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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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手紙書き
今日は手紙書きの一日。
出発前に出そうかなと思っていて、とうとう書くのが間に合わなかった手紙。
毎度の事ながらの「苦行」である。(笑)

戦車第2師団の会・会計担当の“イシワタ”さんに会費納入状況一覧を作成して送る。
これに入金の状況を書き込めば管理しやすいだろう。
もう、そろそろ各会員から入金が始まっているはずだ。
前会長の奥様には昨年作った会報と名簿を、留守中に送って頂いたナメコの缶詰セットのお礼状と一緒に送る。
前会長が亡くなられた時に「会員は継承しません」と言われたが、2年経ち気が変わったらしい。
やっぱりプツンと縁が切れるのは寂しいのだろう。
「会費を払いますから・・・・」と連絡を頂いたので、会報と名簿を送る予定でいたが、延び延びになっていた。
フィリピンに行っていた留守中に会費を振り込んだ旨の電話があったようで、更にナメコの缶詰セットまで送ってきてくださった。
そこまで気を使うことはないのに・・・・・申し訳なし。ありがたし。

あっという間に夕方。
“ウメチャン”に帰国の挨拶をしていなかったので、夕食を一緒に外食して帰国の報告。
が・・・しかし・・・話の殆どは“ウメチャン”のPTAの話と相談やら何やら・・・(笑)
拙者の帰国の報告は最初から影が薄くなってしまった~(笑)

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日記 | 16:25:18 | Trackback(0) | Comments(0)
お墓に報告
今日は天気も良いし・・・
ようやく母のお墓に帰国の挨拶に行ける!
母のお墓と祖父母・ご先祖様のお墓にお参り。
雪が降った後でドロドロ。
仕方がないか~山奥だしなぁ~(笑)

帰りに従弟の“シンゴチャン”の印刷会社に顔を出して雑談。
叔母さんにも会う。
なにせマニラにいた時に電話をもらっていたからねぇ~
元気な姿を見せてあげないと・・・・
しばらく雑談をして散々仕事の邪魔をして帰る。(笑)

一度帰宅して・・・夕方・・・
法人会青年部会の理事会に出席。
旅の疲れが出たせいか、ウトウトしていたため出発に遅れ遅刻。
本来はガダルカナル島へ行くことになっていたので理事会には欠席の予定だったのだが、延期となったので時間が出来た。
ならば・・・行かねばなるまい。
夕食を食べながらの理事会の議事はあっという間に終了。
とにかく・・・何でも「異議なし!部会長に一任!事務局に一任!」ですから・・・(笑)
部会長の“ケムチャン”から「何か話ないですか?」と言われるが、誰も特に何もなし。
じゃぁ~ということで何故か拙者が指名された。
指名されてもねぇ~
話せることって・・・・巡拝慰霊の話ぐらい・・・・(笑)
というわけで、フィリピンから帰国したばかりということもあり、巡拝慰霊の話をしたのだが・・・・
興味の無い人にはつまらない話。
また、知識の無い人にも・・・・
理事の大半は拙者と同い年なのだが・・・
トンチンカンな質問を受けながら拙者の「雑談」は終了。
理事会後、“ケムチャン”にお付き合いして2人でクラブに行く。

日記 | 16:04:50 | Trackback(0) | Comments(0)
年末調整完了
会計税理事務所の“フクシマ”さんが年末調整の書類を持ってきたので確認印を押す。
これで年末調整は完了!(笑)
年末調整って何が何だかよくわからないけど・・・
とにかく任せっきりだからねぇ~
少しは自分でも勉強したほうがいいのだろうが・・・



日記 | 15:57:36 | Trackback(0) | Comments(0)
帰国早々外食!
朝、レストランで“ナルカワ”さん、“カワキタ”さんと落ち合って一緒に食事をし、チェックアウト。
丁度、旅行会社の添乗員の“ヒラヤマ”さんから携帯に電話が入った。
旅行中いろいろお世話になりました・・・というお礼の電話。
律儀な方だ。
つい、ふざけて・・・・
「今、マニラにいるんですけど・・・帰れなくなりまして・・・」と言ったら・・・
「あ~そうですかぁ~」との返事。
あれ?全然冗談に乗ってくれない・・・・・
まじめな方だ・・・(笑)

ホテルのバスで成田空港へ行き、“ナルカワ”さんをリムジンバスに乗せてお見送り。
手は相変わらず腫れているので帰宅したらすぐに病院へ行くように言う。

拙者と“カワキタ”さんはスカイライナーで上野駅へ。
車中で歓談。
上野でお別れして常磐線に乗り換え自宅へ。
帰宅後、パソコンに電源を入れメールのチェック中・・・・携帯が鳴る。
古書販売をしている後輩の“オダクラ”君からである。
声を聞くのは何年ぶりだろうか?
「よかったらお茶か夕食を一緒にどうですか?」とのお誘いの電話。
なんというグッドタイミング!
まるで帰国したのを見ていたような・・・・(笑)
ファミレスでコーヒー飲んでおしゃべり。
相談事があるというので相談に乗り・・・・
そのうち夜になり・・・・
結局夕食もそのままファミレスでとり・・・・
というわけで、帰国早々の外食と長時間のおしゃべりとなる。

親父の夕食の準備も気になるが・・・・
まぁ~子どもじゃないんだから・・・・いいかぁ~(笑)

日記 | 11:43:28 | Trackback(0) | Comments(0)
マニラ東方高地の旅(10)
さて・・・ついに我々成田組の出発の時間が来た。
空港へ戻りガイドとお別れ。
何だかんだと色々ありましたが・・・
「コーヒーでも飲んでよ」とチップを渡しお別れ。
ここからは拙者が責任を持って2人を成田まで送らねばならない。
空港使用料は以前の550ペソから750ペソに値上がりしていた。
このお金は事前に添乗員から3人分もらっていたのでお金の心配はせずに済んだ。
が・・・問題はここから・・・・(笑)
イミグレーションは大混雑。
韓国人の団体客が多いのだが・・・こいつら・・・
列に割り込むし人を平気で押しのけるし・・・
マナーも糞もない連中。
蹴り飛ばしてやろうかとすら思ったが、ここで拙者が捕まったら2人を送り届けられなくなる。
我慢、我慢・・・・

手荷物検査。
「液体類は持ち込めませんから・・・・大丈夫ですよね?持ってませんよね?」
と確認したら・・・・
ありゃ!
“カワキタ”さんの手荷物の中に飲み残しのペットボトルが2本。
検査場の前に並んでいる時に飲み干してもらうしかない。(笑)
もう、必死で飲んでもらい・・・ボトルを空に・・・
大笑い。
さて・・・「“ナルカワ”さんは大丈夫ですよね?」
ホテルを出る時に手荷物の中に液体やクリーム、ジェル類は入れないように、そういうものは全てスーツケースに入れるように確認しておいたのだが、もう一度確認。
「大丈夫だよ」と言うので安心。
拙者のほうはリュック一つだが、成田に着いたらすぐに着られるように冬服を一番上に入れたのでリュックはパンパンに膨れている。
検査場でリュックを開けたら・・・・閉まらなくなるかも・・・(笑)
何とか切り抜けねば・・・
前の人たちがゴタゴタしている間に、そっと抜け出し、既に検査を終えたような顔をして検査場を抜け出す。(笑)
大成功!

ふと、他の2人が気になり登場口の椅子に座って手荷物検査の様子を窺っていたら・・・
ありゃぁ~!
“ナルカワ”さんが捕まっている!(笑)
しばらくもめていて・・・手荷物の中身をドンドン出されている様子。
“カワキタ”さんも一緒になって2人でペコペコ頭を下げている。(笑)
助けに行くべきか?
英語なんかわからないんだろうから何を言われているのかわからないのだろうし・・・
しかし、折角うまく切り抜けたのになぁ~
ここで戻ったら「飛んで火にいる夏の虫」になるだろうななぁ~
どうしようかなぁ~(笑)
自分の身を守っちゃおうかなぁ~
というわけで・・・・可哀想ですが・・・助けに行くのを止める。(笑)

しばらく後、2人が検査場を切り抜けてやってきた!(笑)
「やくざの親分と情婦が戻ってきました!」と“カワキタ”さん。
何・・・それ?
「どこから見ても年老いたやくざの親分と愛人に見えるでしょ?」と言う。
大笑い。
何で引っかかっていたのか尋ねたら、とにかく“ナルカワ”さんの手荷物から機内に持ち込めないものが次々と出てきたのだと言う。
え?だって・・・そういうものはカバンには入っていないって言っていたでしょ?
ところが・・・次から次へと出てきちゃった・・・
さすがの職員も呆れ果てて、今回は特別にOKしてくれたみたい・・・という。
この年老いた親分と情婦がテロリストには見えなかったんだろう・・・ということになったそうだ。(笑)
それにしても・・・何で駄目だっていうものをわざわざカバンに入れるかなぁ~
何を楽しんじゃっているのかなぁ~(笑)
どうも拙者の説明が悪かったのか・・・
「カバンに入れちゃいけません」と言ったのをスーツケースに入れてはいけませんと聞き間違えたのか・・・???
“ナルカワ”さんは、小さなリュックとショルダーバックを持っていたのだが・・・
「カバンには入れずにリュックに入れていたんだけど・・・」と言う。
あのねぇ~
機内持ち込みの手荷物でしょ・・・それ、どっちも!

とにかく無事に開放されたのだから良しとしよう。
拙者が助けに行かなくて良かったかも。
英語が通じないから職員も呆れて解放してくれたのだろうから・・・
機内に入り、座席に座ったら・・・
“ナルカワ”さんがカバンから栄養ドリンクを出した。
ん?何でそんなもの持ってるの?(笑)
あれ?何でその「液体」が取り上げられなかったの?
「余りにたくさん持ち込み禁止品を持っていたので見落としたんじゃない?」と“カワキタ”さん。
え~嘘ぉ~
「これね・・・結構からだに良いんだよ~」
「そういうことじゃなくて・・・どうしてこれが取り上げられなかったんですか!」
「え?う~ん、とにかくね・・・効くんだよね・・・これ」
駄目だ・・・こりゃ。
89歳恐るべし!
大笑い。

マニラ16時30分発、成田には21時50分着予定。
問題はこの時間に到着して無事に家までたどり着けるか?・・・・である。
拙者はホテルを予約しているから安心だが・・・
「まだ飛ばないのかね?参ったねぇ~もう飛んでもいいんじゃないか?少し早めに飛んでもいいんじゃないか」と“ナルカワ”さん。
あのぉ~遅れることはあっても定刻前に離陸はしないでしょ。(笑)

成田に到着するや走る!走る!89歳!
「危ないってば!走らないで!危ないって!」
89歳は猛ダッシュ!
恐るべき速さ!(笑)
リュックを背負っている拙者は追いつかない!(笑)
「そんなに急いでもスーツケースがまだ出てきませんよ!」

ようやく入国を果たしスーツケースを受け取って外に出る。
なんとかリムジンバスの発車10分前にカウンターに到着。
しかし・・・悲しいかな・・・バスは満席!
まさかの最終バスが満席!
どうしよう?
“カワキタ”さんも同様。
スカイライナーには間に合うが、そこから乗換えを何度もしないと“ナルカワ”さんは家に着けないという。
しかも一人暮らし。
夜中にスーツケースを持って乗り換えはキツイでしょ~

というわけで、拙者が泊まる予定のホテルに電話して2人の部屋を追加依頼する。
結局3人でホテルに泊まる事にした。
夕食は機内食しか食べていないので、ホテルのラウンジでお酒と軽食を頼み「反省会」(笑)
閉店まで楽しいおしゃべりをして明朝レストランで再会を約して解散。
いやぁ~疲れたぁ~
それにしても、ついさっきまで暑いマニラにいたとは思えない。
この寒さ。
「まるで夢のよう」とは、まさにこのことだなぁ~

旅行 | 23:03:52 | Trackback(0) | Comments(0)
マニラ東方高地の旅(9)
今日は日本に帰る日。
3泊4日の最終日である。
で・・・今日は・・・・
お決まりの観光コース!
DSC08655.jpg
(リサール公園)
ホテルをチェックアウトして、リサール公園のホセ・リサールの記念碑を見学。
バスから降りて記念碑の前まで行ってまたバスに戻るという無駄な行動。(笑)
ここも前回来た場所。
この公園内に「日本庭園」なるものがあるのだが・・・
全然つまらない庭園なんだけど、話の種には良いかもと思ったが・・・
何ならマニラホテルを見学っていうのも面白いんじゃないかとも思ったが・・・
まぁ、言ってもしょうがないから・・・・意見具申は諦める。
続いて・・・
サンチャゴ要塞跡。
ここも以前来た場所。
あ~時間がもったいない!(怒)
“ニシムラ”さんが「行っても仕方がないからバスの中に残る」と言う。
しかし・・・一人だけバスの中に残すのも・・・どうかなぁ~
というわけで、騙し騙し無理やり参加させる。(笑)
DSC08656.jpg
(マニラ憲兵隊跡)
“ナルカワ”さんは既に帰国時のことを考えて冬支度。
毛糸の下着を着て更にシャツ、チョッキ、上着など・・・完璧な冬服!
「暑いねぇ~」と言う。(笑)
「そりゃ、冬服では暑いでしょ!30度越してるんだかから!」(笑)
しかし笑い事じゃ済まされない。
そんな格好をして暑気でも受けたら大変じゃ!
マニラから成田へは拙者が責任を持たねばならんのだから・・・
「とにかく、水分の補給だけは小まめにしてくださいね!脱水症状でも起こしたら大変ですからね!」
しかし・・・不思議なんだよねぇ~
89歳・・・ご高齢なのに、冬服を着て30度の炎天下を歩いて・・・バテないのである。(笑)
おかしい・・・拙者だったら1時間と持たないのだが・・・89歳恐るべし。(笑)
DSC08657.jpg
(サンチャゴ要塞)
続いて・・・
サン・アーグスチン教会へ。
ここも前回来た!(怒)
DSC08658.jpg
(サン・アーグスチン教会)
この教会は世界遺産。
ちょうど結婚式をしていたので、外から中を窺って・・・・終わり!
資料館は日曜日なので休館。
バスを降りて・・・ほんの数分でまたバスに乗る・・・
はぁ~ため息しか出ない。
どうせなら行った事のない他の教会とかさぁ~
あるでしょ?世界遺産にはなってないけど他に古い教会が!
そして・・・次に向かったのは・・・お土産屋さん!
あ~無駄だぁ~
マニラの観光は他に何かないのかね?
博物館も良いかと思ったが、今日は日曜日なので休館とか。
何で日曜日に休んじゃうのだろうねぇ~
日曜日に見に行くんじゃないの?
皆が休みなら私も休むってことかい?
だからフィリピン人は怠け者って言われるんだよなぁ~(笑)
土産物屋を出てお昼は・・・・バスの中でお弁当!
空港に着く前までに食べなければならないという忙しさ。
まぁ~おいしいお弁当だったからいいけど・・・

関空組は14:20発で帰国するためお昼には空港に入らねばならない。
しかし・・・我ら成田組は16:30発なのである。
2時間も後になるので、拙者は一緒に空港に入ったのでは時間の潰しようがないので、事前に意見具申をしておいたので、ここからは別行動となる。
空港で関空組と別れて、我々成田組は時間潰しに出かける。
まずは、空港近くの空軍基地。
ここの公園に展示してあるマルコス大統領専用機の日本のYSー11を見よう!
しかし、基地ゲートで断られたらしい。
あっさり引き下がってきやがった!
どうも本気で交渉する気はないらしい。
まったく・・・(怒)
「入れないそうですよ。次は・・・コパ駅に行きたいんですよね」とガイド。
そうじゃねぇだろ~
関空組を連れて皆で行ったらどうですかって言ったんだけど・・・
前回行った場所ばかり廻って無駄な時間を潰すより、そのほうがいいんじゃないんですかと・・・・
まぁ、いいや・・・
“ナルカワ”さんも以前にバスの中からしか見たことがないと行ってたし、“カワキタ”さんは行ったことがないって言うので案内しよう。
DSC08659.jpg
(パコ駅前の高山右近像)
以前にバスの窓からチラリと見ただけという“ナルカワ”さんが意外にも喜んでくださったので安心した。
この周辺は高山右近達キリシタンが国外追放されてマニラに住み着いた、いわゆる「日本町」の跡。
マニラ攻防戦では日本軍がこのパコ駅に立てこもって抵抗。
多くの戦死者が出た場所でもある。
パコ駅は今は使われておらず、最近中国が買い取って何かの資料館かとか何かに使うという噂があるという。
何たることか!
中国なんかに買い取られたのでは、日本の恥じゃないか?
日本が買い取って「日本人町」の資料館にするとか、日比友好のセンターにするとか、マニラ攻防戦の資料館にするとか・・・なんとか出来ないものか?
DSC08660.jpg

この銅像のある小さな公園・・・・
バスの中なんかで弁当食べず、ここで皆で座って食べたらよかったんじゃないか?

旅行 | 19:16:14 | Trackback(0) | Comments(0)
マニラ東方高地の旅(8)
マニラに到着して最初に向かったのが・・・・「マッキンレー」
ここは昔、「桜兵舎」と言われた日本軍の基地だったと言われているが、その跡は何もない。
現在では米軍の戦没者墓地となっている。
ここも前回訪れた。
米軍の墓地に又来てもねぇ~
大して見るものないんだよねぇ~
気温は30度を越して暑いし・・・・
ということで、一部の参加者は拙者と一緒にボイコット(笑)して、駐車場脇で雑談する。
拙者はタバコを一服!(笑)

あと1日あればなぁ~
クラークの神風特攻隊の慰霊碑とか、コレヒドール観光とか出来たのにねぇ~
ほとんど前回と同じメンバーなんだから、モンテンルパや、このマッキンレーに行かず真っ直ぐ向かえば、クラークぐらいには行けたかも。
前回と同じ場所に行ったのでは時間がもったいねぇなぁ~

続いて・・・・ショッピング!
拙者には無縁の行程。(笑)
拙者は店内を動かず・・・・サービスで出されたお茶を飲みながら店長さんと雑談。(笑)

ふと・・・携帯を見たら着信があったようだ。
叔母さんから留守電も入っているらしい・・・・
ところが・・・海外での、この留守電の聞き方をしらない。
しまった!携帯の説明書を持ってくるのを忘れた!
どうしても留守電が聞けない!
いったい何事だろうか・・・・
携帯の電話帳に登録されている番号はそのままかけることが出来るとドコモの女の子に聞いていたのだが・・・・つながらない!
参ったぞ~
下手に携帯の電源を入れておくべきじゃなかったぁ~
これ・・・電話番号の前に「+81」を付けるんだっけかな?
何とかかんとか、いじりまわして・・・叔母さんに電話をかける。
用件は・・・・「元気?」だった・・・・(笑)
しかし、おかげで海外からの携帯のかけ方を憶えたぞ!(笑)

夕方、早めにホテルに到着。
DSC08586.jpg

今晩の夕食は外食!
前回にも行った日本料理店で「さよならパーティー」
その前に・・・
マニラ湾の夕日でも見に行きましょうか・・・・ということになり、早めにホテルを出る。
DSC08588.jpg

電線にスズメが並んでとまっているような感じ・・・・
殆どがアベック・・・・(笑)
他に行くところがないのかねぇ~
夕涼み・・・という感じで多くの人で海岸は混雑していた。
拙者は我がグループより少し後ろに下ったところに立つ。
これが、ガードの位置。
ここからだと我が参加者の後ろに近づく不審者を監視できるのだ。
それと・・・威力監視。
ここにボディーガードがいるよとわかるように立っていると滅多に人は近づかない。(笑)
夕日に見とれてスリにでもあったんじゃたまったもんじゃない。
最後の日が一番気が緩みやすいのだ。
特に・・・オバサンたちは・・・(笑)

参加者にはハンドバックを襷がけして、その上から服を羽織るように指示する。
これだと、引っ張られたり、引きちぎられたりするリスクが少なくなる。
全て拙者がイタリアに行った時に母にさせた防護策。

DSC08587.jpg
(マニラの夕日)

生還者の“ナルカワ”さんの話によれば、戦時中のマニラ湾の夕日は、それはそれは綺麗だったとか。
真っ赤な夕日で、マニラ湾が赤一色になったそうだ。
大気汚染のせいで、その夕日が見られないのが残念だとしきりにこぼしていた。
89歳・・・・
人生の最後にもう一度あの夕日が見たかったんだろうなぁ~

夕日が地平線に沈むまで見ていて・・・・それから日本料理店に向かう。
今晩は鍋料理!
この暑い中で・・・・鍋!(笑)
しかし、これがなかなか美味しかった!

食事の後は・・・・
前回はカラオケに行ったが、今回は行きたいと言う人がいないので、2次会は無し!
いいんじゃない・・・それで・・・
拙者もテレビを見てゴロゴロしたいし・・・(笑)

旅行 | 21:56:47 | Trackback(0) | Comments(2)
マニラ東方高地の旅(7)
今日は3日目・・・・
朝食時に、ちょっとした騒ぎ。
“ナルカワ”さんが手を怪我したという。
見ると・・・・紫色に変色して腫れている。
「どうしたんですか!」
「テレビのチャンネルをいじろうとしてガラスのテーブルに乗ったら、滑って落ちて手を怪我した」と言う。
“ナルカワ”さんの部屋も拙者と同じ部屋ならば・・・・こんな感じ。
DSC08578.jpg
(拙者の部屋)
テレビが高いところにあって、ベッドに寝ながら見られるようになっているのだが・・・・
リモコンは無い!
拙者はチャンネルに手が届くが・・・
それにしても、ガラスのテーブルに上れば滑るでしょ~
89歳は何をしでかすかわからない。
今回のツアーには89歳が参加するというので、フィリピン人の看護婦さんを雇って同行していたが、彼女は血圧の測定などの健康管理のみ。
怪我には対処できないらしい。
そこで活躍したのが参加者!
「私たちは従軍看護婦よ~!任せといて!」と大騒ぎ。(笑)
みなさん、それぞれ、色々な医薬品を持参している。
当然・・・湿布薬も・・・・(笑)
今回は、大したことは起きないだろうと、いつもは持ってくる包帯などの医薬品は自宅においてきてしまったが・・・拙者も湿布薬ぐらいは持参してきている。
「あなたも持っておられるのですか?このリュックに?よくこの程度に荷物をまとめていて・・・薬も入っているんですか?」と驚かれる。
ん?
だって・・・一人で山に入って慰霊するときは必需品だもん!(笑)
どんな怪我をするかわからないし・・・
骨は折れていないようだが、ヒビは入っているかも・・・・
とにかく湿布するしかない。
「痛みは無い」と言うので、大丈夫かもしれないが・・・気になるところである。

今日は観光の一日。
3泊4日の慰霊で3日目ですでに観光になってしまうのだから・・・・驚く。
これじゃ、本来の目的である慰霊の中身が薄くなるのも無理は無い。
観光は全て取り止めてもう少し東方高地の中を巡拝したほうが良いと思うのだが・・・
ツアーだと仕方がないのかなぁ~
もったいないような気がするんだがなぁ~

まずは、ロスバニオスの山下奉文閣下処刑地と本間雅晴閣下処刑地に行く。
前回の平成17年に「ここに立ち寄らないのか?」とガイドに言ったら「今では入れないそうです。」などといい加減なことを言われてもめたことがある。
入れないわけが無い。
拙者は何度も訪れているんだから・・・・
今回は立ち寄るというので拙者も満足。
みなさんは来たことがないからである。
DSC08579.jpg
(山下将軍処刑地跡)
管理人が拙者に「あんたのこと覚えてるよ!前にも来たろう?」と声をかけてきた。
「おお!久しぶり!」とは言ったものの・・・正直言って拙者はこの“じいさん”は覚えていない。(笑)
他にも声をかけてくれる人がいるのだが・・・確かに一昨年来たけどね・・・あんたたちの事は覚えてないんだよねぇ~
ここをお参りしてすぐ近くの本間閣下の処刑地跡に行く。
DSC08580.jpg
(本間閣下処刑地跡)
ガイドは「本間さんの墓」と言うが、ここはお墓じゃない。
ここは処刑地である。
拙者のほうから改めて皆さんにご説明をする。
ガイドは「ここの管理人は年を取って今では引退して管理していません」と言っていたが・・・・
ヒョコヒョコと管理人の“じいさん”が本間閣下の写真とお線香を持ってやって来た。
「おお!久しぶり!お元気でしたか!」
“おじいさん”も拙者の事を覚えていてくれて再会を喜んでくれた。
この“じいさん”・・・・人が良くて・・・とても良い人なのだ。
“おばあさん”も良い人だったが既にお亡くなりになられている。
新婚当時の写真を見せてくれたので、皆さんにこの“おじいさん”夫婦の話をする。
是非とも長生きして欲しい。
おばあさんの分まで長生きして欲しい・・・・そう思う。
会から“おじいさん”にチップを渡したが、別に個人的にチップを渡してお別れする。
「また会いましょう!」

次は・・・・モンテンルパ。
ここには前回も来ているので行く必要は無いと思うのだが・・・
出発前に添乗員の“ヒラヤマ”さんからルートの相談を受けていたが・・・
個人情報保護法の過剰な反応(?)により拙者は参加者名を知らされていない。
誰が参加するのか知らないのだからルートに対して意見の言いようが無い。
参加して初めて殆どの方が前回参加された方というのがわかった次第。
このメンバーならモンテンルパには行っても仕方が無いんじゃないか?
前回行っているし・・・・同じところに行ってもねぇ~
そんなことを言っても今更遅いが・・・(笑)

途中、ロスバニオスの町の中では道路側に「ブコ・パイ」を売っている店が並んでいる。
この「ブコ・パイ」はロスバニオスの名産。
一昨年、拙者も買って食べたことがあるので、皆さんにも話のネタに食べてもらおうと思い「ブコ・パイを買って食べませんか?」とガイドに言ったが・・・・無視された!(笑)

高速道路のドライブインで休憩。
拙者はコーヒーを飲んでタバコを一服。
偶然、ガイドと会う。
手には「ブコ・パイ」の箱が・・・・
「ブコ・パイを買いましたから、あなたは買わないでください!」といきなり言われる。
はぁ?そんなつもりは無いんだけど・・・・(笑)
先手を打ったなぁ~(笑)
DSC08581.jpg
(ブコ・パイ)
椰子の実の白い果肉が入った甘いパイ。
結構美味しいのである。
バスの中で一切れづつ配られ、これを食べる。
う~ん・・・コーヒーをバスに持ち込んでおけば良かった。
外で飲み干したのは失敗だぁ~(笑)

モンテンルパでは日本庭園に行き戦犯で亡くなられた方々の慰霊碑に参拝。
ちなみに戦犯で亡くなられた方々の御遺体は戦後日本に還っている。
DSC08582.jpg
(モンテンルパの日本庭園)
DSC08583.jpg

一昨年、拙者が一人で来た時に管理人に預けておいた、戦犯で処刑された人たちのデジタル修正した写真が約束どおりに展示されていたのを確認。
ちゃんとやっておいてくれたんだぁ~
これには感激。
DSC08584.jpg

日本人戦犯が処刑された処刑地跡の丘の直ぐ上で造成工事をしていた。
いずれここに住宅街ができるとのこと。
処刑地跡くらい「史跡」として残してもらえないかなぁ~
この丘の下も開発されたら完全に消滅してしまうぞ。
DSC08585.jpg
(モンテンルパの日本庭園前)
子どもたちが集まってきたので、残っていた菓子や学用品を参加者が配るが・・・・
案の定、子ども同士で取り合いの喧嘩。
ほらねぇ~
こういうことになっちゃうんだよねぇ~

今日はこれから真っ直ぐマニラに向かう。

旅行 | 20:43:16 | Trackback(0) | Comments(0)
マニラ東方高地の旅(6)
次は・・・
近くにあるバグンバヤン小学校へ表敬訪問・・・・
しかし、時刻は既に夕方。
もう学校は終わっているんじゃあるまいか?
行って見たら・・・校門は閉まっており誰もいない。
前回の平成17年11月に、偶然にこの小学校を訪問した。
そういうことで、今回も是非訪問しようということで日程に組み込まれたはずなのだが・・・
「え?閉まってるって・・・・事前に連絡してなかったの?」と参加者から尋ねられたが、拙者だってそんなことは知らない。ガイドじゃないんだから・・・・(笑)
どうやら現地旅行社はこの学校と事前に何の打ち合わせもしていないらしい。
何ということか・・・・
「じゃぁ~折角のプレゼントはどうするの?」
前回撮影した写真を先生に渡そうとわざわざ用意してきてる人もいる。
「明日、モンテンルパに行きますから、その時に集まってくる子どもたちにでも渡してください」とガイド。
唖然・・・・・
縁が出来たこの学校の生徒のためにと、わざわざ日本から学用品を持ってきたのではないか?
貧民街の子ども等に渡すために持ってきたのではあるまい?
何でもかんでもバラ撒けばいいというもんじゃない。
どうして、こういう気持ちがわからんのかねぇ~
「じゃぁ、村長さんを探して、村長さんに預けて、あとで学校に渡してもらいましょう」とガイド。
そうしよう!そうしよう!・・・・ということになったが・・・・
ガイドは村長を探すそぶりをみせない。
ドンドン、バスは走る。
「あれ?村長に渡すって話・・・・どうなったの?」と参加者から尋ねられたが・・・・
拙者だって知らないよ~
口先だけでなだめたんでしょ。皆さんの事を・・・・
あっという間にバグンバヤンの隣にあるサンタマリアに入る。
すると、そこに小学校が・・・
子どもたちもいる。
「どうしましょうか?ここの子どもたちにでも渡しましょうか?」とガイド。
よ~し!停めろ!停めろ!
DSC08574.jpg

この「タランカ小学校」で急遽学用品の贈呈式を行う。
学校の先生に声をかけて子どもたちに集まってもらう。
先生も驚いただろうなぁ~
通りすがりのマイクロバスから突然日本人が降りてきて学用品やお菓子を差し上げたい・・・・なんて言い出したんだから・・・・・(笑)
DSC08575.jpg

先生がプレゼントを配り出したら大騒ぎ!
ん?
数が足りないんじゃないか?
俺・・・・しらねぇぞ~(笑)
後は・・・・先生方にお任せするしかない。
無責任といえば無責任かな?
果たして、こういう風に何かしらを配るというのは良いことなのかどうか・・・
数が足りず、もらえない子どものことを考えると複雑である。

もう日が暮れ始めたのだが・・・
ガイドは今からカリラヤへ行くと言う。
前回も行ったけど・・・・あんな場所へ行ってどうするの?
行く必要ないんじゃないか?
“卒塔婆を燃やさないと意味がないし、卒塔婆を燃やすにはカリラヤに行くしかない」と“ニシムラ”さん。
「バグンバヤンでは近所の人にお菓子などを配ったんだから、最後の慰霊地で卒塔婆を焼かせてくれと頼めば良かったんじゃないんですか?」
お菓子など、いろいろなものをもらった以上、相手も嫌だとは言うまい。
そのお礼に・・・・ということで配ることにすればいいのであって、何でもタダでバラ撒いたんじゃ意味がないでしょ?
拙者は宗教的なことは知らないが・・・・
慰霊地の椰子の木陰で卒塔婆を焼いちゃ駄目なのか?
何で、日が暮れるって言うのにわざわざカリラヤまで行かねばならんのか・・・
無駄だよなぁ~
こういうことになるからガイドは先を急ぐわけですよ。
だから慰霊の方がお粗末になっちゃうんですよ!

拙者は2度ほどカリラヤの日本政府が造った慰霊碑に行ったが・・・・
正直言って、ここは好きじゃない。
遺族会などの慰霊団にとってはお決まりのコース。
ここに来ても拙者は何も感じないのである。
英霊が集まっているとは思えないのである。
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日が落ちて薄暗い中、慰霊碑に向かって最後の締めくくりの追悼の辞を述べるのは・・・・
なんと!拙者の役目!
拙者は遺族でもなければ戦友でもない。
しかもこの遺族会の代表でもない。
にもかかわらず最後の締めくくりが拙者の役目っておかしいでしょ?(笑)
「嫌だ」と言っても聞いてもらえない。
「いいから早くやって!」と“ニシムラ”さんに急かされる。
拙者は前回にもやらされコリゴリなのだが・・・
前回同様、原稿なんか書いてきていない。
全てそのときのアドリブである。
こんな有難くもないモニュメントの前で、戦場でもない山の上で、英霊もいなにのに追悼を述べるのか。
馬鹿馬鹿しくて仕方がない。
どうして、こういう形に拘るのかわからない。
白々しい・・・・
ましてや、拙者の祖父の部下は北部ルソンに眠っているんだ。
ここから何百キロも離れている全く正反対の場所に眠っているのだ。
こんなところで何を言おうが伝わるわけがない。
仕方がないので、適当に簡単に何か喋って・・・・・終わり!
何を言ったのか・・・・当然ながら自分でも覚えていない。
生還者の“ナルカワ”さんも「ここは何の意味もない場所だから好きじゃないし、来る気も起こらない・・・」と言う。
同感である。
便宜上、造られた慰霊地。
どこか一箇所で簡単に済ませましょう・・・というだけで造られた場所である。
自分の母親の墓参りに行って隣の他人の墓にお線香をあげてしまったような、そんな気分の悪さ・・・・・
あ~自己嫌悪・・・・・

これで、とりあえず慰霊に関しては全て終了!
日が落ちて真っ暗になった中、ロスバニオスのホテルに向かう。
ここは前回も宿泊したホテル。
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(ホテルの部屋)

旅行 | 19:30:54 | Trackback(0) | Comments(0)
マニラ東方高地の旅(5)
続いて向かったのはカルカッタモンドというところにあるマーママラクリーク。
今回の参加者の中に船舶工兵のご遺族の方がおられ、この方のお父様がお亡くなりになった所。
我々も初めて行く場所。
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途中、道路脇に不思議な光景が・・・
お墓にしてはおかしい・・・
尋ねてみたら、これは闘鶏用の鶏の養鶏場。
一羽一羽が別々に離されて育てられているのだとか。
一つ一つが鶏の小屋。

地図で見ると、あとわずか1~2kmというところで、舗装された道路が途切れた。
ここから先は少々ぬかるんだ荒道。
ここで、ガイドが近くを通ったトラックの運転手に何か尋ねて・・・・Uターン!
なんで?
あともう少しで目的地に着くというのに・・・・
「カルカッタモンドを通り過ぎたそうですから引き返します」とのこと。
そんな馬鹿なぁ~
地図とGPSによれば、もう直ぐ目の前まで来てるのに!
ガイドが持っているのは縮尺の大きな略地図。
拙者が持っているのは5万分の1の地図。
そこにはっきりとカルカッタモンドとマーママラクリークが書かれている。
それにポケナビのGPSで現在位置をチェックしているのだ。
「このまま真っ直ぐ2kmほど行けば着きますよ!」と何度言っても・・・・無視!
バスはドンドン戻ってしまう。
なんたることぞ!
結局、6~7kmほど戻り、バス停らしき建物のある場所で下車。
「ここがカルカッタモンドです!」とガイド。
しかし・・・そうだと証明する町の名を示す標識も何もない。
現地の人に聞いたらそう言っていた・・・・というだけのこと。
徒歩でドンドン奥地に入る。
おい、おい、他人の土地に無断で入って良いのか?
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マーママラクリークと言われる小川。
クリークとは小川のことであるから・・・確かに小川といえば小川である。
「近所の方に聞いたら、確かにここはカルカッタモンドで、これがマーママラクリークとのことです。この上流にゲリラの本拠地があって、この周辺で多くの日本兵がゲリラに襲われたそうです」とガイドの説明。
しかし・・・現地の人が本当にそう言っているかどうかはわからない。
何しろ我々は誰一人として現地語を知らないから・・・・
そう言うなら・・・そうなんでしょう・・・・と言うしかない。
ガイドと喧嘩しても仕方がない。
諦める・・・
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川の側で慰霊祭を執り行う。
参加者からは「本当にこんなところで亡くなったの?」と尋ねられたがご遺族の気持ちを思うと答えようがない。
拙者としてはいいかげんな場所では慰霊はしてもらいたくないのだ。
少しでも納得していただける場所で慰霊をしてもらいたいのだが・・・・
前回もこのガイドは場所を誤魔化したことがあるからなぁ~
しかし、あまり騒ぎ立てたのではご遺族に申し訳ない。
黙るしかない・・・・悔しいが・・・

わずか10kmもない地域に同じ名前の集落と同じ名前の小川が流れているだろうか?
片方は地図に記載されており、もう一つはガイドが言っているだけの場所。
どちらを信じるべきか・・・
良心的に解釈すれば、日本軍が言っているカルカッタモンドとマーママラクリークは現地人がここがそうだといった場所を記録したものと推定すると、今回同様、現地人が言っているこの場所の可能性がないとも言えない。
まぁ、そう解釈するしかあるまい。
90%以上納得できないが・・・(笑)

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(民家の近くで見つけたバナナの木)

ここからもう一つの慰霊地・・・・バグンバヤンに向かう。
そこは前回の平成17年にも訪れた場所だが・・・
拙者はこの地域の地図は入手していないので正確な場所がわからない。
ポケナビに表示された緯度・経度を記録して後日、地図を入手したら確認しよう。

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(ハラハラ峠から見たラグナ湖)
「ハラハラ峠」の名前の由来は日本軍が付けたものなのか、現地の名称なのかわからないが・・・・
東海岸に展開していた部隊はこの峠を越えて奥地に移動したらしい。
敵の攻撃を受けながら峠越えするので「ハラハラ」と言ったという話もある。
それなら「ドキドキ峠」でもよさそうなものだが・・・・(笑)
やはり「ハラハラ」は現地語か?

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(バグンバヤンでの慰霊祭)
「この場所で慰霊祭をしましょう!」とガイドが安易に適当な場所を指示してきた。
そういうわけにはいかねぇぞ!
前回も来てるんだから、このガイドが憶えていないわけがなかろう?
さては・・・またもや手抜きか?
前回と同様の場所でやらねば意味がない!
今度は勘弁ならねぇ~(笑)
拙者が先頭を切って前回慰霊祭を行った場所に案内する。
「そんなに奥のほうでしたっけ?」と前回参加した方からも言われたが・・・・
拙者には自信がある。
1本だけスラリと伸びた椰子の木がある場所が目印なのだ!
方向音痴の割には変なところは記憶力が良い。(笑)
参加者も思い出してくれたようで・・・「そうそう、この椰子の木!憶えてる!」
でしょ?ここでしょ?(笑)

ここは川北大隊の“オリタ”さんの義父が亡くなられた場所。
この周辺で亡くなったのだろうということで、ここで前回慰霊祭をしたと記憶している。
実父のほうは、もっと北の山の方。
以前、調査をしてお手紙でご報告させていただいた。
「その場所には行けますか?」と尋ねられたが・・・地図には道路が記載されていない。
近くまで車で行ったとしても、そこからはかなりの距離を歩くようだろう。
しかもフィリピンゲリラの勢力圏内の可能性もある。
拙者が一人で行って確認するようかなぁ~(笑)
いつか機会があったら確認しに行く・・・・ということで勘弁してもらう。

旅行 | 18:42:33 | Trackback(0) | Comments(1)
マニラ東方高地の旅(4)
続いてレナチン川へ向かう。
今日は結構ハードスケージュールでの移動となる。
とにかく3泊4日で廻るんだから大変だ。
後日のショッピングや観光なんかはどうでもいいから、場合によってはキャンセルしてでも慰霊に時間を割くべきだと思うのだが・・・・
これがなかなか難しい。
現地のガイドも「都合」っていうものがあるんだろう。
いい顔をしない。
こういうのが団体を組んだときの一番嫌なところである。
やっぱり個人行動のほうが拙者は好きだ。

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(武勲山)
相変わらずポケナビの座標と地図をにらめっこ。
どうやら「武勲山」の裾野を回り込むように走っているらしい。

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サンアンドレスという集落に到着。
ここから山道を走ることになるので、我々のマイクロバスでは無理。
ジプニーに乗り換えることになる。
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とにかく山道は凸凹道。
揺れるなんてもんじゃない!
座席に座って両足を踏ん張りながら天井の鉄パイプを握っていても、時々思いっきり尾てい骨を打つぐらいの揺れ方なのである。
早目に痔ろうの手術をしておいてよかった・・・・(笑)
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レナチン川の川原で慰霊祭を行う。
ここでは平成17年11月にも慰霊祭を行った場所。
川幅はかなり広いのだが、乾季のため川が干上がっている。
つまり・・・我々がいる場所は、実際は川の中ということになる。
ここにはマニラ東方高地で戦っていた各種部隊や残留邦人の避難民で当時はごった返していたという。
そしてかなりの数の白骨死体で川原が埋まっていたという。
今は亡き生還者の話では、避難途中の在留邦人(民間人)の家族が荷車の下で白骨化していたとか。
米軍の追撃で逃げ場を失い右往左往。
しかも飢えと病気とも戦わねばならない。
この川原では多くの人が命を落としているのである。
その遺骨はここにはあるまい。
雨季の濁流で全て流されているに違いない。
祭壇には拙者は三笠宮殿下から頂いた菊の御紋の入った「恩賜のタバコ」を供えさせていただいた。

続いて少し戻って、そこから北上してサンイシドロという集落に向かう。
前回の時にもサンイシドロに向かったが、ジプニーに乗り換えたサンアンドレスの町に案内され、ガイドから「ここがサンイシドロです。名前が変わったのです」と言われて慰霊祭を執り行った。
あの時も、どうもおかしいと思っていたのだが、今度は拙者がナビを持参して地図とチェックをしているので誤魔化しは効かないと思ったのだろう。
本当のサンイシドロに向かって走った。(笑)

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(壊れた橋と水浴びをする水牛)

ちょうど渡る地点で、橋が無くなっているのでこれ以上の北上を断念。
ここはナビの座標ではサンイシドロ川とレナチン川の合流地点あたり。
ここの川原で慰霊祭をすることにする。
ここでの慰霊祭は今回初めてである。
“ニシムラ”さんは大感激。
川の上流に見えるのは標高549mの「高根山」と名付けられたバングバング山であろう。
現在地点を皆さんにお教えして、周辺の山々の位置関係をお知らせする。
それにしても・・・このコンクリートの橋。
ガイドの話では川の氾濫で流されたというのだが・・・
本当だろうか?
雨季にはそんなにすごい流れになるのだろうか?
ここから北のほうはフィリピンゲリラの勢力範囲内のはず。
政府軍の討伐に抵抗して橋を破壊したのではなかろうか?
そういう気がしないでもない。
確証はないが・・・・
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(慰霊祭の祭壇)
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我々が乗ってきたジプニーの向こう側に見えるのがサリリド山。
この山の向こうにサンイシドロの集落があるはず。
川北大隊はこのサンイシドロから北の「高千穂原」へ向かい、そこで玉砕したのである。
戦っての玉砕ではなく、実際には餓死であろう。
ここから真っ直ぐ2kmほど北上して左折してサリリド山を回り込めばサンイシドロなのだが・・・
どういうわけか真っ直ぐ北上する道がない。
わざわざ川を渡り左岸に出てまもなく、また川を渡って右岸に戻るという遠回りの道しかないのだ。
渡河地点から3km弱でサンイシドロ、そこから北西へ2km進めば「高千穂原」のはずなのだが・・・・
すぐ近くまで来ているのになぁ~
全くもって残念。
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そのとき、向こう岸からジープが川の中を渡ってきた。
ん?結構浅いじゃん!
あれが走れるんなら我々のジプニーも渡れるじゃん!
しかし・・・行こうとは言わない。
ガイドとしては、この辺で引き返して次の目的地に行きたいのだろう。
こういうところが困るんだよなぁ~
本来の目的は慰霊なんだからさぁ~
今までもチクチクと意見具申はしていたが、無視し続けられているからなぁ~(笑)
まぁ、団体では限界か。
あまり言い過ぎてもまずかろう。
個人で確認に来るしかないかぁ~

ガイドに従ってここでUターン。
サンアンドレスでマイクロバスに乗り換え、更に東に向かう。

旅行 | 17:38:44 | Trackback(0) | Comments(0)
マニラ東方高地の旅(3)
昨晩は部屋で地図とにらめっこしながら戦跡の確認をする。
3箇所ばかり停車してもらい説明する場所が見つかる。

午前8時、ホテルを出発。
日本でネットで天気予報を確認した時は、晴れとか雨とか、どの予報を信じていいのか・・・
という具合であったが、幸運にも天気は晴れ。
先週までは雨の日が続いていたというから、これも英霊のご加護か。

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昨日通った道をもう一度通って、ボソボソの高台でバスを降りて景色を見学。
初めて来た人はわからないようだが、ここからボソボソ地区の山々が一望に見ることが出来る。
ポケットナビで現在地点を確認し、方位を確認して各陣地があった日本名の付いている山々を確認する。
しかし、何故かナビの方位が定まらない。反応が遅い。
添乗員の“ヒラヤマ”さんが持参してきた方位磁石のほうが正確なのには参った。

次は川北大隊にとって大切な戦跡。
今回ナビと地図で探し当てた場所。
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(御楯山)
移動するバスの中でナビと地図をにらめっこしながら・・・・
「ここ!ここで止まって!」
道路脇の木々の間から見えるのは「御楯山」
ボソボソの南に位置する標高338mの山。
この「御楯山」とボソボソ村の中間地点、つまり我々のバスが走っている道路周辺で川北大隊第8中隊の10センチ榴弾砲1門(大野中尉指揮)が玉砕している。
できればここで第8中隊の慰霊祭を執り行いところだが、今回判明した場所のため急には慰霊祭は行えない。
拙者から簡単な説明を行なうだけにして、再び車を走らせる。

次に見えるのは・・・・「決勝山」
「御楯山」のすぐ近くにある山のはずだが・・・・
第6中隊の佐々木小隊がここに陣を敷いたが遮蔽物がないことを野口兵団の参謀に指摘され、直ぐ隣の「吉野山」へ陣地を移動した。
その場所を案内しようと思っていたが・・・道路脇の木々に遮られてよく見えない。
1箇所だけそれらしき山が見える地点があるのだが・・・・
「停めてくれ!」と言っても直ぐには止まらず・・・・通過してしまった!
チラリと眼に入ったのは、周辺には遮蔽物が何もない三角山。
あの山に違いない。
あそこに陣を張ったら、拙者でも陣地転換を命じるという山である。
その山のすぐ隣になだらかな斜面をもつ山がある。
いかにも「吉野山」と名付けられておかしくない形の山。
バスがしばらく走ってしまい、道も山裾を回りこんでしまったため、ついに再び見ることは出来なかった。
次回、一人で訪ねて再度確認するようだなぁ~
適当なところで、バスを停めてもらい、戦跡の説明をする。
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さて・・・問題はこの山である。
この山が「吉野山」なのか、それともその東にある「国守山」なのか・・・
方向と位置的には間違いないのだが・・・
別の角度からも検証してみないとわからないのだが、その余裕はない。
道路の位置からすると、手前に「国守山」がくるので、「吉野山」はこの山の向こうに隠れてしまっているかもしれない。
山の確認というのは本当に大変だ。
見る方向によって違ってくる。

更にバスを走らせ、当初からの目的地、「御光山」の「野口兵団慰霊碑」に向かう。
川北大隊は自分の慰霊碑が損壊した後、この野口兵団の慰霊碑に合祀したので、ここで慰霊祭を執り行うのだ。
いわゆる「御光山」。
「ごこうざん」とも「みひかりやま」ともその読み方はさまざまなのだが・・・・
前回の平成17年に来た時に拙者はどうしてもこの山が納得いかなかった。
ここは「御光山」ではないのでは?
直感である。
今回、ポケナビの座標で確認したところ・・・やっぱり思ったとおりだ。
ここは皆が言っている「御光山」ではない。
「御光山」はもっと北に位置している。
ここは「赤誠山」である!
そのことを“ニシムラ”さんに伝えたら・・・
「じゃ、本当の御光山を今度確認に行ってきてね!」と、いとも簡単に言われる。
「へぇ?更に奥地に?一人で?・・・・」(笑)
言う人は簡単に言うけど・・・行く人は大変なんですけど・・・(笑)

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慰霊碑前で慰霊祭を行う。
この慰霊碑がある場所は民家の庭。
平成18年に一人で再訪問した時にお会いした、この家のお爺さんもお元気。
拙者のことも覚えていてくれていて拙者の顔を見るなり驚いた顔で笑いかけてくれた。
「お元気でしたか!」
慰霊祭では「砲兵の歌」を歌う。
“ニシムラ”さんに今まで何度も無理やり歌わされているうち、何故か拙者も歌えるようになってしまった。(笑)
拙者の祖父は騎兵だったんだけど・・・・
その孫は砲兵の歌が歌えちゃう・・・・(笑)
マズイよなぁ~今は亡き祖父は何と思っているか・・・・(笑)

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慰霊祭を終了して撤収中に・・・・雨が・・・・
「これは・・・英霊の涙雨だね・・・・」
会いに来たことが伝わったかな?

旅行 | 10:27:10 | Trackback(0) | Comments(2)
マニラ東方高地の旅(2)
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(機内食)

機内は結構空席があったので、座席を移動して1つおきに座り、かなりゆったりとした空の旅を楽しむ。
関空組は我々より先に到着しているはず。
マニラのイミグレーションを通過して後ろを振り返ったら、拙者の名を呼び手を振っている人がいる。
ん?拙者に手を振っているのか?
それとも同姓の他の人に手を振っているのか?
誰だろう?
思い込みとは恐ろしいものである。
関空組は既に先に到着していると思っているから、まさか自分の後ろに並んでいるとは思わない。
手を振っているのが関空組に同行した添乗員の“ヒラヤマ”さんだと気が付くのにかなり時間がかかってしまった。
関空組は我々より遅く到着したのだという。

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無事に関空組とも合流してマイクロバスでマニラ東方高地に直行!
早速今回持参した新兵器・・・ポケットナビの電源を入れ位置の確認。
拙者の今回の目的は、地図とナビの経度・緯度を確認することである。
地図に記載されている日本軍陣地名の位置がどうも怪しいと思ったのが、平成17年11月に同行した時の事。
今は亡き生還者から教えてもらって作成した“ニシムラ”さんから頂いた地図と、前事務局長の“ナカムラ”さんから頂いた地図、それと公刊戦史に添付されている地図では、陣地の位置が微妙に違うのである。
Aという地図では○○山となっているが、Bという地図では××山となっている・・・という具合なのである。
これを何とか確認したいということで、ナビを使っての確認作業を行う。
というわけで・・・外の景色を見ているどころではない!(笑)

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地図上では「忠孝台」と記されている場所近くを通ったので、ここでバスを停めてもらい下りて見学する。
ここは野戦重砲第22連隊の戦跡。
人員約1000名弱、10センチカノン砲16門で編成された部隊で、川北大隊も一時期この部隊の滝沢連隊長の指揮下にも入ったことがある。
平成17年の前回の巡拝慰霊にはこの部隊のご遺族も参加されていたのだが、その時には拙者はこの山が縁ある場所だという自信がなかったのでご説明はしなかった。
しかし、今回はナビがあるからねぇ~
位置的には間違いない。
しかし・・・今回はこの部隊のご遺族は不参加。
うまくいかないものである。
この部隊は「岩山」に観測陣地を設けてマニラを見下ろして砲撃をしていた。
砲列はガダルカナル戦の教訓を取り入れて「忠孝台」に横穴陣地を造り、その中に砲を隠して射撃する時に横穴から砲を引き出して砲撃していたという。
となると・・・・おかしい・・・・
山の形からして「忠孝台」という「台」という名が似合わない。
どう考えても「岩山」という名のほうが似合っている。
地図に記載されているのは間違いではなかろうか?
それを確認するには、この山に登るしかないが・・・
団体では無理。
次回、一人出来た時にでも登ってみるしかあるまい。
この山の頂上に陣地跡があれば観測所跡ということになるから、これが「岩山」ということになる。
また、この山の頂上には重砲は引き揚げられないから砲列陣地は別な場所のはず。
この山のふもとに横穴陣地が残っていればここだということになるが・・・・
さて・・・観測陣地の真下に砲列を敷くだろうか?
もう少し離れた台地状の場所に設営したのではなかろうか?
その場所を探すにはかなり時間がかかるなぁ~
この近辺を隈なく歩かねばなるまい。
1日や2日では済まないぞ。
頼りになるのは自分の勘と経験だけか・・・・
簡単に皆さんにご説明して、バスに戻りボソボソという村に向かう。

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ボソボソの慰霊碑前で慰霊祭を開催。
慰霊碑周辺は以前来た時より更に荒れ果てていた。
階段の鉄の手すりがいつの間にか無くなっている。
多分、くず鉄の値段が上がった時に盗んで売ってしまったのだろう。
慰霊碑にも落書きが目立つ。
全て地元の人間の仕業である。
自称、管理人と称する人がこの近くに住んでいるらしいが、この荒れ方を見ると怪しいものである。
「ひどい荒れ方ねぇ~あんた、今度ここに来て少し落書きを消したりお掃除をしてね」と“ニシムラ”さん。
「ヒィェ~・・・拙者が来てやるんですか・・・ペンキ塗りとか?」(笑)
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慰霊祭には近所の子ども達も集まってきた。
何事が始まるのだろうと不思議に思っているんだろうねぇ~
慰霊祭後はお決まりの、子ども達への学用品やお菓子の配布。
「おい!ここをちゃんと綺麗にしておけよ!」と拙者。
年長の子どもが「イエッサァ~」と敬礼したが・・・・果たしてどうだか・・・・
ここに来る慰霊団は殆どないだろうし・・・
誰も来ないとなれば・・・・荒れ果てるよなぁ~
また機会があったら一人で様子を見に来るかぁ~(笑)

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続いてボソボソの教会に行く。
ボソボソ地区での戦闘では、この教会にも日本軍が立てこもって戦闘をしたので、壁には当時の銃弾や砲弾の跡が残っている。
一部の参加者にはこの教会の歴史などについても簡単にご説明してあげる。
その後、この教会近くに昔あった川北大隊の慰霊碑跡にご案内する。
昭和40年代に、ここに川北大隊の戦友・遺族が慰霊碑を建立したが、今では消滅している。
「このあたりに慰霊碑があったでしょ?」と拙者。
「そうそう!このあたり!」
当時のことを全く知らないのだが、前回一人出来た時に慰霊碑跡は確認していたのでご案内できた。
慰霊碑は当時は、田んぼの直ぐ側のぬかるみのところに建てられていたようだが、今ではその周りにも家が建ち、当時の面影はない。
ここで、慰霊碑建立当時のエピソードなどを参加者から聞かせてもらい往時を偲ぶ。

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今日の予定はこれで終了。
平成17年の前回、宿泊したアンチポロのホテルに宿泊。
う~ん、懐かしいねぇ~(笑)
しかし、前回はお湯のシャワーが出たのだが、今回はぬるま湯しか出なかった。
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(ホテルの部屋)

旅行 | 15:05:23 | Trackback(0) | Comments(0)
マニラ東方高地の旅(1)
昨晩は、随分昔に宿泊したことのある「成田ビューホテル」に久しぶりに宿泊。
雪の影響も全くなくスムーズにたどり着いた。

朝、レストランに行ったら、今回の旅に一緒に行く大隊長さんのご遺族“カワキタ”さんにお会いする。
偶然にも同じホテルに宿泊していたのだ。
こんなことなら事前に連絡しておけばよかった・・・・

今回の「山吹を偲ぶ会」(野砲兵第53連隊第3大隊・川北大隊遺族会)の巡拝慰霊は添乗員を含めて12名。
9名が関空からマニラへ。
拙者を含めた3名が成田からマニラへ向う。
マニラ空港でもう一人、89歳の“ナルカワ”さんと待ち合わせ。
“ナルカワ”さんはマニラ東方高地からの生還者。
川北大隊の方ではないが、同じマニラ東方高地にいたということで今回参加された。
成田からは添乗員は同行しないので、実質、拙者が添乗員の役割を担うこととなる。
まぁ、これがあるので拙者が参加するわけで・・・・
拙者が参加しないと成田組は成立しない。(笑)
「マニラで合流しましょう」と言われたって2人だけで行くのは難しいでしょ?

カウンターで「Eチケット」を受け取りチェックインカウンターへ。
ここでハプニング!(笑)
“カワキタ”さんがスーツケースに入れておいたライターが2個エックス線に引っかかった。
ライターは巡拝慰霊の時にお線香に火をつけるためのもの。
旅行社の案内では「ライターは2個以上は持ち込めません」と書いてある。
「2個以上なら2個まではOKじゃないの?」と女子空港職員に尋ねたら、「1個だけです」とのこと。
どうやら旅行社の記述が間違っていたようである。
しかもライターは機内預けのスーツケースじゃなくて機内持ち込みのカバンに入れなくてはならないと言う。
ところが・・・ここで“ナルカワ”さんが自己申告。
「俺も2個持ってるよ~」(笑)
“ナルカワ”さんのライターはお線香に火をつける専用の風除けフード付のライターのためエックス線のチェックではライターに見えず漏れたらしい。
「無事に通過したんですから余計なことは言わなくても・・・」と言ったのだが・・・駄目。
ばれちゃった!(笑)
しかし、スーツケースを開けて中を探したがライターが見つからない!(笑)
もう一度エックス線を通して「カバンのこのあたりに写っています」と女子職員に指摘されたが・・・・見つからない!
大騒ぎである。(笑)
「すみませんねぇ~この人・・・今年90歳になるので・・・よくわからないみたいなんですよ~」と言ったら「ええっ!90歳ですか?全然見えないです!」と女子職員が驚く。
「あんたは・・・添乗員さんかね?」とニコニコしながら“ナルカワ”さん。
「この方は空港の職員ですよ。」と拙者。
大騒ぎの中でも89歳は余裕綽々である。(笑)
若い女の子に色々言われて楽しんでいるようにしか見えないぞ~(笑)
散々スーツケースの中を引っ掻き回してようやく発見!
“カワキタ”さんのライター2個を没収してもらい、“ナルカワ”さんのお線香専用ライターの1個を“カワキタ”さんに持ってもらうことで決着する。

ところが、更に職員からカメラのフィルムを入れてあるエックス線防護の袋も手荷物に入れたほうが良いと指摘された。
春からチェックイン後の機内預け荷物のエックス線検査が従来より強力なものに変更になるという。
その試験運用を今月から始めているので、防護用の袋に入れていてもフィルムが感光する可能性があるという。
出発前にフィルムが駄目になっては大変だ!
しかし、この話が89歳にはなかなかご理解いただけない。(笑)
ようやく納得してもらいチェックインカウンターへ。

ところが、今度は前に並んでいた日本人男性とフィリピン人女性と子供達の家族のチェックインに問題があるらしく散々待たされる。
なんてぇ~こった!
ドンドン時間が過ぎていく!
うっかり日本人とフィリピン人の家族の後ろに並んでしまったのが失敗。
いつもなら家族連れがいる列には並ばないようにしているのだが、さっきのスーツケースの騒ぎですっかり忘れておった!大失敗!

無事に出国手続きも済ませ・・・・と思ったら・・・
「免税店でお買い物をしたい」と89歳。
うわぁ~時間が読めねぇ~(笑)
もうこうなったら開き直るしかないなぁ~(笑)
「どうぞ!どうぞ!時間はタップリありますから~」(笑)
ご年配の方と一緒の場合は時間が読めない。
出発直前に急にトイレに行くと言い出すかもしれない。
出来るだけ早めに登場口にたどり着いて、コーヒーでも飲んで一服するくらいの時間的余裕が欲しいところなのだが・・・
まぁ~いいかぁ~

無事に余裕を持って登場口までにたどり着いたので、拙者は飛行機に乗り込む前にタバコを吸いに出かける。
拙者はあくまでもボランティアの「添乗員」であるが、こりゃ、なかなか大変だぞ~(笑)
旅行社からいくらかでも謝礼を頂かないと割が合わんぞ~(笑)
「添乗員」というのは疲れるねぇ~
神経が太くないと務まらんわぁ。
でも、「お世話係」というのはなかなか楽しいものである。
拙者は何故か世話焼きが好きなのである。
だから、いくつもの戦友会に係わっているのである。
今回の「添乗」もいい経験になった。
いろいろなハプニングがあって面白い。

日記 | 14:01:29 | Trackback(0) | Comments(0)
あらぁ~雪?
今日は母の祥月命日。
午前中に母のお墓参りをして、祖父母・伯父伯母のお墓にフィリピン行きの報告をしようと思っていたのだが・・・・
朝起きたら・・・・寒い!
外は雨!
テレビのニュースを見たら東京では雪が降っているという。
参ったなぁ~
東京のほうが田舎だなぁ~(笑)

過疎化した山奥の村にあるお墓・・・・
この寒さでわが町が雨という事は、山では雪だな。
雪の中、山道を走って事故でも起こしたら大変だ。
墓参りは中止とする。
こんなことになるなら、23日にこだわらず昨日行けばよかったか・・・・

それにしてもこの寒さ。
どんな格好をして成田に行こうか。
冬服でマニラに降り立ったらさぞかし暑かろう。
かといって・・・夏服では出国前に凍え死ぬぞ。(笑)
参ったなぁ~

気になるのは交通機関の様子。
今晩中には成田に着けばいいから少しは気楽だが・・・
それでも交通機関が麻痺したら困る。
ましてや、雪の影響で明日のフライトに支障があったら尚更困る。

出発直前に心配事が次々と出てくるのには困ったものだ。

日記 | 11:56:52 | Trackback(0) | Comments(0)
旅行の準備
明日には成田に向わねばならないというのに・・・・
まだ何の用意もしていない。

とりあえず、まずは昨日作成した150通の封書を郵便局に持ち込み・・・・
さて、今度は旅行の荷造りにかかりますか~

今度の旅行は3泊4日だが、拙者の場合は前泊、後泊を含めて5泊6日となる。
洋服をどうするかだなぁ~
できるだけ荷物は少なくしたいのだが・・・・
なかなかこれが決まらない。
更には持参する資料類。
これを整理しておくのを忘れていた。
戦史資料と地図とハンディーナビ・・・・
これを忘れたのでは意味がない。
ハンディナビは買ってから一度も使ったことがない。(笑)
ええぃ!ぶっつけ本番でやるしかないな。
地図に経度・緯度線を引いておくのを忘れてる。
急ぎその作業に取り掛かったので、更に荷造りが遅れる。
「旅慣れてますね」と言われている拙者がこのざまである。
どこが旅慣れているのか・・・・
毎度の事ながらドタバタ劇の開幕である。

更に・・・以前、三笠宮殿下から下賜された菊の御紋付の「恩賜のタバコ」
これを忘れちゃならない。
これは慰霊祭の時にお供えせねば・・・
ここ最近の禁煙ブームで「恩賜のタバコ」は既に製造中止となっている。
最後の貴重なタバコなのである。
これをお供えしてあげれば英霊も喜んでくれるかも。
殿下からのお供えですよ・・・・って。

さて、夜中に何とか荷造り完了・・・・
ん?
何かおかしい・・・・
あっ、パスポートを忘れている!
落ち着け・・・落ち着け・・・

何度も海外に行っているのになぁ~
どうしてこうなるのかねぇ。
出発直前まで何か忘れ物をしているのではないか・・・とドキドキなのである。
どこが旅慣れているんだか・・・・

ネットでフィリピンの天気を確認。
あれ?
サイトによって天気予報が違う!(笑)
マニラは雨というサイトと晴れというサイトがある。
どちらも本日の最新情報。
そんな馬鹿な・・・・
雨と晴れでは大違いだぞ。
こりゃ、どういうわけだ?

日記 | 23:22:29 | Trackback(0) | Comments(0)
ハンコ!
ハンコ屋さんから、ようやく電話が入る。
フィリピンへ行く前に『戦車第2師団』の年会費の請求をしなければと焦ってたのだが、このハンコが出来上がらねば発送できないので、首を長くして待っていたのだ。

一つは差出人のハンコ。
昨年の会報を発送した時には、会報用に封筒を従弟に印刷してもらったのだが、今回は印刷する必要はあるまいということでハンコを作ることにした。
これなら何種類もの封筒を印刷する必要はない。
もう一つは「年会費請求書在中」のハンコ。
昨年は会報と一緒に送ったのだが、会費の入金状況が悪い。
会報を読んでいないのか、読んで、そのまま送金を忘れてしまっているのか・・・・
そこで、今年はわざわざ請求書を送ることにした。
しかも・・・表に「請求書」と明記して・・・
これで少なくとも年会費の案内だということがわかるだろう。
「請求書」という文字に多少の抵抗はあるが・・・
インパクトが強いほうが封を開ける可能性が高くなるのでは?
ということで・・・「請求書」の文字を入れたが・・・
文句が来たら・・・・その時は・・・その時。

ペタペタとハンコを押して、インクが乾くのを待って糊で封をする。
簡単ですぐに終わる作業かと思ったら、意外にも時間がかかってしまった。
ハンコひとつ押すのにも神経を使うのである。
斜めにハンコを押された手紙は受け取る人も気分が悪かろう。
そこまで神経を使って発送していることに気付く人はいないとは思うが・・・(笑)

150通の封書作成は夜になってようやく完了。
これで、とりあえず安心だ。

日記 | 22:32:46 | Trackback(0) | Comments(0)
ガスファンヒーター
今日、東京ガスさんがガス設備の安全点検にやって来た。
特に問題はなかったのだが・・・
拙者の部屋のガスファンヒーター・・・・
調子が良かったり悪かったり・・・なので、見てもらった。

吸気口のフィルターはまめに掃除をしているので埃は溜まっていないのだが・・・
フィルターを通過して内部に細かい埃が溜まっているかもしれないという。
バーナーの近くに溜まると、うまく火がつかなかったり、一部のバーナーしか点火しなかったりということが起こるらしい。
しかも・・・驚いたことに・・・
拙者のファンヒーターは1980年製造のものだという。
はぁ?
27年も使っていたのか?
そんなに古い機械とは思わなかった。(笑)

一応、東京ガスに頼めば分解整備をしてくれるというのだが・・・・
清掃代は多分1万円ぐらいじゃないかと言う。
今の機器はもっと小型で性能も良く3万円ぐらいから買えると言う。

どうしようかなぁ~迷うところである。
昔の機器は何でもそうだが、頑丈で長持ちする。
だから27年も使ってこれたのだ。
しかし・・・今の機器はどうだろうか?
安いのだろうが何年もつか・・・・
こうなったら何年使えるか、今の機器の耐久試験をしてみるのも面白いかも・・・・
騙し騙し使って、もう少し経ったら整備に出そうかなぁ~

日記 | 14:48:03 | Trackback(0) | Comments(0)
鉢植え悲惨!
母が育てていた鉢植え・・・・
一部は、この間家の中に入れておいたが、残りをそのまま庭に放置していたのを思い出した。
様子を見に庭に出てみると・・・
アララ・・・
やっちゃった・・・・
この寒空に放置したままだったので、葉も萎びてフニャフニャ状態。
参ったなぁ~
今からでも大丈夫だろうか?
うまく復活するであろうか?
ホームセンターへ行って鉢の受け皿を買ってきて鉢を家の中に入れる。
これで様子を見るしかないなぁ~

生前、母が育てていた時は胡蝶蘭などは次から次へと花が咲き、「もう花が終わる季節なのに・・・」と母が驚いていた。
ところが、母が亡くなった途端に鉢にも元気がない。
不思議なもんだ。
母が死んだことがわかるのだろうか?
喪中?
もう花を咲かせても仕方がないと思っているのか?
面倒見てくれる人はいないし・・・
拙者じゃ頼りないし・・・・(笑)
まるで、そう言っているように見えてならない。
“鉢植え君”たちは拙者の心を癒すために花を咲かせる気はないらしい。(笑)

拙者は中学生の時には緑化委員会委員長だったのだ!
校内に緑を増やし、花を植え育てるのが仕事。
校庭を芝生で覆おうと考えて「芝生を買ってください!」と職員室に談判に行って、予算がないからと却下され壮大な計画を挫折させたこともある。(笑)
あれから約33年・・・・
元・緑化委員長は我が家の花も育てられない。
なんと情けないことか・・・
子供の頃のほうが大人だったよなぁ~
年を取るごとに能力がなくなってきているような気がしてならない。

母が残した形見の鉢植えをまともに育てられないとは・・・

日記 | 16:03:12 | Trackback(0) | Comments(0)
おみくじ
ポケットから紙屑が出てきた・・・
何かと思ったら、この間行った村松虚空尊のおみくじだ。
そうそう・・・甥っ子とおみくじを引いたんだっけ。
すっかり忘れていた・・・

さて・・・その中身は・・・

『このみくじにあたる人は、春風に氷のとくるようにて、今までの艱なん苦ろうせしも、目上の人の引立によりおいおい立身し、これより苦ろう消えるべし』
う~ん・・・目上の人って誰だろう?
立身するって?
まぁ~苦労が消えてくれるならありがたい。

『よろこび事はおそし』
ん?
話が違うじゃねぇか?
矛盾してるじゃねぇか?
遅いんじゃ、なかなか苦労が消えないではないか!

『そしよう事かなうべし』
訴訟ねぇ~
そういう予定はないなぁ~(笑)

『家づくり、ふしん、その外よろづあしからず』
家は作る予定ないし・・・

『ゑんだん急ぐべし』
なんと!
縁談を急げってか!
参ったなぁ~
当てがないんだけど・・・・

『のぞみ事かなうべし』
そう急に言われてもねぇ~
え~と・・・・望みごとねぇ~
何だったかなぁ~

『子に縁あって大切に育つべし、ただし25までに子がなくとも、おそく出来るやも知れず』
ん?
子供が出来るかもって?
もう47歳なんだけど・・・
大丈夫だろうか?(笑)

『旅立よし』
うん!行くぞ!旅行!

しかし・・・・おみくじって有効期間はどのくらいなのだろうか?

日記 | 18:18:02 | Trackback(0) | Comments(0)
寒中見舞い
寒中見舞いの葉書を下さった方全員にお返事を書いていない。
マズイなぁ~
いつまでに出せばいいんだ?
寒中見舞いって・・・・

ということで・・・今日は一日中葉書を書く。


日記 | 18:14:18 | Trackback(0) | Comments(0)
銀行で漫才
今日は振込み等の用事で銀行に行く。
と・・・そこへ、ダンボール会社の“クドウさん”が来店。
接客カウンターに陣取り、何やら声をかけてくる。
「ちょっと待ってください。よく聞こえないので直ぐにそちらに行きますから!」

拙者も接客カウンターにいる“クドウさん”にご挨拶に向う。
「どうした?その後・・・」と言う。
何のことかなと思ったら、母の葬儀後の処理の事だった。
「何とか落ち着いたのか?」と言う。
気にかけてくれていたんだぁ~
嬉しいねぇ~
さてぇ~落ち着いたのやら・・・・自分でもよくわからない。(笑)
多分・・・ひと段落しているんだろうなぁ~

そこへ女子行員が拙者のためにコーヒーを持ってきてくれた。
「あのね・・・この人・・・コーヒーが遅いって、さっきから怒っていたよ」と“クドウさん”
新人の女子行員らしく、カチカチになって「申しわけございません」を連発。
あのねぇ~・・・・冗談通じないよ~
「俺、そんなこと言ってないからね!」
本当に困った社長だ・・・拙者の人間性が疑われるじゃねぇか~(笑)
挨拶だけをするはずが、一緒にコーヒーを飲みながらの雑談となってしまった。
ここは喫茶店じゃねぇぞと行員の皆さんは思っているんだろうなぁ~
参ったなぁ~

貸付担当の“フタカワ君”・・・・
「去年、海外旅行に行ってきたんですよね?今年はどこに行くんですか?」と話しかけてきた。
「来週、フィリピンに行くよ」
「いいなぁ~この寒いところから脱出して暖かいフィリピンですかぁ~」
「一緒に行こうよ」
「駄目ですよ~時間もないし・・・・お金もないし・・・」
「お金?あるじゃない」
「何処に?」
「あそこの金庫の中にさぁ~横領しちゃおうよ!」
「勘弁してくださいよ~」
「大丈夫!君なら出来る!業務上横領!(笑)」
周りの女子行員たちもクスクス笑い出した。
「あのですね。あそこを見てください・・・・モニターで全部記録されちゃってますよ。マズイですよ~」
大笑いである。

連日の株価の急落に話が転じる。
「そう、そう、副長に騙されて株式投資信託を買わされたんだよなぁ~副長に会ったら文句を言わなくっちゃ」と拙者。
「噂をすれば影」とは、まさしくこのこと。
外回りから帰ってきた副長が拙者に挨拶に来た!
「今ね・・・被害届けを出したところなんだよね~」
「え?何の被害ですか?」
「誰かさんに今が底値ですって言われて株式投資信託を買わさせられたんだよね~何処が底値?毎日株価が下がっちゃってさぁ~責任とってね。(笑)」
「いやぁ~勘弁してくださいよ~」
すかさず、“フタカワ君”がフォロー。
「2年ほど持っていれば、そのうち利益が出ますから・・・・」
「よっ!ナイスフォロー」と副長。
「おい、おい、その2年のうちに他の支店に転勤して逃げようとしてるでしょ?」
「バレましたかぁ・・・(笑)」
「それで・・・じゃぁ解約しないで2年持ってればいいんだね」と言ったら、今度は“クドウさん”から横槍が・・・
「あのねぇ~騙した人に相談してどうするの?馬鹿だねぇ~また、騙されちゃうよ~」
「あっ、いけねぇ~」
「そうですよねぇ~騙されたんですよねぇ~」と女子行員も小声で副長をいじめる。
周りの行員もクスクス笑っている。
みんなで笑っているうち副長はどこかに逃げた・・・・

どうも“クドウさん”に会うと漫才になっちゃうんだよなぁ~
いいんだろうか?
銀行の中でコーヒー飲みながら漫才して行員を笑わせて・・・・
かなり仕事の邪魔をしてしまったような気がするが・・・
あとの祭りだな・・・
申し訳なし。

日記 | 22:31:08 | Trackback(0) | Comments(0)
初雪!
朝・・・眼を覚まして・・・外を見たら・・・
あれ?
屋根の上が白くなっている!
いつの間にか雪が降ったようだ。

ふと思い立ち、昨日、D保険社に電話しておいたのだが・・・
例の痔ろうの手術入院と通院・・・
もしかして・・・保険が下りるんじゃないか?
ということで、調べてくれるよう頼んでおいた。
今朝、早速、D社の外交員が書類を届けに来てくれた。
この雪の中(といっても大したことはないのだが・・・)ご苦労様です。

D社の保険は3つ入っているのだが・・・
入院特約等が付いているのは一つだけ。
あとの2つは死亡のみに保険金が下りる。
なんでこんな保険に入っていたんだろうか?
全く記憶がない。
拙者が死んでもお金を残す相手がいないんだから無駄なんだよなぁ~

やはり保険というのは定期的に見直すべきだな。
独身の拙者には、死亡した時にしか下りない保険なんて必要ないよなぁ~
この2つは解約することにするかぁ~。
それと・・・もう一つのほうは受取人の変更をしなくてはならない。
母を受取人に指定しているからなぁ~
受取人が先に死んじゃったんだから・・・・
こりゃ、マズイだろ~(笑)

結構抜けていることが多い。

日記 | 23:34:27 | Trackback(0) | Comments(0)
請求書
12月に送付する予定で伸び伸びになっていた『戦車第二師団の会』の年会費の請求書を作成する。
なかなか気が乗らないでいたのだが・・・・
そう延ばしているわけにもいかぬ。
来週にはフィリピンへ行く。
その前に発送しなくては・・・・

請求書といってもそうそう簡単なものではない。
同封する請求書の文面は副会長に作成してもらっているので、これを150枚・・・・
コンビニでコピーする。
続いて封筒の宛名150名分・・・
これは住所録ソフトに入れてあるので一気にプリント。
それでも半日近くかかる。
問題はこれから・・・・
前任の会計担当だった“マツナガさん”から頂いた過去の入金状況の資料と、会員名簿と、副会長から送られてきた資料の3つを一人一人づつ確認。
しかも昨年から今年にかけて逝去された方を除き、ご家族で会員継承される方がいれば差し替えねばならない。

過去の入金状況を確認してみると、戦友は3千円、遺族は2千円なのだが、入金額がまちまちだったり重複して入金していたりと滅茶苦茶・・・・・(笑)
まぁ~今まで担当された会計さんもご高齢なら、送金する方もご高齢なのだから仕方がない。
これは責められない。
勘違いを起こさせるような請求の仕方が悪いのだということで・・・・
今回は郵便振替用紙に拙者が初めから金額を書き入れて送ることにする。
これで金額が間違うことはなくなるだろうが・・・
問題は、その金額。
昨年の会費を支払っていない方には2年分を請求しなくてはならない。
それ以上、支払っていない場合でも、あまり過去までは辿らないほうがよかろう。
年金生活だろうから年会費が3年分、4年分なんて請求したらかわいそうだもんね。
拙者は社会保険事務所の職員じゃないんだから・・・(笑)
過去には目をつぶって最大2年分の請求とする。

中には何を勘違いしたのか多額の会費を振り込んだ方がいたようで、すでに平成25年度分まで受け取っていることになっている人もいる。
これは資料の間違いなのか・・・・それとも本当にこんなにもらっちゃっていたのか・・・
何の証拠も無ければ前任者もご高齢により記憶が辿れない。

こんな調子で丁寧に一人一人を確認して作成するのだから時間がかかる。
更には前任者の会計記録では退会扱いになっている人まで出る始末。
あれ?会員名簿を作成した時の資料では退会していなかったはずなのだが・・・
新旧の資料が入り混じって、どれが正しいのかさっぱりわからない。
いずせよ、出すだけ出してみて、本当に退会していたら何か言ってくるだろう。
もう、そうやって確認していくしかない。
皆さん、ご高齢になると記憶も定かではないからねぇ~
口頭で「退会します」と言っていながら、2年も経って「どうして最近会報も会費の請求も来ないのか?」とクレームが来ることもある。
退会したはずなのに・・・・と言いたくなるが、会員が減らずに済むんだからありがたいと思うべし。
拙者のミスということで謝って・・・会員を復活させる。(笑)

ついでに入金一覧表を「エクセル」で作成。
これは後日、新任会計担当の“イシワタさん”にお送りしてあげようと思う。
いつ、いくら入金されたか書き込めばいいように一覧を作ってあげないと・・・
新任さんは混乱してしまうだろうから・・・

という具合に何だかんだで丸1日かかってしまったぁ~

日記 | 18:19:53 | Trackback(0) | Comments(0)
“トシちゃん”社長になる
“愛馬”を車検のため“トシちゃん”の整備工場に出す。
「代車は夕方には届けます」と言ったまま、いつまで経っても来ない。
時刻は・・・・午後11時半。
おい、おい、まもなく午前0時になっちまうぞ~
さては・・・・寝ているな。
携帯に電話を入れたら案の定、会社の事務所でウトウトしていたという。
全く・・・相変わらずだ・・・・(笑)
何年経っても時間にルーズ。
大丈夫かねぇ~そういうことで・・・・

真夜中に代車を届けに来たので、眠気覚ましにコーヒーを飲みにファミレスに誘う。
まぁ~散々待たされたんだから・・・拙者のおしゃべりに付き合ってもらいましょう!(笑)

雑談の中・・・・
「あのぉ~実は、社長になったんですよ~」と突然の話。
「はぁ?いつ?」
「昨年のぉ~11月のぉ~半ば頃なんですけど・・・」
あのねぇ~年末に会ったときにそういう話は聞いてないんだけど・・・・
どうしてそういうことを早く話さないかなぁ~
社長である父親が長年体調が悪いため、ついに社長交代となったという。
前々から、そろそろ後を継ぐことを考えておいたほうがいいぞとアドバイスしていたが、ついに会社を継承した。
が・・・・しかし・・・
行動パターンは「専務」の時と同じ。
それじゃ駄目なんだけどなぁ~

自分の事は棚に上げて・・・・(笑)
散々経営者としての心構えから始まって、事業計画等についてアドバイスする。
まぁ~なんと無責任な話か。
他人が聞いたら笑うよなぁ~
廃業した拙者がアドバイスするんだから・・・・(笑)

アドバイスしながら自分でも少し反省。
細かいことになると、自分の知識がどうも曖昧なのだ。
こりゃいかん。
これじゃアドバイスにならぬ。
勉強不足だ。
いつ頼られても補佐してあげられるようにならねば・・・・
拙者も勉強せねばならぬぞ。
頑張るかぁ~

午前1時半帰宅。
説教が長くてゴメンねぇ~(笑)

日記 | 23:53:56 | Trackback(0) | Comments(0)
スープを作る
先日の夕食のおかずは得意(?)の水炊き。
しかし、前回のように、余りものを利用して「おじや」にするというのでは芸がない。(笑)
何か出来ないものか・・・
ということで、実験的にスープを作ってみることにした。

玉ねぎとジャガイモを薄切りにしてバターで炒めて、水炊きの残り物の鶏のダシの利いている汁の中へ・・・・
そこへ冷凍食品のミックスベジタブルを投入!
これだけじゃ味がない!
さて・・・困った。
よく「塩と胡椒で味を調える」などという言葉を聞くことがある。
「味を調える」って、どういうことなのか知らないけど・・・・(笑)
入れちゃおうか?塩とコショウ・・・
適当に投入して、少し煮立てて・・・・完成!
思いつきでやってみたのだが・・・・結構うまくいった。
我ながら大満足。

調子に乗ってもう一品。
ほうれん草とベーコンの炒め。
しかし・・・ベーコンに塩味が付いているとは知らず塩をふりかけてしまい・・・・
「しょっぱい」炒め物になってしまった!
こいつは大失敗!
今日は一勝一敗・・・・・
うまくいかぬものよのぉ~

日記 | 20:34:46 | Trackback(0) | Comments(0)
ルソン島敗残実記
ルソン島敗残実記。ルソン島敗残実記。
(1993/07)
矢野 正美

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愛媛県を旅行した時に『戦車第二師団の会』の会員である著者を訪問した時に、著者の“ヤノさん”から頂いた本。
今では絶版となっているという。
しかし、この本・・・面白い。
日記の形で書かれているのだが、当時の事がよくわかる。
拙者も実際に現地を訪れているので、風景が目に浮かぶ。
“ヤノさん”はかなり現地のフィリピン女性にもてたそうで・・・・
そんな話が前半を占めるが、思わず笑ってしまうような話も・・・・
後半になってくると戦争の悲惨さが出てくる。
状況が一転する様が手に取るようにわかる。
ある意味では「隠語」で記されている部分もあるが、知識のある人なら、それが何を意味しているのか直ぐにわかる。
かなり悲惨な話である。
とてもじゃないが、ここには書けない。
筆者と面談中に「あなたのおじいさんには申し訳ないが・・・」を連発していた“ヤノさん”
一兵士の価値観と行動は、職業軍人で部隊指揮官であった拙者の祖父とは違うだろうから・・・という気遣い。
しかし、祖父も一兵士から連隊長に上り詰めた苦労人。
この本に書かれている話を聞いても理解してくれるのではないかと思う。
部隊から取り残されて、密林を飢えと戦いながら、さ迷い歩いて部隊を追う。
もう駄目だ・・・自殺しよう・・・と自殺日を決めたが、自殺予定の日の直前に終戦を知る。
この運の強さには脱帽である。
本を渡された時に「一気には読まないでくれ」と“ヤノさん”に言われた。
「あんたなら現地の事も知っているだろうから、一字一字じっくりと読んでくれ」と言われた。
読んでいて、その意味がわかったような気がする。
「俺が死んだらサラクサク峠の慰霊碑の下に骨の一部を埋葬してもらいたいんだ」と言う。
う~ん・・・わかります・・・その気持ち・・・・

読書 | 23:05:27 | Trackback(0) | Comments(0)
回復!回復!
今日は、腸が少しチクチクする程度・・・・
よし!
これなら大丈夫だろう!
回復したぞ!

しかし・・・
無理は禁物じゃ。
今日は終日手紙書きをする。
が・・・しかし・・・
ずっと椅子に座っていると、どうも腸がシクシク痛み出す。
ベッドに寝たり、また起き出して椅子に座って手紙を書いたり・・・・
こんなことを繰り返しているので、なかなか捗らない。

まぁ~仕方があるまい。(笑)

日記 | 22:52:49 | Trackback(0) | Comments(0)
腹痛!
独立歩兵第356大隊の“コンドウさん”にお手紙を書いて、寝たのが午前3時。
ところが、なぜか1時半後の午前4時半に目が覚めてしまった。
ここ数日、なぜか眠れずちょくちょく目が覚めてしまい寝不足気味。
またかぁ~と思っていたら・・・・
腸が痛み出してきた。

この痛み・・・・10年以上前に体験した痛みである。
その時は、夜中に夜間救急診療で近くの病院で診察してもらい痛み止めの点滴を受けて帰宅。
それから半年後に同じ腹痛により夜間救急で母の運転で病院に駆け込んだ。
七転八倒の痛みで、もしかして盲腸が破裂したのではないかとまで医者に言われた。
「今度は入院してもらいますよ」と医者に言われ12日間ほど検査入院。
生まれて初めて大腸の内視鏡検査や胃カメラを飲んだ。
しかし・・・異常なし。
その後、東京の大学病院で検査してもらったが異常なし。
結局、過労か何かで腸の動きが悪いところへ食べ物を食べたからだろうということになったのだが・・・・

それから約10年・・・・
気をつけていたはずなのだが・・・・
あの時と同じ激痛が走ったのである。
頼みの綱の母はこの世にいない。
七転八倒の痛みである。
とてもじゃないが自分で運転することは出来ない。
原因はおおよそ見当は付いている。
これは我慢するしかない。

多分、連日の睡眠不足のため腸の動きが悪くなっているのだろう。
そこへ昨晩、いつもより多めに食事をしてしまったからなぁ~
加えて・・・・ケーキなんかも食べちゃったし・・・・(笑)
昨晩、ファミレスで頭がクラクラしていたのは疲れのせいだったのかもしれない。
トイレに何度か駆け込んだが、腹に力が入らない。
腸がグルグル唸っているような気持ちの悪い感覚。
それに同調するように激痛が走る。
毎日快食快便で便秘などしていないのに・・・・・
そのうち下痢・・・・
体力がガクンと落ちてきた。
かなりのダメージである。
とにかく我慢して寝るしかない。

11時に目が覚めたが、まだ腸がシクシク痛む。
それでも痛みはかなり和らいでいる。
やっぱり睡眠不足等による過労のせいだろう。
10年前のように仕事による過労ではない。
今の拙者の場合は・・・・遊びによる過労でしかない。
なんと情けないことか・・・

自動車修理工場の“トシちゃん”からお昼の誘いの電話が入る。
なんたることぞ!このタイミングの悪さ。
とてもじゃないが外に出かけられる状況じゃない。(笑)
訳を話してお断りする。
「何かお昼を買って届けてあげましょうか?」と言われたが、食欲なんかあるわけがない。
「病院は?」とも言われたが、なんのこれしき・・・自力で治してみせる。
「24時間いつでも電話をください。すぐに駆けつけますから」の言葉は嬉しい。
最悪の時は頼む!

とにかく寝るしかない。
今日は寝られるだけ寝て、疲れを取って腸の働きをよくせねば・・・
それしか対処法はあるまい。
というわけで・・・・今日は一日中寝て過ごす。
夜になり、痛みも去った。
よし!
これなら大丈夫だろう。
念のため夕食はお粥にする。
今晩痛みが再発しなければ明日は通常通りの生活に戻れるだろう。

それにしても10年以上ぶりの腸の痛みの再発には驚いた。
まぁ~不幸中の幸いだな。
海外旅行中だったら大変なことになっていた。
2週間後のフィリピン行きの前にちゃんと体調を整えておけという警告なのかもしれんなぁ~

日記 | 22:53:32 | Trackback(0) | Comments(8)
フィリピンの地図をコピー
昨年、マニラへ行った時に購入してきたルソン各地の5万分の1の地図を複写してもらうため、夕方、建築士の水戸藩士“シミズ君”の事務所にお邪魔する。
地図はA1サイズなので、普通のコピー機では複写は不可能。
こういうのは、やっぱり建築士殿に頼まねば~(笑)
無事に複写完了!
あとは・・・・
これに緯度や経度の線を書き込んで・・・・・
この間、買ってきたハンディナビとこの地図を持って現地に行く。
で・・・・
ハンディナビで表示された位置を地図で確認すれば、自分の位置とだいたいの戦跡の位置がわかるだろう。
とにかく現地に行っても、自分がどこにいるのかわからない。
山々が連なっていると、どの山が何という陣地跡なのかもわからない。
こんどこそ、この「新兵器」で位置を確認するぞ!
ということで・・・水戸藩士殿にご協力いただいた。
ありがたし!

夜は“ウメちゃん”からのお誘いで夕食を食べに行く。
帰りに・・・・
ファミレスに立ち寄ってケーキとコーヒーをいただきながら雑談!(笑)
しかし・・・なぜか頭がクラクラする・・・
おかしい・・・
「血圧でも高いんじゃないか?」と言われたが、拙者は高血圧ではない。
おかしいなぁ~

これが、その後の悪夢の前兆とはなろうとは・・・

日記 | 19:42:45 | Trackback(0) | Comments(0)
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