園」があるので、そこを散策しながら上野駅に向かうことにする。
「染井霊園」では、二葉亭四迷、岡倉天心、幣原喜重郎、高田早苗、樺山資紀、などの墓をお参りする。

上野駅で我が戦友会の賛助会員の“マスダくん”と待ち合わせ、久し振りの雑談をする。
今日は、これまた充実した1日が過ごせた。
感謝、感謝・・・・

日記 | 16:25:50 | Comments(0)