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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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片倉小十郎邸跡
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堀・片倉小十郎邸跡

三の丸は堀と土塁で堅固に囲まれており、現在「長沼」と呼ばれているこの地は東側の堀にあたり、正保の城絵図では南北の長さ約252m、深さが約4.5mあったとされている。
また、堀の東側には、延宝5年(1677年)から幕末まで、伊達家の重臣片倉小十郎の屋敷があった。
片倉小十郎は、慶長7年(1602年)より白石城主として伊達領南方の防備を担っており、知行はおよそ18000石と、伊達家における有数の大身侍であった。
この白石城は、江戸時代の原則であった「一国一城制」の例外として公式に「城」と認められたものであった。

(説明板より)


より大きな地図で 片倉小十郎邸跡 を表示


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史跡 | 16:48:13 | Comments(0)
昭忠塔
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昭忠塔

この塔は、明治4年日本の護りとして仙台に鎮台(後の陸軍第2師団)が設置されてより、西南の役(明治10年)、京城事変(明治17年)、日清戦争(明治27、28年)等の間、日本の内外の戦いで、東北各地の将兵が多く戦死しました。
これらの人々が日本の独立と平和の為に戦った志と、その死を悼み、慰霊の為に、知事、市長、第2師団長等が発起人となり、広く募金により明治35年11月竣工しました。
塔は頂上の鵄(トビ)迄約20メートル、鵄は青銅製で翼幅6.7メートル、、重量17.5トンで、遠く大陸を睨んでいると言われます。
「昭忠」の字は小松宮彰仁親王の親書です。
招魂社(現護國神社)完成迄、この場所で毎年慰霊祭が行なわれました。

宮城県郷友会

(説明板より)


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史跡 | 15:22:14 | Comments(0)
仙台藩御用酒発祥の地
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仙台藩御用酒発祥の地

仙台藩祖伊達政宗公は慶長13年(1608年)柳生但馬守宗虚矩の仲介により大和の榧森(かぐのもり)又五郎を仙台に召下し、榧森の姓と、切米10両、10人扶持を給し、清水門の南側御太鼓部屋下に自ら地を相し縦16間、横5間の酒蔵を建て御城御用御酒屋(ごしゅや)と称した。
酒造用水にはこの付近の清泉が使われた。
榧森家は初代又五郎より12代孝蔵に至るまで仙台城御酒御用を務め、その醸造する酒は夏氷酒、忍冬酒、桑酒、葡萄酒、印籠酒など20余種にも及び仙台領内の酒類醸造に多くの影響を与えた。
以来仙台藩に於てはいわゆる町酒屋と御用御酒屋とが競い合い酒類醸造技術の向上と藩の経済に大いに貢献した。
御酒蔵跡と名水の湧出する地は宮城県産清酒の源流の地である。

(碑文より)


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史跡 | 15:00:00 | Comments(0)
魯迅の碑
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「魯迅の碑」碑文

中国の文豪魯迅は1904年秋から1906年春まで仙台に留まり東北大学医学部の前身である仙台医学専門学校に学んだ。
しかし故国の危機に心をいため、民族の魂を救うことが急務であるのを知り、文学に志すようになった。
仙台は転機をもたらした土地である。
中国の新しい文学の暁を告げる数多くの作品・評論を書いた魯迅の、若き日の留学を記念し、敬慕する人人の手で碑をたてて、偉大なるおもかげを永遠に伝える。

(説明板より)


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史跡 | 13:42:17 | Comments(0)
針の碑
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針の碑

碑文

人間がこの世で生活していく上において最も大切なものは衣食住であり、その第一番目にあるのが衣生活である。
凡そ衣生活に於ては太古の昔より生物の骨・竹・石・貝などの針が使用されていた。
韓国には既に5千年も前に現在の針に近い物が古墳より出土している。
現在、鋼鉄製各種様々数多くの針によって人々の受ける恩恵は限りないものがあるが、人間この世に生まれ、終生まで一日たりとも針の恩恵に浴さない者はいないだろう。
この針に対し報恩感謝の思いを深く顧みて、ここに社団法人日本和裁士会宮城県支部創立30周年を記念しこの地に針の碑を建立するものである。

昭和60年2月吉日 建立


より大きな地図で 針の碑 を表示

史跡 | 12:13:05 | Comments(0)
仙台の旅(2)
本丸跡に、かの有名な伊達政宗の騎馬像がある。
へぇ~こんな場所にあるんだぁ~
で・・・薄暗いし・・・・そこに来てまたもや逆光である!

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続いて、本丸跡にある宮城県護国神社にお参りしたが・・・
観光客が訪れる場所にあるせいか、なんともゴチャゴチャした感じ・・・・
他県の護国神社とはかなり雰囲気が違う。
どこにでもある神社・・・っていう感じかな?
で・・・訪れる観光客の声を聞くともなく聞くと・・・
ここが「護国神社」であるという意識が全くない発言をしている。
若い連中はもとより年配の“おばちゃん”ですら「護国」とか「英霊」とかという言葉を知らないようだ。
あ~あ~なんたることぞ・・・・
ここが、どういう神社なのか全然わかっていない!
国民レベルの低さが感じられて、さすがに嫌気がさしてきた・・・・・

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「英霊顕彰館」という資料館を見学する。
館内の撮影、ホームページとブログへの掲載の許可を得たので、写真撮影をしながらじっくり見学する。

DSC03615_convert_20091226235756.jpg(英霊顕彰館)

神社の方には観光客が結構来ているが、この「英霊顕彰館」には誰もやって来ない。
またまた、何たることぞ・・・と思うが、拙者個人としては写真撮影もしたいので、見学者がいない方が助かる。
しかし、やっぱり誰も見に来ないというのも寂しい限りである。
う~ん・・・複雑な気持ち・・・・

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特別展として、軍艦模型の展示があった。
なかなか精密な模型で素晴らしいのだが、ショーケースに入っているため、ガラスが反射して写真撮影がうまくいかない。
説明文も読みづらい・・・
これは残念である。
こういう模型のうまい展示方法ってないものだろうか?

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時刻は2時半・・・・
本丸跡に到着して、もう1時間半もいる。
さすがに腹が減ったぁ~
というわけで、軽く食事をすることにする。

DSC03623_convert_20091227002441.jpg(ずんだ餅)

で・・・ついでにお土産屋でお土産を買ってしまった!
お土産というより、我が家の夕食のおかず・・・・(笑)
で・・・カバンにお土産を入れてから気が付いた。
ここは山の頂上である。
荷物を増やしてしまった~!
重い・・・
カバンを重くして山を降りるなんて馬鹿丸出しである。(笑)
しかも、雨が降り出してきた。
あ~あ~・・・・
お土産なんて駅の売店で買えばいいじゃないか・・・・
迂闊だった・・・・

時刻は3時半・・・・
テクテクと山を降りる。
うまい具合に途中で雨が止んでくれた。
まもなく、大手門跡近くで支倉常長の銅像を見つけるが、薄暗くて、うまくいい写真が撮れない。
3時半過ぎで、この暗さ・・・・
あ~嫌になる。

途中、またまた雨が降ったり止んだり・・・・
傘をカバンから出したり入れたり・・・・
1時間半ほど歩いて仙台駅に到着。
いやぁ~よく歩いたもんだ~
我ながら感心、感心・・・・
万歩計を忘れてきたのが悔やまれるが・・・・いい運動になった。

で・・・さすがに「ずんだ餅」だけでは腹が減ってしまったので、駅の構内の店でハンバーガーとコーヒー。

午後6時過ぎの特急で帰途につく。
夕食は駅弁。

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旅行 | 11:18:25 | Comments(0)
仙台の旅
仙台の旅は、ホテルの近くの「匂当台公園」からスタート。

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ここには、力士の谷風、志賀潔の銅像が・・・
すぐ近くの県庁脇の公園には林子平の銅像・・・・
さっそく銅像の撮影である。
いやぁ~嬉しいなぁ~(笑)

ここから市役所、市民会館を経由して桜ケ岡公園を抜け、「桜岡大神宮」へ行ってみる。
「大神宮」っていうんだから、さぞかし大きな神社なんだろうと思ったら・・・・
拍子抜けするほど小さな神社・・・・
わざわざ立ち寄って損をした感じ・・・ガッカリ(笑)

DSC03374_convert_20091226214525.jpg(桜岡大神宮)

ホテルを出発して約2時間歩き続け、広瀬川を渡って「宮城県美術館」に着く。

DSC03379_convert_20091226215211.jpg(美術館)

ここは、野砲兵第2連隊の跡地で、連隊跡の碑がどこかに建っているはずなのだが・・・・
敷地内をさんざん探しまわったが見つからない。
今日は月曜日で休館・・・・尋ねたくても人がいない・・・・
今度は外周をぐるぐる回って、裏口の通用門の近くで、ようやく見つけた!

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しかし、「何よ・・・これ・・・」である。
連隊跡碑の周囲は完全に植え込みに囲まれているのである。
たぶん、石碑の裏側に、連隊の由来等、何らかの碑文が刻まれていると思うのだが・・・
近づくことができない!
こういう扱いはいかがなものだろうか?
連隊跡碑を撤去したいが、そうもいかないので、周りを植え込みで囲んで目立たないようにしているとしか思えない。
無性に腹が立ってきた!(怒)
これは宮城県の県民性なのか?仙台市の市民性なのか?
連隊跡碑を、わざと見えないようにしているとしか思えない!
どういう神経をしているんだ!ここの連中は!
これを見つけるために拙者は20分もグルグル歩き回ったので、なおさら腹の虫が収まらぬ!

続いて「仙台国際センター」へ向かう。
ここには工兵第2連隊他の工兵連隊があった場所。
ここにも連隊跡碑があるはずだが・・・・
やはり20分ほどグルグル歩き回り、ようやく見つける。
目立つ場所にあるのかと思ったら、敷地内の隅っこに小さな石碑・・・・
これじゃ、なかなか見つからないのも当然か・・・・

次に向かったのは、仙台城三の丸跡に位置する「仙台市博物館」
すでに時刻はお昼を過ぎているが、周囲に食事ができるような店が見当たらない。
已むを得ない・・・昼飯抜き・・・・(涙)
今日は月曜だから休館だが、ここに来た目的は敷地内の銅像の撮影だから支障なし。

DSC03416_convert_20091226222512.jpg(博物館)

ここには、島野仙台市長、魯迅、伊達政宗の銅像がある。

この博物館から山の方へ登っていくと仙台城本丸があるらしい。
だいたい、仙台城について何にも事前に調べていなかったので知らなかったのだが・・・・
仙台城って・・・山の上にあるの?(笑)
この坂道・・・結構登るのが辛い・・・・

DSC03471_convert_20091226223849.jpg(清水門跡)

山道をトボトボ歩くこと約20分で頂上の本丸跡に到着する。
いやはや、結構な運動である。
しかも、天気が不安定で、チラチラ雨が降ったり止んだり・・・・

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本丸跡の石垣は、すごい!
が・・・逆光!
あ~なんたることぞ~
ガッカリ・・・・

旅行 | 10:12:40 | Comments(0)