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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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主治医と打合せ
今日は父が母を見舞いに早朝上京。
拙者は郵便局で個人向け国債の解約(買取)手続きや洗濯やらの雑用をする。
銀行の投資信託解約書は昨日母に作成してもらったので、これを銀行員が取りに我が家に来てくれるはずなのだが・・・
来ない!
まもなく3時になるというのに来ない!

今日は3時過ぎの特急で上京して夜7時から主治医と打合せをしなくてはならないのだ。
午後一番に来てくれるように頼んでおいたのだが・・・
やむを得ない。直接こちらから出向くしかない。
銀行に行ったら我が家に来るはずの副長がちゃっかり椅子に座っていた!
「何してんだ!ずっと待ってたんだぞ!」
「あ~・・・すみません・・・」
この野郎!
ついついカッと頭に血が上ってしまった。
文句を言っても副長殿はケロケロとしている。
頼りにならねぇ~
特急の発車時刻まであと10分。
急いで駅に向かい走る!
役立たずのおかげでひどい目に遭った。

今日、母は造影剤を入れて検査。
昨晩帰宅前に看護師に痛み止めは本人が希望するまでは入れないように頼んだのだが・・・
この若い新人看護師はツンツンとして返事もしない。
「主治医に聞いてもらえますかね?痛み止めを入れたら今日みたいにぐったりしちゃうだろうから明日の検査が出来なくなる可能性が高くなるんじゃないの?」
「でも、指示されていますから」
「じゃぁ、主治医に聞いてみてよ。そう家族が言っているって」
「・・・・」
「素人考えで悪いけどさ」
「そうですねっ!」
何だこの野郎!素人が口を出すなというその態度!
結局昨晩、主治医から痛み止めの投与を中止してもらったおかげで検査は無事に済んだという。
くだんの看護師も「痛み止めを入れなくて良かったです」と夜勤明けに妹に言って帰って行ったとか。
よし!拙者の判断は間違いなかったな。

午後7時から主治医と検査結果の打合せ。
父も弟夫婦、妹も一緒に参加。
しかし・・・主治医は何の資料も持参していない。
造影剤を入れてレントゲンとかCTとか何か撮影したんだろうから画像資料を持って来るべきだろうに・・・
ただ口頭とメモだけでの説明。
どうも納得いかないんだよな。こういうのって。
今流行の言葉「説明責任」を果たしてないんじゃないか?

検査結果は拙者の予想通り。
癌が腸を圧迫して塞いでしまっている状態だという。
腸全体にも癌が蔓延しているという。
が・・・しかし・・・画像を見せてもらっているわけじゃないので、どうもピンとこない。
本当かね?口頭だけではどうも納得出来ないんだけど・・・

じゃぁ、その癌をどう取り除くんだ?
取り除けば食事も出来るようになるだろう?
外科的処置で取り除けないのか?
話は堂々巡り。
前回同様・・・考え方が違うからこちらの納得行く話にならない。
「そんなことしたって・・・」の回答ばかり。
ノラリ・・・クラリ・・・か。

主治医に席を外してもらい家族で打合せ。
3年前に母が「子宮体癌」とかという癌で子宮を摘出する手術をした。
手術は成功したので家族は安心したのだが・・・
その時に主治医は余命は3年ぐらいと言ったという。
摘出はうまくいったが、既に癌が散らばっており手がつけられない状態だったという。
「そんな話・・・聞いた?」
だれも「余命3年」というのを言われた記憶がない。
3年前に言った言わない、聞いた聞かないと今更言っても仕方がないのだが・・・
どうもはっきりとしたものの言い方を主治医がしないから充分相手に伝わっていない。
「良くなっている方向に進んでいると思っていた」というのが父や弟の印象。
ショックを与えまい、希望を持たせようという善意からオブラートに包んでものを言うからこういうことになる。
拙者はこういう希望を持たせようなんていう小細工には反対だ。
「余命3年!」を明確に宣言して、さて、それをどう延ばすか・・・を考えるほうがいい。
3年前の手術の時は拙者は仕事の為立ち会えなかったし、主治医とも話をしていない。
ただ、一緒に生活していて癌が完治していないなぁとは感じていた。

昨年の夏に腫瘍マーカーの値が高くなり、このままでは11月までもつかどうか・・・という話を聞かされた。
だから、わざと12月にイタリア旅行を企画したのだ。
12月の旅行を目標に頑張ってもらおうと考えたら、意外にも母は頑張ってくれて現実に旅行が出来た。
続いて、新年は家族みんなで京都で迎えるのはどうだろうかと投げかけたが、誰もその企画には乗ってくれなかった。
母の誕生日は1月1日、元旦なのだ。
京都で正月を誕生日をみんなで祝うというのも乙なものだと思うし、母の生きる気力を持続させたかったし・・・
来年は誕生日は迎えられない可能性が高いんだし・・・

みんな、やっぱり忘れちゃうんだよな。
11月に死ぬはずの人間が12月に生きているんだから奇跡と言うべきなのに・・・・

検査の結果と病状は拙者から母に伝えることとした。
正直に癌腫瘍によって腸の部分が押しつぶされていることを伝え、これを何とかする方策を考えていることを伝える。
「外科手術で取り除けないの?」と予想通りの質問。
「開腹手術を下手にやると癌細胞が飛散して取り返しの付かないことになる可能性があるから駄目だな」
いくつもの選択肢を拙者が考えて、それを主治医にぶつけて絞り込んでいくから安心してくれるように言う。
母は主治医より拙者のほうを信用してくれているのだ。
「俺に任せりゃ大丈夫!(笑)」
「そうだよね。あんたは私の主治医だから(笑)」

今晩は上野に戻りビジネスホテルに1泊する。

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日記 | 23:06:33 | Trackback(0) | Comments(0)