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Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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大腸菌!
この間の検便の検査結果を聞きに病院へ行く。
さて・・・何でニューギニアから帰ってきてから激しい下痢を起こしてしまったのか・・・・
その原因が知りたい。

で・・・・検査結果は・・・・大腸菌!
大腸菌によるものだったという。
ん?
大腸菌?
なんだ・・・それだけ?(笑)
もっと何か珍しい病気にでもなったかと楽しみにしていたのになぁ~
大腸菌か・・・・

「むこうで生水を飲んだりしたんじゃないんですか?海外では気をつけないと・・・」と医者に言われたが・・・・
現地で生水なんて飲んだ覚えはない。
そんな間抜けな「海外旅行初心者」ではない。

帰宅後「大腸菌」とは何か・・・・念のため調べてみた。
大腸菌にはいくつかの種類があるらしい。
医者は「大腸菌」としか言わなかったが、どうも「腸管毒素原性大腸菌(ETEC)」の可能性が高い。
海外旅行者下痢症の原因となることが多いらしい。
潜伏期間は8時間~72時間
回復期間は1~3日、または10日間以上

脱水症状を避けるため水分を多めに取りながらトイレに駆け込んでいたから・・・・・(笑)
大腸菌は体外に排出され下痢が止まったのだろう。
拙者の対処には間違いはなかったようだ。
それから病院へ行ったわけだが、それでも体内には大腸菌が残っていたのか。
それにしても運が良かった。
家に到着してから下痢が始まったので良かったが、これが帰国途上の機内だったら大変だった。
ずっと飛行機のトイレの中に籠りっきりだったかもしれない。(笑)
何時間も便器に座って帰国・・・・なんていうことになっていたかも。

それにしても生水を飲んでいないのにどうしたわけか・・・・
火を通している物を食べていたはずだが・・・・
まぁ、サンドイッチに挟まっている野菜類は火を通していないから・・・・これが原因という事も考えられないこともないが・・・・
潜伏期間が8時間~72時間(3日間)となると範囲が広くて原因がわからん。
この「腸管毒素原性大腸菌(ETEC)」の多くの菌は100度の熱で毒性が消えてしまうらしいが、黄色ブドウ菌などは100度の熱を加えても毒性が消えないという。
う~ん・・・そうなると必ずしも過熱した物なら大丈夫とも言えないなぁ~
運が悪かったということにしよう!(笑)

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日記 | 00:29:24 | Comments(0)
墜落した!
今朝、成田空港で貨物機が着陸に失敗して墜落炎上した。
ヒェ~
ほらね・・・・
航空機事故は続くんだ。
嫌な予感が当たってしまった。
亡くなったパイロット2名には失礼かもしれないが、旅客機でなくてよかった・・・・


日記 | 13:16:55 | Comments(0)
散るぞ悲しき
散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫)散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫)
(2008/07/29)
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硫黄島へ行く前に何か硫黄島に関する本を読んでおかねば・・・・と思い読んだ本。
正直言って硫黄島に関してはそれほど参考になる本ではなかった。
選択ミスであった。(笑)
が・・・硫黄島の指揮官であった栗林忠道は私の祖父と同じ騎兵出身。
親近感がある。

意外なことに戦地である硫黄島から数多くの手紙を家族に送っている。
守備態勢の構築でさぞかし忙しかったろうに、いうこんなに手紙を書いたのだろう。
それも事細かく書いてあるのだから恐れ入る。
自分がその立場だったら絶対こんなには手紙を書けない。
生来の無精者・・・・筆不精の自分には絶対無理だ。(笑)
栗林閣下はとにかくマメで几帳面な方・・・・そういう印象が強く残った。
祖父とどこか似ているような気がする・・・・
騎兵将校ってどこかそういうところがあるのだろうか?

硫黄島からの手紙 [DVD]硫黄島からの手紙 [DVD]
(2008/12/10)
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映画『硫黄島からの手紙』で一躍注目を浴びたが・・・・
部下たちには安易な「バンザイ突撃」を許さず、徹底して生き抜き戦うことを強いる。
日本本土への米軍の進攻を少しでも遅らせるためであるが・・・・
騎兵出身の将校として機動力を駆使しての戦いではなく、穴倉に籠る陣地戦はさぞかし辛かったろう。
こう言っては失礼だが、歩兵より騎兵のほうが常識派、良識派の方が多いような気がする。
思考も柔軟性に富んでいるような気がする。
これは騎兵の特質のように私には思えるのだが、本書では残念ながら「騎兵」将校の特質については触れられていない。
栗林閣下は自ら部隊を率いて最後の総攻撃を行う。
本来、最後の総攻撃時には指揮官は後方で切腹するのが当時の常識だという。
しかしそれを破って自ら部隊を率いて突撃を敢行する。
指揮官が率先して敵に突っ込んでいくのはまさしく騎兵の本領である。
栗林閣下は騎兵出身としての矜持をもって最期を飾ったと言えるのではないだろうか?



今年の読書:15冊目



読書 | 12:34:22 | Comments(0)
秩父宮
秩父宮―昭和天皇弟宮の生涯 (中公文庫)秩父宮―昭和天皇弟宮の生涯 (中公文庫)
(2000/10)
保阪 正康

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秩父宮殿下・・・・
昭和天皇の弟宮・・・・
お名前は存じ上げていたが、どういう方だったのか全く知らない。
昭和28年1月4日に肺結核のため50歳でお亡くなりになられているので、そのお姿も存じ上げていない・・・・

秩父宮・・・で、有名なのが2・26事件である。
歩兵第3連隊におられた時の部下に2・26事件の首謀者の一人である安藤輝三がおり、この部下を特に可愛がっていたためか・・・・
2・26事件の「黒幕」説が巷をにぎわしたこともある。
で・・・秩父宮といえば2・26事件・・・と言われてしまうほどなのだが、本書では綿密な取材により、この通説を完全に否定している。
なるほどね・・・そういうことか・・・である。

日米開戦直前の昭和15年まで殿下は参謀本部の戦争指導班におられた。
で・・・何をしていたかと言うと・・・
日中戦争不拡大方針を出し、なんとか早期解決を図っていたのである。
しかし、時代の流れが変わって行き・・・・
日中戦争早期解決どころではなく、その反対へと軍中央部が傾いて行く・・・・
ちょうどそのころ肺結核を発症し、ついに療養生活を強いられる。
戦争指導班の方針は一転・・・・好戦一色となる。
なんとも残念・・・・
殿下がお病気にならなかったら・・・・と・・・・ついついそう思ってしまう。
太平洋戦争中もずっと療養生活・・・
この良識派の殿下が天皇の補佐をできなかったというのは日本の不幸かもしれない。
病床から東條英機とやりあったりもしたのだが・・・・
やはり御病気の身では限界がある。
なんとも残念である。

本書の大半は殿下の御病気の容態について割かれている。
その時代、その時代に殿下の容態はどうだったのか・・・
その様な中で殿下はどう弟宮としての責務を果たそうとしていたか・・・
御病気のため思う存分弟宮として活躍できない姿を知ると本当に残念でならない。

殿下はお亡くなりになる前に「遺書」を残している。
遺書には「解剖に附してもらい度い」として・・・いくつかの条件も記されていたという。
標本としては残さないこと、結果は公表しないこと、研究上に引用はしてもいいこと・・・・
天皇の弟宮を解剖するなど恐れ多いことであったろうが・・・・
当時結核患者が解剖を希望するという例は少なかったため、この申し出は非常に貴重なものだったろう。
遺書の中でいくつかの条件を出しているのは宮内庁や宮廷内での摩擦を避けるための配慮からだったらしいとされている。
解剖結果は現在に至るも殿下の遺志を尊重して公表はされていないが、研究論文の中には殿下の名を伏して取り上げられているという。
こうした論文では結核治療の参考になる点がいくつも認められたという。

殿下は御病気のため国のために思う存分貢献できなかった・・・・そう考えていたのではないだろうか?
ならば・・・死んだ後、自分の体を解剖させることで国民の役に立とう・・・と
そう考えたのではあるまいか?

秩父宮殿下・・・
人間として魅力がある・・・・
本書を読んで痛感した。
できればもっと長生きしていただきたかったなぁ~

私もまもなく49歳・・・・
殿下の亡くなった50歳に近づくが・・・・
人間的魅力は全然足元にも及ばない・・・・・
情けないことである。

第1章 第二皇子の幼少時代
誕生前後の明治宮廷
皇孫御殿での三兄弟
おじじ様のお隠れ
母君から届いた信書
第2章 大元帥の補佐役として
天皇家の陸軍幼年学校生徒
陸士34期の友人たち
皇位継承者としての自覚
心を許した2人の後輩将校
歩3の軍務と皇室行事
第3章 英国生活での開眼
マッターホルンへの挑戦
「貴様はなぜ陸士をやめたのか」
昭和天皇の時代の幕開け
スポーツの宮様と陸軍キャンペーン
第4章 昭和維新時代の弟宮
51番目の陸大生
標的にされた直宮将校
天皇と陸軍のはざまで
兄宮と初めての相克
第5章 「兄と弟」の2・26事件
弘前第31連隊への赴任
大隊長の過密な日程表
2・26事件当日
上京時の隠された真相
駆け引きの崩壊
天皇の断固たる決意
第6章 確かめられた天皇家の絆
後輩将校に託した伝言
結束する皇族たち
変貌していく大隊長
「秩父宮万歳」を叫んだ将校
第7章 戦争へと傾斜するなかで
再度の英国訪問
日中戦争不拡大論者
元老西園寺公望の不安
「君らの考えは黒い雲だよ」
前線参謀として
第8章 療養の日々と終戦工作
無念の肺結核診断
親英派を欠く戦争指導班
太平洋戦争下での孤独
東條英機との対決
戦争終結への兄弟の誓い
第9章 開かれた皇室の先駆者
5年ぶりの参内
「身分がご損だった」
新天皇家のスポークスマン
貞明皇太后の急死
第10章 委ねられた松明(たいまつ)
鵠沼別邸での多彩な語らい
明仁皇太子への期待
一人の人間としての死



今年の読書:14冊目



読書 | 21:13:05 | Comments(0)
グアム旅行(5)
さてさて・・・帰国の準備をせねば・・・・
ホテルに隣接しているコンビニへ行き、甥と姪にお土産を買う。
このお店は土産物売り場も併設しているので益々便利。

このお店の“おばちゃん”が拙者を見て・・・・「あら~いつも買いに来る人ね!」と声をかけてくれた。
まぁ・・・いつもって言っても・・・ここ数日だけですけど・・・
よく拙者のことを覚えていてくれたねぇ~(笑)
「で・・・今日、日本に帰るの?」
「そう、今から空港へ・・・・」
「お土産買っていって!」
「そのつもりで来ましたよ~」
「今度はいつグアムに来るの?」
「う~ん・・・・・10年後かな?(笑)」
「10年後?それじゃ、あたしはおばあちゃんになっちゃうじゃないの~もっと早く来なさいよ」
「いやぁ~・・・美人だし・・・若いし・・・10年後だって変わっていないでしょ?」
ちょっとヨイショしたら安くなるかと思ったら・・・・安くはならなかった。(笑)

既にグアムに来る段階でスーツケースは一杯一杯・・・・
お土産を入れるスペースは・・・・正直言って・・・・ない!
といういわけで・・・甥っ子たちのお土産はスペースをあまりとらないで済みそうなTシャツにした。(笑)
甥っ子にはオバマ米大統領の顔写真入りTシャツ!
これを着て町の中は歩けないだろうが・・・・まぁいいかぁ~(笑)

午後1時半ロビー集合。
“ジョン上級曹長”が拙者に渡したいものがあるという。
何かと思ったら・・・海兵隊のバッチ!
うわぁ~大感激である!
しかし・・・拙者はお返しに渡すものは何も持っていない・・・・
申し訳ない・・・・
今度いつ会えるかわからぬが・・・・
来年も同じ企画があってまた会えたら・・・・と思う。

4時過ぎ発のノースウエスト機で成田に向かう・・・・・
機内の中・・・・
我がツアーの“オオツさん”の前に座っていた日本人青年が、いきなり座席の背もたれを思いっきり倒してきたらしい・・・・
で・・・“オオツさん”が注意したらしいのだが・・・
この“ガキ”・・・・「文句があるならビジネスクラスにでも座れよ!」と口応えをしているのが聞こえた。
ん?なんだ・・・あのガキ!
しかし・・・拙者の席は通路を挟んだ反対側・・・・
わざわざ向こうまで行くこともなかろう。

で・・・・成田に無事到着。
気が付くと・・・“オオツさん”が前に座っていた青年に説教をしていた。
「あのね・・・背もたれを倒すときは一言後ろの席の人に声をかけるのが常識でしょ?」と、かなり丁寧なお説教。(笑)
しかし・・・この青年・・・・ブツブツ文句を言っている。
「あのね、教えてやっているんだから人の話を聞きなさい」
しかし・・・相変わらずふてぶてしい態度・・・・
それを見て・・・・ついつい・・・カチ~ン!!(笑)
「こらぁ~お兄ちゃんよ~お前・・・歳幾つだ?」
「40ですけど・・・」
「40?てめぇ~40にもなってそんな常識もわからねぇのか!」
ついつい怒鳴ってしまった・・・・・
ケバいおネエちゃんを連れたガキである。
海外旅行慣れしているつもりで調子に乗っていたんだろうが・・・・
背もたれを倒すときは後ろの席に一言声をかけるのはマナーである。
刃向ってきたら飛行機を降りてから話をつけようじゃないか・・・と言おうと思っていたのだが・・・
このガキ・・・・ビビって凍りついて立ち上がらない・・・・(笑)
「すみません・・・」と小さな声・・・・
機内はシ~ン・・・・・
まずいことに・・・我がツアー参加者まで凍りついてしまった・・・・(汗)
やっちゃったぁ~
今まで親切で優しくて・・・・という評価を少なからずいただいていたのだが・・・・(笑)
いきなりイメージがガラガラ・・・っと崩れてしまった。
う~ん・・・拙者は短気なんだよねぇ~
ついついカッとなったら、ヤクザ顔負けになっちゃうんだよねぇ~(笑)
その昔・・・某有名暴力団の組員を怒鳴りまわして説教したことがあるくらいだからなぁ~(笑)
本気で凄んだら、どちちがヤクザかわからない・・・・(らしい)
やっちゃったぁ~・・・・イメージを壊しちゃったぁ~(笑)

空港では特に「解団式」というのもなく・・・・
それぞれ勝手に解散・・・・
拙者は上野まで出て、今晩は上野のホテルに1泊・・・・・

旅行 | 22:57:55 | Comments(2)
グアム島(4)
朝食はホテルに隣接しているコンビニで昨晩買ったサンドイッチ・・・・
このツアーには朝食は付いていないので、ホテルのレストランで食事をするとかなりお金がかかる。
初日だけレストランでバイキングの朝食を食べたが・・・イマイチ・・・・
で・・・コンビニのサンドイッチにすることにした。
とりあえず腹が満たされればそれでいい。(笑)
それにしても、コンビニって便利だよなぁ~

DSC02557_convert_20090508152841.jpg

食後、“ポン引き君”をロビーで待つ。
約束の時間ちょうどにやってきた。
なかなかまじめな男である。(笑)
半日ドライブの費用だが・・・・
彼の要求金額を半額近くまで値切る・・・・
さすがに彼はいい顔をしなかったが・・・
「お昼をおごってあげるから・・・」と言ったら、それならOKだとあっさり交渉成立。(笑)

さあ、今日の午前中を有効に使って同室の“ハシモトさん”と2人で、“ポン引き君”の運転する車に乗って市内観光である!(笑)
他の方々はどうするのかわからないが・・・・
拙者は“ハシモトさん”が一緒なので良かった。
これが一人ぼっちとなると、ここまでして外には出ないだろう。
多分ホテルの中でゴロゴロして無駄な時間を過ごしたかもしれない。
同室者に感謝である。

まずは・・・・ハガニア方面へ向い、「スペイン広場」へ行く。
昨日バスの中から、この公園の一角に銅像があるのを見かけたのである。
話によるとマッカーサーの銅像らしい。
ん?マッカーサー?
マッカーサーの銅像なら拙者のホームページに載せるためにも是非とも撮影せねば!
ということで・・・銅像の撮影!

DSC02569_convert_20090508154002.jpg

次に向かったのは「アサン・ビーチ」
昨日、みんなでここに来たが、このビーチの脇の丘・・・・
気になる・・・・
何やら説明板らしきものもふもとに立っていたし・・・・
洞窟もあるとかという話だし・・・・
地形的に見ても、この丘には日本軍の陣地があったはずだ。
幸いなことに“ハシモトさん”も戦跡には興味があるとの事。
それじゃ・・・行きますか!・・・ということでここを再訪問することに決めたのだが・・・
なんと!“ポン引き君”はアサン・ビーチがどこなのかわからないという。
そんな・・・・
拙者は方向音痴ではあるが・・・海岸通りを海を右に見ながら走って行けば、そのうち昨日見た景色に出合うだろうと・・・拙者が案内・・・・
運よくアサン・ビーチを発見!
と・・・・“ポン引き君”・・・・「あ~ここですかぁ~!ここなら知っていました!」
オイオイ・・・・(笑)

DSC02571_convert_20090508170109.jpg(アシン・ビーチの丘)

丘の麓に設置されている説明板を見てみたら、確かに洞窟があると書いてある。
略図は英文・・・・
丘の上の方に「アサン・リッジ・トレイル」と書いてある。
で・・・・そこに2ヶ所「ジャパニーズ・ピルボックス」と印が付けられている。
ん?何だ?
pillって・・・「薬」っていう意味だよな?
boxって・・・「箱」っていう意味だよな?
ということは・・・ピルボックスは「薬箱」ではなかろうか?
「日本の薬箱」って・・・・何よ?
う~ん・・・軍事用語か・・・
多分・・・トーチカか何かだろう。
行ってみる価値はありそうだ。

まずは、目の前の洞窟に入ってみる。
この間行ったニューギニアでも散々洞窟に入ったが・・・またもやグアムでも・・・・(笑)

DSC02584_convert_20090508171549.jpg
DSC02582_convert_20090508171757.jpg(洞窟の中から外を撮影!)

洞窟を出て、さて・・・丘の上に行こうかと思ったが・・・・道がない!
ん?無理なんじゃない?
しかし・・・“ハシモトさん”は「なんとか行けるでしょう!」と丘の急斜面をよじ登って行く。
草木が生い茂り足場も悪いのだが、どんどんよじ登って行く。
拙者より一回りほど年上の方なのだが・・・・拙者よりお元気。(笑)
後を追いかけ拙者も丘をよじ登った。
“ハシモトさん”がいなかったら拙者は絶対この斜面は登らなかっただろうな~
同行者のおかげで勇気百倍!

DSC02586_convert_20090508193903.jpg(丘の頂上から見たアサン・ビーチ)

この丘はハイキングコースになっているらしい。
頂上に出てみたら遊歩道があった。(笑)
で・・・思ったとおり、丘の一番上にはコンクリート製の日本軍のトーチカが残っていた。
絶好のポジションにそれはある。
ここからならば海岸一帯が見渡せる。
ここで上陸してくる米軍を迎え撃った日本兵はどんな人だったのだろうか?
どんなことを思って戦っていたのだろうか?
日本に帰ったらこのあたりの戦闘について調べてみようかな・・・・・

DSC02592_convert_20090508203547.jpg(破壊されていた日本軍のトーチカ)
DSC02594_convert_20090508203819.jpg(トーチカの内部)

頂上からテクテクと遊歩道を歩いて丘を降りる。

DSC02597_convert_20090508204347.jpg

途中、いくつか平坦な場所があった。
砲台跡だろうか・・・・
何かしらの「説明板」が欲しいところである。
やっぱり、グアム島の戦闘についてもう少し勉強しよう!(笑)

丘を降りたら海岸に出た!
そこにはアメリカ軍の記念碑が・・・・・
う~ん・・・そうなら、丘の上には日本軍の慰霊碑が欲しいものだ・・・・・

DSC02608_convert_20090508205646.jpg(海岸から米軍の記念碑と日本軍陣地のあった丘を見る)

約1時間ちょっと・・・・この丘を探検したが・・・・
ドライバーの“ポン引き君”は、真面目に駐車場で待っていてくれた。
さて・・・これからどうしようか・・・・
昨日行った特殊潜航艇が展示してあった「ビジターセンター」を見学したい気もしたが・・・
時刻は11時を過ぎた。
資料館の見学にうっかり時間を取られ過ぎたら昼食抜きで空港に行かねばならなくなりそうだ。
ここは我慢して・・・・ちょっと早めに昼食を取ることにする。
で・・・食事する場所は・・・・“ポン引き君”に任せることにした。(笑)

DSC02626_convert_20090508224102.jpg

案内されたのはタイ料理の店・・・・・
彼の話では結構人気のある店なのだそうだ。
グアム島でタイ料理というのも・・・・変な気分だが・・・・まぁ、よかろう。(笑)
ランチはバイキングで食べ放題。
食べてみたら結構おいしかった。
“ポン引き君”・・・・大したもんじゃないか~(笑)

DSC02625_convert_20090508224453.jpg

時間にも余裕があったので、ゆっくりと食事を楽しむことができた。
やっぱり資料館の見学はやめて正解だった。
予定よりちょっと早めだがホテルに送ってもらい、「最後の観光」は終了!
打ち合わせした料金とチップ・・・・更に特別にガソリン代として少々の金を“ポン引き君”に支払う。
彼も思ったより多くもらえたので嬉しかったようである。
「またいつか会おう!」
何年後になるかわからないけど・・・・(笑)

旅行 | 15:22:29 | Comments(0)
グアム島(3)
今日の夕食は海兵隊のパーティーでとるらしい。
で・・・向かったのは・・・・「パシフィック・ウォー・ミュージアム」
ん?戦争博物館??

DSC02463_convert_20090507222321.jpg

ここが会場らしい。
パーティーが始まるまでの間、博物館内の展示物を見学する。
スペースは非常に狭いが・・・内容は充実している。

DSC02495_convert_20090507222639.jpg

ここで珍しいものを見つけた!
日本軍の九七式20ミリ対戦車ライフルである。
いやぁ~こりゃすごい!
日本軍に対戦車ライフルというのがあったということは知ってはいたが、実物を見るのは初めてである。
さて・・・このライフルの性能はどうだったのだろうか?
実際にアメリカ軍の戦車を撃破できたのだろうか?

DSC02503_convert_20090507223200.jpg(九七式20ミリ対戦車ライフル)

ここの展示物で最大の間違いを犯している物も発見した!(笑)
それは・・・写真。
蔣介石の写真に東條英機とプレートが付けられている。
あのね・・・・顔が全然違うんですけど・・・(笑)
どっから持ってきちゃったんだろうなぁ~
蒋介石の写真・・・・・
近くにいたアメリカ人に、「これ、間違っているからね。この人・・・トウジョウじゃないからね」と説明する。
「ミステイク?」
「オ~イェ~ス!ビッグミステイク!」・・・・大笑いする。

で・・・蒋介石(しょうかいせき)って・・・英語で何ていうの?
え~ん・・・わからない!
とにかく・・・東條じゃない・・・この人は・・・中国人!チャイニーズ!
あ~情けねぇ・・・
肝心な単語がわからないとは・・・・

博物館の中庭には日本軍の一式機動速射砲がほぼ完全な形で2門展示されていた。
説明板は何もないので、誰もわからないかもしれないが・・・
日本軍の対戦車砲である。

DSC02531_convert_20090507230030.jpg

その周囲には米軍の軍用車両が並んでいる。
“キングさん”が「乗ってもいいよ」というので、米軍のハーフトラックに乗ってみたが・・・
運転席の狭いことに驚いた。
スマートな(笑)拙者でさえ乗り降りに苦労するくらいなのに、これにどうやって体の大きなアメリカ兵は乗っていたのであろうか?
荷台にある機関銃の所に立ってポーズを取ってみて・・・と言われたのでヘルメットを被ってポーズを取ったら・・・・
ドッとアメリカ人たちがカメラを構えて集まってきた!
ゲゲッ!何事???
で・・・パチパチと拙者を撮影するのである!
ん???何で????
そのうち・・・「こっちを向いて!」とか「動かないで!」と注文までされる。
なんだ・・・こりゃ・・・拙者なんかを撮って何が面白いんだ????(笑)
こうなったらヤケクソだ・・・・
機関銃を振り回して「ダダダダ・・・ドドドド・・・」と口で乱射!
アメリカ人たちに大いにウケル・・・・(笑)

DSC02550_convert_20090507231142.jpg

パーティーでは“大佐殿”が挨拶のスピーチ。
話の内容は断片的にしか理解できなかったが・・・
このパーティーの会場探しに散々苦労していたところ博物館のご厚意により、博物館内で開催出来たことへの感謝の言葉があった。
また、料理を作ってくれた人、テーブルにアレンジした花を飾ってくれた人にも感謝の言葉・・・
いやはや、さすがはパーティーに慣れているアメリカ人のスピーチである。
「裏方さん」にも感謝の言葉を忘れない。
こういう姿勢・・・日本人も参考にせねばなるまい。

DSC02552_convert_20090507231932.jpg
DSC02554_convert_20090507232146.jpg

パーティーは飲み放題、食べ放題・・・・
しかし・・・パーティー慣れしていない日本人としては間が持たない・・・・
英語はうまく話せないし・・・
日本人だけ集まってテーブルに座って・・・動かない!(笑)
で・・・庭の片隅に行って時々タバコを吸う・・・・
と・・・一人でいるとアメリカ人からいろいろと話しかけられる。
あらら・・・
そういろいろと話しかけられては・・・困るんですけど・・・
英語が苦手なんで・・・(笑)
「英会話」に疲れたら・・・日本人ばかりのテーブルに戻り・・・ホッとする。
あ~なんと情けないことか・・・・(笑)

DSC02556_convert_20090507233151.jpg

パーティーにはバンドが入っていたが・・・
どうもアマチュアバンドのようである。
で・・・ボーカルは・・・博物館の館長さん。(笑)
何曲か歌った後に、最後に英語でこうスピーチされた。
「日本人の方々が来るというので、日本語の歌を覚えました。急いで覚えた歌なので発音が間違っているかもしれませんがご容赦ください」
そう言って1曲、日本語で歌ってくれたのには感激である。
しかも発音は完璧に近いから驚いた。
すごい!
また、我々日本人に対してのその気配りようにも感激・・・・
で・・・感激のうちにパーティーは「お開き」・・・・

バスに乗って我々日本人グループはホテルに向かう・・・・
で・・・いつもの調子・・・・
人数も確認せず・・・リーダーは・・・・
「OK!OK!出発!」と言う。
あっさりとバスは走りだす・・・・嘘だろ・・・人数確認もしないでか?
慌てて後ろに座っていた拙者が人数を確認し始めたところ・・・
一番後ろに乗っていた“ジョン上級曹長”が何か大声で叫んでいる。
ん?なんと・・・
「人数を確認したのか?ちゃんと人数を確認しろ!」と言っているのである。(笑)
「だよねぇ~」と“ジョン上級曹長”と目と目で合図・・・
「信じられねぇ~」と呆れたポーズの“ジョン上級曹長”・・・・
ごもっともでございます・・・・お恥ずかしゅうございます。(笑)
幸いにも全員乗っていたから良かったが・・・・
誰か置き去りにしていたらどうするつもりだったのだろうか・・・・

ホテルに戻ってから、拙者はまたもや夜の街へ・・・・(笑)
毎晩、夜の街を歩き、ポン引き連中と顔なじみになった・・・・
で・・・一つの計画を立てたのである。
明日は帰国する日だが、飛行機は午後・・・
午前中は自由行動である。
で・・・ポン引きのお兄ちゃんをアルバイトで半日雇おうかな・・・と・・・(笑)
交渉成立・・・
で・・・同室の“ハシモトさん”に報告したら大いに呆れられた。(笑)
「ポン引きを運転手に雇ったんですか!」
「そう・・・彼の車で明日は観光をしましょう!」
「信じられない・・・ポン引きを運転手に使うなんて・・・・すごいことを考えますねぇ~(笑)」

旅行 | 21:53:28 | Comments(0)
グアム島(2)
さて、次に向かったのは、この海岸のすぐ近くにある「太平洋戦争国立歴史公園」・・・・
日本語ではこう言われているが、公園・・・って・・・・どこが公園?
英語では、ウォー・イン・ザ・パシフィック・ナショナル・ヒストリカル・パーク
資料館らしき建物の脇になんと!日本海軍の特殊潜航艇が展示されていた!

DSC02405_convert_20090507194933.jpg

この特殊潜航艇が何でここにあるのか・・・・
説明板には「日本軍の2人乗り潜水艦」としか記されていない。
う~ん・・・・この説明じゃいくらなんでもお粗末である。(笑)
隣の「ビジターセンター」内に色々と展示物があるようなのだが、なぜか館内の見学をせず・・・
ここの職員の方が外に出てきてご挨拶・・・・

DSC02407_convert_20090507195834.jpg

簡単にお話を伺って・・・バスへ戻る。
う~ん・・・もったいないなぁ~・・・もう出発するの?
資料館や博物館が大好きな拙者としては中を見学したかったのだが・・・・
というわけで・・・得意の(?)片言英語で職員の方に個人的にお話を伺う。

次が・・・「ガン岬」・・・
ここには日本軍のトーチカがある。
25ミリ対空機銃もあったそうだが、今は整備のためアメリカ本土に送られているとか・・・

DSC02410_convert_20090507202015.jpg

ちょっとした公園になっているこの周囲を散策する。
参加者の中に青い顔して座り込んでいた方がいらした。
みんなの歩く速度について行けず息が切れてしまったらしい。
「私が一番後ろを歩きますから無理しないでマイペースで歩いて下さい」と声をかける。
我がグループはどんどん勝手に歩くが・・・
参加者の中には杖をついて歩く人もいるし、この方のように無理すると呼吸困難になる方もいる。
そういう人には、ちょくちょく声をかけてあげないとね・・・・

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バスは島の内陸部を越えて向こう岸へ・・・・
イパン・ビーチにある「ジェフス・パイレーツ・コーブ」というレストランで昼食。

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どこへ行ってもそうだが・・・・
拙者はまず最初にタバコが吸える場所を探すのである。
もうこれは「本能」としか言いようがない行動。(笑)
で・・・このレストランの外に灰皿があるのを目ざとく発見!
食後、タバコを吸う他の参加者に灰皿の場所を教えて・・・拙者は先に行って一服。
まもなく喫煙者が集まりだし、ようやく参加者同士でおしゃべりが始まる。
こういうコミュニケーションは初日から欲しかったものだが・・・・
さて、皆さんの話を聞いていてわかった・・・・
参加者はみんな拙者と同じで、このツアーの趣旨が全くわかっていなかったという。
普通ならなかなか行けない硫黄島へ行けると聞いて応募したという。
あらら・・・拙者と同じだぁ~(笑)
「まさか、海兵隊と一緒とはねぇ~・・・これ・・・アメリカのツアーに組み込まれていたわけですか?」
「そのようですね~」と拙者。
この会では6月にハワイとミッドウェイへの旅行企画がある。
皆さんも、それに参加するつもりがあったようなのだが・・・・
「いやぁ~今回参加してみたら、あまりにも面倒見が悪いのでどうしようか迷っているんですよ。あなたのような人が一緒に参加してくれるならいいんだけど・・・・」
「え?私ですか?大丈夫ですよ。6月のハワイでしょ?私も参加を予定してますよ」
「そうなの?じゃぁ、どうしようかな?参加しようかな?でも、迷惑をかけそうだしな・・・」
「全然迷惑じゃないですよ。また一緒に行きましょうよ。折角知り合ったわけだし・・・ハワイ!いいですよ~私は行ったことはありませんけど・・・(笑)」
やっぱり皆さん同じような感想を持たれていたようである。
ポロポロと愚痴が飛び出す・・・・
リーダーがリーダーとしての役を果たしていない・・・と。
殆どの方が一人で参加されている高齢者である。
にもかかわらず・・・・面倒見が悪いんだから不安になるし文句も言いたくなるよなぁ~
「6月には私も参加して皆さんの面倒を見ますから安心して下さい」と宣言!(笑)
しかし・・・これじゃまるで拙者は添乗員じゃないか?
まぁ~いいかぁ~

この敷地に「横井記念館」という小さな小屋があったので見学する。
戦後この島で発見された元日本兵の横井さんの記念館ということだが・・・・
内部には写真パネルがあるのみ・・・
内容は全く薄い・・・・
期待はずれ・・・・(笑)

旅行 | 19:41:15 | Comments(0)
グアム島(1)
今日は終日「自由行動」であるが・・・・
米軍側がバス1台を用意して島内観光の企画を用意してくれているというので参加する。
で・・・この島内観光・・・・我々だけでバス1台だった。
あらら・・・こりゃ有難い!

お世話係は流暢な日本語を話すフリーランスライターの“キングさん”と元海兵隊員でベトナム戦争に従軍していた上級曹長の“ジョンさん”
「上級曹長ですか!ベテラン中のベテランじゃないですか!すごい!」と拙者は大感激したが・・・
他の日本人には「上級曹長」というのがどのくらいすごい人なのかピンとこないらしい。
“ジョンさん”は階級章の筋の本数を教えてくれた。
「1本、2本、3本、4本、5本・・・・」
「そうそう!すごい!すごい!」
拙者がやたらと褒めちぎったせいか“ジョン上級曹長”も御満悦。
「オニグンソウ!(鬼軍曹)」と日本語で笑う。
ちょっと怖そうな顔をしたゴツイ人だが、根は優しい人である。
ホテルのロビーで会った時はお互いに敬礼で挨拶する。
で・・・お互いに・・・・ニヤ~ッ(笑)

さて・・・バス旅行出発!・・・・という時になって一人行方不明。
御兄弟で参加されていた“オオツさん”のお兄さんの姿が見えないと弟さんが大騒ぎ。
“オオツさん”は拙者の親父と同じ甲飛14期の同期生。
同じ偵察課程出身だが、親父は百里基地に残り“オオツさん”は特攻艇の特攻隊員として転出した。
班が違うので親父とは面識はないが、親父と同世代の方である。
さぁ、ついに迷子が出ちゃったぞ!
弟さんと“ハシモトさん”と一緒にホテル内を探すが見つからない。
で・・・・散々探し回って諦めてバスの所に行ったら・・・・
すでにちゃっかりとバスに乗っているではないか!
あれ~???
散々探していることをバスに乗っている方には伝えてあるはずなのだが・・・・
誰も“オオツさん”がすでにバスに乗っていることを教えてくれなかったのだ。
それも無理はない。
お互いに全くコミュニケーションを取っていないんだから「“オオツさん”がいません!」と言っても、どの人が“オオツさん”なのか御存じない・・・・
しかし・・・リーダーまでが知らん顔して乗っていたのには参った。
あ~あ~こりゃダメだぁ~(笑)

とりあえず、どうやら全員揃っているらしいことを確認(?)してバスは発車!
まず最初に「南太平洋戦没者慰霊碑」に向かう。

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「平和寺」という教会風の建物の中で般若心経を唱えお線香をあげる。
ここにきてようやく「慰霊」らしきものが出来た。
肝心な硫黄島では「慰霊」らしい「慰霊」ができなかったのは残念である。

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参加者からの提案で「第521海軍航空隊」の慰霊碑の前で慰霊祭をやろうということになる。
我々は予科練の戦友会だからね・・・・・
そりゃいい・・・・
早速、ささやかな慰霊祭を執り行い・・・・慰霊碑に敬礼!

続いてこの慰霊塔の裏にある「叉木山戦闘司令部壕跡」を見学。
説明板によれば、第31軍司令官の小畑英良中将がこの壕内で60余名の将兵と共に自決したという。

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次に向かったのは「サンタ・アグエダ砦」・・・・・「アプガン砦」ともいう・・・・
1800年にスペイン総督が築いた砦である。

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DSC02357_convert_20090505205203.jpg(砦から見たアガニア湾)

ここで「トイレ休憩」・・・・・
う~ん・・・危ないよなぁ~(笑)
最後にトイレに誰か残っていないか確認してバスに駆け戻る。
常に人数確認しないツアーですから・・・・・
参加者が置き去りになる可能性が高いもんね!(笑)
こういう確認は最年少の拙者が・・・
どこの戦友会の旅行でも、いつもやっていることなので苦ではない・・・・(笑)

さて・・・この次はどこへ行くのか・・・・
行程表とかはないので、わからないが・・・・
どこかの道の脇に・・・・あれ?
日本陸軍の九五式軽戦車が!!
バスから降りて見学となる。
ここは・・・どこ?
博物館のようには見えないんだけど・・・・
戦車のほかに大砲や機関砲などが置いてある。
ついでに・・・恐竜の模型も・・・・
なんだかわからんが・・・・
とにかく、この九五式軽戦車は程度がいい。
いやぁ~感激である!

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次に向かったのは「アサン・ビーチ」
ここは米軍の上陸地点・・・・多くの米兵が日本軍の攻撃を受けて戦死した場所である。
廻りを見てみると、どう見ても上陸側に不利な地形である。
なんでこんな場所に上陸したんだろう?
そう思ってしまうような場所である。

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このところ立て続けに海外へ行っているので・・・・勉強をする時間が全然取れなかった。
というわけで・・・実はグアム島の戦史については全く勉強して来ていなかったのである。
だから・・・・よくわからない。
今日のこの島内周遊に、髭を生やした一人のアメリカ人も同行してくれた。
どういう方なのか・・・・よくわからないのだが・・・
どうも歴史研究家かなにか・・・そういう方らしい・・・・
彼がグアム島の戦史について英語で解説してくれるのを、“キングさん”が日本語に通訳してくれる。
しかし、あくまでも米軍側の話であって、日本軍の部隊の詳細はわからない。
失敗した・・・・勉強しておくべきだった・・・・

DSC02388_convert_20090505230031.jpg(アサン・ビーチで戦史の説明を受ける)

彼から個人的に話しかけられたが・・・・・
いやはや・・・拙者は英語が苦手である。
「英語が下手だから・・・」と断ったら、「いや、発音は綺麗だし聞きやすい英語だから全然問題ない」と言われる。
しかし、そう褒められてもねぇ~
ボキャブラリーが乏しいんですけど・・・・(笑)
正直言って彼の英語は断片的にしか理解できない。
困ったのは・・・・この一言・・・・
「あなたは映画俳優のようだ」
たしかにそう言われた・・・・
しかし、その前後の言葉が分からない。(笑)
拙者の外見が「映画俳優のよう」なわけがない・・・・・
拙者の喋り方が「映画俳優のようだ」というのもピンとこない話だ・・・・
拙者の何が「映画俳優のよう」なのか・・・・????(笑)
わからない!参ったぁ~
もう少し英語が話せたらなぁ~
お互いに戦史について語り合えるのになぁ~
残念でならない・・・・・

旅行 | 10:21:47 | Comments(0)
硫黄島(3)
11時から「日米合同慰霊祭」・・・・・
少し遅れて日本側から国会議員や戦没者遺族などが到着。
記念碑を間にはさんで日米が向い合せに座る。
が・・・なんとも落ち着かない。
我々はアメリカ側に座っているのだ・・・・

「日米合同」と銘打ってはいるが、お互いに紹介しあうわけでもなければ握手しあうわけでもない。
何の交流もない・・・・・
シラッ~と冷めた雰囲気・・・・
日本側が基本的にメインの司会を務めることになっていたようであるが、それを英語に通訳するわけでもない。
合間に米軍側の司会者の「大佐殿」が司会をするが日本語に通訳するわけでもない。
合同のようで合同でないような・・・・
なんとも奇妙な風景。
交互に日本語、英語が飛び交うが、それぞれが勝手にやっているという感じ・・・・
日本側遺族席の方々はジッとこちらを「睨んでいる」という感じに見える。
あらら・・・なんとも雰囲気が悪い・・・・・
無理もないかもしれない。
我々は女性を除き全員が日本海軍の士官略帽を被って米軍側の席に座っているんだから・・・(笑)

DSC02254_convert_20090505161809.jpg(我が戦友会の献花)

献花式では日本側、米軍側双方から献花が行われたが、我が戦友会からも献花をおこなった。
が・・・・戦友会名は英語で紹介されたので、多分、日本側は何のことやらわからなかっただろう。
こういう式典では「格好つけ」が大事である。
事前に綿密な打ち合わせが必要なのだが、リーダーは舞い上がっているのか、自分のことしか考えていないのだから我々参加者には何の指示も出さぬまま。
我々はただただポカンとして椅子に座っているだけ・・・・
本来なら、我が戦友会からの献花の時は我々は全員起立して一礼するか敬礼すべきであったと思ったが・・・・拙者がそこまで出しゃばっても仕方があるまい。
過去に各種式典を企画運営したことがある拙者としては何とも満足できない内容なのだが・・・
まぁ~仕方がないかぁ~(笑)

式典が終わったら・・・・なんと!
日本側参加者はそそくさとマイクロバスに乗って去っていった!
唖然~
何・・・あれ・・・・・
日米の交流もなにもない・・・・
はぁ~・・・・形ばかりの「日米合同」には呆れた。

で・・・式典終了後、自衛隊員から声をかけられた。
「どちらからいらっしゃったんですか?」
「グアム経由で日本からですけど・・・」
「あ・・・日本人なんですか?」
「そうですけど・・・なにか?」
「いやぁ~遺族席では、あなた方はいったいどこの人なんだろうと・・・日本人のように見えるけど、多分、グアム在住の日系人のグループではないかと噂していたんですよ」
「え~やっぱり!どうも視線が冷たいなと思ったんですけどね~(笑)、我々は予科練の戦友会ですよ」
「え~!予科練なんですか?」

あ~あ~やっぱりねぇ~
とんでもない勘違いをされていた・・・・・
お粗末である!
拙者としてはこういうお粗末な結末は納得できぬ!(怒)
誰が参加しているのかもわからない「烏合の衆」の慰霊祭って何よ・・・・

ここ硫黄島で携帯電話が使えるか・・・・
電源を入れてみたら・・・・「圏外」
自衛隊員に尋ねたらアンテナが立っていないから携帯は使えませんとのこと。
「東京都で携帯が使えないのはここだけかもね」と大笑いする。

この後、「米軍将兵の碑」に徒歩で移動してマイクロバスが来るのを待ち、まっすぐ自衛隊基地へ向う。

DSC02259_convert_20090505164758.jpg(米軍将兵の碑にて)

これで硫黄島の訪問は終わり。
なんと・・・我々は米軍側と一緒に来島したので、米軍関係の戦跡しか見学できない。
島の北東部にある「日本戦没将兵慰霊碑(通称:天山慰霊碑)」や「西大佐戦死の碑」などへは行くことはできないという。
そこは日本本土から参加した遺族会らのグループが行くコースだという。
あ~あ~何たることぞ!
折角、硫黄島に来たのに栗林閣下、西連隊長の慰霊が出来ぬ。
お二人とも拙者の祖父と同じ騎兵出身の方である。
祖父と直接の交流はなかったが、栗林閣下は騎兵旅団長を務めたことがある方で、当時、直接声をかけて頂いたことがあるという方が騎兵第14連隊の戦友会の中におられる。
戦友会の会合で栗林閣下の話題が出たこともあり、今回、いい土産話を持ち帰れると思っていたのだが・・・・
なんとも残念・・・・

我々「Cグループ」が日本人だけのグループということもあり、防衛省の担当者から特別に我々グループのみこっそりと基地内の資料館を見学させてくれた。
他の米軍グループには絶対内緒にしてくれとのこと。
我々だけを特別扱いにしたことがバレるとマズイらしい。
(米軍関係者がこのブログを読むとは思えないからここに書いちゃうけど・・・笑)
特別のご配慮に感謝感激である。

DSC02263_convert_20090505174721.jpg(遺品)

午後2時・・・・
自衛隊基地の格納庫で米国側のセキュリティチェックを受ける。
う~ん・・・・ここでセキュリティチェックなんてする必要があるのだろうか?
この何もない島から機内に不法に持ち込むものなんて何もないと思うんだけどなぁ~
アメリカ人のやることは・・・・わからん。(笑)

無事、問題もなく全員飛行機に乗り・・・・
硫黄島に別れを告げてグアム島に向かう。

あのね・・・ここは東京都・・・・
すぐ目の前が日本本土・・・・
このまま日本に帰りたいんですけど・・・・近いから・・・・(笑)
日本から離れてグアム島に向かうのは何とも不思議な気分である。

グアム島に着き、今晩の夕食は各自で取ってくれとのことなので、同室の“ハシモトさん”とチャモロ料理を食べに外に出かける。

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旅行 | 16:01:18 | Comments(0)
硫黄島(2)
擂鉢山の頂上までバスで行き、ここで下車。
ちょうど自衛隊が灰皿を用意していたので拙者はここで一服して自衛官とおしゃべり。
この擂鉢山頂上周囲にはロープが張られ自衛官達が「監視」についている。
我々参加者に万が一のことがあってはとの配慮らしい。
いやはや御苦労さんなことである。
本来の職務どころではなかろう。
隊員総動員か?
今回は多少のゴタゴタもあったようである。
昨年までは、米軍側が車両からテントなどの物資も持ち込んで行われていたそうなのだが、今年から米軍は一切何もせず、すべて自衛隊側が負担することになったという。
う~ん・・・それじゃ自衛隊としては迷惑千番であろう。
しかもこの企画の話も遅かったようで・・・・「もう少し早めに知らせてくれれば・・・」との声も聞いた。
ということは・・・アメリカ側は「保険」の意味を含めて我々日本人を取り込んで同行させたのだろうかと疑いたくもなる。(笑)
そのくらいの策略があってもおかしくはないよなぁ~

DSC_0159_convert_20090504175657.jpg(擂鉢山頂上)

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この頂上には「硫黄島戦没者顕彰碑」「米軍戦勝記念碑」「第1御楯特別攻撃隊」「第2御楯特別攻撃隊」などの碑が建っている。

防衛省から渡された「行動計画表」に従って行動・・・・
分刻みの行動表なので、とにかく忙しい。(笑)
次のグループのバスが来る前に山を降りねば・・・・そりゃ!急げ!

DSC_0181_convert_20090504180751.jpg(擂鉢山頂上から見た米軍上陸地点の南海岸)

山を降り、次に向かったのが米軍が上陸した南海岸近くの「再会記念碑」
ここで日米合同慰霊祭が開催される。
現場に到着した時のこと・・・・
補助椅子に座っていた拙者は、急いで先に降りなければと立ち上がった。
と・・・・膝の上から一眼レフが・・・・ポロリと落ちて・・・・ガシャン!
あ~!!!!やっちまったぁ!!!
迂闊にも膝の上に一眼レフを置いていたことを忘れて立ち上がってしまったのである!
レンズには傷はつかなかったが・・・・
レンズのリング部分が割れて壊れてしまった!
しまったぁ!
大ショックである!
レンズのリングが壊れてしまったのでピントが合わせられない・・・・
望遠も何もできない・・・・・
これからバチバチと撮りまくろうと思っていたのに・・・・・
あ~ショックである!
念のため予備に小さなデジカメを持ってきていたのでそれで写真を撮ることにする。
あ~あ~重い思いをして今回の旅にわざわざ持ってきたのに・・・・・
何の役にも立たぬ「お荷物」となってしまった・・・・・
おかげでド~ンと落ち込んで・・・・鬱!(涙)

DSC_0196_convert_20090504205944.jpg(海岸に残る日本軍のトーチカ)

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海岸から少し内陸に入ったところで一生懸命砂を取っていた元海兵隊員がおられた。
海岸の砂じゃなくて、ここの砂を取っているのには何か理由があるのだろうか?
戦友が戦死した場所がこのあたりなのだろうか?
正直言って声をかけられるような雰囲気じゃなかった。
とてもじゃないが・・・・人を寄せ付けない何かがそこにあったのである。

DSC02234_convert_20090504213954.jpg(海岸をよじ登る現役の海兵隊員・・・・・)
この砂浜・・・・結構登るのがキツイのである。
現役海兵隊員も苦労しているようである。(笑)
当時の海兵隊員の追体験でもしているのだろうか・・・・
この海岸でアメリカ海兵隊は多くの犠牲を出したのである。
この斜面にへばりついたまま一歩も前進できないくらい日本軍は猛烈な砲撃を加えたのである。
海兵隊に対して一時、「無用論」も出たが、この硫黄島での多大なる犠牲と貢献が海兵隊存続につながったと聞いている。
ということは・・・ここ硫黄島の南海岸はアメリカ海兵隊にとっては「聖地」でもあろう。
その海岸に日本人の拙者が立っている・・・・・
う~ん・・・海兵隊員たちはどう思っているだろうか・・・・

早めに式典会場に戻る。
ここに後から日本本土からくる日本側の遺族と合流するのだという。
はぁ~・・・・日本本土から直接日本人がやってくるのか?
ならば我々は一体何だったんだろう・・・・・
わざわざグアム島を経由して・・・・(笑)
「日米合同慰霊祭」って・・・我々と海兵隊との慰霊祭というわけではなかったようである。
なんだかよくわからぬ企画である・・・・

DSC_0222_convert_20090504225957.jpg(式典のリハーサル)

左のテントがアメリカ側席・・・・
右のテントが日本側席・・・・
で・・・我々はアメリカ側の席に座らされる。

旅行 | 12:49:40 | Comments(0)
硫黄島(1)
今日は午前3時過ぎホテルを出発・・・・
バスに乗るまでの間、ロビーで少し時間がある。
と・・・・やたらとアメリカ人が次から次へと「一緒に写真に写ってくれ」と言ってくる。
ん?何で拙者なんかに頼むんだ?
拙者は従軍者じゃないんだけど・・・・
これから硫黄島へ向うので、我が戦友会は全員海軍士官略帽を着用しているのだが・・・
そういうわけで一緒に写真を・・・ということなんだと思う。
でも、何で拙者を選ぶんだ??(笑)
“マスダさん”から「あなたはカッコいいからですよ~」とからかわれたが・・・(笑)
そんな馬鹿な・・・・
一緒に写真に収まりたいというほどのハンサムじゃないし・・・(笑)
わからん・・・アメリカ人の考えがわからん・・・・(笑)

グアム空港では相変わらず厳しいセキュリティチェック・・・・
チャーター便に乗るんだから、みんな仲間でしょ?
それも海兵隊の関係者と日本の戦友会ですよ~
悪さをしようっていう奴がいるとは思えないんだけど・・・

搭乗口の所に仮設の審査場・・・・
日本の税関か外務省の職員か・・・日本人職員がパスポートの審査を行う。
ここはアメリカなんだから・・・・
多分、これは「入国審査」なんだろう。
我々が降り立つ硫黄島の滑走路は自衛隊の基地の滑走路。
自衛隊の基地で審査できないからここで行うのではなかろうか?
パスポートはその場で没収。
彼らが管理して、グアム島に戻ってきたら返してくれるという。

午前5時半・・・グアム島を離陸!
約2時間後・・・硫黄島上空に到達した。
機長から硫黄島上空を2周すると機内アナウンス。
サービス満点である!(笑)
硫黄島上空を1周したところで、スチュワーデスが拙者の所にやってきた。
「機長が1人だけ操縦席に入っていいと言っていますが、操縦席に入りますか?」と言う。
え?いいの!是非!(笑)
他の乗客から「俺も!」との声が上がったが・・・・
「他の人はダメです。1人だけですからこの方だけです!」とスチュワーデス。
「何で?」との質問に・・・・
「この人が一番いいカメラを持っているからです!他の人はこの人から写真を買って下さい!」
おい、おい、すごい理由で選ばれちゃったよ!(笑)
拙者に声をかけてきたのはそういう理由だったのか~
首から一眼レフをぶらさげていてよかった。
一眼レフも役に立つことがあるもんだ。(笑)
「お前はラッキーな奴だなぁ~」とアメリカ人たちの声援(?)を受けながら操縦席に向かう。

DSC_0118_convert_20090501202858.jpg(操縦室!)

操縦席には既にアメリカ人の先客が一人陣取っていた。
この体のでかいアメリカ人・・・席を譲ってくれないのでなかなかうまく写真が撮れない。
もう勘に頼って片手で狭いスペースからカメラを突き出し・・・めくら滅法の連写!(笑)

DSC_0124_convert_20090501203619.jpg(操縦席から撮影した硫黄島の擂鉢山)

「あと5秒で着陸です!席に戻って!」のスチュワーデスの大声で操縦席を飛び出し、アメリカ人たちから「ラッキーな奴だ!ヒューヒュー!」とからかわれながら席に戻る。(笑)

無事、自衛隊基地に着陸して、自衛隊のマイクロバスに分乗する。
ここには車両がすくないので4台のマイクロバスがピストン輸送で我々を運ぶ。
我が「C班」の18名は1台のバスにまとまって乗り2名の自衛官の案内のもと擂鉢山へ向う。
途中、米軍の戦車の残骸の場所へ案内されたが、バスから降りることは許されず、バスの中から写真撮影。

DSC_0146_convert_20090501224609.jpg

その後、まっすぐ擂鉢山(すりばちやま)へ・・・・・

DSC_0148_convert_20090501225646.jpg

お節介な拙者は、ツアー仲間の最後尾を歩き、人数の把握に努めることにしている。
そのおかげでバスに乗るのは一番最後・・・・
そのため拙者は通路にある補助席に座るはめになる。
なんたることぞ!
窓側に座ってる人の中には外の景色も見ずに居眠りをしている者もいるのだ!
こっちは写真が撮りたくて仕方がないというのに・・・・
どうせ寝るなら席を譲ってもらいたいのだが・・・
他人の世話を焼いたことが仇になり、窓側の席に座れない。
仕方がないから補助席から窓枠を移さないようにして望遠で外の景色を撮影する。

DSC_0154_convert_20090501230357.jpg(バスの中から擂鉢山を写す)

旅行 | 09:58:59 | Comments(0)
グアム旅行(4)
シンポジウムの会場で本やDVDなどを販売していたので、本を4冊ばかり買い込む。
硫黄島やグアム、サイパンに関する戦記で、当然英語の本である。
まぁ~そのうちボチボチと辞書を片手に読もうかな~・・・・ということで購入。

シンポジウムの後は、明日行く硫黄島への渡航手続き。
同じ会場内で行う。
硫黄島は日本領だが・・・・(笑)
一般人の上陸は制限されている。
で・・・米軍側が飛行機をチャーターしてグアム島から硫黄島へ行く。
その海兵隊関係者のグループに我が日本人戦友会も便乗するのである。
参加者は我々を含めて約160名ほどいる。
これがいくつかのグループに分かれ、我が日本人グループは「Cグループ」
お世話係の“キングさん”の指示の下、渡航手続きを行う。
日本人が日本の領土に行くというのに・・・・なんとも面倒な・・・・(笑)
我が「Cグループ」を「C中隊」と名付けた。
軍隊ではCをチャーリーと呼び「チャーリー中隊」と呼ぶが・・・拙者はわざと「チキン中隊」と呼んで“キングさん”に笑われた。
チキンは鶏のことだが、別の意味は「気が弱い」とか「逃げ腰」とかという意味がある。
つまり・・・自らを卑下した言葉である。

夜はホテルの1階ラウンジで晩餐会。
グアム州知事夫妻をはじめ、海軍・空軍・海兵隊の司令官も同席。
200名ほどが参加したのではないだろうか。

DSC02203_convert_20090501143936.jpg(挨拶に立つ海兵隊司令官)

次々と「お偉いさん」がスピーチに立つが・・・・当然・・・英語!(笑)
拙者は一般会話はさっぱりわからない。
戦史ならある程度理解できるのだが・・・一般英語は100%近く・・・ダメ!(笑)
ということで・・・通訳なんてもってのほか・・・
大人しく下を向いて座っているしかない・・・・・(笑)
あ~情けない・・・・

食後、従軍者は日米とも名前を呼ばれて記念品を贈呈された。
が・・・・すべて英語ですから・・・
我が日本側の従軍者は何が起こったのかさっぱりわからない。
相変わらず通訳もない・・・・
英語が達者なリーダーと思われる“ヨシダさん”も何の指示も出さない。
まずい・・・
お節介な拙者が従軍者に声をかけて席を立たせた。
それにしても、どうしてこうもこのツアーの責任者は面倒見が悪いのだろうか。
自分のことだけ・・・・
他の参加者は無視・・・・
困ったものである。
で・・・最年少の拙者は「能力不足」のため役立たず・・・・
情けないことこの上ない・・・・

硫黄島の本を持ってきてサインを求める米軍関係者が何人も来た・・・・
従軍者だけではなく拙者にもサインを求めてくるんだから困ったものだ。
で・・・何か話した気なのだが・・・・
日本人グループは英語ができないから・・・・シラッ~(笑)
取りつく島もない・・・・とはこのことぞ。
拙者も一般会話は苦手・・・・
申し訳ないがお相手できない。(笑)
本当に英語が苦手というのは悲しい・・・・・
なんともしようがない・・・・

グアム州知事の奥さんが挨拶に見えられた。
にこやかに一人一人に握手を求めたのだが・・・・
「この人だれ?」という顔で我が日本人グループは知事夫人を無視!(笑)
ヤバイ!まずい!
「この方は州知事夫人ですよ!」と教えてあげたのだが・・・・
握手に慣れていない「日本国民」は戸惑うばかり・・・・
あ~あ~やっちゃったぁ~

今日は「英語漬け」でクタクタに疲れたが・・・
夜になって自由行動となれば「我が世」である!
早速、夜の街を「偵察」に一人で出動!(笑)
同室の“ハシモトさん”に呆れられる。(笑)

旅行 | 14:20:39 | Comments(0)
グアム旅行(3)
何故か早起き・・・・(笑)
旅に出るといつもより早起きできるのはなぜだろうか?

DSC02187_convert_20090501110736.jpg(ホテルの部屋から見たタモンビーチ)

「シンポジウム」は10時からとのことなので、それまでの間、海岸を散歩することにした。

DSC02193_convert_20090501111828.jpg(海岸に残る日本軍のトーチカ)
DSC02194_convert_20090501112203.jpg(右の建物が宿泊したホテル)

早朝から日本人の女の子達が海岸に出ていたが・・・・
早くも現地人にナンパされていた。(笑)
いやぁ~若いっていいねぇ~
ナンパされて喜んでいられるのも今のうち・・・・
すぐに歳を取って・・・・そのうち誰からも相手にされなくなる。(笑)
まぁ、ナンパされるのもグアムに来た目的の一つなんだろうから大いに楽しめばいい。
痛い目に遭うのもそれはそれで経験だ・・・・
う~ん・・・・拙者も歳を取ってしまったなぁ~
冷やかに彼女たちを見ている自分が怖い。(笑)

DSC_0065_convert_20090501121749.jpg(ホテル内のシンポジウム会場)
DSC_0046_convert_20090501115853.jpg

10時からシンポジウムに参加。
「シンポジウム」っていうけど、内容は全く知らない・・・・
会場に入ってなんとなくわかってきた。
続々とアメリカ人が会場に入って来て、アメリカ人の“偉い人”が司会進行役を務める。
“カーネル”と言っていたから・・・階級は大佐のようである。
日本側からは「大阪組」の“ヨシダさん”が英語でスピーチ。
ということは・・・この人が今回のツアーの「本当の」リーダーなのか?
何の説明も紹介もないからさっぱりわからん。
日本側参加者の中から従軍経験者がお一人、日本語で体験談を語る。
これは通訳兼お世話係として参加されているアメリカ人の“キングさん”が英語に通訳。
そのあと、戦史研究家らしい若いアメリカ人が硫黄島の戦いについて1時間程度にわたり説明。

DSC_0054_convert_20090501122242.jpg

全て英語!
通訳は・・・・ない!(笑)
拙者の場合は戦史に関して多少の知識があるので、なんとか理解はできたからいいけど・・・・
果たして他の人はどうなんだろう?
この英語・・・・理解できてるのだろうか?

昼食後、アメリカ側からも従軍経験者5名ほどが各自の体験談を語る。
硫黄島で戦った海兵隊員たちである。
これまた英語・・・・通訳はない。
さすがにこれは理解が難しい。
日本人の場合でもそうだが、お年寄りって何を話しているのかよく聞き取れないのである。
それと同じで、アメリカ人のお年寄りの英語も聞き取りづらい。
我が日本人グループからは「英語では何を言っているのかさっぱりわからない」との声が漏れた。
というわけで・・・最年少の拙者が近くに座っている人には、ある程度分かった範囲で日本語で説明してあげたが・・・
いやはやとんでもない「英語の時間」となってしまった。
学生時代ですらこんなに真剣に英語に耳を傾けたことはない。
ましてや「通訳」なんて・・・
我が生涯初めての体験である!(笑)

拙者は高校3年の時に英語のテストで100点満点で15点という「輝かしい成績」の持主である!(笑)
10分以上英語を聞いていると頭が爆発しそうになる男である・・・・
あ~学生時代にもう少し真剣に英語を勉強しておけばよかったと思っても、今更手遅れである。
断片的に聞き取れた話を日本語に通訳しようと試みるが、これがなかなかうまくできない。
情けないったらありゃしない。
自己嫌悪甚だし・・・・

ようやく“地獄”のシンポジウムも終ってくれた。
結局、この時になってようやくわかったのだが・・・・
この会合・・・・
硫黄島で戦ったアメリカの海兵隊関係者の会合らしい。
それに日本側から我々がオブザーバー的な立場で参加させていただいた・・・という様子である。
だから、日本語の通訳もなく、会場にポツンと座らされ、意味不明の英語のスピーチを何時間も聞かされたわけである。(笑)
我々の今回のツアーはアメリカ側の会合に便乗したツアーなわけね?

今は学校は春休みでしょ?
英語のできる学生をボランティアで2~3人連れて来て通訳させるってことは考えなかったのだろうか?学生にとってもいい勉強になるだろうに・・・・
内容の充実した貴重なシンポジウムなだけに「話が分からない」というのはなんとももったいない話だ。
まぁ、お粗末といえばお粗末なツアーである。(笑)
拙者が企画担当だったらこんなふうにはしないんだけどなぁ~
もう少し工夫するけどなぁ~

旅行 | 10:57:26 | Comments(0)
グアム旅行(2)
グアム島は20数年ぶりである。
その時は、海外旅行をしたことがない弟を、海外旅行を経験したほうがいいと連れて来たのだが・・・
う~ん・・・・当時の記憶が全然蘇らない。
空港って、こんなに綺麗だったかな?
建物も、もっと小さかったような気もするのだが・・・・
どうも記憶力が悪いので20数年前のことが全く思い出せない。

春休みのせいだろうか・・・
続々と日本人ツアー客がやってくる。
みんなH.I.Sなどの格安ツアーの連中らしい・・・・
流暢な日本語を話す現地添乗員に率いられバスに向かう。
いやぁ~すごい数である。
正直言って驚いた!

DSC02183_convert_20090430203704.jpg(グアム空港)

さて、空港では数名のアメリカ人が迎えに出てくれていたのだが・・・・
さて・・・この人たちは誰?(笑)
IDカード代わりの名札を渡される。
どうもこれが「参加証」らしい。
「ミリタリーヒストリカルツアー」と書いてある。
ん?・・・・・何だろ・・・・これ??(笑)

数名の方がトイレに行っていたが・・・
相変わらずリーダーは「さぁ!行きますよ!」と先に行ってしまう。
人数確認も何もない。
「あのぉ~4人ほどがまだトイレに行っていますけど・・・」と言っても、相変わらず無視された。(笑)
おや、おや・・・・・である。

迎えの大型バスに乗り込んだが発車はしない。
大阪からも別グループがやってくるので、それを待っているのだそうだ。
で・・・ようやく「大阪組」がバスに乗り込んできたが・・・・
何人のグループなのか、自己紹介もないのでわからない。
そのままホテルに向かい出発!(笑)
「戦友会」のツアーならば「仲間」のはずなのだが・・・・
初日から「烏合の衆」なのである。
こういうツアーも珍しい。(笑)

旅行社が関わったのは航空券の販売のみ。
ホテルの方はアメリカ側が用意してくれるという話だった。
で・・・・チェックイン・・・・
「各自でお願いします!」とリーダー。
拙者は同室が“ハシモトさん”だということを事前に知っていたので気が楽だったが・・・
他の方々は大変である。
なにせ皆さん御高齢・・・・
片言日本語を話すフロントの女の子を相手に四苦八苦でチェックインの手続き。
誰かが代表でやればスムーズなのになぁ~
で・・・誰が何号室なのかもわからない。
まぁ、参加者名簿自体がないんだから、そんなことを知っても仕方がないのであるが・・・(笑)

ロビーでミーティング・・・・・
日程表を渡され、そこに書いてある大雑把なことのみ説明。
あらら・・・・細かいことはさっぱりわからない。(笑)
「毎日、打ち合わせをするんですよね?」と質問したら・・・・
「いいえ、この打ち合わせだけです」
「毎日やった方がいいのでは・・・」
「そなんこと必要ないです」と却下・・・・(笑)
通常なら、朝か夕方のどちらかに日程の確認と変更事項の報告をする時間を用意しておいたほうがいいと思うのだが・・・・
まぁ~拙者は最年少者だし・・・新参者だし・・・・
あまり言っても仕方がないと思いやめる。

今晩の夕食は各自でとってくれとのこと。
同室の“ハシモトさん”と“マスダさん”という一人で参加された80過ぎのおばあさんを誘ってホテルの外へ食事に出かけることにした。
他の人はどうなのか・・・その行動は全く分からない。
一人で参加されている方がいたら夕食を一人で食べるというのは心細かろうが・・・・
全然コミュニケーションを取る機会がないのだからどうしようもない。
かろうじて“マスダさん”をお誘いできたのみ。

さて・・・何を食べようか・・・・
行き当たりバッタリで・・・・初日の夕食は拙者の我儘でステーキということにした!(笑)

DSC02186_convert_20090430204016.jpg

他の二人は安いほうを選んだが・・・・
拙者は根っからの我儘息子である。(笑)
誘惑には勝てず・・・・ロブスターの乗っている高い方のステーキを頼む。
年長者のお二人を差し置いて・・・・ロブスターを食べる・・・・申し訳なし!(笑)

食後、コーヒーショップへ立ち寄ってコーヒーを飲みながら一服。
このツアーに親父と同期の甲飛14期の方がおられたので、携帯で親父に電話する。
ほぉ~ちゃんとつながった!(笑)
「親父と同期の人がいるんだけど・・・・親父は第何班にいたの?」
「覚えていない・・・・」
「同じ偵察課程の人らしいんだけど・・・」
「ほぉ~そうなのか?」
同期といっても操縦と偵察ではクラスが違うし、人数が多いので第何班かわからないと話にならないのだが・・・・
まぁ~仕方がないよなぁ~
覚えていないんじゃ仕方がない・・・・
どうも拙者の記憶力の悪さは親父譲りなのかもしれない・・・とこの時思った・・・・(笑)

食事の帰りに「射撃場」へ立ち寄る。
“ハシモトさん”は射撃をしたことはないというのでお誘いした。
“マスダさん”にはその間待っていてもらうしかなかったが・・・・
拙者は射撃に関しては多少の自信があるので、グアムに来て久々の実弾射撃をするのを楽しみにしていたのである。
で・・・無理やり(?)“ハシモトさん”を付き合わせてしまった!(笑)
「こちらの方は初めてですから・・・」と言ったら・・・
射撃場の人が怪訝そうな顔をして言った。
「ミリタリーなのに射撃をしたことがないのか?」
そうなのです・・・我々は首からIDカードをぶら下げていたのですが・・・・
そこにはしっかりと「ミリタリー」と書かれているのです!
どうして“軍人”なのに射撃が初めてなんだ?・・・・と言われても仕方がない・・・・(笑)
「あ?この人?この人は事務職だから射撃をしたことがないんだよね~」と適当ごまかしたら相手も納得した。(笑)
さて・・・射撃の結果は・・・・ガッカリ・・・(笑)
6年ぶりに射撃をしたせいか、かなり腕が落ちている!
あ~なんとも残念である。
6年前にマニラで射撃をした時は100発撃って1発だけ的をはずし、その他はほとんど真中に集中して撃ち込んだ。
一緒に行った警官の“ナップ少尉”に大いに褒められたのだが・・・・
6年も銃を握っていないとこうなるのか・・・・
18発撃って的をはずしたのが2発・・・・・
10点(中心)に当たったのが1発だけ・・・
9点に当たったのが9発・・・
問題は・・・弾着が的の中心より右斜め下に多少バラけていること。
もう少し一か所に集中しないといけないのだが・・・・
う~ん・・・腕が落ちたぁ~
残念無念である。

旅行 | 17:49:29 | Comments(0)
グアム旅行(1)
昨晩遅く、成田に到着してホテルに前泊。
7時45分成田空港集合。
今日から予科練の戦友会と一緒にグアム島へ行く。
で・・・参加者は?
・・・・知らない!(笑)
「個人情報保護」とかなんとか、間違った解釈をしているがためらしいが、参加者名簿というのが事前に配布されていないのだ。
だから、いったい何人のツアーなのかも知らないのである。
とにかく成田に行ってみなくちゃ分からない・・・・(笑)
しかも、このツアー・・・・内容がさっぱりわからない。
グアム島へ行って、米軍のシンポジウムに参加して、グアム島から米軍がチャーターした飛行機で硫黄島へ行き、日米合同慰霊祭に参加してグアム島へ戻って・・・・そして日本に帰るというだけしか知らない。
その細かい内容は事前には全く知らされていない。
まさか出発直前には教えてもらえるのだろうと思ったのだが、それもない・・・・(笑)
硫黄島は普通は一般の人は行けない場所である。
あの激戦地である硫黄島へ行けるのなら、内容なんてどうでもいい・・・
このチャンスはそうそうあるものでもない・・・・
というわけで、「硫黄島」に惹かれて今回参加することにした。
一応、親父が予科練の甲飛14期生だったので、この戦友会に拙者は入会している。
そういうわけで戦争体験者ではないが参加資格がもらえたのである。

さて・・・成田空港の待ち合わせ場所に到着したところ、すでに皆さんは集まられていた。
つまり・・・拙者が一番遅かった・・・・(笑)
が・・・参加者の紹介もなにもない。
はぁ?
グアム島のホテルで同室となる“ハシモトさん”だけは事前にツアーのリーダーを務める戦友会理事の“シブイさん”からお手紙でお知らせをいただいていたのでよかったのだが・・・
他の人は誰が誰なのかさっぱりわからない。
当日になっても名簿は配られないので名前もわからない。
「さぁ!行きますよ!」の“シブイさん”の声でゾロゾロと動き出した人が、どうやらわがツアーの人らしい・・・としかわからない。(笑)
どうも拙者を含めて9人らしいことはわかったが・・・・いやはや困ったツアーである。(笑)

グアムへ向う飛行機は午前9時45分発のノースウエスト74便。
正直言って、拙者はこの航空会社にはあまりいいイメージを持っていない。
運賃が安いだけでサービスが悪いというイメージしかないのだが・・・・
やっぱり・・・であった。
まさしく拙者のイメージ通りの航空会社であった。(笑)

まずは・・・・チェックインカウンター前に長蛇の列!
出発2時間前に集合したにもかかわらず、なかなか前に進まない。
ようやくチェックインカウンターに到着したら・・・・
機械を使って自分でチェックインするらしい。
わがツアーのお年寄りは機械の使い方が分からない。
拙者もノースウエストを使うのは初めてなのでチェックインするのは初めて・・・
しかし、操作画面の指示に従い、他の方々のチェックインを手伝ってあげる。
ところがそのうち・・・・なぜか機械が入力を受け付けなくなった。
何度やり直しても受け付けない。
と・・・その時である・・・・
「ノースウエスト74便の方はいらっしゃいますか~」と係員が言うので応えたところ、「もう機械でのチェックインは出来ません!」と言う。
それならそうと早く言えよ!
で・・・「手作業でチェックインをしますが・・・え?預ける荷物があるんですか?もう間に合わないですね~」と平然と言い放った!
カチ~ン!(笑)
何だこの野郎!
長蛇の列・・・便に関係なく並んだ順に受付をしていたようである。
最終搭乗の迫っている便から優先に受け付けるのではなく早い者勝ち・・・・
やっぱり・・・・ノースウエストはダメだ・・・・最低のサービスである。
今更荷物は載せられないぞとかと騒いでいるので「何とかしろよ!」と言い放って搭乗手続きに急ぐ。

さて・・・わがツアーのリーダーは・・・・・
さっさと手続きを済ませて先に行ってしまった!
うそぉ~!!!
拙者は手続きの遅れた数名を引率して後を追う。
ところが・・・
ようやく一団にまとまったかと思ったら・・・・とちゅうで3人ほどが横道にそれた!
どうやら売店に買い物に行ってしまったらしい。
なんと勝手な行動を取る人たちか・・・・(唖然・・・)
リーダーの“シブイさん”に「3人ほどが他の場所へ行ってしまったようですけど・・・」と報告したのだが、「さぁ!急いで!急いで!」とドンドン先に行ってしまう。
拙者の報告は無視!
うそぉ~!
仕方がないので、元来た道を戻りはぐれた人を探して連れもどる。

このツアー・・・・
旅行社の添乗員は同行していない。
ということは、ツアーのリーダーが参加者の面倒を見るのだろうと思ったのだが・・・・
リーダーの“シブイさん”は参加者の面倒を見る気は全くないらしいことがこの一件ではっきりした。
いやはや・・・・とんでもないツアーに参加してしまった・・・・(笑)

旅行 | 10:43:31 | Comments(0)
相変わらずパニック!
明日、グアム島へ出発だというのにまだ何も用意していない。
ついに尻に火が付いた!(笑)
ドタバタドタバタと旅行の準備・・・・・

え~と・・・・
夏物のジャケットにスラックス、皮靴・・・・
で・・・
硫黄島に行く時は・・・・Gパンにトレッキングシューズ・・・・・
夏物半そでシャツに下着に靴下にベルトにネクタイに・・・・・
ん?
スーツケースに入りきらねぇ~
やり直し!(笑)

一眼レフのデジカメに予備のデジカメ・・・・
予備バッテリーに充電器・・・・
飛行機の中で読む本も数冊持って行かねば・・・・

出来るだけ身軽に・・・と思ってもなかなか減らせない。
スーツケースの中に入れたり出したりの繰り返しでなかなか決まらない。
毎度のことだが・・・・こういうことで時間がどんどん過ぎる。(笑)
あ~イライラする!(笑)

日記 | 18:08:09 | Comments(0)
コレラ?
さて・・・
下痢は薬を飲む前から既に止まっていたのだが・・・・・
まぁ、せっかくもらった薬だし・・・・(笑)
ということで、抗生物質を飲み続けていたのだが、ついにそれも無くなった。
検便の結果も知りたいし・・・・ということで、病院に行く。

今回の先生はこの間の先生のお父さん・・・・つまり「若先生」ではなく「おお先生」・・・・
カルテを見ながら・・・・
「マラリア?わからねぇなぁ~」と息子さんと同じことを言う。(笑)
「う~ん・・・・コレラじゃないか?」
「うそぉ~!!!」
「赤痢か?」
「あの・・・先生・・・冗談でしょ?もうとっくに下痢は収まってるし、熱はないし・・・・」
「じぁ、あと4日くらい薬を出しましょう」
「あの・・・検査の結果は・・・・?」
「1週間後くらいになるねぇ~」
「え~と・・・そのころは海外に行ってますので帰って来てから確認に又来ます」
「え?来るの?海外から帰って来てから確認しても仕方がないんじゃないの?」
「いいえ!確認に来ます!」

どうもわからん・・・・
検便の検査って、検査料という事でお金をしっかり取っているんだよね?
それなのにお金を払った拙者に検査結果を教えないというのはおかしいだろ?
お金を払った以上、こちらには知る権利がある。
先生は、どうやら海外に行くために検査したと勘違いされているのかもしれない。
だから帰国後に確認しても無駄だと思っているのかもしれないが・・・・
今後の参考のためにも、どんな病気にかかったのかは知っておかねばなるまい。

それにしても「コレラじゃないか?」には参った。
そんな馬鹿な・・・・である。

日記 | 11:29:54 | Comments(0)
スーツケースを買う
何時も、海外旅行はリュック一つで出かけているのだが・・・・
今度のグアム旅行はそういうわけにはいかない。
グアム島ではアメリカ海兵隊のシンポジウムに参加するし、夕食会にも参加するらしい。
ということは・・・・
Gパンというわけにはいくまい?
どう考えたってジャケットにスラックスに皮靴・・・・という格好が無難だ。
で・・・硫黄島へは、今度はそういう格好では行けないだろうから、Gパン・・・・
そうなると、やっぱり今回はスーツケースを持って行くしかない。
ところが・・・・拙者が持っているのは20日間ぐらい旅行する大きなものしかもっていない。
これではいくらなんでも大きすぎる。
というわけで・・・・小型のスーツケースを買いに出かける。

で・・・・問題は、どこで買うか・・・・なのだが・・・・
昔は「かばん屋さん」という個人経営の専門店などがあったのだが・・・・
今は商店街に行っても「かばん屋さん」はない!
商店街が寂れてしまってシャッターが閉まっている商店ばかりが並ぶ。
あ~なんと不便なことか。

昼食に、ちょっと栄養を摂ろうと思い「ウナギ屋」へ入ってうな重を食べる。
で・・・店のお兄ちゃんに相談をかけたところ、隣町のデパートに行けばあるんじゃないかという。
じゃぁ~行ってみるか・・・・・
デパート内のかばん屋さんでスーツケースを見るが、今はそうそう店頭に品ぞろえがあるわけではない。
それだけ旅行鞄を買う人がいないのだろう。
数少ないカバンの中からまあまあいいかなと思うものに目をつけて・・・・・
デパート直営のカバン売り場に行って別の物を見る。

さて・・・・どうしようか・・・・
普通、無難なところで・・・・となると、銀色、紺色、黒色のスーツケースである。
それだけに誰もがこの色のスーツケースを持っている。
空港のターンテーブルから自分のスーツケースを見つけるのには苦労をするんだよねぇ~・・・無難な色では・・・・
と言っても・・・黄色とか緑色っていうのでは派手すぎるしなぁ~(笑)

デパート直営とテナントのカバン売り場を行ったり来たり・・・・
優柔不断の拙者はなかなか決まらない。
テナントの方にあるのは、ちょっと落ち着いた感じのオレンジ系の色のスーツケース。
これならターンテーブルでも目立つだろうしいいのではないか?
でも、スーツ姿に似合うかね?
色々と考えてしまうのである。
で・・・値段の方はデパート直営の方が安い・・・・・

さて・・・どうするか・・・・どっちのお店で買おうか・・・・
散々悩んでようやく決めた!
テナントのお店で買うことにした!
スーツケースの形だの色だの散々悩んだ挙句、決め手は単純・・・・・
売り場の女の子が美人で愛想がいいので、こっちに決めた!(笑)
我ながら呆れる理由である・・・・・

日記 | 11:28:58 | Comments(0)
免疫絶好調?
今日も朝から問題ない・・・・
ん?
いつの間にか下痢が止まってしまった・・・・
おかしい・・・・
ウイルス性の胃腸炎による下痢ならば自然と治るはずはない。
もしかしたら一時的な小康状態?
一応、医者からもらった薬を飲んでおこうか・・・・・
で・・・
薬を飲んでしばらくしたら・・・・寒気が・・・・
体中がスースーして寒い。
これまたおかしい・・・・
抗生物質を飲んで寒気なんかするかね?

で・・・落ち着いたところで・・・・お昼。
昼食後に薬を飲んだら、また同じ症状。
午後、水戸藩士の“シミズくん”と会い、喫茶店でケーキを食べながらおしゃべり。
この時には、それまで寒気がしていたのが一転して今度は顔が熱くなる。
しかも脇の下に汗をかく・・・・
あれ?
店内はそれほど熱くないのに・・・・・

寒くなったり熱くなったり・・・・
おい、おい、どうしたんだ?
免疫がおかしくなったのか?
それとも抗生物質がウイルスと闘っているのか?(笑)

こうなると、薬を飲むべきかどうか迷う。
拙者は普段から薬は滅多に飲まない。
どちらかといえば自然治癒力に頼るほうだが・・・・
さて、今回の場合は自然治癒力というわけはいかないような気がするんだよなぁ~
ここは・・・・ひとつ・・・
人体実験・・・でもしてみますかぁ~(笑)

高熱も出さないし、嘔吐もしないのだから・・・・多少の無茶をしても大丈夫だろう。(笑)
もしかしたら栄養不足かもしれない・・・
ということで、夕食は少し無茶して食べてみる。
で・・・・気分が悪くなった・・・・(笑)
で・・・食後に薬を飲んだら、また寒気が襲ってきた。
う~ん・・・・こりゃダメだ・・・・
気分が悪いのと寒気が両方来ちゃった!

16日からはまた海外旅行である。
それまでに、この“実験”を成功させて体調を戻さねば・・・・

日記 | 22:21:19 | Comments(0)
マラリアなんか知らねぇよ~
さすがに、今日は病院へ行かねばなるまい。
ということで・・・・・病院へ・・・・・
初診なので、受付で事細かに事情を紙に書いて渡す。
マラリアかも知れないので検査してくれと書いておいた。
で・・・・・
呼ばれて診察室へ・・・・
先生が一言・・・・
「あぁ?マラリア?マラリアなんか知らねぇよ~」
「すみませんねぇ~面倒臭い話を持ち込みまして・・・・(笑)」
マラリアの検査は血液を顕微鏡で見るのだが、普通の診療所ではそれはできないのだそうだ。
問題は・・・・拙者が熱を出していないという点。
高熱が出ないのであれば、マラリアでもインフルエンザでもなさそうであるとのこと。
どうしても気になるなら保健所へ行って相談してみてはどうか・・・と言われたが、そんなことしたら騒ぎが大きくなるんじゃないかね?(笑)
症状からして、考えられるのは細菌性の胃腸炎。
たしかに・・・それは言える。
とりあえず検便・・・・となったが・・・・
なんと!
今まで散々下痢してピーゴロゴロと排便していたのに・・・・・
ウンともスンとも何も出ない!
お~い!どうしたぁ?
いざとなったら・・・ウンチが出ない!(笑)
ありゃりゃ~下痢が止まっちまった!(笑)
自然に治っちまったのか?
そんな馬鹿な・・・・・
とりあえず、検便キットを家に持ち帰り後日提出するということにした。
いざというときに役に立たぬ我がお尻よ・・・・
ウンチを届けにわざわざまた病院に行くことになっちまったじゃねぇか!

日記 | 18:02:18 | Comments(0)
お宝鑑定団に出たって?
拙者が留守中の3月2日に戦車第二師団の会員である“イズミヤさん”からお電話があったらしい。
一体、何事だろうか・・・・
“イズミヤさん”は淡路島にお住まいの機動砲兵第2連隊の戦友。

散々下痢してふらふら状態だが、これだけは急いで電話せねばなるまい。
ということで電話したら・・・・・
「おお!どこか遠くへ行っていたそうですなぁ~」
「はい、パプアニューギニアへ戦跡訪問です」
「ほぉ~そりゃぁ~御苦労さんでした~」
「で・・・遅くなりましたが、ご用件は何でしたでしょうか?」
「いやぁ~大したことないんだけどね。テレビ東京のお宝探偵団に出るよっていう電話!」
「えっ!出たんですか!」
「おお!300人ぐらいの中から選ばれてなぁ~それで、放送されるぞって教えようと思って電話したんだ~」
「いやぁ~そりゃぁ~残念!海外にいて見られませんでした!すみません!」
「いやぁ~それだけの話よ~(笑)」

いやぁ~ホッとした~
なにせ御高齢の方からの連絡は心臓に悪い。
ついつい訃報かな・・・・と思ってしまうのだ。
いい話でよかった。
放送を見られなかったのが残念だが・・・・・

で・・・・
あっ!
番組に出した「お宝」って何だったのか聞くのを忘れた!(笑)

日記 | 18:19:25 | Comments(0)
体調最悪!
今日は昨晩から延々と下痢が続く。
何たることぞ~
今までフィリピンの山奥へ行って帰って来ても、内モンゴルの砂漠から帰って来ても・・・どういう過酷な場所から帰国しても体調なんかを崩したことがないというのに・・・・
やっぱりこれはマラリアにかかったか?
初日に感染したとして・・・・1週間・・・・
ちょっと潜伏期間が短すぎる気がしないでもない。
しかも高熱を発していない。
体温計を見ると・・・・平温である。
じゃぁ・・・・インフルエンザでもなさそうである。
しかし、この下痢・・・・
完璧に液体なのであるから・・・・・
間違いなく何らかのウィルスによる下痢であるはずだ・・・・
何だろう?

とにかく原因がわからぬうちは、下手に親父に近づかないほうがいい。
抵抗力の弱い“老人”に感染させては命取りになる。
というわけで・・・食事の面倒は見ない!(笑)
とにかく今日は1日寝て過ごすことにする。
帰国早々やらねばならぬことが山積していて気が焦るのだが・・・・仕方がない。

頭痛はするし、胃はムカムカするし、ピーゴロゴロと下痢の連発で20回近くもトイレに駆け込むし・・・
おかげで体はフラフラ・・・・(笑)
体中だるいし痛いし・・・・
ん?風邪にしてもちょっとおかしい。
鼻水も咳も出ないんだから・・・・
参ったなぁ~
こりゃ、何だ?

日記 | 18:07:27 | Comments(0)
パプアニューギニアの旅(5)
午前6時半・・・・旅行社の送迎車で空港へ・・・・
今日はポートモレスビーからオーストラリアのケアンズへ行き、ケアンズからJALに乗り換えて成田に向かうという。
ん?
オーストラリア?
日本からドンドン離れてしまっているんですけど・・・・(笑)
しかし、このルートが一番早く日本へ帰れるルートらしい。
試しに、この航空会社の指定したルートを断って、別のルートで帰国を希望したらどうなるのかと尋ねたら・・・・・
その時はすべての経費は自分で負担してくれとのこと。
航空会社の指定どおりに動くなら全額航空会社が負担するという。
じゃぁ・・・仕方がない・・・・ケアンズから成田に向かうしかないか・・・・(笑)

チェックインカウンター前に並んでいたら、やたらと拙者を見てニコニコしているパプアニューギニア人の“オヤジ”がいる。
何だろうと思っていたら、日本語で声をかけてきた。
日本語が上手ですねと褒めたら、少し日本語を勉強しているという。
で・・・日本のどこに住んでいるのかとか、やたらと質問攻め・・・・
しまいには連絡先を教えてくれという。
なんで教えなきゃならんのかね~(笑)
でも、日本語の会話はそこまで。
彼もそれ以上は日本語では無理らしい。(笑)
その後は、英語での会話となる。
あ~拙者は英語が苦手なのに・・・・・
簡単な会話が日本語で、難しい会話は英語・・・・
拙者としては簡単な方を英語にしてもらって、難しい話は日本語の方が助かるのだが・・・(笑)
世の中、そうはうまくはいかない。
彼の話では、自分が住んでいる島には日本軍の難破船もあるし、日本軍の戦跡もあるので、今度はぜひ自分の島に来てもらいたいとのこと。
はい、はい、いつか機会がありましたら・・・・ということで別れる。
で・・・・“先生”・・・・
「今の人・・・知り合い?」
「いえ、知らない人ですけど・・・・」
「親しそうに話をしていたから知り合いかなと思った」
「あのですね・・・私は初めてパプアニューギニアに来たんですから、知り合いがいるわけないでしょ?」
「え?あ~そう?・・・パプアニューギニアは初めてなの?」
「・・・・・・」
あのね・・・今頃、何を言っているんだろうか・・・・先生は・・・・(笑)

DSC02174_convert_20090419202832.jpg(ケアンズ空港)

1時間半ぐらいでケアンズに到着。
ここで成田行きに乗るが・・・・
待ち時間が4時間近くある。
あらら・・・・である。
こりゃ、時間をつぶすのに苦労しそうだ。
“先生”は「これからどうなるんだ?どこから飛行機に乗るんだ?」と大騒ぎ。
「あのぉ~まだ朝早いので、午後の便の搭乗案内なんて出ていませんから、ギリギリまでこのあたりで時間をつぶしてましょうよ」となだめる。(笑)
で・・・・そのうち・・・“先生”はウロウロして、どのうちどこかへ消えた・・・・(笑)

さて・・・拙者は・・・まずタバコを吸える場所を探す!(笑)
とにかくタバコを吸わねば!(笑)
ようやくターミナルの隅っこにある喫煙所を見つけて喫煙。
そこへオーストラリア人がやってきて・・・「火を貸してくれ」と言う。
「あとで返せ」と言いたかったが・・・・そういうジョークを英語で話せる拙者ではない。(笑)
火を貸してやったことがきっかけで会話となるが・・・正直言って迷惑な話・・・(笑)
拙者は英語が苦手なんだってば!
マダンやラバウルの戦跡を巡って来た話をしたところ、彼は今からポートモレスビーへ行って、それからラバウルへ行くという。
で・・・ニューギニアの他の戦跡について話をしてくれたのだが・・・・
その時、彼が「昔は俺達は戦っていたんだよね」と言うので・・・・
「そうだ!お前は敵だ!」と言ったら、彼が驚いた顔で「今じゃ仲良しじゃないか~」と言う。
ムフフ・・・そうそう恨みを忘れるわけにはいかんぞ。
馬場中将を無実の罪で処刑したのはお前たちオーストラリア人だからな!(笑)
彼を散々驚かしてやって大笑い。
話は学校での歴史教育の話になる・・・・あぁ~まずい・・・・話が難しくなっていく・・・・
「日本では“サムライ”の時代のことは教えるが、そのあとの近代史・現代史に関しては全くといいほど教えていない」と話したところ・・・・意気投合!(笑)
「現在の歴史教育はお粗末である!歴史教育はしっかりやらねばならない!」とおおいに意見が合ったのだが・・・・調子に乗ったのがいけなかった・・・
更に話は専門分野に入りだしてしまったのである。
まずい・・・勘弁してくれ・・・拙者は英語が苦手なんだってば!(笑)
10分以上英語を話していると拙者は思考回路が“フリーズ”してしまうのだ・・・・
だんだんシドロモドロになってくるのだ・・・・
逃げよう!(笑)
飛行機に間に合わなくなりそうなふりをして・・・・そそくさと彼に別れを告げて喫煙所を飛び出す。(笑)

ここ、ケアンズで、ようやく携帯のメールが使えるようなので、妹にメールを送って無事を連絡する。
妹の話では、昨日旅行社から連絡があってマニラに向かったとのこと。
まさかオーストラリアに行ったとは・・・と呆れていた。(笑)
旅行中の緊急連絡先は妹の所にしておいた。
留守番中の親父に連絡が入っても親父は何が何だか理解出来ないと思ってのことだが・・・
思ったとおり、妹から電話があったとき、飛行機が落ちたのかと思ったらしく気が動転していたとか・・・(笑)

読書をしながら時間をつぶし、ようやく構内放送で名前が呼ばれカウンターへ・・・・
どうも昨日のポートモレスビー発成田行きに乗れず、ここケアンズに回された日本人達が呼び出されたらしい。
その殆どは、だらしない恰好をしたサーファーなのかダイバーなのか・・・どこから見ても“半端者”としか見えない日本人の青年たちである。
あ~あ~こんな連中と一緒に日本に帰るのかよ~
・・・・と思ったら・・・・
彼らはJALからカンタス航空へ変更とのこと。
それを後ろに並んで聞いていた“先生”・・・・
「ええっ!JALじゃないんですか!カンタス?また変更ですか!参ったなぁ!」と大声で騒ぎだした!
あのね・・・・先生・・・・
それ・・・前に並んでいるガキどもらのことでしょ?
我々とは関係ないでしょ?
「余計な事を言わず黙っていてください!我々のことじゃないんだから!」
「あ・・・そう・・・」
もう恥ずかしいったらありゃしない。(笑)

今度は我々の番・・・・
「帰国が1日遅れてしまいましたが大丈夫ですか?」と職員の日本人女性に尋ねられたが・・・・
今更、大丈夫ですかって言われてもねぇ~(笑)

ようやく無事にJALのコードシェア便に乗って成田に向かう。

DSC02181_convert_20090419203154.jpg(機内食)

成田に到着後、先生はバス、拙者はスカイライナーで・・・・ということで、空港で別れる。
思わぬハプニングで帰国が1日遅れたが、とにかく帰って来たぞ!(笑)


旅行 | 16:06:08 | Comments(0)
パプアニューギニアの旅(4)
5時半を過ぎたころだろうか、ポートモレスビー空港に到着!
よっしゃ!急げ!
マニラ行きの飛行機に乗らねば!
と・・・・
国内線の出口に旅行社のスタッフが迎えに出ていてくれた。
「国際線のターミナルに行くんですよね?」
「いえ・・・そのぉ~予定が変更になりまして・・・・」
「あれ?マニラに向かうんじゃないんですか?」
「今日はここに1泊してもらうことになりました・・・・」
「はぁ?」
この理由がなんともバカバカしい話・・・・・
以前、日本人を乗せたところ、こいつらが散々迷惑をかけたのだそうだ。
なので・・・今回は日本人を乗せたくないと航空会社か機長か、誰が言っているのかわからないけど、そういうことなのだそうだ。
国内線からの乗り継ぎ客が日本人なら、出発を遅らせてまで待つ気はないということらしい。
で・・・マニラ行きは飛んでいった!(笑)

またまた予定が狂った・・・・・
ポートモレスビーはパプアニューギニアの首都だが、治安が非常に悪いという。
ラバウル駐在員の方からもポートモレスビーより宿泊するならマニラの方が数段いいと言われていたのだが・・・・
残念ながらポートモレスビーに宿泊が決まる。
で・・・旅行社のスタッフがパプアニューギニア航空と打ち合わせ・・・・
ホテルの手配と翌日のフライトの手配をしてくれた。

DSC_0284_convert_20090419152223.jpg

航空会社から指定されたホテルは市内で一番いい高級なホテルだそうで、旅行社のスタッフが驚いていた。
「ラッキーですよ!」
「はぁ・・・飛行機に乗れず日本に帰れなかったのに?(笑)」
ホテル代、今晩と明日の食事代、明日の成田行きの航空券はすべて航空会社が負担するという。
つまり・・・タダ!(笑)

DSC02162_convert_20090419152950.jpg
DSC02160_convert_20090419155546.jpg

部屋はツインだが“エナリ先生”とは別々の部屋。
つまり・・・個室をあてがわれたわけで・・・しかも予想以上に豪華な部屋である!
いやぁ~ラッキー!(笑)
食事は航空会社から上限の金額が指定されたので、たいしたものは食べられないだろうと思っていたのだが・・・
メニューを見たら、指定された金額以上の食べ物は・・・・ない!
つまり、メニューに書かれてあるコースは何を選んでもいいということ・・・・これまたラッキー!である。
飲み物は10キナ以内ならOKとのこと。
ウェイトレスに尋ねたら、全ての飲み物は5キナなのだそうだ。
ということは・・・・2杯飲める!(笑)
いやぁ~至れり尽くせりではないか。
充分!充分!ありがたし!

指定された金額以内ならば何でも食べていいなら・・・・と・・・ジャンジャン食べる。(笑)

DSC02163_convert_20090419154129.jpg
DSC02164_convert_20090419154356.jpg
DSC02165_convert_20090419154648.jpg(ステーキ!)
DSC02167_convert_20090419155301.jpg(コーヒーはインスタント)

さすがに今日は飛行機を待ち続けクタクタ・・・・
シャワーを浴びて・・・・爆睡!(笑)

旅行 | 23:02:28 | Comments(0)
ラバウル(11)
さて・・・
いつ到着するのかわからない飛行機を待つというのは退屈でしかたがない。
ついついタバコを吸いたくなるが、空港内は禁煙。
仕方がないので空港の外に出てタバコを吸うが、これが頻繁なので、さすがに職員から呆れられた。
「またタバコを吸いに行くのか?」
「そう!(笑)」
もう何度も出たり入ったりしているので、拙者に対するセキュリティチェックはついになくなってしまった。
どうぞご自由に出入りしてください・・・・である。(笑)

ふと・・・思いついた・・・
携帯電話を使ってポートモレスビーの旅行社の支店にかけてみようか・・・・
携帯電話で海外から日本へ電話をしたことは1度だけあるが、外国内で使用したことはない。
試しにかけてみたら・・・・つながった!
応対に出てくれたのは日本人駐在員。
電波の状況が悪いのか、途切れ途切れではあるがなんとか話は出来た。
「7時の飛行機が来なくて、今、12時発の飛行機を待っているんですが・・・成田行きに間に合いますかね?」
「こちらでも7時の便が出なかったことは把握していますが、12時に飛ぶんですか?」
「そのような話なんですが・・・」
「こちでは3時ごろという情報が入っていますけど・・・」
「3時?」
「いや、もし本当に12時頃に飛ぶのなら、成田行きの飛行機を待たせますから・・・」
「いやぁ~そりゃ助かります!」
「とにかくまた電話をください」
「了解!」

これで現地の旅行社との連絡は確保した。
いやぁ~連絡が取れてよかった。
心強い。
今回は旅行社を通してツアーを企画したが、もしこれが、格安航空券を個人で取って、旅行社を通さない旅行の場合は、こういうトラブルに巻き込まれた時にはどうすればいいのだろうか?
想像しただけでも気が滅入る・・・・
いやぁ~少しくらい高くてもフォローをしてくれる人がいるというのはありがたいことである。

が・・・・希望は空しく裏切られた・・・・
12時を過ぎても飛行機が来ない!(笑)
“先生”は大騒ぎ・・・・である。(笑)
「今、飛行機が来れば・・・すぐに乗れば・・・なんとか間に合うだろ?」
「でも、荷物を載せて、燃料も補給しますからねぇ~最低でも30分はかかるんじゃないんですか?」
「えっ!30分もかかるのか!じゃぁ、間に合わないじゃないか!」
「いや、30分というのは私の予測ですから本当はどのくらいかかるかわかりませんけど・・・」
「参ったなぁ~間に合わないじゃないか!」
「だ・か・ら・・・・私に言われても…・」
「参ったなぁ~・・・成田行きの便は我々を待っていてくれるんだろうね?」
「いやぁ~そりゃ無理でしょ。1時間も出発を遅らせるなんて考えられませんよ。10分ぐらいならわかるけど・・・無理ですね!」
「いやぁ~参ったなぁ~」
「もう、腹をくくりましょうよ~・・・こういうハプニングも面白いじゃないですか!」
「・・・・・・」

人間というものは不思議なもので・・・・
相手がうろたえると、拙者は俄然、気持が大きくなるのである。(笑)
これが一人だったら、こうはいくまい。
多分・・・ベソをかいていると思う。(笑)
“先生”が大いにオロオロしてくれたおかげで、拙者の精神は安定・・・・(笑)
大いに助けてもらった。(笑)

空港には日本人は我々のほかにもう一人、現地駐在員で日本に一時帰国する予定の方がいた。
ここで会ったのも何かの縁・・・・
というわけで、一緒にコーラを飲みながらおしゃべりをして時間を潰す。
拙者以外の話し相手ができて“先生”も少し落ち着いてくれた。
この駐在員さんにも感謝である。

いずれにせよ、成田行きには間に合わないことが確定した。
さて・・・どうするか・・・
ポートモレスビーへ電話して事後対策の打ち合わせをする。
3時頃の飛行機でポートモレスビーに来れるのならマニラ行きの便に乗り換えて、今晩はマニラに宿泊してもらい、翌日成田に帰ってくれとパプアニューギニア航空が言っているという。
なに?マニラ?マニラなら何度も行っているので気持ちも楽である!
帰国が1日遅れるが・・・・まぁ・・・仕方がないだろう。

で・・・・
2時に出発という情報も流れたが・・・・飛行機が来ず・・・・
ついに3時となる。
ようやくやってきたと思ったら・・・別の場所へ行く飛行機だった!
いやぁ~“先生”の怒ること怒ること・・・・(笑)
「なんとかならんのか!あの飛行機でポートモレスビーに行くわけにはいかないのか?」
「そんな・・・無茶苦茶な~」(笑)
「そこをなんとかならんのか!」
「あのですね・・・陥落寸前のサイゴンから脱出するっていうわけじゃないんですから・・・戦時中ならまだしも・・・命がかかっているわけじゃないんですから・・・待ちましょうよ!」
「・・・・・・」

それにしても遅い・・・・マズイ・・・・
何がマズイのかというと・・・・火山灰・・・・
風向きが変わり「花吹山」の火山灰が空港の方へ流れてきたのである。
このままでは、降灰のため飛行機が着陸出来ず帰ってしまうという情報を得る。
マズイ・・・・
降灰がひどくなる前に来てくれなければ・・・・
とにかくポートモレスビーにさへ行ければ、そこからは各地に便が出ているので、あとは何とでもなる。
しかし、このままラバウルに残されたのでは便がほとんどないので、いつ帰国できるかわからない。
時間との勝負である!(笑)

3時半・・・・ようやく飛行機がやってきた!
さぁ!乗り込め!

DSC02139_convert_20090414224148.jpg
(先生と現地駐在員さんの後姿。向こうに見えるのは花吹山の噴煙である)

滑走路脇のフェンスには見送りの人だかり・・・・
と・・・ひときわ大きな声で叫んでいる奴がいる!
サミエルだ!(笑)
サミエル君・・・・我々の飛行機が離陸するまでずっと空港の外で待っていてくれたのである!
いやぁ~感激である!
「お~い!」と拙者も手を振って答えるが・・・・
“先生”は飛行機に乗るのに必死で、それどころじゃないらしい。手を振る余裕もないらしい。(笑)
いくら急いで乗り込んでも、燃料を補給せねば飛行機は・・・・飛ばない!(笑)
で・・・
やってきました!燃料補給車・・・・
ありゃ・・・
耕うん機に引っ張られてる小さなタンク・・・・(笑)
それっぽっちで燃料は足りるのかい?

DSC02141_convert_20090414224857.jpg

午後4時過ぎ、ようやく離陸!
さぁ~行けぇ~ポートモレスビーへ!(笑)

DSC02143_convert_20090414225439.jpg(上空から見たラバウル空港)

旅行 | 20:44:48 | Comments(0)
ラバウル(10)
さぁ・・・今日は帰国の日である。
まだ夜も明けぬ真っ暗な中、ホテルをチェックアウトして空港へ向う。
サミエル君は約束通り、今朝はちゃんと出勤していた。(笑)
午前5時過ぎ空港に到着。

さて・・・朝食は??
日程表によると今日の朝食は「弁当」となっている。
「お~い!サミエ~ル!朝食はどうなっているんだ?」
「朝食?・・・・ありませんけど・・・・」
「スケジュール表では弁当ってなっているけど、弁当なんかないだろうから、サンドイッチかなんかじゃないか?」
「え?サンドイッチが食べたいんですか?」
「そうじゃないって!朝食にサンドイッチか何かを用意してないのかって聞いてるの!」
サミエル君・・・一度空港から消えたが再び現れて・・・
「サンドイッチ・・・・今、作ってます!」
「どこで?」
「ホテルで作っています!」
「はぁ?今?ホテルで?・・・・で・・・・誰が空港まで持ってくるの?」
「さぁ~わかりません」
あのね・・・・(唖然!)

午前7時5分発、パプアニューギニア航空でポートモレスビーに向かうのだが・・・・
あれ?
待てど暮らせど・・・・滑走路は静かである・・・・
とうとう出発予定の7時を過ぎてしまった。
まぁ、多少の遅れは普通だろう・・・・と思っていたら・・・8時になっても飛行機が来ない!
あれれ???
そのうち、空港内で放送があったが、何を言っているのかさっぱりわからないので無視。(笑)
すると、近くの警備員が「カウンターのところで何か説明があるらしいからカウンターの所へ行け」と声をかけてくれた。
早速、チェックインカウンターへ行くと乗客が集まっていた。
で・・・職員の説明・・・
しかし、これが全くと言っていいほど聞き取れない!
この肝心な時に・・・彼の話す英語が全く理解できないのだ!
参ったぁ~
英語が苦手というのは、こういう時に不便である!
どうも飛行機は来ないらしいことは雰囲気でわかったが・・・・
で・・・どうすりゃいいのよ?(笑)
11時とか、12時とか・・・何か時間を言っていたのはわかったが・・・
で・・・11時・・・って何?
11時に戻ってこい・・・なのか、11時に飛ぶ・・・ということなのか・・・
それがイマイチわからない。(笑)
とにかく、11時頃に空港にいればいいんだろうと解釈した。

で・・・サミエル君・・・
「じゃぁ、ホテルに一度戻りましょう」と、いともあっさりと言う。
「ん?やっぱり飛行機は来ないのか?」
「はい、来ません!」
「で・・・いつ来るの?」
「たぶん・・・お昼ごろかな~・・・だからホテルに帰りましょう!」

あらら・・・
折角午前4時前に起床して空港に来たのに・・・・
また戻るのかぁ~(笑)
どうも噂によると、ラバウルへ来る飛行機の乗客がいなかったので運航するのをやめたんだとか・・・
そんな・・・馬鹿な・・・(笑)
こっちに来る乗客がいなくても、こっちから乗る乗客はいるんだぞ!
そんな理由で運航をやめるなんて・・・本当だろうか?(笑)

ホテルに到着したところ、バイキングの朝食を食べてもいいというので、タダで御馳走になる。
で・・・11時頃までレストランで暇つぶし。
まもなくサミエル君がサンドイッチを持ってやってきた。
「サンドイッチ!出来ました!」
「あのな・・・・」
「これ・・・お昼に食べて下さい」
「おお!そうかい?悪いねぇ~ありがとう!」

11時・・・再び空港・・・・
我々はこれからポートモレスビーへ行き、国際線に乗り換えて午後2時15分発の成田行きに乗らねばならない。
この成田行きは1週間に1便しかないので、これに乗れないと・・・・マズイ!(笑)
が・・・しかし・・・どうも様子が怪しいのである。(笑)
“エナリ先生”はどうにもこうにも落ち着かない。
「ねぇ、12時にここを飛べば何とか間に合うんだろ?」
「はい、飛行時間は1時間20分ですから・・・現地到着が1時半ごろで・・・国際線の出国手続きがありますから・・・ギリギリっていうところでしょうね」
「まいったなぁ~なんとか12時に飛んでくれないかね~」
「さぁ~まだ飛行機が到着していないんでなんとも言えませんけど・・・」
「間に合わなかったらどうなるの?え?なんとか12時には飛んでもらわないと困るんだけど!」
「あの・・・そういうことを私に言われても・・・・」(笑)

まもなくお昼である・・・・
“先生”は“檻の中の熊”状態。
ウロウロ、ウロウロ・・・・で・・・空港職員に噛みついているが・・・・
空港職員もどうしようもない。
だって・・・飛行機がやって来ないんだもん!(笑)
出発時間が読めるわけがない。

まぁ、落ち着きましょうよ~
そろそろお昼ですし・・・・“腹が減っては戦は出来ぬ”ですから・・・・
サミエル君から渡されたサンドイッチでも食べましょう!
お昼用にサンドイッチをもらっていて助かった~(笑)

DSC02138_convert_20090414181314.jpg

旅行 | 17:00:45 | Comments(0)
ラバウル(9)
さて・・・今日がラバウル戦跡めぐりの最終日。
“先生”は9時にガイド付きで単独行動・・・
拙者はホテルに残り、徒歩でココポ海岸のトーチカ探し・・・・
・・・の予定だったが・・・・
あれ?
ガイドのサミエル君の姿が見えない・・・・
おかしい・・・・
ホテルの従業員に尋ねたら、彼は出勤していないという。
そんな・・・アホな・・・・
自宅に電話して呼び出すように頼み・・・待つこと約1時間・・・・
ようやく上司に連れられて、サミエル君がやってきた!
なんと・・・頭が痛かったので寝ていたという。(笑)
ん?本当かぁ~?出社拒否なんじゃないかぁ~?(笑)
どうみても顔色が悪そうには見えないが・・・
とは言っても、彼は真っ黒な顔をしているから顔色なんてわからないのだが・・・(笑)

予定より大幅に遅れて、先生一行は出発!
拙者はホテルのプライベートビーチから、海岸沿いを歩いて“探検”することにする。
とりあえず・・・・まずは北の方へ向ってみる。

DSC_0197_convert_20090403201742.jpg(目標は向こうの岬!)

砂浜を延々と歩く・・・・
途中で子供たちに遭ったので、カメラを向けたら・・・大騒ぎ!(笑)
よほどカメラが珍しいらしい・・・・

DSC_0200_convert_20090403202343.jpg

延々と歩くと・・・一面が芝生の海岸にたどり着く。
ん?
これは・・・・

DSC_0205_convert_20090403203121.jpg

ゴルフ場だ!
あれ???・・・・2番ホール!
いつの間に・・・・(笑)
さて・・・ここを歩いていいものやら・・・・
近くにいた人に尋ねたら、歩いてもいいと言うので・・・・お言葉に甘えて・・・・歩き続けることにする。
ホテルのビーチから見えた岬はゴルフ場になっていた。

DSC_0210_convert_20090403204303.jpg
(ゴルフ場脇の波打ち際に船の残骸のようなものが・・・)

で・・・更に北上する。
海岸といえども、ここでは誰かの所有地である。
誰が地主なのかわからぬので、会う人、会う人に、とりあえず浜辺への立ち入りの許可を求めての北上である。
土地所有者と思われる1軒の家の人に、立ち入りの許可を求めたところ快く了解してくれた。
で・・・そのままテクテクと歩いていたら、後ろから子供が一人付かず離れずの距離を保って付いてくる。
特に何か話しかけるでもない。
拙者が立ち止まれば、少年も立ち止まり・・・・
拙者が歩き出せば、少年も歩き出す・・・・
ん?
どうやら母親にでも頼まれたのだろう・・・監視役のようである。(笑)
昨日、洞窟で会ったジャクソン君もそうだったが・・・別に何を尋ねるでもなく、拙者の様子を監視・・・
こちらの人っていうのは、これが普通のようだ。

DSC_0219_convert_20090403235830.jpg(監視役?の少年)

ここまで30分間歩き続けたが、残念ながらトーチカは見つからなかった。
時刻は11時半・・・・
ここで引き返せば丁度お昼にホテルに戻れる。
ということで・・・ここでUターン!
ホテルに戻る。

途中・・・小さい子供が砂浜で遊んでいたので、母親の許可を得てカメラを向けたら・・・・

DSC_0221_convert_20090404001146.jpg
DSC_0222_convert_20090404001452.jpg

“お兄ちゃん”のほうはビックリして逃げ出した!
で・・・“弟”のほうは、何が起こったのかと・・・・キョトン!
母親は大笑い。
どこの国でも子供というのは可愛いものだ。(笑)

ホテルのレストランで昼食。
風の向きが悪いのか・・・「花吹山」の火山灰がこっちのほうに流れてきた。
白い粉が散々降り注ぐ。
レストランは屋根はあるが窓はない。
風に吹かれて火山灰がレストランの中にまで入って来て、テーブルの上は真白!
ということは・・・テーブルの上のサンドイッチの上にも火山灰が降りかかっているということか・・・
こりゃ大変である!
急いでサンドイッチを食べ、コーヒーを飲む。
まぁ~多少火山灰を食べたって死にはしないだろう・・・・(笑)

ちょっと休憩をして、今度は午前中とは反対の方角へ行ってみる。

DSC_0196_convert_20090404002544.jpg

歩き始めて30分後・・・・
見つけた!
日本軍のトーチカが民家の敷地内にあった!

DSC_0245_convert_20090404002950.jpg

サミエルめ・・・「トーチカなんかありません!」なんて言っていたが、ちゃんとあるじゃねぇか!(笑)
み~つけ!みつけ!これで一気に疲れが吹き飛ぶ!
住民に撮影の許可を得て撮影する。
こういう時は、首から一眼レフを下げていると話が早い。
どこから見ても・・・・カメラマンである!(笑)
で・・・ついでに他にもないか尋ねたら、この先にもあるという。
「ここからどのくらいのところにあるの?」
「ず~っと向こう!」
「歩いてどのくらい?20分?30分?」
「そのくらい・・・・」
よっしゃ!行くぞ!(笑)

更に30分歩き・・・その間に更に二つのトーチカを見つけた。
それぞれの土地の所有者に許可を得て撮影・・・・
もし米軍が上陸してくるなら、このココポ海岸が一番可能性がある。
当然、当時の日本軍もそう想定して水際陣地を構築したはずである。
その勘が当った!

1時間も歩くとさすがに疲れる。
帰ることを考えると・・・ここで戻った方がよさそうだ・・・
これ以上、無理をして疲れ果てて帰れなくなったら最悪だ。(笑)
おおよそ5kmくらいは歩いただろうから、往復で10kmになる。

ホテルに戻ったのは午後3時・・・・
“先生”たちが戻ってくるまでにはまだ時間があるので、プライベートビーチで読書!
1時間以上、浜辺の椅子に寝そべって心地よい風に吹かれながら読書をする。
う~ん・・・バカンス・・・である!(笑)
プライベートビーチにはガードマンが常駐している。
警備員付きの読書である・・・・なんと贅沢な・・・(笑)
彼とは顔見知り・・・・
「どこまで行った?」と聞かれたので・・・・
「午前中は、あっちに30分・・・午後からは、あっちに1時間歩いて戻ってきた」と答えたら・・・
「信じられねぇ~」と呆れられた。
ん?そんなに不思議なことか????
30分や1時間ぐらい歩くだろう?普通・・・・(笑)

5時を過ぎても“先生”たちは帰って来ない。
あら、あら・・・・サミエル君の勤務時間は5時までなのに・・・・
散々“先生”に振り回されているのだろう。(笑)
6時頃、ようやく戻ってきた・・・・可哀そうに・・・サミエル君・・・・(笑)
お昼は3日連続でラバウルホテルで食べたらしいが・・・・
今日は3人、しかも昨日と同じメニューを頼んだのに、昨日より高かったという。
どうやら、ボッタクられたらしい。(笑)

さて、明日は帰国する日である。
サミエル君と明日の打ち合わせを簡単に済ませる。
「明日は間違いなく来るんだろうな?」と拙者。
「家が遠いので、午前3時にはホテルに来ています」
「で・・・我々の出発は?」
「午前4時・・・」
「絶対忘れるなよ~」(笑)

DSC02136_convert_20090404012220.jpg(今日の夕食は酢豚!・・・と、酢豚みたいな海老!)

旅行 | 20:03:36 | Comments(0)
ラバウル(8)
ラバウルの町に入る途中にある、2日目に訪れた地震観測所がある山の麓の横穴群を探検する。
この間、ここを通った時に気になっていたので・・・・確認である。
地震観測所の山は後ろに聳える「姉山」の尾根づたい・・・・・
この「姉山」には「金剛洞」と呼ばれた南東方面艦隊司令部の一大地下壕があった。
約1千名がここにいたというのだから、かなり大きなもののはずである。
この横穴は、その一部かも・・・・と思い内部に入ってみる。

DSC_0143_convert_20090402000349.jpg
DSC_0146_convert_20090402000717.jpg

トンネルの内部はそれほど広くない。
違うな・・・司令部の壕にしては小規模である。
単なる退避壕か?

“先生”は、なぜか、ここを熱心に撮影・・・・
拙者は外でタバコを吸いながら暇つぶし・・・・
大したことがない横穴なので撮影はすぐに終わってしまったのだ。
すると・・・・山から下りてきた一人の少年がずっと洞窟の前に立ったまま動かない。
変な奴だな・・・何だろう?
声をかけてみたら理由がわかった。
彼はジャクソン君(17歳)・・・・この山の持主だという。(笑)
「いやぁ~そうだったの?洞窟の写真を撮っているんだけど・・・撮っていいよね?」と言ったら、うなずいてくれた。
彼から見たら我々の方が「変な奴」だったわけである。
「勝手に人の土地に入って何をしているんだ?」と我々に尋ねることもなく・・・・
ただただじっと見ていたのである。
で・・・・折角だから・・・ポーズをとれよ・・・写真を撮ってやるから・・・・と言ってパチリ!(笑)

DSC02128_convert_20090402002806.jpg(洞窟前にジッとたたずむジャクソン君)

DSC_0155_convert_20090402001813.jpg

デジカメを見せてやったり、片言英語でおしゃべりしたりしたせいだろうか・・・・
彼が自分のカバンの中から椰子の実を差し出した。
ん?
彼が水筒代わりに持ち歩いていた椰子の実らしい。
のどが乾いたら、この汁を飲むつもりだったのだろう。
いやぁ~悪いね~いいの?これ・・・もらっちゃって?
椰子の実の上の部分を持っていた刀で切り落としてくれた。
いやぁ~おいしい!
お礼にあげるものがなく申し訳なかったが・・・・
何かしらお礼にあげる物を常時カバンの中に用意しておくべきだと反省する。

この山の更に下・・・・幹線道路わきにも横穴があるので、そこへも行ってみる。

DSC_0190_convert_20090402003912.jpg

内部に入ってみたら・・・・これがすごい!
かなり広くなっていて、しかも奥までずっと続いている。
坑道は縦横に何本も走り・・・・いやぁ~こりゃすごい!
またまたペンライト1本を頼りに奥まで行ってみる。
途中には落盤している場所もあったが・・・・なんのその・・・・
(本当は危険だと思うのだが・・・誘惑には勝てない・・・)
途中で気がついて歩数を数えてみたら、横に走る坑道はゆうに30mを超えている。
縦に走る坑道はそれ以上の長さがあるから100mくらいあっただろうか・・・
落盤で奥まで進めなかったので、本来はもっと奥まで続いているかもしれない。
大地下要塞である!
残念ながら日本軍がいたという証拠になるようなものは何もなかった。
壁面にも日本語で書かれたようなものは見当たらなかった。
サミエル君の話では、これはドイツ軍が造った地下要塞だという。
ドイツ軍が造ったの?
と言う事は・・・・第1次世界大戦の時っていうこと?

DSC_0164_convert_20090402005128.jpg
(この先の落盤しているところを乗り越えて・・・)
DSC_0172_convert_20090402005512.jpg

ふと気がつくと・・・後ろには誰もいない!
ゲゲッ!
中に入ったのは拙者だけか?
マズイ・・・帰らねば!
またもや方向音痴・・・・・
しかし、落盤跡や坑道の広さに特徴があったりしたので、今度は迷わず戻れた。
しかし・・・本当はこういうのは危険なんだよなぁ~
後になってから気がつくんだから間抜けである。
奥のほうまで行ったのはいいが・・・・もし空気が無かったら・・・・酸欠で倒れたかもしれないのである。
いやぁ~危ないことをしてしまった~
で・・・外に出たら・・・・
みんなは車の中に乗って待っていた・・・・唖然・・・・
万が一、拙者に何かがあっても助ける気はなかったということね・・・・

時刻は4時半を過ぎた・・・・
ここで今日の戦跡訪問は終了、ココポのホテルに向かう。
5時20分・・・ホテルに到着。
ところが・・・ホテルの前で何かやっている。
何だろう?
サミエル君に尋ねたら・・・・要領を得ないのだが・・・
どうやら新しく知事に就任した人の祝賀セレモニーか何かをしているらしい。
なるほど・・・・
それで突貫工事でエントランスのところを整備し、建物にはペンキを塗っていたんだ。

DSC_0193_convert_20090402010822.jpg

さて・・・明日の件ですが・・・
“先生”だけ追加料金を払ってツアーに出かけてもらうことにする。
ドライバーとサミエル君に案内してくれるよう頼み、拙者は一人でココポの海岸を散策することにする。
これで先生も満足だろう。
サミエル君にココポの海岸に日本軍のトーチカが残っているはずなので尋ねたら・・・・
「知りません。トーチカなんかはないですよ。見たことないです」と言う。
う~ん・・・君の「ないですよ~」は信用できないからなぁ~(笑)
ここは自分の勘に頼って探してみたい。

今回の旅で残念だったのが、「花吹山」麓にあるはずの「戦犯処刑地跡」に行けなかったこと。
正確な場所はわからないが・・・
戦後、ここで戦犯の処刑がオーストラリア軍の手で執行された。
その戦犯として処刑された中に馬場正郎閣下がいる。
馬場さんは騎兵出身。
昭和16年、開戦直前に京都で第53師団が編成されたが、その初代師団長が馬場さん。
で・・・その時に副官だったのが拙者の祖父。
馬場さんは祖父の上官だった方である。
馬場さんは終戦時には東京にいたが、部下たちがラバウルの戦犯収容所にいると聞いて、無実の部下を助けようと思ったのか、自ら進んでラバウルへ向ったのである。
が・・・飛んで火にいる夏の虫・・・とは、このことである。
馬場さんは陸軍中将・・・
将軍が自らやってきたのだから、これを殺さない手はない。
戦争犯罪は犯していないにもかかわらず・・・・絞首刑に処せられてしまったのである。
畜生!・・・・である!
だから拙者はオーストラリア人は嫌いなのである!(笑)
馬場さんが処刑された跡地へ行って慰霊をしたかったが・・・・
残念ながら火山が噴火していては近づけない。
なんとも残念であった・・・・
馬場さんが祖父に宛てて書いた手紙を読ませていただいたことがある。
やさしくて綺麗な字を書く方だった。
当然お会いしたことはないが、その人柄が偲ばれる手紙だった・・・・
馬場閣下!
申し訳ございません!
副官の孫です!
すぐ近くまでは来たのですが・・・・お線香をあげに行けません!申し訳ございません!
心の中で叫ぶしかない・・・ツライ・・・
思わず涙が出てくる・・・・

さて、夕食だが・・・
新しく決まった知事さん(?)の祝賀パーティーでレストランは貸し切り状態・・・・
あれ・・・我々の夕食はどうなるの?
とりあえずレストランに顔を出したら・・・顔見知りのウェイトレスに、パーティーに参加して食事をしてくれと言われた!(笑)
はぁ?

DSC02132_convert_20090402013832.jpg(パーティー!)
DSC02135_convert_20090402014035.jpg
(民族衣装を着た(?)人たちが歌や音楽で会場を盛り上げていた)

で・・・・我々の食事・・・・
ウェイトレスがテーブルに食事を運んできてくれたが・・・
大盛りのサンドイッチとエビの天ぷらと・・・・何だかわからない葉っぱの炒め物・・・・
ん?これだけ?(笑)
ホテルの社長さんもやってきて「ドンドン食べて下さい。たくさん用意してますから・・・」と声をかけてくれた。
が・・・たくさんって言っても・・・・3種類だけ?(笑)
飲み物は無料で何でも飲んでいいという。
おお~そりゃうれしいが・・・・
今晩の夕食はサンドイッチとは・・・・・(笑)
こうなったら「ヤケ食い」である。
一皿全部食べてやった!(笑)

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旅行 | 23:54:54 | Comments(0)
ラバウル(7)
さて・・・今日のお昼は・・・・
昨日と同じ、ラバウル旧市街の中の「ラバウルホテル」のレストラン。
中華である。
なぜか、我がホテルのレストランもそうなのだが、中華のメニューが多いのである。
華僑が経営しているのだろうか?
ラバウルには日本軍が進駐してきた昭和17年以前から華僑が住んでいて中国人街があった。
その子孫でも経営してるんじゃないか?(笑)

で・・・今回の食事には、ガイドのサミエル君とドライバーも一緒に誘うことにした。
お金は俺達が出してやるから・・・・ということで、同席させる。
で・・・何を頼もうか・・・・
「サミエル!お前が好きなものを選べよ」
「この店で食べるのは初めてなので・・・・わかりません」
「なんだそれ?ダメだぞ、ガイドがこの店の料理がうまいかマズイかわからんようでは・・・これも今後のため・・・・お前が頼め」
ところで・・・昨日も料金の事でもめたが・・・今回はどうだろう?
サミエル君に尋ねたら・・・・
「食事代は一人45キナまでなら大丈夫ですから・・・2人で90キナまでならOK・・・旅行代金の中に含まれます。それを超えたら払ってください」と言う。
なんということか!やっぱり・・・食費の想定が決まっていたじゃないか!
一人45キナまで?
それならそうと最初に言えよ!(笑)
今まで45キナ(約1800円)以内で食事をしちまっていたぞ。
あ~損をした~
そうと知っていたら、毎回ビクビクして注文することもなかったのに・・・・
で・・・我々の食事代90キナ以内で料理を注文して4人で食べる。(笑)

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食後、すぐに動くかなと思ったらそうではない。
午後1時半までは休憩時間だという。
なんと・・・几帳面な・・・(笑)
仕方がないのでホテルの敷地内を一人でブラブラ・・・
レストランの裏手に軍艦旗が描かれたコンクリートを発見!・・・・なんだろう?

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近くにいた“じいさん”が、中を案内してくれるという。
入ってみたら・・・・コンクリートでしっかりと造られた防空壕のようだ。
壁面には何やら絵が描かれている。

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このホテルが建っている辺りは、戦時中は日本軍の各種部隊の司令部などの建物が建っていた場所である。
その時の防空壕なのだろう。
昨日来た時はまっすぐ帰ってしまったので気がつかなかったが、こうやってブラブラ散策するのも無駄じゃない。
早速、“先生”にもこのことを教える。
で・・・先生が中に入って撮影中、拙者はホテルの敷地から出て、周囲の撮影をすることにした。

DSC_0012_convert_20090401192409.jpg(ラバウルホテル前の道・左がホテル)

火山灰で埋もれた昔の町の上に道路を造り・・・・ホテルが建っている。
この道の両側に戦時中は日本軍の多くの建物が建っていたはずであるが・・・・
今ではゴーストタウンのような感じになっている。

で・・・ホテルに戻ったら先生が「あの防空壕でいくら取られた?」と言う。
先生はあの案内してくれた“じいさん”からお金を取られたらしい。
「はぁ?僕は・・・タバコを1本あげただけでお金は取られませんでしたけど・・・」
先生・・・大いに悔しがる。(笑)

休憩時間も終わり・・・・「小牧丸桟橋」へ向う。
それはホテルのすぐ近くの港にある。
この桟橋・・・日本の高速輸送船である「小牧丸」の残骸を桟橋として使っているのである。
この「小牧丸」は昭和17年に空襲を受け爆発・着底した。
大したことのないようなものであるが・・・・(笑)・・・ラバウルでは著名な戦跡である。

DSC_0032_convert_20090401193926.jpg(桟橋となった小牧丸の残骸)

“先生”は、ここの撮影にかなり時間をかけているので・・・・
その間に、拙者は一人で隣の港湾施設まで歩いて行く。
この港湾施設からなら「小牧丸桟橋」の全体像が撮影できるのではないか・・・と思ったからである。
職員に敷地内に入る許可を求めたら・・・これが意外や意外・・・ガードが厳しい。(笑)
敷地内の立ち入り目的を話して、身分証明としてパスポートを見せて・・・・
(目的遂行のためなら俄然英語が喋れるようになるから不思議だ・・・笑)
ようやく許可を得て敷地内に入り職員監視の下で撮影をする。

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(三角形の尖っているのが「小牧丸」の舳先である)

このアングルで撮影する人は、まずいないだろう。
なにせ・・・港湾施設へ立ち入らなければ撮影できないんだから・・・・
苦労した甲斐があった!
満足!満足!

次に「サブマリンベースへ行きます」とサミエル君。
で・・・車はラバウルの町を離れ、山を越えて向こう側へ向っている。
ん?どこへ行くの?
日本海軍の潜水艦隊司令部は「小牧丸桟橋」のすぐ隣だと思うのだが・・・
何度確認しても「サブマリンベース」へ行きますと言う。
拙者にはどこへ行くのか・・・わからねぇ~
で・・・お決まりの・・・(笑)・・・先生の一言・・・・
「そこには何があるの?」
「知りません!」(笑)
困ったことに、サミエル君も知らないらしい・・・・(笑)
で・・・またまた先生がグズグズ言いだした。
「行かなくてもいいんじゃないの?」

ラバウルを出て約30分ほど走り、島の反対側の岬に到着する。
「ここがサブマリンベースです!」とサミエル君。
ん?潜水艦基地????
あ~わかった!
正確にはここは「潜水艦基地」ではない。
この岬の沖合に日本軍の潜水艦が来て、この岬に補給物資を陸揚げしたのである。
戦局が不利になり輸送船での補給が出来なくなった日本軍は潜水艦で細々と補給をしたのである。
だから・・・正確には「補給物資揚陸地点」とでも言おうか・・・・
現地の呼称では「タブイポイント」
海岸に向けてなだらかな傾斜のついた切り通しのスロープがある。
多分、潜水艦から物資を乗せ換えるために使用される「大発」用のスロープであろう。
丘の上には96式25ミリ連装機銃があった。

DSC02124_convert_20090401205839.jpg(96式25ミリ連装機銃)

ここナオンという村の住民達の案内で周辺を見て回る。

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波打ち際の岩壁に桟橋の基礎と思われる錆びた鉄くずと洞窟があった。
またもや冒険!(笑)
一人・・・・洞窟に入ってみる。
洞窟は人工的に削られて造られたもので、陸揚げした物資を一時保管したのか、それとも陸揚げ用のボートでも隠したのか・・・・かなり奥深くまで真四角に掘られていた。

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続いて、岬の丘の上に登る。
これが急な坂で結構キツかったが・・・・登ってみたら・・・・
なんと!そこには砲台が!
いやぁ~こりゃすごい!
コンクリート製の掩体は後ろ半分しか残っていないが・・・・
その後ろには観測所らしきコンクリートの建物も残っていた。

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更にその上の小高い丘に登ったら・・・・
監視哨に使用していたと思われる横穴が・・・・
入ってみると、かなりしっかりとしたトンネルである。
で・・・海に面して穴が開けられている。
多分、ここから水平線を監視していたのではなかろうか?

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(海に向かって開けられた穴から水平線を望む)

この丘の約4m四方しかない頂上にも立ってみる。
と・・・草むらの中に探照灯らしき機器の一部が放置されていた。
もしかしたら・・・・ここから沖に浮上した潜水艦に向かって光で合図を送っていたのかも・・・・

この丘を下りて行く途中、案内してくれた少年が横穴を教えてくれたので・・・・
またまた、この横穴の中に潜り込んでみる。
もう、こうなったら歯止めが利かぬ。
“先生”を放り出して勝手に単独行動である。(笑)

DSC_0126_convert_20090401232532.jpg(横穴の入口)
DSC_0131_convert_20090401232824.jpg(横穴の内部)

時刻は3時過ぎ・・・・さて・・・そろそろ帰ろうか・・・となったところ・・・
この周辺を案内してくれた“じいさん”がお金を要求してきた。
地主が丘の上と下とでは別々なので、それぞれ10キナ(約400円)、しかも写真を撮ったのだから1人5キナで、2人で10キナ・・・合計30キナ(約1200円)を払ってくれと言う。
写真の撮影代まで請求されるとは驚いたが・・・・まぁいいでしょ!
ということで、このしたたかな“じいさん”に30キナを支払う。
ラバウルに来て、面と向かってお金を請求されたのは初めてである。
パプアニューギニア人は必ずしも「お人好し」ばかりではないということだ。(笑)
何らかの現金収入も必要なんだろうから・・・これはこれで仕方がないだろう。

DSC_0138_convert_20090401233727.jpg(したたかな・・・じい様・・・・笑)

次は・・・・また、山を越えてラバウルを目指す。

旅行 | 18:58:12 | Comments(0)
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