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Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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ホームページの更新
夜、“ウメちゃん”の会社に行き、彼の会社のホームページの更新をする。
以前から何度かチャレンジしたが、訪問するとついついおしゃべりのほうが先行して毎回失敗。
いつまでたっても更新できずにいたので気になって仕方がなかったが・・・

ちょうど、彼とおしゃべりしている時に建具屋の“アカツ君”がやって来た。
彼は“ウメちゃん”の後を継いで今春からPTA会長になる。
「よっ!新会長!」
「あっ!参ったなぁ~いたんですかぁ~」
彼は露骨に嫌な顔をする。(笑)
彼にとって拙者は天敵なのである。
昔から拙者は彼に説教ばかりしていたからねぇ~(笑)
「あの、コーヒー買ってきますから!」と彼は自販機へ逃げた。
「どうぞ、どうぞ」と缶コーヒーをご馳走になる。
彼の目論見は見え見えである。
コーヒーをご馳走して何とか拙者のご機嫌を取ろうというのである!(笑)
そうはいくもんか。
「散々逃げ回って・・・ようやく会長を受けたそうだな?」
「いやぁ~総会で否決されるかもしれませんから・・・どうなるかわかりませんよ」
「なに?否決されることを期待してるのか?なんていう奴だ!」
「あ~・・・・参ったなぁ~帰ろうかなぁ~来るんじゃなかったなぁ~」
散々からかって後輩をいじめる。(笑)
後輩をいじめるのは拙者の趣味であ~る!(笑)

適当なところで冗談は辞めて・・・・仕事に戻らねば・・・・
“ウメちゃん”と“アカツ君”でPTAの打ち合わせをしている間に更新せねば!
彼が来てくれたおかげで無事に更新を完了!
ある意味、彼に助けてもらったことになる。
ありがたし。

前回更新したのは確か・・・・去年の12月だったような気がする。
あっという間に3ヶ月。
月日が過ぎるのは早いものだ。
今晩は夕食はご馳走にならず、真っ直ぐ帰宅して・・・・お粥を食べる!(笑)

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日記 | 13:49:08 | Trackback(0) | Comments(0)
ビスケット
日本で初めて「ビスケット」が文献に残った日

日本で初めて文献に「ビスケット」のことが記されたのは、江戸時代です。
それまで外国人しか食べていなかったビスケットの「保存性」に注目した水戸藩が、その製法を調べ始めます。
たまたま長崎に留学中だった水戸藩士で蘭方医の「柴田方庵」が、オランダ人にビスケットの作り方を学んで、水戸藩に手紙で送りました。
現在も残っている方庵の日記「方庵日録」によると、それは1855年(安政2年)2月28日のことでした。
この日を記念して、日本では毎年2月28日を「ビスケットの日」として制定しています。

(イトウ製菓・チョコチップクッキーの箱より)

雑記メモ | 13:18:49 | Trackback(0) | Comments(0)
坂本龍馬
坂本龍馬―物語と史蹟をたずねて坂本龍馬―物語と史蹟をたずねて
(1994/05)
八尋 舜右

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この本はシリーズ物らしいが、初めて読んだ。
結構、物語としては読みやすかった。
特徴は史蹟も紹介しているというところだが・・・・
残念ながら史蹟については・・・イマイチだった。
写真も思ったより少ないし解説も少ないし、それほど詳しくもない。
かといって全く役に立たないというわけでもない。
中途半端といえば中途半端か?
多少は参考になるので、今後の旅の参考にしようかと思う。

読書 | 12:59:00 | Trackback(0) | Comments(0)
初ウンチ!
手術後、病院の指導に従って食事は毎回消化の良いウドンかお粥。
これ以外は・・・・食べない!(笑)
とにかく何か問題が発生されては困るのである。
来月早々から戦没者の慰霊祭や戦友会・遺族会の会合に出なければならない。
ここで、再手術だの何だのとトラブルに巻き込まれたらアウト!
絶対一発で完治してもらわねばならぬ。
手術後1週間は旅行は控えてくれと言われているんだから・・・・・

手術後4日目の今日になって・・・ようや出た!
ウンチ!(笑)
腸を空っぽにすると便が出るまで4日もかかるのか?
今まで、快調快便だったが・・・いつも出るウンチは4日前に食べたものということになるのか?

出てきたウンチの状況を見てみると・・・良好!良好!
出血は見られない。
よし!
もし、血でも混じっていたら・・・・アウトである。
ハラハラドキドキして便座に座ったが・・・・よかったぁ~
この調子なら大丈夫だろうが、ここで気を抜いてはイカン。
更に慎重に・・・・もう少しウドンとお粥の食事を続けよう。

ウンチの話に続いて食べ物の話というのもいかがなものかとは思うが・・・・(笑)

今晩の料理は・・・・勿論ウドン!(笑)
鶏肉の細切れを入れて・・・・
残り物のニンジンを千切りにして入れて・・・
ついでに卵も入れて・・・
完成!
見た目は悪いが・・・・なかなかいい味、うまくいったぞ。
まるで拙者のようだ。
見た目は悪いが味がある(?)(笑)

DSC08963.jpg



日記 | 12:08:33 | Trackback(0) | Comments(4)
受け取り拒否?
先日会員152名に送った戦友会の会報・・・・
そのうちの1冊が「受け取り拒否」で返送されてきた。
あれ?
どうしたんだろう?
返送されたのは熊本にお住まいの“ミヤナガさん”
師団の副官をされていた方らしい。
封筒に「受け取り拒否」と書かれたメモが貼ってあり、本人自筆のサインと印も押してある。
「本人死亡のため」で返送されてきたことはあったが・・・・
本人が自筆で「拒否」とは穏やかじゃない。
何か失礼なことでもしたかな?
どうしても気になってしょうがないのでお電話をしてみた。

お話を伺ったら・・・・
2~3年前に退会する旨を伝えてあるという。
転んで腰を痛めてから家の中での生活が続いているという。
もう、外に出かけることも出来ないので、会のために何の役にも立てないので退会届を出したんだけど・・・・という。
ありゃりゃ・・・・
会員動向の引継ぎがうまく出来ていなかったらしい。
一体誰に伝えたのか・・・なんて質問したら責めているようになる。
言った、聞いてない・・・の論争になってもマズイ。
「あのぉ~受け取り拒否って書いてあったので、何か失礼なことでもしたかなと気になってお電話したんです」と言ったら・・・・
「いやぁ~それなんだよねぇ~私も気になってねぇ~受け取り拒否ってキツイ書き方してマズかったなぁ~と思ってねぇ~」
どうやら届けに来た郵便局の人に、そのまま送り返してくれと頼んだらしい。
すると郵便局員が「じゃ、受け取り拒否ですね」と言って、メモに「受け取り拒否」と書いてくれと頼まれたという。
「やっぱり・・・受け取り拒否って・・・穏やかじゃないよねぇ~」としきりに恐縮される。
「いや、いや、理由がわかれば結構なんです。郵便局の方は事務的に言いますから仕方がないですよ~」と大笑い。
それにしても、郵便局ももう少し言葉を考えたほうがいいんじゃないかなぁ~
「受け取り拒否」は穏やかじゃないだろう?
とにかく退会しているということは了解!
無理に残ってくれと言ったのでは申し訳ない。
熊本城を見に行ったついでにお邪魔しようかな・・・・と思っていたので退会されたら会いに行く理由がなくなる気がするが・・・
師団副官なら部隊の動きや当時の事もよくご存知だろうから是非お話を伺いたいのだが・・・
とにかく「すまぬ、すまぬ」と言うので用件のみで電話を切る。
とてもじゃないが「お会いしたいんですけど・・・」とは言い出せなかった。
あとでお手紙で伝えるしかないかぁ~

日記 | 10:58:18 | Trackback(0) | Comments(0)
歯磨きの夢
何故か・・・歯磨きをしている夢。
ところが、なんとなく磨いている最中の口の中の感覚がおかしい。
歯ブラシを口から出してみたら・・・・
ヘッドの部分がブルブルと震えているではないか?
あれ?
拙者は電動歯ブラシというものを使ったことがないので、よくは知らないが・・・
これは・・・電動歯ブラシ?
しかし手に持っているものは普通の安い歯ブラシである。
色は半透明の黄色!(笑)
いつも使っている拙者の歯ブラシだよなぁ・・・・これ・・・・

ふと・・・柄の部分を見たら細長い銅板が貼り付いている。
何だろ?これ・・・
すると、いきなり隣に見知らぬ男があらわれて、こう言うのである。
「これは電気を歯ブラシに伝える極板ですよ。人間の体には微量の電気が流れていましてね。その電気がこの銅板からヘッドの部分に伝わって振動するんです。」
へぇ~
「電動はブラシって柄の部分が太くて握りづらそうに見えたんだけど、いやぁ~これは普通の歯ブラシと全く同じですね~」
「そうでしょ?これ、最新型の電動歯ブラシなんですよ!」
へぇ~
技術の進歩っていうのはすごいもんだ~
・・・・・と、感心した途端に目が覚めた!(笑)

何だろ?
この夢・・・・(笑)

日記 | 12:43:14 | Trackback(0) | Comments(0)
シンビジウムが咲く
DSC08961.jpg


母の形見の「シンビジュウム」が咲いた。
昨年、植木屋さんから「お母さんの形見だと思って育てなさいよ」と言われ寒空に放置していたものを玄関に移しておいたのだ。
夏は暑くなるので・・・ということで母が亡くなる前に庭の日陰のところに出していたのである。
母が6月に亡くなりそのまま冬を迎えようとしていた。
「花芽が付いているんだから・・・この鉢ぐらいは助けてやったら?」と植木屋の“エバラさん”に言われて二人がかりで家の中に運び込んだ。
本当は縁側のよく陽の当たる場所に置きたかったのだが・・・
親父は花が好きじゃない。
「邪魔だ!」と言われるのを知っていたので玄関に置いておいた。
果たしてうまく花が咲くだろうかと思っていたら・・・・咲いてくれた!
ありがたい!
感激である!

DSC08962.jpg


シンビジウムは蘭の一種らしい。
ネットで調べてみると・・・・
なんとも育てるのが面倒な気がしてくる。
それにしても・・・・よく咲いたよなぁ~
「育て方」に書いてあることは全く実行していないのに・・・・
これは奇跡だよなぁ~(笑)

肥料もやっていないし・・・水も殆どやっていない。
とりあえず家の中に入れて放置したまま!
株は鉢一杯に膨れ上がっている。
だから、支柱なんか立てられないので花は自然のまま頭を垂れている。
だから形が悪いが、花が咲いてくれただけでもありがたいと思うべきだろうなぁ~
本来は株分けしておかなければならないのだが・・・
多分、母は、後でやろうと思っていたのだろう。
しかし、それも出来ずこの世を去ってしまった。
ということは・・・・
これを何とかしなくちゃならない。
母から拙者への“宿題”か?

とりあえず・・・
花を咲かせたままにしていると株が弱って来年は咲かなくなるという。
切花にして仏壇に飾ってやろうかなぁ~
でも、このまま飾っておきたい気もするんだよなぁ~

日記 | 10:19:00 | Trackback(0) | Comments(0)
会報の原稿を送る
独立歩兵第356大隊(瀧上大隊)の生還者で編集者の“コンドウさん”から以前から会報へ何か寄稿してくれと頼まれていた原稿をようやく書き上げ郵送したが・・・
この原稿・・・・話が長い!(笑)
書いているうちドンドン話が長くなってしまった!

原稿の内容は昨年行って来た中国の内モンゴルの旅の話。
瀧上大隊はフィリピンのルソン島で戦っていた部隊なので本来ならばこの会報に載せるような話ではない。
そこをなんとかせねば・・・
まずは拙者が旅した騎兵第14連隊の戦跡の話の前に、拙者の祖父と部隊の関係について述べる。
それから部隊についてご理解いただくために簡単に部隊を紹介。
内モンゴルの戦跡の話だけでは読者も飽きるであろうから・・・・
拙者が訪問した戦跡で起こった当時のハプニングについて書いてみた。
戦場で起こった考えられないようなハプニングなのだが・・・
これを読んで「俺も実はこういう珍しい経験をしたんだ」と読者の“戦友”が何か寄稿してくれるのではないかという目論見である。
ついでに部隊長の人柄なども紹介して・・・
更に日本軍の美談と中国人民の美談もご披露する。
中国共産党が支配している今の中国・・・・
こやつらのせいで、この美談も善行も全て歴史から消し去られているという事実。
これを皆さんに知っていただき・・・・
「フィリピンでもこういう美談があったんだよ」と誰か寄稿してくれないかなという目論見も含める。
そういうことを盛り込んでいったら・・・・あれ!
話が長くなっちゃった!(笑)

話を短くするのって難しいんだよなぁ~
どうも苦手である。
まぁ~あとは“コンドウさん”に何とかしてもらうしかあるまい!(笑)

日記 | 22:32:44 | Trackback(0) | Comments(0)
板垣退助墓
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(右:板垣退助の墓、左:奥さんの墓)

品川区指定史跡
板垣退助墓
所在 北品川3丁目7番15号 品川神社裏
指定 昭和53年11月22日(第4号)

板垣退助は、天保(てんぽう)8年(1837)に土佐(高知県)で生まれた。
幕末に藩主山内豊信(やまのうちとよしげ)の側用人(そばようにん)となるが、討幕(とうばく)運動や戊辰(ぼしん)戦争(1868)に参加して功績をあげた。
明治7年(1874)に愛国公党を結成し、自由民権運動をおこした。
明治14年(1881)には自由党を結成して総裁となり、近代日本の政党の基礎を築いた。
翌年、岐阜遊説中に刺客(しかく)に襲われたとき、「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだことばは、当時の若者達を感激させ湧かせた。
明治29年(1896)から伊藤内閣や大隈内閣の内相(ないしょう)をつとめたが、明治33年(1900)に政界を引退した。
大正8年(1919)に亡くなり、この地に葬られた。

平成7年3月31日
品川区教育委員会

(説明板より)

板垣退助墓


史跡 | 22:42:47 | Trackback(0) | Comments(0)
忠魂碑
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忠魂碑

この忠魂碑は明治43年4月に品川町在郷軍人会が日清・日露戦争の戦没者慰霊のため乃木希典大将の揮毫により当時の東海小学校構内に建立されました
其の後昭和7年9月に権現山公園(現城南中学校々舎前)に移し日支事変・大東亜戦争の戦没者をも加えて慰霊を行ってまいりました
昭和20年終戦後占領軍の命令により撤去させられましたが北品川3丁目田島卯之吉氏が引き取られ千葉県南行徳の源心寺に移され慰霊を行ってまいりました
この度源心寺及び田島孝作氏のご厚意により終戦50周年記念事業として品川神社に引き取られて頂き戦没者の追悼慰霊祭を執り行い平和の尊さを後世に伝えて行きたいと存じます

平成7年7月15日
宮司 小泉和夫 識

(碑文より)

忠魂碑


史跡 | 13:11:18 | Trackback(0) | Comments(0)
品川神社冨士塚
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品川区指定有形民俗文化財
品川神社冨士塚
所在 品川区北品川3丁目7番15号品川神社内
指定 昭和53年11月22日(民俗第1号)

冨士塚は、冨士信仰の集団、冨士講の人々が、富士山の遥拝(ようはい)場所として、あるいは実際の登山に代わる山として造った築山(つきやま)である。
品川神社の冨士塚は、明治2年(1869)、北品川宿の丸嘉講(まるかこう)講中三百人によって造られた。
神仏分離政策で一時破壊されたが、明治5年再築し、大正11年(1922)第一京浜国道建設の時現在地に移築された。
江戸後期に盛んだった民間信仰を知る上で、たいせつな文化財である。

(説明板より)

品川神社冨士塚



史跡 | 12:52:46 | Trackback(0) | Comments(0)
庖丁塚
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庖丁塚の由来

抑もここ品川の地は 往昔より江戸出入の要宿にして 近代となりてその地域広大となるも、まことに殷賑をきわめ ゆえに調理をなりはいとする店多く またそれらに使用されし庖丁数知れぬなり
このたび品川区鮨商組合連合会発足25周年を記念し、ここ縁りの地品川神社の神域に庖丁塚を建立、調理に役し、使い古されし数多庖丁を納め、とわにその労を謝すと共に、同じくそれら庖丁により調理されし鳥獣魚介の類、はた又蔬菜等を慰霊し、併せて業界の発展を期し、とこしえに連合会の隆盛を願うものなり

昭和51年4月27日
品川区鮨商環衛組合連合会
会長 永原 徳

庖丁塚


史跡 | 12:18:46 | Trackback(0) | Comments(2)
大腸ポリープを切除!
朝、もちろん食事は取れないので、コーヒーだけを飲んで病院に出かける。
9時、病院で手術の受付をすませ、お尻の部分に穴の空いた「検査衣」に着替えて前処置室で待機。
ここで問診があり、その後、下剤を飲んで待機することになる。
拙者の飲む下剤の量は・・・・1.5リットル!
しかし渡された量は2リットルのパック。
500mlは残していいという。
他の“患者さん”は「こんなに飲めない」騒いでいたが・・・・
そうかなぁ~?
10時から11時半かけてチビチビ飲む。
その間、看護師さんから出来るだけ歩くとかお腹を揉むとかしてくださいと言われたが・・・・
拙者は前処置室のソファーに座って読書!(笑)
すると・・・・
「あのね、喫茶店でコーヒー飲んでるわけじゃないんですから・・・下剤を飲みながら読書をしていたのでは便が出ないですよ。動いてください!」と注意を受けてしまった!(笑)
だってさぁ~1時間半も時間がもったいないんだよねぇ~
こういう時に持参してきた本を読まねば~
飲み始めて1時間半後・・・・指示通り1.5リットルの下剤を飲み終えたが・・・・
500ml残っているのが気になる。
もったいないので飲んでしまった!
看護師は・・・・「え?2リットル・・・飲んだんですか?」と呆れ顔。
「せっかくもらったんだから、残すのはもったいないと思って飲んじゃいました」
周りの“患者さん”に笑われてしまった。

さぁ~今日は調子がいいぞ!(笑)
ピーゴロゴロの連続!
前処置室にはトイレが10箇所以上設置されている。
他の“患者さん”に使われていて入れないなんていうことはない。
トイレの取り合いの心配がないのがいい。
でも・・・・チビリそうだ!それ!急げ!(笑)
トイレのドアの内側には便の写真が掲示されていて、どういう状態になったらOKかということが示されている。
拙者の場合は7回目で指定の“状態”になったが・・・・7回もトイレに駆け込むと肛門がヒリヒリして痛いのなんのって・・・(笑)
結局、その後も排便があり11回もトイレに駆け込んだ。

12時頃、今度は処置室へ行き念のための浣腸!
この時の排便は看護師さんが直接目で確認する。
この時に“失格”すると・・・・更に下剤を飲むか、又は手術は延期となる。
だから・・・こちらとしても真剣勝負である!(笑)

看護師さんからOKをもらい、今度はストレッチャーに寝て脱水防止のための水分補給の点滴を受けながら待機。
まもなく処置室に運ばれ、点滴の管から鎮痛剤を注入されたところまでは覚えているのだが・・・
そこから記憶がない。
全身麻酔を受けたわけではない。
爆睡してしまったのである!(笑)
昨晩は夜中に何度もトイレに行って、よく寝ていなかったからなぁ~(笑)
いつ手術が始まっていつ終わったのか全く覚えていない。
途中で起こされたようで、皿に乗せられた切除した我がポリープを見せられたのは覚えているのだが・・・
記憶がボヤァ~としている。
だから、痛いとか辛いとか、そういう記憶が全くない。
まぁ、幸せといえば幸せかもしれない。

手術後は別室でストレッチャーに乗せられたまま休憩となるが・・・・
拙者は当然・・・・熟睡!(笑)
途中、何度か看護師さんに声をかけられたことは何となく覚えている。
「手術をすると腸に空気が入るので、出来るだけオナラをして空気を出してください」と言われたような気がする。
意識が朦朧なので、これが夢なのか現実なのかよくわからないが・・・・(笑)

まもなく目が覚めたが・・・頭の中がボヤァ~としている。
看護師さんからいろいろ尋ねられたようだが・・・・・よく覚えていない。(笑)
手術後は鎮痛剤の影響で、ふらつき、吐き気、眠気、視力低下、健忘が現れることがあるというが・・・・
拙者の場合は眠気と健忘だけらしい。(笑)
車やバイク、自転車では来るなとう意味がわかる。
これでは車を運転して帰るなんていうのは無理だ。
ストレッチャーの両側はカーテンで仕切られていたので両側の状況は見えなかったが、向かい側に同じようにストレッチャーに乗せられた“患者さん”がズラ~りと並んで寝ていた!
ヒェ~・・・・
今日の午後だけでこんなに手術した人がいたの!
驚き!

3時頃だろうか、先生からの面接を受ける。
この時はすっかり眠気は消えていたようだが、頭は相変わらずボンヤリしている。
「今日は入院することになっているようですが・・・・無理して入院することはないと思いますよ」と先生も看護師も言う。
そういえば・・・万が一の事を考えて念のために入院するんだったっけ。
「大丈夫ですかね?」
「手術の状況からほぼ100%問題はありませんし・・・それに危ないのは当日じゃなくて2日目、3日目なんですよね。今日、入院しても意味がないんですよね。だからお帰りになれますよ。どうしてもって言うなら入院されてもいいですけど・・・・無駄だと思いますよ。どうしますか?」
看護師も「まだ早い時間だし・・・じゅうぶん家に帰れる時間でしょうから帰ったほうがいいんじゃないんですか?」と言う。
そうですかぁ?
折角入院の準備をしてきたんだけどなぁ~(笑)
というわけで、入院をキャンセルして帰宅することにした。

さて・・・ポリープ切除の費用であるが・・・・
再診料710円、手術料5万6460円、検査料1万260円、合計6万7430円であるが、患者負担率が30%なので、拙者の支払いは2万230円であった。
拙者の想像より意外に安かった。

さて・・・病院から外へ出たが・・・外はまだ明るい!
拙者はある意味・・・・「お馬鹿さん」である。
このまま真っ直ぐ家に帰るのももったいない。(笑)
いつもの悪い虫が騒ぎ出した・・・・
どこかを「ぶらり旅」しようかなぁ~(笑)
さっき・・・・手術したばかりなのだが・・・・

というわけで、途中下車して品川神社に寄ってみた。
DSC08956.jpg

ありゃ!
目の前に長くて急な石段が・・・・
大丈夫かねぇ~手術直後にここを登って・・・・・(笑)
マズイよなぁ~
帰宅後1週間は「犬の散歩」も行うなと言われているのに・・・
しかし、ここまで来て帰るというのもねぇ~
誘惑には・・・・弱い!(笑)
ここには板垣退助のお墓がある。
お参りして・・・・・上野に向かい・・・・帰宅する。
今日の夕食は・・・駅前のうどん屋さんで消化の良いうどんを食べることにする。

日記 | 10:07:50 | Trackback(0) | Comments(2)
ホテルに前泊する
明日は横浜の病院で大腸にできたポリープを切除する。
朝9時までに病院に“出頭”しなくてはならないので・・・・(笑)
銀行の“オオダイラ君”との打ち合わせを終えて、横浜へ向かいホテルに前泊!

駅に向かう途中・・・・
我が家の近くの「アンズ並木」のアンズの花が満開!
いつの間に・・・・
DSC08954.jpg

DSC08955.jpg

夕食は早目の時間に消化のいいものを食べるようにとのことなので、上野駅構内で簡単な夕食を食べてホテルに・・・・
で、ホテルでは夜8時に「下剤」を飲む。
これは、以前、手術の申し込みに行ったときにもらったもの。
ラキソベロン1本(10ml)とマグコールP1袋(50g)をミネラルウォーター(200ml以上)に溶かして飲む。
そして・・・・待つ!
しかし・・・何の反応もない!
あれ?
「その後、寝る前までに水を400~500ml以上お飲みください」と説明書に書かれている。
そうか!水を飲まねば!
ペットボトルは500ml
ミネラルウォーターとスポーツドリンクを2本飲む。
これで1リットルは飲んでいるんだから・・・・これで来るぞ!来るぞ!と待つが・・・・来ない!(笑)
あれぇ~????
これでも駄目か!
今度はインスタントコーヒーを飲んでみるが・・・・これでも来ない!(笑)
3時間後の11時、ようやく来たかなと思ったが・・・・普通!
こんなもんじゃないはず。
参ったなぁ~
ようやく下剤が効き始めたのが午前2時!
アホ!
寝られないじゃねぇか!(笑)

日記 | 21:33:51 | Trackback(0) | Comments(0)
親父の投資信託
先日、親父の銀行口座に入金があった。
投資信託が償還されたらしく、銀行からも「ご確認ください」の葉書も届いた。
この葉書を見た親父がパニック!
「何だこれは!俺はこんなもんやっていねぇぞ!」と言う。
「あのねぇ~そんなわけないでしょ?」
「やってねぇものはやってねぇ!」と頑固である。(笑)
話によれば、こっそりと(?)2件ばかりやっていたらしいが、1件は利益が出ないのでしばらく前に解約したらしい。
で、残りは1件のはず。
それは運用が続いているという。
それなのに見知らぬものが1件、償還されたというから驚いたという。
「これは銀行が何かやりやがったな!」
はぁ?そんな馬鹿な・・・・

というわけで・・・・
銀行の“オオダイラ君”に証拠資料を持参して来てもらった。
証拠資料とは・・・・・「申込用紙」!
「ほら!これ・・・親父の字だろ!」
「・・・・・」
親父は間違いなく申し込んでいた。
「そういわれてもねぇ~・・・記憶がないんだよなぁ~」
年寄りが一人で勝手なことをするとこういうことになる。
しかし、証拠資料があるんだから間違いない。
インターネットが発達したこの時代でも、やっぱり手書きで申込用紙を書くというのは大事なことだ。
これが「パソコンで入力して申し込んだようです」なんて言ったら大問題。
銀行が勝手に俺のパスワードを盗んで入力したんだろうと言いかねない。(笑)
どっちみち償還されて増えて戻ってきたんだから文句はなかろうが・・・・
「俺は、こんなものの説明を受けていない」と言い張るばかり。
参ったねぇ~
「これからは一人でやるなよ。必ず俺が立ち会うからね」と親父に注意する。
だいたい親父は家族に反対されるのを恐れてコソコソと一人で勝手にやるのである。
しかも・・・「おい、宜しく頼む!」と相手にポンと丸投げするから・・・・
何の申込書にサインしたのかなんて覚えない。
「とにかく、これ・・・儲かるんだよな?」という調子である。
今回もそういうことなのだろう。

今回の大騒動もこれで一件落着!
さて、わざわざ“オオダイラ君”に来てもらったので、私も投資信託に申し込みする。
商品は「単位型株式投資信託」である。
償還期間は約1年1ヶ月。
この間に日経平均株価が75%を超えて下落しなければ元本+8.26%の金額が償還される。
つまり・・・・
例えば1000万円で申し込むと、82万6000円増えるということになる。
ただし手数料とかを最初に15万7500円支払うので、「純利益」としては66万8500円となる。
しかし、約1年後の償還時に株価が大きく上がっても8.26%しかもらえない。
反して1年の間に一度でも75%以上下落したら元本を下回るらしい。
今の日経平均が1万2500円とすると、75%は9375円となる。
さて・・・これからの1年以内に日経平均が1万円以下まで暴落するか・・・・
可能性は低いような気がするんだよなぁ~(笑)
申し込み期限が迫っているので、とりあえずこれに投資することにした。
1年なんてねぇ~
あっという間だからねぇ~
まもなく母が亡くなって1年になる。
嘘みたいな速さだから・・・・多分、これもあっという間に1年が経って償還されるだろう。
「取らぬ狸の皮算用」か?(笑)

日記 | 15:56:54 | Trackback(0) | Comments(0)
“カワムラさん”からお電話
夜、“カワムラさん”から電話がかかってきた。
氏は『戦車第二師団の会』会報編集の前任者。
永年会報編集に携わってきたが、ワープロを打っていると頭がクラクラするようになったと、体力の限界を訴えて数年前に辞任された。
そこで白羽の矢がたったのが・・・・拙者!
(会員の中で一番若いから・・・笑)
会報編集担当を辞任すると同時に会も退会。
「うるさ型」の厳しい“陸軍少佐”殿ではあるが今でもお付き合いは続いている。
その後、会報はどうなってしまったのかとご心配されるだろうと思い今回も1冊お送りしておいた。

「いやぁ~すばらしい会報をありがとう!」と大声で何度も言われるのでこちらは照れてしまう。
「ところで・・・」とお願いを頼まれた。
氏のところに先日戦死した自分の祖父の事で連絡してきた女性に1冊会報を送ってやってくれと言う。
どうも30代の女性らしいのだが、ご祖父様は戦車第二師団の隷下の部隊に所属していたらしい。
「会員じゃないだけど、1冊送ってくれんかなぁ~」と頼まれる。

しかし、戦死地はレイテ島。
会報にはレイテ島に関しての記事は一つも載っていないんだけどなぁ~(笑)
少し多目に印刷しておいたので、1冊ぐらいいいかな。
「もしかしたら会員になりたいと言ってくるかもしれないし・・・・」と“カワムラさん”は言うのだが・・・
そりゃ、無理じゃないかなぁ~(笑)

最近の「遺族」にもいろいろな人がいる。
以前、戦死された孫娘さんからメールをいただいたことがある。
「何かわかることがあれば是非教えて欲しい」という。
調べてみたら・・・その方が戦死した場所を現地でビデオに収めていたので早速ビデオをお送りしたのだが・・・
その後、全く音信なし。
お礼を欲しがっていると思われるのは嫌なのでしばらくこちらから連絡するのは我慢していたが・・・
我慢も限界!
3ヵ月後に連絡したら・・・
「あ~ビデオは届いています。こちらも何かと忙しかったのでご連絡できませんでした」とケロケロっとしているのには頭にきた!(怒)
頼む時ばかり一生懸命で、欲しいものが手に入ったら知らん振りかい!
その後も葉書一枚、年賀状の一つも届かない。
こういうタイプの礼儀知らずの「遺族」というのも結構多い。
だから・・・あまり気が乗らないのだが・・・
とりあえずお手紙を添えて1冊お送りすることにした。

日記 | 22:21:44 | Trackback(0) | Comments(0)
保険金受取人の変更
自分の生命保険の証書を見ていて気がついた。
拙者が死亡した時の保険金の受取人が母の名前だった。
ありゃ・・・
受け取るはずの人が先に死んじゃっている・・・・
こりゃマズイだろ・・・
というわけで・・・
生命保険会社のA社から変更届の用紙を届けてもらう。
受取人に指定できるのは二親等までなのだそうだ。
姪や甥に残してやろうかと思ったのだが、それは駄目らしい。
それなら仕方がない、妹を受取人として届ける。

日記 | 20:58:26 | Trackback(0) | Comments(0)
お彼岸
今日はお彼岸の最終日で、しかも、母の祥月命日。
この日にお墓参りをすることにしたが、伯母さんたちもこの日に合わせてお墓参りするということになり、更には従姉達も集まってくれるという。
なんという楽しいお墓参りか。

早朝、妹と小4の姪が電車で東京から来た。
途中で「お昼ごはん」を買って、これを持参。
父方のお墓参りをして、母の実家に向かい皆さんと合流。
それから、母のお墓、母の実家のお墓参りをする。
お昼は母の実家で各自持参した「お昼ごはん」を出して・・・というはずが・・・
従姉達が料理をしてくれて食べきれなほどの料理が並んだ!
いやぁ~すごい、すごい。
しかし・・・集まった親戚の中で男は・・・・
拙者と親父と従姉の旦那の3人。
あとは、伯母さん、叔母さん、従姉4人、従姉の娘たち2人、我が妹、我が姪・・・・の10人!
女10人が集まって静かなわけがない!(笑)
しかも、従姉の旦那と拙者はおしゃべり好き。
冗談を連発して大笑い。
食べるよりおしゃべりのほうが大急がし。
親父は間が持たず一人離れて昼寝。

母の親戚はとにかく楽しい。
ここにいつものように母がいたらなぁ~・・・・と思う。
これだけ集まってワーワーキャーキャー歓談すればご先祖様も大喜びではなかろうか?
散々おしゃべりすること4時間で「お開き」となり、それぞれ持ち寄ったお土産の交換をし、余った「お昼」をそれぞれに分けたので帰りのほうが荷物が多い。(笑)
ありがたい、ありがたい。
これまたいつもの風景。
今晩は夕食の心配はないぞ!(笑)

帰りにお寺さんに寄って住職と母の1年忌のスケジュールの打ち合わせをする。

夕方、妹たちが帰っていく。
小4の姪はおやべりな大人たちの中で退屈だったそうだが・・・
でも、親戚が集まるということ、伯母さんたちや従姉達がいくつになっても楽しく歓談するということ・・・そういうことを見ることで何か勉強になってくれたら・・・と思う。

日記 | 20:05:55 | Trackback(0) | Comments(2)
花を植える
母の仏前のお花を交換しようと思い花屋さんに行く。
ふと・・・門の前に黄色い花を植えたいなぁ~と思ったので・・・・
適当な黄色の花を買う。
花屋のおばさんに花の名前を教えてもらったのだが・・・
う~ん・・・
「ユリ」なんとか・・・
「デージー」なんとか・・・・
とにかく覚えられない。
どうして花の名前はカタカナなのかねぇ?
しかも・・・長い。
出来れば、3文字か4文字までにしてもらいたいものだ。(笑)

DSC08918.jpg


帰宅してからネットで調べてみたら・・・・
「ユリオプスデージー」という花らしい。
あ~覚えられねぇ~
で・・・・
花言葉が・・・・
「夫婦円満」だとか!
あ~なんていう花を買ってきちまったんだろうか?
独身なのに・・・・(笑)
しかも・・・この花・・・・
乾燥しているほうが好きで、雨は余り好きではないらしい。
根が腐ってしまうらしい。
というのに・・・門の前に植えちゃった!(笑)
あれぇ~
雨が降ったらどうなっちまうんだ?
まぁ、いいかぁ~

DSC08917.jpg


日記 | 18:58:52 | Trackback(0) | Comments(0)
会報を郵送する
昨晩から必死で封筒詰めをした152冊の会報を郵便局に持ち込んで「ゆうメール」で会員の皆さんにお送りする。
前号は母に手伝ってもらったのだが・・・・
今回は一人で糊付けしなくてはならないので結構疲れた。(笑)
こういうことを以前はご高齢の担当者が行っていたのだから、若い(?)拙者が「疲れた~」などと言ってはバチが当たるかもしれないなぁ~

ようやく大きな仕事が一つ終えたのでホッとする。


日記 | 14:58:24 | Trackback(0) | Comments(0)
仏像が動いた夢
昨晩の夢の中の話・・・・
いつもは夢から覚めると夢の内容をすっかり忘れてしまうのだが、何故か今回はよく憶えている。

場所はどこなのかわからないが、どうやら海外らしい。
どこかの家の廊下の突き当たりに仏像が展示されている。
拙者はツアー旅行の一員らしい・・・・
「このチベットの仏像は非常に貴重で高価なものですが、どうしても欲しいという方は交渉してみてはいかがでしょうか?アハハ・・・」と若い女性ツアーガイドが言う。
へぇ~この坐像がねぇ~
「じゃ~次に行きましょう!」とガイドはUターンして建物から出て行った。
拙者はツアーの一番後ろにいたのだが・・・
そんなに貴重なものなら、もう一度見ておこうとツアーから抜け出し仏像のところへ戻った。
ジ~ッと高さ30センチほどの坐像を見ていたら・・・・
この仏像・・・・突然体をくねらせたかと思ったら・・・・
「ハクショ~ン!」とくしゃみをしやがった!
ゲゲッ!
「いやぁ~マイッタァ~我慢も限界だ~あ~スッキリした~」と言ってパチリと目を開けた!
お互いの目と目が合い・・・・ギャァ~!(笑)
「あれ?見た?見られちゃったのかな?」
「見ちゃったって・・・何?くしゃみ?」
「あ~やっぱり、見たんだぁ~・・・みんながいなくなったと思って安心したのが間違いだった~」
「なんだよお前・・・いんちきじゃねぇか~・・・何が高価な仏像だよ」
座禅を組んでいた仏像がスクッと立ち上がり、拙者の後からペタペタと裸足で付いて来る。
「気持ちが悪いからあっちに行けよ~」
30センチぐらいのこの仏像・・・歩くたびにドンドン背が伸びて、拙者と同じくらいの背になった。
「なんだよ~おれはツアーに戻るんだからついて来るなよ」
「お~い、お~い、これを見てよ!これ!」とスケッチブックを取り出しページをめくった。
そこには、誰が書いたか綺麗な日本語で何か質問が書いてある。
「ねぇ、これに答えてよ!」と仏像はニコニコ。
「あのな・・・お前とクイズで遊んでいる暇はねぇんだよ」
建物の外に出たら・・・・そこはゴーストタウン。
誰もいない。
あれ?
確か・・・この先の十字路にツアーバスが停まっていたはず。
急いで十字路に向かったが・・・
バスがない!
やられたぁ~
置き去りにされてしまったぁ~!
「お~い、これ・・・見てよ!答えてよ!」と仏像がまたページをめくる。
「それどころじゃねぇんだよ!あ~どうしよう!迷子になっちまったぁ~」
「何?どうした?ねぇ、ねぇ、これ、見てよ!答えてよ!」とスケッチブックを指さす仏像はニコニコ顔。
あ~頭にきた!
「てめぇのせいだぞ!どうしてくれるんだよ~ここはどこなんだ?チベットなのか?」
「チベット?何?それ?ワタシ・・・ニホンゴ・・・ワカラナイ」
「なんだこの野郎!さっきまでペラペラと日本語しゃべっていたじゃねぇか!」
「ニホンゴ・・・ワカラナイ」と仏像が笑いながら言う。
あ~参ったなぁ~
ここはどこなんだ?チベットなのか?モンゴルなのか?
旅行社の名前も、ツアーの名前も、ガイドの名前も思い出せない・・・・
どうやって日本に帰ればいいんだろうか?
「ねぇ、ねぇ、さて、第3問です!答えて!答えて!」と仏像が笑いながら言う。
「うるせぇ!この野郎!」と仏像をぶん殴る寸前に・・・・・
夢から覚めた・・・・(笑)

あ~疲れたぁ~
ひどい夢を見てしまったぁ~
どうしてこんな夢を見ちゃったのかねぇ~
「チベット」とか「ツアー」というキーワードはわからないでもない。
寝る前にテレビのニュースで「チベットの暴動について日本人旅行者の証言」なんていうのが流れていたからなぁ~
しかし・・・「仏像」と「クイズ」は何で出てきたんだ?
どうして寝ている時にこんなくだらい夢に脳味噌をつかっちゃうのかねぇ~
どうせならもう少し「夢」のある夢が見たいもんだ。

日記 | 10:46:26 | Trackback(0) | Comments(4)
チキンのトマト煮
今晩のおかずは・・・・
「チキンのトマト煮」!

鶏もも肉、小2枚・・・・って・・・・
「小」はどのくらいが「小」なのかわからない!(笑)
いいやぁ~唐揚げ用に切ってある肉をスーパーで買う。
これに、塩少々、コショウ少々を振りかけて下味を付ける。
「鍋にオリーブ油を入れて鶏肉の皮を下にして並べて2分ほど焼く」って書いてあるので、そうしたのだが・・・
あれ?
鶏肉が鍋に引っ付くんですけど・・・
そのうちにパチパチと撥ねる。
ありゃ?
もしかして、鶏肉をキッチンペーパーかなんかで拭いて水分を取るべきだったんじゃないか?
皮に焼き色が付いたら上下を返す。
すると・・・またもやパチパチと水分が撥ねる!(笑)
熱くてあぶねぇじゃねぇかぁ~この料理!
ここに野菜を入れる。
ニンニク1/2かけをあらみじん切りにする。
玉ねぎ小1個を3cm角に切る。
ニンジン1/2本を1cm厚さのいちょう切りにする。
これらの野菜を投入!
全体を混ぜながら炒める。
ここにスープを入れるのだそうだが・・・
水2/3カップに・・・・
固形スープ(チキン)を1/2個って書いてあるけど・・・・
わざわざチキンの固形スープを買ってくるのはもったいない。
冷蔵庫にあった顆粒状のコンソメを適当な量入れることにした。
更に塩少々、コショウ少々を入れて・・・
更に更に・・・・ローリエを1枚入れるんだとか・・・・
ローリエって何?
葉っぱ?
この料理のためにわざわざ葉っぱを買うのかい?
1枚だけ売っているわけもないだろうし・・・
1枚使ったら残りの使い道がない。
もったいないから買わない!
ローリエは入れるのを辞める。(笑)
どうして料理の本って、こういう特殊な材料を要求するのかねぇ~
以上を混ぜたスープを鍋に投入!
煮だったら蓋をして10分ほど煮込む。
ここにトマト水煮缶(カット)1缶(400g)を投入!
更に10分ほど煮る。
「味をみて、もの足りないようなら塩、コショウで味をととのえる」って書いてあるけど・・・
「もの足りない」っていう意味ががよくわからん。
う~ん、この味は・・・もの足りない味?(笑)
こんな味なんだろうなぁ~と思えば、こんな味でいいような気もするし・・・(笑)
まぁ~いいかぁ~
完成!
器に盛り、生クリームをかけ、セロリ1/2本を茎は5mm幅の薄切りにして葉は千切りにして乗せる・・・・とある。
生クリーム?
わざわざこのためだけに買ったのでは、今回の料理はかなり高価になってしまうぞ!
生クリームもセロリも次回の使い道がないので使わないことにした。
ということで・・・彩のない真っ赤なだけの料理が出来上がった!

今回の料理は1人前429キロカロリーなのだだそうだ。

DSC08916.jpg


この間もトマト水煮缶を使ってハンバーグを煮込んで出したので、「今度もまたトマトか~」と親父が言うと思っていたが・・・・
あれ?
予想に反して・・・何も言わない。
確か・・・親父はトマトが好きじゃなかったはずなのだが・・・(笑)
「おお、これはなかなか美味いなぁ~」と言うので驚いた。
あれ?
自分がトマト嫌いだっていうことを忘れちゃった?
ボケたか・・・親父・・・・
トマト嫌いを知っててわざと作ったんだけど・・・(笑)
「栄養があるから少しは食べろよ!」と言おうと思っていたのだが・・・・
ありゃ~
ある意味・・・期待が外れた。
ん?
お世辞?(笑)

今回は・・・レシピ通りには作らなかったが・・・・
100点満点で80点は取れたんじゃないかな?(甘いか?)

日記 | 20:00:01 | Trackback(0) | Comments(0)
カワライさんから電話
“カワライさん”からお電話が来た。
先日お送りした雑誌のお礼の電話。
それより拙者としては氏の声が聞けて大感激。
先週退院したばかりだという。
少々力のないお声なので、ちょっと心配したが・・・
とにかく電話で話が出来るぐらいには回復したのだろうから・・・・よかった。
「特種情報部に関してはほんの少ししか書かれていなかったんですが、お送りさせていただきました」と言ったら・・・・
「いやぁ~ありがとう。60年経ってもまだ秘密は守られているという証拠だよ」と仰られる。
「秘密は全て“カワライ”さんの頭の中にしか残っていませんよね~特種情報部に関する本なんて出ていませんもんね」と言ったら「そうだ」と仰られる。
そうかぁ~
“カワライさん”は全ての秘密をお墓まで持っていくおつもりなんだなと声の雰囲気で感じた。
闇から闇へ・・・・は情報の世界ではやむを得まい。

来月の滋賀県での慰霊祭に行った時にでも会いに行こうかと思う。
もう会う機会もなくなるかもしれない。
後悔しないためにも・・・・会いに行こう。

日記 | 00:07:02 | Trackback(0) | Comments(0)
告別式に行く
昨晩の通夜でおおよその雰囲気は掴んだ。
今日は、告別式。
お別れに行こう。
22年ものお付き合いだ。
最後までしっかりと見送ってやろう。

少し早めに式場に到着。
相変わらず“その筋”の方々がいたが・・・・昨日ほどではない。
今日は告別式のせいか、通夜より参列者が多い。
昨日同様・・・・今日も前のほうに座らされる。(笑)
今日でお別れだなぁ~
22年間のお付き合いもこれで終わりだ。
彼女の生い立ちは彼女から聞かされていたが・・・
苦労ばっかりで本当に可哀想な人生だった。
歳を取ったら少しはいい人生になるのかと思っていたのに・・・・
とうとう苦労したまま、この世を去るのか。
本当に“薄幸の人”だった。
彼女の遺影を見ていると涙が出そうになる。

告別式の参列者は昨日よりもかなり多くの“カタギ”が集まっていた。
彼女のお店の常連客と思われる若い連中・・・・
この雰囲気の中では浮くよなぁ~
水商売の女の子や他店のママたちも今日は多い。
ある意味では華やかである。
今日の告別式には、“その筋”の方々は焼香に現れなかった。

式が終わり、会場を出たら・・・・
出口にゾロッと“その筋”の方々が更に人数が増えて並んでいるではないか!
拙者の前にいたおばさんは「怖い、怖い」と小声で言いながら足早に彼らの間をすり抜けていった。
そりゃぁ~驚くだろう・・・・この集団を見たら・・・
無理もない。
彼等も気を使って式場内に入らず外で待っていたのだろうが・・・・
最後の最後に参列者を驚かす結果となってしまっては・・・・意味がなかろう?
“親分”さんたちは普通の人と区別が付かないくらい普通に見えるのでまだいいが・・・
“若い衆”は、ヤクザ映画から飛び出てきたという感じだからねぇ~
そりゃ、驚くわ・・・・

出口で彼女のお店の女の子に会う。
その子は表向き独身ということになっているが、実は、いわゆる“極道の妻”である。
拙者に「ゴメンネ」を何故か連発する。
何で「ゴメンネ」なんて言うのだろう?
こういう“その筋”が居並ぶ場所に来てもらって申し訳ない・・・・ということか?
こういう場所で親しげに話をするのは遠慮すべきだろう。
軽く会釈して去る。

日記 | 23:00:20 | Trackback(0) | Comments(0)
通夜に行く
従弟の会社から会報を受け取り、そのままスナックのママの通夜に向かう。
実はあまり気が進まないのだが・・・・
というのも、彼女の“旦那”はヤクザなのである。
そういうこともあって、彼女は表向き、旧姓で通していたのであるが・・・・
う~ん・・・・葬儀に集まる人たちは・・・・・大体想像できてしまう。

葬祭場はかなり小規模なもの。
ふつうは「家族葬」に使われる施設だという。
ということは・・・“そういう方々”は集まらないのかも知れない。
そうなると、かなり寂しい葬儀になってしまうだろう。
ならば・・・行ってあげようかなぁ。
最後にお別れをしてあげて見送ってあげようかなぁ~
以前なら、どういう噂が立つかわからないので、こういう葬儀には絶対出ないのだが・・・
会社を廃業していることだし、何らかの噂が立っても従業員たちに迷惑をかけることもあるまい。

というわけで・・・葬祭場に行ったのだが・・・
行ってみたら・・・・やっぱり・・・・
地元の“その筋の方々”がゾロリと勢ぞろい!
ヒィェ~
式場が狭いので外まで溢れている。
と・・・
「おい!お客様が通る邪魔になるだろう!入り口を開けんかい!」と幹部の声。
“若い衆”の集団がサッと振り返った先にいたのは・・・・拙者!
ヒィェ~(笑)
幹部の方に案内されて式場に入る。
拙者としては一番後ろの隅っこに座らせていただければいいのですが・・・・
「どうぞ!どうぞ!どうぞ!さぁ~どうぞ!」としつこく促され・・・結局、前から2列目に座らされてしまった~
参ったなぁ~
相手は“お客様”に失礼があっては大変だとの事で気を使って拙者を前の方に座らせたのだろうが・・・
拙者はそれほどの“お客様”ではないんですけど・・・・

彼女の遺影を見ていると・・・・
「なにをビビってるの?十分回りに溶け込んでるわよ~区別付かないから大丈夫」と笑いながら話しかけてきているような気がする。
不謹慎だが、思わず笑いそうになる。
彼女だったら、この状況を見てそう言って拙者をからかうよなぁ~
以前、刑事にも「ヤクザに間違えられるでしょ?」と言われたことがあるが・・・・
拙者はこの方々と同じように見えるのかい?
そんなに怖いかなぁ~

参列者で“カタギ”の人は・・・・殆どいない。
大半が“その筋”の方々・・・・
アララ・・・

式場で高校時代の同級生の“ハガ君”に会った。
彼は今では某カーディーラーの所長になっていると言う。
彼に最後に会ったのは・・・14、5年前のこと。
その頃は彼はまだヒラの営業マンだった。
その時に彼から車を買ったのだが・・・
「仕事関係で来たの?」と尋ねたら、そうだという。
“その筋”の方々は値段の高い高級車を買うお客さんだろうから・・・やむを得ないだろうなぁ。
しかし、彼は式が始まる前に挨拶だけして帰っていってしまった。
ありゃぁ~
彼に会ってホッとしたのに・・・・またまた心細くなっちまったぞ~(笑)
地元選出の政治家の秘書なども弔問に来ていた。
まぁ~これまたやむを得ない「お付き合い」なのだろう。

我々“カタギ”と“一見カタギに見える人”の焼香に続き“その筋の方々”がゾロゾロと・・・・
まぁ~壮観なこと・・・・・

日記 | 19:45:52 | Trackback(0) | Comments(0)
入院給付金の請求
生命保険とは死んだ時に保険金を貰うものだとばかり思っていた。
ふと、何となく気になって保険証書を見てみたら・・・
あれ?
入院給付金も付いている。
迂闊にもすっかり忘れていた。
ということは・・・昨年暮れの拙者の痔ろうの入院は・・・・給付金が貰えるんだよね?
保険料ばかり払っていたのではもったいないよなぁ~。
長年払い続けてきて、病気にも何にもかかったことがないから保険を使ったことがない。
ここは入院・通院給付金を請求してもバチは当たるまい?(笑)

保険会社のD社に来てもらい、先日最後の通院時に受け取った診断書を渡す。
この他に、チョコチョコと書かねばならぬ書類があったが、思ったより簡単に請求を終えた。
あとは・・・・何か問題があれば言ってくるだろう。(笑)
これで入院と通院の給付金を受け取ると・・・・
実質、手術費実費分ぐらいを負担したことになるかな?
あらぁ~こりゃ助かるなぁ~

D社の保険は他に2つばかりあるのだが・・・・
何故か全て死亡時と高度障害の時に受け取るもの。
独身だしなぁ~
死んだ時に保険金が下りても仕方がないような気がするんだけど・・・
しかし、担当者は「高度障害」になったときの事を考えたら解約すべきじゃないと言う。
「私の言っていることが信じてもらえないなら仕方がないですけど・・・」と言うのだが・・・
長年の付き合いなので信じていないわけではないが・・・
高度障害より入院や通院のほうが可能性が高いような気がするんですけど・・・(笑)
入院特約が付いているものに切り替えるべきじゃないかという気もするのだが・・・

まぁ、そう急ぐことでもないので・・・・もう少し経ってから見直してもいいかな?

午後、従弟で印刷屋の“シンゴちゃん”に電話をしたら、戦車第二師団の会報の印刷が出来上がったという。
早速、常磐自動車道を飛ばして受け取りに行く。

日記 | 19:15:10 | Trackback(0) | Comments(0)
大洲歴史探訪
『大洲歴史探訪』

『大洲歴史探検』改題・増補版
土井中 照 著
アトラス出版
定価:本体1,143円+税

この本はどこで買ったのか・・・・
大洲城で買ったような気がするのだが・・・
現地にいるときに読めばいいものを、帰宅してから、しかも今頃になって読んでみたら・・・
あら、あら、あら・・・
失礼な話かとは思うが「大洲」という町は拙者にとってはマイナーな町。
愛媛県といえば「松山」!
正直言って「松山」しか知らない。
「大洲」って現地に行くまでどこにあるのかも知らなかったのだ。
この本を読んでみたら・・・結構偉い人が出ているのですね~

三瀬諸淵(みせもろぶち)
この人は、日本で初めて電信実験に成功した人。
安政5年(1858年)に電信の実験をして成功している。
安政3年に鹿児島の島津藩が電信実験をしているが失敗しているので、成功した実験としては日本初ということになるらしい。
佐久間象山も電信実験をしているが、万延元年以降なので、もっと遅い。
なのに・・・佐久間象山や島津藩の電信実験のほうが有名。
なんとも可哀相である。
この実験は針金を引いて行われたので「針金便り」と呼ばれたという。
また、見物の群衆は「キリシタンバテレンの魔法」と評したとか。

矢野玄道(やのはるみち)
この人は国学者。
平田篤胤の提唱する古神道を基にした国学を学び感化されます。
晩年は「しらべ中ながばなし いや」という貼紙をして来客を避けて勉学に励んだといいます。
また、平田篤胤の未完の書『古史伝』を完成させました。
著作は700巻、弟子は1,000人以上いたといいます。
いやぁ~そこまで有名な人なのにねぇ~
どうして“全国区”の有名人になれないのかねぇ~

巣内式部(すのうちしきぶ)
幕末の憂国歌人。
万延元年(1860年)井伊直弼の暗殺(桜田門外の変)が起きると、京都に上り尊皇攘夷運動に参加。
新撰組に逮捕されて幽閉されたこともあります。
慶応4年(1868年)に自由の身となり、官軍の赤報隊に参加して戊辰戦争で活躍。
明治3年(1870年)大村益次郎の暗殺犯の中に上司や友人がいたため、この事件に関与していたとみなされ官位を剥奪され大洲に帰郷。
罪の晴れる日を待ちながら和歌の整理などをして過ごしましたが、2年後に貧窮孤独のままこの世を去りました。

武田成章(たけだしげあや)
この人は明治元年に榎本武揚が立てこもって「函館戦争」をした函館の五稜郭を設計した人。
でも・・・建築家っていうわけじゃない。
母の実家で医学を学び、大阪に出て緒方洪庵の適塾で学び、更に江戸に行って伊東玄朴や佐久間象山に学びます。
佐久間象山の勧めで幕府に出仕して、ロシアの特使・プチャーチンが長崎に来たときに応接にあたっています。
更に、函館に派遣され、函館港を視察に来たペリーの応接をします。
その後も函館に残り、この時に幕府の命令で砲台と城郭を築きますが、この時に西洋の城郭や砲台の本で研究して五稜郭を築きました。
また、函館奉行支配諸術調所の教授にもなり、全国から集まってきた青年に洋学・航海術・測量術・砲術などを教えました。
前島密井上勝などもここで学んでいます。
明治維新後は、明治政府に出仕して、陸軍兵学寮幼年学校長などを勤めて陸軍士官の養成をおこないました。
また、国産初の小銃である「村田銃」の普及に尽力しました。
この人はどちらかというと教育者タイプなのかな?
しかし、かの有名な五稜郭を設計した人が大洲出身の人だと知っている人は少ないかも。

香渡晋(こうどすすむ)
明治憲法制定の功労者。
子どもの頃から「神童」と呼ばれていたという。
京都に上って桂小五郎ら勤王の志士たちと交流を持ち、勤王運動に参加。
岩倉具視を暗殺するつもりで接近したが、反対に気に入られて引き立てられる。
明治憲法の草案に対し、「憲法は天皇を主体とした欽定憲法にすべきである」との親書を岩倉具視に送る。
大隈重信もこの意見を採用し、明治憲法草稿が作られたという。
また、大正天皇の御用係を拝命し、御養育の大任を果たしています。

池田亀五郎
全国を震撼させた明治の怪盗、通称「強盗亀(ごうとうかめ)」。
明治20年(1887年)、遊女と情死を図り失敗してから、強盗の道に入る。
明治41年、広島の監獄で絞首刑となる。
公判で立証された犯罪は、窃盗23件、強盗8件、強盗未遂3件、強盗強姦2件、強盗傷害2件、傷害2件。
しかし本人の自供では婦女暴行300件、年平均100件の強盗・窃盗を働いたといいます。
まぁ~こういう有名人は出てもらいたくないものですな~

政尾藤吉(まさおとうきち)
シャム(現在のタイ)国王から勲章を貰った人。
明治22年(1889年)早稲田を出てアメリカへ行き、弁護士の資格を得てエール大学を卒業。
帰国して横浜の英字新聞の主筆として活躍中、外務省の要請でシャム(タイ)の特派員となります。
シャムの国王はエール大学で法学を学んだ藤吉に司法の主任顧問に任じ、後に勲章を授け、滞在15年目にして王族待遇を与えました。
法典編纂にはベルギー人顧問団がいましたが、藤吉は中心的な人物として刑法と社会法の草案を書き上げます。
大正2年(1913)に帰国しますが、この時にも国王は勲章を贈って感謝の意を表しています。
大正4年には政友会の推薦を受けて衆議院議員に当選。
大正9年(1920年)には特命全権公使としてシャム(タイ)に着任しますが、脳溢血で客死しました。
52歳。
通夜は2週間にも及び、国王は火葬の際、自ら点火して藤吉の死を惜しんだといいます。
しかし・・・こういう人がいたんですねぇ~
この人はもう少し高く評価されてもいいんじゃないかなぁ~

細川一(ほそかわはじめ)
世界的に有名な公害病である「水俣病」を発見した人。
西宇和郡に生まれましたが、大洲の細川家の養子になった人で、東京帝国大学医学部に進み博士号を取得。
昭和31年(1956年)、新日本窒素肥料(現在のチッソ)水俣工場附属病院の院長の時に、これまで見たことのない疾患の発生に気が付き、これが水俣病のの発見となりました。
昭和32年(1957年)から実験を開始し、工場廃液との因果関係を調べ、工場廃液のメチル水銀が原因という報告書を工場に提出しましたが、無視され、実験も中止され、昭和37年にはチッソを去ることになりました。
人命尊重を重視する博士に対する企業側の抵抗措置だったそうです。
わが町にも大企業がありますが・・・・
こういう信念を持ち、正しいことを為すという気骨ある人がいるかどうか・・・・
それにしても、この人・・・余り知られていない。

大洲には幾人もの「偉人」と呼んでいい人がいるのですが・・・
もう少し顕彰してもいいんじゃないかなぁ?

読書 | 17:27:37 | Trackback(2) | Comments(3)
思わぬ訃報が・・・・
夜、自動車整備工場の“トシちゃん”から電話。
「スナック○×△のママが亡くなったそうです」
まさか!
嘘だぁ~!
心臓が止まるようなショックである。
彼の友人が常連で、そこからの情報だと言うので間違いはなさそうだ。
あ~ショックだ~

彼女とは、彼女が20歳の時からだから、もう22年もの付き合いになる。
最後に会ったのは昨年の6月だったか、7月だったか・・・
母が亡くなった後、なんともどうしようもない気持ちになったので、酒でも飲もうかと彼女の店に行った。
その時に会ったのが最後。
確かあの時に体調がすぐれないと言うようなことを言っていたような気がするが・・・
母が亡くなったショックのほうが大きくてよく彼女の話を覚えていない。
久しぶりに彼女に会ったので、その間に彼女が癌で入院していたような話をしていたような気もするが・・・・
「酒をあまり飲み過ぎるな」と注意したような覚えもあるが・・・
どうもはっきしない。

彼女の死因は癌だったらしい。
42歳。
早すぎる死である。
彼女の店には時々しか拙者は顔を出さない。
客層が若いのでカラオケがうるさく会話にならないので滅多に行かない。
しかし、ふと・・・彼女を思い出して店に行くと必ず彼女の身の上に何かトラブルが起こっているときなのだ。
先日も“キタミ先生“と飲みに出かけたときも、ふと彼女の事が思い浮かんだので店に寄ろうとしたのだが・・・
カラオケの音が店の外まで聞こえていたので、うるさそうだから・・・と立ち寄るのをやめたのである。
あの時に店に立ち寄っていればよかったのに・・・・と後悔しても遅いかぁ~
また何かトラブルにでも巻き込まれているのでは・・・・と何となく思ったが・・・・
まさか死ぬとは・・・・
不思議なもので、最後に会った時のことより、22年前に初めて会った時の事が鮮明に思い出される。
どうしてなのだろうか?

一時期、彼女が我が社で働いたことがある。
当然、親父にも従業員にも彼女が水商売をしていることは秘してであるが・・・
母にだけは事情を話しておいた。
母は彼女を高く評価していた。
「真面目で一生懸命働くいい子だね」と気に入っていた。
しかし、昼夜働いていては体がもつはずはない。
それでもかなり頑張って無理して働いていたが、結局限界ギリギリで退職した。
彼女が「わがまま言って雇ってもらったのに・・・」と退職したいことを言い出したときのことも思い出すのだが・・・・12、3年ぐらい前のことだったと思うが、どうも記憶がボヤ~ッとしている。
やっぱり22年前の出会いのほうが鮮明だ。

何となく妹みたいな子だったんだよなぁ~
前世で会ったことがあるんじゃないか・・・・という気がする子だったんだよなぁ~
まさか亡くなるとは・・・・
ショックだ。

日記 | 23:51:03 | Trackback(0) | Comments(0)
病人を連れ出す
午後、脳梗塞で倒れた水戸藩士の“シミズ君”を外に引っ張り出すためご自宅を訪問。
医者からは「安静に・・・」と言われているらしいが、本人が大丈夫だというのだから大丈夫なんだろう?(笑)
家の中にずっといても気が滅入るだろうから喫茶店にでも行かないかと引っ張り出したのだが・・・
ご自宅に到着早々運悪く(笑)お父上にお会いする。
怪訝な顔をされたのだが・・・・(笑)
そこに水戸藩士殿が現れた。
「ん?どこへ行くんだ?大丈夫か?」とお父上は心配気。(当然ですが・・・)
拙者は安静にしていなければならない息子を連れ出した悪友というイメージが残っちゃったなぁ~
参ったなぁ~と思ったが時既に遅しである。(笑)

喫茶店でコーヒーだけを飲むはずが・・・
ついついケーキに目が行ってしまった!
水戸藩士殿はただ今ダイエット中。
10キロほど体重が減ったというが・・・・外見は全く変わっていない。
「本当に10キロも体重が減ったのか?嘘だろう?」
「内臓脂肪が減ったので外見は変わらないんですけどね。本当に10キロ減ったんですよ」と言うのだが・・・・
内臓脂肪が減ったら外見も少しは萎むんじゃないか?(笑)
体内が空洞ってことはないだろ?
“シミズ家”のヘルスメーターは壊れているんではあるまいか?(笑)
とにかく太っているというのは良くない事で・・・
メタボリック・・・って言うの?
だから今、食事制限中とのことなのですが・・・
その彼の見ている前でケーキを食べる。(笑)
脱藩浪士恐るべし!
非情だと言われようと・・・・鬼と言われようと・・・・
誘惑には勝てない!(笑)

2時間ほど雑談をして家に送り届ける。
これが原因で脳梗塞を再発しなければいいが・・・・などと、後になってから心配する。

日記 | 18:48:16 | Trackback(0) | Comments(0)
伊藤博文と安重根
伊藤博文と安重根 (文春文庫)伊藤博文と安重根 (文春文庫)
(1996/03)
佐木 隆三

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明治42年、伊藤博文が満洲のハリピン駅で韓国独立運動家の安重根に射殺された。
この暗殺事件について書かれた本。
時系列で話が展開していくが、暗殺する側の安重根の動きがよく描かれているのには驚いた。
韓国側の資料をもとに書いていったのだろうが、安重根からの視点というのが新鮮に感じられ、非常にわかりやすく書かれている。
ノンフィクション作家とは凄いものだなぁ~と感心した。
伊藤博文と安重根の出会いはまさしく運命的としか言いようがない。
ほんのちょっとの差で出会うことはなかったかもしれなかったからだ。
そう思うと、この時に伊藤博文が暗殺されていなければ、その後の日本はどうなっていっただろうかと、ついついそちらのほうに思いがいってしまった。
本書では安重根の裁判についても描かれている。
伊藤博文暗殺事件は安重根の単独犯行かと思っていたが、共犯として何人もの人が罪に問われていたことを初めて知った。
韓国側と日本側の歴史的認識の違いもよくわかる。
また、実は犯人の安重根の人間性に共感する日本人もいたことを知った。
安重根は暗殺犯という極悪なテロリスト・・・とは一概には言えないかもしれない。
犯人に対する認識がちょっと変わるかも・・・
かと言って、それでは伊藤博文は殺されて当然の極悪人、圧政者かというと、そうとも思えない。
こうなると何で殺し、殺されたのか・・・・と思わずにはいられない。
どこかに大きな勘違いがあったかも・・・・
これは現代の日韓関係にもつながっているかも・・・・
やっぱり・・・これは避けられない運命だったのかなぁ~

読書 | 18:20:37 | Trackback(0) | Comments(0)
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