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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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合同セミナーに出る
午後3時から『合同セミナー』
会場は大入り満員である。
基調講演は、星野仙一氏
演題は「我が野球人生」とのこと。
ちょうど、WBCとか何とかって言うものの監督選考で何だかんだと揉めているそうで・・・・
昨晩、どうも巨人軍の原監督が就任することになりそうだとかという話が出たところ。
タイムリーといえばタイムリー(笑)
拙者は野球のことは全くわからない。
プロ野球にも全く興味がない。
セリーグとかパリーグとかもわからない。
ましてや、どこそこの選手の名前を聞いてもさっぱりわからないのだが・・・・
演題は「我が野球人生」なのだが、中身は北京オリンピックの話やWBCの話などの裏話。
「これは愚痴じゃないんだけどねぇ」と言いながら裏話をご披露。
野球のことを全くわからない拙者が笑えるのだから・・・星野さんは話が上手である。
普通は講演なんて引き受けないそうだが、今回は特別に縁故関係で引き受けたのだそうだとの噂を聞いた。
ということは・・・講演慣れしているわけじゃないということになるが、なんでこんなに話が上手なんだろうか?

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写真は星野さん登場前の演台。(笑)
拙者は広報委員長として、あくまでも法人会会報に載せる報告のための写真を撮るのですから・・・
ここに星野さんの写真を載せるわけにはいかない。(笑)
このブログには演台だけ。
星野さんが写っている写真は法人会の会報とHPにしか使用しない。
これは礼儀だろ?
目的外に使用したのでは信義にもとる。

さて、今回のセミナーの参加者数は・・・・
埼玉県:92名
栃木県:79名
群馬県:71名
新潟県:17名
長野県:132名
そして、我が茨城県は29名である。

で・・・我が茨城の中身は・・・
水戸法人会が3名、太田法人会が10名、下館法人会が7名、鹿行法人会が6名・・・・
そして我が日立が3名・・・・
水戸と同じく一番少ない。(笑)

講演会後懇親会に移るが、“ケムちゃん”と“オノザキくん”の2人は、5時半の新幹線に乗って帰るため懇親会は欠席。
仕方がない。
拙者は広報委員長だし・・・・
懇親会の写真も念のため撮っておいたほうが良かろうということで一人で懇親会に出席する。
水戸法人会に混じっておしゃべりをするが、彼等も6時の新幹線で帰るため途中退席。
今度は太田法人会が声をかけてくれたので、ここに混ざっておしゃべり。
ご親切に声をかけていただき感謝、感謝である。

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DSC00975_convert_20081201114452.jpg(アトラクション)

実は参加者名簿を見て大笑い。
茨城県からの参加者でこのホテルに今晩宿泊するのは拙者だけなのだ!
太田法人会はバスに乗ってやってきたそうで、今晩は温泉旅館に泊まるという。
「なんだったら一緒に来て泊まる?温泉だよ~」とからかわれる。(笑)
なんたることぞ!
茨城県連に宿泊を頼んだのは拙者一人かい!(笑)
今晩は寂しく一人で寝るかぁ~(笑)
こんなことなら昨晩のホテルに2泊することにすればよかった。
いずれにせよ一人で寝るわけですが・・・・気分が違うでしょ。
懇親会終了後、皆さんを送り出して・・・・ホテルに一人・・・・ポツ~ン・・・・・(笑)
なんと寂しいことか。

昨晩書いておいた手紙を持って駅までトボトボと歩いて行く。
で・・・駅前のお土産屋さんに行ってお土産の発送。
実は長野に到着して一番最初にこの店に立ち寄ってお土産の下調べをしておいたのである。
今回は9名に手紙を添えてお土産を発送。
で・・・・懇親会の料理ではもの足りない。
お店の“おばちゃん”に尋ねたら、目の前の蕎麦屋が結構美味しいとか。
ということで、駅前の蕎麦屋で夕食を食べる。

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戸隠おろしソバとヒレカツ丼のセット・・・・1300円なり!

食後、ホテルに戻る途中、ブック・オフに立ち寄る。
で・・・・本、5冊を衝動買い!(笑)
やっちまったぁ~
長野というのは教育レベルが高いというか、何と言うか・・・・
「欲しい!」という本が結構あったのである。
全国各地のブック・オフに立ち寄ることがあるが、場所によってはロクな本が置いてない店もある。
そういう時は「はは~ん・・・この町はレベルが低いんだなぁ~」と勝手に判断してニヤリ。
さすがに長野は違うね~
いい本が結構ある。
散々迷って絞って5冊。
欲しいままに買ったら、もっと買ってしまったに違いない。
旅先で本なんかを買ったら重くて嫌なのだが・・・
明朝、ホテルから宅急便で自宅に送ってしまおう!(笑)
宅急便って本当に便利である。

本日の歩数は・・・1万5668歩、8.6km
実質、午前中しか歩いていないから、しかたがないかぁ~

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日記 | 15:11:49 | Comments(0)
地震塚
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地震塚

弘化4年(1847)御開帳中に起きた善光寺大地震(推定マグニチュード7.4)の犠牲者数千人の霊がまつられている
発願主 土屋仁輔は上田の人 大地震発生の時 10里の道を使用人らと米・味噌・衣類等を大八車に積んで駆けつけ被災者の救援と共に犠牲者をねんごろに葬ったという
南側の塔は弘化5年建立の阿弥陀経一字一石供養塔
以来風雪に耐えて損傷の度著しく平成9年(1997)御開帳の年善光寺大地震百五十周忌供養を厳修し改葬する

維時 平成9年12月 信州 善光寺

(石碑・碑文より)

地震塚


史跡 | 14:20:02 | Comments(0)
明治天皇駐蹕之処碑
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明治天皇駐蹕(ちゅうひつ)之処碑

明治天皇明治十一年北陸東海両道ニ巡幸シ九月八日駕ヲ長野ニ駐メ給ヒ九日午後此ノ丘上設クル所ノ亭館ニ於テ川中島四郡ノ風光ヲ望ミ「佳郷」ト宣ハセラル後遂ニ館ニ名ヅク
爾来五十五星霜今茲(ここに)市民相謀リ碑ヲ佳郷館跡ヲ距(へだて)ル北方七十七尺ノ地ニ建テ以テ聖躅(せいちょく)ヲ千載ニ伝ヘ偉徳ヲ万古ニ仰カムトス
碑ハ工学博士伊藤忠太ノ設計ニ成リ題字ハ故陸軍大将乃木希典ノ集字ナリ

昭和八年九月
長野市長 丸山辨三郎 謹書

佳郷館は明治24年の城山火災のために類焼した。

(説明板より)

明治天皇駐蹕之処碑


史跡 | 13:58:11 | Comments(0)
善光寺日本忠霊殿
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善光寺日本忠霊殿造営の由来
奉祀の霊240万柱

善光寺日本忠霊殿は戊辰の役(明治元年ー1868年ー)以降太平洋戦争に至る間 国難に殉じた240万の忠霊を奉祀(ほうし)(おまつり)する わが国ただ一つの仏式による霊廟(れいびょう)(おたまや)であり 明治39年(1906年)の創建に成ります。
たまたま日支事変 太平洋戦争における殉国の将兵100万余柱の遺骨遺髪など「おかたみ」を勧請(かんじょう)(おむかえ)したのを機縁(きえん)に 新たに永世不朽(えいせいふきゅう)の殿堂を建立することに財団法人善光寺日本忠霊殿造営奉賛会を結成 浄財を全国に求めました
趣旨に賛して寄進する有志都鄙(とひ)を蔽(おう)うて余さず 造営の工程も順調に進んで昭和45年3月(1970年)廟塔(びょうとう)を落成し 240万の忠霊安らかにここに鎮まりました。

平和祈願の霊廟
本尊は阿弥陀如来

善光寺日本忠霊殿は 善光寺の本尊一光三尊仏(いっこうさんぞんぶつ)=阿弥陀如来(あみだにょらい) 観世音菩薩(かんぜおんぼさつ) 勢至菩薩(せいしぼさつ)=請来(しょうらい)(おむかえ)して本尊と定めました
祖国に殉じ 人類永遠の平和の礎(いしずえ)と化した精忠(せいちゅう)赫々(かくかく)の霊魂(みたま)は 仏のみちびきによってこの霊廟に鎮まり阿弥陀如来の慈悲のみ光のもと 永久(とわ)に国家民生の安泰をお護りするのであります
敬仰追慕(けいぎょうついぼ)して忠霊の冥福を念じ 祖国万邦の和平繁栄を冀(こいねが)い併せて一家同胞(はらから)の息災延命(さわりなき)をお祈りいたしましょう

昭和45年4月吉日

(由来碑・碑文より)

善光寺日本忠霊殿



史跡 | 13:15:06 | Comments(0)
佐藤兄弟の塚
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佐藤兄弟の塚

(長野市指定建造物)
石造宝篋印塔 2基
応永4年(1397)建立

この地方で最古の逆修供養塔(ぎゃくしゅうくようとう)です
源義経の忠臣佐藤兄弟の塚といわれ兄継信(つぐのぶ)は屋島で弟忠信(ただのぶ)は吉野にてそれぞれ義経の身代りとなって戦死しましたがその供養のため母梅唇尼(ばいしんに)が之を建てたと伝えられています

善光寺

(説明板より)

佐藤兄弟の塚



史跡 | 12:32:29 | Comments(0)
桂並木
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桂並木と善光寺

ここ善光寺の表参道「中央通り」には、約1.4kmの桂(かつら)並木が続いています。
全国的にも珍しいこの桂並木は、善光寺にゆかりのある樹木です。
古来、度重なる火災に見舞われた善光寺ですが、国宝に指定されている現本堂は江戸時代の宝永4年(1707年)に建立され、以来その荘厳なたたずまいを保っています。
この壮大な本堂を支える108本の柱には、桂と欅(けやき)の大木が用いられています。
桂の木は従来、長野近郊ではあまり見られないため、本堂に使われた桂の木は佐久方面で切り出され、千曲川を下り善光寺平まで運ばれたのではないかという説があります。
用材集めに運搬、加工、普請に全国から人工や大工が集められ、そして落成したばかりの巨大な本堂で入仏供養が厳かに行われる・・・・。
そんな歴史を想いながら、この桂並木があの柱のような大木になるのかと想像すると楽しいですね。

平成13年8月27日
ガバナー公式訪問記念事業
長野中央ライオンズクラブ    長野篠ノ井ライオンズクラブ
長野白樺ライオンズクラブ    長野みすずライオンズクラブ
長野りんどうライオンズクラブ  信州新町ライオンズクラブ

(説明板より)

桂並木


史跡 | 11:45:53 | Comments(0)
長野の旅
今日は『関東信越法人会連絡協議会・青年部会連絡協議会』の合同セミナーの日。
組織名が長すぎて何のことやら参加者の拙者自体がわかっていないが・・・・(笑)
とにかく、関東信越法人会の青年部会が集まるセミナーなわけだ・・・
で、それは午後3時から・・・・
というわけで、午前中に長野市内を観光することにする。

長野といえば・・・善光寺?
一応、行っておいたほうがよかろう・・・・と思って行ってみたが・・・・
面白くない!(笑)

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山門のところに子どもたちが・・・・
どうやら学校の授業で写生会をやっているようなのだが・・・
そこに座り込んでいたら通る人たちの邪魔だろう?
直ぐ近くには若い女性教諭がいたが、平然としている。
文句を言ってやろうかと思ったが、生徒の目の前で先生に注意するのもマズイ。
睨みつけたが・・・・効き目なし。(笑)
公共の場ではどうしなければならないのか・・・をどうして教えない!(怒)

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この最初からの不愉快な思いが尾を引いた・・・・
さすがは善光寺・・・・観光地化されていて団体客がゾロゾロやって来た。
拙者はこういうところは好きじゃない。
生来のへそ曲がりがムクムクと湧き上がってきてしまった!
何が善光寺だ!誰がお参りなんかするものか!(笑)
というわけで・・・本堂を避けてお参りもせず境内を歩き回ることにした。(笑)
本堂の前には観光客いるが、ちょっと脇に逸れると誰もいない・・・・
なんと静かなことか・・・
観光バスなどでやって来た団体客はお参りをしたら参道のお土産屋でお買い物なのだろう。
だから、本堂の裏のお庭なんかには誰もいない。
だいたい、こんな観光地化されたお寺をお参りして何が面白いのかね?
ご利益なんかあるわけがない。
成田山にお参りをした帰りに交通事故で死ぬ奴がいるのである。
昔、成田山参詣の帰りの観光バスが事故を起こして死者がでるという大事故があったと記憶している。
ほら・・・これをどう解釈する?
お参りをした帰りに死んじゃうんだぞ。
ご利益なんかないだろう?
すでに実証済みなのであるから・・・・善光寺も同じ・・・・
お参りなんかしても無駄!(笑)
お参りしなかったから事故に遭って死んだ・・・となるかどうか試してみよう。(笑)
やれるものなら、やってみろ!善光寺!(笑)

本堂裏のお庭を散策していたら幼稚園児の団体が遊んでいた。
保母さんが「こんにちは!」と挨拶してきたので、拙者も「こんにちは」と挨拶したら・・・・
次々と幼稚園児から「こんにちは!」の挨拶攻め・・・・
ゲゲッ!大変なことになってしまった!(笑)
一人一人に返事を返してやらねばならない。
「私だけ返事をしてもらえなかったぁ~」なんて泣かれたら大変だ!
で・・・ようやく立ち去ろうと思ったら・・・・
少し離れたところで遊んでいた幼稚園児が気がついて走りよって「こんにちは!」
またまたそれにつられてか、あちらから、こちらから「こんにちは!」の挨拶。(笑)
マイッタァ~
これでは、いつまで経っても先に進めない!(笑)
しかし、挨拶したら挨拶をしてもらえる・・・ということを実証しなければ幼稚園児のためにならんだろ?
挨拶しても挨拶してもらえないとなったら・・・・
挨拶しても仕方がない・・・なんていう子どもが育ってしまう。
これではイカン!
子どもたちの教育のためにも丁寧に返事を返してやらねばならん!
思わぬ“伏兵”にタジタジとなった“浪士”であった・・・・・(笑)

ようやく“危機”を脱して先に進んだところで慰霊碑を2つ見つける。
笑ってしまったのが・・・・『迷子郵便供養塔』

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碑文によれば、年間110億通の郵便物のうち受取人にも送れず、差出人にも戻せなかった郵便物が180万通もあるという。
で・・・・その迷子になった郵便物の供養塔を建てたという。
あらら・・・供養しちゃったの?(笑)

もう一つは長野県出身の神風特別攻撃隊の慰霊碑である。
各県出身の特攻隊員はいても、各県、必ずしも慰霊碑を建てている訳ではない。
そういう意味からしても、貴重な慰霊碑であると思う。

さて・・・善光寺を抜けて更に北に歩く。
そこに「招魂社」があるようなので、お参りに行く。
途中、満蒙開拓団の慰霊碑を偶然発見する。

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招魂社の拝殿は意外にも立派!
普通は「招魂社」というと小さな祠がポツ~ンというところが多いのだが・・・・
長野の場合は護国神社並みの立派さ。
これには驚いた。

時刻は12時・・・・
ここからセミナー会場であるホテルに向かって戻ることにする。
途中で見かけた神社に立ち寄ったりしながらブラブラ歩き、午後1時過ぎホテルに到着。
今晩はこの会場となるホテルに宿泊するので、チェックインの手続きを・・・・
「禁煙室で承っております」と言われ愕然!(笑)
法人会の事務局を通してお願いしていたら禁煙室になっていた!
急遽、喫煙室をお願いして部屋を変更してもらう。
部会長の“ケムちゃん”や副部会長の“オノザキくん”との待ち合わせは2時過ぎ。
それまでに、ホテル内のレストランで遅い昼食を急いでとり、ロビーで彼等を待つ。

午後2時過ぎ、予定通りにやってきた。
早速、入口のセミナーの看板の前で記念写真を・・・・
いわゆる“証拠写真”である。(笑)
これを撮るために拙者は参加しているようなもので・・・・
この写真1枚を撮ることで、拙者の広報委員長としての役目の半分が終わったといっても過言ではない。(笑)

旅行 | 10:50:46 | Comments(0)