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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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どこまで行くの?
さて・・・
姪っ子の夏休みの宿題は終わったことだし・・・(笑)
ということで、例の如く水戸藩士の“シミズくん”へお誘いのお電話。
なんと、今日は日曜日だというのに彼はお仕事をしているという。
まぁ~拙者も現役の頃は似たようなものだったけど・・・・(笑)
いけませんな。
日曜日にお仕事をするなんて・・・・
休む時には休まねば・・・・
なんて・・・毎日が日曜日の拙者が言う言葉ではないのですが・・・

午後3時に仕事が一区切り付いたというので、早速“シミズくん”をお迎えに・・・
さて・・・今回は真面目に喫茶店に行ってコーヒーでも飲みますか・・・・となるはずが・・・
茨城県最北の北茨城市へ行こうと言う。
まぁ~それでもいいでしょ。
五浦へ行き、五浦岬公園から岡倉天心の六角堂を見る。
で・・・次は・・・・更に北上!
へっ?北上?
平潟港へ行き、更に福島県に入って小名浜へ。
イタリアンレストランに入って休憩!
ピザを食べよう!
なぜかピザが食べたかったので丁度いい。
ピザを食べながらおしゃべりをしていうるうちに外は真っ暗。(笑)
帰りますかぁ~
また茨城に戻って北茨城の二つ島で夕食。
ピザを食べたばかりなのに、もう夕食である。(笑)

DSC09535.jpg

刺身御膳・・・・
食べ始まってから気がついて記念写真を撮る。(笑)
味噌汁は大きなお椀の「海藻汁」
これがなかなか美味しい。
食事をしながら、しばし雑談をして無事帰宅。(笑)
今日は何だかんだと走り回った一日であった。
充実、充実。

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日記 | 13:33:45 | Comments(0)
突然の出動指令!
午前0時・・・・・妹からメールが入った。
「ちょっとお願いがあるんですけど・・・」
うっ・・・嫌な予感・・・・(笑)
小5の姪の夏休みの宿題の手伝いをして欲しいとのこと。
やっぱり・・・・
しかも・・・今日中!
オイ、オイ・・・・・

日立港と日立製作所日立工場と鉱山の煙突の写真を使うので、その写真を今日中に送ってくれとのことなのである。
あのね・・・・突然言われてもねぇ~
拙者にも都合というものがあるんだけど・・・・
今日中と言われたんじゃ予定を変更して協力するしかあるまい。

お天気はいつ崩れるかわからないような雲行きだし・・・・
一番大変なのが絶好の撮影ポジションを見つけるのに時間がかかるということ。
簡単に写真3枚を撮って来て!・・・・って言われてもそうそう簡単には行かぬのだ。

仕方がない・・・・朝から行動開始!
まずは、日立港。
港全景を写したいが、なかなかいい場所が見つからず港をウロウロ。
高台に上ってみたり・・・・
岸壁まで行ってみたり・・・・
とにかく雨が降り出す前に撮影したいが、時間ばかり過ぎていく!
何とかそれらしい写真が撮れたかな・・・と思った途端に雨が降り出した!(笑)

一度家に戻って昼食をとって・・・続いて鉱山の煙突。
この煙突・・・・大正3年に完成したときは高さ155.7メートルで、「東洋一の大煙突」と言われていた「大煙突」
新田次郎の『ある町の高い煙突』のモデルにもなった煙突である。

ある町の高い煙突 (文春文庫 112-15)ある町の高い煙突 (文春文庫 112-15)
(1978/11)
新田 次郎

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当時、青年会議所(JC)のメンバーだった拙者は、この煙突にスポットを当てようという事業で、ライトアップを担当した。
寒い日に夜遅くまでこの煙突をライトアップ。
同期の仲間の奥さんが夜中に差し入れてくれたコーヒーの味が今もって忘れられない。
あの寒い中、よくやったよなぁ~と今でも良い思い出である。

それが・・・平成5年に強風のため倒壊。
2/3が崩れ去り、今では57メートル。
もう「大煙突」じゃない・・・・(笑)
こんな短い煙突では何の面白味もないが・・・・鉱山まで行って、とりあえず撮影を完了。

続いて、神峰公園の展望台へ行って、日立市の全景を撮影。
これは要求されてはいなかったが、こういう全景写真も必要だろ・・・ということで撮影。
この時、不思議と天気が回復し・・・・
海岸線が綺麗に写った!
よっしゃ!(笑)

一番の難問が・・・・日立工場。
近くに高台がない!
全景が撮れない!
工場の建屋が大きくて・・・ファインダーに入りきれない!
あ~参ったぞ~
工場の周りをウロウロ・・・・・(笑)
これが天下の日立製作所だ!・・・・と、シンボルとなるような建屋がない!(笑)
どれも面白味のない普通の古い工場建屋!(笑)
なんとかそれらしい工場を撮影して帰宅。

で・・・急いでメールに添付して写真を送る。

半日もかかってようやく終了!
あとは・・・知らない!
この写真で何とか宿題を完成してくれ!(笑)

日記 | 08:32:57 | Comments(0)
砂抜きに失敗!
さて・・・今晩の味噌汁はどうしようかな・・・
・・・と、悩んだ挙句、しじみの味噌汁にすることにする。
なにせ、親父が好きらしい。
今まで、全然知らなかったけど・・・
母が生きていた時はシジミの味噌汁が出ても「うまい」とも言わないから好きではないのだろうと思っていたら・・・・意外にも好きらしい。〈笑)
そうならそうと、母が生きている時に「これは美味しいねぇ~」くらい言ってやればよかったものを・・・
うまいともマズイとも言わず飯を食ってきたのだから、作る母はつまらなかったろう。
さすがに、今になって少しは気を使うようになったようだ。
「あれ・・・・美味しいんだよなぁ~」と言うようになったから、遅ればせながら進歩したか?

さて、以前は“砂抜き”した、シジミが売られていたのだが・・・
最近なぜかお見かけしない。
しかたがない・・・普通のシジミを買って自分で“砂抜き”するしかないかぁ~
買ってきたはいいけれど・・・・
ところで・・・・“砂抜き”ってどうやるの?〈笑)

スーパーの売り場には「真水で砂抜きができます」と書いてあった。
しかし・・・どのくらい水の中に付けておかねばならないのかは書いてない。
しかも、貝を洗わなくてはならないそうだ。
殻と殻を擦り合わせるように洗うんだとか・・・・
こんな小さな貝の殻を擦り合わせるのか?
嘘だろ?〈笑)

ボウルの中でゴシゴシと米を研ぐように洗ってみる。
これで殻同士が擦りあわされているだろうから・・・・
しかし、いつまでやれば綺麗になったということになるのだろうか?〈笑)
まぁ~いいやぁ~多少汚れていても・・・・食べても死なねぇだろ。
適当なところで洗うのをやめる。〈笑)

基本的に拙者は手順を間違えている。
ボウルに水を張ってシジミをぶち込んで・・・・そのまま・・・・
それからパソコンで“砂抜き”方法を調べたのである。
完璧に手順を間違えている。〈笑)
ネットで調べたら海水か塩水で“砂抜き”をすると書いてあるではないか!
しかも、真水じゃ美味しい栄養分が減ってしまうとか何とか・・・・
ありゃぁ~!
更に、水に浸すときはザルに入れて浮かすようにしておくべきだという。
折角吐き出した砂をまた吸い込ませないためだという。
更に更に・・・・水は浸す程度にするとか・・・・
あまり水の中に沈んでいると窒息死するらしい。

あらら・・・・である。
慌てて台所に戻り、塩水を作って・・・・とやり直し。
で・・・どのくらい置いておけばいいの?
既に多少の砂は吐き出しているようなのだが・・・・
どこまでやったら全部吐き出したってわかるんだろうか?〈笑)
そこが大事なところなんだけどなぁ~

夕食の時間が近づいてきたので・・・・
約1時間程度しか水に浸していなかったけど・・・・
まぁ、いいかぁ!〈笑)

無事に味噌汁が出来た!
「どう?」
「うん、うまい」
「よし!大成功だね」
まもなく・・・・
「ん?ゲッ!砂だ!」と親父。
慌てて洗面所に行ってうがいをした!〈笑)
大丈夫だと思うんだけどなぁ~
いくつか身を食べてみたけど大丈夫だったんだけどなぁ~
と思った矢先・・・・ジャリ!
やってもうたぁ~
砂じゃ!〈笑)

「それ・・・一晩くらい水に浸すんじゃないのか?」と親父。
「ん?一晩も水に浸していたら夕食に食べられねえじゃねぇか~」〈笑)
「今回は失敗だぁ~!汁だけ飲んでくれぇ~」
「まぁ~失敗しながら覚えるしかねぇもんなぁ~」と親父。
ほほぉ~随分大人になったじゃないか・・・親父!〈笑)

昨日の鶏肉といい、今日のシジミの味噌汁といい・・・・
親父には申し訳ないことをした!すまぬ!許せ!〈笑)

日記 | 23:59:55 | Comments(0)
友人のおかげで生かされています。
一昨日の28日は、“ウメちゃん”のHPの更新をしてあげた。
本来はそのまま帰る予定だったが・・・・
結局、いつものように夕食をご馳走になってしまった。

昨日の29日は、水戸藩士の“シミズくん”が夜に「栄養を付けてくれ」と果物を届けに来てくれた。
家に上がってもらっておしゃべりをしてもいいが・・・・
拙者のことゆえ長話になる。
奥さんが運転して来たことはわかっているので・・・・
車の中で延々と待たせては申し訳ない。
先日の“飲酒事件”もあることだし・・・・火に油を注いじゃマズイだろ?(笑)
玄関先で立ち話をしただけとなり彼には申し訳なかったが・・・
“奥方様”には謝罪できた。
いやぁ~全然役に立たぬ先輩で申し訳なし。
にもかかわらず、わざわざ車で届けに来てくれるとは・・・・
申し訳なし。

で・・・・今日・・・・
夕食の買い物から戻ってきたら、我が家の駐車場前に車が停まっている。
ん?邪魔だな~と思ったら・・・・
豆腐屋の“ムラタくん”・・・・
豆腐と揚げ豆腐を届けに来てくれた。
「ちゃんと食事をしているのか?」と一言言ってそのままいつものように風のように去っていった。〈笑)

なんだろう・・・この3日間。
ご馳走になったり、頂いたり・・・・
友人たちのおかげで拙者は餓死せずに済んでいるのである。〈笑)
まさしく、友人のおかげで生かされているのである。
改めて感謝、感謝である。

日記 | 20:49:00 | Comments(0)
何?食えないって?
さて・・・今日は久しぶりに手料理に挑戦!〈笑)
レシピに載っている「鶏肉のガーリックハーブ焼き」でも作ってみるかぁ~
が・・・しかし・・・・
ハーブって何だ?
生前、母が庭に何種類かのハーブを植えていたようだが・・・・
あれ・・・食べられるのか?
よくわからないから、そのまま放置してあるんだけど・・・
雑草なのか、何かの花なのか、それともハーブなのか・・・・拙者には全く区別が付かない。
かといって、この料理のためにわざわざハーブを買うの?
もったいない・・・・
というわけで・・・・ハーブは・・・・パス!
使わない!(笑)
つまり・・・ただの鶏肉のガーリック焼き・・・・ということになる。

ガーリックは・・・・
この間、妹が来て料理した時に使い残した瓶詰めのすりおろしたガーリックがある。
こいつを使おう!

フライパンにオリーブオイルを入れて・・・・
それにペースト状のガーリックを入れて・・・・
そこに塩とコショウを振りかけた鶏のモモ肉を入れて焼いて・・・・・
完成!
結局・・・・レシピは無視してしまった~〈笑)

DSC09525.jpg

出来たぞ~!

親父が一口食べて・・・・「ダメだ!」と言い放った!
ん?
拙者の作ったおかずが食べられねぇってか?〈笑)
「入れ歯が・・・ダメなんだよ~・・・噛めねぇんだ」
そんなに硬かったかなぁ?
拙者には柔らかいんだけどなぁ~
入れ歯に文句を言いつつ、「噛み切れねぇ~」とブツブツ言いながら箸で細かく肉をバラバラにしている。

ありゃぁ~・・・・・
鶏肉も食べづらいとなると・・・・・
流動食になるのも時間の問題だな。〈笑)

日記 | 19:28:15 | Comments(0)
眠れない時は寝ない!
いつものように読書をしていて午前3時。
いい加減、寝るかぁ~
・・・・・ということでベッドに入ったが・・・・寝られない!
あれ?
おかしいなぁ~
1時間経っても眠れない。
こういう時は・・・・無理して寝ようとしないほうがいいだろ。
また起き出して、読書を再開する。

外は雷鳴と雨・・・・・
かなり激しい雨が窓を叩いている。

決して雨の音のせいで寝られないのではない。
なんだろ、これ?
まぁ~眠くない時は寝なくてもいいやぁ~
どうせ、仕事があるわけでもないし・・・・〈笑)

とうとう朝が来てしまい、一睡もせず今日を迎えてしまった。

日記 | 12:11:14 | Comments(0)
八重の潮路の果てに
八重の潮路の果てに――第一期海軍兵科予備学生の記録八重の潮路の果てに――第一期海軍兵科予備学生の記録
(2008/01/24)
田中知之

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雑誌の懸賞に応募して入手した本。〈笑)
滅多に懸賞に当たらないので、この本が届いた時は大感激したが、読んでみたらまたまた感激した。〈笑)

予備学生というのは大学出身の海軍初級士官。
大戦末期には彼等が海軍初級士官の大部分を占めることになった。
この海軍予備学生の中で、よく知られているのが飛行科予備学生・・・・
特攻隊員として多くの犠牲者を出している。
これに対して兵科予備学生というのは、陸戦、対空、通信、特信(通信情報)、対潜、気象、施設(土木・建築)、教育などあまり目立たない兵科である。
本書は、この兵科予備学生の第一期生について書かれたものであるが、まぁ~よくぞここまで一人一人を調べたものだと感心する。
著者は昭和32年生まれ。
戦後生まれの方だったとは・・・・驚く。
軍の組織・制度は結構複雑でわかりづらいのだが、それを良く調べたもんだ。
第1期生は昭和17年1月に採用になっているので、大戦当初から参加していることもあり、各方面で活躍している。
その一つ一つを取り上げて、第1期兵科予備学生を通して太平洋戦争を綴っている。

この予備学生・・・・
開戦直前に出来た制度のため、海軍部内でもあまり知られておらず、当初、部隊ではどう待遇していいかわからず混乱をきたしていたという。
下士官なのか士官なのか・・・
階級上は兵曹長の上で少尉候補者の下・・・・
偉いんだか偉くないんだか・・・
役所がやりそうなことである。〈笑)

活躍ぶりを一つ一つ取り上げたらキリがないが・・・・
海軍のエリートである兵学校出身者との軋轢もある中、一般大学出の予備学生たちの活躍ぶりには脱帽である。
大いに勉強になった。

読書 | 17:50:09 | Comments(0)
ドライブ!
昨日の新聞に友部公民館で「筑波海軍航空隊『模型軍用機展』」という企画展が開催されているという記事が載っていた。
この展示会・・・・今月の31日までとのこと。
模型かぁ・・・・大したことはないような気がするが・・・・・
“思い立ったら吉日”である。
行ってみるかぁ!〈笑)
実際に行ってこの目で見なければ、いいか悪いかわからんだろ。

ここ数日、曇りのち雨・・・・・
どういうわけか天気予報を裏切って今日は快晴!
こりゃ、ドライブ日和でしょ?〈笑)
というわけで・・・一人でドライブ。
向かうは我が家から約50キロ離れた笠間市。

友部公民館の位置はネットで調べたら笠間市役所の隣り。
よし!ナビに目的地を設定して念のため地図も持って出かけたのだが・・・
ナビの通りに走って現地に着いたが・・・・ない!
公民館が・・・ない!
そんな馬鹿な・・・・
地図と比較すると、どうも道路の形も違う。
まさか・・・・

しばらく走ってコンビニを探し、地図を買ってみたら・・・・
ありゃぁ~!
笠間市役所は、笠間の市街地じゃなくて隣町の友部になっている!
どうもおかしいと思ったんだよなぁ~
友部公民館が何で友部じゃなくて笠間にある笠間市役所の脇なのかと思っていたのだが・・・
どうやら町村合併で市役所が移転しているらしい。
拙者の持っていた地図は1993年に発行されたもの。
つまり・・・・15年も前のもの!
こんなのを頼りにしちゃダメだよなぁ~〈笑)
友部は笠間から約10キロ離れている。
いやぁ~参った、参った・・・・
急いで10キロ・・・・戻る!〈笑)

DSC09521.jpg(友部公民館)
DSC09520.jpg(展示)

今度は無事に到着。
で・・・公民館に入ったら・・・・あらぁ~
1階のロビーに模型飛行機と若干のパネル展示のみ・・・・
やっぱり・・・・
わざわざ遠方から来たんだけど・・・・〈笑)
予想通りというか、何というか・・・・〈笑)
何か配布資料はないかと職員に尋ねたら1枚の紙のみ・・・・
これまた期待はずれ。〈笑)

折角来たのに、このまま帰るというのももったいない。
というわけで・・・・今度は歴史民俗資料館へ行ってみる。

DSC09522.jpg(歴史民俗資料館)

時刻は、ちょうどお昼。
町内のスピーカーから「エーデルワイス」の音楽が流れる。〈笑)
夕方に「夕焼け小焼け」が流れるのは定番だろうが、お昼に「エーデルワイス」とはねぇ~
その音楽が田んぼが目立つ農村地域に流れるのである。〈笑)

資料館にはお客は拙者一人。
館長さんが急いで走り回って館内の電気をつけてくださった。
申し訳ない・・・・拙者一人のために・・・・
館内の撮影は自由とのことだったので、「筑波海軍航空隊」のコーナーを中心に撮影をさせていただく。
館長さんに尋ねたら、特に配布している資料も販売している資料もないとのこと。
更には、資料館自体のリーフレットもないという。
あらら・・・田舎の資料館は予算不足かぁ~(笑)
なかなか貴重で珍しい資料が展示されているんだけどなぁ~
もったいないなぁ~・・・・これ・・・・

続いて『県立友部病院』へ向かう。
ここがまさしく筑波海軍航空隊の跡地。
病院の敷地内は関係者以外は立ち入り禁止だが・・・・
入っちゃう!〈笑)
病院の建物は当時の本部庁舎をそのまま使用している。
まぁ~古いこと・・・・
建物の前のグラウンドには当時の朝礼台がそのまま残っている。
病院の敷地内にグラウンドというのも不思議な光景・・・〈笑)
こっそり写真を撮って(笑)、スタコラサッサと退散する。〈笑)

病院から少し離れたところにある記念碑を探して写真撮影。
この直ぐ近くを走る3本の道路が滑走路の跡。
滑走路の跡がそのまま道路として使われている。
これも写真を撮るが、通過する車の運転手が怪訝な顔で拙者を見る。
そうだろ~何が面白くて道路なんかにカメラを向けているのかと思うよなぁ~〈笑)

更に近くの車の幅ギリギリという狭い道を走って雑木林の中へ車を乗り入れる。
このあたりに戦争末期に作られたのであろう地下戦闘指揮所の跡を探すが、なかなか見つからない。
2度ほどグルグル周辺を走り回って漸くコンクリートで作られた地下入口を発見!
マニアックである。
周辺の住民に見つからなくて幸い。
こんな雑木林に車を突っ込んでいたら・・・・どこから見ても不審者である。〈笑)

これで筑波海軍航空隊に関する資料収集は終了!
これで、ホームページに載せるネタが集まった!〈笑)
天気が崩れずにいるので・・・・・
更に隣町の内原にある「郷土史義勇軍資料館」に向かう。
ここには平成15年のオープン早々に見学に来たのだが、前回同様、またもや道に迷う。
一度来たことがある場所なのにどうして道順を覚えていないのだろうか?
自分の頭の悪さには本当に腹が立つ。〈笑)
ここは昔、内原町にあった満蒙開拓青少年義勇軍内原訓練所のあった場所。
5年ぶりに資料館を見学したが・・・・全然変わっていない・・・・
ある意味、ガッカリ・・・・〈笑)

続いて向かったのがJR常磐線の内原駅。

DSC09523.jpg(内原駅)

駅舎は外装が新しくなっているようだが、ホームは当時のまま。
つまり、このホームから満洲・蒙古へ義勇軍が送られた当時のまま・・・・
歴史的遺産としてこのまま残しておいてもらいたいものだ。

時刻は2時過ぎ。
水戸へ向かう途中のファミリーレストランで遅い昼食をとり一服。
このまま真っ直ぐ家に帰るのももったいないので、途中で「BOOK・OFF」に寄って古書を“大人買い”〈笑)

今日はお天気にも恵まれて充実した1日を過ごせた。

日記 | 22:49:07 | Comments(0)
初めての図書館!
某信金の帰りに市立記念図書館に立ち寄る。
実は、市民でありながら拙者はこの市立記念図書館に行ったことがないのである。

昔々大昔・・・・
小学生の頃は学校の図書館にも、市立図書館の分館にもよく行って本を借りていたのだが・・・
大人になってからは図書館に行ったことがない。
基本的に読みたい本は資料的価値がある本なので手元に置きたい。
そうなると・・・借りるより買う・・・・ということになる。

今回は新聞のコピーが取りたくて訪れた。
先日の“トネガワさん”の手紙に・・・・
ある人から連絡があって、8月15日の新聞に自分の記事が載っているので見てほしいと言われたという。
ところが、その新聞を見てみても、そういう記事がないという。
拙者にその記事を読んだかどうかとの問い合わせも手紙に書いてあったのである。

“トネガワさん”は兵庫県在住、連絡をした人は確か東京の人だと思う。
そうなると同じ新聞でも「地方」が違うから記事が載っていない可能性はある。
なんともこの人も不親切な人だ・・・
30歳の女性なのだが・・・・
新聞をコピーして送ってあげればいいものを・・・・・

残念ながら拙者の家で購読している新聞とは違うので、図書館に行って見てみるしかない。
現物を見たら・・・・あった!確かにこの女性の記事が載っていた!
係の方にコピーをお願いして・・・・一件落着!

よし!早速“トネガワさん”に送ってあげよう!(笑)

で・・・ついでに、図書館の中をウロウロしてみる。
ふむふむ・・・・結構、読みたい資料がある。
大半は、一般的な小説類などが多いようだが・・・・
郷土史関係も結構ある。
ふ~ん・・・たまにはここに来て「お勉強」するのもいいなぁ~

もし、拙者が死んだら、拙者の蔵書をここに寄贈しようかなぁ~
そうなると遺言書を書いておかねばなるまい。
そうじゃないと・・・・捨てられちゃうもんね。(笑)
近いうちに遺言書の下書きでも書いておくかぁ~

帰りに法人会事務局にお邪魔する。
図書館の隣の商工会館の中に事務局はある。
すぐ目の前まで来てお邪魔しないというのも失礼だろ?(笑)
まぁ~仕事中にお邪魔されるほうは迷惑だろうけど・・・・(笑)
コーヒーを頂きながら、しばし“アサヒさん”と雑談して帰宅。

やっぱりたまには外に出てブラブラしないとイカンね。(笑)
家の中に引きこもってばかりではイカン。
外に出れば新たな発見がある!
人と会話をすると、気分も爽快、やる気も出る!

日記 | 21:08:52 | Comments(0)
出資金払い戻し手続き
今日は、某信金へ行って「出資金払い戻し」の手続きをする。
昔々、その昔・・・・時代は昭和44年・・・・
拙者が「神童」と呼ばれていた頃のことである。(笑)

親父が会社としてこの信金に出資した。
当時としては、お金を借りる時の交換条件だったらしい。
で・・・1口、1,000円を50口出資・・・つまり、5万円出資していたのである。
しかし、今ではこの信金とは全くお付き合いはない。
で・・・毎年の配当金は2,000円くらい・・・・
考えてみれば、5万円出資して毎年2,000円もらえるんだから割りは悪くはない。
しかし、会計事務所から「もう整理してもいいんんじゃないんですか?」と言われたので、「脱退(譲渡)」することにしたのである。

が・・・・
問題は、この出資証券を買う人が現われないと脱退できないのだそうだ。
あらら・・・・それでは、いつになるやら・・・・(笑)

更に問題は・・・・届出印。
昭和44年のことですからねぇ~
どんな印鑑を使ったものやら・・・・拙者が知るわけがない。
で・・・親父に尋ねたが・・・・
思ったとおり・・・覚えてない!(笑)
仕方がないので、会社の印鑑を全部持って行って、先方に届けてある印影と比較する。
が・・・一難去ってまた一難!
この印影が不鮮明。(笑)
今だったら、こんな印影だったらもう一度押し直しとなるはずだが・・・・
当時はいい加減だったんだろうなぁ~
担当の女の子に「判定」を頼んで印鑑を探し当て・・・・ようやく一件落着!(笑)

彼女の話によると、最近、出資金に関してご家族からの問い合わせが多いという。
ご本人が他界していて、証券も何処へ行ったかわからない・・・・
そりゃそうだよなぁ~
うちのように40年近くもたっていたら、ちょっとわからなくなるのも当然だ。
母がきちんと整理しておいてくれたおかげで証券は保存されていたが・・・
通帳は普段から使うから無くさなくても、証券は無くしちゃうかも・・・・

とりあえず、処理は完了!
あとは証券の譲渡先が見つかったという連絡待ち。

日記 | 19:36:20 | Comments(0)
英語のお勉強。
さて・・・今日は何を読もうかな・・・・と、目に入ったのが、英語の辞書。
う~ん・・・英語の辞書でも読みますかぁ~(笑)

そうそう英和辞典を「読書」する奴はいねぇだろう。
拙者ぐらいなものである。(笑)
「まえがき」から読み始め、「この辞書の使い方」まで真面目に読む。
学生時代には、こんなページは読んだことがないから、なんとなく新鮮だ。
※が4つ付いている単語が中学学習程度の最重要語約1000語だそうだ・・・・
で・・・※が4つ付いている単語を見てみたら・・・・
ありゃぁ~
すっかり忘れている単語がゴロゴロ・・・・
参ったぞぉ~
全然覚えていない!
記憶にない!(笑)
※が3つの高校程度に至ってはボロボロである。
よくもまぁ~これで大学に入学できたもんだ!(笑)
大学に行けたのは、まぐれ当たりだったんだな~(笑)

こりゃ、「読書」どころじゃない・・・・覚えなければ!(笑)
よくもまぁ~こんなに英単語を知らないのに、よくぞ海外に行ったものである。
我ながら呆れる。
かなりボキャブラリーがないなとは自覚していたが・・・・
中学程度の英単語も知らぬとは・・・・
現地で、いかにお粗末な会話をしていたのか・・・・

これではイカン!
今からでも遅くはない。
少しでも覚えておかねば!
次回、海外に行く時にマズイ!
最初から覚えている単語が少ないのだから・・・
歳を取るごとにドンドン忘れて更に少なくなってしまう。
補充せねばなるまい!

更に困ったことに、単語の意味だけじゃなく用法まで知らない。
発音も・・・・あれ?・・・これなんて読むの?・・・・だし・・・
スペルも・・・あれ?・・・こんな字だっけ?・・・・だし・・・
こりゃ、最悪じゃ。(笑)
急遽、「読書」から「英語のお勉強」に変更!(笑)

日記 | 20:47:51 | Comments(0)
おお、生きていたかぁ~
朝、水戸藩士の“シミズ君”から電話があった。

おお~生きていましたかぁ~(笑)
何事もなくてよかったが・・・・
奥さんにはかなり怒られたという。
そりゃ、そうだろぉ~(笑)
しかし・・・今度、奥さんには会わせる顔がないなぁ~
参ったなぁ~
にらまれっちゃうかも知れねぇなぁ~(笑)

拙者はまさに「悪友」だからなぁ~
しばらくは、喫茶店でコーヒーとケーキだな。
お酒はマズイだろ~(笑)
二度もやったらマズイだろ~

それにしても、昨日はハラハラドキドキが2件も続きマイッタァ~
こっちが脳梗塞で死んじゃうかも・・・・(笑)

日記 | 16:58:30 | Comments(0)
飲み過ぎだって!
明日のご予定はどうかなと思い水戸藩士の“シミズ君”に電話をする。
いつものように喫茶店にでも誘おうかなとおもったら、明日は都合が悪いと言う。
で・・・「今晩、夕食はいかがですか?」とのこと。
うん、じゃぁ、夕食を食べに行きますかぁ~・・・・となったのが、“悪夢”の始まりである。(笑)

親父のために味噌汁を作ってやり、“シミズ君”を迎えに出かける。
今回は以前“ケムチャン”と行った会席料理店に行くことにする。
本当は酒を呑む気はなかったのだが・・・・
「焼酎でもどうですか?」ということで、食前酒のつもりで酒を頼んだのが間違いの元。(笑)
彼は脳梗塞から生還した病み上がりである。
医者からお酒を飲んでいいとは言われてはいないはず・・・・・
ちょっとのつもりが・・・・というよくあるパターン。
焼酎に日本酒にワイン・・・・
マズイだろ~
こっちはハラハラドキドキものである。
万が一、ここで血管がプチンと切れたら、救急車を呼ばねばならなくなるぞ~
その時は、2回目の脳梗塞だから・・・・あの世行きだ・・・・
拙者ががぶがぶと酒を飲めるくらい強いのならば、拙者が飲んで、彼には飲ませないようにも出来るのだが・・・・
悲しいかな、拙者はあまり酒が飲めないのである。
参ったなぁ~・・・・と思いながら大いに“憂国の話題”で談笑。

「次!ワインバーに行きましょう!」とのこと。
オイ、オイ、ヤバイって・・・・
チョット飲みすぎてるって・・・・・

しかし・・・・病後、初めて思う存分酒を飲めると喜んでいる。(笑)
こっちはハラハラ、ドキドキ・・・・
しかし、彼の気持ちがわからないでもない。
酒も食事も我慢して「健康管理」をしているのも辛かろう。
どこかで羽目を外したいという気持ちもわからないでもない。
死んでもいいから酒を飲みたいという気持ちもわからぬでもない。
ジッと我慢していたら滅入ってしまい鬱になるもんなぁ~
「死んでもいいから水をくれ」と言って前線で死んでいった兵士たちと同じであるが・・・・
しかし・・・彼には妻も子もいる。
彼の気持ちを優先してもし万が一の事があったら奥さんや子供に顔向けが出来なくなる。
う~ん・・・・こりゃ、板ばさみである!(笑)

「もう1本!」とワインを頼もうとする彼を制して、ドクターストップを厳命!
もうダメだ!これ以上は絶対ダメだ!
奥さんからチョクチョクと携帯にメールが入っているらしい。
ほらぁ~・・・・ヤバイだろぉ~・・・・これ・・・・

午前0時過ぎにお開き。
彼はタクシーで、拙者は代行運転で帰宅するが・・・・・

彼が家に着いてから体調が急変・・・・てなことになったら・・・・と思うと心配だ。
彼の携帯の着信履歴から拙者の携帯番号はわかるだろうから、その時には奥さんから何らかの連絡があるだろう。
一応、万が一に備えて午前4時まで起きて待つ。
まぁ~連絡をもらってもその時は拙者にはどうしようもないが・・・・

日記 | 23:47:37 | Comments(0)
まさか・・・の電話
墓参りから帰宅したら、“トネガワさん”から電話があったと親父が言う。
どうやら電話の主は奥さんからだったらしいが、何を言っているのかわからなかったと言う。
ん?
一体、何事だ?
“トネガワさん”は耳が遠いので電話では話が通じない。
野菜が届いたお礼は手紙で・・・・と考えていたのだが・・・
先方から電話があったとはどうしたことか・・・・
まさか・・・・である。
考えたくはないが、相手は90歳だからなぁ~
いつどうなるかわかったもんじゃない。

ドキドキしながら、電話をかけてみたら・・・・
元気な“トネガワさん”の声。
「耳が遠いから、チョットお待ちください!」と奥さんに替わった。
奥さんの話では無事に野菜が届いたかどうか気になって電話をしたとのこと。
いやぁ~ホッとしたぁ~(笑)
まさか・・・が杞憂で済んでよかったぁ~
90歳の「戦友」が“友達”だと本当に気が休まらない。(笑)
身内でもないのに、ハラハラドキドキである。

「おじいさんに替わります!」と「戦友」に電話が替わったが・・・・
あの・・・いや・・・その・・・耳が遠いのでは・・・会話にならないんですけど・・・(笑)
「耳が遠くて聞こえないが・・・」と前置きをして「戦友」は一人でしゃべりだした。
拙者が何を言っても聞こえないだろうから、「はい!はい!」と相槌を打つのみ。
まさか耳が遠くても「はい!」くらいは聞き取れるだろう?(笑)

「戦友」は“やんちゃ”という言葉が好きらしい。
やたらと“やんちゃ”を連発する。
「やんちゃな野菜をお送りしましたぁ~」(笑)
「あのねぇ~やんちゃな野菜ですがねぇ~油で炒めて~ホウレンソウみたいにして食べてみてください~」
“やんちゃな野菜”ってどんな野菜?(笑)
「昨日、いただきましたぁ!」と伝えたいが通じるわけもない・・・・
電話は一方通行!(笑)
あらためてお手紙を書いて報告しよう!(笑)

奥さんの話では、野菜が届いたお礼の電話をもらっても、耳が遠いのでおじいさんは話が通じないし、自分は忙しくて電話にも出られそうもないということを伝えることを兼ねて野菜が届いたかどうかの確認の電話をわざわざかけてきてくれたらしい。
その電話を受けたうちの親父がまたまた耳が遠くて加えて理解力がない・・・・と、きたもんだから・・・・何の用件だかわからないということになった。
う~ん、年寄り同士の電話っていうのも大変だ。

それにしても、お元気そうでよかった・・・・・
あ~ドキドキしたぁ~(笑)
心臓に悪いぞぉ~
寿命が縮まったぁ~(笑)

日記 | 15:37:49 | Comments(0)
伯母さんたちと墓参り
今日は母の祥月命日。
母の姉と妹の伯母さんたちとお寺で待ち合わせして3人で一緒に墓参り。
30日は拙者の尊敬する祖父の命日なので、チョット早いが祖父のお墓参りもする。
曇り空から、パラパラと雨が降ってきた。
おかしいなぁ~母は「晴れ女」だったんだけどなぁ~(笑)

お昼は母や伯母たちの実家で、叔母が持参してきたお昼を頂く。
実家は今は誰も住んでいないが、従兄に許可をもらって、3人で家を使わせていただく。

合鍵を使って家に入ったが・・・
一番最初に家に入った伯母が「ネズミ捕り」に引っかかった!
ゴキブリホイホイを大きくしたような「ネズミ捕り」!
粘着力もすごい!
この粘着シートを伯母が踏んでしまったからたまらない。
ベト~ッと貼り付いてしまった!(笑)

誰も住んでいないとネズミが家中を走り回って室内を荒らすので「ネズミ捕り」を随所に仕掛けてあるらしい。
「おばちゃん、一人じゃなくってよかったねぇ~一人で来てたら、発見されるまでに数日かかったかもよ~ネズミ捕りにかかった伯母ちゃんを発見!なんてねぇ~」(笑)
80歳の伯母をさんざんからかう。(笑)

叔母は拙者の食生活を心配して手作りのお昼を持ってきてくれた。
ありがたい!感謝、感謝!大感激!

そこへ、突然、近所の“キョウコおばあちゃん”がヒョコヒョコと家に入ってきた。
今年はスイカの当たり年だったと言って自分の畑で作ったスイカを持ってきてくれた。
いやぁ~ありがたい。
いつも無人の家に人が来たので、様子を見に来たのだろう。
こういうところが、田舎の近所づきあいのありがたいところである。

従兄の嫁さんが前日にお掃除に来てくれていたようで、「今日は都合が悪いので来れない」とのことで、台所にお茶や飲み物やデザートなどを用意しておいてくれていた。
心遣いありがたし。申し訳なし。

「しげちゃんは政治家に向いてるわよね~」と伯母。
「いやぁ~清濁併せ呑むことが出来ないから・・・多分無理ですよ~」と拙者。
「じゃぁ~ダメだわねぇ~(笑)」
他人に頭を下げてまで政治家にはなりたくないしねぇ~(笑)
父方の曽祖父も祖父も村長、町長を歴任・・・・
母方は伯父が市長、伯父の従弟は村長、伯母のご主人(義理の伯父)は町長・・・・
両方の血筋を引いているから政治家に向いているところがあるかもしれない。
大学時代にもガールフレンドから言われたことがある。
「絶対政治家に向いているわよ。吉田茂みたいだもん」と言われた。(笑)
“バカヤロウ解散”の部分だけ似てるって言うんだろう?
・・・・と大笑い。

しかし、不思議なことに今頃になって伯母からも政治家に向いているって言われるとは・・・
自分では、そんなに向いているようには思えないのだが・・・・
目立ちたくないし・・・・
頭を下げるのは苦手だし・・・・(笑)

「自分の作り笑顔の選挙ポスターが町中に貼られるのって見たくないんですよねぇ~気持ち悪いでしょ?」と言ったら笑われた。(笑)
「選挙なしで市長になってくれって頼まれればいつでも市長をやってもいいんだけど・・・(笑)」

あ~でもない、こ~でもないと拙者の愚痴も聞いてもらいながら、3時間半もおしゃべりをしてしまった。
さぁ~そろそろ帰りますか~
で・・・・戸締りを・・・・
「伯母ちゃん!何もしなくていいからね~あとは俺がやるから・・・・どこにどんな罠が仕掛けられているかわからないから、また引っかかったら大変だよ!」
3人で大笑い!
アハハ、オホホ・・・と大笑いの楽しいおしゃべりも終わり、伯母さんたちを見送って帰途につく。

今日は楽しい楽しいお墓参りだった!

日記 | 13:28:55 | Comments(0)
野菜が届く
段ボール箱が届く。
ん?
何だぁ?
ミンダナオ島から生還した衛生兵の“トネガワさん”からだ!
送り状に「野菜」と書いてある。

同封の手紙に「友情に感謝」とある。
ん?
90歳と拙者が友人・・・・?(笑)
大先輩と拙者が友人とは・・・つまり「戦友」ですか?(笑)
そう言っていただけるなんて・・・・ありがたい!
先日送った残暑見舞いで元気が出たとも書いてある。
ん?
元気が出るようなことを書いた覚えはないのだが・・・(笑)
90歳にもなると葉書や手紙が届くということが嬉しいのだろう。
少しはお役に立っているかなと思うとこちらが嬉しくなる。

送られてきた野菜はフィリピンの野草の一つである「タンコン」だという。
ミンダナオ島ではこれを食べて飢えをしのいでいたとか。
“トネガワさん”は90歳でも現役で農業をされている。
この「タンコン」も自分で育てたものとか・・・・
心のこもったお野菜・・・・感謝、感謝である。

早速、今晩の味噌汁の具にしよう!

日記 | 12:19:43 | Comments(0)
床屋に行く
床屋に行く。
で・・・・いつもの「ご挨拶」・・・・
「お~い!髪の毛を増やしてくれ~!」(笑)
ハサミを持つ“スガワラくん”は拙者が大学4年の時に教育実習で指導した“教え子”
彼は拙者が担任したクラスではなかったので、1~2度くらいしか教えなかったような気がするが・・・
でも、拙者は“恩師”だぞ!(笑)
「おい、髪の毛を増やせ!恩師の命令が聞けぬのか!」とむちゃくちゃな要求をする。(笑)

それにしても髪の毛とは不思議なものだ。
本数が増えないのに長さだけは一人前に伸びるのである!
こちらとしては伸びなくていいから生えてきてもらいたいのだが・・・・(笑)
伸びるだけの力があるのなら、新たに毛が生えてくれてもよさそうなものだが・・・
世の中はうまくいかぬものである。(笑)

「これからの床屋は髪の毛を切るだけではダメだぞ!これからは髪の毛を増やす床屋にならねばイカン!わかっておるかぁ~?」
「怖い先生」と生徒たちに恐れられた拙者は健在なり!(笑)
暴言の連続であるが・・・軽くあしらわれる・・・・(笑)
歳は取りたくねぇもんだ~

日記 | 12:04:25 | Comments(0)
小包が届く。
ゆうパックが届いた。
“フルサワさん”からである。
ミンダナオ島スリガオに現地の方が記念碑を建立するのに協力・尽力された方である。
はて・・・何だろう?
開けてみたら・・・・
『太平洋戦争名画集』・・・・
アラ、アラ・・・・こりゃ、すごい。
拙者のためにわざわざお送り頂いたのである。
いやぁ~申し訳なし。
ありがたし!

写真というのもいいが、絵というのもまた趣があっていい。
この画集は昭和42年に発行されたものだが、編集顧問に名を連ねている方が面白い。
今は東京都知事の石原慎太郎、僧侶で作家の今東光、西武の堤清二、政治家の中曽根康弘、俳優の西村晃など・・・・その顔ぶれが面白い。

太平洋戦争序戦から終局までと題された戦争画の画集。
いくつかの作品は以前目にしたことがあるもの。
久しぶりにまた拝見し、懐かしい。
また、初めて見る作品も多い。
多分、写真を元に記録画として描かれたものだろうというものや、多分、想像で描かれたものだろうとおもわれるものなど・・・・
それぞれ、題材に関する当時の状況の説明などが付されている。

写真とはまた一味違った生々しさを感じる。

いやぁ~貴重な画集を頂いて感謝!感謝!

日記 | 10:57:26 | Comments(0)
不愉快な勧誘
某大手電機メーカーの代理店らしき会社から電話・・・・
ソーラー発電のモデル工事をさせてもらいたいと言う。
どうやら太陽電池のソーラーパネルを家の屋根に取り付けるっていう話らしい。
で・・・・何?
施工モデルとして協力してもらいたいと言う。
で?・・・・
「広告経費で工事代金の一部をこちらで持ちますから・・・・」と言う。
ん?何・・・その微妙な言い回し・・・・(笑)
工事代金の一部を負担するってことは、残りの工事代金は拙者が払うのかい?(笑)
施工モデルに協力するのに、何でこっちがお金を払わねばならないんだ?
話がおかしいだろ?
普通はタダで工事をするだろ?
モデルになるんだから・・・・(笑)

お断りしたら・・・・・
勧誘の女性が「お宅では電気を使っていないんですか?」と聞いてきた。
アホか・・・(笑)
「はい、うちは電気を全然使わないので必要ないです!」と言って電話を切ったが・・・(笑)
全く詐欺同然の電話を平気でかけてくるんだから腹が立つ。
そこまでして金を稼ぎたいのかねぇ~
あ~いやだ、いやだ・・・・

日記 | 20:10:28 | Comments(0)
退職の挨拶状
銀行へ出かけるついでに郵便受けを覗いてみたら葉書が・・・
見てみたら、銀行の女子行員さんから退職の挨拶状だった・・・・
ん?
ところで・・・この人・・・誰だっけ?(笑)
実は、行員さんたちとおしゃべりをするが、必ずしも名前を知っているわけではないのである。
皆さん胸章を付けているが、覗き込むわけにも行かず・・・・(笑)
だから・・・全然名前を知らない。
さてぇ~・・・・誰だろう?
先方は仕事柄、拙者の住所も名前も知っているのだろうが・・・・(笑)
こりゃ、困った・・・・

丁度、銀行へ行くことだし・・・・聞いてみるか?
カウンターの女子行員に尋ねたら・・・・
あ~思い出した~
そういえば最近見かけないなぁ~と思っていた彼女だ。
25年も勤めていたのに家庭の事情で辞めたらしい。
う~ん・・・25年も前からいたっけ?
話をするようになったのは、ごく最近なんだけど・・・・
そんなに前からいたっけ?(笑)
なんとも記憶力の悪い男である。(笑)

せっかくご丁寧に挨拶状をくれたのだから、お返事を出さねばなるまい。
帰りに郵便局へ立ち寄り葉書を買う。

日記 | 18:56:17 | Comments(0)
山河ありき
山河ありき―明治の武人宰相・桂太郎の人生 (文春文庫)山河ありき―明治の武人宰相・桂太郎の人生 (文春文庫)
(2002/12)
古川 薫

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桂太郎・・・・軍人政治家・・・・3次にわたり首相を務める・・・
が、しかし・・・・この人って何故かあまり有名じゃない。
知っている歴代総理大臣を挙げろと言われても、つい、抜かしてしまうほど目立たないのである。
何でだろ?
あの日露戦争の時に総理大臣を務めていたのに・・・目立たない。
東郷平八郎乃木希典のほうが有名なのだ。
桂は何もしなかったわけじゃない・・・・戦争の収めどころを決めているのだが・・・
やっぱり目立たない。(笑)
日本陸軍をフランス式からドイツ式の軍制にしたのも桂の功績の一つだと思うのだが・・・
知られていない。
日本で初めての労働者保護法である「工場法」を明治44年に成立させたのも桂内閣の時なのだが・・・知られていない。
どうしてこうも目立たないんだろうか?
不思議な人である。
伊藤博文山県有朋の腰巾着のように思われて彼の功績が認められないのか?
伊藤や山県の陰に隠れてしまっているという気がしないでもない。
桂には「ニコポン宰相」という綽名が付けられている。
ニコニコ笑ってポンと相手の肩を叩くから・・・・「ニコポン」
これで相手を懐柔するから評判が悪いのか?
政治の世界で妥協と忍従の姿勢で3回も首相を務めているからパッとしないのか?
これといった印象がない人である。

桂は政治だけではなく他の分野でも活躍している。
ひとつは医学・・・・
明治42年に癌研究会(のちの「癌研」)が発足し、その総裁に桂が、副総裁に渋沢栄一が選ばれている。
この研究会は全国の癌研究者の研究を奨励する目的で発足し、学会・政界・財界の協力体制を整えるため彼等が選ばれたようである。
それにしても、明治42年から癌に関する研究に力を入れられていたとは驚きである。
で・・・それでも現在、日本人の死亡原因のトップが癌であるのだから困ったものだ。
しかし・・・現在でも「癌研」は活躍している。
その他にも済生会の会長にもなっている。
済生会は民間救療事業団体で、現在の社会福祉法人恩賜財団済生会の前身である。
政治家でありながら今でも残るこういう団体の発足と活動に関わっているのである。
にも関わらず・・・・目立たない・・・・(笑)

もう一つが教育・・・・
台湾協会学校が設立された時に校長に就任している。
台湾協会学校・・・のちの拓殖大学である。
慶応義塾大学といえば福澤諭吉、早稲田大学といえば大隈重信・・・
では・・拓殖大学は?
どうしても桂太郎の名が出てこない。(笑)

後世に広く知られてもおかしくない人物なのに何故か目立たない桂太郎。
この人にスポットを当てた本書はなかなか面白い。

読書 | 12:30:33 | Comments(0)
残暑見舞いを書く
お盆前・・・・何人もの方々から暑中見舞いのお葉書を頂いた。
その殆んどは目上の方・・・・
生還者の80代後半から90歳の方々だ。(笑)
最近は交友関係の平均年齢が非常に高い。(笑)
それにしても、目上の方からわざわざご丁寧に暑中見舞いを送ってもらっては恐縮である。
で・・・・
すぐに返事を書くのかというと・・・・相変わらずの筆不精。
ましてや暑いから書く気が起こらない。(笑)

今日は涼しいので・・・・ようやく残暑見舞いでお返事を書こうかという気になる。
先日まで室温は36度、それが今日は10度も低い26度。
こうなるとさすがに涼しい・・・・やる気も起る。
しかし・・・こうも涼しいと「残暑」という気にならないから、葉書を書いていて不思議な気分だ。
何だかんだと理屈をつけて怠けようとする自分の気持ちを抑えつつ・・・・葉書を書きまくる。(笑)

日記 | 20:29:24 | Comments(0)
タイミングが悪い(笑)
“トシちゃん”から電話・・・・・
「あのぉ~今からお線香をあげに伺っていいですか?」とのこと。
「ん?もうお盆は昨日で終わったんじゃない?(笑)」
彼はお盆休みに入るや風邪を引いて寝込んでいたという。
ようやく体調が戻ってきたら・・・お盆は昨日で終わっちゃった!(笑)
「いいよ~おいで、おいで!」
昨日でお盆が終わり、今日は提灯などを片づけようと思っていたのだが、面倒臭くてなかなか手を出さずにいたのである。(笑)
グッドタイミングといえばグッドタイミングか・・・・?
まぁ~まだ送り火を焚いてないから母はまだこのへんにウロウロしてるだろ?

恐縮しながら“トシちゃん”がやってきた。
「あのぉ~相変わらずタイミングの悪い奴だと言われるのは覚悟の上で来ました~」と言うのだから大笑い。
「まぁ~お前のタイミングの悪さは俺の母も良く知ってるし・・・・良く来てくれたと喜んでくれてるよ。大丈夫だよ、1日ぐらい遅れたって、お袋はその辺をウロウロしてるから」(笑)
「すみませぇ~ん」

彼のタイミングの悪さは天下一品である。
タイミングが悪いと言うより時間の観念がない!(笑)
時間にルーズなのである!(笑)
「夜8時ごろ、一緒に晩飯でも食べませんか?」と言うので待っていても来ない。
ようやく夜11時ごろ「今からでもいいですかぁ~?」と、やってくる始末。
「お前は切れない奴だ」といつも苛めているのだが、なぜか仲がいい。(笑)
彼は妹の中学時代の同級生。
「どうしてお兄ちゃんと“トシちゃん”が仲がいいのかわからない」と妹は首をかしげる。(笑)
時間にルーズな奴は許さないという拙者なのだが、何故か彼のことは憎めないのだ。
だから、いつまでたっても彼は反省しないのかもしれないが・・・(笑)

拙者にからかわれるのをわかっていながらわざわざお線香をあげに来てくれるのだから可愛いではないか。
感謝、感謝である。

日記 | 15:39:25 | Comments(0)
海軍落下傘部隊
海軍落下傘部隊 (新戦史シリーズ)海軍落下傘部隊 (新戦史シリーズ)
(1994/11)
山辺 雅男

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落下傘の本家本元はソ連で、1929年(昭和4年)に武装兵集団降下を組織的に研究し始め、1936年(昭和11年)にパラシュート部隊の大々的演習を行っているが、落下傘部隊を最初に実戦で応用したのはイタリアだという。
我が日本では野中肖人という人が発明し、欧米数ヶ国の特許を取っていた野中式パラシュートというのがあったが、陸海軍が落下傘部隊に関心を持ち取り組み始めたのは昭和15年末ごろになってからである。
日米開戦直前頃にバタバタと研究に着手したとは驚いた。
この草創期のテストパラシューターが筆者。
当時は、必ずしもパラシュートは100%開くわけではないという中で、実験を重ね殉職者を出しながらもパラシュートの研究と改良を行う。
高所恐怖症の私としては命令と言えども勘弁したいものだ・・・・(笑)
筆者を含めた26名の「研究員」が海軍落下傘部隊の初代メンバー
落下傘降下、着陸に適応した身体を作るべき研究もおこなう。
それが「デンマーク式体操」
徹底して長時間の体操をして体を作ったというのだから驚く。

横須賀海軍航空隊で降下実験に当たっていた「研究員」が落下傘部隊の「指導員」となり、館山海軍砲術学校に「講習員」として入校してきた飛行特技兵(=落下傘兵)の指導にあたる。
そして、昭和16年9月20日付で横須賀鎮守府第1特別陸戦隊(落下傘部隊)が編成され、日米開戦直前には、それぞれ750名の降下員を基幹とした横須賀鎮守府第1陸戦隊(堀内部隊)と横須賀鎮守府第3特別陸戦隊(福見部隊)の2つの部隊を編成した。
なんとも慌しい話である。

開戦早々の昭和17年1月に実戦に投入され、セレベス島のメナドに降下するが・・・・
味方の水上機に誤って撃墜されるわ、敵飛行場に降下した部隊は敵味方混戦の中、次々と指揮官クラスが戦死する。
今まで「華やかな」降下作戦だと私は思っていたのだが、実際はそうではなく実際はかなり悲惨な戦闘だったことを知った。

続いて2月にはチモール島のクーパンに降下するが、降下作戦を展開したのはこの2つだけ。
その後は、戦局が悪化し、降下部隊の出番は来ない。
一部が潜水艦からの奇襲作戦に参加して潜水艦と共に消息を絶ち、サイパン島にいた降下部隊は米軍の上陸に伴い陸戦で玉砕した。
最後には、サイパン、テニアン、グアムのB-29を攻撃目標にした強行着陸作戦、いわゆる「特攻」に投入される予定だったが、実行直前に終戦となり幻の作戦となる。

それにしても、陸軍にも落下傘部隊はあったわけで・・・・
どうして陸軍と海軍で別々に研究、改良をしながら部隊を編成していったのだろうか?
今で言う「省益」優先か?
そう考えると、今も昔も変わっていない。

読書 | 11:59:29 | Comments(0)
ありゃ!バチが当たったか?
妹と高1の姪は電車で東京に帰り、パパと小5の姪は残って海水浴へ・・・
拙者は、改めて一人でお墓参り・・・・
サングラスをかけねばならぬほどの天気だったのが・・・・
父方の祖父母の墓参りを済ませ、車を走らせて母の墓に向かっていたら、雲行きが怪しくなってきた。
あれ?
急にどうした?
お寺に着いた途端・・・・雷雨!
ピカッ!ドカ~ン!と雷は鳴るわ、滝のような雨が打ちつけるわ・・・・
とてもじゃないが車から外に出られない!
昨日、墓参りをしなかったから母が怒っているのかね?
バチが当たったのかな?(笑)
目の前に母のお墓があるんだけどなぁ~
この土砂降りじゃお線香もあげられない。
しかも強風!
あと、10分早く到着していれば、お墓参りが出来たのにねぇ~
仕方がない・・・墓参りは断念して、従姉妹達の集まる母の実家に向かう。
が・・・・土砂降りのためワイパーを最高にしても前が見えぬ!
怖~い!(笑)

土砂降りの中、山道を恐る恐る運転して母の実家に到着。
従姉の旦那が一人で酒を飲んでいた。(笑)
挨拶して雑談をし始めたら・・・・今度は停電!
一瞬にして真っ暗!
外の明るさで僅かに築240年の農家の内部は薄ボンヤリ・・・・(笑)
やがて、従姉妹達、従姉妹達の子供たちが五月雨式に集まってきたが・・・
暗くて誰が誰だかわからない。(笑)
祖父母も伯父伯母もこの世を去り、今では従姉妹・従兄の代。
集まるのは従姉妹達とその子供たち「一族」・・・・
その中にポツンと拙者が加わる。
まぁ~従姉妹達とは兄弟のような付き合いだから甘えさせてもらう。

たまに一瞬電気が灯る・・・・が、すぐに停電。
その瞬間に・・・・
「あれ、来てたの?」と従妹。
「あのねぇ~さっき挨拶したでしょ?」
「え?暗くて誰だかわからなかった~」
「あのね~・・・・・(笑)」

子供の頃、この家に泊まりにきて停電に遭ったことを思い出した。
もう40年も前のことである。
なぜか、真っ暗になったのが楽しくて仕方がなかったことを思い出す。
いやぁ~久しぶりの停電!
楽しい~
ろうそくなんか点けずに、このまま薄暗い中でおしゃべりしようということになる。
なんともいえぬ気持ち・・・子供の頃に戻れた・・・・
40年前にタイムスリップ!
「田舎」はいいなぁ~

従姉の子である“タイチくん”は拙者の思い出深い子。
拙者が生れて始めて「抱っこ」した赤ん坊が“タイチくん”
拙者が20歳の時のことである。
彼ももう28歳。
あの時の赤ん坊がねぇ~(笑)
もう結婚して子供もいる。
あの時の赤ん坊がねぇ~(笑)
東京で勤めていたが、独立して商売をするという。
あの時の赤ん坊が、「社長さん」ねぇ~(笑)
いつまでたっても拙者にとっては彼は「赤ん坊」なのである。(笑)
考えてみれば、拙者も結婚していれば大学生くらいの子供がいてもおかしくないんだよな?
う~ん・・・・複雑な心境・・・・
自分だけが時間が止まっているような・・・・

夜8時過ぎまで従姉妹・従兄弟たちとおしゃべりをして帰宅する。

小5の姪は既に東京へ帰ったかと思っていたら家で拙者を待っていた。
今晩も泊まって明日の朝早く帰るという。
昨日、今日と散々海水浴をして楽しめたと大喜び。
そうだろう・・・この間は海に入った途端に雷雨で泳げなかったからね~(笑)
よかった、よかった。

日記 | 10:52:11 | Comments(0)
新盆まわり
昨年の母の新盆の時に、多くのお客様が我が家にいらっしゃった。
さて、今年からは拙者が「新盆まわり」をする番だということを、すっかり忘れていた。
親戚の新盆は母が行っていたのである。
だから、親父も拙者も「新盆まわり」という発想が身に付いていない。
これは由々しきことぞ。
今日、2軒の親戚関係の新盆には従兄に連れて行ってもらうことにした。

妹には親父を預けて、母のお墓参りと「お迎え」、親戚の墓参りを頼む。
拙者は一足先に従兄と合流して「新盆まわり」に出かけることにする。
母の墓参りもしたいが時間がないので省略!(笑)
許せよ、お袋!

午前から午後にかけて、途中、従兄に昼食をご馳走になりながら「新盆まわり」。
恥ずかしながら、初めての経験である。
午後、「新盆まわり」から帰宅して、続いて近所の“ワタナベさん”のお宅に「新盆の訪問」。
永年にわたり税務会計事務所の担当者として我が社の面倒を見てくださった方である。
お線香をあげに行かねば・・・・・
本来は親父と二人で行くべきだろうが、予想通り、親父に行く気はない。
まぁ~拙者の個人的な気持ち・・・ということで、一人で行く。
ご家族とついつい長話になってしまった。
こういう時は、どのくらい居てよいものやら・・・・わからない。
次の訪問客が来てくれれば、それを機会に帰るのだが・・・
次に誰も来ないと、直ぐに帰っていいものやら、もう少し話をしていいものやら・・・
相手の話の腰を折ってまで帰るわけにもいかないだろうし・・・
こういうことを教えてくれる人が誰もいないので困る。
従兄と一緒にまわった親戚宅では従兄が「じゃぁ、そろそろ・・・」と言ってくれたので、「はい、はい、」と従えば良かったのだが・・・・
いやぁ~難しいなぁ~

しかも・・・困ったことに正座したまま長話をしたため、足が痺れてしまっている。
完璧に感覚がない!(笑)
マイッタァ~
立てない!(笑)
長話をすべきではなかったと後悔しても後の祭りである。

ちょうど立ち上がろうとした時に、娘さんから葬儀の時の「名刺事件」のお話が出た。
葬儀の時に拙者の前に座っていた女性の服に糸くずらしき白いものがたくさん付いていたので、名刺に書いて渡した「名刺事件」。
この方が、実は看護師をしている娘さんの上司で、指名玉串奉天をすることになっていたのである。
大勢の人の前で恥をかかずにすんだと喜ばれ、名刺の裏にメモして渡したことが「紳士的」だと今でも話題になると言う。
いやぁ~今でも語り草になっているの?
いやぁ~お恥ずかしい~
新盆で挨拶に来たときには宜しくお伝えくださいと言付かっているという。
そんなこんなお話が続いたので、ちょうど立ち上がろうとした矢先・・・・
中腰でしばらくお話をしているうちに、なんとか足の痺れが取れて・・・・立ち上がれた!(笑)
娘さんの助け舟に大感謝!(笑)

夕方、「迎え火」を焚く。
小5の姪と火が消えるまで、二人でおしゃべり。
母は末期状態の時には、孫と会うことを拒絶した。
そのことが姪には残念だったらしい。
「最後は、来ないでくれっ言われて、面倒を見られなかったのが残念」と言う。
う~ん・・・しかしねぇ~
「“大ママ”は、いい思い出を残しておいてあげたかったんだよ。病気でやつれた姿は見せたくなかったんだよ。お前も大きくなったら“大ママ”の気持ちがわかるよ」
「“大ママ”が死んでから“大ママ”の話を、こんなにたくさん、おじちゃんとしたのは初めてだよねぇ~」と言う。
これも良いことだ。
母が話題に出るというのは何よりの供養だ。

日記 | 14:03:42 | Comments(0)
盆棚の飾り方
お盆(孟蘭盆会を略した呼び方)の行事はお釈迦様の十大弟子の一人、神通力第一といわれた目蓮尊者(もくれんそんじゃ)が、その神通力で父母の死後の様子を見てみました。
すると母親があの世で苦しんでいるのをみつけました。
お釈迦様は7月15日の自恣(じし)(自己反省をして罪を告白し、懺悔すること)時、飯五果等を供え衆僧に供養すべしと説かれたので目蓮尊者は孟蘭盆会(うらぼんえ)を催し母のために供養した。
この故事によりインドで始められ、やがて中国に伝わり、日本では推古14年(606)に斎を設けたのが始まりといわれています。

お盆に行われる習慣で7月(8月)の13日(新盆の家では1日からと早く行う所もある)夕方に先祖様をお迎えの為にお墓に塔婆を立て、家の前で藁・麦わら・おがら等を使って「迎え火」をします。
先祖の霊が再び仏の世界に帰って行くとされる16日には、霊を送るための「送り火」をします。

各家々では、先祖様を迎えるに当たって、盆棚(ぼんだな)を設けて供物を供えます。
盆棚は、精霊を迎える「結界」(しきり)であることを示すため、四方に青竹を立て、草縄(「すげ」や「ちがや」)を張ります。
中央に先祖様の位牌を安置し、香華灯(こうげとう)を備え、盆提灯(提灯の代わりに草縄にほうずきを下げる)、五穀野菜果物等を供えます。
また、ナスをさいの目に細かく刻み洗米と混ぜた「水の子」を芋の葉等に載せ無縁仏等の万霊の供養としておこないます。

お配りした幡(はた)は盆棚にお飾りします。
南無多宝如来(なむたほうにょらい)・南無妙色身如来(なむみょうしきしんにょらい)・南無甘露王如来(なむかんろおうにょらい)・南無廣博身如来(なむこうはくしんにょらい)・南無離怖畏如来(なむりふいにょらい)と五つの如来さまの名前が書いてあります。
この名前には煩悩の心を離れる願いが込められていて、その願いは、物惜しみしない豊かな心で、心身ともに清らかに喜悦に満ち、悲智円満の力強さを意味しています。

(お盆供養幡の説明書きより)

雑記メモ | 13:46:35 | Comments(0)
お盆の準備
ホテルをチェックアウトして、いつもならどこか史跡めぐりをするか、また防衛研究所へいくか・・・ということになるのだが・・・・
今日は、そういうわけにはいかない。
お盆の準備をせねば・・・・
ということで、上野駅に真っ直ぐ向かったら・・・・
なんと!
特急の指定席は満席!
1時間後の特急だけにわずかに空席があったが、そのあとの特急は全て満席!
なんたることぞ・・・・
世間は夏休みだということをすっかり忘れていた。
「毎日が日曜日」だとこういうことに疎くなる。(笑)
小さい子供連れの家族が駅構内のあちこちに・・・・
これじゃ満席になるのも無理はない。(笑)
駅構内のいつものお店でコーヒーを飲んで読書をしながら時間を潰す。

帰宅して、早速、お盆の用意・・・・・
さて・・・どうしようかな?
仏壇の前に盆棚を準備してもいいのだが・・・・
面白くないなぁ~
新盆は昨年終えているが、折角だから今年も祭壇を作っちゃおう!(笑)
しかも今年はちょっと趣向を凝らすことにして新盆より豪華にしちゃった!(笑)
四方に青竹を立てるらしいが、どういうものかよく知らないので、近所から笹竹を取ってきて・・・・
「ほうずき」も買って来て・・・
で、お寺さんからいただいた五如来幡(ごにょらいばた)を笹竹にぶら下げて・・・・
うん、なんとなくそれらしい格好にはなったぞ~(笑)
ついで、盆提灯を組み立ててそれを飾って・・・・
「よく知らないから、全部お前に任せる」と親父は逃げたので(笑)、全て拙者一人でやる。
で・・・ナスとキュウリで牛と馬を作る。
「なんだそれ?」と親父。
「牛と馬だけど・・・見えない?」
「そんなものも飾るのか?」
「はぁ?馬に乗って早く来てもらって、牛に乗ってゆっくり帰ってもらうって・・・知らない?」
「へぇ~そうなんだ?」
あらら・・・親父は何も知らんのか?(笑)

夜になって妹たち家族がやって来た。
真っ先に仏壇に向かった姪が・・・・
「あれ~!仏壇が空っぽだぁ!」と大騒ぎ。
子供たちにはまず最初に仏壇に挨拶するようしつけているので、いつものように仏壇に向かったら・・・仏壇の中が空っぽなので大騒ぎになった。
へへへ・・・実は別の部屋に祭壇を作っちゃったんだよねぇ~(笑)
「何で?」と妹にも呆れられたが・・・・
「なんとなく面白そうだから・・・・」と答えるしかない。(笑)
母も呆れているかもしれないが・・・・・

日記 | 11:41:06 | Comments(0)
東京へ行く
今日は、東京へ行って“カジさん”に会う予定。
その前に・・・・・
高校の同級生の“ヒロキくん”の墓参りに行かねば。
今日は4年前に癌で亡くなった彼の命日だ。
朝、ちょっとモタモタしていて出発が遅れる。
お墓の駐車場に着いたら、ちょうど彼のご家族の車が出て行くところだった。
お父さんが気付いたのだろう、慌てて車から降りて来た!
いやぁ~お久しぶりです~
簡単に挨拶をしてお線香をあげさせていただく。

帰宅して・・・・
あまりの暑さにちょっとゴロゴロしたら乗る予定の特急に乗り遅れる。(笑)
やっちまったぁ~
いつもの悪い癖が出てしまったぁ~

次の特急は1時間後・・・・
今度は乗り遅れるわけにはいかぬ。
上野駅に着いて真っ直ぐ恵比寿の防衛研究所へ向かう。
閉館まで1時間程度しかなかったが、ちょっと確認しておきたい資料があったので、これを急いで確認して、またもや上野駅に戻ってホテルにチェックイン。
特急に乗り遅れていなければあと1時間は調べものができたのに・・・・
まったくドジな男である。

上野松坂屋前で“カジさん”と待ち合わせて、いつものトンカツ屋さんへ行き、更にいつものコーヒーショップでコーヒーを飲みながら雑談。
いつものパターンであるが、また今回も楽しい。
前回会ったのは5月だったらしい。
ということは・・・・3ヶ月ぶり?
毎月会っている様な気がしていたが、3ヶ月ぶりですか・・・・
それなのに拙者の話題は相変わらずだから・・・・
なんと進歩していないことか・・・・
イカン・・・こういうことではイカン・・・・

“カジさん”と会うというのは拙者にとってのバロメーターでもある。
話題が尽きるようでは、普段の拙者がいかに「活動」していないかという証拠である。
自分にハッパをかける為にも“カジさん”と会うというのは自分にとって大切なことなのだ。
次回会うときはもっと話題を増やしておかねば・・・・(笑)

日記 | 11:07:28 | Comments(0)
今日は靴を買う
夕食のお買い物のついでに靴の量販店へ行って靴を買う。
今履いている靴は、もう何年も前に買ったもの。
いつ買ったのか・・・・覚えていない。
母が癌の手術をした直後ぐらいだったような気がするから、4年ぐらい前か?
いい歳して母と一緒にお買い物というのもおかしな話だが・・・
拙者が病み上がりの母の買い物に付き合ったついでに靴屋に立ち寄って買ったんだから・・・
たぶんそのくらい前のことだろう。

散々履き続けたこのカジュアルシューズはボロボロ。
それでも何かしら母との思い出があって捨てられなかったが、さすがに穴が開き、みすぼらしい状態となっては限界だ。
思い切って新しい靴を買うことにした。
で・・・そのお値段・・・・
カジュアルウォーキングシューズ・・・・・1,490円なり!(笑)
おい、おい、嘘だろう~
靴ってこんなに安かったっけ?

ん?中国製かぁ?(笑)
以前、フィリピンに行った時にマニラのある工場地区へ行ったことがあった。
話によるとこの地区は靴を製造する工業地帯だと言っていたが、見ると古臭い閑散とした工場ばかり。
世界的にも有名な靴メーカーの下請けの工場が建ち並んでいたそうだが、今は中国へ仕事が移ってしまいフィリピンでは靴工場がいくつも倒産していると言う。
だから閑散としているのか・・・・
労働賃金が安いところへ・・・というのはわかるが、複雑な思いをしたものだが・・・

実際にこの安い靴の値段を見たら考えさせられる。
本当にこんなに安くていいんだろうか?
なんだか素直に喜べないんだよなぁ~

新しい靴を購入と同時に、今まで履いていた靴はその場で処分してもらうことにする。
「これ、何年も前にここで買った靴なんだけど、ボロボロになるまで履いちゃったんですよ~」
「あらぁ~これはすごい・・・・(笑)」と店員さん。
拙者の靴を見ながら、なにやら頷いて・・・・
「あ~これですね~履きやすかったでしょ?」
「いやぁ~確かに履きやすかったですよ~これ・・・」
「こんなになるまで履いていただき、ありがとうございました!また、よろしくお願いします!」

別の若い女子店員は拙者のボロ靴と拙者の顔を呆れ顔で交互に見ていたが・・・(笑)
「こんなになるまで履いていただき・・・」の言葉は嬉しいなぁ~

日記 | 21:08:31 | Comments(0)
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