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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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フィリピン旅行(3)
ホテルに一度戻って地図などの荷物を置いて再度“ステラさん”と出かける。
今度はリサール公園を抜けて『国立博物館』へ。
国立博物館
(国立博物館)
この建物は旧財務省の建物。
戦時中にはここに日本軍が立て籠もりマニラ攻防戦が展開された。
確か、第3船舶司令部や野口兵団司令部が置かれた建物だったはず。
米軍の猛攻撃を受けて建物はボロボロに破壊されたが、戦後日本の資金援助などもあって昔の形に復元されたという。

マニラには何度も来ているが、この博物館を見学したことがなかったので、今回は是非とも見学してみたかった。
丁度、スペイン統治時代の写真展が開催されていた。
1880年のマニラ大地震の時の写真。日本は明治13年。
かなり昔の撮影なのに鮮明な写真には驚く。
1887年(明治20年)の写真には10トン蒸気クレーンの載った船が写っている。
この時代に日本に蒸気機関の10トンクレーンなんてあっただろうか?
もしかしてフィリピンは日本より先進国だったかも。
1896年(明治29年)のホセ・リサールの処刑時の写真もあった。
こういう写真も残っていたのか!これには驚いた。
日本では丁度、日清戦争終結直後のことである。
これらの写真は全てスペインが保管しているものである。
これらを含め、太古からのフィリピンの歴史を伝える展示物をじっくりと見学する。

続いてジプニーに乗り旧日本人街へ向かう。
旧日本人街
(旧日本人街)
ここは戦時中、日本人が住んでいた街。
戦闘には巻き込まれなかった地域とのことだが、当時を偲ぶ建物は一つもない。
全ての建物は戦後に建て直されて商業地区となり、大通りの上には高架の鉄道が走っている。
ここで、路上で果物を売っている人から『ランソーネス』とかという名前の果物を1個勧められる。
ランソーネス
(ランソーネス)
食べてみたら甘酸っぱい。
本来は甘いのだそうだが、拙者としてはこの甘酸っぱさが気に入った。
よし!買った!
1キロ25ペソ(約70円弱?)
本来、この果物は8月の果物だそうで、この時期に売っているのは不思議だと“ステラさん”が首をかしげていた。

旧日本人街をブラブラと歩き、帰りは電車に乗って帰る事にする。
フィリピンで電車に乗るなんて初めての体験。
電車
(電車!)
電車がホームに入ってきたので写真を撮ったが、ここで大失敗をやらかしてしまった!
ストロボが発光してしまったのだ!
直ぐに係員が飛んできて怒られてしまった。
突然ピカリ!とやったらテロと間違われて大騒ぎになるからである。
いやぁ~大失敗!大失敗!
拙者はノーテンキな日本人観光客に成り下がってしまった~(汗)

ホテルに戻りラウンジでコーヒーを飲んで一服。
そこへ昨日の戦跡訪問のツアーが戻ってきた。
そのツアーに“ドミンさん”が同行していたらしく、拙者がホテルにいることを知り駆けつけてきた。
「いやぁ~久しぶり!」
2年ぶりの再会である。
会うなり開口一番「太ったねぇ~」とジェスチャーを交えて彼に言われてしまった。
そうかなぁ~?
お腹周りが太ったぞと盛んにジェスチャーで拙者をからかう。
参ったなぁ~
“ステラさん”と“ドミンさん”と戦跡訪問ツアーの添乗員の4人で2年前の彼との旅の思い出話や戦跡や慰霊の情報交換をする。
「今日は地図を買ってきたから今度はカバリシアンからマリコ村までのビリヤベルデ道を登りたいねぇ」と拙者。
「今は道がなくなっているが8時間もあれば何とか村まで歩けるよ。いつ行く?」と“ドミンさん”
ビリヤベルデ道は拙者の祖父が米軍の猛攻撃を受けながら時間稼ぎをしつつ後退した道。
200名を越す多くの部下がこの道沿いに眠っている。
戦後、道が崩壊して誰も歩かないので遺骨の収集もされていない。
是非ともこの祖父が辿った道は歩きたい。
しかし・・・1000メートル以上の山々が連なる山道。
「大丈夫か?その歳で・・・・」
80歳近い彼にはキツイんじゃないか?
「あんたより鍛えているから大丈夫だ」と言われてしまった。
はい、はい、どうせ拙者は贅肉が付いちゃいましたよ~

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旅行 | 17:47:27 | Trackback(0) | Comments(0)
フィリピン旅行(2)
今日は“ステラさん”にガイドをお願いして、今回の旅の目的である『地図』の購入に向かう。
場所は海兵隊基地に隣接する建物。
政府のマップセンターだというので、日本で言えば「国土地理院」ということになるだろうか?
ここで、拙者がよく行くマニラ東方高地や北部ルソン・サラクサク峠周辺の地図を探す。
地図は全て5万分の1。フィリピン全土を網羅している。
しかし、これ以上の詳細の地図はないという。
係員の話では、これより更に詳しい地図が欲しければ現地の役場に行かねばならないという。
そこならば多分あるだろうとのこと。
5万分の1では山の詳細な形がわからぬが已むを得まい。
とりあえず数点を購入する。

続いて、直ぐ近くにある『フィリピン空軍航空博物館』に行く。
博物館
(フィリピン空軍航空博物館)
ここにはフィリピン空軍の歴史や名パイロットに関する展示、各種航空機の模型などが展示されている。
更にここには沈没船から引き揚げた日本軍の対空機銃やルバング島で救出された元日本兵の小野田さんの所持品の一部が展示されている。
小野田さん展示コーナー
(小野田さんの展示コーナー)
小野田さん関係新聞記事
(小野田さん関係の新聞記事)
それにしても、何で小野田さんに関するものが空軍の博物館に展示されているんだろうか?
この博物館の職員から近くにある空軍基地内の公園に飛行機がたくさん展示されているので見に行ってはどうかと言われる。
おお、是非とも!
というわけで、空軍基地に向かったがゲートで捕まる!(笑)
博物館からの紹介状を持っていないから・・・というのが理由らしい。
そんな馬鹿なぁ~
電話で博物館へ問い合わせてもらい、ようやくOKが出る。
空軍基地第4ゲート
(フィリピン空軍基地第4ゲート)
航空公園
(基地内の航空公園)
ここに、どこかで見たことがある機体が・・・・
YSー11ではなかろうか?
何でこんなところに日本の飛行機が?
YS-11
(大統領専用機のYS-11)
この機体は1971年から1993年まで大統領専用機としてあのマルコス大統領が使っていたという機体らしい。
機内
(機内)
一つ一つをゆっくり見学していたので、さすがに“ステラさん”に呆れられる。
そうだろうねぇ~女性にはこういう飛行機は興味ないよねぇ~

タクシーで市内に戻りデパートでファーストフードの昼食。
その後、本屋さんに寄り更に地図を探す。
道路地図のようなものはないかと探したが見つからない。
ダメかぁ~
英語で書かれたフィリピンの観光地図帳を買う。
あとで辞書を引きながら読めば何とかなるだろう!(笑)

デパートからホテルまで食後の運動を兼ねて徒歩で帰る。
途中、路上でバナナを春巻きのようにして揚げているのを見て・・・
つい買ってしまった!
路上のお店
(路上でバナナを春巻きの皮で巻いて揚げているオバチャン)
外は春巻き・・・パリパリ!
中はバナナ・・・トロリと甘い。
こういうのを食べちゃうんだから何のための食後の運動だったのやら。


旅行 | 12:57:31 | Trackback(0) | Comments(0)