■プロフィール

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
停電!
昼間、いきなりバチッ!と電気が切れた!
停電である。
珍しいこともあるものだ・・・・
1~2秒後、外でパ~ン!という破裂音のような大きな音がした。
ん?
近くの工場で何かあったのか?
今日は日曜日だから操業はしていないはずなのだが・・・
一応、窓から外を見てみるが、煙が上がっている様子はない。
とにかく原因不明の“破裂音”だが・・・・
この音の後、停電になったというなら問題だろうが、停電後の音であるから問題はなかろうと判断する。

で・・・・しばらく停電が続き、10分ぐらい後に通電した。
が・・・・ここからが大変!(笑)
パソコンを使用中だったが、こちらは“強制終了”されてしまったけど、まぁ構わない。
問題は、先日買ったガスファンヒーター
通電したところ、ピーピーピーと警告音が鳴りっぱなし。
あらら・・・こりゃ、どうしたらいいんだ?
急いで説明書を取り出して読み対処する。

次いで、家中を点検!
ガス給湯器をリセットしたり・・・・(笑)

ちょっとした停電でもその後が大変だ~
現代社会は便利なようで不便である。(笑)



今日は「そばの日」なのだそうだ。
しかも・・・・毎月月末が「そばの日」だという。
なんと欲張りな・・・・(笑)
昔、江戸の商人が毎月月末に縁起物として蕎麦を食べていたから・・・なのだそうだが・・・・
江戸の商人が・・・・でしょ?
じゃ、大坂の商人はどうだったわけ?



スポンサーサイト
日記 | 20:12:56 | Comments(0)
あゝ祖国よ恋人よ
あゝ祖国よ恋人よ―きけわだつみのこえ 上原良司あゝ祖国よ恋人よ―きけわだつみのこえ 上原良司
(2005/05)
上原 良司

商品詳細を見る


本書は、昭和20年5月、陸軍特別攻撃隊・第56振武隊隊員として沖縄に特攻した、22歳の上原良司が書き残した日記やメモ、手記などを中心として書かれた本である。
この手の手記は結構あるが、この手記の特異な点は、かなり“自由主義的”匂いがする点である。
日記類は、当然、他人に読まれることがあり得ることを想定して書かれるものだと私は思う。
それに加えて時代が時代・・・・なのである。
“検閲”があることを意識しないわけにはいくまい。
にもかかわらず、かなり自由に書いているところが興味深い。

日記は、軍隊に入る前の学生時代から書かれている。
当時の学生生活がわかる。
我々の学生時代とたいして違いはないではないか?
しかし、これが一つの問題でもある。
当時は大学生には「徴兵猶予」があって軍隊に取られなくても良かったのであるが・・・・
農家の子供ばかりが兵隊に取られて戦っているというのに、金持ちの息子は大学で遊んでばかりいるのはけしからんという声が主に農家から上がる。
その後、この批判の声に応えるように「徴兵猶予」は撤廃され、「学徒出陣」が行われるのである。
その学徒出陣も2段階に分けて実施されている。
つまり、最初は文系の大学生のみが出陣したのである。
今後のためを考えて少しでも理数系の学生は温存しようとしたのである。
このあたりが日本の良識か優しさから来る“不徹底”さである。
日本は軍国主義に毒されて大学生まで戦場に駆り立てた・・・という非難の声があるが、果たしてその声は正しいだろうか?
米国は開戦と同時に大学生を大量に軍隊に投入している。
4年後の昭和20年には彼らが最前線で指揮官として活躍するわけであるから・・・・
それから考えると、どちらが軍国主義的なのか・・・・ということになるのではないか?

上原も学徒動員で慶応大学経済学部から陸軍に入隊する。
昭和18年のことである。
その後、陸軍の飛行学校に入り操縦訓練を受ける。
この頃の日記は、当時の時代を反映するような言葉も並ぶが、それでもやっぱり“自由主義的”発言も見受けられる。
検閲を受けるというのに・・・である。
検閲官からは、日記に「大学生気分が抜けていない」等の手厳しい指摘がなされている。
『修養反省録』では、いかに自分を高めるかということへの苦労がしのばれる。
反省、反省・・・の連続である。
当時の戦局を考えると、早く一人前にならねば・・・・という焦りがあるのだろう。
これらの“修養”に関する反省は現在の我々も同じではないか?
「もっと、しっかりせねばならん!」というのは、何も軍国主義に毒されているからではなかろう?

彼が愛した女性についても書かれているが・・・・
彼は、自分がいずれ戦死するだろうことを思って、彼女には自分の気持ちは伝えない。
プラトニック・・・・である。
当然だろうなぁ~
私も、その立場だったら結婚はしない。
自分が戦死して残された妻の事を思えば・・・・結婚なんてできるわけがない。
そういう考えは大いに同感できる。
しかし、さすがに彼女が、ある軍人と結婚した時のショックは大きかった。
更に、ショックだったのは、結婚してまもなく彼女は病死したのである。
この時、彼は大いに後悔し苦しんでいる。
こんなことになるなら自分の気持ちを伝えておくべきだった・・・
こんなことになるなら自分が結婚するべきだった・・・・と・・・・
この夫は、妻を失って日も経たないうちに新たに別の女性と再婚している。
「彼女は愛されてはいなかった!」と怒り心頭である。
当然だよなぁ~

この事が彼が特攻隊員になることに影響を与えていないとは言えまい。
死ねば彼女に会える・・・・
この世で結ばれなかったがあの世で会えば・・・・と思うのも当然だろう。

彼は出撃の前夜に「所感」を書き残している。
「一器械である吾人は何も云う権利もありませんが、ただ、願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を、国民の方々にお願いするのみです」と書いている。
この言葉に衝撃を受けて、編者が本書を世に出すきっかけになったらしい。

鹿児島県知覧の特攻平和会館には観光バスで多くの観光客がやってくる。
で・・・涙を流しながら遺品を見ている。
「かわいそうに」「二度と戦争をしてはいけない」等の言葉を吐く・・・・
しかし、私はそういう人たちを冷ややかに見てしまうのだ。
若くして死んでいった特攻隊員はかわいそうだ・・・だけですか?
彼らが自らの命と引き換えに何を残し何を守ろうとしたのか・・・・
そのことは考えないのでしょうか?
今の自分を見てみなさい!
彼ら特攻隊員に対し顔向けできる生き方をしてますか!
私は、彼らに同情すべきではないと思う。
それより、後世の我々は、彼らに顔向けできる生き方をせねばならんと思う。
そのためにも自己修練、自己批判、反省はすべきである。
ただ「かわいそうだ」という同情は彼らに対して失礼である。
彼が残した国民へのお願い・・・・
我々はしっかりと受け止めねば彼は浮かばれまい?



今年の読書:7冊目



読書 | 11:32:31 | Comments(0)
ミステリー
今日もホテルをチェックアウトした後、防衛研究所に向かう。
前回調べつくせなかったラバウルの資料と、我が戦友会会員の“ミヤザワさん”に関する資料を探す。
ラバウル関係は順調にいったが・・・・
問題は・・・・“ミヤザワさん”の方である。

現在93歳の“ミヤザワさん”は少尉候補者第25期か26期の方。
昭和20年、フィリピンにいたときに少尉に任官したのだが、この時に同期生の“イシカワさん”が先に少尉に任官し、“ミヤザワさん”はかなり後になって少尉に任官した。
同期生なのになぜ任官の時期が違うのか・・・・
先に少尉に任官したため、“イシカワさん”はレイテ島へ派遣されることになり、そこで部隊は玉砕。
生きて帰ってくることはなかった。
あの時に、なぜ自分は任官が遅れたのか、この差が二人の運命を分けたのであるから、93歳になっても本人は気にしている。
「あいつが先に任官したばっかりに・・・」と涙ぐんで拙者に話してくれた。
その事が気になり、何か理由があったのかと今回調べることにしたのである。

陸軍省では毎年9月1日付けで陸軍士官学校出身の全将校の名簿を作成している。
これから調べることにしたが・・・・・
昭和19年9月1日作成の名簿には少尉候補者は第24期までしか載っていない。
次の年は昭和20年9月1日ということになるから、名簿が作成されるわけはない。
8月15日に終戦を迎えているからである。
出だしから暗礁に乗り上げてしまった。

防衛研究所の職員に尋ねたところ、少尉候補者制度については詳しいことはわからないが、どうも任官は「現地任官」だったらしいと教えてくれた。
「現地任官」は、本来陸軍省が出す任官通知を現地の指揮官が直接出したという意味である。
昭和20年のフィリピンでは、内地との連絡も支障をきたしていただろうから、現地の指揮官の裁量で行われたとしてもおかしくはない。
当時、二人が所属していた戦車第6連隊では、1個中隊をルソン島からレイテ島へ派遣することになっていた。
その際、下級指揮官である小隊長になる人材が不足していた。
どうしても少尉クラスの指揮官が部下を率いて行かねばならない。
そこで、見習士官だった“イシカワさん”を急いで少尉に任官させて連れて行ったのだろう。
これは、現地の上官が「一緒に連れて行きたい」という思いからなのか、本人のたっての要望からなのかはわからないが、派遣部隊を大急ぎで編成するために行われたものと思われる。
で・・・ルソン島に残る“ミヤザワさん”の方は、そこまでの急は要さないので、後になってから少尉に任官したというわけではないだろうか?
これで、任官時期の違いの説明はできる。
“ミヤザワさん”は自分の任官が遅れたことで生き残ったと自分を責める必要はないのである。

拙者が見つけられた資料はこれだけで、肝心の名簿自体は見つけられなかったのだが・・・・
閉館ギリギリになって、職員の方が別の資料を持ってきてくれた。
それは戦後の昭和27年か28年に作成された名簿である。
ここに少尉候補者第25期、26期の人たちが載っていた。
戦後に調査してまとめられた将校名簿・・・・
通常毎年発行される名簿のほうは、戦死した場合、名簿から削除され、次の年の名簿には名前が載らない。
発行時点で生存している者しか載っていないのであるが・・・・
しかし、この名簿は終戦後に作成されたので、昭和19年9月1日以降将校に任官した者の名前が載っており、「戦死」と「復員」のどちらかの記載がされている。
で・・・・“ミヤザワさん”の名前を探してみたのだが・・・・
ない!
何度見直しても・・・・ない!
終戦時の所属部隊名で探しても少尉候補者第25期、26期で戦車第6連隊にいたことになっている人はいないのである。
おかしい・・・
大体、25期なのか、26期なのかも明確ではないのは、「現地任官」のため混乱していたせいだと思う。
当然、資料も25期と書かれていても手書きで26期に修正されているものもある。
しかし・・・間違いなく昭和20年に任官していて、復員しているんだから、名簿に名前があっていいはずなのに・・・・ない!
これはミステリーである。(笑)

閉館5分前・・・・これ以上の調査を断念する。

帰りの電車の中でさんざん考える・・・・
一体どういうことなのか・・・・
いくつかの推測が出来る。
一つは、資料自体が不完全というもの。
名簿から偶然名前が抜けているという可能性は否定できない。
これを検証するためには、他に同様の資料があるかどうか探して比較するしかない。
もう一つは、当時の名前は“ミヤザワ”ではないというもの。
戦後、お婿さんに入って姓が変わっている人は意外と多いのである。
だから“ミヤザワ”で探しても見つからなかったのか・・・・
もう一度精査してみないといけないだろう。
で・・・・可能性は非常に低いのだが、あり得ないこともない話・・・・つまり偽名または改名である。
なにせ、2・26事件に関わった人である。
事件後名前を変えてしまった可能性もある。
本人は耳が遠くて全く会話にならないので、電話でお尋ねするわけにもいかない。
軍隊用語でいう「処置なし」である。
あまりズケズケと個人のプライバシーに踏み込むのはどうかという気持ちもある。
公開されている資料からのみ調査すべきだろう。
これを知るには2・26事件に関わった近衛騎兵第3連隊の全員の名簿をチェックするしかないかな?

それにしても、どうしてスッキリと名簿に載っていなかったのだろうか?
不思議だ・・・
いずれにせよ、“ミヤザワさん”は自分を責める必要はない。
同期生が先に任官したため戦死したのは、上官の判断によるものであり、本人には何の関係もない。
時間ができたら手紙でも書いてお知らせしようかな。
少しは気が楽になってもらえたら・・・・と思う。
それにしても、93歳になるまでずっと戦死した戦友の事が頭から離れないというのだから戦争とは残酷なものである。

今回もクタクタになって帰途につく。
資料漁りというのは本当に神経が疲れる。
意外な発見をしてアドレナリンが放出され興奮もするが・・・・(笑)
その代わり、終わるとガクンと一気にくるのである。(笑)

日記 | 09:10:09 | Comments(1)
第22回総合危機管理講座
今回のテーマは『危機管理の要諦~私の体験から~』
講師は遠山敦子氏・・・・
この方は、文部省出身、駐トルコ大使を務め、小泉内閣では文部科学大臣を務めている。

しかし・・・・
こう言っては失礼だとはおもうが・・・残念ながら今回の講義は全く参考にならなかった。
例えば・・・・
学校をめぐる緊急時と危機管理・・・・
文部省の中学校課長時代の経験談・・・・
それは、それでいいのだが・・・・
校内暴力への対処や「池田小学校事件」の話やら・・・・いろいろ・・・・
それはそれで経験談だから構わないのであるが・・・・
問題は、これらの事象の教訓!
「迅速な対応」「できることは直ちに実施」云々・・・・・
さすがは元官僚である。
まことに漠然としたお話である。(笑)
迅速な対応って・・・・当たり前のことじゃない?
それが教訓か?
それより、危機管理はどうなの?
関連法令の整備は?緊急時に対応する組織は?責任部署および責任者は?
「迅速な対応」は誰がやるの?
危機の予知方法は?
現実に起こった場合の具体的対応策は?
その後の再発防止策は?
おや、おや・・・・何も語られない。
とにかく「あの時は大変だったんですよ~」という話。(笑)
この辺の具体的かつ参考になる話があれば、帰ってから市のPTA連合会副会長である“ウメちゃん”に土産話が出来たのだが・・・・
期待がはずれた・・・・(笑)

同様に原子力関係の事故、国産ロケットの打ち上げ失敗事故・・・・
ここでの教訓は・・・・・
「失敗原因の徹底的究明」なのだそうだ・・・・・
あらら・・・・当たり前の話なんだけど・・・・民間企業では・・・・(笑)

で・・・トルコでの体験談。
いかにトルコという国がすばらしい国かという、元駐在大使の体験談に終始・・・・
危機管理の話はどこへやら・・・・(笑)

こんな調子で延々と講義が進む。
まったくもって危機管理とはかけ離れたピントはずれの話としか思えない。
申し訳ないが・・・早く講義が終わることを願いながら閉会を待つ。
今回はまれに見る“はずれクジ”だった。
まぁ・・・こういうこともある・・・・仕方がない・・・・(笑)

こう変わる学校 こう変わる大学こう変わる学校 こう変わる大学
(2004/03)
遠山 敦子

商品詳細を見る

トルコ 世紀のはざまでトルコ 世紀のはざまで
(2001/10)
遠山 敦子

商品詳細を見る



日記 | 15:59:33 | Comments(0)
海軍士官略帽が届く
先日、予科練の戦友会から今度の硫黄島の慰霊祭について連絡があり、男子は白地に黒線2本の“海軍士官略帽”を持参のことと指示された。
ん?
海軍士官略帽?
拙者がそんなものを持っているわけがない。
白地ということは・・・・夏用の第二種か・・・・
黒線1本は下士官、黒線2本は士官である。
親父は海軍航空隊の下士官だったので黒線1本。
海軍を出ていない息子の拙者は黒線2本の海軍士官・・・・
う~ん・・・・親父より偉くなっちゃった!(笑)

DSC01806_convert_20090205153020.jpg

早速、事務局へ略帽を注文したのだが、あっという間に届いた!(笑)
さすがは予科練・・・・やることが早い。
とてもじゃないが、怠け者の拙者には真似ができぬ。(笑)
感謝、感謝である。

で・・・・この略帽・・・・
フリーサイズかと思ったら、そうではないらしい。
「Mサイズ」と書いてあったところを見ると、どうやらこの他に何種類かあるのだろう。
Sサイズとか・・・Lサイズとか・・・・
しかし、帽子のサイズがあることを知らず、ただ注文しただけなのに、なぜ「Mサイズ」だと思ってこれを送って来たのだろうか?
「Mサイズ」が平均的な大きさだからだろうか?
で・・・早速被ってみたら・・・・ありゃ!キツイ・・・・(笑)
ギリギリようやく何とか被れるという大きさである。
ということは・・・・拙者の頭は“平均”より大きいデカ頭ということか・・・ショックである。(笑)
返品して「Lサイズ」と交換してもらってもいいが・・・面倒くさい。(笑)
どうせ、目印程度に被るだけだろうから、チョコンと頭に乗っかっていればいいんだろ?(笑)

ところで・・・
現代人は滅多に帽子をかぶらない。
だから自分の頭のサイズなんて知らなくて当然だ。
靴のサイズ、ズボンのウエストのサイズ、洋服のサイズは知っていても頭のサイズは知らない。
知らないことを再確認出来ただけでもいい勉強になった。
が・・・ところで、頭のサイズはどこへ行けば測ってくれるのだろうか?(笑)

さて、この略帽着用は団体行動をとるときの目印なのだろうが・・・・
問題がある。
現地での米海軍大将主催のレセプションに参加する予定でいたので、ネクタイにスーツ姿で行こうかと思っていたのだ。
が・・・この略帽を着用となると・・・・スーツに合うか?(笑)
上から下まで海軍士官の格好ならまだしも・・・・
こりゃ困ったぞ~
まさかレセプションに出るのにGパンにポロシャツというわけにもいくまい。
う~ん・・・また一つ悩みが増えてしまった。(笑)



明治7年の今日は・・・・
明治天皇が初めて靖国神社に行幸された日である。
昔は、天皇陛下は靖国神社に参拝したのである。
今は・・・そういうことはしない・・・・
天皇陛下の名の下に命を落とした方々はどう思っているだろうか・・・・浮かばれまい。

また、今日は『国旗制定記念日』なのだそうだ。
にもかかわらず・・・祝日じゃない。
祝日じゃないから国旗を我が家の門の所には揚げられない。
おかしな話だ。
『国旗制定記念日』なのに、町中で国旗を見ることができないわけである。(笑)



日記 | 12:32:09 | Comments(0)
眠くて仕方がない
毎日のことなのだが・・・・
夕食後1時間もすると恐ろしいほどの睡魔に襲われる。(笑)
テレビを見ていても・・・いつの間にか目をつぶってしまっているのだから、テレビを見ている意味がない。(笑)
いっそのこと、このまま寝てしまえばいいのだろうが・・・
夜7時半に就寝というのも・・・・ねぇ~
なんだかもったいない。(笑)
で・・・必死になって睡魔と闘い・・・・頑張って起きているわけで・・・・
なんと意味のない無駄なことに頑張っているのだろうか。(笑)
それにしても・・・なんで毎日同じ時間にこんなに眠くなるんだろう?
不思議である。



今日、1月26日は・・・・・文化財防火デー
で・・・・
昭和19年の今日は・・・・東京と名古屋で初めての建物疎開が行われた日。
建物疎開は、B-29の空襲から町を守る「防火」のための策の一つだが・・・
だからといって、今日が「文化財防火デー」になったわけではないよね?(笑)



日記 | 22:16:33 | Comments(0)
防空駆逐艦「秋月」爆沈す
防空駆逐艦「秋月」爆沈す―海軍予備士官の太平洋戦争 (光人社NF文庫)防空駆逐艦「秋月」爆沈す―海軍予備士官の太平洋戦争 (光人社NF文庫)
(2001/05)
山本 平弥

商品詳細を見る


「秋月」とは、日本海軍の駆逐艦。
それも最新鋭の“防空”を任務とする駆逐艦である。
「秋月」型駆逐艦の1番艦が「秋月」で、同型艦には「月」の字が付く艦名がつけられている。
この駆逐艦は“防空”というくらいなので、対空兵力は他の駆逐艦より充実している。
よって、米軍からも秋月型駆逐艦には注意をするようにとの“お触れ”が出ていたようである。
この駆逐艦に乗り組んでいた予備士官が本書の筆者。
この方の体験記が本書である。
ちなみに、予備士官とは、高等商船学校等の学校を卒業した“船乗り”を特別に士官として登録しておき、いざとなったら、海軍が招集して海軍士官として任務に就ける制度である。
普段から多くの士官を雇っていたのでは国防費がバカにならない。
平時は最小限の人員で、戦時には急速に士官を増員させる方策である。

筆者はこの「秋月」の罐部指揮官となる。
“罐部”は、わかりやすく言えば船のボイラー・・・と考えていいだろう。
船の一番下にあるエンジン部分に陣取って、艦橋からの指示に従ってボイラーを操作すると考えればわかりやすい。
ここには80名ほどの機関科の兵が配置されていたらしいが、場所が場所だけに、通常は艦が撃沈された時にはまず助かることはない。
甲板まで昇ってくることはまず不可能だ。
敵の魚雷で空いた穴から海水がなだれ込み水死するか、火災か高温の水蒸気で大火傷をして焼け死ぬか・・・・しかない。
狭くて薄暗くて熱い・・・外の様子は全く分からない、ある意味孤独な配置場所であろう。
かなりの精神力がないと務まらないよなぁ~

昭和19年、「秋月」は“囮艦隊”である小沢艦隊の一員として参加する。
かの有名な“レイテ沖海戦”である。
この艦隊は、空母を囮として、米軍を引きつけ、その間に栗田艦隊をレイテに突入させるという任務を負っている。
囮作戦は成功するが、肝心の栗田艦隊は“謎の反転”をしてしまい、作戦は失敗。
「秋月」はこの海戦で敵航空機の攻撃を受けて撃沈される。
船の最下部にいた機関科の生存者は本書の筆者含めて3名しかいなかったというから、それだけに本書は貴重な証言である。

「秋月」の爆沈の原因は諸説あるらしいが、本書の筆者の証言によれば、魚雷発射管に敵の爆弾が当って魚雷が誘爆かなにかしたことが原因だろうという。
“防空”駆逐艦なのに、敵艦を攻撃する魚雷発射管を装備していたのか?
ここが日本らしいところかもしれない。
つまり・・・“徹底”しない・・・・
なんでもかんでも、「とりあえず・・・」とか、「念の為・・・」とかで、搭載したがるところがあるのではないだろうか?
防空なら防空に徹すべきだが、万が一敵艦と遭遇した時には魚雷で攻撃しようという考えがあったのではないか?
そういうことは、他の駆逐艦に任せればよいのだが、なにせ日本は“貧乏な国”であるから・・・・(笑)
そうそう何隻もの船をそろえることができないのだろう。
だから、一人二役、三役・・・ということになる。
この魚雷発射管が原因とすれば、こんなものがなければ爆沈をしないで済んだはず・・・ということになるか・・・・
爆沈は“貧乏国”のなせる技かもしれない。

これは、今も変わらないかもしれない。
理由は当時とは少し違うかもしれないが・・・・
その昔、会社のコピー機をFAX兼用のものと交換しないかと業者に持ちかけられたことがある。
リース料などの経費も削減できるし、1台にまとめればスペースの問題でもメリットがあるという。
しかし、私はこの提案に反対し、コピー機とFAXは別々のままとした。
理由は簡単・・・・
コピーでもFAXでも、どちらか一方の機能に故障が出ると、両方使えなくなる可能性があるからだ。
つまり・・・“全滅”してしまう。(笑)
“全滅”は避けねばならない。
別々のものなら、コピー機が故障してもFAXの受発信には支障はきたさない。
一体型は便利なようで、いざという時には脆弱ではないだろうか・・・・
それが私の考えだった。

戦史や戦記からは多くのものが学べる。
決して過去の話ではない。



今年の読書:6冊目



読書 | 10:16:37 | Comments(0)
初雪!
朝、外を見たら・・・・
チラチラと白いものが降っていた。
ん?
どこかでゴミでも燃やして灰が舞っているのかと思ったら・・・
だんだん白いものの量が増えて寝ぼけている拙者にもよくわかった。
雪だ!
初雪である!
それにしても、昨日のポカポカ陽気が一転して、今日は雪が舞うとは・・・・
この気温の急変は一体何だろうか?
“地球温暖化!というより“異常気象”に近いんじゃなかろうか?

しかし、グッドタイミング。
昨日がこの天気だったら、母の墓参りは難しかったかも・・・・
平地でチラチラ雪が舞うようでは、山の中はかなり雪が降る。
う~ん・・・これも母のご加護か?それとも祖父母やご先祖様のご加護か?
少なくとも見ず知らずのキリストのご加護ではないことは確かだろう。(笑)

日記 | 23:28:50 | Comments(0)
ちょっと早まったか?
昼間はいつもの母のお墓参り。
予想に反してポカポカ陽気で暖かい。
山の中だから雪でも積もっているかと思ったら、雪などどこにも見えぬ。(笑)

夜は、久しぶりに“ウメちゃん”の会社に遊びに行き、一緒に食事に行く。
で・・・・先日、ガスファンヒーターを買った話をしたら・・・・怒られた。(笑)
「何やってんだよ~相談してくれよ~うちに1台使ってないのが余ってるのに~」
「え?あるの?」
「前に話したこと無かったっけ?新品が1台余ってるって・・・・うちは床暖房だからファンヒーターなんていらないんだよね~邪魔で仕方がなくて困っていたのに・・・・」
「ありゃぁ~早まったぁ~相談すれば良かったぁ~(笑)でも、何でガス器具なんて持ってるの?」
「あのね・・・俺の商売なんだと思ってるの?」
「材木屋!」
「そうじゃないでしょ・・・」
「あ、設計屋!」
「そうじゃないでしょ・・・・」
「ん?」
「ん?じゃないでしょ~施工業者だよ~」
「あ・・・そうか・・・・それもやっていたか・・・・」
「話してくれれば、うちの余ってるやつをあげたのに・・・で・・・・どこで買ったの?“スナカワくん”の店か?」
「そう!」
「まさか、定価で買ったんじゃないだろうな?」
「ゲゲッ!」
「あのね~うちは業者だよ。彼の所から安く手に入るんだよ。なんで相談しないかなぁ~この人は・・・(笑)」
あ~ショックじゃぁ~(笑)
うっかり“ウメちゃん”の存在を忘れておった!申し訳なし。

世の中には何とか安く手に入れよう、できればタダで手に入れようと友人に相談をかけまくる人がいる。
それが普通なのかもしれない。
そうやって自分が得することに必死になるから、小金を貯め込むことができるのかもしれないが・・・
拙者はどうもそういうことは苦手である。
友人を使って、または利用して少しでも得をしようという発想がない!(笑)
友人に頼み込んで100円でも安く買おうという気がない。
だから、生前、母に「おまえは金銭感覚がないから心配だ」と言われたのである。(笑)
しかし、仕方がない・・・・拙者の性格だ。(笑)



昭和17年の今日は・・・・・
日本軍がニューブリテン島のラバウルを占領した日である。
あ~予定通りなら明日成田からラバウルに向かうというのに・・・・延期・・・・
何か縁があったかと思ったら…なかったか・・・・(笑)



日記 | 23:40:53 | Comments(0)
防衛研究所で資料収集
ホテルをチェックアウトして、今日は久しぶりに防衛研究所に行くことにする。
が・・・・こういう時に限って外は雨!(笑)

ラバウル行きが約1ヶ月ほど延期になったので、幸いにも時間が出来た。
ラバウルに関する資料の収集をおこなう。
お目当ては・・・・地図、略図など。
ただ現地に立ってもわかるまい?
現地ガイドの話をうのみにしてもいかがなものか・・・・
というわけで、できれば当時の各施設の配置図などがないか探してみる。
片っぱしから資料をあさっていくつかの貴重な資料を見つける。
早速、複写を依頼。
3週間ほどかかるというが、うまくいけば出発前には自宅に届くだろう。
そう願うしかない・・・・(笑)

今回のラバウル旅行は、最初にポートモレスビーに行き、ここで乗り換える。
ポートモレスビーは日本が攻略しようとして失敗した場所なので、ここには日本軍の基地は無い。
多くの犠牲者を出して作戦は中止されている。
ここで乗り換えてマダンへ行く。
このマダンで戦跡を少し見て回るが・・・・
このマダンに関する資料が全くと言っていいほど見つからない。
ラバウルほどの要衝ではないが、日本軍の拠点であるのに・・・・残念である。
ここに2泊して、次にラバウルへ向う。
メインの訪問地はラバウルなので、ここの役に立つ資料がいくつか見つかっただけでも良しとするかぁ~(笑)

閉館5分前まで粘って資料を漁り、クタクタになって帰宅する。(笑)

日記 | 01:51:38 | Comments(0)
第21回総合危機管理講座
今回のテーマは・・・・
『グローバル化の中の食の安全とわが国のバイオテロへの防御と危機管理』
長いタイトルである・・・・(笑)
講師は日本危機管理学会理事でジョージタウン大学法科大学客員教授の松延洋平氏。
農林水産省を退官したあと日米の現場を見て歩いてきた実績を持っている人。

バイオテロ・・・・
たとえば爆弾テロの場合は局地的なので1万人もの人を殺すことはできない。
しかし、バイオテロの場合は10万~100万人の被害者を出す可能性がある。
しかも国境を超えてこの被害は拡大する。
これに対して日本は何の対策も立てていない。
生物兵器と核兵器に関する研究は日本ではタブーとされているからだ。
これは太平洋戦争時の731部隊のことなどの影響が今も残っているためかもしれないな~
これら、バイオテロの犯人や原因はわかりづらく、探知、抑制は不可能に近い。
だから、警察はこういうテロには全く役に立たない。
例としてニューヨークの場合・・・・
毎朝、学校欠席者の欠席理由、薬局の薬の売れ筋、清掃局が回収した動物の死骸の数を調査してバイオテロの探知に努めているという。
へぇ~本当かね?・・・・という話・・・・
米国は多額の予算をつぎ込んでこのバイオテロ対策を行っているが、日本は全くやっていない。

食品問題・・・・
日本の場合は事件に「事件名」をつけて報道し、その騒ぎが収まれば“終わり”・・・・
たとえば、「毒入りギョウザ事件」
いつの間にか一件落着・・・・?
テロという考えがないから、この事件は教訓として生かされることはない。
「今度は気をつけてね~」ってなことだろうなぁ~
「グリコ森永事件」も同様。
食品テロ事件なのに日本はそういう認識がない。
いやはや、まさしく「平和ボケ」である。

が・・・・これらのバイオテロ食品テロに対しての具体的な危機管理は?
ということになると、どうも明確なお話がなかった。(笑)
だから、どうすればいいの?・・・・・と突っ込みたくなったのだが・・・・
今回は寝不足の為、講義を聞いていても眠たくて仕方がなかったので、もしかして聞き洩らしていたかもしれない。(笑)

とにかく国民の意識が低いから、危機管理なんて夢のまた夢・・・・である。

食品・農業バイオテロへの警告―ボーダーレスの大規模犠牲者時代に備えて食品・農業バイオテロへの警告―ボーダーレスの大規模犠牲者時代に備えて
(2007/04)
松延 洋平

商品詳細を見る


日記 | 23:39:16 | Comments(0)
ガスファンヒーターを買う
昨年の冬から調子が悪かった我が部屋のガスファンヒーターを買い替えることに決めた。
以前から、どうも調子が悪かったのだが騙し騙し使っていたもの。
もう15年ぐらい使っている。
で・・・・バーナーの調子が悪いらしい。
スイッチを入れた瞬間だけ調子がいいが、まもなく勝手にセーブしてしまい、部屋の温度が上がっていなくても風量が下がる。
送風口に手を当ててみると・・・・全然温かくない風がわずかに吹き出しているだけ。
これじゃ、ダメじゃん!(笑)
いつまでたっても部屋が暖まるわけないジャン!
ということで・・・・・拙者の部屋はいつも・・・・寒い!(笑)
まぁ、健康のためにはあまり温かく快適な部屋というのもいかがなものか・・・・
多少、寒い方が体にはいいかも・・・・とは思うが、物事には限度っていう奴があるからねぇ~
長年使っていただけに別れるのは辛いのだが・・・・(笑)
ええい!
思い切って買い替える。

昨日、東京ガスの代理店に行って新しいガスファンヒーターを注文。
今使っているものは引き取ってもらい廃棄処分してくれるよう頼む。

ところが・・・・
注文して帰って来てからなぜかわが部屋のストーブの調子がいいのである。(笑)
今までチョロチョロとしか燃焼していなかったのに・・・・
ガンガン燃えるのである!(笑)
おかしい・・・機械のくせして人間の話がわかるのか?
昨日に引き続き今日も朝から調子がいい!(笑)
廃棄処分されるとわかって慌てて働く気になったか?
「捨てないでくれ!」と言わんばかりにガンガン燃える。(笑)
まるで、解雇される社員みたいなもんだ。
クビになるとわかった途端に「頑張ります!」・・・か?
手遅れだ・・・・
クビになりたくなかったら普段から真面目に働け!
買い替えられると知ってから頑張っても手遅れだ。
可哀そうだが、すでに注文しちゃったもんね。
死んでもらおう。(笑)

午後、業者が交換にやって来た。
ついでに茶の間で親父が使っているガスファンヒーターも見てもらう。
こちらは10年ぐらい使っているもの。
フィルターをいくら掃除してもフィルターの警告ランプが点滅する。
こちらは買い替えず分解修理を頼む。
で・・・・更に給湯器を点検してもらう。
こちらは13年ぐらい使っているもの。
冬になると途中で「燃焼」が消えてしまうのである。
お風呂の時が最悪。
湯船にお湯を入れている最中に途中から水になってしまうのだ。(笑)
裸になって湯船に入ったら・・・・ギャァ~!(笑)
これが今年は3回も続いた。
で・・・点検したら、やっぱり故障していた。(笑)
というわけで、ついでにこっちの修理も頼む。

不思議なことに壊れる時は次々と壊れる。(笑)
予想外の出費だが・・・やむをえまい。



昭和15年の今日・・・・浅間丸事件が起こっている。
浅間丸はヘレン・ケラーが来日した時に乗船したことで有名な豪華貨客船。
太平洋戦争では海軍に徴用された。
この日、ハワイのワイキキから横浜へ向かっていた浅間丸は千葉県房総半島沖でイギリス海軍の軍艦に臨検を受けた。
で・・・・日独防共協定で同盟国だったドイツ人乗船者21名がイギリス側に連れ去られたのである。
この事件は日本とイギリスの間で大きな国際問題となった。
ちなみに、この浅間丸・・・・・
昭和19年にフィリピンのマニラから台湾の高雄に向かう途中、アメリカの潜水艦に撃沈されている。




日記 | 20:50:34 | Comments(0)
貝になった男
貝になった男―直江津捕虜収容所事件 (文春文庫)貝になった男―直江津捕虜収容所事件 (文春文庫)
(1989/08)
上坂 冬子

商品詳細を見る


『私は貝になりたい』という映画がリメイクされて最近封切られたが・・・
こちらは“貝になっちゃった”話。

新潟県の直江津にあった捕虜収容所。
戦後、ここで働いていた日本人の中から8人もの戦争犯罪者が出て絞首刑に処せられた。
軍人2名、軍属6名・・・・
日本国内にあった捕虜収容所としては、処刑された人数が最も多かったという。
で・・・ここの収容所の所長・・・・
この人は終身刑となり、12年服役して家族のもとに帰っている。
なんでだろう?
一般の所員が絞首刑で、最高責任者の所長は生き延びている。
筆者はこの謎を解くために現地の取材に赴く。

この収容所には約400名のオーストラリア軍捕虜が収容されており、そのうち約60名が飢えと寒さと虐待で死亡したとされている。
昭和20年には、狭いこの収容所に更にアメリカ軍、イギリス軍、オランダ軍の捕虜約400名が送り込まれ、更に劣悪な環境となっている。
しかし、だからといって戦後に8人もの戦犯が絞首刑に処せられるというのは異常である。
著者は、この処刑された戦犯8人の遺族にインタビューを行っている。
その様子は、読者であるこちらが硬くなるほどの緊張感を感じるほどである。

遺族の話を聞くと・・・・なんともおかしな事実が判明してくる。
処刑された所員たちは、傷痍軍人だったりで、軍隊に戻れず、捕虜収容所で働いていたのである。
右手が上がらない障害があったり、足を失い義足だったり・・・・
はて・・・そういう人たちが絞首刑になるほどの虐待をすることができるのだろうか?
軍の規則を破ってまで捕虜に便宜を図ったという事実も明らかになる。

筆者は戦犯裁判の公判記録などにも当たっているが・・・
ここで呆れる話が…・
「証言台に立っている者たちは、無学なのだということを承知してほしい。事件についても、時々つじつまの合わない証言をしているが、丁寧に順を追って聞かないと頭が混乱して何もわからなくなる者が少なくないから、鄭重に扱ってもらいたい」と検事が言っているのである。
つまり、“無学”な人たちから告訴されて処刑されてしまったのである。
まともに証言できないような証人って、どういう証人なんだろうか?
呆れてものが言えぬ。
戦後の戦犯裁判はこんなもの・・・か・・・・

さて、生き残った所長の方だが・・・・
“敵”にうまく取り入って命拾いをしたのではないか・・・という憶測もあったようだが、事実はそうではなかったらしい。
かなり、激しく部下たちの命を助けようと努力している事実が判明した。
38歳で逮捕された所長は50歳で直江津に生還し、処刑された部下たちの家庭を訪問し、位牌に手を合わせている。
針のむしろに座るような思いだったろう。
なぜ自分だけが助かったのか、自分でもわからないのに責められるわけだから・・・・

結局、この「直江津捕虜収容所事件」は、元捕虜だったオーストラリア軍のチズルム大尉が、市ヶ谷の東京裁判で針小棒大に日本側の捕虜虐待行為を証言したことに端を発しているらしい。
で・・・そこまで話が大きくなった以上は・・・誰かを処刑しなければ辻褄があわない。
それも1人や2人では事件が小さかったと思わるだろうから、8人の処刑者を出すことで、いかにこの虐待事件が重大な事件だったかという辻褄合わせをしたらしいのだ。
虐待っていってもビンタ1発くらいのものらしいのだが・・・・
脚気の捕虜に治療のためお灸をしたら、足に火をつけた虐待だということになったらしいし・・・
ゴボウを食べさせたら木の根っこを食べさせられた、虐待を受けたとか・・・
誤解というか、何というか・・・お粗末極まりない。

ことさらに大騒ぎをして、この事件の発端を作ったチズルム大尉は、著者が訪問しようとした時には脳軟化症で寝たきり状態でインタビューには答えられない状況だったという。
本当に8人もの処刑者を出すほどの虐待があったのか・・・・
なんで所長は処刑されずに終身刑で済まされたのか・・・
その答えは永遠に謎となってしまった。
結局、この大尉は“貝になって”しまったのである。

この事件を追う取材の展開を読んでいると本当に辛くなる。
自分がこの立場になったら・・・と思うと、はらわたが煮えくりかえる。
平成の世になっては、もうこういう証言は集められまい。
戦後のギリギリのところで貴重な証言を集めた本書は貴重な存在だと思う。



今年の読書:5冊目



読書 | 23:56:36 | Comments(0)
ラバウル行きは延期!
朝、“エナリさん”から電話が・・・・・
嫌な予感・・・・(笑)
やっぱり・・・・(笑)

先生のところへ届いた旅行社からの話によると、どうもラバウルの火山活動が活発化してして、航空機の離着陸に支障が出る可能性があるという。
で・・・1週間ほど前に現地に行った人の報告では、火山灰の為、予定通りの行動ができず、かなり苦労して交通手段を探して帰国したという。
う~ん・・・・これじゃダメじゃん!(笑)
火山は益々活発化しているとか。
あらら・・・・
じゃぁ~延期ですね~(笑)
噴火している火山を撮影したい気持ちもあるのだが・・・・(笑)
週に1便しか飛ばない飛行機に乗れないとなると大変である。
火山灰が降り注ぐ南の島にもう1週間滞在となるかぁ?(笑)
1週間後にまた飛行機が飛ぶならいいが・・・・
そうじゃないと・・・・最悪なことになりそうだ。

そろそろ成田のホテルを予約しようかと思っていた矢先である。
グッドタイミングというか・・・・・なんというか・・・・

それにしても、ガダルカナル島の遺骨収集は2年前から延期に次ぐ延期で、今もって実行されない。
で・・・今度はラバウルが延期・・・・・
どうも拙者はパプアニューギニアとは相性が悪いらしい。(笑)

とりあえず、1ヶ月延ばして2月末に予定を変更する。
1ヶ月で火山活動が収まってくれればいいのだが・・・・どうなるだろうか?

日記 | 23:25:22 | Comments(0)
空母艦爆隊
空母艦爆隊―艦爆搭乗員死闘の記録 (光人社NF文庫)空母艦爆隊―艦爆搭乗員死闘の記録 (光人社NF文庫)
(2004/06)
山川 新作

商品詳細を見る


筆者は昭和16年の真珠湾攻撃に参加した艦上爆撃機(艦爆)の搭乗員。
航空母艦(空母)の飛行隊所属だから、かなりのベテラン。
多くの作戦に参加するが、こういうベテランパイロットは次々に戦死していく中、奇跡的というか運がいいというか・・・・終戦まで生き残る。
艦爆は敵の艦船に急降下で爆弾を投下し敵船を撃沈することが任務。
それだけに、損失率も高い。
特に大戦末期では、敵の艦隊にたどり着く前に敵戦闘機の餌食になり、ベテランといえどもバタバタと撃ち落とされている。
ようやく敵艦隊までたどりついても、今度は敵の正確な対空砲火で爆弾を投下する前にバタバタと撃ち落とされる。
そういう戦いを繰り返しながら、よくも生き残ったものだと感心するばかり。

本書で著者は淡々とその体験を語っている。
いやはや、生と死は紙一重・・・・・
それにしても・・・人間の運ってなにで決まるんだろうか?



今年の読書:4冊目



読書 | 14:42:16 | Comments(0)
ラバウル戦線異状なし
ラバウル戦線異状なし―我等かく生きかく戦えりラバウル戦線異状なし―我等かく生きかく戦えり
(1976/11)
草鹿 任一

商品詳細を見る


随分以前に古書店で買って読まずにそのまま放置していた本・・・・・
そう、そう、今度ラバウルに行くので、参考までに読んでおかねばと本書があったことを思いだして読む。

著者の草鹿任一(くさかじんいち)氏は、元・南東方面艦隊司令長官兼第11航空艦隊司令長官。
ラバウルは“ラバウル海軍航空隊”で有名な日本の一大航空基地。
ここからガダルカナル島奪還のための熾烈な航空戦が展開される。
が・・・戦局の悪化にともない、航空機はすべて引き上げられ、飛行機は1機なくなり、ラバウルは最前線に孤立した島となる。
このラバウル地区の海軍側の最高指揮官が著者なので、さぞかし、ラバウルの戦闘について克明に記された戦記かと思いきや・・・・そうではない。(笑)
ラバウルがあるニューブリテン島には米軍は上陸してこなかったので、戦闘らしい戦闘は無い。
敵の航空機による空からの攻撃のみである。
しかし、その米軍は要塞化されたラバウルを飛び越えて他の戦線に向かい・・・・
結局、友軍の補給も途絶え、米軍にも相手にされず・・・・ラバウルにいた陸海軍約9万の日本軍は孤立したのである。
補給が途絶えた中、餓死との“戦い”、自給自足の“戦い”をすることになる。
海軍側3万5千人の、この“戦い”が本書に書かれている主な話。

この中にいくつかの興味深い話が載っている。
その1つが火山研究所。
昭和17年に、ここラバウルを占領した直後、28歳の青年が所長として派遣された。
ラバウルには火山があり、これがいつ爆発するかわからない。
火山が爆発したら航空基地や港はかなりの被害を受け戦うどころじゃなくなる。
そこで、この火山噴火の予知と学術的研究のため、ここに火山研究所を設立したのである。
所長以下11名の技師が派遣され研究が開始されたという。
それまで、ここはオーストラリア領だったが、オーストラリアはそういう研究はしていない。
日本軍は戦時中に貴重な学術研究も行っていたのである。
ただやみくもに戦っていたというわけではない。
意外や意外・・・・である。
戦後、ここで使われていた貴重な機材はすべて完璧に整備されて占領軍であるオーストラリアに引き渡され、先方から多大な感謝の言葉をもらっている。
これは秘められた美談ではあるまいか?

自給自足は食料だけに留まらず、各種生活用品までに及ぶ。
たとえば、紙・・・・
これも自給自足したという。
海軍3万5千名の中から、たった一人、海軍に入る前に「紙漉き職人」だった人を見つけ出し、この人を中心に部隊を作って紙製造に取りかかる。
南の島の植物の中で紙の材料になる植物を探すことから始めるのだから気の長い話だが・・・・(笑)
いくつもの困難を克服して紙の量産に成功している。
このような話がいくつもあり、読んでいて面白い。
各人の専門知識を組み合わせての自給自足の確立である。
これを読んでいると、手に職のある人がうらやましい。
最後の最後・・・何もなくなった時に役に立つのは手に職のある人だろう。
専門知識と技術を身につけていることは大事なことだ。
それにくらべて・・・この私は・・・なにもない!
ホワイトカラーは危機には弱い。(笑)

当然、本来の軍隊の任務も遂行している。
防衛拠点の整備・・・
そして、補給が途絶えた中、現地で武器の製造もしている。
その中で出色なのが、破壊された航空機の部品を集めて飛行機を現地で作り上げたこと。
米軍はラバウルを迂回して更に進撃を続けている。
「ラバウルは健在なり!」を示し、敵にこちらへ兵力を割かせて、少しでも他の戦線へ投入される兵力をこちらに引きつけさせようとする。
そこで、現地製の数機の航空機で細々と米軍の攻撃に向かうのである。
この根性には恐れ入る。

この時に作られた複座型に改造された零戦が上野の国立科学博物館に展示されている。
本書は昭和33年に初版が発行されている。
で・・・著者は昭和47年に84歳でお亡くなりになられている。
この零戦は終戦の年、ラバウル沖で墜落した機体で、昭和47年に引き上げられたもの。
ちょうどお亡くなりになられた年なので、この機体が引き上げられたことを本人は知ったかどうかはわからないが・・・・
もし、このことを知ったら、どれほど喜んだだろうか・・・と思う。

本書は元司令官が書いたものにも関わらず、戦闘の話ばかりの戦記とは違った異色の「戦記」である。
こういう話を映画化したら結構面白いと思うんだがなぁ~
誰か映画化しないかなぁ~(笑)


今年の読書:3冊目



読書 | 11:55:04 | Comments(0)
反日ツアー?
今晩は久しぶりに水戸藩士“シミズくん”と、いつものレストランで夕食を食べる。

まずは、年末にいただいた干し芋のお礼を伝える。
この干し芋・・・・絶品である!
食べ物を滅多に誉めない親父が絶賛するくらいなんだから・・・・・(笑)

で・・・過去の旅行の話は例によって例の如く、すぐに忘れてしまい、自分でどこに行って何をしたか思い出せないので、過去の旅の話はやめる。(笑)
代わりにこれからの旅行の話・・・・
今年前半は海外旅行が目白押し・・・・という感じ。
で・・・他にも行きたい場所がある。
「203高地なんていいなぁ~行ってみたいなぁ~」
「え?行けるんですか?」
「行けるよ。オプショナルツアーで行けるはず。大連か旅順かそのあたりに行くツアーでさぁ。半日ツアーとかで行けるはずなんだよね」
「ハンニチ・・・ツアーですか・・・」
「そう、半日ツアー」
と・・・いきなり彼が笑いだした。
「ん?何がおかしいの?」
「あ・・・ハンニチ・ツアーって・・・半日ってことですね?」
「なに?」
「反日ツアーかと思って・・・・(笑)」
「おい、おい、203高地に行って日の丸に火をつけるツアーだってか?そんなツアーあるわけねぇだろ!(笑)」

大笑いである。
どうして半日が反日になっちゃうかね?
あぶねぇなぁ~“シミズくん”・・・・大丈夫?頭の中・・・・(笑)

話は拙者の結婚の話まで及ぶ。
彼のご両親も拙者がいつまでも独身のままでいることを心配して下さっているという。
いやぁ~なんともありがたいことであるが・・・・
どうして結婚しないのかって言われてもねぇ~
モテすぎるから一人の相手に絞れないんだよねぇ~(笑)・・・・というのは冗談。
結婚する“勇気”がないんだよね。
「一度、結婚して地獄を見るのもいいのでは?」と言われてもねぇ~(笑)
自分から進んで地獄を見たくない。(笑)
まぁ、嫁さんの尻に敷かれるっていうのも悪くはないかもしれないが・・・・
いや、やっぱり駄目だ。(笑)

それにしても、ご両親や奥さんまで気にかけてくださっているとのこと。
ありがたいことである。
で・・・非常に幸せな気持ちで帰宅する。(笑)
感謝、感謝である。

日記 | 23:44:08 | Comments(0)
結婚式のお返し?
先日、友人の“ナガイくん”から宅配便が届いた。
箱には「JAL」と書いてある。
どうやら海外旅行のお土産らしいが・・・・
もう何年も会っていないのに、突然お土産というのも解せない。

というわけで・・・・彼の携帯に電話したら・・・・
「あれ?あれは結婚式のお返しだよ!昔、結婚のお祝いを貰ったけど、お返しをしていなかったでしょ?」と言う。
はぁ?結婚式って・・・・・
彼が結婚したのは10年ぐらい前のことではなかっただろうか?
あの時に、披露宴に招かれたが、都合が悪く出席できないのでお祝いを届けに彼の家に行ったことがある。
「結婚式って・・・・10年ぐらい前だよね?」
「そう、あの時わざわざお祝いを届けてくれたのにお返ししていないことを思い出してね~」
「はぁ?あの時のお返しって・・・・確かもらったよ~」
「いや、絶対あげてないって!」
「いや、新婚旅行のお土産か何か貰ったような気がするんだけど・・・」
「いや、絶対何もお返ししていなかったよ」
「そうかなぁ~」
「まぁ、あれから離婚しちゃったけどね。ふと思い出したものだから・・・・」
そうなのです!
彼はその後離婚しているのです!
だから・・・何も今頃思い出してお返しなんかを送ってくれなくてもいいと思うのだが・・・・(笑)
律儀というか何というか・・・・・(笑)
しかし、せっかくのご厚意である。
ありがたく受け取っておこう。

「で・・・・どこへ行ってきたの?」
「え?・・・・グアムへ行って来たんだけど・・・わからない?」
「わかるわけないじゃん!」
「だって、グアムの空港から送ったから、伝票にグアムって書いてあるんじゃないの?」
「そんなの書いてないよ~(笑)」

グアムの空港で頼んでも、現品は成田空港の免税店から送るのだろう。
「第2ターミナルビル」とかなんとか書いてあるだけ。(笑)
「せっかくグアムの空港から送ったのになぁ~」
「残念でした~(笑)」

日記 | 20:26:17 | Comments(0)
ホームページ作成の打ち合わせ
今日はホームページ制作の仕事の話が入って来たので、先方のお店に打ち合わせに行く。
相手は、以前、会社のホームページを作ってあげたことのある“ヒロキさん”
あの時は、本業の不動産のホームページを作ったのだが・・・・
その後、他の業者に頼んで別のものを作り・・・・更新もしないままそのまま・・・・(笑)
う~ん・・・それじゃダメなんだけどねぇ~
今回は、もう一つ新しい商売を始めたらしい。
お花屋さん・・・・・
で、こちらの商売がおもわしくないらしく、本業の方の足を引っ張っているらしい。
そのためホームページを作りたいという。
う~ん・・・・またですかぁ?(笑)
どうも“ヒロキさん”はホームページさえ作れば売り上げが上がると勘違いされているようだ。
そんなわけないでしょ?
しかも自分では更新できないので、他人に頼む。
当然、そうなると経費もかかるわけで・・・・
そうなると、お金がもったいないから更新をしない。
更新をしなければデータは古いままだから、誰もホームページを見なくなる。
悪循環は、すでに本業の方のホームページで経験済みだと思うのだが・・・・

以前、ホームページを作った後、更新作業を毎月していたが、それを打ち切られてから疎遠となったが、毎年、年賀状を送っていたせいかもしれない・・・・
突然、ホームページ制作依頼の話・・・・・
今年の年賀状を見て、拙者に頼もうと思ってくれたのだろう。
過去のいきさつは別として、それはそれで、ありがたい話である。

お店に行って、詳しく内容を聞かせてもらう。
で・・・・やっぱり・・・・
簡単なホームページを作ってくれという。
で・・・「あまりお金は払えないんだけど・・・」という。
いくらぐらいかなと尋ねてみたら・・・・拙者が思っていた額より多い。
「いや、そんなにいらないですよ~」
「いや~最低でもこの程度は出すよ」とのお話。
普通なら大喜びということになるのだが・・・・拙者は変り者である。(笑)
全然、喜べない・・・・・
正直言って金額なんてどうでもいいのだ。
凝ったデザインのホームページを見かけることがあるが、内容がお粗末では話にならない。
デザインはシンプルでもいいから内容を充実するべきだというのが拙者の信条。
しかし・・・・お店の写真とお花の写真を載せたお店の紹介程度のものでいいという。
う~ん・・・・・
情報の発信はしないのか・・・・
「市内の他の花屋もそんな感じのホームページだから・・・」という。
う~ん・・・・・
「社長さんのこだわりってないんですか?」
ホームページを開設している他の花屋は儲かっていると思っているのだろうか?
同じようなものでもねぇ~・・・・どうでしょうかねぇ~
ホームページを開設したらドッとお客が増えて売り上げが上がるというのは甘い考えだと思うんですけど・・・・・
結果的にお客が来るというわけであって・・・・ホームページの有無は関係ない。
「こだわり」や「思い入れ」が大事だと思うんだけどなぁ~

「更新はマメにやらないとダメですよ。夏なのに春の花の写真なんか載せていたらお客は来ませんからね」と言ったら・・・・ニヤッと笑われた。
ん?
更新する気はないのか?(笑)

本来ならば、効果があろうがなかろうが、先々どうなろうと知ったことじゃない、社長さんが希望する通りのものを作ってお金をもらえばそれで終了。
それでいいのだろうが・・・・
拙者はコンサルタントじゃないが、ついつい経営戦略にまで首を突っ込んでしまう。
こういうところが拙者の欠点である。
先方にとっては余計なお世話、有難迷惑であろう。
言われたことしかやらない・・・・そうすることが世間一般であり賢明なのだろうが・・・
性格がねぇ~
どうも、この性格が邪魔をしてしまうのである。
困ったものだ。

正直言って乗る気になれないのだが・・・・一応、引き受けることにする。

日記 | 20:49:34 | Comments(0)
旅行の案内が届く
旅行会社から、こんどのラバウル旅行の案内書が届く。
で・・・・その中に出入国カードが入っていたのだが・・・
自分で書くらしい・・・・
う~ん・・・・・
旅行会社で記入しておいてくれればいいのになぁ~
あとは、サインだけしてください・・・・というのがいいんだけど・・・・
宿泊先のホテル名から、何だかよくわからない質問事項・・・・全部自分で記入しなくてはならない。
正直言って、拙者はアルファベットを書くのが非常に苦痛なのである。
あ~いやだ、いやだ・・・・



日記 | 16:58:21 | Comments(0)
病気じゃねぇよ!
今日は危機管理セミナーに出席するため上京したが・・・・
この間の上京時の反省にもとづいて、ズ~ッとマスクを着用することにした。
ところが・・・である。
地下鉄に乗っていた時のこと。
誰も拙者の横に座ろうとしないのである。(笑)
おい、おい、・・・・
かなりの重病人に見えるのか?(笑)
拙者は健康体だぞ。
咳をしている奴がマスクをしない以上、こっちがマスクをするしかないじゃないか。
自己防衛手段なんだけどなぁ~
どうも他人からは、かなり悪い病気にかかっているように見えるらしい。(笑)
ハッキリ言って・・・・不愉快じゃ!


日記 | 23:45:05 | Comments(0)
第20回総合危機管理講座
今回のテーマは『トリアージドクター制の普及教育について』
講師は内藤秀宗氏。
(社)日本透析医学会理事長等を経て現在鈴鹿医療科学大学客員教授。

トリアージとは「患者選別」「医療優先順位」のことをいう。
講義は氏が甲南アイランド病院副院長の時に起こった阪神淡路大震災での経験談・・・・
このとき見せられた写真にはさすがにショックを受けた。
病院に運び込まれた被災者の裸体の写真なのだが、皮膚が変色している。
広範囲に「死斑」が出ている。
外傷はないが、瓦礫によって長時間圧迫され続けていた結果である。
本人は息をしていてまだ「生きている」わけだが、トリアージとしては治療の対象外となる。
つまり、手の施しようがない。
遅かれ早かれ、間もなく死ぬ人である。
その人たちの写真を次々と見せられた。
いやぁ~さすがに心臓がバクバクと鼓動を打つ。
この写真に写っている人たちは、この後、全員が息を引き取っている。
当然、この時点では患者は息をしているわけなので、家族としては何とかしてくれと訴えてくる。
しかし、トリアージとしては、すでに「死んでいる」と同じレベルと判断して選別し、医者は他の患者の治療に当たらなければならない。
これがトリアージの難しいところ・・・・・
医者のトリアージの資質にかかってくる。
この教育は急務である。

阪神淡路大震災の時には、多くの病院でこのトリアージが正しく行われなかった。
大混乱によるパニックである。
結局、先着順に患者を診ることになる。
ということは、病院に早々と来れる被災者は本当は軽傷で後回しになって当然なのだが、先着順なので、この患者たちから先に治療を行った。
おかげで、後から運び込まれた重症患者が手遅れで命を落とす結果となる。
非常時の「先着順」がいかに問題かという好例である。

あの震災から14年が経つが、その経験は十分に生かされていないという。
検証も済んでいないし改善もされていないものが多いという。
たとえば病院・・・・
免震構造でも4階以上の部分はかなり揺れる。
すると、建物は崩壊しなくても内部のものは動いてしまう。
ベッドも手術台も室内を飛び回る。
当然、使用できない状態になるのだが・・・これに対する対策は今もってなされていない。
病院の建物、機器の設置方法・・・・対策が取られていない。
病院だけではない、消防署も危ない。
現に、神戸では消防署が倒壊している。
消防署の耐震はどうなっているのか・・・・
消防、救急の出動優先順位にも明確さがない。
消防署の隣のマンションが倒壊して被災者が発生した場合・・・・
消防、救急は隣に出動すべきか、それとも遠方の被災者を救助に行くべきか・・・・
これは今もって明確な判断基準がない。
県境における搬送業務となるともっと問題・・・・
行政区分をまたがって救急車が到着するが・・・・誰に指揮権があるのか・・・・
しかも、患者に付けるトリアージ・タグが都道府県別に書式がバラバラ・・・
他県のタグを見ても意味不明・・・・という状況にあるという。
一応、形は整っているようでも実際はお粗末。
お役所仕事、縦割り行政の好例である。

阪神淡路大震災の影響は14年後の今も続いているという。
診療圏人口が減少したため病院経営は赤字続きで、未だに回復していない。
被災地区で実際に倒産している病院もあるという。

震災だけではなく、新型ウイルスに対する対策もまだまだである。
新型ウイルス感染者は隔離するのが一番だが・・・
この感染者が他の病気にかかっていた場合はどうすべきかが決まっていない。
たとえば盲腸・・・・
隔離して放置していたのでは盲腸は悪化する。
手術をしなければならないが、そうなると外科の新型ウイルス対策は?
隔離した状態で手術ができるか?
専用の手術室など用意されているわけがない・・・・
手術室がウイルスに汚染される可能性は?
手術スタッフへの感染対策は?
手術後、どこへ患者を置くのか・・・・外科病棟では他の患者に感染してしまう。

新型ウイルスが流行することはほぼ明確なのだが・・・・
その対策は全く進んでいないというのが現状のようである。
さて、さて・・・・
かなりの死者を出さねばならないようである。
その対策も、阪神淡路大震災の例からするとお粗末なものになりそうだ。

透析医療における医療事故と災害対策マニュアル透析医療における医療事故と災害対策マニュアル
(2004/02)
内藤 秀宗

商品詳細を見る

阪神大震災に学ぶ医療と人の危機管理―最激震地にあった病院の初動期から復興期まで阪神大震災に学ぶ医療と人の危機管理―最激震地にあった病院の初動期から復興期まで
(1999/08)
内藤 秀宗

商品詳細を見る

透析室の医療事故―起こさないためのリスクマネジメント透析室の医療事故―起こさないためのリスクマネジメント
(2001/06)
内藤 秀宗

商品詳細を見る



日記 | 23:38:22 | Comments(0)
海軍経営者 山本権兵衛
海軍経営者 山本権兵衛海軍経営者 山本権兵衛
(1986/11)
千早 正隆

商品詳細を見る


山本権兵衛・・・・なぜかあまり有名じゃない。
日本海軍の「山本」と言えば・・・・山本五十六がダントツに有名である。
で・・・この権兵衛さん・・・・
どんな人だったか・・・・

山本権兵衛は明治の海軍軍人である。
明治24年、海軍省官房主事に登用される。
海軍軍政および軍令に関するすべての事が大臣補佐としての権兵衛の手を経ることになるのだが、この時、権兵衛は39歳。
樺山資紀海軍大臣による大抜擢である。
ここから権兵衛の手腕が発揮される。
で・・・その手腕を思う存分ふるわせたのは西郷従道海軍大臣。
良き上司に恵まれたといえる。
この時の権兵衛の大きな仕事の一つは、海軍諸制度の改革整理とそれに伴う人員整理。
幕末海軍の継続から脱皮しなければ近代海軍は成長しないというのが彼の持論。
人事行政の刷新と大幅な人員整理では、さすがに太っ腹の西郷従道大臣を驚かしている。
それは、将官8名を含む97名を整理するという大胆なもの。
海軍内部だけでなく国全体で大問題となったが、大臣の信頼を得てこの大整理を断行する。
注目すべきは、この人員整理の起案者が海軍大臣でもなければ人事局長でもない、大佐にすぎない官房主事という肩書を持つ権兵衛ということ。
いかに大臣に信頼されていたか・・・・・
今の日本は・・・こういう太っ腹な大臣がいないせいなのか、思い切ったことができない部下がいないせいなのか・・・どうもいけませんなぁ~(笑)

明治31年、山県有朋内閣で海軍大臣となる。
この時、権兵衛は46歳。
当然、閣僚最年少だが・・・・
いやはや、この若さで閣僚とは・・・いかに権兵衛が前途を期待された人物かがわかる。
それに比べて現代は有能な人物を大抜擢するようなことはない。
グズグズ・ゴタゴタするばかり・・・・
これじゃ、改革なんて夢のまた夢・・・・
権兵衛は、その後の第4次伊藤博文内閣、第1次桂太郎内閣と留任。
3つの内閣の海軍大臣を務めるのだから、いかに評価されていたかがわかる。

日露戦争の時には閑職にいて引退寸前の東郷平八郎を連合艦隊司令長官に大抜擢している。
異例の人事だが、このことがのちに日本海海戦の大勝利に導くのだから、人を見る目があったといえる。

この日露戦争中に権兵衛は海軍の主力艦の国内建造を決定する。
今まで日本で建造された最大の艦艇は3千300トン程度のもので、それを一挙に1万四千トン級の軍艦が造れるようにするというのである。
しかも日本海軍の艦艇の3分の2は民間造船所育成のため民間造船所で建造させるという方針を出す。
当時の民間造船所は低性能の商船しか作れず、高度な技術を要する軍艦の建造はできなかった。
それをやらせようというのだから・・・ちょっとやそっとの騒ぎじゃなかっただろう。
今でいえば、マグロ漁船しか造ったことのない造船所に自衛隊のイージス艦を造らせるようなものか?(笑)
しかし、このことが、戦後、造船業で日本がリードを続ける第一歩につながる。
この時に巨大な造船ドックを造らせたが、これが太平洋戦争でも活躍、戦後の昭和40年代の造船ブームでも大いに活躍した。
また、太平洋戦争後、海軍が無くなってしまったが、海軍艦艇の設計や建造に携わっていた造船技術者の多くは民間造船所に移り、民間造船所の技術者層を厚くした。
明治時代の民間造船所の育成が、昭和の造船ブームにまでつながるのだから、この時の方針は、まさしく先見の明があったといえる。

山本権兵衛は日本海軍を世界一流の海軍の一つに建設した功労者であり、いわゆる『近代海軍の育ての親』ではあるが・・・・
日本近代造船業の育ての親・・・でもあるのではないだろうか?

しかし・・・それなのに・・・なぜか山本権兵衛という名はあまり知られていない。
2次にわたって組閣した総理大臣でもあるというのに・・・である。
何でだろう?


今年の読書:2冊目



読書 | 12:34:48 | Comments(0)
子供達のオペラ
武蔵野音大の音楽教室主催の「オペラ」を見に行く。
19回目の公演。
2~3年に1回開催されている定期公演である。
『ふしぎな魔法の笛』という題で、原曲はモーツァルトの『魔笛』である。
出演者は小学1年生から高校3年生の子供達。
子供たちだけの「オペラ」というのは珍しく、しかも1969年からずっと続いているから大したものだ。
以前、新聞でも紹介されたことがある。

で・・・
我が高1の姪・・・・
幼稚園児の時に初舞台を踏んだが・・・・今回は出演しない。
というより・・・出演できない。
ボケ~ッとしていて願書を出すのを忘れたという。(笑)
で・・・大騒ぎ!(笑)
先生方は当然応募してくると思って役も用意していたらしい。
ところが、応募者の名簿に姪の名前がない。
「どうして今回応募してこなかったんだろう?」ということで大騒ぎになったらしい。
気がついた時は締切日が過ぎていた。
「特別に許可したら?」という意見もあったらしいが妹は拒否。
願書を出すのを忘れたのは自分の責任。自業自得である。
変な前例を作ってはマズイ・・・・
これには拙者も大賛成!
決まりは決まりである。
というわけで・・・高1の姪は「裏方」に回ることになった。
大いに結構!
とんとん拍子で舞台に立ったのでは彼女の為に良くない。
今回の件は不幸なようで実は姪の為には好運である。
「裏方」を経験するということは大事なことだ。
いい経験になるはずである。

で・・・中2の甥・・・・
本来はオーケストラでチェロを弾く予定だったらしいが出演しない。(笑)
野球部の練習の為、オーケストラの練習に参加できないので断ったというが・・・
どうも野球部の練習のほうがオーケストラの練習より楽で、楽な方を選んだんじゃなかろうか?(笑)
これまたいい経験だ。
客席から見てみるのもいいだろう。
仲間はみんな演奏しているのである。
自分だけ「逃げ出した」形になったわけで・・・・(笑)
それをどう彼自身が感じるか・・・・
いいことである。

結局、今回の「オペラ」に出演するのは小5の姪のみ。
で・・・舞台に出てきた姪・・・・
妹に教えてもらうまで誰だか分らなかった。(笑)
はぁ?あれが姪っ子?
顔を浅黒く塗った「男」の役・・・・しかも「悪役」である。(笑)
あれは男の子だろう?・・・・と、思ったら姪だった。(笑)
先生から「あまりいい役じゃないけど・・・・」と言われたらしいが・・・
いやぁ~上手、上手!
どこから見ても「男」だわ~(大笑)

小1、小2の子供たちの演じる「森の動物」はかわいい。
健気とというか・・・一生懸命、動物のぬいぐるみを持って演技をする。
「お遊戯」のようで「お遊戯」ではない。
一応、「演じて」いるのである。
「かわいい!」という声が会場のあちらこちらから漏れる。
知っている子供がいるわけじゃないのだが・・・なぜか嬉しい。
涙がポロポロでてくる。
なんでだろう?(笑)

約2時間の公演を大いに楽しみ、帰途に就く。

出演した小5の姪と「裏方」の高1の姪は「打ち上げ」に行く。
この「オペラ公演」・・・・・
2日間にわたり午前午後の2回行っている。
つまり・・・・4回公演をしているわけで、今回は最終回。
プロ並みジャン!(笑)
いやぁ~4回もやっているんだから子供たちのフィナーレも感動もの。
そりゃ、「打ち上げ」もしたくなるよなぁ~
おじいちゃんとおじちゃんがわざわざ来たけど・・・・(笑)
「打ち上げ」を優先しなさい。
苦労して練習してきた友人同士で感動を分かち合うことのほうが大切だ。

日記 | 11:46:12 | Comments(0)
撮影の練習
「オペラ」の開演は夕方・・・・
せっかく上京するのだから・・・・ということで、親父と二人で国立博物館へ行き『福沢諭吉展』を見学する。

今回は、この間買った一眼レフのデジカメを持参して来たのだが・・・・
ハッキリ言って・・・・邪魔!
一眼レフは大きすぎて邪魔!(笑)

博物館を見学後、上野公園を散策しながらパチパチと写真を撮る。
とにかく練習をしなければ・・・・(笑)
さすがに親父はあきれ顔。(笑)
仕方がねぇだろ~少しでも練習しておかなくっちゃ・・・・ラバウルへ行った時に失敗したらマズイ。
逆光で写真を撮ってみる。
ん?ん?
どうやれば逆光でも綺麗に写真が撮れるんだ?
わからねぇ~(笑)

その後、妹の家に行く。
正月の家族旅行の写真を見せてもらいながら旅の報告を聞く。
アンコールワットやアンコールトム・・・そえにベトナムへ行って来たという。
が・・・義弟はベトナムには二度と行きたくないと言う。(笑)
拙者はアジアはどこでも基本的には好きなんだけどなぁ~
(中国と韓国は好きじゃないけど・・・笑)
義弟と拙者は同い年。
だから世代の違いというわけではない。
となると・・・この好き嫌いというのは世代の問題というわけではない。
何がこの違いを生むのか・・・・

で・・・お土産のクッキーをもらう。
では・・・早速、撮影の練習!
クッキーを写そうとしたが・・・・
しかし・・・接写ってどうやるの?
あれ?うまくピントが合わねぇぞ~(笑)

日記 | 11:07:36 | Comments(0)
マスクをしろよ!
今日は、姪っ子達の「オペラ」を見るために親父と一緒に上京。
その東京へ向う特急の車内でのこと・・・・

ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ・・・とやたらと咳をする乗客が斜め後ろの座席に乗っていた。
この男・・・・マスクはしていない。
しかも手で口を押さえて咳をするわけでもない。
思いっきり咳をしている・・・・・
あのねぇ・・・・
この閉め切られた車内で思いっきりウイルスだかの病原菌を撒き散らしているのである!
参ったなぁ~
こりゃ下手をするとうつるぞ~
親父には普段から外出時にはマスクを持参するように言ってある。
幸い今回も持参していたので早速マスクをさせる。
なにせ、高齢者は抵抗力が弱いからねぇ。
ここで病気をうつされたんじゃ生死に関わりかねない。
で・・・・拙者は・・・・
いつもカバンの中にマスクを入れているのだが・・・・あれ?
今回はいつものカバンではない別のカバンを持ってきてしまったためマスクが・・・・ない!
よりによってこういう時にマスクがない!
“危機管理”失敗である!(笑)
上野駅までの1時間半・・・・この咳をしている乗客と同じ車両・・・・
あ~あ~たまんねぇなぁ~
こりゃ、ヤバイぞ~
拙者が感染してしまうぞ~

それにしても・・・・・
何で咳をしている奴がマスクをしないで、健康な人間がマスクをしなくちゃならないのだろうか?
これじゃ、新型インフルエンザの流行を抑えることは不可能だな。
他人に病気をうつさないように注意するという基本的道徳心の欠如である。

上野駅を降りた時、この乗客を思わず睨めつけてしまったが・・・・(笑)
思ったとおり・・・バカ面したサラリーマンだった。(笑)

あのやろ~「マスクをしろ!」って言ってこようか?
親父いわく・・・「ケンカになるからやめろ」
親父が一緒じゃなけりゃ喧嘩をしてもいいのだが・・・

相変わらず、拙者は短気である。(笑)
まぁ、こんな奴に道徳心を求めるのは無理だろうから「馬の耳に念仏」だろうが・・・・
こういう奴がいる以上、新型インフルエンザは確実に流行するだろう。

とりあえず、この後の事もあろうからコンビニに飛び込んでマスクを買う。

日記 | 10:31:43 | Comments(0)
刑事一代
刑事一代―平塚八兵衛の昭和事件史 (新潮文庫)刑事一代―平塚八兵衛の昭和事件史 (新潮文庫)
(2004/11)
佐々木 嘉信

商品詳細を見る


その昔・・・平塚八兵衛という名刑事がいた。
「落としの八兵衛」「ケンカ八兵衛」「鬼の八兵衛」と、いくつもの異名を持つ。
交番勤務の巡査の時、泥棒の検挙率は警視庁管内でナンバー1。
昭和18年に本庁の「捜査一課」に引き抜かれ、それから32年間余り捜査一課の刑事一筋。
巡査から警視になるまで無試験で昇進したという人である。
しかも、この人は我が茨城県の出身。
へぇ~初めて知った~
急に親近感が湧く。(笑)
この名刑事にインタビューして、聞き書きという形で出来上がったのが本書。
八兵衛さんの話し言葉で、この方が関わった過去の事件について語られている。


吉展ちゃん事件
昭和38年、4歳の吉展(よしのぶ)ちゃんが誘拐され殺害された事件。
容疑者の小原保(こはらたもつ)は二度の取り調べを行なっても真犯人とする決め手が欠けたまま。
八兵衛は、他の刑事が行った小原のアリバイ捜査を一からやり直し、上司と喧嘩をしながらも「現地捜査」を続行して矛盾点を見つける。
最後の3度目の取り調べで、小原の不用意な発言がアリバイとの矛盾をさらけ出してしまい、期限ギリギリで自供を引き出すことに成功する。
犯人の小原は死刑となるが・・・・
警察を退職後、八兵衛はこの小原の墓参りに行っている。
この小原の故郷・・・・福島県石川郡・・・・
ん?
私の会社の下請け会社がある場所に近いじゃないか!
へぇ~あの近くが小原の故郷だったのか・・・・初めて知った・・・・

帝銀事件
昭和23年に発生した帝国銀行椎名(しいな)町支店で発生した毒殺事件。
誰もが知っている有名な事件である。
犯人として画家の平沢貞道(さだみち)が逮捕され、死刑判決が確定したが執行されず、平沢死刑囚は昭和62年に95歳で肺炎のため刑務所で死亡した。
この事件・・・・
真犯人は本当に平沢なのか・・・・ということで、多くの本が出ているが・・・・
その殆んどは、平沢死刑囚は無実であるという話が多い。
元特務機関員が真犯人という話も出ているが・・・・
八兵衛はこれらの無罪説には反対の立場。
捜査陣も平沢がシロかクロかで二つに分かれていたという。
ここでは平沢逮捕に至るまでの経過を詳しく語っている。
しかし・・・私にとっては、どうもモヤモヤとしてスッキリしないのである。
本書を読んでみると明らかに犯人としか思えない・・・・と言えないこともないのだが・・・
なんでだろ?

小平(こだいら)事件
昭和21年、東京都港区芝公園で女性の絞殺死体が発見される。
犯人として小平義雄(こだいらよしお)が逮捕されたが・・・
取り調べると・・・・戦前から戦後にかけて別の殺人事件が次々と発覚。
この男の手口は食糧難の時代に付け込んで、買い出しの女性を騙し、次々と暴行して殺害を繰り返していたのである。
犯人の小平は死刑となり、昭和24年に刑が執行された。
このいわば連続殺人事件の捜査の内幕を語っている。
この手の事件は、終戦後の混乱期には多かれ少なかれ他にもあったかもしれないなぁ。
闇に消えた事件も多いのではなかろうか?

スチュワーデス事件
この事件の名称を見て・・・・そんな事件なんかあったのだろうか?・・・・と思ったのだが・・・
昭和34年、英国系航空会社の日本人スチュワーデスの死体が発見された。
捜査が進み、ベルギー人のベルメルシュ神父が重要参考人として浮かんだが・・・
6回目の取り調べを行う直前に、突然帰国され・・・・それっきり。
結局、未解決となる。
大失敗である。
結局、言葉の壁や教会のガードの固さ、再独立まもない当時の日本の外国人への遠慮などが捜査を阻んだと言われている。
それにしても・・・この神父・・・
ベルギーに帰ってどういう人生を送ったのか知りたいものだ。
当時38歳・・・・ということは、今も生きてれば88歳ぐらいになっているだろう。

下山事件
昭和24年、国鉄総裁の下山定則(さだのり)が常磐線で轢(れき)死体として発見された事件。
自殺説と他殺説の論争が現在も続き、ミステリー事件として有名なのだが・・・・
八兵衛は自殺説。
問題は法医学の解剖所見の対立と、政治がカラミ過ぎたため、おかしな話になってしまったらしい。
他殺説の根拠となっている“証拠”が実はありえない“証拠”であることが語られている。
たしかに・・・・そういうことになると・・・・怪しい。
そうなると・・・軍配は自殺説にあげてもいいか?
それでも今もってこの事件がスッキリと決着しないのはなぜなのだろうか?

カクタホテル殺人事件
国鉄大井町駅前のホテルの一室で首つり自殺した女性の死体が発見される。
この女性・・・会社から横領して指名手配をされていた女性。
検視の結果、自殺とと判断されたのだが・・・
八兵衛は、他殺の線が濃いとして捜査を開始。
捜査の結果、和泉英雄と伊藤和子の2人を逮捕。
取り調べで、この2人が被害者をそそのかして横領させ、その後自殺に見せかけて殺害したことが判明する。
自殺説を他殺にひっくり返した“勘”の良さには敬服!
この2人を逮捕するまでの経過が語られている。
この2人は昭和46年に無期懲役が確定しているが・・・・
その後はどうなったんだろうか?
気になるところである。
主犯の和泉は当時32歳だから・・・今は74歳ぐらいか。
共犯の伊藤は当時22歳だから・・・今は64歳ぐらいか。
無期懲役って言っても無期限に刑務所に入っているわけじゃないからねぇ~
すでに社会に出て“普通の人”として生活しているんだろう?
それにしても・・・こういう殺し方をしているのに何で死刑にならなかったのだろうか?
わからん・・・・

三億円事件
昭和43年に発生したニセ白バイ警官による現金強奪事件で、誰もが知っている大事件。
大量の警察官を動員して捜査するが、捜査は進展せず・・・・
昭和44年に切り札として八兵衛が捜査主任に起用される。
つまり・・・捜査途中からの投入。
遺留品も多く、目撃者も多いため、簡単に犯人が捕まると思ったのが間違い。
初動捜査のミスが目立つ。
さすがの八兵衛が“洗い直し”をしても手遅れ状態。
本書では一番紙数を割いて、この事件について語っている。
インタビューは時効直前に行われている。
ここでは、犯人像も語っているが・・・・・
その中で、世間一般的に伝えられている話がかなりいい加減だということがわかる。
確かに、読んでみると八兵衛の犯人像は納得がいく。
その後、結局、昭和50年に時効が成立してしまい、迷宮入りとなってしまったが・・・・
あ~あ~
初動捜査がもう少し適切だったらなぁ~・・・・・という感は否めない。

ちなみに、名刑事・平塚八兵衛は昭和54年にすい臓がんのため66歳でこの世を去っている。
さて・・・・彼のいない現在・・・・彼のような名刑事はいるのだろうか?
いてほしいと望んでいるのだが・・・・どうだろう?


今年の読書:1冊目



読書 | 23:27:16 | Comments(0)
結構な出費だぁ!
今日は、先日購入したデジカメのアクセサリー類を買いに行く。
最初は家電量販店に行ってみる。
あらら・・・不景気だと言われているわりには・・・・なに・・・・このお客の数・・・・
広い駐車場も一杯!
店内もごった返している。
おかしいだろ?
不景気だというのに・・・・みんな何だかんだ言ってもお金を持ってるじゃん!(笑)

デジカメの記録媒体であるCFカードが見つからない。
で・・・混んでいるので店員に聞くタイミングも取れない。
というわけで・・・・ここで買うのはやめる!(笑)

次に行ったのが・・・・小学生のころから利用しているカメラ屋さん。
で・・・ここで相談に乗ってもらいながらアクセサリーを購入。
「今度はどこに行くんですか?」と尋ねられたので、“エナリさん”とラバウルへ行く話をしたら、さすがはカメラ屋sだんである。
著名な写真家の“エナリさん”を御存じだった。
「どうやって知りあったの?」と驚かれた。
雑談しながら、あれやこれやと購入。
レンズクリーナーや、レンズフィルター、カメラを入れるバック、予備のバッテリー等々・・・
CFカードは2GBのものを3枚。
最高画質のファインモードで1枚で582枚撮影できるから・・・・3枚で1746枚撮影できる。
いつも5日間くらいの国内旅行では1000枚くらい撮影するので、これだけ余裕があれば十分だろう。
何だかんだで・・・・約3万3千円ほどかかった。

ということは・・・・・
カメラ関係で11万円ほど使ったことになる。
ヒェェ~(笑)
ラバウルの旅費は約38万円。
合計ですでに49万円。

パソコンに写真を取り込むカードリーダーも買わねばならんし・・・・
出発は夜だからいいが、帰国も夜なので東京に1泊しなくてはならない。
ということで・・・・ホテル代もかかる。
成田までの交通費も・・・・
現地でも多少はお金も使うだろう・・・・・

何だかんだで・・・・最低でも55万円ぐらいは軽く使ってしまうな~
お・ど・ろ・き!(笑)

考えてみれば、働いていたら収入はあるが、時間がないから、こんな旅行には行けないし・・・・
まぁ~いいだろう。(笑)
昔だったら帰国後に写真の現像代でかなりお金を使ったわけで・・・・
それがデジカメのおかげで現像代やプリント代がかからなくなったんだから・・・・(笑)

日記 | 22:56:24 | Comments(0)
朝寝坊!
「朝寝は時間の出費である。しかもこれほど高価な出費はほかにない」とは、アメリカの実業家であるカーネギーの言葉である。

で・・・・・
やっちゃった!
朝寝坊!(笑)
それも・・・・すごい“出費”である。
朝、ちゃんと目が覚めたのに、もう一度寝て・・・・
また目が覚めたけど、また寝て・・・・と3度も繰り返して目が覚めたらお昼!(笑)
いくらなんでも寝過ぎである。

だから、カーネギーのように金持ちになれないんだよな。(笑)

日記 | 01:23:37 | Comments(0)
デジカメを買う!
ホテルをチェックアウトして、今日は写真家の“エナリさん”とラバウル旅行の打ち合わせ。
九段にある旅行社に向かう。
まず最初に靖国神社に行き参拝。
それから旅行社へ行き、“エナリさん”と待ち合わせて旅行の詳細を打ち合わせする。

旅行社との打ち合わせ後、“エナリさん”と「うなぎ屋」で遅い昼食。
その席での話・・・・
「あなたは本の出版とか写真集の出版とかは考えていないの?」と尋ねられた。
「滅相もございません。そんな文才もないですから・・・」
「もったいないよなぁ~いろいろと活動しているのに・・・・貴重なことをやっているんだから出版も考えたら?」
「そうですねぇ・・・・」
「ところで・・・デジカメって何を使っているの?」と尋ねられたのでちょうど持参していた小さなデジカメを見せたところ・・・・
「え!これで写真を撮ってるの?」
「そうですけど・・・・」
「あのね~駄目だよ、こんなのじゃ~」
「いやぁ~お恥ずかしい~(笑)」
「あなたは戦跡訪問とか貴重なことをやっているんですから、その貴重な記録をこんなカメラで撮っちゃ駄目だな。こんなカメラで撮った写真じゃ、将来、写真集や写真展に使えないでしょ~」
はぁ?写真集?写真展?
そんな恐れ多いことをしようなんて考えていないんですけど・・・・(笑)
「あのね、あなたは貴重なことをやっているんですよ~そのことをもう少し真剣に考えてもらわないと~」
「はぁ・・・・」

“先生”のお話によれば・・・・やはり20万円程度の一眼レフ・デジカメじゃないと・・・という。
ヒェ~・・・・20万円!(笑)
時間があるなら今から一緒にカメラを見に行こうというので、ご足労願う。
“先生”は紫綬褒章を受けた写真家である。
拙者はその世界のことは知らないのだが・・・偉い写真家なのだそうだ。
その“先生”がおっしゃるのだから従わねばなるまい?(笑)
“エナリ先生”はデジカメではなく従来のカメラを使っておられるという。
知り合いのカメラショップへ行ったら・・・・ずらりと“時代もの”のカメラが・・・
拙者の全然知らないメーカー名の四角いカメラ・・・・
ファインダーを上から覗くというカメラが、中古で20万円以上する。
へぇ~・・・・唖然!
店主が言うには「これはプロの方が使われるカメラなんですよ~」
へぇ~・・・・
「俺はね・・・これ、3台持っているんだ」と“先生”はニヤリ。

よさそうなデジカメがないというので・・・・
地下鉄に乗って銀座のお店に行くことになる。
「デジカメの中古なら半額ぐらいで手に入るんじゃないかな」という。
半額といっても・・・・10万円?
ヒェ~・・・・である。(笑)

で・・・店頭に飾ってあった中古のデジカメ・・・・
「これがいいんじゃないか?これはいいカメラだよ」と“先生”
値段を見たら・・・・本体価格・・・・1万9千円!
ん?
1万9千円??????
何かの間違いでは????
店主に尋ねたら間違いないという。
ちょっと前の型になると、デジカメはガクンと値段が下がってしまうのだそうだ。
へぇ~
それにしても・・・これ・・・本当の価格はいくら?
レンズを含めて25万円以上もするのだそうだ。
手頃な中古のレンズが1万8千円程度・・・・
一緒に買っても4万円以下!
嘘ぉ~(笑)
「このメーカーのこの型はいいよ~」と“先生”
「まぁ、よく考えて、よかったら後で買いに来たら?」と言われたが・・・・
また後日、銀座に買いに来るなんていう余裕はない。(笑)
プロが薦めるのなら間違いないでしょ?
でも、ズームレンズはもう少しいいものを買おう!
店主もさすがは詳しい方で、この方のお父さんは土門拳という写真家と同じクラブで一緒に活躍した写真家らしい。
その店主が「レンズはこっちのものを1本持っていたほうがいいですよ」と薦めてくれた。
値段は・・・中古品だが・・・5万円少々・・・・
本体とレンズで7万7千円程度。
ん?25万円以上するものが・・・・7万7千円?
即、購入を決定!(笑)
恐るべし!衝動買い!(笑)
サービスに予備のバッテリーパックと新品のレンズフードも付けてもらっちゃった!(笑)

ラバウルへ出かけるまで約2週間しかない。
問題は、それまでに、この一眼レフを使いこなせるようになるかどうか・・・・である。(笑)
出発までに、マダン、ラバウル等の資料を収集して読み込んで頭に叩き込んでおかねばならぬ。
出発前までに戦友会の会報も作り上げておかねばならぬ。
そして・・・この一眼レフの使い方も覚えねばならぬ。
いやぁ~参ったぁ~
こりゃ大忙しである。(笑)

で・・・今回の撮影旅行・・・・
気になることが一つある。
同じ場所で、同じアングルで“先生”と同じ写真を撮ったのではマズイのではなかろうか?
その質問を“エナリ先生”にぶつけたら・・・・・
「あのねぇ~僕はプロだよ。同じアングルで撮影しても僕の方があなたより数段上!全然気にすることはないよ!」と大笑いされた。
ごもっともでございます!
拙者が間違っておりました!
拙者はド素人でございました!(笑)
「そんなことは気にすることはないよ。現地で僕の撮影の仕方を教えるから、真似してやってごらん」
キッチリ・・・と教えてやるからと言われ感激!
“大先生”に個人教授していただけるとはありがたし!
が・・・しかし・・・拙者はカメラのイロハも知らないんですけど・・・・
シャッターボタンを押す程度のことしかできないんですけど・・・・大丈夫でしょうか?(笑)

では・・・“先生”!・・・・今度は成田空港でお会いしましょう!
“先生”とは銀座で別れて・・・・ルンルン気分で家路を急ぐ。(笑)

日記 | 22:52:49 | Comments(0)
次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。