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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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箸のエチケット
俗に箸のあげおろしにも小言をいうといわれるように食事作法の中でも、とりわけ厳しいのは箸使いのエチケットで、箸の使い方でその人柄がわかるほどです。
以下は不作法な箸の使い方のおもなものです。

込み箸
口いっぱいに料理を箸で押し込む

うら箸
食べようと箸をつけながら止める

渡し箸
食べ物を箸から箸へ渡すこと

箸寄せ
茶碗や皿を箸で移動させること

まよい箸
料理を食べるのに、これと決めずあれこれと箸をつける

よこ箸
箸についたご飯粒やおかずを箸を横にして口でなめ取ること

~長寿箸本舗「南天開運御縁箸」の説明書きより~
(長野駅前の「長門屋」さんからサービスでもらった箸・・・笑)

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雑記メモ | 20:02:30 | Comments(0)
むねやけ
「むねやけ」は、食道へ胃酸が逆流するのが原因で起こる症状です。
食べたものを消化する胃酸は強い酸性です。
強い胃酸が何度も逆流すると、胃酸に何度もさらされる食道の下のほうの粘膜は、炎症や潰瘍を起こします。
これを「逆流性食道炎」といいます。
むねやけはこの胃酸の逆流で起こる症状です。

逆流性食道炎は、50歳代から70歳代の人がかかりやすい病気ですが、食生活の変化などから最近とても増えています。
男性にも女性にも起こり、太った人や腰の曲がった人に多く見られます。
食後、とくに大食をしたあと2時間くらいの間に、むねやけなどの症状があらわれるのが特徴です。

(逆流性食道炎の症状)
耳の痛み
食道への刺激がときには耳の痛みとして感じられる。
むねやけ
もっとも多い症状。
みぞおちの辺りから胸の下のほうへかけて、焼けつくような、熱くなるような不快感がある。
のどのほうまで上がっていく感じがすることもある。
胸の痛み
食道への刺激が強いと、胸がしめつけられるような痛みを感じる。
胃のもたれ
胃の中の食物を消化したり、腸に送り出す動きが弱く、食べ物がいつまでも胃に残ってしまう。
呑酸(どんさん)・げっぷ
口の中まで酸っぱい液がこみ上げる。
のどの違和感
炎症が起き、痛みや異物感がある。
声がかれることもある。
咳・気管支炎
逆流した胃酸を気管に吸いこんで咳きこんだり、炎症を起こす。

逆流性食道炎を放っておくと潰瘍ができ、その潰瘍が治るときには、ひきつれるような状態になり、食道が狭くなって食べ物が通りにくくなることがあります。
またその部分から出血し吐血・下血を起こして貧血になることもあります
長い間これを繰り返していると、食道の粘膜の細胞が変化してこれがガンになるおそれもあり、注意が必要です。

胃と食道の間には、輪のようになった筋肉(噴門部)があり、ちょうどバルブのような働きをしています。
食べ物を飲み込む時に開き、それ以外は閉じ、ふつう胃の内容物が食道へ逆流することはほとんどありません。
このバルブがさまざまな理由でうまく働かなくなると、逆流が起こります。

(逆流の原因)
胃の中の圧力が上がる
大食のあとや胃がもたれているときには、胃の圧力が高まり、逆流しやすい。
腹圧が高い
肥満や妊娠、それに背骨の変形で腰が曲がるとお腹に力がかかり、胃の中の圧力が高まって、逆流しやすくなる。
唾液が少ない
唾液には酸を中和する働きがある。
タバコは唾液の分泌を減らす。
また喫煙で噴門が開いてしまうこともある。
食道の動きが悪い
食道の動き(蠕動運動=ぜんどううんどう)が悪いと、逆流した酸を胃へ戻すことができない。
噴門(ふんもん)がゆるむ
食べ物を飲み込むのと関係なく、噴門が開いてしまう。
または閉じる力が十分ではない。
裂孔(れっこう)ヘルニア
噴門をしめつける横隔膜の部分がゆるみ、噴門がずれあがった状態。
高齢者に多く見られる。

むねやけが1ヶ月以上も続く時は、逆流性食道炎になっているかもしれません。
むねやけだけでなく、胃のもたれ、胸の痛み、のどがおかしいなどの症状があったら、早目に医師の診断を受けましょう。
よく胃炎だと自分で判断し、胃薬を飲む人が多いのですが、それでは本当の治療にはなりません。

逆流を起こしやすい状態は薬で完全に治すのは難しく、薬をやめると症状が再発します。
薬でも治らない重症の場合は、手術が必要になります。
薬は必ず医師の指示を守り服用しましょう。

(むねやけを起こさないポイント)
食事は一度に食べすぎず、ゆっくりと。
急いで食べると空気も一緒に飲みこんでしまい、胃を膨らませ、そのためゲップがでる。
同じように食べ過ぎ、飲み過ぎは、胃酸の逆流の原因となる。

お酒は噴門を緩める。
特にビールやシャンパンは、胃の中で炭酸ガスとなり胃を膨らませる。

タバコは唾液分泌を減らす。
ひかえめに。

脂肪の多い食事は胃にもたれて逆流を起こしやすい。
強い香辛料、たまねぎ、かぼちゃ、さつまいも、トマト、柑橘類、チョコレート、ケーキ、甘味和菓子、炭酸飲料、コーヒーなどはむねやけを起こしやすい。

ベルトや帯、コルセットは緩めに。
肥満や便秘を避ける。
妊娠中は胃が圧迫されるので、注意が必要。

胃を圧迫する腰の曲がった状態、前かがみの姿勢はできるだけ続けない。

横になるとむねやけがする場合は、枕や座布団を重ねる。
食後すぐ横にならない。
就寝直前の食事は避ける。

~『むねやけ読本』より抜粋~

雑記メモ | 13:33:44 | Comments(0)
お盆供養幡
お盆〔盂蘭盆会(うらぼんえ)の略した呼び方〕の行事はお釈迦様の十大弟子の一人、神通力第一といわれた目蓮尊者(もくれんそんじゃ)が、その神通力で父母の死後の様子を見てみました。
すると母親があの世で苦しんでいるのをみつけました。
お釈迦様は7月15日の自恣(じし)(自己反省をして罪を告白し、懺悔すること)時、飯五果等を供え衆僧に供養すべしと説かれたので目蓮尊者は盂蘭盆会を催し母のために供養した。
この故事によりインドで始められ、やがて中国に伝わり、日本では推古14年(606)に斎を設けたのが始まりといわれています。

お盆に行われる習慣で7月(8月)の13日(新盆の家では1日からと早く行う所もある)夕方に先祖様をお迎えの為にお墓に塔婆を立て、家の前で藁・麦わら・おがら等を使って「迎え火」をします。
先祖の霊が再び仏の世界に帰って行くとされる16日には、霊を送るための「送り火」をします。

各家々では、先祖様を迎えるに当って、盆棚(ぼんだな)を設けて供物を供えます。
盆棚は、精霊を迎える「結界」(しきり)であることを示すため、四方に青竹を立て、草縄(スゲやチガヤ)を張ります。
中央に先祖様の位牌を安置し、香華灯(こうげとう)を備え、盆提灯(提灯の代わりに草縄にほおずきを下げる)、五穀野菜果物等をそなえます。
また、なすをサイの目に細かく刻み洗米と混ぜた「水の子」を芋の葉等に載せ無縁仏等の万霊の供養としておこないます。

お盆供養幡は盆棚にお飾りします。
南無多宝如来(なむたほうにょらい)・南無妙色身如来(なむみょうしきしんにょらい)・南無甘露王如来(なむかんろおうにょらい)・南無廣博身如来(なむこうはくしんにょらい)・南無離怖畏如来(なむりふいにょらい)と五つの如来様の名前が書いてあります。
この名前には煩悩の心を離れる願いが込められていて、その願いは、物惜しみしない豊かな心で、心身ともに清らかに喜悦に満ち、悲智円満の力強さを意味しています。

お盆が終わったら、今までの盆棚の処理に併せて五如来幡(ごにょらいばた)も処理します。
(送り火として燃やしても良い)


雑記メモ | 14:57:51 | Comments(0)
六曜
先勝
急用や訴訟などを行うのに吉の日です。
ただし、午後は凶です。

友引
午前、夕刻、夜は勝負なしの吉日で、昼は凶。
葬儀は道連れが出るとされています。

先負
静かにしているのが良い日。
公事や急用は避けます。
ただし、午後は吉。

仏滅
移転、開店、新規事業の開始など全てにおいて悪い、凶の日です。

大安
仏滅とは逆に結婚、移転、建築、旅行など全ての事に吉の日です。

赤口
赤口神が人々を悩ますため何事にも悪い、凶の日。
正午のみ吉です。

雑記メモ | 20:16:05 | Comments(0)
盆棚の飾り方
お盆(孟蘭盆会を略した呼び方)の行事はお釈迦様の十大弟子の一人、神通力第一といわれた目蓮尊者(もくれんそんじゃ)が、その神通力で父母の死後の様子を見てみました。
すると母親があの世で苦しんでいるのをみつけました。
お釈迦様は7月15日の自恣(じし)(自己反省をして罪を告白し、懺悔すること)時、飯五果等を供え衆僧に供養すべしと説かれたので目蓮尊者は孟蘭盆会(うらぼんえ)を催し母のために供養した。
この故事によりインドで始められ、やがて中国に伝わり、日本では推古14年(606)に斎を設けたのが始まりといわれています。

お盆に行われる習慣で7月(8月)の13日(新盆の家では1日からと早く行う所もある)夕方に先祖様をお迎えの為にお墓に塔婆を立て、家の前で藁・麦わら・おがら等を使って「迎え火」をします。
先祖の霊が再び仏の世界に帰って行くとされる16日には、霊を送るための「送り火」をします。

各家々では、先祖様を迎えるに当たって、盆棚(ぼんだな)を設けて供物を供えます。
盆棚は、精霊を迎える「結界」(しきり)であることを示すため、四方に青竹を立て、草縄(「すげ」や「ちがや」)を張ります。
中央に先祖様の位牌を安置し、香華灯(こうげとう)を備え、盆提灯(提灯の代わりに草縄にほうずきを下げる)、五穀野菜果物等を供えます。
また、ナスをさいの目に細かく刻み洗米と混ぜた「水の子」を芋の葉等に載せ無縁仏等の万霊の供養としておこないます。

お配りした幡(はた)は盆棚にお飾りします。
南無多宝如来(なむたほうにょらい)・南無妙色身如来(なむみょうしきしんにょらい)・南無甘露王如来(なむかんろおうにょらい)・南無廣博身如来(なむこうはくしんにょらい)・南無離怖畏如来(なむりふいにょらい)と五つの如来さまの名前が書いてあります。
この名前には煩悩の心を離れる願いが込められていて、その願いは、物惜しみしない豊かな心で、心身ともに清らかに喜悦に満ち、悲智円満の力強さを意味しています。

(お盆供養幡の説明書きより)

雑記メモ | 13:46:35 | Comments(0)
ビスケット
日本で初めて「ビスケット」が文献に残った日

日本で初めて文献に「ビスケット」のことが記されたのは、江戸時代です。
それまで外国人しか食べていなかったビスケットの「保存性」に注目した水戸藩が、その製法を調べ始めます。
たまたま長崎に留学中だった水戸藩士で蘭方医の「柴田方庵」が、オランダ人にビスケットの作り方を学んで、水戸藩に手紙で送りました。
現在も残っている方庵の日記「方庵日録」によると、それは1855年(安政2年)2月28日のことでした。
この日を記念して、日本では毎年2月28日を「ビスケットの日」として制定しています。

(イトウ製菓・チョコチップクッキーの箱より)

雑記メモ | 13:18:49 | Trackback(0) | Comments(0)
おいしいお茶のいれ方
玉露
沸騰したお湯を50℃にさまし、急須に茶葉3g(大さじ軽く1杯)に、お湯を20mlの割合で入れ、約2分半おいて最後の一滴まで残さず注ぎきる。
お手軽にお楽しみいただくときは、茶葉3g(大さじ軽く1杯)に少し熱めのお湯を60mlの割合で入れ、しばらくおいてから最後の一滴まで残さず注ぎきる。

煎茶
沸騰したお湯を70℃にさまし、急須に茶葉3g(大さじ軽く1杯)に、お湯60mlの割合で入れ、約1分半おいて最後の一滴まで残さず注ぎきる。

強火煎茶
急須に茶葉4g(大さじ1杯)に、沸騰したお湯120mlの割合で入れ、約30秒おいて最後の一滴まで残さず注ぎきる。
尚、普通の香味をお好みの方は少し茶葉を少なくするか、湯量を多くしてください。

深むし煎茶
沸騰したお湯を70℃にさまし、急須に茶葉3g(大さじ軽く1杯)に、お湯60mlの割合で入れ、約30秒おいて最後の一滴まで残さず注ぎきる。

雑記メモ | 21:48:44 | Trackback(0) | Comments(0)
駐蒙軍の歌

黎明興亜の新天地
皇みいくさの御旗の下に
瑞気みなぎる長城越えて
輝き進む駐蒙軍


聖戦寒熱幾千里
山西懐来八達嶺
挺進遠く五原を衝きて
士気旺んなり駐蒙軍


息吹きは新た蒙彊に
断乎進めよ重なる山河
これぞ民族東亜の栄
護り築かん駐蒙軍

雑記メモ | 23:09:28 | Trackback(0) | Comments(0)
北支派遣軍の歌

御稜威のもとに丈夫が
一死を誓う皇軍の
堂々進む旗風に
威は中原を圧しつつ
厳たり北支派遣軍


長城万里堅むとも
黄河の流れ乱すとも
猛追やまぬ陸と空
東西四方に頑敵を
撃破す北支派遣軍


非道に民を虐げて
抗日叫ぶ賊徒らの
破壊のあとに打建てる
新たな秩序永遠の
道あり北支派遣軍

雑記メモ | 23:03:55 | Trackback(0) | Comments(0)
騎兵第14連隊歌

仰げ旭日の御光の 満蒙の野に輝けば
東亜の天地明らけく 忠誠勇武の誉良夫が
樹てたる勲いくそ度 誉ぞ高き我が連隊


日露の戦雲急を告ぐ 明治三十四師走
かたじけなくも大君の 心協せて皇国を
保護せよとぞ宣いて 授け給いぬ吾が連隊


天柱くだけ地維かくも 我等が生くるその限り
国に仇なす敵等を 討ち殲さんと明勅に
堅き誓は今もなお 将士の胸に新たなり

雑記メモ | 22:48:19 | Trackback(0) | Comments(0)
モンドセレクション
モンドセレクションとは、世界中から優れた製品を発掘・顕彰することを目的として、ベルギー王国経済省とEUのもとに毎年世界各地で生産される最上品質の製品を一堂に集めて、格付けを行う由緒ある品評会です。

と・・・お歳暮でいただいた『横濱フランセ』のお菓子に書いてありました。

雑記メモ | 17:38:09 | Trackback(0) | Comments(0)
佃煮
天正8年、徳川家康が関東に下降した時、摂津国西成郡佃村の名主森孫右衛門以下33人を江戸に移住させました。
この人たちが、正保2年に鉄砲州の東の干潟を賜ってここに築島し、郷土の名をとって『佃島』と名付けました。
この佃島に郷土の守護神である住吉神社の分霊を祀り、信者の方々で万人講が興りました。
この時、『田中屋』初代源右衛門が土で造ったかまどで雑魚類を煮て、万人講の皆さんに『佃煮』と称して披露したのが『佃煮』の初めだといわれています。

雑記メモ | 13:42:57 | Trackback(0) | Comments(0)
吉野葛の葛餅
吉野葛は奈良時代より食用にされていたもので、奈良県吉野郡吉野町国栖地方が発祥の地と伝えられている。
くずわふじの葛根より採集したでんぷんを寒晒にして自然乾燥したものが葛粉。
この葛粉を水でゆっくりと溶かし砂糖を加えて焚き、それを固く練ったものが別名「葛練り」とも言われる「葛餅」
その作り方は江戸時代の料理物語にも記されており、当時の茶会に葛餅を用いたという話もあるという。

雑記メモ | 14:51:59 | Trackback(0) | Comments(0)

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