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■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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政商 小佐野賢治
政商 小佐野賢治 (徳間文庫)政商 小佐野賢治 (徳間文庫)
(1986/02)
佐木 隆三

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小佐野賢治・・・・・
ロッキード事件の被告として有名な人である。
名前だけは知っていたが・・・・
さて、どんな人なのかというと・・・・実は知らない。
なんか・・・ブローカーみたいなのをしていた人だよねぇ~ということぐらいしか知らないのである。
で・・・何か悪い人・・・というイメージ。

小佐野賢治は大正6年、山梨県東山梨郡に生まれた。
家は小作農だというから豊かではない。
小学校時代はガキ大将。
しかし、成績は優秀だったので卒業時に優秀賞をもらえるはずだったが、普段の素行が悪いということでもらえなかったという。
当時の担任の話によれば、なにしろ強すぎるので教師から憎まれたらしい。
本当は礼儀正しく、受けた恩は決して忘れないという性格だが、こうと思ったら後には引かない性分が災いしたという。
う~ん・・・・これじゃまるで偉人と言われるような人の少年時代ではないか?
おかしい・・・その人が何で悪いイメージの人になってしまったのだろうか?
優等賞ももらえなかったのが良かったともいう。
「なにくそっ!」と燃えたから、その後の政商・小佐野賢治になれたのだろうと・・・
それは言えるな・・・
私は「なにくそっ!」と思ったことがないから偉くなれなかったのだ。(笑)

小学校の高等科を卒業して16歳までの2年間、トラック運転手の助手をする。
「百姓をしていては偉くなれん」が口癖の小佐野少年は、昭和8年、16歳で上京。
自動車部品商に住み込みで働く。
昭和12年、徴兵で軍隊に入り、中国戦線で負傷して除隊。
東京に出て自動車部品商に勤め、のちに独立して会社を設立する。
たしたもんだ・・・24歳で会社を作るんだから・・・・
で・・・この頃から、隠れた商才・・・・押しの強さが頭をもたげ始め・・・・面白いように儲かったという。
う~ん・・・なるほどねぇ~
押しの強さ・・・・私にはこれがない・・・・(笑)
これがなきゃ、商売はうまくいかないわけだ・・・・
その後、企業買収や乗っ取りをする。
いやはや、私にはこういうことは無理。
この時点で私は「成功者」のレールから完全に脱線だ。(笑)
その当時の時代に助けられたという部分もあるかもしれないが・・・・
戦時中は軍と取引をして面白いように儲けたという。

百姓育ちの頑丈な体・・・・
朝早くから夜遅くまで働いたというのだから大したものだ。
これまた怠け者の私には無理。(笑)
ただ、負けん気が強く、押しが強く、機を見るに敏であり、多少の汚い手を使っても買収や乗っ取りをする・・・それだけではダメなのだろう。
やっぱり働き者でなければ成功しないんだろう。

読めば読むほど自己嫌悪になってくるぞ・・・これ・・・・(笑)
大金持ちの成功者になるには、こうでなくては・・・・
あ~あ~道を誤った・・・・
絶対、性格的に自分には無理な世界だ。
改めて自分は「商売人」ではないことを自覚した。(笑)

「刎頚の友」と言われた田中角栄は少年時代のエピソードはかなり語られているのに、この小佐野賢治という人の少年期の話は自らも語ろうとしなかったという。
そういうなかで、よく少年期、青年期について調べ上げたものだと感心する。
そして・・・話はロッキード事件へと入って行く・・・・・

で・・・「日本一の富豪」と呼ばれた小佐野賢治の話は、だいたい昭和60年までぐらいのところで終っている。
本書が刊行されたのちに69歳で亡くなっている。
ちょっと早いなぁ~
死因はストレス性潰瘍らしいから・・・そんなにストレスを感じるくらいの人なら本物の「ワル」ではなさそうな気もするのだが・・・・
世間の小佐野賢治を見る目は、ちょっとうがっているのではなかろうか?

それにしても商才とは学歴とは全く関係ないようだ・・・・
ロッキード事件がなければ、偉人としてこの世を去れた人だったかもしれない・・・・
そんな気がした。



今年の読書:20冊目



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読書 | 18:13:25 | Comments(0)