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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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大晦日
今日は、大晦日・・・・
で・・・やった事というと・・・・
なんと!
昨年と全く同じ!
ブログの昨年31日を読んでみたら・・・唖然である。(笑)
昨年と違うのは、スーパーに頼んだ「おせち料理」の値段が1万2千円!
昨年より3000円安いのを頼んだだけである。

なんだろ・・・これ・・・
行動がワンパターンである。(笑)

まぁ、年末はこんなものなのかも知れない。

それにしても、よくぞ今年も無事に年が越せそうである。
感謝、感謝・・・・

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日記 | 22:24:46 | Comments(0)
年越し蕎麦
例年通り・・・・
“ウメちゃん”が自分で打った年越し蕎麦とウドンを持ってきてくれた。
いやぁ~ありがたし!
今年も友人のおかげで年が越せるぞ!
感謝、感謝で年が越せるという・・・こんな幸せなことはない。

日記 | 14:17:54 | Comments(0)
ミッドウェー戦記
ミッドウェー戦記―さきもりの歌 (光人社NF文庫)ミッドウェー戦記―さきもりの歌 (光人社NF文庫)
(1995/01)
亀井 宏

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来年、ミッドウェー島での日米合同慰霊祭に参加する予定なので、事前に読んでおこうと思い、読んでみた。
667ページの文庫本だから「大作」である。
筆者がミッドウェー作戦の生還者を訪ね取材をしたノンフィクション。
読み応えがある。
が・・・一回では頭に入らぬ。
駄目だな・・・来年、出発前にもう一度読めねばならないか・・・・

第1部 戦端
空母炎上
暗雲低迷
抜錨前後
待ち伏せ
勝運消滅
濃霧の中

第2部 喪失
索敵遅延
島上爆撃
敵情不明
意見具申
被爆直後
飛龍死闘

第3部 生者
激闘の末
混乱続く
軍艦衝突
伊号奮戦
エピローグ



今年の読書:67冊目



読書 | 14:06:33 | Comments(0)
13デイズ
名作映画完全セリフ集
13デイズ
監修:曽根田憲三
翻訳:曽根田憲三・曽根田純子・長広見・及川学・及川一美・大塚光子
2001年10月10日 初版第1刷
発売元:スクリーンプレイ出版株式会社 編集部
定価:本体1,200円(税別)

映画館の売店で買った本・・・・・
この「13デイズ」というのは、キューバ危機の時のケネディ大統領の映画なのだが・・・
この映画のセリフを完全に収めた本というので、英語の勉強になるかなと思い買ってみた。
果たして、この1冊に映画のセリフがすべて入っているのだろうか?
丁度、CS放送で、この映画が放映されていたので、この本のセリフを目で追いながら見てみたら・・・
あら、本当にセリフが全部入っている!(笑)
しかし、難しい・・・・
リスニングの難易度は「上級」となっているだけに、たしかに聴き取るのが難しい・・・・
で・・・肝心の英語・・・
quarantine(海上臨検)なんていう、絶対使うわけがない単語が頭に残って、一般的な単語はさっぱり頭に入らない。(笑)
だめだ・・・こりゃ・・・
まぁ、何度も読んでいるうち、何とかなるだろう?(笑)

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(2004/01/21)
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今年の読書:66冊目



読書 | 15:45:23 | Comments(0)
副読本 盛岡の先人
中学生の副読本 新訂版
盛岡の先人
発行:平成21年4月1日 新訂版
著者:藤井 茂
編集者:盛岡市中学校長会
    郷土の先人学習資料作成委員会
発行者:盛岡市中学校長会

この本は、中学生用の副読本である。
一応「非売品」とはなっているが、盛岡市先人記念館で購入したように思う。
私が持っているということは・・・もらったんじゃなくて買ったんだよなぁ~(笑)

中学生用の副読本だからといってバカにはできない。
内容もわかりやすく、かつ、詳しい・・・・
これは、中学生だけではなく、「大人の副読本」にも成り得る本だ。

「はじめに」の文章が、これまたいい!

盛岡を郷土として生きる中学生のみなさんに、郷土・盛岡に愛着心をもってほしい、もっともっと盛岡のことを知ってほしい、そんな願いをもちながら「盛岡の先人」を発刊しました。
「先人」という言葉には、「先を歩み新しい道を切り開いた人」という意味があります。
この本に取り上げられた5人の人々は、まさに「先人」にふさわしい人生の師として尊敬すべき人です。
この人たちに共通するところは、こよなく郷土を愛した郷土人であると同時に、わが国全体のことを考え行動したのみならず、広く世界へ視野をひろげ、世界的規模で活躍した先覚者であったことです。
あまりにもスケールの大きな生き方をした人々で、私たちと遠い存在のように思うかもしれません。
でも、それぞれの生き方を知れば知るほど、そして特に青少年期の多感な「先人たち」の年代における生きざまの中に、私たちの身近なところで「自分生きる目標をもて!」と、励ましてくれるような気がしてなりません。
私たちに生きる勇気と力を教えてくれる「宝物」として、この本がみなさんの手元にいつもあることを願っています。

なんという素晴らしい文章だろうか!
発刊の目的の明確なこと!
うらやましいなぁ~
こういう副読本を発行する盛岡市の中学校の校長会って・・・・すごい!
うちの町の校長会はどうなんだろ?(笑)
うらやましい・・・とにかく・・・うらやましい・・・・

原 敬
東京駅で倒れる
賊軍の土地
藩校
模索の時
北陸、東北、北海道の旅
認められる才能
陸奥宗光との出会い
新聞人としての原
原の政界入り
清岡との一騎打ち
講和を勧める
原内務大臣
地方官の大異動
山県有朋の干渉
桂首相を辞めさせる
大慈寺を再興
政友会総裁に
授爵問題
平民宰相の誕生
高等教育機関の大拡張
選挙法改正
素顔の原
原敬略年譜

新渡戸 稲造
太平洋の橋
父祖たち
父と母
上京
札幌農学校へ
クラークの感化
キリスト教へ入信
カーライルの言葉
アメリカ留学
クエーカーの集会
佐藤昌介の尽力
ラブレー教授の驚き
札幌農学校教授
転地療養し『武士道』執筆
台湾総督府へ
旧制一高校長
日米交換教授
東京女子大学学長に
国際連盟事務次長に
排日移民法案
カナダに死す
新渡戸稲造略年譜

米内 光政
小泉信三の言葉
父と母
思い出の盛岡八幡宮
海軍兵学校
郷里から母を迎える
有名だった親孝行
常磐に乗り込む
参謀長
仕事は命がけで
寡黙な人
努力、努力、努力
2・26事件
立派な顔
海軍大臣に
日本一の謝恩会
首相に
夫人の死
再び海相に
絶対に勝算はない
戦犯と自殺
皇室思い
晩年
米内光政略年表

金田一 京助
文化勲章受章の言葉
石川啄木との出会い
中学時代
アイヌ語との出合い
二度目の調査
啄木の面倒をみる
明治45年
拓殖博覧会
塩をぶっかけても
研究成果が徐々に
ユーカラの研究
国学院大学教授から東大助教授へ
現代かなづかい
強い気性の一面
教科書や国語辞典
幸福な晩年
金田一京助略年譜

石川 啄木
最期の年
そのかみの神童
中退そして上京
上京と帰郷
啄木のペンネーム
処女詩集『あこがれ』
節子一人だけの結婚式
新婚生活
代用教員
初めての小説『雲は天才である』
北海道へ
金田一京助の友情
東京朝日新聞社へ入社
社会主義に関心を示す
石川啄木略年譜



今年の読書:65冊目



読書 | 14:40:42 | Comments(0)
墓参りと忘年会
昨日はホテルに宿泊。
今日は、護国寺にある土肥原閣下のお墓参りに行く。
命日が過ぎてしまったが・・・・まぁ、勘弁してもらおう。(笑)

墓所の花屋さんから花と線香を買って・・・・
「副官の孫が参りました~ご無沙汰しております!」とだけを言うお墓参りである。

今日の行動はこれだけ・・・・
夕方6時半から“ケムちゃん”と忘年会なのである。
それまでには家に戻らねば・・・・
墓参り後、上野駅に向かい、急いで特急に飛び乗り帰宅する。

帰宅早々、待ち合わせの店に向かう。
今日の忘年会は“ケムちゃん”“スナカワくん”“タケジくん”との4人。
この間、拙者がハワイから帰国した時に酒で酔った勢いで“ケムちゃん”が決めた忘年会である。
で・・・酔っていたので誰と約束したのか覚えていないと言う。(笑)
で・・・拙者と“タケジくん”が苗字が同じなので、彼と約束をしたと勘違いして、彼も呼び出したという。(笑)
まぁ、突然言われた本人も迷惑だっただろう。
本来は3人だけでの忘年会の予定だったが、4人に増えた。
が・・・“タケジくん”と話をするのも久し振りである。
結構、楽しい忘年会となった。
感謝、感謝である。

日記 | 14:04:38 | Comments(0)
戦艦山城の戦没者名簿
今日は、東京へ行って防衛研究所で調べ物。

スリガオに行った時、“ジュンさん”からスリガオ海峡で沈没した戦艦山城の記念碑を作る話を聞いた。
彼が言うには、その記念碑に戦没者の全員の名前を刻んだプレートを取り付けたいという。
と・・・言われた気がした・・・(笑)
なにせ、拙者は英語が苦手である。(笑)
からっきし、自信がないのだが・・・たぶん・・・そう言っているような・・・
で・・・出来れば、その全戦没者の名前を調べてくれと頼まれた。
と・・・言われた気がした・・・(笑)

というわけで、さて、そういうものが現存しているかどうか・・・
確証はないが、とにかく防衛研究所へ行って調べることにしたのである。

「戦艦山城」としては、これといった記録は残っていなかった。
やむなく、滅多に職員の方に相談することはないのだが・・・相談をかけてみた。
対応してくださったのは、海軍関係を担当する職員の方。
さすがは、プロである。
博識である。
「戦艦山城」と言っただけで、スラスラと概略を話してくれる。よくご存じである。
戦艦山城は「スリガオ海峡海戦」で撃沈されたが、「スリガオ海峡海戦」という海戦自体が有名ではない。
「レイテ沖海戦」の一つとして含まれてしまっているのと、約1600名の乗組員中、生存者は10名しかいないためである。
この職員の方もそのことをよくご存じで・・・・脱帽である。

「果たして戦没者名簿なんかあるかなぁ~」とのことだったが、戦友会の作成した「思い出」という1冊を見つけてきてくれた。
戦艦山城に過去に乗り組んでいた方の回想記や遺族の書かれたものが載っている本。
「山城に関するのは、これぐらいしかないですが見てみますか?」とのこと。
作文集では意味がないような気もしたが、念のため読んでみることにした。
と・・・巻末に戦没者名簿が載っていた!
人数は約1500名である。
乗組員数に若干の違いがあるが、これは、正規の乗組員が約1500名で、出撃直前に約100名の対空機銃要員が乗り込んだためのようだ。
このため、臨時で乗り込んだ約100名のお名前はわからない。
(悲しいことだが、永遠に分からないだろう)

まさか、本当に戦没者名がわかるとは思ってみなかったので、さすがに感激である!
早速、この名簿の部分の複写申請をする。

これで、約1500名の戦没者の名前は分かったので、記念碑のプレートを作る事は可能になった・・・
・・・と思うのは大間違い。(笑)
フィリピン人が作るのだから、氏名は漢字ではなくローマ字だろう。
問題はここである!
お名前の読み方がわからない!(笑)
たとえば「吉川」という姓は、「よしかわ」とも読むが「きっかわ」とも読む。
こりゃ頭が痛いぞ~
どっちが正しいかなんて確認のしようがない。
名前に至っては、全然読み方が分からない名前すらあるのだから・・・・

こういうところが曖昧でいい加減さを容認する日本人の国民性というのか、なんというのか・・・
漢字で書かれた氏名を目で見て・・・なんとなくわかったような気でいるが、声に出して発音できない。
読めない癖に読めるような、理解しているようなつもりになっている。
この点、アメリカなどは明確である。
「JON」は「ジョン」である。(笑)
他に読みようがない。(笑)
明確である。

読めない、または読み間違いそうな文字には「ふりがな」をふればいいものを、それをやらない。
どういう名簿も漢字だけ。
いろいろな会の会員名簿も見てみるといい。
まず、ふりがながふってある名簿というのは滅多にない。
こういう国民性が、例の社会保険庁の年金問題につながっているのである。
名前を適当な読み方でコンピューターに登録するから、本人との照合に支障をきたしている。
で・・・「名寄せ」しても、うまくいかない・・・・

まさか、ここで類似の問題に直面するとは・・・
こりゃ、大仕事になりそうだ・・・
まるで、社会保険庁の職員にでもなったような気分である。
この名前・・・なんて読むんだろう・・・(笑)

来年の10月までには、1500名全員の名前をローマ字にして、“ジュンさん”に渡したいのだが・・・
出来るか?これ・・・

日記 | 10:52:32 | Comments(4)
温泉で忘年会
今日は、昔の青年会議所仲間と温泉センターで忘年会。
理事長経験者の“アライちゃん”、総務委員長経験者の“ウメちゃん”“オダクラくん”事務局長経験者の“サワハタくん”と燦然と輝く筆頭副理事長経験者の拙者(笑)の5名である。
今年は、専務理事経験者の“イノウエくん”は出張のため欠席、“ウオちゃん”は急用でドタキャン。

温泉に入って、大広間で食事して・・・・あとは自由行動。
“アライちゃん”たちは、マッサージを受けに行く。
拙者は久し振りに「垢すり」(笑)

酒を飲んでどんちゃん騒ぎという忘年会ではない。
温泉に入って、食事をして、マッサージしてもらって・・・・
う~ん・・・・まるで老人クラブの慰安会である。(笑)


日記 | 08:10:57 | Comments(0)
盛岡の先人たち
盛岡の先人たち
盛岡市先人記念館 編
昭和62年10月2日 初版
平成20年4月 第2版増刷

本書は盛岡の先人130人について書かれた、本というより人物事典のようなもの。
盛岡市先人記念館で購入。
へぇ~盛岡には、こういう人もいたのかと、良い勉強になった。
我が茨城でも、こういうものがあったらいいなぁ~と思う。

悲運の盛岡藩家老 楢山佐渡(ならやまさど)
勤皇の志士 中嶋源蔵(なかじまげんぞう)
勤皇の志士 目時隆之進(めときたかのしん)
悲運の豪商 村井茂兵衛(むらいもへえ)
維新の盛岡藩主 南部利剛(なんぶとしひさ)
維新の盛岡藩主 南部利恭(なんぶとしゆき)
盛岡県大参事 東次郎(ひがしじろう)
自由民権運動家 鈴木舎定(すずきいえさだ)
自由民権運動家 伊東圭介(いとうけいすけ)
自由民権運動家 横川省三(よこかわしょうぞう)
   横川省三は日露戦争時、スパイとして満州に潜入して捕まり処刑されたことのほうで有名である
自由民権運動家 上田農夫(うえだのうふ)
自由民権運動家 鵜飼節郎(うかいせつろう)
自由民権運動家 谷河尚忠(たにかわひさただ)
自由民権運動家 坂本安孝(さかもとやすたか)
外交官二代・南米移民の開拓者 杉村濬(すぎむらふかし)
外交官二代・国際的外交人 杉村陽太郎(すぎむらようたろう)
平和外交につくした人 出渕勝次(でぶちかつじ)
衆議院議員 田子一民(たこいちみん)
   田子一民は戦後の社会福祉運動の先頭に立った人
社会運動家 石川金次郎(いしかわきんじろう)
婦人社会運動家 横田チエ(よこたちえ)
平民宰相 原敬(はらたかし)
良識の提督として 米内光政(よないみつまさ)
   軍人で掲載されているのはこの人だけというのは、なんとも寂しい・・・・もっといるはずだが・・・
運輸事業の功績者 大矢精助(おおやせいすけ)
地場産業発展の功労者 尾高惇忠(おだかあつただ)
機織業の先駆者 菊池金吾(きくちきんご)
養蚕・農業の発展につくした人 松田覚太(まつだかくた)
岩手リンゴの創始者 古澤林(ふるさわはやし)
岩手産馬改良の父 一條牧夫(いちじょうまきお)
産業振興・篤農の人 国分謙吉(こくぶんけんきち)
鉱業開発者 瀬川安五郎(せがわやすごろう)
銀行・電気・鉄道事業育ての親 金田一勝定(きんだいちかつさだ)
近代土木事業の先駆者 鹿島精一(かじませいいち)
盛岡の近代街づくりの先駆者 三田義正(みたよしまさ)
盛岡バス事業の創始者 高橋佐太郎(たかはしさたろう)
実業家・三菱重工社長 郷古潔(ごうこきよし)
毎日新聞社社長 上田常隆(うえだつねたか)
組合医療・保健の功労者 佐藤公一(さとうこういち)
盛岡金融界の先覚者・盛岡銀行初代頭取 佐藤清右衛門(さとうせいうえもん)
盛岡金融界の先覚者・岩手銀行頭取 葛西重雄(かさいしげお)
盛岡金融界の先覚者・盛岡銀行取締役 中村治兵衛(なかむらじへえ)
盛岡金融界の先覚者・岩手銀行創立者 小野慶蔵(おのけいぞう)
盛岡金融界の先覚者・盛岡信用組合創立者 高橋伊兵衛(たかはしいへえ)
盛岡金融界の先覚者・第九十銀行頭取 佐々木卯太郎(ささきうたろう)
盛岡金融界の先覚者・岩手銀行取締役 池野藤兵衛(いけのとうべえ)
新聞界に活躍した人・東京朝日新聞編集長 佐藤北江(さとうほっこう)
新聞界に活躍した人・岩手毎日新聞創刊者 高橋嘉太郎(たかはしかたろう)
新聞界に活躍した人・新岩手日報創刊者 後藤清郎(ごとうせいろう)
日本航空界の先達 長澤賢二郎(ながさわけんじろう)
社会人野球に生きた人・久慈次郎(くじじろう)
岩手柔道界の育成者 奥田松五郎(おくだまつごろう)
岩手柔道界の指導者 瀬川正三郎(せがわしょうざぶろう)
日米親善に努めたジャーナリスト 浅野七之助(あさのしちのすけ)
西洋医学者・日新堂創立の人 八角高遠(やすみたかとう)
洋学者・近代製鉄の人 大島高任(おおしまたかとう)
   我が水戸藩に反射炉を築造した人である。
日本のガス燈・沃素発見者 島立甫(しまりゅうほ)
漢学者 那珂梧楼(なかごろう)
漢学者 照井一宅(てるいいったく)
漢詩人・書家 山口剛介(やまぐちごうすけ)
郷土史家 星川正甫(ほしかわせいほ)
郷土史家・書家 新渡戸仙岳(にとべせんがく)
金石文・郷土史家 太田孝太郎(おおたこうたろう)
仏教学者 島地黙雷(しまじもくらい)
仏教学者 島地大等(しまじだいとう)
東洋史学者 那珂通世(なかみちよ)
日本・西洋中世史学者 原勝郎(はらかつろう)
   英文による最初の日本通史を書く。
世界史学者・ロシア史の先駆者 煙山専太郎(けむやませんたろう)
東北社会経済史学者 森嘉兵衛(もりかへえ)
近代美術史・美術評論家 森口多里(もりぐちたり)
日本速記術の創始者 田鎖綱紀(たくさりこうき)
理論物理学者・ローマ字国字論者 田丸卓郎(たまるたくろう)
実験物理学者 中村儀三郎(なかむらぎさぶろう)
   42歳で亡くなったという・・・惜しいなぁ~
地質学者・初代信州大学学長 高橋純一(たかはしじゅんいち)
農学者・ゴールデンデリシャスの父 島義鄰(しまよしちか)
   アメリカからゴールデンデリシャスを導入した「リンゴの父」
鳥類学者 葛精一(くずせいいち)
産婦人科医学者 久慈直太郎(くじなおたろう)
刑法学者・文化勲章受章者 小野清一郎(おのせいいちろう)
疫学・公衆衛生学者 野辺地慶三(のべちけいぞう)
アイヌ・ユーカラに生きて 金田一京助(きんだいちきょうすけ)
法学者・中央大学初代学長 菊池武夫(きくちたけお)
早稲田大学創立貢献者 南部英麿(なんぶひでまろ)
岩手医科大学創立者 三田俊次郎(みたしゅんじろう)
北海道大学の父 佐藤昌介(さとうしょうすけ)
身体障害者教育の父 柴内魁三(しばないかいぞう)
女子教育の父 冨田小一郎(とみたこいちろう)
音楽教育につくした人 新藤武(しんどうたけし)
血清化学・法医学者 三田定則(みたさだのり)
太平洋のかけ橋 新渡戸稲造(にとべいなぞう)
金工の名人 月舘八百八(つきだてやおはち)
円山四条派の画人 川口月嶺(かわぐちげつれい)
円山四条派の画人 川口月村(かわぐちげっそん)
円山四条派の画人 藤島静村(ふじしませいそん)
岩手の日本画の指導者 池田龍甫(いけだりゅうほ)
染絵の美に生きた人 中井汲泉(なかいきゅうせん)
岩手の洋画の先駆者 海野三岳(うんのさんがく)
岩手洋画発展の功労者 清水七太郎(しみずしちたろう)
岩手美術界の指導者 五味清吉(ごみせいきち)
線と色彩の画家 松本竣介(まつもとしゅんすけ)
画家・橋本美術館創設者 橋本八百二(はしもとやおじ)
詩情を簡潔に造形した人 堀江尚志(ほりえなおし)
鋳金家・東京藝術大学教授 内藤春治(ないとうはるじ)
鋳金家・東京藝術大学教授 鈴木貫爾(すずきかんじ)
郷土の美の発掘者 吉川保正(きっかわやすまさ)
近代建築の設計家 葛西萬司(かさいまんじ)
常磐津の名人・家元 常磐津林央(ときわづりんちゅう)
   常磐津とは浄瑠璃のことらしい。
声楽家・詩朗読の創始者 照井栄三(てるいえいぞう)
   現代詩の朗読を初めて電波に乗せ全国に放送した人。
日本女流洋画家の草分け 深沢紅子(ふかざわこうこ)
南部鉄器改良の指導者 松橋宗明(まつはしそうめい)
南部鉄器保存の功労者 小泉仁左衛門(8代)(こいずみにざえもん)
南部鉄器の伝統伝承者 高橋萬治(たかはしまんじ)
南部鉄器の伝統伝承者 鈴木盛久(すずきもりひさ)
南部鉄器業界の指導者 小泉仁左衛門(9代)(こいずみにざえもん)
南部鉄器の伝統伝承者 金澤千代吉(かなざわちよきち)
南部鉄器クラフト界の先駆者 宮昌太郎(みやしょうたろう)
南部紫根染を再興伝承した人 藤田謙(ふじたけん)
明治詩壇を支えた人 細越夏村(ほそごえかそん)
民衆詩の主唱者 富田砕花(とみたさいか)
盛岡をうたった抒情詩人 加藤健(かとうけん)
詩人・H氏賞受賞者 村上昭夫(むらかみあきお)
岩手歌壇の育成者 小田島孤舟(おだじまこしゅう)
岩手俳壇の育成者 原抱琴(はらほうきん)
   原敬の甥。
俳人・俳誌「夏草」功労者 宮野小提灯(みやのこちょうちん)
俳人・米国自由律俳句の創始者 下山逸蒼(しもやまいっそう)
宗教童話の世界に生きた人 野辺地天馬(のべちてんま)
作家・新感覚派を興した人 鈴木彦次郎(すずきひこじろう)
盛岡ゆかりの文人・言文一致体の先駆者 山田美妙(やまだびみょう)
   日本初のアクセント付き国語辞典『日本大辞書』を刊行した。
盛岡ゆかりの文人・文化勲章受章者 里見(さとみとん)
盛岡ゆかりの作家・音楽評論家 野村胡堂(のむらこどう)
   『銭形平次捕物控』383話の作者。
盛岡ゆかりの詩人 石川啄木(いしかわたくぼく)
盛岡ゆかりの詩人・童話作家 宮澤賢治(みやざわけんじ)
みちのくを愛した俳人 山口青邨(やまぐちせいそん)

正直言って、金融関係者が、なぜか、やたらと多く掲載されているのが気になる。
誰に気を使っているのだろうか?(笑)
先人を顕彰するという純粋さの有無を疑問視されるのでは・・・と危惧する。



今年の読書:64冊目



読書 | 22:39:15 | Comments(0)
忘年会
今晩は、“キタミさん”と、いつもの二人きりの忘年会。(笑)
半年に一度の恒例の“飲み会”であるが、今年はちょっと回数を増やした。
なにせ、半年に一度では報告することが多すぎる。
で・・・回数を増やしたはいいが・・・
「さて・・・前回は、どこまで話しましたっけ?」なのだから、結局は同じである。
なんとも記憶力が悪い。(笑)

手帳をめくって調べたら、前回は10月である。
2か月しかたっていないというのに・・・・もう覚えていない。
馬鹿丸出しである。(笑)
前回はフィリピンへ行く前だから・・・・スリガオ海峡海戦記念式典の話とハワイの話をご報告する。(笑)
いつものように、おしゃべりの忘年会。
いつもいつも、こういう機会を作っていただき感謝、感謝である。

日記 | 16:39:40 | Comments(0)
おすそ分け!
先日、水戸藩士の“シミズくん”が「干し芋」を1箱届けに来てくれた。
う~ん・・・感謝!感謝!・・・・である。
今年は、あまり出来が良くないと言っていたが・・・・
う~ん!・・・黄金色!
早速いただいたが・・・・おいしい!

我が家は「干し芋」が大好きである。
東京にいる妹は特に・・・である。
で・・・妹からの電話では、東京では「干し芋」が昨年よりかなり高額だとか・・・
じゃぁ、おすそ分けしてやるか~(笑)

宅配便に持って行き、妹に送ることにしたのだが・・・
「干し芋」の箱を見た女性店員が「あっ、3キロですね」と言ったので・・・・
「いや、3キロは、入っていません」
「え?」
「俺が、少し食べちゃいましたから~」
「え?」
「実は中身を少し抜き取ってるんですよ~これ、その余り物なんです」(笑)

営業所内は大爆笑!

この時期だと、誰もがお歳暮で「干し芋」を1箱贈るんだろうと思うだろうが・・・
まさか、中身を抜き取った残り物を贈るとは誰も想像できまい。
でも、仕方がないんだよね・・・・おいしいんだから・・・・
全部を妹なんかには送れないよ~
自分が食べる分を抜き取るのは・・・当然じゃん!(笑)

日記 | 10:14:56 | Comments(0)
腰を痛めたぁ
昨日の夜から腰痛である。
「ぎっくり腰」までは行っていないが・・・・
どうも腰の筋を痛めたらしい。

参ったぁ~

だいたい、運動を全然していないところに、昨日、鉢植えの移動なんかをしちゃったからいけないんだ。
母が育てていた君子蘭やシンビジウムの鉢を外に出していたのだが、そろそろ室内に入れようと、昨日は、その作業を行った。
それがいけなかったんだなぁ~(笑)
腰を痛めちゃった・・・
なんとも情けない話である。
たかが鉢を持ったくらいで腰を痛めるなんて・・・・
あ~ショックである。

日記 | 22:15:32 | Comments(0)
忘年会にご招待
今日は“オノちゃん”たちの忘年会にご招待いただいたので出かける。
“オノさん”は青年会議所の先輩・・・・
1989年、“オノ”委員長に指導を受けたのが知り合ったきっかけ・・・
その後、“オノさん”が理事長になった時に理事に引っ張り上げてもらった。
が・・・その後は、あまり会うこともなく、飲むこともなく・・・・
疎遠となっていたが、なぜか、拙者が廃業してから再び会う機会が出来たのである。
“オノさん”は先輩だが、拙者は陰で“オノちゃん”と呼んでいる。(笑)
本人にバレたら、たぶんゲンコツを食らうかも・・・・

その“オノちゃん”の所では毎年親しい友人が集まって鍋パーティーをしているという。
今年、その鍋パーティーにご招待いただいた。
廃業して、人とのつながりが薄れていくと思ったら逆である。
いやぁ~なんとも嬉しい限りである。

塗装屋の“ヒロミさん”とも久しぶりの再会である。
青年会議所は同期だが、先輩である。
「さしみ」持参で参加・・・・

ん?拙者は何も持ってこなかったけど・・・・
そういうパーティーだったの?(笑)

薬屋の“アラカワのミッちゃん”も先輩である。
“アラカワさん”のことも陰で拙者は“アラカワのミッちゃん”と呼んでいる。
これまたバレたらゲンコツものだ。(笑)
この先輩が料理が大好きとは知らなかった。
鍋から包丁から、道具一式、材料一式を持ち込んで料理をする。
“オノちゃん”は、「料理を作って人に振舞うのが好きなんだから、勝手にやらせておけ」と言う。
で・・・我々3人で先に酒を飲み始める。

しかし、料理が大好きというのはすごいものだと思う。
自分で料理が出来るなら嫁さんなんかはいらないだろうと思うのだが、結婚している。
で・・・拙者は料理が全くダメなのに嫁さんをもらわない。(笑)
嫁さんは家政婦ではないのだが・・・
嫁さんがいれば食事で苦労をすることはないはず・・・(笑)
世の中はうまくいかないものである。

この“ミッちゃん”の鍋が・・・おいしい!
とんでもなくおいしい!
いやぁ~感動ものである。
家に持ち帰りたいくらい、おいしいのである!

遅れて来たのが、“ミズニワさん”
この人も先輩・・・・
会うのは15年ぶりくらいになる。
拙者が廃業したことは風の便りで知っていたらしい。
どうしているのかと気にしていたと言う。
で・・・今日、拙者に会えるというので楽しみにしていたと言ってくれるんだからありがたいではないか。
この人の奥さん・・・
昔、昔、もう35年も前に乗馬クラブで会っている。
彼女は当時中学生の拙者より年上で、当時は高校生くらいだったか・・・・颯爽と馬を操っていたのを覚えている。
が・・・今、町であったとしても顔は思い出せないからわからない。
“ミズニワさん”と初めて会った時、「うちの嫁さんが君のことを知っているって言ってたぞ。馬に乗ってたろ?」と言われて驚いた。
彼女の妹は、当時まだ小さかったのでポニーに乗っていた。
その彼女も、もうすでに結婚しているとか。
へぇ~あの小さな女の子がねぇ~(笑)
人との縁とは不思議なものである。
何十年も経ってから、ひょんなことで繋がって話題に上がるんだから・・・・
騎兵将校の祖父の血を引いている割には、拙者は乗馬はうまくなかった。
障害を飛び越えるのに失敗して、よく落馬したものである。
それを“ミズニワさん”に見られていたわけでもないのに、なぜか、この先輩には頭が上がらぬ。(笑)
間違っても陰に回って“ミズニワちゃん”とは呼べない。(笑)

更に遅れて来たのが“ヨーイチローくん”
彼とは同い年だが・・・全く気が合わない。(笑)
彼の振り回す理屈を拙者は受け入れることが出来ない。
彼は「植木等」の信奉者を自認している。
「植木等のように“無責任男”を通すんだ」と放言したことがある。
あの“無責任”は演技でしょ?
「スーダラ節」を本気でやるって、どういう神経なんだろうか?(笑)
植木等は“無責任男”を演じたが、本人は非常に几帳面で真面目な人だったという。
そうだろう、そうじゃなかったら、あれほどの成功は収めていなかったはずである。
それを表面だけを見て信奉してしまうんだから困ったものだ。
拙者とは価値観も何も全く正反対。
これでは気が合うわけがない。(笑)
彼が誰を尊敬しようと構わないのだが・・・
組織の中枢である役員を、彼ら一派が牛耳った時に、拙者は青年会議所を退会した。
「楽しけりゃ何をやってもいいじゃねぇか」という彼らの考えは容認できない。
人間的には決して悪い人間ではない。
気持ちのいいところもあるが、組織の運営は別である。
後輩を育てねばならんのである。
彼とは「友人」ではあるが、これは譲れない。
その後、一目置けるような後輩にはお目にかかったことがないから・・・(笑)
やっぱりね・・・である。
上に立つ人間が“チャランポラン”では無理である。

拙者の性格ははっきりしている。
気の合わない人間が一人でも近くにいると酒を飲む気が無くなるのである。(笑)
器量が狭いといえば、そう言える。
ひと昔前だったら、さっさと中座して帰るところだが・・・・
少しは器量が広くなったか?(笑)
我慢して酒が飲めるようになったんだから・・・・(笑)
屁理屈をこねる“ヨーイチローくん”の挑発にも乗らず・・・(笑)
とにかく、“ミッちゃん”先輩の作ってくれた鍋を食べながら黙々と酒を飲む。

適当なところで、解散となる。
いやぁ~お誘いしていただき本当にありがたかった。
久しぶりに先輩方にも会えたし・・・・
よかった、よかった。

日記 | 21:02:56 | Comments(0)
連合艦隊の生涯
連合艦隊の生涯
堀 元美 著
朝日ソノラマ
昭和58年6月20日 初版発行
昭和62年1月30日 6版発行
620円

日本海軍の歴史はたった75年間である。
その歴史を知るには本書は非常に分かりやすい読み物といえる。

第1章 連合艦隊とはどういうものだったか
1 海戦史の上での連合艦隊の地位
2 連合艦隊の誕生と生い立ち
明治27年の産声
八八艦隊の成立
3 太平洋戦争に至るまでの連合艦隊戦史
日清戦争の黄海海戦
日露戦争の黄海海戦
日本海海戦

第2章 連合艦隊は太平洋戦争をいかに戦ったか
その1/真珠湾攻撃~珊瑚海海戦
1 連合艦隊はどのように構成されていたか
2 真珠湾攻撃
山本長官の決意
我奇襲に成功せり
攻撃目標に問題あり
3 マレー沖海戦
イギリスの焦り
P・ウェールズ東洋へ
大艦巨砲時代去る
4 スラバヤ沖海戦
日本軍のジャワ島攻略
並航射撃戦
夜間の再攻撃
5 珊瑚海海戦
未知の戦場
MO作戦計画さる
索敵失敗、祥鳳沈む
日米入り乱れての航空戦

第3章 連合艦隊は太平洋戦争をいかに戦ったか
その2/ミッドウェー海戦~大和特攻作戦、潜水艦部隊の活動
1 ミッドウェー海戦
厄介な米空母部隊
運命の6月5日
我が空母全滅す
2 ソロモン群島の海戦
第一次ソロモン海戦
第二次ソロモン海戦
サボ島沖海戦
南太平洋海戦
第三次ソロモン海戦
ルンガ沖の夜戦
3 マリアナ沖海戦
現実となった物量の差
米軍、本格的反攻に入る
破局への道
4 レイテ沖海戦
米軍フィリピンに迫る
レイテ湾への突入作戦
戦艦武蔵の最期
西村艦隊全滅す
栗田艦隊の謎
5 大和特攻作戦
沖縄も米軍の手に
海上特攻と大和の最期
6 潜水艦部隊の活動
脇役に徹した潜水艦
ヨークタウン撃沈
相次ぐ潜水艦の活躍

第4章 日本海軍についての常識的事項
軍令と軍政
鎮守府、海軍区、軍港
艦隊、戦隊
艦内の編成
艦名の付け方
特殊な部隊のこと

<付録> 日本海軍主要艦艇一覧表



今年の読書:63冊目



読書 | 21:46:29 | Comments(0)
日付変更線
今日は12月11日。
ハワイは12月10日である。

今日は、法人会の地区会の忘年会。
地区会では忘年会というのは今まで無かったのだが、このご時世である、忘年会をやって会員相互の情報交換をしたらと言い出したのは拙者である。
で・・・みんなの都合と拙者がハワイから帰国する日とを考慮した結果、12月11日に開催となった。
ハワイから帰国した翌日なら大丈夫と拙者は思っていたのだが・・・・

12月10日の今日・・・ハワイを発って成田に向かう。
と・・・成田に到着したのは・・・12月11日の午後5時!
あれ???
しまった!
日付変更線というのを、すっかり忘れていた!
間抜けである。

忘年会は午後6時から・・・
どう逆立ちしても間に合うわけがない。(笑)
成田からスカイライナーで上野に向かい、上野駅に到着した時にはすでに忘年会は始まっている。
2次会になら何とか間に合うか?

我が町の駅に着いたのは午後9時過ぎ・・・
念のため“ケムちゃん”に電話をしたら、“スナカワくん”と2人でスナックで2次会をしているという。
どうやら拙者の為に待っていてくれていたようだ。
外は雨・・・・
傘をさして、スーツケースをガラガラ音を立てながら引きずって(笑)彼らの待つスナックに向かう。
と・・・・向こうからやってくる人影が・・・
“ケムちゃん”である!
店の場所が分からないといけないと思って途中まで迎えに出てきてくれたのであった。
いやぁ~申し訳ない!

スナックで酒を飲みながら、帰国早々のご報告会。
長時間飛行機に乗って、しかもさほど寝てもいなかったので疲労はピークのはずなのだが、興奮しているせいか疲れが出ない。(笑)
楽しくあ~でもねぇ、こ~でもねぇと酒を飲みながらおしゃべりをする。
で・・・ひと段落ついたところで解散!
いやぁ~お心遣い、本当にうれしかった~

タクシーで送ってくれるというので、御言葉に甘えタクシーで“ご帰宅”する。(笑)

日記 | 22:49:27 | Comments(0)
タバコ仲間
ホテル内に喫煙場所が1ヶ所しかないと、宿泊している喫煙者はそこに自然と集まる。
タバコを1本か2本吸うだけなのだから、短時間しかそこにはいないはずなのに、なぜか、タイミング良く何度もバッタリと会う宿泊者がいる。
これも縁というものだろうか・・・・

アメリカ本土からガールフレンドと2人で来たという青年・・・・
先日、「どう?」と声をかけられた。
普通なら「アイム、ファイン!」と教科書通りに答えるのだろうが、拙者はへそ曲がりである。
「ファイン・・・ではない」(笑)
そう答えたら、当然だが「どうしてだ?」と言われる。
ここから説明するのが大変なところである。(笑)
とにかく真珠湾の開戦記念式典で不愉快な思いをしたという話しをした。
彼も「そういうことがあったのか。そりゃひどいねぇ。でも、気にするなよ。元気を出せよ」と言う。
で・・・拙者がハワイに来た目的の話をした。
真珠湾攻撃で戦死した17歳の武田友治の慰霊に来たという話である。
彼はこれになぜか感動したらしく・・・・(笑)
「17歳?17歳で戦死したのか?いやぁ~そりゃかわいそうだ。その慰霊に来たのか?そりゃすごい!あんたはすごい!」と大げさなべた誉めである。(笑)
で・・・この時は、その程度の話で終わったのだが・・・

今日、またもや喫煙場所でその彼にバッタリと会う。
「まだ、ここにいるんだろ?ちょっと待ってて!」と言って、どこかへ消えたと思ったら、まもなく別のアメリカ人を連れて来た。
で・・・「おい、あの話!あの17歳の飛行兵の話を彼にもしてくれよ。いやぁ~感動的な話なんだぞ」と言う。
はぁ?
拙者は、そんな感動的な話なんかしたかな?(笑)
なんと、強制的に英会話をさせられる。
「おれは英語が下手だから・・・」と言ったのだが、「大丈夫、俺は理解できたから、この人にも話してやってくれ」としつこい・・・(笑)
こっちとしては、泣きたくなるほど辛い・・・・
で、また慰霊に来た話をする。(笑)
「すばらしいことだ。お前は偉い!すばらしい!」と御世辞かもしれないが、そう言われる。(笑)
が・・・褒められれば誰でも嬉しいものであるが・・・
ん?
真珠湾を攻撃した日本兵の事は恨みには思っていないのか?
意外だなぁ~
彼らの反応が拙者の想像と違ったので、ちょっと驚いた。

で・・・今度は、おばちゃん!
「よく会うわねぇ~」と声をかけて来た。
この“おばちゃん”とは、会釈程度の挨拶しか交わしていなかったのだが、なぜか今日は会話となる。
で・・・彼女はグアムから来たという。
はぁ?グアム?ここよりグアムの方がいいと僕は思うんですけど・・・(笑)
彼女はアガットの近くに住んでいるという。
「アガット?あれ?今年の春に行きましたよ!アガット湾でしょ?太平洋戦争の時に海兵隊が上陸した地点ですよね」
共通の話題が出てきたら一気に親しくなっちゃった。(笑)
で、彼女はポナペ島の出身だという。
「ポナペ!いやぁ~僕、そこに行きたいと思っていたんですよ!」
ポナペには日本軍の戦車が今でも残っているのだ!(笑)
意外や意外、話して見ないと分からないものである。

こんな調子で、この喫煙場所では誰かと会話をするようになったが・・・
意外にも会話にならないのが日本人・・・・
新婚旅行のカップルなのか・・・写真を撮るのに苦労しているようだったので拙者が写真を撮ってあげたのだが・・・
会話は無い。
「どうも・・・」だけ・・・
で、立ち去る時に挨拶もなければ、その後、バッタリ会っても挨拶なし。
はぁ?
まぁ、二人の世界に入っているのかも知れないが・・・拙者と会話をすると損をするとでも思っているのだろうか?
いやはや、社交性がないというか・・・なんというか・・・
こういう点では外国人とのほうが気さくである。
日本人とじゃなく外国人と片言英語で会話をする方が話が弾むってどういうことよ。
海外で日本人に会うと「なんだ、こいつ・・・」と思うことが多いが、ここハワイは特にそういう日本人が多い。
このアベックだけではなく、他の日本人も似たり寄ったり・・・
日本人の女の子に至っては、場所を譲ってやっても会釈すらしない。
これが外国人だと、会話したことがなくても二度目に会った時には「ハイ!」と挨拶して来るし、拙者も会釈で答えたりするのだが・・・
あ~嫌だ、嫌だ・・・日本人観光客なんかには会いたくないものである。

旅行 | 22:52:08 | Comments(0)
ヘリコプターに乗る!
今日は日本は12月10日。
ここハワイは12月9日である。

今日はチャーターしたヘリコプターでオアフ島上空を飛ぶのである。
当初の予定では、武田友治の乗った雷撃機が墜落したらしい、ハロナ・ブローホールの沖合で、ヘリコプターから花を1輪落として慰霊をする予定だったのだが、こちらに来てみて、どうも当初聞いていた墜落現場はここではないような気がしてきた。
というわけで、慰霊はやめて、武田友治が真珠湾攻撃の時に見たであろう景色を我々も見ながら、彼らを偲ぼうということにした。
これをもって、真珠湾攻撃で戦死した彼らの慰霊ということにする。

先方からの送迎車に乗って飛行場へ・・・・
飛行場はホノルル空港のすぐ近くにあるという。
飛行場についてからパイロットと飛行コースの打ち合わせをする。
パイロットは日本人だったので、話が通じて助かった。
いくつかの飛行コースが観光コースとして、すでに設定されているのだが、その中で一番目的に近いものを選び、お願いすることにした。

で・・・早速なんですが・・・・
「私は高所恐怖症なので・・・ここまでということで・・・“ハシモトさん”一人で乗ってください。僕はここで待ってますから!」
「うそだろ・・・おい、おい、ちょっとぉ~」と“ハシモトさん”
「駄目ですか?」(笑)
「あのね・・・」

で・・・渡されたのが、黄色い小さな小箱・・・
この中に救命胴衣が入っていて、これを腰につけ、万が一海上に不時着した時はこれを取り出し身につけるという。
”ハシモトさん”が、やたらと救命胴衣の取り出し方を気にする。
「あの・・・“ハシモトさん”が操縦席に乗ってください。僕は後ろの席に乗りますから」
「いいの?」
「はい、いい写真を撮ってください」
「これ、どうやって使うんだっけ?」
「救命胴衣ですか?あ、それは“ハシモトさん”には必要ないですから覚えなくていいですよ」
「なんで?」
「だって操縦席に乗るでしょ?墜落するでしょ?海面にもろに衝突して気絶するから取り出せないでしょ?」
「はぁ?」
「僕は後部座席ですから、衝撃に耐えてドアを開けて海上に浮上してこれを使いますけど・・・“ハシモトさん”は意識不明のまま機内に閉じ込められて溺死すると思うんですよねぇ~だから・・必要ないです!」
「あのな!そりゃないだろ!(笑)」
「まぁ、どうぞ、操縦席に座ってください!(笑)」
冗談言いながら、滑走路(?)に向かう。

で・・・我々が乗るヘリコプターは・・・・
ありゃ・・・かなり小さい!(笑)
まさか・・・ラジコン・ヘリじゃないよね?(笑)

DSC04073_convert_20100207212719.jpg

グワ~ンと離陸した途端・・・拙者は高所恐怖症であることを再認識する。(笑)
が・・・写真撮影に没頭していると、結構忘れてしまうものだ。
景色も最高!
いい気分である。

DSC04084_convert_20100207213509.jpg(ワイキキ)

DSC04085_convert_20100207220013.jpg

DSC04092_convert_20100207214631.jpg(ダイヤモンド・ヘッド)

機内では、パイロットが事細かに解説をしてくれた。
ただ飛ぶだけかと思ったらそうじゃない。
いやぁ~これはいい!

太平洋戦争時の飛行場跡の上空を飛んだり、映画「ジュラシックパーク」のロケ地の上空を飛んだり、山岳地帯の上空を飛んだり、パイナップル畑の上空を飛んだりと景色に変化があり、なかなか面白い。
ヘリコプターでの遊覧を計画に入れたのは成功である!

DSC04126_convert_20100207215603.jpg(山の頂上すれすれを飛び越える!)

オアフ島をグルリと回って、お楽しみの真珠湾に“突入”する!(笑)

DSC04153_convert_20100207220839.jpg(真珠湾)

真珠湾内に見える艦船群は退役した空母などの軍艦で、解体廃棄をされるのを待っているという。

当時の日本軍パイロットはこういう景色を見ながら突入して行ったんだろうなぁ~

DSC04169_convert_20100207221414.jpg(フォード島)

この岸に2列になって戦艦が停泊していた。
右下に見えるのが戦艦アリゾナの上に建てられた「記念館」
上空から見ると案外小さく見えるのだが・・・・
よくこれに爆弾を命中させたものだと感心。

フォード島上空を旋回してもらい・・・・飛行場へ無事帰還!
いやぁ~想像以上に素晴らしい観光だった~
追体験もできたし・・・
満足、満足・・・・
第1次攻撃隊の空母加賀艦載雷撃機の中で、墜落場所が不明なのは武田友治が乗っていた1機だけである。
山の中なのか、海の中なのか、どこに墜落してしまったのかわからないが・・・
慰霊はこういう形で勘弁してもらいたい・・・
君が見たであろう同じ景色を見させてもらったよ!武田君!
ありがとう!

ホテルまで送ってもらい、昼食はホテル内でピザ!(笑)

DSC04202_convert_20100207223325.jpg

旅行 | 21:00:55 | Comments(0)
博物館めぐり!
今日は、拙者の大好きな「博物館めぐり」をする。

最初は、海軍基地のすぐ近くにある「ボウフィン博物館」へ行く。
この間、車で島内観光をしてくれたチャールズさんに電話を入れ、見学に行く旨を伝えてある。
で・・・何で行こうか?
伝えておいた時間に間に合わないと失礼になる。
バスで行くのが安いには決まっているが、ここはタクシーで行こう!
“ハシモトさん”はバスで安く行きたいらしいが、フロントに相談したら、バスでは約束した時間には間に合わないとのこと。
タクシーなら間に合うということでタクシーにする。

で・・・ベルボーイに頼めばタクシーを呼んでくれるというので、ベルボーイに頼んだら・・・・
どこかへ電話をして、「はい、タクシーの運転手です。どうぞ」と受話器を渡してきた。
はぁ?
なんで拙者が自分で交渉しなくちゃならないの?(笑)

隣のホテルにいるので、道を渡って来てくれとのこと。
「リムジンだったりして~」と冗談言いながら向かったら・・・・ゲゲッ!
そこには真っ白なリムジンが!
うそ!
俺たちゃ新婚旅行じゃねぇぞ~(笑)
“ハシモトさん”がビビった!
「これ、高いんじゃないんですか?大丈夫ですか?」
拙者はリムジンなんかに乗ったことがない。
結婚する気もないから新婚旅行で使うこともない。(笑)
リムジンに乗るなんていう経験はまずないだろう・・・・これはチャンスである!
ホテルから海軍基地までの距離は凡そ分かっているので、仮に普通のタクシーの2倍、3倍の料金でも大したことはあるまい。
軍資金はタップリ持ってきている。
それより経験が大事だ。
乗らねば損である!(笑)
こういうところが、学校の先生というサラリーマンと中小企業のボンボン息子の価値観の違うところである。(大笑)
“ハシモトさん”がいつまでも料金を気にしているので、運転手に尋ねたら・・・・
普通のタクシーと同じ料金なのだそうだ。(笑)
“ハシモトさん”、ようやく安心。
で・・・この広い車内に並んで座っていても面白くない!(笑)
長くて広い車内で“ハシモトさん”と向かい合わせに座ることにした。(笑)
後ろ向きに走る・・・・これもいい経験である。

博物館のチケット売り場でチャールズさんに会いに来たことを伝え、受付のおじちゃんに事務所まで案内してもらう。
拙者は頭に血が上るほど頭にくると英語が話せるのだが、不思議なことに(?)普通のまともな時には英語が話せないのである。(笑)
つまり、喧嘩腰にならねば喋れないという男なので、うまく通じるかと不安だったが、うまく通じたらしく気持ちよく案内してもらった。
というわけで、本来お金を払って入場しなければならないのに、チャールズさんのおかげでタダで入館したのである。
しかも、鞄等の荷物の持ち込みが禁止なのだが、チャールズさんの事務所で預かってくれるというのでお言葉に甘える。

DSC03846_convert_20100204214237.jpg

ボウフィン博物館は、米軍の潜水艦の博物館である。
この「ボウフィン号」は太平洋戦争時、学童疎開船の対馬丸を撃沈した潜水艦として有名である。
つまり、日本人にとっては憎き潜水艦なのだが・・・
だいたい、当時、この対馬丸に子供たちが乗っているなんて潜水艦の艦長は知らなかったんじゃないか?
結果的に多くの子供たちを殺してしまったが、それは後から言えることなんだから、この潜水艦を責めても仕方があるまい。
拙者は、このことを知ってはいたが、あえて話題にはしなかった。
する必要もないのである。

DSC03860_convert_20100204215358.jpg(魚雷室)

チャールズさんの案内で狭い艦内を見学する。
細かい説明を受けて大感激!
拙者は、あまり潜水艦には詳しくないが、多少の知識はあるので、あ~でもねぇ、こ~でもねぇとおしゃべりしながら見学させてもらう。
非常に狭い艦内だが、兵員の居住性を高める努力があちこちに見られる。
アメリカらしい・・・
日本の潜水艦は、こんなに居住性は恵まれてなかったろう。
日本には現存している当時の潜水艦がないので比較できないのが残念である。

そのうち、一般の見学者が続々と艦内に入って来た。
早めに見学してよかった。
続いて、博物館の方を見学させてもらう。
こちらは勝手に我々だけで見学する。

DSC03936_convert_20100204220645.jpg(博物館内)

建物の外の庭には日本海軍の人間魚雷「回天」が展示されていた。

このあと、我々はフォード島に数年前に出来たばかりの航空博物館へ行く。
チャールズさんに荷物を預かってもらい、ボウフィン博物館前から出るシャトルバスに乗って向かう。
この博物館は軍の施設内の博物館なので、一般の観光客はこのシャトルバスで行くのだそうだ。

DSC03954_convert_20100204221519.jpg(太平洋航空博物館)

この博物館はフォード島のフォード飛行場跡にある格納庫を改造して使用されている。
ここには拙者の大好きな零戦が展示されているのである!(笑)
時刻はお昼を過ぎている。
館内にレストランが併設されているので、そこでちょっと遅めの昼食をとる。
まずは腹ごしらえである!(笑)

DSC03949_convert_20100204222026.jpg(パイナップル入り焼き飯!)

食後は、いよいよお楽しみの零戦である!
ジオラマ形式での展示・・・・
真珠湾攻撃に関する説明等もある。
ニイハウ島に不時着した西開地一飛曹の零戦の残骸も展示されている。
また、他の米軍の航空機等の展示もある。
不思議なのは、展示スペースの隅っこに日本陸軍の一式機動速射砲(対戦車砲)がポツンと置いてあったこと。(笑)
ちょっと小さな博物館だが、なかなかいい!

DSC04038_convert_20100204223126.jpg(零戦)

DSC03982_convert_20100204224044.jpg

じっくり見学した後は、ミュージアムショップで英語の戦記本などを自分のお土産として購入する。
15分間隔で来るシャトルバスに乗りボウフィン博物館まで戻り、チャールズさんの事務所に立ち寄ってしばしおしゃべり。
いやはや色々と大変お世話になった。
感謝感謝である。

帰りはバス・・・・
昨日乗った同じバス停からなので、もう大丈夫!(笑)

途中の乗り換えをするショッピングセンターの本屋に立ち寄り、姪っ子・甥っ子のためのお土産を購入する。
今回は、英語の本!(笑)
女子店員に協力してもらい、何か適当な本を探してもらう。
「姪っ子はピアノを弾くので・・・」と言ったら、楽譜を探し出してきた。
「いや、そうじゃなくて・・・ベートーベンの伝記とか・・・バッハとか、モーツアルトとか・・・」
「モーツアルトがいいんですか?」
「いや、何でもいいんだけど・・・英語の難しくないもの!」
「え?英語の難しくないもの?」
なかなか説明するのが難しい・・・・
自分でもじれったい!(笑)
まずは、拙者がよ~く英語を勉強しないと駄目だな・・・こりゃ・・・

汗をかきかき、必死で説明しながらようやくお土産の本を買う。(笑)

旅行 | 20:19:47 | Comments(0)
大捜索?
“ハシモトさん”は無事にオプショナルツアーに間に合って、出かけて行った。
拙者は、マッサージを呼んで、のんびり過ごすことにする。

夕方、外から電話が入る。
見知らぬ女性からだが、流ちょうな日本語を話す。
彼女が言うには、我々が米海軍基地内で行方不明になり、米海軍や日本領事館、ホノルル警察が我々の捜索をしているという。
やっぱりね・・・・
こういう騒動に発展するだろうなぁ~とは想像していたが・・・・(笑)
で・・彼女は、今回の“事件”の報告書を海軍に提出しなければならないので・・・ということで電話をかけてきたという。

で・・・いきさつについて日本語で話をしたのだが・・・
彼女が「あなたがたはV.I.P(ビップ)なんですよ!そのあたながたが行方不明になったので大騒ぎなんです!」と言われた途端に・・・カチ~ン!!
なぬ?我々がV.I.Pだって?!
冗談じゃない!
「あの・・・ベリー・インポータント・パースンの意味分かってますか?我々が“ビップ”のわけがないでしょ?」
「いいえ、あなた方は“ビップ”なんですよ。だから司令官も皆さん心配されて大騒ぎなんです」
ムカムカ!!(笑)
しかし、ここから先は彼女は日本語がよく分からないと言って英語で話し始めた。
向こうは簡単な日本語ならできるが、難しい話は英語じゃないと無理。
拙者は簡単な英語は出来るが、難しい話は日本語じゃないと無理。(笑)
難儀なことである!(笑)

しかたがない、相手に合わせて英語で話すしかない・・・・
「我々は招待状ももらっていませんけど・・・」
「招待状がないのは当然です。それが“ビップ”です」
「招待客名簿にも載っていませんでしたけど・・・」
「若い兵隊が担当していたんでしょ?その人のミステイクです。ちゃんと名簿には載っていたんですよ」
「なんで“ビップ“が一番後ろの席に座らされたんですか?」
「あれもミステイクです」

アリゾナ記念館へ向かう一番最初のボートに乗らなかったことに関しては・・・・
「あなたがたは“ビップ”ですから乗る事は出来たんですよ!みなさん、あなたがたのことを知っていたんですから!」
「ほぉ~司令官も?」
「そう、司令官もあなた方の事を知っていたんです。だから司令官が心配しているんです。」
「でも、紹介されませんでしたけど・・・」
「自分から話しかけないと駄目ですよ。みなさん、そうしているんですよ」
「“ビップ”なのに紹介してもらえないの?そんな“ビップ”ってあり得ないんじゃないの?だいたい、IDカードもないんですからね。自分の身分を示すものが何もないじゃないですか?」
「IDカード?そういうものがないのが“ビップ”なんですよ」

この野郎!頭に来た!(怒)
“ビップ”って言えば日本人は喜ぶと思っているのか?
すくなくとも拙者はそういう日本人ではない!
火に油を注ぐとは、このことぞ!
完璧に拙者はキレたぞ!

「ミスター・ディマジオの対応がおかしいじゃないですか?コソコソして・・・ちゃんとエスコートしない。それは“ビップ”に対する態度ですか?」
「あのですね!ディマジオは、あなたたちのガイドじゃないんですよ!」
「ガイドじゃない?そんなことは知ってますよ!“ビップ”ならエスコートするのが当然でしょって言っているんです!」
「あの人はシャイなので・・・・」
「はぁ?恥ずかしがり屋だからエスコートせず我々を放り出したって言うんですか!」

話せば話すほど腹が立つ!

「あのね、私は10月にフィリピンの式典に日本代表として一人で参加したんですよ!その時は間違いなく“ビップ”扱いでした。ちゃんと市役所の職員がエスコートしたしね!そういうのが“ビップ”というのです。なんですか?ハワイでは“ビップ”の意味が違うんですか?」
この話をしたら、途端に相手が動揺しだした。
「フィリピンに日本を代表して・・・行ったんですか?」
「そうです。私はフィリピンでは“ビップ”なんですけど!」(笑)
相手が大げさに言うなら、こっちも少し大げさに言ってやれ!(笑)

拙者は最初から謝ろうという気はない。
こういうことになるだろうことは、想定済みである。(笑)
どうせだから、もっと問題を大きくしてやれ!(笑)
「大変迷惑をおかけしたので、今から海軍基地に行って司令官に謝ります」
「いえ、それは必要ありません」
「なんで?司令官は我々の事を知っているんですよね?大変心配をしているんですよね?謝りに行くのは当然でしょ?」
「いや・・・その必要はないです・・・」
「あっ、ホノルル警察にも行きましょう!警察にも迷惑をかけたんですから・・・」
「いや、その必要もないです」
「なんで?日本人としてそういうわけにはいきません。私は日本人です!迷惑をかけたんですから今すぐ謝りに行きます!」
「報告書を出せば済むことですから・・・ただ、あなたがたが無事にホテルに戻っているならそれで構いません」
「へぇ~私は嫌だな。アイムソーリーって言いに行かないと・・・」(笑)
もう、相手もタジタジであるのが電話から手に取るようにわかる。
もっとイジメてやろうか?(笑)

結局、先方が報告書を出すので、それだけでお咎めなしとなる。
その「報告書」なるものが本当かどうかはわからないが・・・
「じゃ、これ以上問題はないね?」ということで、電話を切る。
何だかんだで1時間半も英語で“議論”してしまった!
相手は拙者をナメてかかっていたのだろう。
まさか、軍司令官に会いに行って直接謝るなんて言われるとは思ってもいなかっただろう。
実際に行ったらもっと問題はこじれただろう。
だって、どう考えても彼女の言っていることは嘘なんだから・・・
わざと大げさに騒いでいるだけである。
司令官が我々の事を知っているわけがない!(笑)
普段は気の小さな拙者であるが・・・・(笑)
頭に血が上ると・・・・なにをしでかすかわからん男なのである!(笑)

隣で電話のやり取りを聞いていた“ハシモトさん”がこう言った・・・・
「さすがすごいですねぇ~一歩も引きませんね~でも、言っていることは私が聞いていてもまともなことですから・・・まさしくあなたの言うとおりですよ。間違っていませんよ」
ん?あれ?
“ハシモトさん”は英語が全然できないって言っていたはずなんだけど・・・・
なんで拙者の英語が理解できたの?(笑)

アメリカ人相手に一歩も引かないと誉められたことを喜ぶべきか・・・・
英語がわからない人でも理解できる英語を使っていた語学力のなさを悲しむべきか・・・
複雑である。(笑)

夜遅く、ホテルのマネージャーから電話が来る。
マネージャーも心配していたそうだ。
「いやぁ~ご迷惑をおかけして申し訳ございません!アイムソーリー!アイムソーリー!」
拙者は誰にでも謝らないというわけではない。
こういう時は、すぐ謝っちゃう!(笑)
「いや、無事でしたら問題はないです。では、おやすみなさい」・・・・
はぁ?それだけ・・・?
拍子抜けである。
だいたい、最近のホテルはカードキーだから困る。
便利ではあるが、こういう時は不便である。
昔のようにフロントでキーを受け取る形であれば、部屋に戻っているのか外出しているのか一目瞭然である。
わざわざ夜遅く、確認の電話という手間をかけさせてしまい恐縮である。
申し訳ない・・・・

旅行 | 22:01:43 | Comments(0)
バスに乗る!
さて、バス停まで来たけど・・・・
バスってどうやって乗ればいいんだろ?(笑)
バス停には日本のように親切な路線経路や時刻表があるわけじゃない。
そういう意味では、日本は几帳面な国である。(笑)
何番のバスに乗ればいいんだ?
自分のホテルが建っている通り名を知らないから「~通りを通りますか?」という質問が出来ない。(笑)
料金は、バス停で同じようにバスを待っている人に教えてもらう。

何番だか番号を忘れたが、バスが来た・・・・
このバスで大丈夫だと“ハシモトさん”が言うのだが・・・・どうも怪しい・・・
本人が運転手に確認したら大丈夫だと言っているというので乗ってはみたが・・・不安は拭えない。(笑)
英語が出来ないという“ハシモトさん”が運転手に英語で聞いたというのだから・・・(失礼!大笑い)

DSC03836_convert_20100204134946.jpg(バスの中)

バス料金は、どこまで行っても一律である。
日本のように距離によって料金が変わると頭が混乱するし、小銭が心配でハラハラするが・・・
一律なので乗る時に支払う・・・が・・・
2人で4ドル何セントかなのだが、5ドルしか持っていなかったので5ドル出したら、運転手に「おつりは無い」と軽く言われた。(笑)
まぁ~大した額じゃない・・・・よかろう・・・(笑)

車内で写真を撮っていたら、同じバス停から乗った外国人(アメリカ人?)のアベックから「写真を撮ってあげる」と言われて、“ハシモトさん”とのツーショットを撮ってもらう。
いやぁ~こういう旅先で会う人との和気あいあいというのは楽しい。(笑)

DSC03839_convert_20100204135743.jpg(注意書き)

車内に日本語で注意書きが貼られている。
ガイドブックにも書いてあったのだが・・・
どうも日本人観光客は「優先席」に座って、年寄りや障害者に席を譲らないのでひんしゅくを買っているらしい。
というわけで・・・日本語で注意書きが書かれているのだ。
なんとも恥ずかしい話ではないか!
だいたい、ハワイにチャラチャラと遊びに来るような奴にまともな奴はいないのだが・・・・(笑)
まあ、優先席についつい座ってしまう気持ちがわからないでもない。
どこで降りればいいかわからないので不安で仕方がない。
となると・・・出来るだけ運転手に近い席に座りたくなるのは人情だ。
だが、バスの前の方の席は、優先席なのである。
で・・・ついつい優先席に座ってしまうのであろう。

「このバスで間違いないです」という“ハシモトさん”と少々意見が対立したが、とにかく向かっている方向は間違いないらしい。
が・・・どこかの大きなショッピングセンターのところでバスが止まったらみんな降りていく・・・・
車内に残ったのは我々2人・・・・
ん?あれ?(笑)
当然、ホテルの近くまで行くのだろうと思い、そのまま座っていたら・・・
運転手が何か言っている。
が・・・よくわからない・・・・
3回ほど言われてようやくわかった!
「終点です!」
ギョェ~!!!
2人で大笑いである。
いやはや、なかなかバスを降りない“間抜けな中年日本人観光客”に運転手も困惑したであろう。
申し訳ない!

乗り換えをする時は、乗り換え用のチケットを運転手からもらう。
これを次のバスに乗る時渡せば、改めて料金を支払う必要はない。
その昔、甥っ子を連れて長崎を旅した時に路面電車で同じようなことをしたことを思い出す。
あれと同じだな・・・・過去の経験は役立つものである。
ということで、運転手からこのチケットをもらい、ついでに何番のバスに乗り換えればいいか、今度は拙者が聞く。(笑)
バス停には時刻表がないので、いつバスが来るのかがわからない。
午後からの“ハシモトさん”が参加するオプショナルツアーに間に合うかが心配。
タクシーでホテルまで行ってしまおうかと思うのだが、“ハシモトさん”は了解してくれない。
お金がかかるから・・・ということらしい。
拙者は多少お金がかかっても、時間の方を優先となるのだが・・・・
こういうところが価値観の違いで対立する所である。

さて・・・ここからの問題は、どこで降りればいいのか・・・である。
拙者は基本的にホテルの周辺をウロウロ歩くのが好きである。
これは、万が一に備えて、ホテルの周辺の地理を把握しておくためである。
タクシーで帰るにしても、おおよそホテル周辺の様子を知っていれば、とんでもない場所へ連れて行かれることもない。
危ないと思ったら、そこで降りてしまえば、あとは歩いてホテルに帰れる。
だから、周辺の景色は自分で歩き回って頭に入れておくのである。
今回も、やっておいたので、どのあたりで降りればいいか、だいたい見当がついた。
無事、ホテルに到着!

昼食だが・・・・
“ハシモトさん”は昨晩持ち帰って来たステーキ肉があるので、それでいいという。
で・・拙者はホテル内のスターバックスのようなコーヒーショップに行きサンドウィッチの昼食を一人でとる。
ここには1日に1~2回、一人でコーヒーを飲みに来るので店員達とは顔なじみ。(笑)
気さくな連中なので楽しい・・・・

旅行 | 21:30:50 | Comments(0)
最悪の式典!
今日は日本では12月8日。
ここハワイは12月7日である。

今日は、早朝から真珠湾の開戦記念式典に参加する予定。
一昨日会ったディマジオさんが連れて行ってくれる予定・・・・
午前6時、待ち合わせ時間に来ない・・・・
30分近く遅刻してようやく迎えに来た。
話によると、車が故障したので、代わりの車を調達するのに手間取ったという。

午前7時半から式典が始まるということらしいので、急げ!急げ!である。(笑)
通勤ラッシュの中、式典会場の海軍基地へ・・・・
基地内の駐車場に続々と車が入っていく。
軍の担当者が、ゴルフ場のカートみたいな電動車で待機している。
たぶん、ご高齢の参列者の為の“送迎車”なのだろう。
あまりに美人なので・・・(笑)
写真を撮らせていただいた。(大笑)

DSC03791_convert_20100131214138.jpg

会場となっている「倉庫」のような建物へ徒歩で向かう。
と・・・入り口で下士官に声をかけられた。
「案内を担当する○○○です!お名前をお教えください!」とのこと。
え~と・・・何という名で申し込んであるのだろう?
ディマジオさんを呼んで対応してもらったら・・・
あれ!
この下士官が言うには、招待者リストに我々の名前は載っていないというのだ!
うそ・・・
大勢の人がいる会場の中で席もなく、“ハシモトさん”とポツ~ン・・・・

DSC03793_convert_20100131215116.jpg(式典会場)

しばらく待たされて、ディマジオ氏に案内されたのは、会場の一番後ろの席。
ここは、どうも軍関係者とその家族が座る席らしい。
その一番後ろなんだから・・・・
間違っても我々は“日本代表”ではないな。(笑)
今回の話は予科練の戦友会の“ヨシダさん”からの話である。
我々2人も、その戦友会の会員である。
で・・・その会を“代表して”の参加というわけでもなさそうである。
とにかく一番後ろの席に座らせられたのだから、“来賓”ではなさそうだ。
う~ん・・・スピーチの用意をしてきたが、これは必要ないみたいだな・・・・(笑)
ご協力いただいた“フルサワさん”には申し訳なし。
で・・・ディマジオ氏は我々に「ここに座れ」と命じた後、どこかへ行ってしまい、とうとう戻って来ない。

式典が始まり、海軍の軍艦が会場に近づいてきた。
礼砲か何か撃つのかと思ったら、なにもなくス~ッと通り過ぎて行った。

DSC03800_convert_20100131223944.jpg

来賓のお偉方のスピーチ・・・・
海軍司令官やら、ハワイ州知事なのかワイキキの市長なのか誰だか知らないけど・・・そういう偉い人のスピーチ。
“日本代表”のスピーチもあった。
ん?「日本代表」っていたんだぁ~
で・・・この“日本代表”が、「なんとかかんとか」という宗教団体の連合会の代表。
宗教団体?
宗教団体の代表が“日本代表”なのか?
何だそれ~
唖然・・・である。
スピーチの内容は陳腐で何の感動もないもの。(失礼ですが・・・)
「日本の宗教家を代表して」ここに立てたことが嬉しいという内容だ。
なんともお粗末な・・・・
これなら“フルサワさん”に手伝ってもらって作った拙者のスピーチ原稿の方が数段上である。(笑)
真珠湾攻撃で戦死した武田友治のことも紹介してるんだもん!(笑)
日本人だって戦死したんだからね。真珠湾で・・・・
そのことも知ってもらいたいものである。
この代表が日本語で挨拶した後、通訳の女性が英語で通訳した。
なんと・・・
少なくとも、多少下手でも英語でスピーチをすべきじゃないのかね~?
どうせ原稿を読みながらのスピーチなんだから・・・・
正直言って拙者は“シラケ”てしまった。

その後、ナショナル・ジオグラフィック・チャンネル(?)のプロデューサーか何かが、太平洋戦争についてプレゼンテーションをした。
が・・・この話が、行ったり来たりでなかなか話の流れがわからない。
日本軍の事を、とやかくいう部分もあったのだが、それならお前らが落とした原爆の事も話せと突っ込みたくなる。
で・・・話が長い!
さすがに飽きてくる。
拙者には英語を長時間聞くほどの集中力はないのである。(笑)
ふと、10月のスリガオでの式典での“ジンジャーさん”のプレゼンテーションを思い出す。
歳をとると話が長くなるのか、それとも米国人はそもそもそういう人種なのか・・・
とにかく、もういい加減にしろと言いたくなるくらい話が長かった。

DSC03819_convert_20100131230422.jpg

そのあと、真珠湾攻撃の生還者の紹介等などや花輪を供える儀式なんかがあって・・・
ようやく終了・・・と思ったその時・・・
どこからかディマジオ氏が現われ、我々に席を立てと急かしたのである。
ん?
まだ完全に式典は終わっていないので、誰も立ち上がらないのに・・・何で、我々だけが?
目立つんだよなぁ~こういう行動って・・・・

で・・・「先に行ってあのボートに乗れ」と命じられた。
彼はなぜか人影に隠れて「行け!行け!」と手で我々を追い払うのである。
おかしい・・・何で一緒に行かないんだ?
何で案内しないんだ?

DSC03826_convert_20100131231036.jpg

乗船口まで行ってみたが、どうもおかしい・・・
担当者が名簿と付き合わせているのである。
ん?
これ・・・マズイんじゃないか?
だいたい、我々は招待客名簿には載っていない。
式次第ももらえなかった・・・
座席は一番後ろの空いている席に座らされている。(空席があったところへねじ込まれたような感じ)
他の一般参列者ですら、胸にそれを示すIDカードを付けているというのに我々2人は何も付けていない。
つまり、我々が何者かを示すものは何もない。
最大の問題は、ディマジオ氏が同行せず身を隠すという不審な行動をしたことである。
この時、拙者はこう思ったのである。
彼は我々を試しているのではあるまいか?
何とかかんとか拙者が交渉してうまく我々が乗船できたら、あとから我々を探すふりして乗り込もうという算段なのではあるまいか?

まもなく、担当下士官が「一般参列者は右側に列を作ってください!」と叫んだ。
そして、海軍司令官や日本からの“代表”という宗教団体の面々が乗船し始めた。

DSC03824_convert_20100131232536.jpg(日本の宗教関係者たち)

「やめよう!帰ろう!」
拙者は短気なのである。
そうじゃなくとも、ムカムカして腹の虫が収まらぬ。
どうして来賓たちが乗るボートに名簿にも載っていない我々が乗れる?
それにあの、わけのわからん日本の“宗教家”と一緒に行動なんてしたくもない!
で・・・会場内をディマジオ氏を探すが見つからない。
1000人以上もいるアメリカ人の中から探すのは困難である。
彼が、我々“目立つ”日本人を見つけるのは簡単だろうが・・・
しかも、この多くの米国人たちからはジロジロ見られるし・・・・(まぁ、日本人だから目立つんだろうが・・・)

ええい!面倒だ!帰っちまえ!

実は、午後から“ハシモトさん”はオプショナルツアーの申し込みをしているのである。
なんとしてもお昼までにはホテルに戻らねばならぬのだ。
しかし、我々は式次第をもらっていないから、この式典が何時まで続くのか知らない。
どうも、これからボートに乗って「アリゾナ記念館」へ行くようだが・・・
これだけの人数をピストン輸送で運ぶとなったら、とてもじゃないがお昼までにホテルに戻る事は困難だろう。
ディマジオ氏の話では11時ごろに終わると言っていたが、どう考えても危ない。
しかも、その肝心なディマジオ氏が見当たらないんだからどうしようもない。

「こうなったら、勝手に我々だけで帰りましょう!」と“ハシモトさん”を誘って帰ることにした。
が・・・問題はここから・・・
どうやって帰ればいいのか知らないのである。(笑)
ちょうど、電動車で送迎をしていたあの彼女がいたので尋ねたら「あそこにいる士官にお尋ねください」と言う。
ギョェ~
数人の兵たちを統率して話をしている、あの偉そうな人に英語で話しかけねばならんのか?(笑)
「エクスキューズミ~!」
冷や汗タラタラの英会話・・・・(笑)
「車で帰るんですか?」
「いや、徒歩で基地から出たいんですけど・・・ゲートまでの道順を教えてください」
もう、必死のヒヤリングである。(笑)
我々は車に乗って来たので、どこをどう通ったのかよく覚えていないのである。
よ~く相手の話を聞かねば、広大な基地の中で迷子になってしまう。(笑)
しかも、“不審者”に間違われたらおおごとである。(笑)

基地内の各所で警備に当たっている兵士に会うたび、声をかけ、確認しながら基地内を移動して、何とかかんとか無事に基地の外に出た。
で・・・これからどうやって帰る?(笑)
近くで道路工事をしている人にも訪ねながらバス停に向かう。

旅行 | 21:21:54 | Comments(0)
お食事に招待される
今晩は、日系部隊の従軍者“ミホさん”が夕食にご招待してくださった。
ホテルに迎えに来ると言うので、待っていたが・・・・なかなか来ない・・・(笑)
しばらくのちに、ようやく会えたが・・・・
どうもホテルに向かう時に道を1本間違えてしまったらしい。
で・・・なかなかホテルに到着しなかったのだとか・・・(笑)

氏のお歳は86歳と伺っていたので、当然、家族のだれかが運転して来ると思っていたら・・・
なんと、ご自身が運転・・・・
これが、凄い。
ウィンカーをあげずに車線変更!
ヒェ~である。(笑)

「おいしいステーキをごちそうしますから!日本じゃなかなか食べられないステーキです!」とのこと。(笑)
「で・・・ところで、あなたも86歳ですか?」と言われたのには苦笑。
なんで・・拙者が86歳だと思うんだ?(笑)

で・・・連れて行ってもらったのが、どこかのショッピングセンター。
この中に、そのステーキ屋さんがあるというのだが・・・ない!
どこにも店がない!
ちょうど通りがかった家族連れに声をかけたが、ご老人の英語っていうのは聞きづらいらしい。
これは日本でも同じ。
話が“見えない”ので、拙者が下手な英語で尋ねたら・・・・通じた!(笑)
で・・・これを日本語で日系アメリカ人の“ミホさん”に伝える。
これ・・・どう考えてもおかしい・・・(笑)
日本人が英語で話して、アメリカ人に日本語で伝えるという“通訳”って・・・どう考えてもおかしい。(笑)
結局、そのお店というのは今年の1月頃に潰れたという。
しかし“ミホさん”は納得しない。
「昨日の新聞に割引券の広告が入っていたんだから潰れているはずはない!」と言うのだ。(笑)
しかし、ないものはない。
お店があった場所は、ガランとしていて何もないんだから・・・・(笑)

場所が違うんじゃないかと尋ねた相手に言われ、隣のショッピングセンターに行くが・・・・
ここにも・・・ない!(笑)
センター内の本屋に入り、助けてもらう。(笑)
店主が何やら電話帳を引っ張り出して、電話で何か言っている。
拙者は店内にあった戦記本を見ていてよくわからないが・・・
かなりの時間後、ようやく我々が行くべき場所が決まったらしい。(笑)

そこまで、またもや車で移動・・・・
我々は一体どこにいるのか・・・さっぱりわからなくなってしまった。

入ったお店はかなりの高級店である。
「さぁ~好きなの食べて!」と“ミホさん”

DSC03787_convert_20100131210239.jpg

我々は「小さめ」のステーキを頼んだのだが・・・・
“ハシモトさん”の所に出てきたステーキは・・・・デカイ!
これが「小さめ」いうのなら「普通の大きさ」のステーキはどんな大きさなのかと大笑い。
歓談しながらお食事・・・・
「明日の予定はどうなっているの?」と“ミホさん”
「明日は真珠湾の開戦記念式典に出る予定なんですけど・・・・」
「え?あれに出るの?やめた方がいいと思うよ。あんたら日本人なんだから、嫌な思いをするよ」とのこと。
我々は、出たくて出るんじゃないんだけど・・・・
そういうことになっちゃったので、行くだけの話で・・・・(笑)

支払いの段になって、“ミホさん”が払うと言ってきかない。
こちらとしては、案内していただけただけでも感謝なのだから、食事代はこちらが持ちたいのだが・・・
結局、“ミホさん”にごちそうになる。
で・・・
「参考までにちょっと請求書を見せてください」と言って、見せてもらったら・・・
ありゃりゃ・・・我々は一人1万円分くらい飲み食いしている!(笑)
しかも、“ハシモトさん”のステーキは「小さめ」ではなく「普通の大きさ」のステーキ!
大きいだけに、ちょっと値が高い。
“ハシモトさん”は自分で英語で注文したのだが、どうもその英語が間違っていたようだ。(笑)
食べきれずに残った肉などは「お持ち帰り」にしてもらい、ホテルまで送っていただき“ミホさん”とお別れ。

いやぁ~なんだかんだとお世話になってしまった。
御馳走にまでなって、申し訳なし。
ちょっと強引な人だが、心根のいい「おじいちゃん」であった。
これで、一応、義理は果たした・・・・

旅行 | 20:22:36 | Comments(0)
ドライブ!
今日は日本では12月7日。
ハワイでは12月6日である。

朝、市内観光に向かう“ハシモトさん”を見送る。
“ミホさん”が我々の為に市内観光を手配したと言っていたので、ガイドが来るのかと思ったら・・・
なんと!ツアーである!(笑)
見知らぬ客が何人も乗っているワゴン車が迎えに来たのである。
いわゆる「オプショナル・ツアー」だったのである。
これには大笑い・・・・
“ミホさん”は流ちょうな日本語を話す日系人だが、やっぱり言葉が足りない・・・・
というか、少し恰好を付けたんだろう。
「あなたたちの為に市内観光のガイドを用意した」と言っていたが、ツアーに申し込んでいただけである。(笑)

部屋に戻り、チャールズさんが迎えに来るまで待っていると、“ミホさん”から電話が入る。
「“ハシモトさん”は?」
「もう、ツアーに参加して出かけましたけど・・・・」
「なんで、あんたは部屋にいるんだ?」
「私は、既に頼んである別の人と会うので部屋にいるんですけど・・・」
「なに?あんたの分も頼んであったのにキャンセルしたのか?あ~そう、二手に分かれたわけだ。日本人らしいやり方だねぇ~」と言う。
そう言われてもねぇ~
ダブルブッキングして、どちらも断れなくなっちゃったんだから仕方がないでしょ。(笑)
どうも“ミホさん”は、我々がちゃんとツアーに参加したかどうか確認の電話をしてきたらしい。(笑)

チャールズさんが迎えに来てくれて、彼の運転する車でドライブに出かける。
もちろん彼とは初対面であるが、彼は日本語が流ちょうなので助かった。(笑)
車中で延々と英会話となるのは勘弁してもらいたい。(笑)
彼は昔、英会話学校の講師をしていて日本に住んでいたという。
だから日本語がペラペラなのだ。
うやましい限りである。
このくらい拙者も英語が話せたらなぁ~と思うが・・・・無理か・・・(笑)
現在はボウフィンという潜水艦博物館の職員をしているという。

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DSC03735_convert_20100128003910.jpg(ハロナ・ブロー・ホール)

この沖合に武田友治の乗った艦上攻撃機が墜落したという説があるのだが・・・
ディマジオ氏の話によれば、真珠湾攻撃の当日には、この周辺には多くの釣り客がいたが誰も日本軍機を見ていないという。
そうなると、やっぱり違うんじゃなかろうかという気がする。

続いて向かったのが、「ベローズ・フィールド」・・・・・
現在は使われていないようだが、軍の基地である。
海兵隊の訓練などに使われているらしい・・・・
この敷地内の海岸に、真珠湾攻撃に参加した特殊潜航艇が1隻打ち上げられた。
操縦不能になって打ち上げられたらしいが、その時に捕虜となったのが酒巻さん。
「捕虜第1号」で有名・・・・
その海岸に行きたかったのだが、ゲートの警備員に断られた。(笑)
許可証がなければ立ち入り禁止だそうだ・・・・そりゃ、そうだ。
近くの海岸から、「酒巻艇」が打ち上げられた海岸を見ることにする。

DSC03740_convert_20100131133805.jpg
一番遠くの、向こうの海岸に打ち上げられたらしい・・・・
このまま海岸線を歩いていけば、行けなくもない・・・という気もするが・・・(笑)
ここの海岸は綺麗だし、ほとんど誰もいない。(老夫婦1組しかいなかった)
ワイキキのビーチで日向ぼっこするくらいなら、ここで日向ぼっこした方がいいような気がするなぁ~

続いて内陸部へ向かい、「ヌアヌ・パリ展望台」へ行く。
途中、いやはや絶景が見えた!
ハワイの山って、こんなに切り立っているのか?
ノコギリの歯のように切り立って見える山・・・・いやぁ~凄い!
車内から撮影!(笑)

DSC03746_convert_20100131140035.jpg

ここはコオラウ山脈の中腹にあって、カメハメハ大王がハワイ統一戦争をした時の激戦地なのだそうだ。
ハワイの中で昔、戦争があったなんて知らなかった・・・・へぇ~・・・である。
この展望台から遠くにカネオヘ基地が見える。

DSC03747_convert_20100131141128.jpg(展望台から見た景色)

ここから市内に戻る事にする。
途中、ふと思い出したのだが・・・
ハワイのどこかに日本海軍関係の慰霊碑があると聞いたことがある。
で・・・日本人墓地にも立ち寄ってもらったのだが、残念ながら、日本人移民の墓がほとんどで、海軍の慰霊碑らしきものは見つけられなかった。

つづいて、「パンチボウル」に向かう。
ここは米軍の記念墓地である。
なんで「パンチボウル」って言うのかと尋ねたらフルーツポンチを入れる器の形をしているからなのだそうだ。
火山の火口の凹んだような所にあるから、そういう形から名付けられたらしい。
ここの展望台からホノルルの町を見る。

DSC03757_convert_20100131143501.jpg(遠くに見えるのがダイヤモンドヘッド)

ホノルル市内のレストランで昼食。
DSC03761_convert_20100131144027.jpg

このあと、どうしても行きたいところがある。
「陸軍博物館」!(笑)
ここには、是非!
ということで・・・連れて行ってもらったのだが・・・・
なんと!
博物館は休館!
ギョェ~!残念無念!!(涙)
博物館前には、日本陸軍の九五式軽戦車と一式速射砲が展示されている。
この写真だけを撮影して・・・終わり!(涙)
それにしても、この戦車、どこから持ってきたんだろう?
それが知りたいなぁ~・・・・戦車師団戦友会の事務局長としては・・・・(笑)

DSC03782_convert_20100131144900.jpg(陸軍博物館)

今日のドライブは、ここで終了。
チャールズさんには大変お世話になった。
時間があったら是非ボウフィン博物館にも来てくれとのこと。
後日、訪問する約束をして別れる。

旅行 | 10:13:18 | Comments(0)
ダブル・ブッキング!
今日の夜は、現地の戦史研究家のディバジリオ氏と食事会。
ホテルに迎えに来てもらい、中華レストランで3人で食事しながら歓談する。
この方は、予科練の戦友会役員の“ヨシダさん”の紹介である。
彼は片言の日本語と英語を話す。
こちらは片言の英語と日本語である。
が・・・なんとかかんとか会話は成り立つ。

“ハシモトさん”が知りたがっている武田友治搭乗機の墜落場所だが、どうも、これが怪しいらしい。
ハロナ・ブロウ・ホール沖の海中に墜落したとの説があるので、そこへ我々は慰霊に行こうと思っているのだが・・・・
どうも、ガセネタらしい。
彼は真珠湾攻撃について、かなり詳しい知識を持っている。
彼の説を聞いていると、確かにおっしゃる通り・・・である。
結局は「行方不明」なのだという。

食事会を終え、ホテルに戻る。
明後日、ディマジオさんが、我々を真珠湾の記念式典に連れて行ってくれるという。

夜中の午前0時・・・・
突然、電話が入る。
“ミホ”さんという方からだ。
「なんで、ハワイに着いたら着いたで連絡を寄こさないのか」とのこと。
かなりご立腹である。
あらら・・・やっちゃった・・・・
“ハシモトさん”が、日本にいる時、あっちこっちに頼み込んだはいいが、どうも話が行き違っていたらしい。
この方も、“ヨシダさん”の紹介らしいが、高齢なので案内はできない、食事ぐらいはできる・・・・ということで話が終わってしまっていたらしい。(・・・と“ハシモトさん”は思っていた)
が・・・相手は、そうではないらしく、明日の市内観光の予約を我々のために頼んであるという。
この“ミホさん”は、日系ハワイアン。
第二次世界大戦では、日系部隊の一員としてヨーロッパでドイツ軍と戦っていたという人である。

明日の市内観光は手配済み・・・って言われても・・・・
すでに、我々には明日の予定が入っている。
グアムでお世話になった“ダンさん”から紹介された“チャールズさん”にハロナ・ブロー・ホールへ連れて行ってもらうことになっているのだ。
やっちゃったぁ~
恐れていた、ダブル・ブッキングである!(笑)
ほらね・・・あっちこっちに頼み込んじゃったから、それぞれが勝手に手配をしちゃったのだ~

いくら説明しても相手は納得しない。
「明日は時間が空いているって言ってたから、市内観光を手配しておいたのだ」と言う。
「それは、当初の話で、すでに明日の予定は決まっています」と言っても、相手は引き下がらない。
どうも“ハシモトさん”と“ミホさん”、“ヨシダさん”とのメールのやり取りが不味かったらしい。
メールが行き違いにもなっている。
アラアラ・・・
拙者は当事者じゃないから、どうしようもない・・・・

だいたい、高齢者というのは、言葉が足りない、説明が足りない、勝手に思い込む・・・というところがある。
“ハシモトさん”が、どういう話の持って行き方をしたのかは知らないが・・・・
拙者が恐れていたことが、やっぱり起きてしまった・・・・
「親切を無にする気か!」と言われれば返す言葉はない。
こちらを立てれば、あちらが立たず・・・である。
結局、明日は二手に分かれることにした。
“ハシモトさん”は責任を取って(笑)、市内観光に行くことになり、拙者は、チャールズさんの案内を受けて出かけることとする。

旅行 | 23:01:18 | Comments(0)
禁煙!
我々が宿泊するホテルは、町はずれという感じの場所にあるらしい。
とにかくチェックインできるまで時間をつぶさねば・・・・
ここはどこだ?
ホノルルとかワイキキとか、名前だけは知っているが・・・・どこがホノルルでどこがワイキキかなんて知らない。(笑)
だいたい、ハワイっていくつもの島で成り立っていることすら知らぬのだ。
ん?
ここはオアフ島?(笑)
事前に地図を頭に入れるということもしないで来たし・・・・
どこかで“ハシモトさん”が調べてきているんだろうという甘えもあるから覚える気もない。(笑)

ワイキキの端っこまで来たらしい。
カピオラニ・パークという公園に辿りつく。
散策でもしますかぁ~
で・・・ここにガンジーの銅像があるので、その写真を撮る。
それにしても・・・なんでインドのガンジーの銅像がハワイにあるんだ????
よくわからん・・・(笑)

この公園からダイヤモンドヘッドがよく見える。
ん?あの山がダイヤモンドヘッド?
どこがダイヤモンド?????

DSC03715_convert_20100121152830.jpg(ダイヤモンドヘッド)

DSC03713_convert_20100121153240.jpg(ワイキキのビーチ)

ここが有名なワイキキのビーチ・・・・ねぇ~
大したことない・・・・(笑)
グアム島のほうがいいんじゃないか?

DSC03723_convert_20100121154206.jpg(宿泊先のホテル)

ようやくホテルにチェックイン!

DSC03724_convert_20100121154610.jpg(部屋のベランダから見た景色)

さて・・・拙者にとっての大問題・・・・
それは、タバコである。
室内は禁煙とのことなので、ベランダならばいいだろうと思ったら、それも駄目だという。
3階にあるプールサイドに1か所だけ喫煙場所があるので、そこで吸ってくれといわれる。
タバコを吸いにわざわざプールまで行かねばならんのか?
なんとも不便な話である。
「顧客サービス」なんてどこへやら・・・・である。
室内は別として、ベランダはいいんじゃないか?
違反すると罰金250ドルだとか・・・・
まったく異常だよなぁ~

DSC03726_convert_20100121155855.jpg(夕日!)

旅行 | 15:18:22 | Comments(0)
時差ボケである。
早朝、ハワイのホノルル空港に到着・・・・
機内ではウトウトした程度で、熟睡ができなかった。

で・・・今日は、何日?
12月5日の夜に成田を出て、着いたのは12月5日の朝である。
どうもいかん・・・ピンと来ない。(笑)
拙者は、数字に弱いのである。
何時間飛行機に乗っていたのか、日本とは何時間の時差があるのか、さっぱりわからぬ。
そもそも、「郷に入れば郷に従え」であるから、日本が何日で何時なのかなんて関係ない。
日本へ電話をするわけでもないので、なおさらである。
だから、全然頭に入らないのかもしれない。

とにかく、今日は5日の早朝なのだ。
今回の旅は、H.I.Sを使っての旅なので、空港から市内まではツアーバスで移動。
市内の旅行社のあるビルで降り、そこで簡単な説明等を受けて解散。
荷物は別便でホテルに送ってくれるという。
そりゃ、そうだ、こんな朝早くからホテルにチェックインできるわけがない。
荷物を持ってウロウロと歩かねばならないのかと心配したが助かった。
最低必要なものはショルダーバッグに入れておいたのでスーツケースがなくても大丈夫。

あれやこれやのサービスもあって、どこそこへ行くとお土産をプレゼント・・・・等々・・・
まぁ、商魂たくましい。
だから、格安の旅費を提供してもやっていけるんだろう。
当然だな・・・
呆れたのは、ハワイのマンションの勧誘。
だれが、ここの分譲マンションを買うというのか・・・・唖然・・・である。

頭が全然働かない・・・・
睡眠不足のせいか、時差ボケか・・・・
今から25年前にアメリカに行った時に時差ボケで参ったが・・・
あの時と同じ感じである。
久々の時差ボケかな?

ハワイに到着したら、まず、何をするんだっけ?
初日の行動予定が思い出せない。(笑)

“ハシモトさん”は、日本にいた時に紹介された方々に片っ端から電話する。
で・・・いろいろと約束をしているのだが・・・・
ダブルブッキングはしないのだろうかと、少々不安・・・・
だが、拙者が口を挟むことじゃないし・・・頭が働いてないし・・・
寒いところから、暑い所へ来て、ボ~ッとしちゃってるし・・・
いやはや、歳は取りたくねぇもんだ~(笑)

とにかく、ホテルにチェックインするまで時間があるので、ブラブラ歩きながらホテルに向かうことにする。
ついでに、あっちこっちに立ち寄って、クーポン券の「お土産」集めをする。
何も買う気はないので、冷やかし半分・・・・
「ささやかなお土産」集めだけをする。(笑)
お土産だけをもらってさっさと帰る。
店員から冷ややかな目で見られたが・・・(笑)
そうそう君たちの策略には乗らぬのだ~

まず、最初にやらなくてはならないことを思い出した!
そうそう、空から真珠湾を見るための飛行機のチャーターである。
「地球の歩き方」の事務所に行って相談をかけることにしていたのだ。
が・・・その事務所が見つからない。
それもそのはず、“ハシモトさん”が持参してきたガイドブックは古いもの。
事務所が移転していたのである!(笑)
で・・・拙者は新しいガイドブックを持ってきていたが、面倒くさいので出さなかった。
これが、そもそもの失敗である。
これに気がつくまで散々無駄な時間を費やしてしまった。

時差ボケのせいである・・・・・(笑)

ようやく、古いガイドブックと最新のガイドブックでは住所が違っていることに気が付き、事務所に辿りつく。
スタッフと打ち合わせ。
こちらの要望は、ヘリコプターかセスナでハワイ上空を飛んで、武田友治が戦死したと思われる場所に空から花を1輪落として慰霊することである。
オアフ島を空から観光するツアーもあるが、他の客と一緒じゃ座る座席によっては、写真も撮れないかもしれないし・・・・
花を落とすことも出来ないかもしれないということで貸切を希望。
結局、ヘリコプターがいいだろうということで、これに決め、飛行コース等の詳細は後日パイロットと打ち合わせることにして申し込む。
予想では10万円以上はかかると思ったら、案外安く8万円ぐらいで済んだ。

ホテルに向けてテクテク歩く・・・・
途中で、昼食・・・・
“ハシモトさん”は食事についてはあまりこだわりがない。
ガイドブックに載っているこの店でおいしいものを食べようなんてことは考えない方。
安けりゃ安いに越したことはない・・・ということで・・・・
お昼はハンバーガーである。(笑)

DSC03705_convert_20100121145801.jpg(お昼!)

旅行 | 14:08:29 | Comments(0)
ハワイ旅行
今日からハワイである!
飛行機は夜の便なので助かる。
そうじゃないと、前日に成田空港周辺に泊まらねばならぬ。

いつものように、出発ギリギリまでドタバタして準備をする。
午後、上京。
成田空港で“ジハシモトさん”と待ち合わせ。
早めにチェックインして、軽く夕食を食べながら打ち合わせ。

夜、予定通りにハワイに向け出発!
ハワイには、行ったことがないので楽しみである。

DSC03704_convert_20100121140101.jpg(機内食)

旅行 | 13:33:30 | Comments(0)
スピーチ原稿
ハワイへの出発直前であるが・・・・
とにかく、何とかせねば・・・・
万が一、式典でスピーチでも求められたら大変である。
ということで、つたない英語を駆使(笑)して、簡単なスピーチ原稿を作成してみた。

これを、この間のスリガオの件でお世話になった“フルサワさん”に送って、内容を確認してもらう。
と・・・なんと、有難いことに、かなり丁寧に手を入れてくださり、送り返してくれた。
いやぁ~感激である!
大助かりである!

なにせ、拙者の英語力では、まともな英文など作れない。
“フルサワさん”は翻訳家なので、これで完ぺきである!

あとは・・・・発音だけである。
折角の英文も、拙者が発音を間違えてしまうと・・・・通じない!(笑)
辞書を片手に発音記号とニラメッコ。

誰か外人にでも聞いてもらって確認できればいいのだが、身近なところには外人がいない。(笑)
今から英会話スクールに行くのは無理。
明日出発するんだから・・・・(笑)

ええぃ!こうなったらどうにでもなれ!・・・・である。
やれるところまでは、やってみた・・・・
あとは野となれ山となれ・・・である。

日記 | 13:16:16 | Comments(0)
頭の中はパニック!
今度のハワイ行きの主たる目的は、“ハシモトさん”が住んでおられる富山県出身で、真珠湾攻撃の際に戦死した、武田友治さんの慰霊である。

が・・・
真珠湾で開催される「開戦記念式典」にも参加するとなると、我々はどういう「立場」で参加することになるのだろうか?
その点が全く分からない。
さらに、服装はどうしたらいいのか・・・
日本人で参加するというのは、我々2人だけなのか?
となると・・・
“ハシモトさん”は英語が全く出来ないと言っていたので、片言話せる拙者が何か言わねばならぬのか?
「何か一言・・・・」と言われたら、拙者が代表してスピーチするしかないか?
こりゃ、スリガオでの悪夢の再来である!(笑)

“ハシモトさん”を通じて“ヨシダさん”に確認を取ってもらったが、なんとも要領を得ない。
マズイことになった・・・・
何もわからぬまま参加するということか・・・・

出発直前になって、頭の中はパニックである。
気楽な「慰霊の旅」のはずが、とんでもないことになってしまうような気がする。

日記 | 10:56:12 | Comments(0)
大変なことになっちまったぁ~
5日から“ハシモトさん”と2人でハワイに行くのだが・・・
今日、氏からメールが届き・・・
それを見て・・・愕然!!!

以前から、予科練の戦友会等を通じて、現地でガイドしてくれる方を散々探していたようで・・・
春に、一緒にグアム島へ行ったメンバーで、予科練の戦友会役員である“ヨシダさん”からメールが届いたそうで・・・
それによれば、7日に真珠湾で開催される「開戦記念式典」に参加する手配をしたらしい。
ギョェ~!
それは、是非とも避けたい。(笑)
だいたい、こっちは真珠湾を攻撃した側だし、あちらは“だまし討ち”をされた側である。
日本軍の真珠湾攻撃をきっかけに開戦した「開戦記念式典」に、日本人がノコノコと出かけていいものやら・・・
しかし、「参加することに決まった」のであれば、行かねばなるまい。
仲介に入った方の顔を潰すのも悪いし・・・・
それにしても、有難迷惑な話である。
一方的な強引な話だ・・・
拙者としては、そういう目的でハワイに行くわけじゃないし、それには関わり合いたくないのだが、決められちゃったのでは仕方がないかぁ~

“ハシモトさん”には、あちらこちらに声をかけ過ぎると、あとで収拾がつかなくなるかも・・・と注意はしておいたのだが・・・・

あ~参ったぁ~
10月のスリガオ海戦記念式典よりプレッシャーがかかるぞ・・・これ・・・・

日記 | 09:34:12 | Comments(0)

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