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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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硫黄島(3)
11時から「日米合同慰霊祭」・・・・・
少し遅れて日本側から国会議員や戦没者遺族などが到着。
記念碑を間にはさんで日米が向い合せに座る。
が・・・なんとも落ち着かない。
我々はアメリカ側に座っているのだ・・・・

「日米合同」と銘打ってはいるが、お互いに紹介しあうわけでもなければ握手しあうわけでもない。
何の交流もない・・・・・
シラッ~と冷めた雰囲気・・・・
日本側が基本的にメインの司会を務めることになっていたようであるが、それを英語に通訳するわけでもない。
合間に米軍側の司会者の「大佐殿」が司会をするが日本語に通訳するわけでもない。
合同のようで合同でないような・・・・
なんとも奇妙な風景。
交互に日本語、英語が飛び交うが、それぞれが勝手にやっているという感じ・・・・
日本側遺族席の方々はジッとこちらを「睨んでいる」という感じに見える。
あらら・・・なんとも雰囲気が悪い・・・・・
無理もないかもしれない。
我々は女性を除き全員が日本海軍の士官略帽を被って米軍側の席に座っているんだから・・・(笑)

DSC02254_convert_20090505161809.jpg(我が戦友会の献花)

献花式では日本側、米軍側双方から献花が行われたが、我が戦友会からも献花をおこなった。
が・・・・戦友会名は英語で紹介されたので、多分、日本側は何のことやらわからなかっただろう。
こういう式典では「格好つけ」が大事である。
事前に綿密な打ち合わせが必要なのだが、リーダーは舞い上がっているのか、自分のことしか考えていないのだから我々参加者には何の指示も出さぬまま。
我々はただただポカンとして椅子に座っているだけ・・・・
本来なら、我が戦友会からの献花の時は我々は全員起立して一礼するか敬礼すべきであったと思ったが・・・・拙者がそこまで出しゃばっても仕方があるまい。
過去に各種式典を企画運営したことがある拙者としては何とも満足できない内容なのだが・・・
まぁ~仕方がないかぁ~(笑)

式典が終わったら・・・・なんと!
日本側参加者はそそくさとマイクロバスに乗って去っていった!
唖然~
何・・・あれ・・・・・
日米の交流もなにもない・・・・
はぁ~・・・・形ばかりの「日米合同」には呆れた。

で・・・式典終了後、自衛隊員から声をかけられた。
「どちらからいらっしゃったんですか?」
「グアム経由で日本からですけど・・・」
「あ・・・日本人なんですか?」
「そうですけど・・・なにか?」
「いやぁ~遺族席では、あなた方はいったいどこの人なんだろうと・・・日本人のように見えるけど、多分、グアム在住の日系人のグループではないかと噂していたんですよ」
「え~やっぱり!どうも視線が冷たいなと思ったんですけどね~(笑)、我々は予科練の戦友会ですよ」
「え~!予科練なんですか?」

あ~あ~やっぱりねぇ~
とんでもない勘違いをされていた・・・・・
お粗末である!
拙者としてはこういうお粗末な結末は納得できぬ!(怒)
誰が参加しているのかもわからない「烏合の衆」の慰霊祭って何よ・・・・

ここ硫黄島で携帯電話が使えるか・・・・
電源を入れてみたら・・・・「圏外」
自衛隊員に尋ねたらアンテナが立っていないから携帯は使えませんとのこと。
「東京都で携帯が使えないのはここだけかもね」と大笑いする。

この後、「米軍将兵の碑」に徒歩で移動してマイクロバスが来るのを待ち、まっすぐ自衛隊基地へ向う。

DSC02259_convert_20090505164758.jpg(米軍将兵の碑にて)

これで硫黄島の訪問は終わり。
なんと・・・我々は米軍側と一緒に来島したので、米軍関係の戦跡しか見学できない。
島の北東部にある「日本戦没将兵慰霊碑(通称:天山慰霊碑)」や「西大佐戦死の碑」などへは行くことはできないという。
そこは日本本土から参加した遺族会らのグループが行くコースだという。
あ~あ~何たることぞ!
折角、硫黄島に来たのに栗林閣下、西連隊長の慰霊が出来ぬ。
お二人とも拙者の祖父と同じ騎兵出身の方である。
祖父と直接の交流はなかったが、栗林閣下は騎兵旅団長を務めたことがある方で、当時、直接声をかけて頂いたことがあるという方が騎兵第14連隊の戦友会の中におられる。
戦友会の会合で栗林閣下の話題が出たこともあり、今回、いい土産話を持ち帰れると思っていたのだが・・・・
なんとも残念・・・・

我々「Cグループ」が日本人だけのグループということもあり、防衛省の担当者から特別に我々グループのみこっそりと基地内の資料館を見学させてくれた。
他の米軍グループには絶対内緒にしてくれとのこと。
我々だけを特別扱いにしたことがバレるとマズイらしい。
(米軍関係者がこのブログを読むとは思えないからここに書いちゃうけど・・・笑)
特別のご配慮に感謝感激である。

DSC02263_convert_20090505174721.jpg(遺品)

午後2時・・・・
自衛隊基地の格納庫で米国側のセキュリティチェックを受ける。
う~ん・・・・ここでセキュリティチェックなんてする必要があるのだろうか?
この何もない島から機内に不法に持ち込むものなんて何もないと思うんだけどなぁ~
アメリカ人のやることは・・・・わからん。(笑)

無事、問題もなく全員飛行機に乗り・・・・
硫黄島に別れを告げてグアム島に向かう。

あのね・・・ここは東京都・・・・
すぐ目の前が日本本土・・・・
このまま日本に帰りたいんですけど・・・・近いから・・・・(笑)
日本から離れてグアム島に向かうのは何とも不思議な気分である。

グアム島に着き、今晩の夕食は各自で取ってくれとのことなので、同室の“ハシモトさん”とチャモロ料理を食べに外に出かける。

DSC02291_convert_20090505182023.jpg


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旅行 | 16:01:18 | Comments(0)
硫黄島(2)
擂鉢山の頂上までバスで行き、ここで下車。
ちょうど自衛隊が灰皿を用意していたので拙者はここで一服して自衛官とおしゃべり。
この擂鉢山頂上周囲にはロープが張られ自衛官達が「監視」についている。
我々参加者に万が一のことがあってはとの配慮らしい。
いやはや御苦労さんなことである。
本来の職務どころではなかろう。
隊員総動員か?
今回は多少のゴタゴタもあったようである。
昨年までは、米軍側が車両からテントなどの物資も持ち込んで行われていたそうなのだが、今年から米軍は一切何もせず、すべて自衛隊側が負担することになったという。
う~ん・・・それじゃ自衛隊としては迷惑千番であろう。
しかもこの企画の話も遅かったようで・・・・「もう少し早めに知らせてくれれば・・・」との声も聞いた。
ということは・・・アメリカ側は「保険」の意味を含めて我々日本人を取り込んで同行させたのだろうかと疑いたくもなる。(笑)
そのくらいの策略があってもおかしくはないよなぁ~

DSC_0159_convert_20090504175657.jpg(擂鉢山頂上)

DSC_0171_convert_20090504175958.jpg

この頂上には「硫黄島戦没者顕彰碑」「米軍戦勝記念碑」「第1御楯特別攻撃隊」「第2御楯特別攻撃隊」などの碑が建っている。

防衛省から渡された「行動計画表」に従って行動・・・・
分刻みの行動表なので、とにかく忙しい。(笑)
次のグループのバスが来る前に山を降りねば・・・・そりゃ!急げ!

DSC_0181_convert_20090504180751.jpg(擂鉢山頂上から見た米軍上陸地点の南海岸)

山を降り、次に向かったのが米軍が上陸した南海岸近くの「再会記念碑」
ここで日米合同慰霊祭が開催される。
現場に到着した時のこと・・・・
補助椅子に座っていた拙者は、急いで先に降りなければと立ち上がった。
と・・・・膝の上から一眼レフが・・・・ポロリと落ちて・・・・ガシャン!
あ~!!!!やっちまったぁ!!!
迂闊にも膝の上に一眼レフを置いていたことを忘れて立ち上がってしまったのである!
レンズには傷はつかなかったが・・・・
レンズのリング部分が割れて壊れてしまった!
しまったぁ!
大ショックである!
レンズのリングが壊れてしまったのでピントが合わせられない・・・・
望遠も何もできない・・・・・
これからバチバチと撮りまくろうと思っていたのに・・・・・
あ~ショックである!
念のため予備に小さなデジカメを持ってきていたのでそれで写真を撮ることにする。
あ~あ~重い思いをして今回の旅にわざわざ持ってきたのに・・・・・
何の役にも立たぬ「お荷物」となってしまった・・・・・
おかげでド~ンと落ち込んで・・・・鬱!(涙)

DSC_0196_convert_20090504205944.jpg(海岸に残る日本軍のトーチカ)

DSC02220_convert_20090504213138.jpg
海岸から少し内陸に入ったところで一生懸命砂を取っていた元海兵隊員がおられた。
海岸の砂じゃなくて、ここの砂を取っているのには何か理由があるのだろうか?
戦友が戦死した場所がこのあたりなのだろうか?
正直言って声をかけられるような雰囲気じゃなかった。
とてもじゃないが・・・・人を寄せ付けない何かがそこにあったのである。

DSC02234_convert_20090504213954.jpg(海岸をよじ登る現役の海兵隊員・・・・・)
この砂浜・・・・結構登るのがキツイのである。
現役海兵隊員も苦労しているようである。(笑)
当時の海兵隊員の追体験でもしているのだろうか・・・・
この海岸でアメリカ海兵隊は多くの犠牲を出したのである。
この斜面にへばりついたまま一歩も前進できないくらい日本軍は猛烈な砲撃を加えたのである。
海兵隊に対して一時、「無用論」も出たが、この硫黄島での多大なる犠牲と貢献が海兵隊存続につながったと聞いている。
ということは・・・ここ硫黄島の南海岸はアメリカ海兵隊にとっては「聖地」でもあろう。
その海岸に日本人の拙者が立っている・・・・・
う~ん・・・海兵隊員たちはどう思っているだろうか・・・・

早めに式典会場に戻る。
ここに後から日本本土からくる日本側の遺族と合流するのだという。
はぁ~・・・・日本本土から直接日本人がやってくるのか?
ならば我々は一体何だったんだろう・・・・・
わざわざグアム島を経由して・・・・(笑)
「日米合同慰霊祭」って・・・我々と海兵隊との慰霊祭というわけではなかったようである。
なんだかよくわからぬ企画である・・・・

DSC_0222_convert_20090504225957.jpg(式典のリハーサル)

左のテントがアメリカ側席・・・・
右のテントが日本側席・・・・
で・・・我々はアメリカ側の席に座らされる。

旅行 | 12:49:40 | Comments(0)
硫黄島(1)
今日は午前3時過ぎホテルを出発・・・・
バスに乗るまでの間、ロビーで少し時間がある。
と・・・・やたらとアメリカ人が次から次へと「一緒に写真に写ってくれ」と言ってくる。
ん?何で拙者なんかに頼むんだ?
拙者は従軍者じゃないんだけど・・・・
これから硫黄島へ向うので、我が戦友会は全員海軍士官略帽を着用しているのだが・・・
そういうわけで一緒に写真を・・・ということなんだと思う。
でも、何で拙者を選ぶんだ??(笑)
“マスダさん”から「あなたはカッコいいからですよ~」とからかわれたが・・・(笑)
そんな馬鹿な・・・・
一緒に写真に収まりたいというほどのハンサムじゃないし・・・(笑)
わからん・・・アメリカ人の考えがわからん・・・・(笑)

グアム空港では相変わらず厳しいセキュリティチェック・・・・
チャーター便に乗るんだから、みんな仲間でしょ?
それも海兵隊の関係者と日本の戦友会ですよ~
悪さをしようっていう奴がいるとは思えないんだけど・・・

搭乗口の所に仮設の審査場・・・・
日本の税関か外務省の職員か・・・日本人職員がパスポートの審査を行う。
ここはアメリカなんだから・・・・
多分、これは「入国審査」なんだろう。
我々が降り立つ硫黄島の滑走路は自衛隊の基地の滑走路。
自衛隊の基地で審査できないからここで行うのではなかろうか?
パスポートはその場で没収。
彼らが管理して、グアム島に戻ってきたら返してくれるという。

午前5時半・・・グアム島を離陸!
約2時間後・・・硫黄島上空に到達した。
機長から硫黄島上空を2周すると機内アナウンス。
サービス満点である!(笑)
硫黄島上空を1周したところで、スチュワーデスが拙者の所にやってきた。
「機長が1人だけ操縦席に入っていいと言っていますが、操縦席に入りますか?」と言う。
え?いいの!是非!(笑)
他の乗客から「俺も!」との声が上がったが・・・・
「他の人はダメです。1人だけですからこの方だけです!」とスチュワーデス。
「何で?」との質問に・・・・
「この人が一番いいカメラを持っているからです!他の人はこの人から写真を買って下さい!」
おい、おい、すごい理由で選ばれちゃったよ!(笑)
拙者に声をかけてきたのはそういう理由だったのか~
首から一眼レフをぶらさげていてよかった。
一眼レフも役に立つことがあるもんだ。(笑)
「お前はラッキーな奴だなぁ~」とアメリカ人たちの声援(?)を受けながら操縦席に向かう。

DSC_0118_convert_20090501202858.jpg(操縦室!)

操縦席には既にアメリカ人の先客が一人陣取っていた。
この体のでかいアメリカ人・・・席を譲ってくれないのでなかなかうまく写真が撮れない。
もう勘に頼って片手で狭いスペースからカメラを突き出し・・・めくら滅法の連写!(笑)

DSC_0124_convert_20090501203619.jpg(操縦席から撮影した硫黄島の擂鉢山)

「あと5秒で着陸です!席に戻って!」のスチュワーデスの大声で操縦席を飛び出し、アメリカ人たちから「ラッキーな奴だ!ヒューヒュー!」とからかわれながら席に戻る。(笑)

無事、自衛隊基地に着陸して、自衛隊のマイクロバスに分乗する。
ここには車両がすくないので4台のマイクロバスがピストン輸送で我々を運ぶ。
我が「C班」の18名は1台のバスにまとまって乗り2名の自衛官の案内のもと擂鉢山へ向う。
途中、米軍の戦車の残骸の場所へ案内されたが、バスから降りることは許されず、バスの中から写真撮影。

DSC_0146_convert_20090501224609.jpg

その後、まっすぐ擂鉢山(すりばちやま)へ・・・・・

DSC_0148_convert_20090501225646.jpg

お節介な拙者は、ツアー仲間の最後尾を歩き、人数の把握に努めることにしている。
そのおかげでバスに乗るのは一番最後・・・・
そのため拙者は通路にある補助席に座るはめになる。
なんたることぞ!
窓側に座ってる人の中には外の景色も見ずに居眠りをしている者もいるのだ!
こっちは写真が撮りたくて仕方がないというのに・・・・
どうせ寝るなら席を譲ってもらいたいのだが・・・
他人の世話を焼いたことが仇になり、窓側の席に座れない。
仕方がないから補助席から窓枠を移さないようにして望遠で外の景色を撮影する。

DSC_0154_convert_20090501230357.jpg(バスの中から擂鉢山を写す)

旅行 | 09:58:59 | Comments(0)