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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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海軍の逸材・堀悌吉
海軍の逸材 堀悌吉―海軍良識派提督の生涯 (光人社NF文庫) 海軍の逸材 堀悌吉―海軍良識派提督の生涯 (光人社NF文庫)
宮野 澄 (1996/03)
光人社

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堀悌吉・・・・日本海軍の良識派軍人である。
山本五十六の親友。
22歳の時に日本海海戦に従軍。
30歳でフランスに駐在している。
3年間のパリ駐在中、軍事学ばかりではなく、語学をはじめ社会的教養も深める努力をしている。
この時の学習で「常識を離れて兵術はない」との信念を抱くようになったという。

ある時、同僚から「貴様は、大分県でなければ(堀は大分県出身)、すぐに世界のことを話題にする。決して国のためというようなことを口にしないな」と詰問された時、堀は「国の方針というのは、世界の平和、全人類の幸福に沿うものでなくてはいけない。また国内では大分県や各県の人達の幸福増進こそ大切である。この点をはずして、国家の行く道は存在しない。物事は具体的に考えなければならない。国家のためというのは、大分県のためと世界のためとを併せているのだ」と答えている。
う~ん、現在の政治家や官僚に聞かせてやりたい言葉である。

昭和9年、51歳、海軍中将。
軍縮を強く主張し、不戦を言い続け、「戦争罪悪論」をぶち上げたため、堀は海軍から追われる。予備役編入である。
堀以外にも山梨勝之進大将、左近司政三中将、寺島健中将など“良識派”が「好ましからざる人物」として海軍を追放されている。
この追放を画策したのは加藤寛治を中心とする軍縮反対派で、敢行したのは海軍軍令部次長の高橋三吉であるという。
この“良識派”が、このまま海軍に留まっていたなら、その後の日本の流れは少しは違ったんじゃないかという気がしてならない。
仮に日米開戦が避けられなかったとしても・・・・である。

海軍を追われた堀は、その後、海軍の推薦で日本飛行機株式会社の社長に就任する。
軍人から実業家への転身だが・・・・
よりによって軍事産業である。
国防以上の軍備は必要ないとする軍縮賛成派、不戦派の堀にとっては皮肉な運命。
その後、浦賀船渠の社長に就任し、駆逐艦などを建造することになる。
終戦後、当面の処置が一段落した時点で堀は社長を辞任する。
理由は、自分が海軍から推薦されて社長に就任した天下りであり、海軍が解体した今、海軍の用務は無くなったのだから、社長を辞めるのが筋だというもの。
64歳。
なんという潔さか。
現代の天下り官僚とは出来が違う。

昭和34年、胃癌で死す。
76歳。
山梨勝之進は堀の墓碑に『君は明哲、清真、頸直、気節高く、西欧文化にも通暁し、文武兼備の偉人であった』と刻んでいる。
こういう人がずっと海軍に残っていたなら・・・と又もや思ってしまう。
なんとも残念。
拙者も、こういう人になりたい。
死後、人からこういう評価を得るような人になりたい。
・・・とは思うが・・・今更、遅いかぁ~
所詮、出来が違うからなぁ~

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読書 | 17:00:53 | Trackback(0) | Comments(0)
ボケ老人
昨日は例の如くホテルに泊まって息抜き!(笑)
帰ろうと思えば帰れるが・・・・もったいない!

朝、目が覚めたら外は雨。
どこかブラブラとしてから帰ろうかと思っていたが、雨の中を歩くんじゃつまらない。
早々と帰宅する。

時々はパソコンの前から離れるというのはいいことだと思うのだが・・・
たった一晩留守にしていただけで300通近くメールが届いている。
その99%はどうでもいいメールである。
迷惑千万なり。

昨日は残暑で暑かったが、今日は一転して肌寒い。
「おい、今日は寒いのか?」と親父が聞いてきた。
はぁ?
どうも体調がすぐれないという。
寒気がするのだという。
あのねぇ~・・・・・
今日は肌寒いっていうのに半袖じゃ当然でしょ?
「おお、そうか~やっぱり今日は寒いのかぁ!俺は体がおかしくなったのかと思っていたが・・・じゃぁ、大丈夫だな」
薄着をして寒気がするなんて言うようじゃ遂にボケたか親父殿。(笑)

日記 | 16:50:02 | Trackback(0) | Comments(0)
横浜の病院へ行く
幸いにも二日酔いにもならず目が覚める。
今日は横浜の病院に行き痔の診断をしてもらう日。
地元の“あの病院”はどうも信頼できない。
手術なんてもってのほか!(笑)
どうせ手術をするなら、もう少しましな病院へ行かねば・・・
義弟に相談して教えてもらった病院がこの病院。
病状を再確認せねば!

事前に義弟から『診療情報提供書』なる紹介状を送っておいてもらう。
義弟の話では紹介状はないよりあったほうがいいとのこと。
お手数をおかけして申し訳なし。
たかが痔なのだが・・・されど痔なのだ。

午後1時に病院に到着。
専門病院ということもあって患者さんが結構来ていた。
診察時間は3時までなので、あと2時間しかないのだが・・・
これで拙者の診察順番が廻ってくるのだろうか?
とおもったが・・・意外にも初診なのにテキパキと進む。
身内に医者がいるからというわけでもなさそうである。
特別扱いされていない。
ちゃんと順番どおり。
へぇ~・・・この処理の速さは何?

あっという間に診察の順番が廻ってくる。
病状を確認してもらったら、やっぱり“痔ろう”とのこと。
念のため血液検査と超音波検査をすることとなる。
手術は必要で入院期間は念のため10日間。
なるほど・・・
この先生・・・大学時代に拙者の近所の病院で研修医をしていたという。
なんという偶然!
世の中は狭い。


検査は検査室へ移動して別の人が担当。
だから診察がスムーズなのか?
超音波検査は何やら検査器を肛門の中に少し突っ込んで検査する。
肛門の入り口がチョット痛いんだよねぇ~(笑)
こちらからは見えないのだが・・・
どうもこの器具は太いんじゃないか?(笑)
これをグリグリと何やら回している感じがする。
で・・・結果は・・・・
予想通り間違いなく“痔ろう”!
浅い位置に管が形成されているようで、ごく普通の“痔ろう”とのこと。
この担当者(先生?)から内視鏡検査についての説明を受ける。
「自分でもその様子を見られますかね?」と尋ねたら・・・
「見てもわからないでしょ!」と一言。
カチ~ン!
この野郎・・・生意気な!
拙者はこう見えても自分の胃のレントゲン写真を見て胃潰瘍を見つけたし、10年前に胃カメラを飲んだ時も内視鏡検査で自分の腸の中を見た時も、自分で異常がないのを確認した男ぞ!
なめんじゃねぇよ!
医学部出てなくてもわかるものはわかるんだよ!
・・・・と言ってやろうかと思ったが・・・我慢、我慢。(笑)
しかし・・・ムカつくなぁ~このガキ!
母が死んでから、こう言っては失礼だが、医療関係者の口のききかたや態度に敏感になり、すぐにムカッと来るんだよね。

続いて血圧測定と血液検査。
何やら感染症を調べるとか何とか言っていたけど・・・・
よく聞いてなかった・・・(笑)
あっ!・・・血液検査・・・
昨晩、酒を飲んじゃったんだけど・・・まぁ~いいかぁ~(笑)

で・・・看護婦が「それじゃ、後は会計を済ませてお帰りいただいて結構です」と言う。
はぁ?これだけ?今後のことはどうなるの?
まもなく、今、手術中の院長先生が診察するので待てとのこと。
気が付くと午後4時。
待合室には誰もいない・・・・
へぇ~あれほどいた患者さん・・・みんな終ったの?
すげぇ~

院長先生に再度診察していただき、手術の話を伺う。
現在、痛みも何もないのなら極端な話、手術は来年でもいいという。
へぇ~そんなもんで大丈夫?
「で・・・次回はいつ来ればいいのでしょうか?」
「症状が悪化したらでいいですよ」
はぁ?そんな呑気なことでいのか?
「それじゃ・・・」ということで診察終了。
「じゃぁ、会計をして帰っていいですよ」と看護婦。
「あのぉ~入院の予約をしなくていいんですか?」
またまた先生のところへ走ってもらい確認してもらう。
「じゃぁ、入院の予約をカウンターでしてきてください」
でしょ?そうでしょ?ここで帰ったら何しに来たかわからないじゃない?

「9月は混んでいるんですけど・・・」と担当者。
「いえ、いえ、拙者は忙しいので10日間も入院できるのは12月になってから!(笑)」
というわけで・・・12月5日に入院する予約をする。
病室は10人部屋、4人部屋、2人部屋、個室、特別室とあるという。
「10人部屋は差額ベット代がかかりませんが・・・どうします?」とのこと。
へっ?10人部屋?
部屋にはそれぞれトイレが付いているらしいが・・・
ちょっと“人口密度”が高すぎる!(笑)
かといって、個室じゃ高いしなぁ~
2人部屋じゃ何か息苦しそうだしなぁ~
というわけで無難な4人部屋を予約。
ただし・・・いびきをかく人は個室にしてもらうとのこと。
う~ん・・・それ、微妙だなぁ~(笑)
「いびきはひどいんですか?」って聞かれても・・・自分じゃわからない!(笑)
こういうときは独身って不便だなぁ~
妻がいればねぇ~いびきがひどいかどうか聞けるんだけど・・・(笑)
一人で寝てるからわからん!
同室の患者さんからクレームが出たら個室に引っ越せばいいかぁ~

会計を済ませ、薬局へ行き薬を購入。
実は院長先生に無理を言って抗生物質を処方してもらったのだ。(笑)
なにせ、10月に6日間も中国に行くのである。
この時に症状が悪化したら大変だからね~
念のため抗生物質をもらっておけば何とかなるだろう?

これで、痔の治療の件は一件落着だな。
あとは・・・12月まで痔が悪くならないことを祈るのみ!(笑)

日記 | 22:54:02 | Trackback(0) | Comments(0)
飲み会
昨日、少し真面目に動いて充実した日を送ったにも関わらず、今日はゴロゴロ・・・・(笑)
パソコンをいじっている間に一日が終りそうになる。
これではイカン!

役所に行き拙者と親父の印鑑証明書を取ってくる。
実は、まだ母の死亡保険金請求をしていないものがあるのだ。
一気にやればいいものを・・・・
生来の怠け者。
ボチボチ・・・とやっているので、遅々として進まない。(笑)
息子がこれじゃ母も安心して成仏できないか?
まぁ~いいかぁ~(笑)

今晩は“キタミさん”と『たった二人の飲み会』!
いつものパターン。
しかし・・・・実は明日は横浜の病院へ痔の診察をしてもらいに行く予定なのであるが・・・
う~ん・・・前日に酒なんぞを飲んでいいのだろうか?
まぁ~いいかぁ~(笑)
今回はいつもより少し早目に帰ろうなんて思っていたのだが、結局帰宅は午前2時。
いつもより30分ぐらい早かっただけ・・・
やっちゃったぁ~(笑)
まぁ、楽しくおしゃべりが出来たんだから、良しとしよう!
痔?どうでもいいやぁ~(笑)

日記 | 15:43:00 | Trackback(0) | Comments(0)
今日は充実!
午前、“キタミ先生”のところで歯の掃除!
今回で歯の手入れは完了!
外に出たついでに昼食は喫茶店で食べることにする。
文庫本を読みながら食事が運ばれてくるのを待っていたら・・・
ん?
匂う・・・
母の匂いだ・・・
本から目を離し・・・目の前の席を見る。
どうしても目の前の席に母が座っているような気がする。
何の用でしょ?
ちゃんとまともな食事をしているかどうか見に来のか?

午後、郵便局へ行き『騎兵第15連隊将校団』の会費を振込む。
年会費と10月10日開催の総会費。
毎回、母と伯母・叔母を誘ってみんなで出席するのだが・・・
今回の総会も母は楽しみにしていたが果せず。
伯母たちも、母が一緒じゃないのが辛いので今回は辞退。
拙者も多少辛いのであるが・・・・ここで欠席しては来年はどうなるかわからぬ90歳代の会合。
1回でも多く皆様にお会いせねば・・・・ということで、一人でも出席することにする。
でも・・・・これ、つらいなぁ~

続いて銀行へ行き、入出金・送金・記帳等の細々とした処理をする。
ちょうど支店長に声をかけられ奥でコーヒーを飲みながら雑談。
「ちょっと痩せたんじゃないか?5キロくらいかな?」
さすがは支店長!大当たり!
「ぴったり5キロ痩せました!(笑)」
特別なダイエットなんかしてないけど・・・・毎日粗末な食事をしていますからねぇ~(笑)

夜は“ウメちゃん”と一緒に外食し雑談。
今日は何と充実した一日であろうか。
幸せ、幸せ。

日記 | 14:40:44 | Trackback(0) | Comments(0)
最後の紅茶
生前、母が買っておいてくれた紅茶が遂に切れた・・・・
我が家で紅茶を飲むのは拙者だけ。
拙者のために買っておいてくれた紅茶。
チビチビとつないできたが・・・・
遂に今日で終り。
これでまた母の思い出が一つ消えてしまった・・・

日記 | 14:35:47 | Trackback(0) | Comments(0)
母に怒られた!
今日は午前中に母の姉と妹がお線香を上げに来てくれた。
叔母が手作りの“お蒸かし”を持ってきてくれた。
「お昼にお父さんと一緒に食べてね」
ありがたし!
実は拙者は“もち米系”は苦手で、一口食べればもう結構・・・なのだが、何故か叔母ちゃんの作った“お蒸かし”だけはいくらでも食べられるのである。

11時半過ぎに叔母たちが帰っていったので、少し経ってからお昼にしようと思ったら・・・・早くも親父は先にお昼を食べている。
親父とは少し時間をずらしてのお昼・・・「さぁ!食べるぞ!」
2口ほど食べたら・・・
ん?何かおかしい。
何かを感じる・・・
フッと母が口を尖らせて怒っている顔が浮んだので、思わず吹き出して笑ってしまった。
「いけねぇ!仏壇に“お蒸かし”をあげるのを忘れてた!」
母に“お蒸かし”をあげずに先に食べちゃった!(笑)
「おお、そうだ、俺も自分の事ばかり先に考え食べてしまったが・・・そうだよなぁ~お母さんのことを忘れていた」と今頃になって親父も気づく。
なんと呑気な親父だろうか・・・・
親父はとうに食事を終えている。(笑)
急ぎ仏壇に“おすそ分け”
ごめん、ごめん、忘れていたわけじゃない・・・・といってもダメかぁ~(笑)

日記 | 00:25:25 | Trackback(0) | Comments(0)
夜の風呂掃除
夕食のとき・・・・
「風呂が黒ずんできたんだよなぁ~あれ、どうにかならんか?」と突然親父が言い出した。
ん?しばらく掃除してないから汚れてきたんだろ?
仕方がない・・・やるかぁ~
食後、バスタブを掃除する。
(こういう場合は「磨く」って言うのか?)
しかし・・・食後すぐの風呂掃除ってキツイ。
無理な姿勢でゴシゴシ洗うものだから、腹が苦しくなって食べたものを戻しそうになる。(笑)
こういうことは食後にやるもんじゃねぇなぁ~(笑)

さて・・・その後・・・
親父が風呂から上がった後、しばらく後に拙者が風呂に行ったら・・・
あれ?
バスタブに湯が張ってない!
なんと!親父はシャワーだけを浴びたと言う。
なんだよぉ~それ・・・
折角、バスタブを綺麗に洗ったっていうのに・・・・
考えられねぇ行動をするんだよなぁ~
どういう神経をしているんだろうか?
こんなことなら、なにも夕食後一生懸命掃除する必要なかったジャン!
あ~損した!

日記 | 19:44:46 | Trackback(0) | Comments(0)
ダラダラ・・・
今日は嘘のように暑い!
もう9月も後半だというのに・・・・とにかく暑い!
何もやる気が起こらな~い。
というわけで・・・一日中ゴロゴロ。

とは言うものの、夕食の買い物に行かぬわけにはいかぬ。
親父を餓死させたら何を言われるかわかったもんじゃない。(笑)

夕方、ボチボチと買い物に出かけて帰宅したら・・・
あれ?駐車場にバイクが・・・・
ゲゲッ!弟が来ている!
参ったなぁ~
夕食は一人分しか買って来ていない!
2年前に胃癌で胃を取った親父が1/3
健康な拙者が2/3・・・ということで一人分。
二人分となると余ってしまうので、いつもこの分量なのだが・・・
参ったなぁ~
来るなら来ると事前に言ってくれりゃいいのになぁ~
こういうところが末っ子の気楽なところ。
結局・・・1匹の魚を3人でつっつくこととなる。
なんとも粗末で貧しい夕食となってしまったが・・・・
これで、ちゃぶ台と裸電球が揃ったら最高のシチュエーション!(笑)
これもまた良かろう。

日記 | 19:26:30 | Trackback(0) | Comments(0)
虚空藏
虚空藏―フィリッピン決戰余譚 虚空藏―フィリッピン決戰余譚
野村 良平 (2007/07)
日本図書刊行会

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著者は、『戦車第二師団の会』の元会員。
母が亡くなる直前に筆者から直接お送りいただいた本。
筆者のフィリピンでの体験が小説仕立てで書かれている。
拙者の祖父が戦っていたサラクサク峠の描写もあり感無量。
実際に現地を歩いた拙者としては、その風景が目に浮ぶ。
拙者が行ったことのない陣地の描写を読むにつけ、あのあたりだろうか、それとも、もうちょっとあっちのほうだろうか・・・
などと思いをめぐらして読んでしまうのでなかなか先に進まぬ。

あ~また、あの山に行きたいなぁ~
今度はいつ行こうかなぁ~

読書 | 19:37:01 | Trackback(0) | Comments(0)
ドジった!
ん?今日は・・・21日?
あれ?
20日支払の振込依頼書を銀行から受け取った記憶が無い!
ありゃ~・・・やっちまった!
いつもだと15日頃までには振込依頼書を受け取って、振り込み金額を記入して19日までに銀行員に渡すのだが・・・
そういえば・・・今月は何もしていない!
こりゃ、大変だ!
支払が遅れちまった!
急ぎ銀行へ電話して担当者に来てもらう。
彼が言うには、振込依頼書を探したが、どこにもないとのこと。
かといって、拙者に渡したのかどうかも憶えていないという。
当然・・・拙者は受け取った覚えはない。
とりあえず、1日遅れの振込みとなるが・・・まぁ、仕方がない。

ただ・・・
お母さんが経理をしていたときはきちんとしていたのに、息子さんになったら遅れるようになった・・・と言われちゃうだろうなぁ~
恰好つかねぇなぁ~

しかし、これは銀行員だけを責める事は出来まい。
基本的に拙者がちゃんと覚えていて、用紙が来なければ催促しなくちゃならなかったんだから・・・

1ヶ月が過ぎるのが早いということもあるが・・・・
気が緩んでいるんだなぁ~
来月は忘れないようにせねば!

日記 | 19:19:25 | Trackback(0) | Comments(0)
税務研修
今日はお昼から『法人会青年部』の理事会。
ホテルの会議室で昼食をいただきながらの会議。
案件はいくつもあるが・・・
困ったのは、『県連』の20周年記念事業のソフトボール大会!
どこの誰がこんなことを考えたのか・・・(笑)
我が『日立法人会』からも1チーム出したいとのことだが・・・
拙者は無理なり!
だって・・・バットを振っても当たらないし・・・ボールは取れないし・・・
かなりの運動音痴なのだ!(笑)
大学時代はアメリカンフットボールの選手だったけど・・・・
ボールを使うスポーツはアメフト以外できないもん!(笑)
野球もサッカーもバレーもドッジボールも・・・・全部無理!
どうする・・・????

次は“忘年会”の打ち合わせ。
もう、忘年会の予定を決めねばならぬとは、1年って早いもんだぁ~
「それぞれ都合のいい日を言ってください」と部会長。
「あ、とりあえず・・・重兵衛殿にもお尋ねしましょうか」とニヤリ。
拙者は・・・毎日が日曜日であります!
爆笑!
昼間は忘年ゴルフコンペ、夜は懇親会、『五浦観光ホテル』の特別室に宿泊して・・・という段取り。
えっ・・・ゴルフ・・・やるのぉ~(笑)
参ったなぁ~、もう何年もゴルフなんかやっていないんだけど・・・

続いて、『全国青年の集い』
今年は愛媛県の松山で開催される。
我が法人会からは拙者を含めて3名しか参加しない。
誰も行こうとしてくれないのだ・・・・・
拙者は広報委員長だから、現地に行って“証拠写真”を撮ってこなければならない。
しかも、式典後の有志による懇親会は今年は我が法人会の担当。
参加者が部会長、副部会長、広報委員長の拙者となると・・・・
格付けからして・・・・
拙者一人で受付とかをするようかなぁ~(笑)
え~ん・・・委員長なのに一番下っ端とは・・・・(笑)

理事会修了後、今度は青年部会・婦人部会合同の税務研修会に出席。
母の葬儀に参列してくださった婦人部会長を始めとする会員の方々とご挨拶する。
税務研修の講師は新任の税務署長。
あれ?いつの間に署長が変わったの?
講演の内容は、国際的租税回避や国際課税体系等の話。
とにかく話のスケールが大きいので、田舎の中小企業の経営者には雲の上のような話だが・・・・
この新任署長さんは国税局で国際租税を担当していたという。
だから・・・得意の話は国際租税ということになる。
まぁ~それじゃ、無理もないわぁ~(笑)

研修会後、今度青年部に入会するという女性会員を紹介され、名刺の交換となるが・・・・
よく考えると、拙者は自分の会社の名刺を持っていないのである。
会社は名前は残しているので、公式にはまだ会社はあるし、拙者は取締役ではあるが・・・
実質廃業しているんだから名刺など作っていな~い!(笑)
昔の名刺は全部捨てちゃった~(笑)
仕方がないから「法人会青年部広報委員長」の名刺を渡したが・・・
ん?これじゃ、拙者が何者かわからんか?
住所も電話番号もメールアドレスも事務局のもの。
ありゃ・・・これじゃ拙者とは連絡は取れないわ~(笑)
まぁ~いいかぁ~
『脱藩浪士・重兵衛』の名刺を渡すわけにはいかないもんなぁ~(笑)
肩書きがないというのは不便じゃのぉ~

日記 | 22:24:40 | Trackback(0) | Comments(0)
史跡めぐりデータ提出
ホテルをチェックアウトして急ぎ上野駅に。
いつものような“ぶらり旅”は今回も出来ない。
急ぎ帰宅せねば!

わが町の駅に降り立つと、偶然“ナバさん”に会う。
この人は、以前、部品商社に勤めいていた人。
本社の方針で営業所が縮小され、最終的には営業所は閉鎖となった。
その後、どうされているかと思っていたのだが・・・
偶然にも再会。
いやぁ~懐かしい!
お話によると、結局、縮小ではなく実質倒産だったという。
今は、別の会社で機械部品等の営業をしているという。
今までの経験が生かせる職に再就職されているのだからよかった。
この人は過去に何度も辛い経験をされているが、決して暗い顔を見せない、愚痴や泣き言も言わない、前向きの人。
さすがは“ナバさん”!復活している!
よかった、よかった。
本当はなかなか厳しい状況かも知れないが・・・
相変わらず明るい笑顔を見せてくれる。
さすがだ。
拙者の近況を話したら・・・
驚きとも呆れとも取れる反応。(笑)
そりゃそうだ、2年も定職に付かずブラブラしているんだから・・・(笑)
「それもいいかもね。昔の垢を落としてさぁ~」と言われ、またまた元気を頂く。
ありがたし。

さて、自宅に着き、昼食を食べ・・・
数日前から整理した『管内史跡めぐり』のデータを法人会事務局に提出せねば!(笑)
ずっとサボっていたからなぁ~
法人会の史跡巡りのブログが最後に更新されたのが今年の7月だからねぇ~
いやぁ~申し訳ない!
午後、帰宅して直ぐにデータを入れたメモリースティックを持って事務局に行く。

続いて、“キタミ先生”のところへ行き、歯の「お掃除」(笑)
次回、もう1回、お手入れをして完了しそうだ。
で・・・「いつ、飲みに行こうか」
次回の来院予定より飲みに行く予定が優先。
まずは、飲みに行く日を決めてから・・・それじゃ、いつ次回治療に来院しようか・・・ということになる。
このやり取りを聞いていた受付の女の子・・・・
「ん?」っと言う顔でチラリと拙者を睨む。
そんなぁ~怖い顔をしなくても・・・・いいじゃん?(笑)

日記 | 19:42:47 | Trackback(0) | Comments(0)
入院還付金受領
今日は東京!
大学病院へ行き、母の入院費の還付金を受け取りに行く。
この病院の勤務医の家族ということで「家族割引」が適用。
その割引分が還付金として払い戻される。
経理課へ行き、母の名前を伝えるだけでOK。
「あなたが、先生ですか?」
おい、おい、どう見ても拙者が医者には見えまい?(笑)
「いえ・・・」
金庫から封筒に入った還付金を受け取り、台帳にサインをして印鑑を押す。
はぁ?これだけでいいんですか?
拙者の身分の証明は?
意外にも、あまりうるさいことを言われなかったことに拍子抜けした。
還付金は3万円弱。
微妙な金額だ・・・
だって・・・特急列車に乗って来ちゃったんだもん!(笑)
どうして最初から入院費から割り引かないのか・・・
その理由は不明だが、入院期間がもっと短かったら、わざわざ受け取りに来ると赤字になる。
なかなか微妙なシステムだ。

この後は、上野で“カジさん”と待ち合わせ。
今回は“カジさん”が居合道の練習があるので今回はコーヒーを飲みながらの2時間ばかりの雑談。
夕食は次回ということになる。
忙しい中、お会いいただき申し訳なし。
楽しい一時を過ごし、いつものように上野に1泊。
やはり人とおしゃべりするというのは良いことだ。
気分が解れる。

ついでにホテルでもマッサージを呼び、体を解すが・・・
「五十肩ですねぇ・・・」と言われる。
拙者は、まだ40歳代なのだが・・・情けない・・・(笑)

日記 | 21:46:25 | Trackback(0) | Comments(0)
敬老の日
午前、妹と小4の姪が東京から電車に乗ってやって来た。
「敬老の日だし・・・忙しくてお彼岸に来れないかもしれないから・・・」と言う。
はぁ?敬老の日?
すっかり忘れていた・・・というか、全然気にもしていなかった。
敬老ねぇ~・・・あ~・・・親父かぁ~
確かに年寄りだぁ(笑)

一足早くお彼岸のお墓参りに行こうということになり、親父に留守番を頼み3人でお寺へ行く。
位牌堂の母の遺骨にお参り。
小4の姪が「他の人の位牌にもお参りする!」と言うので、誰彼関係なく、あっちこっちにお線香をあげてお参りする。(笑)

お参り後、住職夫妻と雑談。
母が亡くなってから姪っ子達がやたらと霊感が強くなってしまい、妹が苦労している。
母も強かった人だが、拙者も妹も霊感らしきものがある。
しかし、親父には全くないらしい。
ということは・・・・母の血だな・・・これは・・・・
「住職も見えたり、感じたりということがありますか?」
「いやぁ~私は全然感じないねぇ~」
あれ?意外だなぁ~
すかさず奥さんが「う~ん、修行が足りないんじゃない?」と突っ込みを入れた。
大爆笑!

子供というのは感受性が強いからねぇ~
見えてなくても、感じてなくても、「感じる!」って思い込む場合もあるだろう。
それを全面否定するのもマズイだろうし、かと言って、お前には霊感があると煽ることになってもマズイだろう。
どう対処すべきかと相談するつもりだったのだが・・・・
「何にも感じない」と言われちゃうと・・・・困ったなぁ~(笑)
仕方がない。
我々で何とか対処するしかないかぁ~

夕食の買い物に拙者と妹で出かけ、姪には親父の相手を頼む。
「おじいちゃんといろいろとおしゃべりしてるから!」と言っていたのだが・・・
帰ってから尋ねてみると・・・
「何もしゃべってないよ。一緒にテレビを見ていただけ・・・・」
ありゃ~
親父・・・孫とどう接していいかわからずダンマリを決め込んだな。
まぁ、いずれにせよ、おじいちゃんのお守りご苦労さん!

夕食後、妹たちは東京に帰って行った。
また静けさが戻る。
心なしか寂しいねぇ・・・・

日記 | 18:11:34 | Trackback(0) | Comments(0)
黒島亀人
連合艦隊作戦参謀黒島亀人―一国の命運を分けた山本五十六と黒島亀人 連合艦隊作戦参謀黒島亀人―一国の命運を分けた山本五十六と黒島亀人
小林 久三 (1996/04)
光人社

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連合艦隊作戦参謀・・・・黒島亀人・・・・
この人の名を知る人は少ない。
あの連合艦隊司令長官・山本五十六の懐刀。
山本五十六が連合艦隊司令長官になった時、戦略・戦術を考える先任参謀として黒島亀人を選んだ。
海軍でエリートコースを歩んだ人物は“石頭”であり、教科書通りの作戦しか立てられないだろうから、奇抜で斬新な作戦を立てられる人物として白羽の矢を立てたらしい。
黒島亀人が先任参謀に就任したことで可能となったのが『真珠湾攻撃』
“変人参謀”と揶揄される彼は、艦の自室に篭り、香を焚き、服も着替えず風呂にも入らず、時々裸で艦内をうろつくという奇行が目立つ人だったという。
その頭の中は作戦のことで一杯だったのだろう。
そのくらいの集中力で立てた『真珠湾攻撃作戦』は成功に終る。

続く『ミッドウェイ作戦』も黒島亀人の立案。
しかし、その緻密で複雑な作戦が裏目に出て、加えて現地の指揮のまずさのため大失敗。
虎の子の空母を一気に失うこととなる。
黒島亀人は作戦に凝り過ぎてしまったのではなかろうか?
部屋に篭り誰とも会わず作戦を立てるというのだから、指揮官の能力まで考えての作戦立案ではなかったのではないかと拙者は思うのである。
戦争は“人”が行うのである。
緻密で複雑な芸術的“作戦”を遂行することができるかどうかという指揮官の能力の判定・・・・
そこが欠落していたのではなかろうか?

山本五十六戦死後、黒島亀人の名前は戦史の表舞台から消える。
山本五十六からのみ評価され、可愛がられていたせいなのかもしれない。

その後、海軍軍令部第二部長として黒島亀人の名が表に現れる。
第一線部隊の参謀から、後方の軍令部の管理職である。
とても管理職に向いているような方ではなさそうなのだが・・・・
第二部長として彼が行ったのは何か。
特攻兵器の開発だったという。
さすがに拙者もこのことは知らなかった。
この特攻兵器の開発に黒島亀人は心血を注いだという。
いくつかの特攻兵器の開発と、その運用、作戦を立てたそうだが、殆どが失敗。
もうまともな戦いが出来なくなったとなると、黒島亀人の奇抜な発想が必要になったのだろうが・・・・
それが特攻兵器とは・・・なんとも可哀想な気もする。

黒島亀人は昭和40年に肺がんで死亡したという。
72歳。
その奇抜なアイデアと“変人”と言われるほどの集中力・・・・
平和な世に使われていたら・・・・と拙者は思うのであるが・・・
しかし、あの戦争のおかげで評価されたとも言えるかも。
平和な世では“変人”は見向きもされなかったかも。
う~ん、どちらが本人にとって幸せだったのか・・・

読書 | 20:02:23 | Trackback(0) | Comments(0)
お祭りの思い出
昼にドカン!ドカン!と花火が鳴った。
ん?
すっかり忘れていたが、今日はわが町のお祭りの日だった。
この祭り・・・『よかっぺまつり』と言う。
行政の手を借りず市民だけで企画運営し今年で33年目。
拙者も一時期、この祭りの運営スタッフをしていたことがある。

もう15年ぐらい前のことだっただろうか・・・
駅前通りを中心とした狭い範囲の会場に公称5万人と言われた人出。
人混みの中で血相を変えてオロオロ走り回っている3歳ぐらいの女の子を発見した。
「あ!迷子だな」
声をかけたら案の定、迷子。
早速、人ごみを掻き分けて本部に連れて行ったが・・・・
この時、この女の子が必死に拙者の手を掴むのである。
その力の強いこと。
多分、ここで、この“おじちゃん”とはぐれたら最後だという必死の思いだったのだろう。
あの時のあの子の手の感触が今もって忘れられない。
本部に到着して女性スタッフに引き渡した途端にこの子が泣き出した。
緊張の糸が切れたのだろう。
拙者はそのまま持ち場に戻ったのでその後のことは知らないが・・・

『よかっぺまつり』というと、いつもこの子のことを思い出すのである。
今思えば、あれは失敗だったと思う。
あの時に、すぐに肩車をしてやればよかった。
3歳児の目の高さでは、人混みの中で見えるのは大人のお尻ばかり。
これじゃ親を見つけるのは無理だ。
肩車をしてやれば、近くにいたかもしれない親を自分で見つけることが出来たかもしれない。
親も我が子が肩車をされていれば、すぐに気が付いたかもしれない。
ご親切にも本部席に連れて行ったばかりに、あの子は迷子になったショックと心細さで泣き出してしまったが、心に傷は残らなかっただろうか?
肩車をしてやったら、もしかして親も見つかり泣かずに済んだかもしれないのだ。
あれは・・・拙者の判断ミスだなぁ~
今もって、あの時のことは後悔している。
あれから15年ぐらいは経っているだろうから・・・
今は高校生か大学生にでもなっているかな?
彼女も『よかっぺまつり』と聞いて、昔、自分が迷子になったことを思い出しているだろうか?
その時に手を引いた“おじちゃん”を思い出してくれてるだろうか?
多分・・・忘れてるだろうなぁ~(笑)

日記 | 19:34:10 | Trackback(0) | Comments(0)
草むしり再開!
この間、普段やらないことをやったのがいけなかったのか・・・
あれから雨が降る日が続き・・・・
ようやく・・・と思ったら、今度は晴れて暑過ぎ・・・
「草むしり」は中断中だったが、ようやく本日再開する。

今日は応接間前から中庭、床の間前と一気に総面積の3分の2を終らせることを目標とする。
相変わらずのジャングル状態の庭の草むしり。
チビチビと手でむしるが・・・
ふと・・・母を思い出した。
母もこうして草むしりをしていたが、何を考えて草をむしっていたのだろうか?
最後に草むしりをした後、母は拙者にこう言った。
「今度草むしりをする時は手伝ってね。もう、さすがに辛いわ~」
しかし・・・その「今度」が訪れることはなかった。
「今度」は拙者一人での草むしりとなってしまった。
あの時、少しでも手伝ってやれば良かったかなぁ~
今更後悔しても始まらないが・・・・
あの時は下手に手を出すことで、もう死期が近いことを暗示したくは無かったし・・・
普段通りに接することが一番良いと判断したのだが・・・
やっぱり一緒に草むしりをすれば良かったかなぁ~
ついつい溜息ばかりが出る。
草をむしりながら思うのは母のことばかり。

いや、あれで良かったのかも知れない。
一緒に草をむしっていたら、次々と母との草むしりの思い出が現れて、とてもじゃないが庭に出ることも出来なかったかもしれない。
思い出が無いから、思い出が薄いから、今こうやって草をむしることができるのかもしれない。
「お母さん、このあたりは一気にドバッと引っこ抜いてもいいよねぇ~」
ついつい独り言ばかりが出てしまう。
これ・・・他人が見てたら、あいつ少し頭がおかしいんじゃないかと思うだろうなぁ~(笑)

日記 | 22:35:49 | Trackback(0) | Comments(0)
痔ろう?
散々苦労しながらお尻に薬を注入し(笑)、内服薬を飲み続け、先生に指定された再診察の今日、またもや病院に行く。
「現在手術中のため診察は5時からです」と言われ待つこと1時間半。
6時過ぎにようやく診察を受ける。
が・・・しかし、初診の先生とは違う。
あれ?
医師曰く「手術が長引いてますので、私が見ましょう」
はぁ~
診察してもらい・・・その結果は・・・・
「あ~これは“痔ろう”ですね~」とのこと。
あれ?この間の先生は“イボ痔”だと言っていたのだが・・・
長男なのに「じろう」とは、これいかに?(笑)
「確かにイボ痔もありますが、更に痔ろうもあります」とのこと。
で・・・“痔ろう”の説明を受けたが・・・
簡単に言うと、お尻の中に膿が溜まり、管が出来て肛門以外に穴が開いてしまうというのが“痔ろう”らしい。
これを放置しておくと管が何本も出来てしまったり、癌化してしまうという。
しかも、薬では治らず、手術をするしかないとの事。
確かに・・・言われて見れば、何となく肛門以外に穴がもう一つあるような気がしていたが・・・(笑)
それにしても手術とは・・・ショック!
しかも1週間ほど入院してもらいます・・・とのこと。
ええっ!1週間も入院するのかい?
参ったなぁ~
「どうしますか?すぐに手術の手配をしましょうか?」とのこと。
1週間も入院するのでは、そうそう簡単には決められない。
ちょっと検討させて頂くとして・・・・
「もし、手術をして頂くとして、いつまでに申し出ればいいですか?」
「う~ん、2週間以上前には言ってもらわないと、こちらの都合もありますから・・・」と先生は言う。
はぁ~・・・でも、そんなに忙しそうな病院には見えないのだが・・・(笑)
診察はこれで終り。
あれ?
「あのぉ~薬とかは出ないのですか?」
「はい、痔ろうの薬はありませんので・・・」
「そうすると症状が悪化したらどうしたらいいんでしょう?」
「この間もらって残っている薬でも飲んでください」
はぁ?大丈夫かぁ~そんなことで?

どうも疑っちゃうんだよなぁ~
先生は肛門の専門医だと思うのだが・・・
初診で痔ろうであることを見落としているし・・・
「手術にてこずっている」とか・・・
膿がドンドン溜まるだろうに何の薬も出さないとか・・・
手術をするのには2週間以上も前に申し出てくれとか・・・
う~ん・・・この病院で大丈夫なのだろうか?

病気の場所が場所だからねぇ~(笑)
下手な手術をされて肛門の締りが悪くでもなったら大変なことになるしなぁ~
ここは慎重に考えねばなるまい。
家から近いというだけでは決められまい。
専門外の話だが、内科医の義弟に相談してみるか~
それにしても、かなり大げさな話になっちまったぞ!
参ったなぁ~(笑)

日記 | 01:15:42 | Trackback(0) | Comments(0)
郵便貯金
今日は郵便局に定額郵便貯金の手続きに行く。
10月1日から郵便局は民営化される。
拙者は「身体障害者手帳」を持っているので、郵便預金に350万円の非課税枠があるのだが、この枠が10月1日以降は消滅してしまう。
従来は郵便局、銀行それぞれ350万円の非課税枠があり合計700万円の預金が出来たのだが・・・・
10月1日からは郵便局は銀行と同じ扱いになるので、銀行と合わせて350万円の限度枠となってしまう。
しかし、民営化前に非課税で預金した分は最長10年間は適用されるとの事。
ならば・・・やらねばなるまい!(笑)
課税と非課税では、その差は大きい。

過去にチビチビと預金していた分を全て解約して、それに限度額に不足する分を足して限度額一杯の350万円を非課税で積む。
ただし、もし間違って1円でもオーバーしたら全てはパー!(笑)
オーバーした分だけではなく全ての預金に課税されてしまうのである。
いくつもの預金を解約して積み直すので勘違いを起こしそうになる。
大丈夫ぶか?
計算ミスしてないよね?
「他に証書がなければ大丈夫だと思いますが・・・」と局員。
どこからかヒョッコリと非課税の預金証書が出てきたら・・・アウト!(笑)
「他には証書はないと思うんですけど・・・」
とりあえず局員にも確認してもらい、預金完了!
これで一件落着!(笑)

それにしても・・・
郵便局の民営化も障害者にとっては良し悪しかも・・・・
銀行で限度額一杯使っていたら、実質郵便局の限度枠は無くなるわけだから、非課税枠の廃止と同じ。
民営化の騒ぎの時に、そういう議論はあったのかね?

日記 | 01:14:34 | Trackback(0) | Comments(0)
保険金請求
今日は母の死亡保険金の請求をする。
今回はN社。
担当外交員に来てもらい提出書類を確認してもらったが・・・
どこの会社もそうだが、外交員にはこういうことは分からないらしい。
とにかく預かりますから・・・ということで終り。
しかし、ここで話が終るわけじゃない。
「それで、あなたの保険を提案したいんですけど・・・」となった。
提案書を出されてもねぇ~
拙者が死んで保険金が出ても、あげる人いないしねぇ~(笑)
せいぜい必要なのは病気の治療と入院費ぐらいかな?
しかし、その保険は既に他社のものに入っているしなぁ~
仕事熱心なのはわかりますが・・・
死亡保険の請求が終っていないうちから、新規の保険の話とは・・・
結局、「支払われる保険金で新しい保険に入りませんか?」ということなのである。
「まぁ、検討しておきましょう」ということでお帰り願う。

続いて、こちらは郵送する形の死亡保険請求。
A社とT社。
外交員が来ないだけにN社のように余計なことは提案されずに済むが、書類の記入に間違いや漏れがあるかのチェックはしてもらえないから、プレッシャーがかかる。
何度も見直して・・・封をして投函!
もし、間違っていたら何か言ってくるんだろう?
これ以上手許で温めておいても仕方がないんだから・・・
ええい!送っちゃえ~(笑)

日記 | 01:13:04 | Trackback(0) | Comments(0)
旅費を振り込む
今日、銀行へ行き旅費を振り込む。

この旅行・・・
『伊金霍洛旗(エジンホロキ)15周年記念の旅』という旅行なのだが・・・
実は拙者も趣旨がよく分かっていない。(笑)
企画はNPO法人『地球緑化センター』が行っている。
拙者の伯父が初代理事長をしていた団体。
中国の内モンゴル自治区に植樹を行い砂漠の緑化事業をしていた。
昨年の6月に伯父の散骨のため、この団体の企画で現地を訪問したのだが・・・
今回は「15周年記念」とか。
どうやら植樹をして15年経つので、その記念の旅らしいのだが・・・
拙者は砂漠に植樹なんぞしていないから・・・・「記念」と言われても・・・よくわからぬ。
以前に、従兄弟から現地の人が伯父の顕彰碑を建てるのでその時は是非参加してくれと言われていたのだが・・・
日程表を見ても、伯父の顕彰碑の除幕式の企画は記されていない。
あの話はどこへ消えたのやら?(笑)
記念植樹と植林地視察と夕食会のみ。
とにかく以前から従兄弟に参加を要請されていたので、行くことにしたが・・・・拙者は何をすればいいのかな?(笑)
とにかく拙者が同行すれば心強いということか?

1月の「騎兵第14連隊」の新年会で、87歳(?)のこのNPOの会員からも「2人で途中から別行動して安北(あんぽく)へ行かないか?」と誘われていた。
“安北”は「機動歩兵第3連隊(旧騎兵第14連隊)」が中国軍と戦った激戦地。
ここを見に行こうという話だったが・・・
果たして、誘ってくれた“ヒルマさん”は参加されるのだろうか?
日程表のどの日に別行動(一種の逃亡?)して“安北”に行こうというのだろうか?
どう考えても自由行動(逃亡?)出来るような日程ではないのだが・・・(笑)
北京に到着してすぐに寝台列車で“呼和浩特”というところへ行き、バスで“伊金霍洛旗”へ移動。
記念植樹、セレモニー、植林地視察をして、現地人民政府の役人たちと夕食会・・・・
そして“包頭”から国内線で北京に戻り帰国するという5泊6日の旅。

まぁ、深いことを考えずに行くかぁ~(笑)
とにかく「毎日が日曜日」の自由が利く身だし・・・・
訪れる予定の砂漠には昨年散骨した伯父の骨もあることだし・・・
久しぶりに伯父に会いに行くかぁ~
・・・ということで、旅行の申し込みをする。
旅費は23万2500円なり。
ちょっと高いような気もするが・・・(笑)
まぁ・・・いいかぁ~
海外旅行保険・・・・
仮に事故や病気で死んでも、老い先短い親父に金を残しても仕方ないしなぁ~(笑)
妻も子もいないから保険なんかかけなくてもいいような気もするが・・・・
「治療・救援費用」で5,000万円出るらしいので、念のため保険もかけておくかぁ~
保険料8,000円なり。
この他に、「テロ等対応費用・10万円」というのが含まれているのだが・・・10万円で何の対応をするのだろうか?(笑)
更に「弁護士費用等・100万円」も含まれているのだが・・・
中国に弁護士ねぇ~・・・役に立つのかねぇ~(笑)
まぁ、何だかよく分からないけど、保険にも入る。

出発は10月14日。
前回は6月に行ったが、今回は気候はどうなんだろうか?
寒いのかなぁ~
そうなると・・・洋服が多くなるからリュック一つというわけにはいかないよなぁ~
旅行カバンも買うようか?

日記 | 01:10:42 | Trackback(0) | Comments(0)
管内史跡めぐり(3)
さて・・・高萩の史跡めぐりはこのくらいかなぁ~
まだ時間がたっぷりあるのだが、あとはどこへ行ったらいいのやら・・・
帰り道のついでに日立市内の史跡探しでもするかぁ~

先ずは、『国民宿舎鵜の岬』に行ってみる。
何かあるかもしれん・・・・
この国民宿舎は日本で一番人気のある国民宿舎だというが・・・
どこがいいのか・・・拙者にはよくわからぬ。(笑)
宿舎前の緑地帯を散策。
『水難者供養之碑』というのを見つけたが・・・
水難事故についても水難者名も何も刻まれてはいない。
建立の経緯とか供養の趣旨について何か碑文が欲しいところである。

DSC06265.jpg
(緑地帯から見た伊師浜海岸)
緑地帯を男二人で散策するというのは、なんとも絵にならない。
こういうところは“彼女”と歩くべきだろうなぁ~(笑)

DSC06269.jpg
(海鵜渡来地)
ここは「海鵜」が渡来するという場所。
ここで捕獲された鵜が岐阜の長良川の鵜飼に送られるという。
しかし・・・ここで疑問が・・・
ここの鵜は「海鵜」なんだよね?
長良川って・・・川なんだよね?
海の鳥が川で鮎を捕るということが出来るのかね?
川で漁をするのは「川鵜」ではなかろうか?(笑)
ちなみに鵜は「ペリカン目(もく)」の鳥だそうである。
鵜はペリカンの仲間なのか!
驚きである。

この岬の向こう側に『川尻灯台』があるらしい。
管内の灯台は『大津岬灯台』『川尻灯台』『日立灯台』の3つ。
他の2つの灯台は写真に収めているので『川尻灯台』を撮りたいのだが、かなり歩くようなので断念する。

ここから海岸沿いに車を走らせる。
海岸沿いに何か石碑でもないものか・・・と思ったが空振り。

DSC06266.jpg
(蚕養神社)
豊浦中学校近くの『蚕養(こがい)神社』に立ち寄ってみる。
この神社は日本最初の蚕養の祖神を祀った神社だそうで、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が由来記に出てくるんだから、かなり古い神社なんだろう。
この神社には“金色姫”の伝説があるという。
その昔、この地に繭(まゆ)の形をした丸木舟が漂着した。
その舟を割ったら、中から美しい姫が現れたという。
はぁ?どこかで聞いたような話。(笑)
まるで「かぐや姫」みたいな・・・・
この姫が養蚕の業を伝えて昇天し、それから日本に養蚕業が広まったとか・・・
しかし・・何で金色姫なんだろうか?
髪の毛が金色だったのか?
姫は漂着した異国船に乗っていた白人娘?
いや、いや、繭の形をしていた船というのだから・・・
これはUFOか?
姫は金髪の宇宙人か?
どんどん想像が膨らむ。

DSC06267.jpg
(館山神社)
今度は道路の反対側にある館山神社に行ってみるが、これといってみるものは何もなかった。
この石段・・・・先日の筋肉痛が残る拙者としては、ちょっとキツかった。(笑)

まだ、時間はある。
またもや海岸沿いを走ってみるが何も発見できない。
水木(みずき)町の『田楽鼻』という岬公園に行く。

DSC06268.jpg
(田楽鼻)
ここは神事が行われる場所。
常陸太田市の東金砂神社と西金砂神社の神様が72年に一度、水木の浜に降りてくるという『大田楽』という神事で、その時に、この場所で「田楽舞い」を奉納するのである。
前回は平成15年(2003年)に行われたので、次回は数え年で2075年ということになる。
その時までは拙者は生きているわけがないので、観ることはできない。
116歳まで生きられれば可能だが・・・無理だな!(笑)
それにしても・・・どこの誰が72年に一度なんて考えたんだ?
72年・・・中途半端な数字じゃないか?
平成15年に10歳の子供が83歳でようやく2回見られるという微妙な間隔だぞ~
神事を行う人達は毎回初体験ということになるかな?
これで神事を継承しているんだから驚くほかはない。

ここで、日も暮れ、これ以上の撮影は無理・・・・というわけで、今回の「史跡めぐり」は終了!
事前調査もせず、いい加減な「史跡めぐり」を開始したが、結構充実した一日が過ごせた。
“アサヒさん”御苦労様でした!

日記 | 23:23:26 | Trackback(0) | Comments(0)
管内史跡めぐり(2)
さて、昼食後、向かうは県立松丘高校。
この近くに『日弁の墓』があるらしい。
正確な地図はないので、どこなのかわからないが、とにかく松丘高校の近くにあるらしいので行ってみる。
高校の前の細い道を入っていくと・・・あった!
DSC06258.jpg
(日弁の墓)

日弁は日蓮聖人の弟子。
宮城県で暗殺され、その遺体を弟子と信者が千葉県の茂原へ運ぶ途中、この地で休憩のため降ろした棺が持ち上がらなくなった。
この地は日弁が過去数年間布教に来た地なので、日弁はここに埋葬してもらいたいのだろうということで、ここに埋葬したという。
うわぁ~すごい言い訳!(笑)
そういう言い訳がよく通じたもんだぁ~
ここには江戸時代に日弁死後350年忌の石碑があったらしいのだが、平成の世に何者かに盗まれたという。
まぁ~何たることぞ~

続いて近くにある『畳工芸美術館』に立ち寄ってみた。
DSC06259.jpg
(茨城県畳高等職業訓練校)

職業訓練校?
どう見ても美術館には見えない。
寄るのをよそうかぁ~と思い構内でUターンしようと思ったら、学生が一人出てきた。
今更逃げるわけにもいかぬ。
仕方がない・・・降りてみるかぁ~

学生が交代で案内役をしているという。
美術館はこちらです・・・と案内されたが入館料が600円!
正直言って高い!
入館料は・・・法人会が負担してくれた。(笑)
ここは2年制の学校で、1年生が工芸を作り、2年になると畳を作るらしい。
その作品が展示されているのが「美術館」
DSC06260.jpg
(作品の一部)
1階部分は学生の案内で、2階、3階は自由に見学とのこと。
団体客も来るらしいのだが・・・もう少し展示の仕方を工夫したらいかがだろうか?
・・・・というのが正直な感想。

次に探しに向かったのは『長久保赤水誕生地碑』
確か・・・陸前浜街道の狭い旧道沿いにあると、何かの本で読んだ記憶がある。
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(長久保赤水誕生地)
この地は史跡とはなっていない。
石碑の裏の字はよく読めぬ。
指でなぞれば何とかなりそうなのだが、雑草と蜘蛛の巣で近づけぬ。
何とも困った石碑であった。
長久保赤水は地理学者。
伊能忠敬が地図を完成させる42年前に日本地図を完成させている。
が・・・しかし、何故かマイナーな存在。
どうしてなのか?
銅像が建ってもおかしくない人物だと思うのだが・・・・

近くの『願成寺(がんじょうじ)』に立ち寄ってみるが、特に見るべきものはなかった。
この寺は日蓮の弟子の日弁が開いた寺だそうだ。

さて、狭い道から国道へ戻る途中・・・・
『琵琶墓(びわばこ)古墳』の案内板を見つけたが、道が狭すぎて車を停める場所がない。
やむなく無視して通過することにする。

またもや松丘高校へ向かい、その先の「いわん坂」にあるという『鈴木玄淳(げんじゅん)の墓』を探す。
なにせ、車内で資料を見ながら行くところを探すのだから、行ったり来りとなってしまう。
何とも非効率だが・・・仕方があるまい?
事前調査なんかしない思い付きの史跡めぐりなんだから・・・(笑)
DSC06262.jpg
(いわん坂)

この「いわん坂」の途中に墓に向かう坂道を発見するが・・・
またもや車が停められない。
一度坂を下って、もう一度戻りながら停車場所を捜して車を停める。
DSC06263.jpg
(鈴木玄淳の墓)

鈴木なのに渡辺家の墓地にある。
何故なのかわからないが・・・
玄淳は旧多賀郡十王町(旧友部村)出身。
我が親父殿の実家と同じ場所ではないか?
辿れば遠い親戚になるかなぁ~?(笑)
その後、現・北茨城市大塚に引っ越している。
拙者の叔母が嫁いだ先が大塚という場所だったような・・・
こうなると何か縁を感じて親近感が湧くなぁ~(笑)
玄淳は医者で、塾も経営していたそうで、教え子の一人が長久保赤水。
玄淳が書いた書物は寺子屋や塾の教科書として広く活用されていたという。
へぇ~、偉い人なんだ~

次に向かったのは県立高萩工業高校
ここの前の道の右側の墓地の中の西奥に『奇童・鈴木滝二郎の墓』があると本に書いてあるのだが・・・さて・・・どこのことかい?
近くの墓地の中を探し回ったが、よく分からず、一旦車に戻り資料を見る。
やっぱり・・・あそこだよなぁ~
というわけで、もう一度墓地に戻る。
もう一度よ~く探したら・・・あった!あった!
DSC06264.jpg
(鈴木滝二郎の墓)

滝二郎は江戸時代の文政10年(1827年)に生れた“奇童”
“奇童(きどう)”とは普通の子とは違う優れた子という意味だそうだ。
3歳で「百人一首」を暗唱し、5歳で大人が読む難しい「孝経」や「大学」を読んだという天才児。
水戸藩主・徳川斉昭からも将来を嘱望されたが病気のためわずか10歳でこの世を去った。
“美人薄命”・・・天才も薄命か?
かわいそうに・・・・
帰宅後、親父にこの話をしたところ「3歳で百人一首が暗唱できるわけねぇだろ。嘘に決まっている」の一言で話はおしまい!(笑)
だめだぁ~話にならんわぁ~

それにしても・・・この子がそのまま大人に成長していたらどうなっていただろうか?
子を失った親は、さぞかしガッカリしただろうなぁ~
天才で早死にするがいいか、馬鹿で長生きするがいいか・・・
悩むなぁ~
(今更悩んでも意味はないのだが・・・・)


日記 | 20:57:53 | Trackback(0) | Comments(0)
管内史跡めぐり(1)
今日は久しぶりに法人会事務局の“アサヒさん”と一緒に日立法人会管内の史跡巡りに出かける。
午前9時に迎えに来てもらい一緒に出かけるが・・・
天気予報では今日は・・・雨!
曇っているが何とかなるのではないか?
雨が降り出したら途中で打ち切って帰ればいいんだし・・・ということで出発したが・・・
さて、どこへ行こうか?
二人とも事前に調べていないというのが素晴らしい!(笑)
他力本願の見本のようである。

とにかく、今日は高萩市に行ってみますか~
日立法人会は北茨城市・高萩市・日立市(旧多賀郡十王町を含む)の3市に管轄がまたがっている。
北茨城市と日立市の史跡の一部は法人会のブログに掲載しているのだが、高萩市だけはまだ掲載していない。
以前、取材に行ったデータを拙者が整理していないためでもあるが・・・(笑)
こりゃ、もう少し廻らねばなるまい?

当てもなく走り出したが・・・
ここはまず、『高萩市市役所』に行ってみるかぁ~
確か・・・市役所前に誰かの顕彰碑が建っていたはず・・・
しかし、行ってみたが顕彰碑が見当たらない!
撤去されてしまったのか?

仕方がないので、今度は『高萩市歴史民俗資料館』へ行ってみる。
ここで、銅像を発見!
DSC06254.jpg
(大高康先生像)

銅像の側には顕彰碑が・・・
三木武夫元内閣総理大臣が「題額」を書いているんだから、大高さんという方は偉い方なんだろう。
碑文は日展作家の文字。
結構なことでございますが、顕彰碑は表面が光って見づらいし、文字はサラサラと達筆な文字で読みづらい。
毎度のことながら顕彰碑等の石碑を見るたびに思うのだが、どうして誰もが読めるような字で書かないのかね?
御影石なのかどうか知らないけど、ピカピカして見づらいし、達筆すぎて読みづらいようでは、果たして「顕彰」という目的が達成できるのやら?
誰にも読んでもらえない顕彰碑ぐらい情けないものはなかろう?
資料館で教育委員会発行の『史跡・文化財』の本を購入し、これを参考に廻る事とする。

史跡めぐりの詳細は法人会のブログに譲る。
ここで詳しく書いたんじゃ、わざわざ法人会のブログに載せる意味がない。

続いて駅前を走る・・・・と、何か説明板らしきものを発見!
「車を止めろ!」
助手席に乗っている拙者は気楽なものなり。
運転している“アサヒさん”はいい迷惑なり。(笑)
DSC06255.jpg
(北宿並木一本松)

市の指定文化財史跡である。
昔の岩城海道に植えられた松並木の生き残り。
たった1本・・・・(笑)
何本も植えて並木道の「復元」をしようという考えはないらしい・・・・
この1本が倒れれば、史跡は消滅か?

次は以前から気になっていた『穂積家住宅』へ向かう。
DSC06256.jpg
(穂積家住宅)

道路際に建っているので、以前から気にはなっていたが見学したことはない。
昔は「古い農家」が残っているという印象しかなかったが、その後、整備され、広い駐車場も備わって、いかにも見学できますよという感じになったので訪問。
ここは県指定の文化財だそうだが・・・
いつも道路から見ている景色は裏からのもので、正面に廻ったら・・・あら・・・すごい!
長屋門が立派!
さすがは豪農の家である。
長屋門の2階の部分は昭和になって増築されたらしいが・・・
農家の内部も立派!
お庭も立派!
へぇ~・・・こんな素晴らしい建物だったのかと感心する。
しかも、過去に何度かテレビのドラマのロケにも使われたらしい。
へぇ~大したもんだ!

ここで、そろそろお昼にしますかぁ~
近くの食堂で“アサヒさん”にというか、法人会にお昼をご馳走になる。
DSC06257.jpg
(カツ重)

好物の「カツ丼」がなければ、高価な「うな重」にしようかな・・・と思っていたら、なんと!残念なことに「カツ重」があるではないか!(笑)
「カツ重」があるなら食べねばなるまい!
涙をのんで「うな重」を諦める・・・・(笑)
しかし、普段の生活というのは恐ろしい。
親父に合わせた食事をしていたため、いつの間にやら食が細くなっていたのである。
この程度の「カツ重」では満腹するわけはない!
・・・と言いたいところだが、ようやく完食するという情けなさ。
味がまずいというわけじゃないのに・・・
胃がびっくりしておるのだろう。
ガツガツと早食いできないというのは、つまらんのぉ~

日記 | 16:00:36 | Trackback(0) | Comments(0)
歯の手入れ
今日も“キタミさん”へ歯の治療に行く。
と言っても・・・治療は既に前回で完了しているらしい。(笑)
今日は歯磨きの指導を歯科衛生士の女の子から受ける。
何やら歯が赤くなる薬を塗って・・・
歯の磨き残しの確認をするそうだ。
何とも恥ずかしいんだよねぇ~
他人に自分の口の中をジロジロと見られるのって。
“キタミ先生”はいいんだけどさぁ~
女の子に見られるっていうのはねぇ~
しかも、目を開けていると視線が合っちゃうしさぁ~(笑)
目の前に彼女の顔があるわけですから・・・
緊張しちゃうんだよねぇ~(笑)
いい歳した“おっさん”は照れてしまうのであります。

さて、歯ブラシはタテに持って磨くようにとのこと。
いつも横にしてゴシゴシしているからなぁ~
タテに持って磨くのって難しそうなんですけど・・・
でも、この方が歯の隙間も良く磨けるんだとか。

歯磨きの回数は毎日寝る前に1回では駄目だとか。
毎食後と寝る前の毎日4回磨くとのこと。
へぇ~そんな面倒臭いことをしなくちゃならんのかね?
しかも時間は5分以上かけることとのこと。
拙者は、せいぜい1分程度だろうなぁ~
5分ねぇ~長いよなぁ~
出来るかね・・・そんなこと。
とにかく1本、1本を丁寧に磨く気持ちで磨けとのこと。
はい、はい・・・なんとかやってみましょう!(笑)

で・・・更に糸楊枝か何かで歯の隙間も掃除して・・・・
更に歯茎のマッサージもして・・・と、何かとやることが多い。
いやぁ~歯の手入れは面倒臭いものである。

拙者の歯は現在健在なものは28本。
そのうちの10本に磨き残しがみつかった。
病名は・・・歯周病!(笑)
プラークスコアーは15%なんだとか。
(どういう意味なのかは知らないが・・・)

歯科衛生士の指導の後に“キタミ先生”に歯石除去をしてもらう。
「タバコを吸っている割には汚れてないし、1日に1回しか磨かないのにそれほど歯石もないし・・・不思議なんだよなぁ~・・・そういう体質なんだろうなぁ~」と言われる。
これは亡き母上に感謝せねばなるまい!
先生の話では拙者の歯はかなり固いのだそうだ。
削るのに非常に苦労すると以前言われたことがある。
頑丈な歯を持つ体に生んでくれて感謝!感謝!
しかし・・・その頑丈な歯が虫歯になるというのだから、いかに手入れが悪いのか・・・ということは言えるなぁ~
今更反省しても遅いが・・・・
残る28本の歯を何とか手入れして長持ちさせねばなるまい!

日記 | 12:49:13 | Trackback(0) | Comments(0)
「死の島」ニューギニア
「死の島」ニューギニア―極限のなかの人間 (光人社NF文庫) 「死の島」ニューギニア―極限のなかの人間 (光人社NF文庫)
尾川 正二 (2004/06)
光人社

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前人未踏の大自然の中で、東部ニューギニア15万余の将兵は、連合軍との死闘を演じつつ、灼熱と戦い、悪疫と戦い、飢えと戦った。
そのニューギニア戦に参加した第20師団歩兵第79連隊の作業中隊261名のうちのたった一人の生還兵士の記録。
読み進めていくにつれて、これは単なる戦記とは違うことに気が付いた。
ニューギニアの風物、風俗が語られ、まるで学術書のような感がある。
そして、後半・・・
悲惨な退却、兵隊たちの生存をかけた戦い。
人間性を捨てざるを得ない戦い。
餓鬼道とはこういうことか・・・
終戦となり筆者は復員したが、朝鮮で生まれた筆者に帰る家はない。
戦中も戦後も悲惨だ。

初出の「あとがき」には・・・・
戦闘の記録としての、いわゆる戦記ではない。戦争という極限の状況下における「人間」の素描を試みた、人間レポートである・・・と書かれている。
やっぱりねぇ~
どこか違うと思ったんだよねぇ

文庫版になった本書の後書きには・・・
「戦争の残酷さ、平和の尊さ」と題目のように唱えていれば、平和な世界が維持できるというものではない。戦争そのものの不条理を知らなければならぬ・・・とある。
ごもっともだと拙者も思う。

現代は平和に対するお題目を唱えてばかり・・・
これで平和になるなら苦労はしない。
戦争に正義も何もありゃしない。
戦争に法も何もありゃしない。
それが当然だと思う。
なぜならば、戦争とは“人間性”を否定したところにあるからである。

読書 | 20:58:16 | Trackback(0) | Comments(0)
筋肉痛!
昨日、ちょっと庭の草むしりをしただけなのに・・・筋肉痛!
いかに普段、運動をしていないかというのがバレバレ。
さて、今日は・・・朝から曇り空。
絶好の草むしり日ではないか?(笑)
筋肉痛など何のその!
今日もやるぞ・・・・草むしり。
作業服に着替えて今日は玄関から応接間前の庭の草むしり。
しかし・・・やり始めたら晴れてきてしまった。
暑い!暑い!
汗ビッショリ・・・・

応接間前の庭は、母がハーブなどを植えていた庭なのだが・・・
う~ん・・・どれがハーブ?(笑)
ミミズを発見!
ミミズは土壌改良に貢献しているとか。
23年前にこの家を建て直したときに庭に砂地のような土を盛られてしまった。
そのためミミズなんか見かけなかったのだが・・・
23年も経つと、こんなに立派なミミズが生息するようになったのか!
感激!感激!
更にカマキリを発見!
母が大嫌いなカマキリである。(笑)
ほぉ~・・・カマキリもいましたか。
更にトカゲなのかイモリなのかヤモリなのか・・・
爬虫類がチョロチョロと走り去った!
ゲゲッ!爬虫類は拙者は苦手なのだ~
しかし・・・いつのまにやら我が家の庭はジャングル状態だな。(笑)
これで蛇が出たらアウトじゃ!
蛇が出てこないことを祈りながらビクビクして草をむしる。
まもなく蜂の襲撃を受ける。
何という蜂なんだ?
ミツバチか?
どこから来たんだよ~
こりゃ、ヤバイだろ。蜂はあぶねぇだろ?
蜂の襲撃をもって今日の作業は中止!(笑)
わずか2時間の草むしり。
しかし・・・庭の3分の1も草をむしっていない!(笑)
この作業・・・・あと何日かかるやら・・・

夜になって更に筋肉痛!
内股が痛くて仕方ない。
何で内股なんだ?
しゃがみこんで作業していたからか?
こんなことで大丈夫かね?
来春にはフィリピンの山の中を歩こうかなと思っているのに・・・・
草むしりくらいで筋肉痛とは情けない。

よし!筋肉痛を緩和するため『バンテリン』を塗ろう!
これは結構利くので、フィリピンに行くときは必ず持参する薬。
液体タイプなのだが・・・しばらく使っていなかったせいか液体の出が悪い。
叩きつけるようにして広範囲に塗っていたら・・・・
いつの間にか拙者の大事な“キンタマ”にも塗ってしまったらしい。(笑)
塗ったつもりはないのだが・・・
いやぁ~・・・スースーするわ、ヒリヒリするわ・・・・
なんちゅうことをしてしまったのやら!
馬鹿だねぇ~
これじゃヒリヒリして今晩は眠れな~い!

日記 | 17:29:19 | Trackback(0) | Comments(0)
草むしり
以前、水戸藩士の“シミズくん”に指摘された玄関先の雑草をようやく始末しようという気になる。
やることが遅いと言われれば遅いのだが・・・(笑)
まずは、門の前から始まり、玄関前の庭の草をむしる。
草を刈るのではなく手でむしるのだ。
とにかく草を引っこ抜く!
しかし・・・これは雑草なのか?
よく分からないものもある。

「雑草」という言葉は人生にも使われる。
「雑草のように逞しく生きる」なんていう言葉がある。
さぞかし根性のある雑草だろうと思い気合を入れて引っこ抜いてみると案外簡単に抜けてしまった。
おや?最近の雑草は根性なし?
全然逞しくねぇぞ~(笑)

庭の手入れは母の仕事。
母は草花が好きだったので、色々と植えていた。
一緒に作業を手伝っておけばよかった・・・と思っても後の祭り。
う~ん、わからねぇなぁ~
これは何の草なんだろうか・・・などと考えていては一向に先に進まぬ。
ええい!抜いてしまえ!
許せよ、母上!

日記 | 23:06:13 | Trackback(0) | Comments(0)
郵便屋さんは偉い
午前中、雨、風、激しいが断続的。
かなりの雨が窓に叩きつけてくるかと思ったらさにあらず。
あれ?大したことない・・・・ガッカリ・・・
突風が吹くらしく時々家が揺れる。
う~ん、台風らしくなったぞ!
と思ったら・・・まもなくあっさりと静まった。
あれ?
台風情報では既に台風の中心は福島県に行ってしまっている。
昼には晴れ間も出てくる始末。
何たることぞ!
あ~面白くねぇ~(笑)

時速20キロの強力なノロノロ台風ではなかったか。
1日中風雨が荒れ狂うのではなかったか?
非常食はどうしてくれようぞ!(笑)
仕方がないから昼食は非常食のカップ麺を食べる。

午後、心地よい風が吹く。
郵便物が届いていた。
いやぁ~すごいもんだ。
郵便屋さんは台風が過ぎ去ると同時に配達してくれたのだろう。
いやぁ~大したもんだ~
東京の大学病院から入院証明書が届いていた。
いやぁ~思ったより早く届いた。
先生が急いで書いてくれたのだろう。ありがたし。
しかし、よく台風が関東を直撃しているときに東京から届いたもんだ。
どうやって運んだのだろうか?
台風が来ているとなったら仕事を休むでしょ?
こりゃ、無理だなって諦めるでしょ?
大したもんだねぇ~・・・郵便屋さんは・・・
感謝!感謝!

日記 | 22:24:03 | Trackback(0) | Comments(0)
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