FC2ブログ
 
■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

■最近の記事

■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

小沢一郎の挑戦
小沢一郎の挑戦 (徳間文庫)小沢一郎の挑戦 (徳間文庫)
(1994/01)
大下 英治

商品詳細を見る


小沢一郎の挑戦

小沢一郎という人はどういう人なのだろうか・・・・と思って読んでみたのだが・・・・
結果は正直言ってガッカリ・・・・(笑)
小沢一郎の話より他の話のほうが多い。

第1章 日本が臨んだ最大の国難
時は平成2年(1990年)・・・・
イラクがクウェートに侵攻する前後の国政のドタバタした様子が描かれている。
海部俊樹首相は全くリーダーシップが取れていない。
いかに「無能」であるかが描かれているが、自民党幹事長の小沢一郎についてはチラリと名が出てくるのみ。
この時点で・・・・あれ?
これは小沢一郎に関して書かれた本じゃないの?
そういう印象をもったのである。

第2章 自衛隊派遣
イラクのクウェート侵攻に伴い、日本はどのような国際貢献をすべきか・・・
多国籍軍に自衛隊を派遣すべきか・・・
官邸のドタバタ劇。
何らかの貢献策を出さなければ日本は国際的に窮地に追い込まれてしまう。
海部首相をはじめとする官邸のお粗末な対応に小沢幹事長が乗り込んで吼える。
自衛隊派遣に関して、ごまかしなどの姑息な手段はとるなと吼える。
自衛隊を海外に派遣することは憲法違反であるというのは認識しているが、彼の問題提起は、将来国連軍へ自衛隊を参加させること、多国籍軍へ自衛隊を出すことは協力隊であるから、国連憲章や憲法前文によって合憲ではないか?
そのことを国民の前で議論すべきであるという。
法解釈でごまかして自衛隊を派遣すべきではない・・・・

第3章 国連平和協力隊
「国連平和協力法案」に自衛官の派遣を盛り込んだのはいいが、非武装の自衛官を外務省等の職員として身分をかえて派遣するという政府案。
これに小沢幹事長が厳しい注文をつけた。
「自衛隊の派遣については正面から議論すべきだ。姑息なやり方はやめるべきだ」
海部首相は相変わらず判断がぐらつき決断が出来ない。
まぁ~イライラする・・・・(笑)

第4章 国会論議の波紋
この国連平和協力法案が国会で揉めに揉める・・・・
あ~・・・そういえば、そういうようなことがあったなぁ~
この間、イラクでは日本人139人が人質となっている。
西側各国の国民も人質に取られているが、各国は使節を送って人質の開放に努めているが・・・
国会では不毛の議論・・・・
日本は全く後手後手に回っている。
イラクを訪問した佐藤文生がアラブ諸国を訪問する予定を変更してイラクに留まり人質の解放に尽力する。
へぇ~そんなことがあったのか?
イランのクウェート侵攻時に、そういう活躍をしていた人がいたのか・・・・
調べてみたら、この佐藤文生氏は1973年に日航機がパレスチナゲリラに乗っ取られた時にも運輸政務次官として交渉にあたっていた。
2度目のこのような危機の対応に係わるようになったのも何かの“縁”?
1990年の総選挙で落選し、その後は政界には戻らず2000年に80歳で他界している。
これだけの活躍をしたのに何で落選しちゃったんだろ?

第5章 危機管理能力
中曽根康弘元首相が人質解放交渉のためバグダッドに向かう。
当時中曽根氏は自民党を離党していた。
行き先も目的も同じということで、一緒に自民党議員団のチャーターした日航機に乗って向かうが、自民党代表ではない。
団長は佐藤孝行。
調べてみると、この人・・・1976年にロッキード事件で逮捕され、執行猶予期間終了後の1989年に自民党に復党、2000年に政界を引退している。
この人は、小沢一郎とは仲が悪かったという。
イラクのクウェート侵攻に対して西側諸国が撤退期限を設けて撤退を迫る。
その期限が過ぎれば戦争・・・ということになる。
つまり、あの「湾岸戦争」なのだが・・・
その前夜・・・
日本側は戦争は起こらないだろうと官邸も外務省ものんびりムード。
この時期に海部首相は韓国訪問とASEAN訪問をしようとするのだから、危機管理、危機意識ゼロである。

この頃のことは記憶に残っている。
92歳の祖父に「中東方面の今後の展開はどうなるのか?」と尋ねられた。
ちょうど、戦争になるのかならないのかと大騒ぎしていた時のことである。
私は「必ず戦争になります」と、その理由も一緒に述べたところ・・・
「俺もそう思う」と祖父にいわれホッとした。
祖父は旧陸軍の連隊長殿である。
事が軍事的な問題である以上、“読み”が甘ければ一喝されるのではないかと、ドキドキしながら答えたのである。
そして翌年、祖父は93歳でこの世を去った。

海部首相は国連平和協力法案を廃案にしたが、その後、何の手も打っていない。
このノーテンキさには、呆れるばかりである。
国際移住機構から日本政府にヨルダンにいるベトナム人被災民約1千名のベトナムへの移送要請があった。
このための輸送機に乗って日本政府を代表として現地に行ったのが外務省政務次官の鈴木宗男氏だったという。
へぇ~そうだったんだぁ~
この国際貢献の輸送ではベトナム人に大いに感謝されたらしいのだが・・・そんなことがあったのか?・・・と、なぜか記憶にない。(笑)
鈴木宗男氏はその後の2002年、いくつかの汚職の容疑で起訴されている。
現在は政界に復帰して「新党大地」の代表をしているが・・・・
それにしても、この時期に活躍した人たちは、その後、ろくなことになっていない気がする。
何でだろう?
小沢一郎のことより、そっちのほうが気になるなぁ~(笑)

第6章 小沢一郎の挑戦
第5章まで読んでも、なかなか小沢一郎の“姿”がはっきり見えてこなかった。
最後の章で、ようやく本題か・・・と思ったのだが・・・
なんともピンとこない。
題名の「挑戦」から想像した内容とは大違い。(笑)

この本・・・・
実は平成3年(1991年)に刊行された『官邸の揺らぐ日』に大幅加筆し、文庫本として平成6年(1994年)に『小沢一郎の挑戦』と改題されて刊行されたものである。
う~ん、何で改題したんだろうか?
この年は・・・・細川内閣の時期だが、それと何か関係があったのか?
内容的には、改題前の『官邸が揺らぐ日』がぴったりである。
『小沢一郎の挑戦』では、内容不足、期待はずれ、ほとんど詐欺に近い。(笑)
湾岸戦争前後のこと、自衛隊派遣問題、PKO法案なでについての政治家の動きに関して知るには好著だと思うが、小沢一郎について知ろうと思っても、ほとんど得るものはない・・・・というのが正直な感想である。

スポンサーサイト



読書 | 15:51:46 | Comments(0)