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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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激闘ルソン戦記
激闘ルソン戦記激闘ルソン戦記
(2008/02)
井口 光雄

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著者は前橋陸軍予備士官学校の出身。
昭和18年に日本大学経済学部に入学して2ヶ月後には軍隊に入ることになる。
たった2ヶ月の大学生活か?
昭和19年5月には予備士官学校へ入校。
半年後にはフィリピンへ送られる。
なんとも慌ただしい話だ。
フィリピンでは第14方面軍教育隊に編入される。
この教育隊は山下奉文大将も期待していた新鋭部隊である。
なにせ本来なら大学生という頭脳明晰な青年たちである。
この青年たちの集合体なのだから期待するのも当然だろう。

この教育隊から各部隊へ同期生達はそれぞれ配属されることになる。
著者は第23師団(旭兵団)所属の歩兵第71連隊である。

ここに出てくる、バギオでの戦闘は圧巻である。
バギオ周辺、日本人墓地などには以前に訪れたことがある場所。
あ~あそこかと景色が目に浮かぶ。
戦車に爆雷を抱えて体当り攻撃をかける挺身隊(特攻隊)の掩護射撃を行なう。
が・・・特攻隊は誰も突入しない・・・・
反対にこちらの所在が敵にバレてしまい、部下が敵の反撃を受けて戦死・・・・
後退して連隊長に報告に行くと卑怯者呼ばわり。
機関銃隊が真っ先に逃げ出したので特攻攻撃ができなかったと特攻隊の隊長が早々と報告していたのである。
何ともひどい話だが、これが戦闘の実相である。

偶然手にした本書だが・・・
意外にも私が巡拝慰霊した場所が出てくるので懐かしく、かつ分かりやすく読めた。
本書は著者自身を主人公にした小説風に仕立ててある体験記である。
が・・・特徴は、自分の出身である前橋陸軍予備士官学校の同期生の動向などにも言及している点ではなかろうか。
そういう点では、ただの個人の体験記・・・という範疇を超えている。
充分、資料的価値のある本だと思う。

序章 カバナツアン炎上
        昭和20年1月
第1章 芽吹き
        昭和3年から9年まで
第2章 商売と学業
        昭和10年から18年まで
第3章 初年兵
        昭和18年11月から19年1月まで
第4章 私的制裁と兵舎焼失
        昭和19年2月から3月まで
第5章 将校生徒
        昭和19年3月から7月まで
第6章 「チチシス」 
        昭和19年8月
第7章 南方軍転属
        昭和19年9月から10月まで
第8章 トンコンマンガ教育隊
        昭和19年10月から20年1月まで
第9章 見習士官、戦場へ
        昭和20年2月から3月まで
第10章 部隊に配属
        昭和20年3月
第11章 サントトーマス山稜線
        昭和20年3月から4月まで
第12章 日本人墓地
        昭和20年4月
第13章 バギオ防衛戦
        昭和20年4月
第14章 第10中隊長代理
        昭和20年4月から5月まで
第15章 アナポール山嶺
        昭和20年5月
第16章 敗残の渓
        昭和20年5月から6月まで
第17章 旭光台
        昭和20年6月から9月まで
第18章 投降
        昭和20年9月
第19章 俘虜
        昭和20年9月から10月まで
第20章 ロスバニォス捕虜収容所
        昭和20年11月から12月
第21章 ハウスボーイ
        昭和20年12月から21年2月まで
第22章 米軍食堂
        昭和21年2月から8月まで
第23章 帰還
        昭和21年9月から22年1月まで
終章 日比に架かる橋



今年の読書:34冊目



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読書 | 19:28:58 | Comments(0)