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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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内モンゴルの旅(10)
今日は“包頭(パオトウ)”に向かい、ここから飛行機で“北京”に移動する。
途中、“響沙湾”という砂漠を観光。
ここは「観光用の砂漠」のようだ。
DSC06669.jpg
(砂漠)
水の干上がった川の向こうに大砂漠が見える。
ここでバスを降りて観光。
「ロープーウェィで川の向こうに渡って観光しましょう!」とガイドさん。
「お~!行こう!行こう!」
ところが・・・
「風が強いので帽子を飛ばされないように注意してください!」とのこと。
ん?
何かおかしいぞ・・・

DSC06670.jpg
(リフト)
ゲゲッ!
これは「ロープーウェィ」ではないではないか!
「リフト」ではないか!
しかも・・・高い!
実は拙者は高所恐怖症なのである。
しかし・・・ここまで来ては逃げ出すことも出来ない!
オシッコをチビリそうな恐怖感を味わいながらリフトで移動。(笑)
ここ連日、早朝は吐息が白くなるほど寒かったが、日中はポカポカ陽気。
ところが、ここは全く違う。
寒~い!
どう考えても氷点下以下である!
しまったぁ~薄着をしてしまったぁ~
団員は大騒ぎ。
しかも・・・風が強い!
高所恐怖症に風と寒さが加わり、もうガタガタ震えるしかない!(笑)

向こう岸に着くと・・・そこには観光用のラクダが何十頭と待っていた。
「乗ろう!乗ろう!」
しかし、他の団員は寒さのせいか誰も乗ろうとしない。
拙者と親戚の小父さんと石材店の“カミナガさん”の3人でラクダに乗って砂漠観光に向かう。
30分40元(約600円)なり。
1時間コースもあったが、集合時間に間に合わなくなりそうなので30分コースで我慢する。

ここには何故か日本語の案内板が建っていた。
「係員の指示に従って乗ってください」と書いてある。
しかし・・・係員は中国語しか話さない。
指示に従ってくださいって言われてもねぇ~
何を言われているのか分からないんですけど・・・(笑)

DSC06672.jpg
(ラクダの上から自分の影を写す)
ラクダに乗って直ぐに後悔・・・
とにかく寒いのである。
♪月のぉ~砂漠をぉ~はぁるぅ~ばぁるとぉ~♪と歌いたいのだが、それどころじゃない!
寒くて「うぅ~うぅ~」としか声が出ない!(笑)
失敗したぁ~
こんな思いが30分も続くのかぁ!(笑)
地獄じゃ!地獄じゃ!

DSC06673.jpg
(従姉達)
後から従姉2人がラクダに乗って追いかけてきた。
ムフフ・・・愚か者め・・・寒かろう?
ただただ寒さに耐えて黙々とラクダに乗るという愚かな観光。(笑)
結局、ラクダに乗ったのは我が一族関係者のみ。
茨城県人・・・恐るべし。(笑)

他の団員はリフトで帰っていったが・・・
ガイドの話では、砂漠の斜面を歩いて河川敷に降りて、途中からリフトに乗っても帰れるという。
ん?
砂漠の斜面滑りでもするかぁ~
またもや親戚の小父さんと“カミナガさん”と3人で別行動!
行くぞ!
我々の精神年齢は・・・幼い。(笑)
DSC06671.jpg
(砂漠の斜面滑り)
砂がパウダー状なので、ここを登ろうとすると足が膝まで潜ってしまう。
降りるときも同様とのこと。
そのまま降りようとしたら、靴の中も砂だらけになる。
そこで、降り口のところで布の袋を10元(約150円)で貸してくれるというのだが・・・
「お~い!おじさん、これ借りていいの?使っちゃうよ~」
得意の日本語でまくしたてたら・・・
おじさんはジェスチャーで「どうぞ、どうぞ」という。
しかし、金をくれとは何故か言わない。
あれ?いいのかな?
え~い、タダで借りちゃえ!(笑)
おじさんは、変な言葉でわめいている拙者を見て唖然としている様子。

この袋を足に履き、足首を紐で結んで・・・砂漠の坂を駆け下りる!
ヒェ~・・・ヒャッホォ~(笑)
いい歳した「オヤジ」3人が駆け下りるので、若い中国人のアベックに笑われた!(笑)
とにかく、おかげで体が少しは温まったぞ!

旅行 | 14:18:16 | Trackback(0) | Comments(0)
何の標識?
DSC06667.jpg


中国・内蒙古自治区・チンギスハンの「博物館」敷地内で見かけた標識。

花壇の側に立っていた。
ん?
どういう意味だろう?
拙者は、これは「ごみを捨ててはいけない」という意味だと思ったのだが・・・
拙者の従姉は「ここに種を蒔きました」じゃないかと言う。
そんな・・・馬鹿なぁ~
いちいち種を蒔いたって教えるのかぁ?(笑)

看板・標識・標語など | 21:27:40 | Trackback(0) | Comments(0)
内モンゴルの旅(9)
とにかく一つの大きな行事が終了。
あとは・・・・
このハラサ砂漠の近くにある『チンギスハンの墓』を見学に行く。
DSC06663.jpg
(チンギスハン陵)
大平原というか砂漠の中にポツンとある。
周りに何も無いので大きさが分からなかったが・・・
近くに行ったら・・・あら、大きい!(笑)
内部は撮影禁止。
お墓と言っても、チンギスハンの骨が納まっているわけではない。
チンギスハンの骨はどこにあるのか今もって不明。
ただ、生前、この地にお墓を建ててもらいたいと言っていたので、ここに陵墓を作ったらしい。
あとは・・・まともに説明を聞いていなかったので・・・知らない。(笑)

ここを見学して駐車場に戻る。
ここに来た時はバスは「陵墓」の目の前で降ろしてくれたのだが、帰りは少し歩いて駐車場まで行かねばならない。
DSC06664.jpg
(チンギスハン像)
その途中にチンギスハンの銅像が建っている。
デカイ!
その石段の向こうに「チンギスハン陵」が見える。
バスに乗り、更に少し走って「博物館」へ行く。
DSC06665.jpg
(チンギスハンのモニュメント)
入り口から歩いていくと巨大なモニュメントが・・・
そこにもチンギスハンの像が建っている。
狭い日本に住んでいる拙者としては理解不能。
こんなデカイモニュメントを作る金があるなら、木でも植えろよ!


DSC06666.jpg
(チンギスハンの騎馬軍団の模型)
更に歩くと・・・
そこにはチンギスハンの騎馬軍団の模型が野外展示されていた。
この模型は全て鉄製。
大きさは実物の1.5倍~2倍くらいかな?
等身大で作らないところが中国らしい。
大きく作って少しでも勇壮に見せようとしてるのか?
ズングリした蒙古馬に乗った背の低い蒙古人を等身大で作ったら、勇壮感が出ないからねぇ~
中国の見栄っ張りがよく出ている。(笑)

その先に「博物館」があり、チンギスハンについての展示物や蒙古についての展示物がある。
内部撮影禁止なのが残念だが・・・
この展示は評価できる。
しかし・・・入り口からここまで約2キロ。
「チンギスハン陵」へ向かう上り坂を2キロも歩かされたのである!
アホか!
一度来ればもう十分、もう、二度とは来ねぇぞと言いたくなるような施設である。
お元気な“ヒルマさん”もヘトヘト・・・

DSC06668.jpg
(チンギスハン陵遠景)
「博物館」から伸びる真っ直ぐな道。
この先に、さっきの銅像や陵墓がある。
これまで歩いたのが2キロということは、更に2~3キロ先にあるのではないだろうか?
当初はこの「博物館」から更に歩いて「チンギスハン陵」に行く予定だったという。
アホか!(笑)
誰がこんな距離を歩くか!
何の面白味のない一本道を・・・・
帰りは写真の目の前に写っている電動カートに乗って帰るのだが・・・
帰りは下り坂。
なにも電動カートでなくてもいいような・・・(笑)
それより上り坂を電動カートで送るべきじゃないか?
中国人の考えていることはわからん!(笑)

ここを見学して今日の行事は終了。
真っ直ぐ“伊金霍洛旗”のホテルに戻る。

今晩の夕食会は「お別れ会」
現地の自治政府の役人も参加しての夕食会。
“伊金霍洛旗”の「旗」というのは行政区の名前。
日本で言うと「市」と同じようなもの。
この「旗」の下が「郷」→「鎮」→「村」となる。
“伊金霍洛(エジンホロ)”は人口14万人。
首長は「旗長」と言い、1名。
「副旗長」は6名いると言う。
その6名の「副旗長」のうちの一人の隣の席に座らされたのだが・・・
この「副旗長」・・・・
他の人のスピーチ中に飲むは食うわ。
おい、おい、まだ乾杯してねぇぞ~
平気でつまみ食いをしているのである。
何とマナーの悪い男か・・・・
そのうち携帯電話でワーワー大声で話し始めた。
あのねぇ~(唖然・・・)
いかにも、俺は携帯もっているんだぞ、すごいだろう~と言わんばかりに得意然としている。
馬鹿か・・・こいつ・・・
中国の「お偉いさん」ってこの程度か?

旅行 | 20:20:30 | Trackback(0) | Comments(0)
内モンゴルの旅(8)
今日からは団体行動。
昨日までの別行動について、“ヒルマさん”から戦友会の会報に投稿するように言われる。
「へぇ?拙者が書くんですかぁ~」
「“オビカワさん”がさぁ~会報作るのに、原稿が集まらなくて苦労してるんだよ。よろしく頼むよ」
どこでも同じだなぁ~
拙者の戦車第2師団でも苦労しているんだよなぁ~
しかし・・・こんなことになるなら、もう少し真剣に見ておくべきだった。
戦友会の方々は、この地にいたことがある人だからねぇ~
間違ったことを会報に書くわけには行かない。
いやぁ~参ったなぁ~(笑)

8時15分、朝食を済ませ出発!
とはいうものの・・・どこへ行くの?
拙者のメインの用事は“ヒルマさん”との旅行。
これが終わったら・・・もうどうでもいいやぁ~
全然思考回路が働いていない。(笑)
バスに揺られて、9時過ぎ“小霍洛地区”の植林作業区に到着。
「では、ここで記念植樹をします!」
ゲゲッ!
記念植樹?
あれ・・・今日だっけ?
そんな行事はすっかり忘れていた。
軍手などはホテルに置いてきちゃったよ~(笑)
ヤバイ・・・
「お前はいったい何しに来たんだ?」って言われちゃうなぁ~
これが本来の目的のツアーなんだから・・・(笑)

DSC06659.jpg
(記念植樹)
仕方が無い・・従兄に軍手を借りて、シャベルを振るって砂漠に穴を掘る。
今回の植樹は1500本とのこと。
既に現地の人が植えていて、我々が記念植樹をするために36本ほどを植えずに用意していたという。
植えるのは「樟子松」
それにしても・・・しんどい・・・
砂漠だから穴を掘るのは楽なはずなのだが・・・
息が切れて・・・クタクタ。
運動不足なんだよなぁ~役に立たない男だよなぁ~(笑)
来年はガダルカナルに遺骨収集に行くというのに、こんな調子で遺骨収集が出来るだろうか?
穴ひとつ満足に掘れないようでは・・・やばいぞ・・・(笑)

DSC06660.jpg
(水遣り)
植えた後は給水車からドドッ!っと、たっぷりと水をやる。
そのため、植えた周りには水がたまるように砂で土手を作ってやる。

DSC06661.jpg
(記念の看板)
植樹したところに、記念の看板を立てて・・・完了!
営林局の役人などがワーワーキャーキャー大騒ぎをしながら看板を立てる。
大げさなんだよなぁ~(笑)

植樹の後は近辺の植林状況の視察。
DSC06662.jpg
(植林地区)
一面砂漠だった場所が松林に・・・
伯父が行ったボランティア事業15年の成果であるが・・・
拙者は理解をしないわけではないが、植林に興味は無い。
どうせボランティアで植林してやったって、50年も経てば、「この植林事業は中国人民がおこなったもので日本は関係ない」なんて言いかねない。
中国人はそういう連中だと拙者は思っている。
この植林事業が、日本の中国侵略の謝罪の一つだなんて思われてはいないだろうな?
そっちのほうが心配だ。

旅行 | 16:55:26 | Trackback(0) | Comments(0)
内モンゴルの旅(7)
10時45分、『召君墓』に別れを告げて、これから、皆が待つ“伊金霍洛旗(エジンホロキ)”に向かう。
ここからは、とにかく移動だけの一日。

車でわずか15分程度で砂漠地帯に突入!(笑)
DSC06654.jpg
(砂漠地帯を走る道)
ガイドさんの話によると、ここは「ゴビ砂漠」の南の端だと言う。
そう言われても・・・「ゴビ砂漠」ってどこにあるのかわからない。(笑)
「ちょっと降りて写真でも撮りましょう!」
DSC06655.jpg
(砂漠)
おお~砂漠じゃ!砂漠じゃ!
砂は日本の砂とは大違い。
パウダー状なのである。
風紋がまた綺麗なんだよねぇ~
しかし・・・このパウダー状の砂が「黄砂」として日本に影響を与えているんだから、そうそう喜んでもいられない。

午後2時。
“東勝(トウショウ)”という町に到着。
砂漠の中の町だが・・・
近代的なビルやアパートがいくつも建設中。
広い新しい道路が縦横に作られつつある巨大な住宅街。
「そろそろお昼にしましょう!」
ということで、出来たばかりのビルにあるレストランで食事をすることにする。

そういえば、中国に来てまだ1回も「お米のご飯」を食べていない。
粥か饅頭しか食べていない。
「ご飯をお願いします!」・・・・と頼んだら・・・
DSC06656.jpg
(ご飯)
ゲゲッ!
何・・・この大盛り!(笑)
木の器に、こんもりとご飯が・・・・
写真の手前に写っているのが箸袋。
中には箸と濡れた「お手ふき」が入っているセットなのだが、驚いたことにタダではない。
このセットは1元(約15円)・・・・別料金なのである。
このお店は最近出来たばかりのお店らしい。
それにしても・・・箸のお金を取るとは驚きである。
箸は、どこにでもある割り箸なのだが・・・

DSC06657.jpg
(魚料理)
たまには魚も食べなきゃ・・・ねぇ~
というわけで、カラリと揚げた魚にトロリと「あん」がかかっている、中華料理の定番のような魚料理を頼んだ。
しかし・・何かおかしい・・・
この「あん」・・・ナタデココや、マンゴー、サクランボなどが入っている!
ん?まさか・・・
一口食べて驚いた。
フルーツ缶詰に片栗粉でとろみをつけて魚にかけただけ。
甘いのなんのって・・・最悪!(笑)
新興中華料理は恐るべし!(笑)

午後3時20分、“伊金霍洛旗(エジンホロキ)”のホテルに到着。
到着時間が少々遅くなったので、他の団員は町に出ていて不在。
ここでガイドさんにこの2日間の別行動の費用を払いお別れ。
さて・・・どうしますか・・・
夕食の集合時間は5時半。
「昼寝でもしますか?」
「いや、少し散歩でもしよう。電動バスにも乗りたいし」と87歳。
お元気だなぁ~疲れを知らないなぁ~
こっちは車に乗っているだけでクタクタに疲れているのだが・・・
まさか「ご老人」を一人で散歩に行かせるわけにもいかぬので、拙者も同行する。

テクテクと町を散策。
途中で雑貨市場などを覗きながら1時間以上も歩く。
帰りは“ヒルマさん”ご希望の「電動バス」で帰ることとする。
DSC06658.jpg
(電動バス)
このバスは乗車賃は無料で、市内を循環している。
「電動バス」というよりゴルフ場の「電動カート」
12人乗りである。
「4路」と書かれているバスがホテルに戻るバスのはず。
「何で知ってるの?」
「ホテル近くのバス停に4路って書いてありましたから・・・」
「じゃぁ、あれは駄目なのかい?」
「あれは1路って書いてありますから、多分ホテルには行きませんよ」
始発のバス停で4路のバスの若い女性運転手に声をかける。
もちろん・・・日本語!(笑)
「このバスはホテルまで行きますか?発車時間は何時ですか?」
身振り手振りに腕時計を指さしながらの質問。
拙者も度胸が付いたもんだ。(笑)
しかし・・・彼女もさるものひっかくもの・・・
中国語で答えてくるんだからたいしたもんだ。
メモとボールペンを出して書いてくれって頼んでも書いてくれない。
拙者の腕時計の12の数字と4の数字を指して何か言っている。
“ヒルマさん”も心配そう。
(自分で乗りたいって言っていたくせに・・・・笑)
ここは自分の勘を頼るしかない。
「何だって?何時に出るって?」
「5時出発、5時20分ホテル到着です」
「そう言っているの?」
「わかりませんが・・・私の勘です!」(笑)

バスに乗って待つこと約10分で発車。
ほら・・・当たった!5時だ!
途中のバス停で見たことのある一団が・・・
あれ?
拙者の従兄達だ!
「乗って!乗って!」と声をかけ、2日ぶりの再会を果たす。

拙者の隣に座った若い女の子が何やら話しかけてきたのだが・・・
わからねぇって!中国語はわからねぇって!
そう日本語で言ってもひるむことなく中国語の攻撃!
「これ、隣の女の子たちに配ってあげて」と、今度拙者の母のお墓を作ってくれる石材店の“カミナガさん”から「のど飴」を渡される。
いや・・あのぉ・・この子達・・・知り合いじゃないんですけど・・・(笑)

飴をあげたもんだから更に会話はエスカレート。
中国語と日本語でかみ合うはずも無いのだが・・・何故か延々と「会話」が続く。
そうこうしているうちバスはホテル近くのバス停に・・・・
降りる時は「シャー!」と叫べば止まってくれるとガイドさんから聞いていたので叫んでみたのだが・・・止まってくれない!(笑)
ゲゲッ!
マズイ・・・・
バス停を通過して・・・何故かホテルの玄関前に・・・
乗る時は無愛想だった女性運転手がニコニコしながらホテルを指さしている。
あら?思ったより親切な人じゃない?
「そうそう!ここ、ここ、このホテル!」
「どうもねぇ~ありがとね~」
拙者は全て日本語である。(笑)
一緒に乗っていた女の子たちが中国語でキャーキャー言いながら笑顔で手を振ってくれる。
ん?
意外にも拙者はもてるのか?
あら・・・もしかして・・・拙者がタイプなのか?
愛してるってか?
何を言っているのか分からないというのは便利である。
どうとでも解釈できちゃうからねぇ~(笑)

旅行 | 20:41:31 | Trackback(0) | Comments(0)
内モンゴルの旅(6)
DSC06642.jpg
(朝食)
真ん中の器に入っているのがミルクティー。
右の器に入っているのが粟(あわ)粥。
簡単な食事を終えて8時半ホテルをチェックアウトして出発!

DSC06641.jpg
(ホテル前の景色)
“包頭”は人口230万人だという。
そのうち市内の人口は140万人。
古い町並みから新しい町並みまで23キロもあるという大きな町。
この町は市内区4区、市外区5区の9区から成り立つ。
市内には『中国兵器』という戦車を作っている軍需工場がある。
話によると人口の半分がこの工場で働いているというのだが・・・
半分って・・・100万人?
100万人で戦車を作っているのか?
どうも話が大きすぎるんだよなぁ~
工場には学校も専用の火力発電所もあるというのだから、巨大な企業というのはわかるんだけど・・・
それにしても、話が大きすぎないかい?(笑)
そして残りの人口半分は西部にあるコンビナートで働いているという。
今は、ドンドン新しい洒落たデザインのアパートが建設中。
バブルだ!バブルだ!(笑)

今日の予定は・・・『召君墳』という場所にに行くらしい。
拙者はスケジュールを全く知らない。
全て“ヒルマさん”が一人で決めている。
拙者は、ただ付いて行くだけ~(笑)
というわけで、どこをどう走っているのか、どっちの方角に向かっているのかも分からない。
大体・・・地図も持っていないんだから・・・

DSC06644.jpg
(黄河の浮橋)
ホテルを出発して約1時間後、「黄河」に到着。
ここに浮橋がかかっている。
この橋を徒歩で渡ってみることにした。
この写真は橋を渡り終えて対岸を写したもの。
昔はこの橋はなく、小船で両岸を往復していたという。
そのため、1個分隊(7名)がこの岸に派遣され、小船でやってきた人の荷物の検査などをしていたという。
時は昭和18年頃ではないかと思う。
この頃には騎兵第14連隊は機動歩兵第3連隊に改編され、第3大隊の第9中隊がこのあたりに駐屯していたからである。
“ヒルマさん”に尋ねたが・・・・
「いつだったかなぁ~・・・とにかく1年間いたんだよねぇ~ここに」とのこと。
まぁ、87歳だから仕方が無いかぁ~(笑)

DSC06643.jpg
(黄河に映る自分の影を撮影)
黄河は確かに黄色い!
水の中で砂が渦巻いているのが見えるくらい多量の砂が混じっている。
一見、ドロドロの泥水のように見えるのだが、実は泥ではなく砂という感じ。
これをすくってしばらく置いておくと、砂が沈殿するので透明な上澄みを生活水として利用するのだという。

DSC06645.jpg
(召君墳)
浮き橋のところから車で10分も走ると、平原にヒョコンと小山が見えてくる。
これが『召君墳』
日本軍では当時は『召君墳』とも『召君噴』とも書き(ショウクンフン)と呼んでいたらしいが、もしかして現在、内モンゴル各地にあるという『昭君墓(しょうくんぼ=チャオチュンムー)』の一つではなかろうか?
『昭君墓』は紀元前33年に和親のために、対立する国の王に嫁いだ悲劇の美女、王昭君の墓だという。

DSC06648.jpg
(召君墳)
大平原にポツンとある小山のふもとに1個中隊が駐屯。
この山に兵隊1名が登って交代で黄河対岸の敵の動きを監視したという。
“ヒルマさん”もその一人だったという。
自分が監視のため上り下りした道が今も残っている。

DSC06646.jpg
(頂上から黄河対岸=北方を見る)
黄河の向こうの山のほう(写真では霞んでいて見えないが・・・)を監視したらしいのだが・・・
「ずいぶん遠いんですが・・・ここから見えるんですか?」
「あ~・・・トラックが1台でも走れば砂埃があがるのですぐに分かるんだよねぇ」
黄河の向こうの山の向こうはソ連。
冬には黄河が凍るのでソ連側からスパイが歩いて川を渡ってきて“包頭”まで潜入したという。

DSC06647.jpg
(頂上から西のほうの平原を見る)
見晴らしはいいが・・・寂しい場所だなぁ~
「こんなところに1個中隊の小部隊がいて何の役に立ったんですか?敵が来たらあっという間に全滅しそうな気がするんですが・・・」
「いや、ここに日本軍がいるっていうことが大事だったようだね。私は何も分からず、とにかく頂上に登って監視していただけ。何がなんだかわからないんだよね。当時は・・・」
「で・・・敵の動きが見えたら・・・どうするんですか?」
「そこだよなぁ~問題は・・・どうするんだったかなぁ?」
はぁ?
もう笑うしかない。
何とのんびりした話か・・・


旅行 | 18:56:43 | Trackback(0) | Comments(0)
内モンゴルの旅(5)
DSC06636.jpg
(烏拉山脈)
“安北”を出発して「烏拉山脈」の裾野を回りこむように車で走ること約2時間。
“包頭”から44キロ地点の“中難(チュウナン)”という場所に着く。
ここに連隊から1個中隊が派遣されて駐屯していたというのだが・・・
面影は全くない。
DSC06637.jpg
(中難の町)

当時は城壁も無く、高さ30センチ程度の低い土盛りで囲まれた中に駐屯していたとか。
はぁ?そんな低い土盛りじゃ簡単に跨げちゃうじゃない?(笑)
今では道路沿いに建物が建っているが、当時は道路も無い。
平原に“道”らしき人が通った痕跡があるくらいの砂と土の大平原。
民家は泥で作った粗末な小屋がポツリポツリとあった程度だという。

時刻は5時。
さぁ・・・帰りますかぁ~
更に車を走らせる。
「途中に“沙埧子”という町があるはずなんですが・・・」と拙者。
「え?その町がどうしたの?」と“ヒルマさん”
“前口子”という町に駐屯していた友軍の蒙古軍が攻撃を受け、救援要請を受けた騎兵第14連隊が“安北”から駆けつける途中、その町で敵の攻撃を受けたのだ。
「へぇ~そんなことがあったのかい?」と87歳。
あれ?知らないの?(笑)

そういうわけで、“沙埧子”という町にも立ち寄りたいと拙者は思っていたのだが・・・
残念ながら現在ではその名の町は存在しないという。
町が消滅しているのか、名前が変わってしまったのか・・・・

仕方が無い。
そのまま“包頭”に向かって車を走らせる。
その途中、“包頭”まで、あと10キロ程度という場所に“前口子(チンコーズ)”という町がある。
「あのぉ~この町で小林連隊長が戦死されたんですよね?」と言ったところ、「話では聞いたことはあるが、行ったことはないんだよね。あんた、知ってるの?行ったことがあるの?ちょっと立ち寄ってみようかぁ~」と87歳。
あのぉ・・・拙者は連隊長が戦死した時にその場にいたわけじゃないですよ。(笑)
生まれて初めて来た場所だからよくは知らないけど・・・
話として知っているだけなんですが・・・
確かこのあたりで戦死したんだよなぁ~
“ヒルマさん”は、連隊長が戦死した時には、どこにいたんだろうか?(笑)

DSC06638.jpg
(前口子の町)
連隊は“沙埧子”で敵の攻撃を受けたため、山の中に入り迂回して、この“前口子”に辿り着いたが、前線で敵情視察中に敵弾3発を受けて小林連隊長が戦死した。
「確か・・・山のほうへ1キロほど入ったあたりのはずなんですが・・・」
「あんた、よく知ってるねぇ~」
こうなると、どっちが戦争体験者かわからない(笑)
地形から見て、敵情視察するとすれば、少々高い場所ということになる。
この平原で高いところで、しかも山の近くとなると・・・
ありゃ?高速道路が通っているあたりか?
あれれ・・・そういうことになっちゃうか?
結局、「戦死の地」はわからないまま、この町を去ることになってしまった。
う~ん、残念だぁ~
申し訳なし!連隊長殿!

それでも“ヒルマさん”は「連隊長が戦死した場所に来られて良かった」と喜んでくださったので・・・これでいいかなぁ~(笑)
「あのね・・・“前口子”の“前口”って、女性の“あそこ”を意味する言葉なんだよ~」と“ヒルマさん”
あのねぇ~どうしてそういうことは詳しいの?
87歳の割には若いんだよなぁ~(笑)
しかし、そういうことを聞いちゃうと・・・とんでもねぇ名前を町につけちゃったもんだ!
住んでる人は恥ずかしくて自分の住所を他人に言えないんじゃないか?(笑)

DSC06639.jpg
(前口子の町)
時刻は午後6時を過ぎた。
日も暮れ始めて暗くなりつつある。
さぁ~急いで“包頭”に帰ろう!
結局、今日は烏拉山脈をグルリと1周したことになる。
走行距離は約700キロ!(唖然・・・)

DSC06640.jpg
(しゃぶしゃぶ)
無事に“包頭”に到着。
ホテルにチェックインする前に市内のレストランで「しゃぶしゃぶ」の夕食!
午後8時、ホテルに到着。
う~ん、車に乗っているだけでも疲れたぞぉ~
チョロチョロとしか出ないぬるいシャワーを浴びて早々に寝る。

旅行 | 21:30:03 | Trackback(0) | Comments(0)
内モンゴルの旅(4)
車で走ること約10分で目的地“安北(アンポク)”に到着。
この町は騎兵第14連隊が駐屯していた場所だが、“安北”は当時の呼称なので、今では誰も知らない。
現在は“大奈太(ターナータ)”と呼ばれている。
町の名前が変わってしまっているのである。
DSC06630.jpg
(旧:安北、現:大奈太の町)

“ヒルマさん”は10年ほど前にここに来たことがあるという。
その時に会った薬屋のおじいさんと一緒に写った写真を持参してきていた。
このおじいさんは、昔の“安北”のことを知っている唯一の証人とか。
しかし・・・今ではもうお亡くなりになっているのではないだろうか・・・
「じゃぁ、その薬屋さんを探してみましょう!」とガイドさん。
10年も経つと町並みも変わり、どこにそのお店があったのかもわからない。
通行人に写真を見せ尋ねたり、小学校・中学校へ行き先生などに尋ねまわって、やっと消息がわかった。
やっぱり、あのおじいさんは既に亡くなられていると言う。
その息子さんが病院の医師をしているというので会いに行く。
DSC06631.jpg
(息子さんとお会いする)
息子さんに写真をプレゼントし、10年前の思い出話。
「是非、家に来てくれ」と言われたが、我々はこれから廻らねばならぬところがあって、お宅を訪問する時間はない。
ここから100キロも先の“包頭”に戻らねばならぬのだ!
ご親切な申し出に感謝しつつお別れして、安北の城壁を探しに出かける。

DSC06632.jpg
(城壁跡)
地元の人の案内で城壁跡に辿り着く。
昔のままの泥で出来た城壁が今も一部が残っている。
厚みが1.5メートル以上もある分厚い城壁である。
この城壁内に連隊が駐屯していた。
門は4箇所。
各門に衛兵が立ち警備をしていたという。
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(城壁跡)
今では町が形成されているが、駐屯していた当時は、周囲は砂漠。
砂漠の中に、この城壁で囲まれた砦がポツンとあったというのだから、まさしくアメリカの西部劇に出てくるような感じ。(笑)
「何もなかった場所なのに、変わっちゃったねぇ~」と87歳。
まぁ~70年近く前のことですからねぇ~
仕方ないなとは思うけど・・・
それにしても、よく、この城壁が残っていたもんだ。
これには驚く。

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(安北山という名の山)
城壁のところから見た「安北山」
ここからあの山までどのくらいあるかわからないけど・・・
ず~っと平原!
この景色は当時のまま今も変わっていない。
あの向こうから敵の騎兵が一列になって砂埃を上げながら突進してきたんだろうなぁ~
想像しただけでも怖いぞ~
頼みの綱は・・・泥で作った城壁だけ。
“ヒルマさん”は何がなんだか分からないまま、ここに1年ぐらい駐屯していたと言う。
「へぇ?こんな辺鄙な場所に1年も?」
拙者は・・・命令されてもお断りしたいねぇ~(笑)

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(オート三輪)
昔懐かしいオート三輪。
内モンゴルでは、この車がやたらと走っている。
どこへ行ってもオート三輪を見かける。
型も全て同じ。
色も全て青。
何故か緑とか黄色とか赤とかじゃなくて・・・青!
青しかない!(笑)
個性がないと言えば個性がない・・・・
それにしても・・・試しに運転してみたいなぁ~(笑)

ここから100キロほど離れている“包頭”へ戻る。

旅行 | 21:12:15 | Trackback(0) | Comments(0)
内モンゴルの旅(3)
さて、一路“安北”に向かうのだが・・・
“ヒルマさん”が希望するルートとは違う道を途中から走り出した。
あれ?
何で山の中に入るの?
「新しい道を走りましょう!」とガイドさん。
「それじゃわからなくなるんだけどなぁ~古い道を走ってもらわないと・・・」と“ヒルマさん”が言ったが無視!(笑)
「新しい道がいいですよ~早く着きますよ~」
そういう問題じゃないんだよねぇ~
思い出を辿る旅なんだからさぁ~
昔の道を走ってくれないと困るんだけどなぁ~
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(烏拉山脈の中)
岩だらけの山道を走る。
この景色・・・それなりに素晴らしい!
しかし、これ・・・・どこかで見た景色だ。
今から15年前に祖父が亡くなった後、夢に出てきた景色そっくりなのだ!
これには驚いた。
体中が鳥肌!
夢の中の祖父は騎兵として馬に乗って、この山すその河川敷を進んで行く。
それを馬に乗った拙者が追いかけるのだが・・・・
何故か荷物満載のロバ2頭を連れていたので、ドンドン遅れる。
「おじいちゃ~ん!おじいちゃ~ん!」
いくら声をかけても祖父は振り返ってもくれず・・・・そして山の向こうに消えていった・・・
荒涼とした山の中に一人取り残されて寂しいやら寒いやら・・・
というところで目が覚めた!
そういう夢を見たのだが・・・その山が目の前にあるんだから驚いた!
あの夢で見た風景と全く同じなのである。
いったい・・・これは何だろうか?

約1時間半後、“明暗鎮”という集落に到着。
時刻は午後1時30分。
ここで少し遅いお昼を食べることにする。
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(明暗鎮)

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(明暗鎮の食堂)

“明暗鎮”は文化大革命以前は“明暗郷”と呼ばれていたという。
ここのお店に、さっき訪れた“竜泉寺”の“轉龍蔵”の水で作られたお酒があると言うので飲んでみることにした。
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(轉龍液という名のお酒)
その名も『轉龍液』・・・・液とは・・・異様な名前だなぁ~(笑)
これが飲んでみるとかなり強いのである。
さすがに拙者は1杯でお断り。
87歳のおじいちゃんは平気で飲んでいる!(唖然・・・)
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(昼食)
お昼はたっぷりと食べたいと“ヒルマさん”が言うので、豪華な昼食となりました。
最初はこんな店の食事って大丈夫かと思っていたのですが・・・
これが何と意外にもおいしかったのです。
この地方の家庭料理だとか・・・
ホテルのレストランの食事よりおいしい!
トマトもピーマンもジャガイモもしっかりとした本来の味がする!
懐かしい昔の味!
これには感激です。

ここで出会った“おじいさん”にうっかり“ヒルマさん”が元日本兵だと言う話をしたため、この人と戦時中の話で盛り上がってしまった!(笑)
他の客も興味津々で聞いている。
会話は全て同行したガイドさんに通訳してもらったのだが・・・
この“おじいさん”のお兄さんが、この周辺に駐屯していた日本兵に飴をもらったりして非常に可愛がってもらったと言う。
「日本兵は親切でいい人ばかりだった」と言う。
「もしかして、あの時に兄に飴をくれた日本兵はあんたじゃないか?」と言ってきたが、残念ながら“ヒルマさん”はこの地には駐屯していない。
でも・・・このおじいさんは、「絶対あんただよ!」と言って譲らない。(笑)
まぁ~いいかぁ~・・・そういうことにしちゃおうか~

店を出てから“ヒルマさん”曰く。
「あの時は生きた心地がしなかったよぉ~もし、日本兵にひどい目に合わされたなんて言われたらどうしようとハラハラしていたんだけど・・・いやぁ~よかったぁ~日本兵は親切だと言われて本当によかった~」と言う。
元日本兵の心の中には敗戦の傷跡は今も残っている。
何も悪いことをしていなくても後ろめたさを持たざるを得ないとは・・・

さて、移動する前にトイレに行こう!
「トイレはどこ?」
庭にあると言うので行ってみたが・・・・見当たらない!
厨房にいた中国人が指差したのはレンガで囲まれた一角。
ここがトイレか?
DSC06541.jpg
(トイレ)
レンガで囲まれただけで、ドアも何もない!
丸見えである。(笑)
しかも・・・穴の中にはこんもりと“あれ”が山になっている!
しかも、その臭いの凄いこと!(笑)
「オエェ~オエェ~」と否応なしに咽ながら用を足す。
こりゃ、キツイわぁ~
しかし、これが田舎の普通のトイレなのである。
危うく食べたものを吐きそうになりながら車に戻る。(笑)

旅行 | 20:35:08 | Trackback(0) | Comments(0)
内モンゴルの旅(2)
寝台車で揺られること約11時間。
午前7時、内蒙古自治区・呼和浩特(フフホト)に到着。
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(フフホト駅に到着)
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(フフホト駅ビル)
外に出て驚いた!
何だこの駅ビルは!
うちの町の駅よりでかいじゃないかぁ~(笑)

ここで、他の団員14名とはお別れして、騎兵第14連隊の“ヒルマさん”87歳のお供をして初日から別行動!
「あれ?何であんたらは別行動なんだい?」と事情を知らない人たちから言われたが・・・
「はっ!私は“ヒルマさん”の当番兵なもんですから・・・」と言ったが・・・この冗談は通じなかった。(笑)
皆さんは、ここからバスで市内観光、その後は夜に現地の自治政府の歓迎会に参加する。
我々2名は“ヒルマさん”が若かりし日本兵の頃、駐屯していた場所等の思い出の地を訪ねる旅に出る。
運転手付の車1台に乗りガイドを付けてもらい移動する。

まずは・・・・朝飯!
87歳のおじいちゃんが「粥が食べたい」と言うので、適当な食堂に入り朝食を摂る。
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(朝食)
左手前が粟(あわ)の粥。
その向こうの茶色いのが揚げパンです。

食後、車を飛ばして包頭(パオトウ)へ向かう。
約3時間後、包頭に到着。
これからどこへ行くのかは拙者は全く知らない。
全て“ヒルマさん”次第なのだが・・・
「あのぉ~竜泉寺っていう場所はどこなんでしょうね?」
「ん?あんた、行った事ないの?行ってみる?」
昭和14年、騎兵第14連隊は、この包頭に駐屯していたが、この包頭の西の城門を迂闊にも開けたところ中国軍に攻め込まれ大激戦となった場所。
この時に、城門内には一部の留守部隊と在留邦人が約1千名住んでいた。
この城を奪取するために、いち早く抑えたのが城門近くの竜泉寺と呼ばれた高地。
話としては知ってはいたが、見たことはない。
「是非お願いします!」ということで、竜泉寺の高地に向かうことになり、最初から予定外の行動となる。
「それにしても・・・よく竜泉寺なんか知ってるねぇ~」と驚かれる。
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(竜泉寺高地)
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(竜泉寺高地から見た包頭の古い町並み)
包頭には今も古い家屋の残る町並みが存在している。
戦前は泥で作られた家、戦後はレンガで作られた家。
それらが混在している。
そのすぐ脇は近代的なコンクリートのビルが建つ。
何とも不思議な光景である。
その昔は城壁で囲まれていたが、その城壁は今は無い。
そのうち、この古い町並みも消えてしまうのだろうなぁ~
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(竜泉寺高地から見た包頭城東門跡付近)
向こうに見える橋は、その昔はあんなに立派ではなかったという。
細い小さな粗末な橋だったと言う。
その橋を渡った所(写真の橋の右側)に東門があった。
包頭城には5つの城門があり、東門はそのひとつ。
今はその痕跡は何も無く、ビルが建ち近代都市として整備されている。

騎兵第14連隊の兵営は、城門の外、竜泉寺高地のふもとにあったらしいのだが・・・今ではそれがどのあたりなのか全くわからない。
戦史の勉強には、現地に立つのが一番大切だと思う。
当時の状況を思い出し、地形をこの目で確認して、自分の足で立ってみる。
そうすると・・・・「なるほどねぇ~」ということになる。
まぁ・・・マニアックな趣味だよな・・・これ・・・(笑)

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(轉龍蔵)
竜泉寺には、何やら地元では有名な水が出ている場所がある。
『轉龍蔵』と呼ばれる泉。
地元の人たちが水汲みに何人も来る。
この水を使ったお酒が有名なのだそうだが・・・
大丈夫かねぇ~・・・この水・・・・(笑)

さて、ここから“ヒルマさん”の予定していた“安北(アンポク)”という場所に向かって移動する。

旅行 | 13:43:04 | Trackback(0) | Comments(0)
内モンゴルの旅(1)
朝、“ウメちゃん”がお迎えに来てくれた。
マスクをして彼に風邪を移さないように完全武装して高速道路のインターまで送ってもらう。
料金所脇で待つこと10分でお迎えのバスが到着。
従姉達や親戚5名と一緒に成田空港へ。

成田空港で他の団員と合流。
チェックインカウンターが工事のため長蛇の列。
昼食を取る間もなくチェックインして出国審査。
飛行機に乗るまでに、とりあえずサンドイッチを食べて腹ごしらえする。

午後3時のチャイナエアーで北京へ。
飛行時間は約3時間30分。
日本との時差はマイナス1時間。
空港から北京西駅に向かい寝台車で内モンゴルに向かうのだが・・・
夕食は?
機内食しか食べていないんですけど・・・
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(機内食)
夕食は何の用意もしていないとのこと。
そんな・・・馬鹿な・・・・
仕方がないので、ホームの売り子のお姉ちゃんからカップラーメンを買う。
料金は5元(約75円)なり。
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(ホームの売り子のお姉ちゃん)
さて・・・お湯はどうするの?
自慢じゃないが、拙者は中国語は話せない!
英語で話しかけても通じない!(笑)
「お湯だよ!お湯!どうすんのよ・・・お湯!」
身振り手振りで質問するが、答えは中国語。
何を言っているのかわからない!
彼女の指差す先は・・・寝台車。
ん?寝台車の中にお湯があるのか?(笑)

その後、ガイドさんが夕食にカップラーメンと缶詰のお粥を購入して配り始めた。
拙者は既にラーメンは購入済み。
ということで・・・5元を返してもらう。(笑)
このガイドさん旅行会社の添乗員ではない。
今回のNPO法人の現地事務所長をしている中国人で、大学の教授。
だから、あまり文句を言えないのだが・・・
夜9時(日本時間10時)に発車。
揺れる一等寝台車の中でようやく夕食にありつく。
それにしても、中国到着最初の食事がインスタントラーメンとは・・・
なんと粗末なことか・・・
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(インスタントラーメンと缶詰の麦粥)

今回のツアーは16名。
最年少者は拙者!(笑)
一等寝台車は4人一室のコンパートメント。
拙者は最年少者なので、2段ベッドの上のベッドに・・・
しかし、上のベッドに登るのにはなかなか苦労をするのである。
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(寝台車の二段ベッド)

昨年は部屋の中で酒盛りだったが・・・・
今回はメンバーが大人しい方々のせいか、あっという間に消灯!(笑)
う~ん・・・こうなったら寝るしかないな~(笑)
タバコは連結器のところに灰皿があり、そこが“喫煙室”となっている。
“喫煙室”って言っても連結器の部分だから・・・これを部屋と読んでいいのやら。
そこでプカプカとタバコを吸っていたら中国人の青年から親しげに声をかけられた。
しかし・・・何を言っているのかわからない!(笑)
「俺、中国語なんかわからないよ~」って日本語で言ったのだが・・・
それでも彼は何か質問らしき内容の言葉を投げかけてくる。
「だ・か・ら・・・中国語はわからねぇって言ってんの!」(笑)
拙者が中国人に見えるのか?
何なんだ?
どうして日本語で答えているのに中国語で話を続けるんだよ~
参ったなぁ~落ち着いてタバコも吸えない。(笑)

旅行 | 11:16:49 | Trackback(0) | Comments(1)
体調絶不調!
朝から調子悪~い!
頭痛はするし、熱っぽいし、喉は痛いし、咳は出れば鼻水も出る。
完璧に風邪をひいてしまった!
まさか出発前日にドタキャンというわけにはいかんしなぁ~
参ったなぁ~

今から病院に行っても待たされるばかりだろう。
以前、初診で行ったら「ああ、初診なら2時間は待ってもらわないと」と看護婦に言われてぶち切れて診察をしてもらわず帰ったことがあるからなぁ~(笑)

というわけで・・・前回同様、市販薬で何とか治すしかない。
とにかく薬局で薬を買って飲む。
これでなんとか明日は症状が良くなってくれれば・・・
こうなったら残すは精神力で治すしかないな。(笑)

それにしてもドジを踏んでしまった~
旅行の用意は最終日にやればいいや~なんて考えていたのが間違い。
本当ならば、今日は一日中寝ていたほうがいいのだろうが・・・
まさか用意もしていないのに寝ているわけにもいかぬ。
明日は少々寒いかも知れぬ。
なんとなく寒気も感じるし・・・・
向こうの気温は5度~15度くらいらしい。
一度用意した衣服を別の衣服と入れ替える。
暑い分には何とか我慢もできるが、寒かったら最悪じゃ!

体調不良でも夕食の買い物には行かねばならぬ。
これが“主夫”(?)の辛いところぞ。
家では腹をすかせた親父が待っておる!(笑)

明日は成田から北京へ。
そして北京から寝台列車で内モンゴルの“呼和浩特”へ行く。
“呼和浩特”から騎兵第14連隊の“ヒルマさん”と2人で別行動。
“包頭”に一泊して戦跡訪問。
となれば・・・事前に戦史を勉強しておかねばならないが・・・
その時間が無い!
やむなくコピー大作戦。
飛行機の中で読むしかない!(笑)
なんたることぞ。
やっぱり、何事も早め早めにやっておくべきだなぁ~
まさか、こんなにドタバタすることになろうとは・・・
少しでも寝て体を休めたいのだが・・・
マイッタァ~

明日は日曜の朝だというのに“ウメちゃん”がわざわざ拙者を高速のインターまで送ってくれるという。
そこで、従姉達が乗った貸切バスに拾ってもらうことになっている。
ありがたし!感謝!感謝!
しかし・・・もし、風邪を移しちゃったらどうしよう!
恩を仇で返すことになっちゃうぞ!
これまたマイッタァ~

とにかく早く寝なければ!

日記 | 22:23:54 | Trackback(0) | Comments(0)
旅行の準備
14日から19日まで中国ということは・・・・
あっ!20日の振込みをやっておかねば間に合わない!
しかも・・・財布の中身を見たら・・・あれ?
ちょいと懐がさびしい。
ん?待てよ・・・・
いけねぇ!旅行の小遣いを用意しなくちゃ!
海外旅行だっていうのに、この程度の金額じゃヤバイじゃねぇか?
今日は金曜日・・・・あ~ヤバイ~銀行に行かねば!(笑)

これでとりあえずはOKだな。
さて・・・お昼・・・・
やっぱり中国へ行く前に旨い物を食べておかねば。(笑)
美味しい物を食べるなら一人じゃつまらない。
というわけで、水戸藩士の“シミズくん”を無理やり呼び出しお昼に付き合ってもらう。
昼食は・・・“スキヤキ鍋定食”!
“シミズくん”に付き合ってもらったおかげで旨い物が食べられた。
一人じゃ粗末な昼食になっちゃうんだよね~
ありがたし!

午後は高速を飛ばして墓参り。
祖父母・伯父伯母の墓に10日に騎兵第15連隊将校団総会に出席した報告と、明後日中国へ行く挨拶をする。
ついでに(笑)・・・位牌堂の母にもご報告。
これをしないと、どうも気分が落ち着かないのだ。

さて・・・そろそろ旅行の荷物をまとめるかぁ~(笑)
夜になってボチボチとやり始めるが・・・・
さてぇ~内モンゴルってどのくらい寒いのだろうか?
リュックひとつで出かけたいから荷物は最小限にまとめたい。
あれこれ心配するとドンドン荷物が増えていってリュックに納まり切れない。

そのうち、頭痛がしてきた。
あれ?いやな予感・・・・
体温計で計ってみたら、37度!
ありゃぁ~風邪を引いちゃったのだろうか?
参ったなぁ~
拙者は子供のころから風邪をひいても熱を出すことは滅多に無い。
熱を出して学校を休む同級生を羨ましく思ったものだが・・・
お~久しぶりの37度ではないか!(笑)
しかし・・・喜べないぞ。
明後日には海外旅行。
マズイよなぁ~このタイミング・・・・・

日記 | 15:26:03 | Trackback(0) | Comments(0)
パソコンの修理
午前、“フクちゃん”に来てもらい拙者のパソコンのリニューアル修理を再開する。
結局、ソフトを全部削除して入れ替えることとなったが・・・・
今度はCDドライブが故障していることが判明!
しかし、拙者の手元には予備のハードが一式保管されているので、ここからCDドライブを取り外して交換。
こういう時は予備のパソコンを一式持っていると便利だなぁ~

しかし・・・載せ替えはいいのだが・・・
各種パスワードが消えてしまっているのであとが大変。
とにかくメールとインターネットとホームページの作成ができる環境だけを整えて今日は終了。
他のソフトはボチボチと自分で再インストールしていくしかない。
旅行出発直前というのに・・・・・
まぁ、帰国後ボチボチやるかぁ~(笑)

夜、“ナバさん”と初めて一緒に飲みに出かける。
“ナバさん”御用達のスナックへ。
“ナバさん”は酒が一滴も飲めないのだが、カラオケが大好きなので毎週1回はここに来ていると言う。
若いときは歌手を目指して東京にいたこともあるという。
歌を聴いたら・・・さすがにうまい!
お客も帰り、貸切状態となったので・・・・紅白歌合戦!
交互に歌うこと38曲!(笑)
さすがにママさんにも“ナバさん”にも呆れられてしまったが・・・
拙者もカラオケを歌うのは久しぶりのこと。
19曲も歌うと・・・・さすがに喉がつぶれた~(笑)

日記 | 15:05:13 | Trackback(0) | Comments(0)
ポケナビを買う
さて、総会の帰り、秋葉原で途中下車。
実は、ハンディタイプのGPSがどこかにないものかと以前から思っていたのだ。
そうだ!秋葉原の電気街に行けば何かあるんじゃないか?
というわけで・・・途中下車。

しかし、拙者が欲しているものがなんと言う名前のものなのか、実は知らない。
とにかく電気街をキョロキョロしながら歩き回ると、路地に入ったお店で偶然にも発見!
おお!これではないか!
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2年前に“川北大隊”の遺族会に同行してマニラ東方高地を巡拝慰霊したのだが、どうも位置関係がよくわからない。
地図を見ても現在地が正確にわからない。
そうなると戦跡の位置がわからない。
本当にここでいいのか?
この場所なのか?

そこで、今年の1月にマニラに行き、地図を買ってきた。
その地図には経度・緯度が記載されている。
ということは・・・
GPSで現在位置の経度と緯度がわかれば、地図をみれば現在地がわかるだろう?
フィリピンにはどうやらカーナビのようなものは無いらしいし、道路地図もない。
日本なら本屋に道路地図、市街地図など正確でわかりやすい地図がいくらでも入手できるのだが、フィリピンにはそういうものが無い。
フィリピン国内の地図作成には日本の国土地理院が協力しているという話も聞くのだが・・・・
ならば、GPSと地図で手作業で現在位置をプロットしていくしかない。

今回ようやく、GPSを入手。
だが・・・拙者は機械音痴。
日本語の簡単な説明書も付いているが、本体は全て英語表記。
何度か国内で実験しないと駄目だな。

今度の内モンゴル旅行に持って行って実験をしてもいいが、内モンゴルの緯度・経度入りの地図がなけりゃ意味が無いので持っていくのはやめる。
しかし・・・砂漠で迷子になったら・・・と考えると持っていったほうがいいか?(笑)

日記 | 14:31:56 | Trackback(0) | Comments(0)
騎兵第15連隊将校団総会
『騎兵第15連隊将校団』の総会は昨年同様、東中野の『west53rd 日本閣』で開催。
やっぱり新宿に前泊していてよかった。
余裕を持って到着。
今回は殿下がお一人でいらっしゃった。
そういえば、百合子妃殿下は7月に大腸癌の手術をされたのだ。
その後の体調は良好だとのことだが、大事をとってご欠席になられたのだろう。
今回の総会出席者は22名。
現在の会員数は正会員18名、拙者を含めた準会員が8名、合計26名である。
この会には同伴者、正会員・準会員の家族も出席できるので、22名もの出席となるのだが、正会員(戦友)は8名しか出席していない。
殿下も今年92歳になられ、正会員のほとんどが90歳以上。

殿下がご到着されてすぐに記念写真撮影。
その後、総会が開催される。
会長挨拶・会務報告・会計報告と続く。
そして懇親会・・・・
「では、乾杯を・・・」と担当幹事の“イシイさん”
あれ?
物故会員に対する黙祷が抜けちゃっている!(笑)
「あっ?え?そうだ・・そうでした・・・大事なことを忘れてました・・・どうも歳を取るといけませんなぁ~」
みんなで大笑い!
90歳も過ぎてるんだから、これは仕方がないこと。
しかし、大笑いした後に黙祷というのは、拙者には少々つらい。(笑)

乾杯の音頭は“ホシノさん”94歳。居合いの達人。
そして、殿下からのお言葉。
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(殿下のお言葉)
殿下は92歳になられるが、いくつかの名誉職につかれているそうで、大学の教壇にも立っているという。
「いくつかの名誉職についておりますが・・・それはそれで名誉なことではありますが・・・名誉職というのは本当に責任が無くて・・・・無責任な職務でありまして・・・」とジョークを言ってみなさんを笑わせてくださる。
いつも楽しいお話をしてくださるので、拙者は殿下のお話を拝聴するのが一番の楽しみ。

殿下のお言葉の後が会食会。
食事の合間に会員による特技の披露などの演芸が入る。
拙者も若いんだからカラオケでもと言われるのだが・・・
殿下の前でカラオケなんぞ・・・とんでもない!(笑)
恐れ多くて・・・・カチカチに緊張して歌など歌えない。
とにかく逃げる!(笑)

ある会員から「今日はお姉さんはご一緒じゃないんですか?」と言われる。
はぁ?
お姉さん?
「あのぉ・・・あれは・・・母なんですが・・・」(笑)
ご本人は若く見られて嬉しかろうが・・・
拙者としては何とも複雑な気持ち・・・・(笑)
母が亡くなったことをご報告する。

3時間にわたる総会・懇親会も終わり殿下をお見送りして解散!
「じゃ、来年も生きていたらまたお会いしましょう!」と会員さんたちから言われる。
90歳も過ぎると冗談抜きでそういう挨拶になってしまう。
無理も無いよなぁ~
正直な気持ちだよなぁ~

日記 | 10:55:38 | Trackback(0) | Comments(0)
若くねぇなぁ~
明日は『騎兵第15連隊将校団』の総会。
しかし・・・
このところ、毎晩、なかなか眠られずにいる。
どういうわけか眠れない・・・・
毎晩午前3時ごろまで目が冴えてしまい、朝起きるのがキツイ。
もし、明日寝坊でもしたらどうしよう!
そう気にすると益々寝られなくなるんだろうなぁ~
まさか一睡もせずに行くというわけにもいかないしなぁ~

というわけで・・・・東京に前泊することにした。
会場は東中野なので、新宿に泊まれば、いくら寝坊しても何とか間に合うだろう。
ホテルは新宿プリンスホテル。
歌舞伎町のすぐそばなのだが・・・・
ひと昔なら子分(?)を従えて闊歩したのだが・・・(笑)
今回10年以上ぶりに訪れたのだが、全然その気が起こらない!(笑)
どこかに飲みに行こうかなとか、昔とどう違っているのか見に行こうかなとか・・・・そういう気が全く起きないのだ。

おかしいなぁ~
拙者もずいぶん年を取ってしまったもんだ。
茶髪の薄汚いキャピキャピギャルを見ると胸くそが悪くなる。(笑)
こういう連中とすれ違うのも嫌だ。
ケバケバした繁華街を歩くのも疲れそうだ。
はぁ~・・・その気が起こらん!
昔は目を爛々と輝かせて歩いたような気がするのだが・・・(笑)
部屋でテレビを見ていたほうがいい。
というわけで、ホテルから一歩も外に出ずに終わる。

我が友人たちは誰も信じてくれないだろうなぁ~(笑)
歌舞伎町の目の前に泊まって、どこにも行かないなんて・・・
これは拙者が大人に成長したと喜ぶべきなのか・・・・
それとも年を取ってしまったと嘆くべきなのか・・・

日記 | 18:45:27 | Trackback(0) | Comments(0)
マニラ東方高地の旅案内
今日、奈良交通から『山吹を偲ぶ会(野砲兵第53連隊第3大隊遺族会)』からマニラ東方高地の慰霊巡拝の案内が届いた。
以前に、来年の1月に慰霊団を出そうと思っているので是非参加して欲しいとの話は伺っていたのだが・・・
ついにその日程表が届いた。

で・・・いつ行くのかな?
見てビックリ!
1月24日から27日までの3泊4日。
他の予定とは重なってはいないが・・・・
ガダルカナル島の遺骨収集とほとんど連続ではないか!
いやぁ~参ったぞ~

27日に帰国して成田のホテルに後泊。
28日に帰宅して、3日間の猶予はあるが、実質29日の1日しか旅行の準備時間はない。
30日には成田に行って前泊。
31日にガダルカナル島の遺骨収集に出発となる。

う~ん・・・・
31日はシンガポールで乗り換えて機中泊、翌日オーストラリアで乗り換えてガダルカナル島・・・・
つまり、1日中というか2日中というか・・・飛行機に乗りっぱなしとなる。
大丈夫かねぇ~・・・・拙者の体力。(笑)
体調崩しそうだよなぁ~
こうなると、どうせ乗るならファーストクラスに乗りたいものだ。
フラットシートでぐっすり眠りたい!(笑)
しかし・・・まず夢のまた夢だな・・・ファーストクラスは・・・

こう連続すると困るのが衣服。
冬だからねぇ~
夏物の半そでシャツなんかどこにも売ってないだろうし・・・・
洗濯が間に合わなかったら大変なことになるぞ。
こんなことなら今年の夏に多めに衣服を買っておけばよかった・・・
今からもう衣服の心配である。(笑)

しかし、こんな中途半端な行ったり来たりというのも微妙だよなぁ~
フィリピンに残って、マニラからシンガポールへ行ったほうが近いような気もするのだが・・・(笑)
益々無茶だよなぁ~
とにかく行くことは行くけど・・・・
体力をつける努力をせねばなるまい!
だいたい、毎日パソコンの前に座っているというのはマズイ。

日記 | 15:58:13 | Trackback(0) | Comments(0)
風邪が移った!
何たることぞ!
喉の調子がわるい。咳は出ないが鼻水が出る。
少々寒気もするし、何となく熱っぽい気もする。
ありゃぁ~!
やっちゃったか!
親父の風邪が移ったか!(笑)
参ったなぁ~
来週から海外旅行だっていうのに・・・・
何とタイミングの悪いことか。

パソコンも調子が悪けりゃ、持ち主も調子が悪いとは・・・
これ・・・天罰じゃないよね?(笑)

とにかく風邪薬を飲んで治すしかない。
病院なんかに行っている暇はない!(笑)

日記 | 14:29:09 | Trackback(0) | Comments(0)
パソコン故障寸前?
拙者のパソコンの容量が一杯になりつつあるので、“フクちゃん”に来てもらい新しいハードディスクに載せ替え作業をしてもらう。
これで容量が軽く今までの4倍になるはずなのだが・・・
ハードディスクをコピーして、あとわずか47秒というところで何故かそれ以上作業が進まない。
待てど暮らせど・・・・動かない!
1時間たっても終わらない。
あれ?
どうしたのかな~(笑)

“フクちゃん”曰く。
「ハードディスクに異常がありそう・・・・やばい・・・」
はぁ?
今まで特に問題もなく動いてたんだけど・・・
「壊れる寸前じゃないかなぁ~・・・・これ」
へぇ?
何のことやらわからんが、どこかに異常があるんでしょうね。
コピーが止まっちゃったんだから・・・(笑)

ハードディスクを交換するっていうのは、いいタイミングだったかも。
壊れてからじゃ困るもんね。
しかし・・・コピーができないとなると・・・どうすりゃいいわけ?
「全部新しいのに載せ替えたほうが間違いないねぇ」
コピーでは壊れているソフトだか、データーだかもコピーされちゃうので駄目とのこと。
まぁ、そりゃそうだ・・・

ということで、かなり大掛かりな話になってしまったので、作業は次回に延期。
とりあえず、今のまま、騙し騙し使うこととする。
運がいいのか悪いのか・・・・
こういう場合は、運がよかったと思うべし!(笑)

日記 | 02:45:04 | Trackback(0) | Comments(0)
髪が薄い!
さて、10日には『騎兵第15連隊将校団』の総会に出席する。
三笠宮殿下、妃殿下にお会いするから・・・・
少しは小奇麗にならねば・・・
というわけで・・・床屋さんに行くことにする。
しかし、よくよく考えてみれば、拙者は毎日が日曜日。
何も好き好んで客で混んでいる日曜日に床屋に行く必要はないのだが・・・
習慣とは恐ろしい。
日曜にならないと床屋さんに行くことを思いつかない。

鏡の前に座って髪を濡らされた我が身を見ると・・・・あれ?
随分、頭が薄くなっているではないか?(笑)
地肌が見えるではないか?
「そうですねぇ~ずいぶん髪の毛が後退しましたよね」といとも簡単に床屋の“お兄ちゃん”が言う。
何たることぞ!
「おい、これからの床屋は、髪を切るだけじゃ駄目だぞ!これからは髪を増やすことも考えろ!」
「そんな無茶なぁ~」
この“お兄ちゃん”は実は拙者が大学生時代に教育実習で社会科を教えた“教え子”
当時、彼は中学生。
拙者の担任のクラスではなかったので、1~2回くらいしか教えてはいないけど・・・
“教え子”といえば“教え子”
今では結婚して3人の子持ちのパパさん。

そういうわけで、散々無茶を言っていじめたが・・・
だからといって髪の毛が増えるわけじゃない。
参ったなぁ~
昔は髪の毛が太くてゴワゴワしていたというのに・・・
いつの間にか髪の毛は細くなり薄くなっている。
何でだろう?
ストレスか?
それとも睡眠不足か?
タバコの吸いすぎか?
食生活が悪いのか?
栄養不足か?
親父は薄くないんだから・・・・遺伝じゃないよな?

以前から髪の毛が後退しつつあるとは思っていたが・・・
なんとなく急に後退進度が早まったような・・・(笑)
参ったなぁ~
こういうつまらないことでは悩みたくないんだがなぁ~

日記 | 02:47:43 | Trackback(0) | Comments(0)
親父ダウン!
親父:「どうも喉の調子がおかしいんだよなぁ~ムズムズするんだよなぁ~」
拙者:「ん?それ、風邪じゃない?風邪声だけど・・・」
親父:「いやぁ~歯医者にかかっているから、入れ歯をいじったのが原因じゃないかと思うんだよなぁ~」
拙者:「でも、その声は風邪声だよ」
親父:「咳も出るしなぁ~鼻水も出るんだよなぁ~・・・おかしいんだよなぁ~」
拙者:「だ・か・ら・・・風邪だって言ってるでしょ!」
親父:「そうかなぁ~歯医者のせいじゃないかと思うんだよな~」

おい、おい・・・
モ~ッ・・・イライラするんだよねぇ~(笑)
どこから見たって風邪だろうよ!
親父の面倒を見るのも大変だ。
というわけで・・・風邪薬を飲ませたが・・・・

ついに寝込んでしまった。
夕食も食べられないと言う。
少しでも何か食べないと駄目だぞ・・・・と言ったら・・・
柿を食べたら体調がおかしくなったと言う。
おい、おい、そんな消化の悪いものを食べちゃったの?
いつの間に?
何個?
参ったなぁ~

頼むよぉ~親父・・・・
しっかりしてくれよ~(笑)

日記 | 02:43:38 | Trackback(0) | Comments(0)
母の携帯電話
以前から多少気にはしていたのだが・・・・
母の携帯電話・・・・
解約していない・・・・

さすがに母が亡くなって3ヶ月ちかく経つ。
その間、無駄に基本料金を払い続けているのだから、もったいないといえばもったいない。
しかも、拙者のも親父の携帯も母の携帯も・・・全て拙者が支払っているのであるから・・・・
もったいない!(笑)

やっぱり解約するかぁ~
ようやく重い腰を上げて解約に行く。
拙者はすっかり忘れていたのだが、この携帯電話は拙者の名義で母に買い与えていたものらしい。(笑)
ということで、解約は意外にもあっさりと完了!
これが母の名義だと証明書類等を用意しなくちゃならないそうだが・・・
解約する本人が来店ということで、運転免許証の提示だけで済んでしまった。
しかも、母の電話にもし誰からかかかってきた時は、別の電話番号にかけなおすようにとのメッセージを流すサービスもあるという。
なぁ~んだ、それならもっと早く解約しておけばよかった・・・・(笑)
今更、母に電話をかけてくる人はいないだろうが、一応、このメッセージサービスをお願いする。
電話機自体も返す必要はないとのことなので、そのまま持ち帰る。
また電話を使いたくなったら別の番号が振られて再び使用できるようになるんだとか。
へぇ~そうなんだ~
無知とは本当に恐ろしい。(笑)

ついでに・・・
店の女の子に拙者の携帯の海外での使用方法を教えてもらう。
今度、中国に行くからねぇ~
まぁ、砂漠地帯で携帯が使えるのかどうかは知らないけど・・・(笑)
一応、使い方と設定内容の確認をしてもらう。
拙者が中国から日本へ電話をかけると拙者の支払となるのはわかるが、日本からかかってきた場合は、かけた相手は国内通話料のみがかかって、海外通話部分は受ける側の拙者の支払になるのだそうだ。
ゲゲッ!そりゃぁヤバイ!
「中国?またぁ~嘘でしょ?本当はどこ?はぁ?またまた嘘ついてぇ~」なんて長々と話されたら・・・・かなりの料金を拙者が払うことになってしまう。
こんな迷惑な話はない!(笑)
ということで、海外にいることがわかるメッセージを流す設定をしてもらう。(笑)
図らずも自分の携帯の用件も済ませる事が出来た。
まぁ、海外で携帯を使うことは無いとは思うが・・・(笑)

日記 | 02:57:01 | Trackback(0) | Comments(0)
ガダルカナル島
今日、『福岡ホニアラ会』から手紙が届く。
「ホニアラ会って何だ?」と親父。
「歩兵第124連隊の遺族会!」と拙者。
親父は唖然・・・・(笑)

以前、ある方からメールを頂いた。
ガダルカナル島で戦った米兵が持ち帰った日本軍の遺品の持ち主を探すのに協力してくれとのことだった。
遺品は「週番将校用の襷」
これは個人の遺品ではなく部隊の所有物である。
わずかな手がかりと拙者の推理で「多分この部隊の物でしょう」という回答をお送りした。
その後、遺族会にも確認をしたらしく、間違いないということで、無事に返還され、今は自衛隊の久留米駐屯地資料館に展示されている。

そういういきさつが縁となり、春に予定しているガダルカナル島の遺骨収集に誘われたのだが・・・・
その後計画が変更され、そのまま音信不通となっていた。
どうなったのかなぁ~と思っていた矢先に手紙が届いた。
ようやく計画が決まったらしい。
改めてのお誘いの案内だった。
この遺族会は他の会同様、実質解散しており、事務局長さんが一人で運用しているようである。
それで調整等に苦労をされていたのだろう。

計画では来年の1月から2月にかけて・・・ということらしい。
「遺骨収集団」は1月31日出発の11日間。
「慰霊巡拝団」は2月4日出発の7日間。
さて、遺族でもなく、関係者でもない拙者はどちらに参加すべきか・・・
「遺骨収集団」は先立って現地入りし、遺骨を収集して後から来る「慰霊巡拝団」をお迎えするらしい。
昨年の資料では、厚生労働省の役人2名、全国ソロモン会1名、福岡ホニアラ会2名、大学生1名の合計6名で遺骨収集をしたらしい。
今年は何名になるのかは知らないが・・・
昨年参加した“若い人”は大学生1名か・・・
そうなると、少しでも若い拙者が遺骨収集団に加わったほうがいいだろうなぁ~(笑)
それが筋っていうものだろう。
役に立つかどうか・・・下手すると足手まといにならないとも限らないが・・・
少しでもお手伝いすることが出来れば、そのほうがいいだろう。
しかし・・・11日間かぁ~
長いなぁ~(笑)

考えてみると、会社があった頃では、こんなに長く会社を留守にすることは出来なかった。
今は自由の身!
それで行かないなんて言ったらバチが当たるぞ!
行かねばなるまい!(笑)
近日中にお返事を書かねば・・・・

日記 | 01:56:25 | Trackback(0) | Comments(0)
買っちゃった~
一昨日、“ウメちゃん”と夕食を一緒に食べた時、彼が日中、ふと中学時代の恩師を思い出したのだと言う。
その恩師はバスケット部の顧問の先生で、37歳で突然亡くなったのだと言う。
もう30年近く墓参りに行っていないとか。
その恩師の命日が明日なのを突然思い出したのだそうだ。
「そりゃ、先生が呼んでいるんだろ?いいかげんもう会いに来いって・・・」

というわけで・・・行くべきかどうか迷う“ウメちゃん”に無理やり墓参りに行くことを勧め、拙者も同行することとした。
夕方4時・・・・仕事を早目に切上げてもらい、お線香等を準備して拙者がお迎えに上がる。
もう、こうなると墓参りの押し売り!(笑)

問題は、彼の記憶がおぼろということ。
なにせ30年近く前に墓参りに行ったのが最後だという。
友人に寺の名前だけは教えてもらったというので・・・
多分あの当たりの寺だろうということで、適当に見当をつけて隣の市の高萩市へ行ってみる。
案の定、30年近くも経てば、当時はなかった道路が走り、景色も変わっている。
しかし、無事に一発でお寺を見つけた!
拙者は方向音痴のはずなのだが・・・不思議なことに無事到着!

次の問題は・・・お墓の場所。
彼は全く思い出せないというから困った。
どうすんのぉ~
住職の奥さんに尋ねたら偶然にもその先生の苗字のお墓は一つしかないという。
おお!それだ!それだ!
というわけで・・・無事にお墓参り完了!
拙者はこの先生とは一面識もないがお線香をあげさせていただく。

さて、この後、“ウメちゃん”は、わが町の生涯学習センターで県北のPTAの会議に出席。
「2時間ぐらい待たせるようなんだけど・・・」としきりに恐縮されたが、なんの、なんの・・・
どうせ家にいたってテレビを見てるかパソコンをいじっているだけ。
そうそう家に籠もっていても仕方があるまい。
人間・・・外部からの刺激を受けねば成長はない。
彼が会議中、またまた隣りの市に戻り、「ブックオフ」で古書を眺め時間つぶし。
あっという間に1時間半が過ぎる。
しかも・・・やっちゃった!
いつもの衝動買い!
古書を7冊。
読むより買うほうが多いので、どんどん本がたまり部屋の中は本だらけ!(笑)
やっちゃったなぁ~
悪い虫が騒いじゃったなぁ~(笑)

午後9時、彼を迎えに行き、遅い夕食を一緒に取る。
一昨日も夕食をご馳走になったのだが、今回もまたご馳走になってしまった!
申し訳なし。ありがたし!

それにしても、今日は充実した~
“ウメちゃん”も久しぶりに先生のお墓参りが出来て喜んでくれたし・・・
めでたし、めでたし・・・

日記 | 23:25:49 | Trackback(0) | Comments(0)
遅延利息?
先日、銀行の通帳を記帳したところ、N保険会社から90,088円が振り込まれていた。
あれ?
何だろうか・・・このお金。
既に死亡保険金は受け取っているのだが・・・
88円という端数・・・一体、何?

今日、その理由がわかった。
先方から『お支払明細書』が郵送されてきた。
このお金は入院給付金だった。
しかし、この88円、何かと思ったら・・・
遅延利息だと書いてある。
何が遅延したのかよくわからないのだが・・・(笑)
どうも請求書を作成した日から支払われるまでに6日間遅延したので、遅延利息が88円付いたらしい。
はぁ?
だいたい請求書を出してすぐに支払われるとは思ってないんですけど・・・
1週間ぐらいはかかるのは普通だと思うんだけど・・・
へぇ~変に几帳面なんだねぇ~

日記 | 19:14:30 | Trackback(0) | Comments(0)
民営郵政
今日は郵便物を出しに近くの郵便局に行く。
茨城県内には普通郵便局が37、特定郵便局が428、簡易郵便局が56ある。
そのうちの近所の特定郵便局に行く。
そういえば・・・昨日、郵便局は民営化されたんだっけ。
だから、わざわざ見に行ったわけではないが・・・

郵便局のガードマンが「あっ!民営化して初めて来たんですか!」とニヤニヤしながら話しかけてきた。
なんだよぉ~その嬉しそうな顔!
何が面白いんだ?
拙者はこのガードマンとよく挨拶を交わすので顔なじみなのだが・・・
何をニヤニヤしているのか・・・
拙者が腰を抜かすほど内部が変わっているのか?

中に入って郵便物を頼んだが・・・
いつもの通り。
別に変わった事はない。
まぁ、郵便物を出すだけなんだから・・・そりゃそうかぁ。
見知らぬ局員が一人いただけ。
あとは・・・『JP郵便局』と書かれたオレンジ色のシールがあちこちに貼られているだけのこと。

しかし・・・『局』と書いてあると、どうしても公的な気がしてならない。
本当に民営化されたのか?
民営なら『店』にしたほうがいいんじゃないか?
でも、『郵便店』では間抜けか?

日記 | 09:45:01 | Trackback(0) | Comments(0)
タイミング悪~い
今日は雨・・・
お天気が悪いと何もする気が起きません。
というわけで・・・またもや自堕落な一日。

夕方、さすがに買い物に行かねば・・・と思い、スーパーへ・・・
“食欲の秋”に突入か?
それとも“冬眠”の準備か?
やたらと食欲が湧き、いつもより大目に買い物をしてしまった!
さぁ、帰ろうかな・・・という時に携帯に電話。
水戸藩士の“シミズ君”
なんと夕食のお誘い!
あ~!もう買っちゃったよ~!
なんとも残念!
よりによって買いすぎてしまったから・・・これを無駄には出来ないし・・・
う~ん、なんというバッドタイミング!
残念至極である。
折角誘ってくれたのに申し訳なし!
カレンダーを見たら・・・今日は・・・仏滅だ!(笑)
やっぱり・・・・

日記 | 20:33:28 | Trackback(0) | Comments(0)
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