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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
58歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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戦没馬慰霊祭
今日は、靖国神社で「戦没馬慰霊祭」の日・・・
軍鳩と軍犬の慰霊祭と合同の慰霊祭である。
昨年は、親父が亡くなった後で、相続の手続き等で忙しかったので欠席した。
今年は2年ぶりの参列となる。

ここ数年は、騎兵連隊の戦友会を“代表”して参列して、玉串奉奠をしていたが・・・
昨年欠席したせいではないとは思うが・・・(苦笑)
玉串奉奠をする代表から外された・・・(大笑)
騎兵に関しては、もう参列する従軍経験者はいなくなってしまったし・・・
今さら、「戦友会」でもないだろうということなのだろう・・・
ついに、そういう時代に入ってしまったのだ・・・・
というわけで・・・その他大勢の参列者と同じ扱いで席に着くこととなった。

我が騎兵連隊の戦友会の会員が全員お亡くなりになっているわけではない。
100歳で御存命の方が、2人おられる。
が・・・100歳では靖国神社に来ることはできないので、代理のつもりで拙者は参加していたのだが・・・
う~ん・・・もう、無理して参加する必要はないかなぁ~
来年はどうしようかなぁ~・・・・と思う。

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日記 | 22:48:09 | Comments(0)
恒例の会計監査!
今日は、恒例の戦友会の会計監査をする日・・・・
いつもなら泊りがけで上京するが、今回は日帰りである。

いつものように新橋で待ち合わせ、いつもの喫茶店で会計監査をしてもらう。
で・・・ご挨拶と、ちょっとした雑談を交えながら決算書の説明等々・・・
と・・・「はい、ハンコを押しましょう。どこに押すんでしたっけ?」と、あっさりと決算報告書に印をもらい、30分そこそこで会計監査を終了する。
わざわざ横浜から来てもらって、わずか30分そこそこの会計監査じゃ申し訳ない気がしたが・・・
もう、そんなに詳しく説明してくれなくても信用していますから・・・ということなのだろう。
そう解釈すれば、今回の短時間の会計監査は納得できないこともないが・・・
しかし、これはヤバイ・・・・(大汗)
慣れが出て来てしまっているんじゃなかろうか?
当初、「とにかく私の会計報告を疑ってかかってください」(大笑)と頼んでいたのだが・・・
う~ん・・・ダレてきたらマズいぞ・・・(大汗)
決して、私は横領とかをしようとは思っていないが、どこかでミスを犯していないとも限らないのである。
なにせ文系人間で、数字には弱いのである。(大汗)
それだけにお金に関しては、特に慎重を期しているつもりだが、それでもミスを犯す可能性はある。
そこを指摘してもらわないと・・・・(笑)

で・・・帰宅して気が付いた!
そういえば、説明をしている時に通帳を見せていなかった!(大汗)
通帳をちゃんと見せて説明しないと駄目ジャン!(涙)
あ~あ~やっちゃった・・・肝心なところを抜かしちゃった・・・(大汗)
こういうことを、つい、やっちゃうから「疑って見てくれ」と頼んでおいたのだが・・・(笑)
来年の監査の時は、忘れないようにせねば・・・・
反省、反省・・・

日記 | 17:33:54 | Comments(0)
今度は和歌山で震度4!
今日の午後1時半過ぎ、和歌山・徳島の両県で震度4の地震があったという。
震源地は紀伊水道・・・
マグニチュードは、5.2と推定されている。

先日は、岐阜で震度4の地震があったが・・・・
こうなると・・・まだ揺れていない場所で、ドカンと大きな地震が起こるような気がしてならない・・・

ヤバイ、ヤバイ・・・旅先で大地震には遭いたくないものである・・・(大汗)

日記 | 22:03:06 | Comments(0)
岐阜で震度4!
昨日(9日)の午前1時過ぎに岐阜県で震度4の地震があったという。
地震の規模はマグニチュード4.5らしい。

この間、北海道でも大きな地震があったが・・・
どうも感覚的な話になるが・・・
日本列島の北のほうで数回地震が起き、南のほうで数回地震が起こると、1回くらい日本列島の中心で地震が起こっているような気がする。(苦笑)
なにせ、日本列島は「逆クの字」に曲がっているからなぁ~
歪みが溜まるのかもしれない・・・

日本列島がクネクネと揺らいで“ガス抜き”をしているうちはいいが・・・
どこか変なところに歪みが溜まったら「大震災」が起こる可能性がある気がする。(大汗)
う~ん・・・「阪神・淡路大震災」のようなことが起こるんじゃやるまいか?
それが心配である。

ちょくちょく、頻繁に小刻みに揺れてくれている方が、逆に何となく安心する。
ここ最近、そういえば揺れないなぁ~・・・なんていうことに気が付いたときが一番怖い・・・(大笑)

日記 | 12:25:36 | Comments(0)
“ウメちゃん”を講演会に連れて行く(大笑)
今日は“ウメちゃん”と東京へ行く・・・というより「連れて行く」。(大笑)
以前から、高校の同級生で、自衛隊で偉くなった人がいる・・・と“ウメちゃん”から聞かされていた。
“ウメちゃん”は自衛隊の組織も階級も知らないので、「偉い」というだけで、話がさっぱり分からなかったが・・・(苦笑)
先日、たまたま講演会の案内があったので、見てみたら、どうもこの方が“ウメちゃん”が普段から話していた人らしい・・・
ならば・・・聴きに行かねば!(笑)
“ウメちゃん”は、高校卒業以来会っていないから、覚えていないんじゃないか?・・・・と心配していたが・・・
そんなことは、どうでもいい・・・(大笑)
これも何かの縁である。
覚えているかどうかわからないという同級生に再会してみるのも面白いではないか?(大笑)
ということで・・・無理やり東京へ連れて行くことにした!(大笑)

講演会は夜なので、当然、1泊することになる。
東京に行ったらば、思いっきり羽を伸ばそう!・・・・と思ったら・・・
“ウメちゃん”が言うには、羽を伸ばしたら後が怖い・・・という。(唖然)
嫁さんから何を言われるか・・・(大汗)
いやぁ~・・・妻子持ちというのは不便なんだなぁ~・・・とつくづく思う・・・(大笑)

いつもなら、東京に一泊しした場合、翌日には都内のどこかを拙者が案内することが恒例となっている。
基本的には、歴史的な建物とか・・・博物館とか・・・美術館なのだが・・・
今回は、折角であるから、“ウメちゃん”をけしかけて、大学時代の先輩と会うセッティングをするように勧めた。
なかなか上京することがない人ですから・・・
こういう機会に、旧交を温めたり、情報収集をするというのは大事なことではあるまいか?
相手は同業者だし・・・仕事の参考になる話も聞けるかも・・・

ということで、明日は別行動・・・
今日の日中に、どこかを見学しようということで、拙者が今回、選んだのは、港区白金台にある「旧・公衆衛生院」である!
現在は「ゆかしの杜(もり)」という名称になっていて、この中に「郷土歴史館」が入っている。

054_convert_20190821161853.jpg(旧・公衆衛生院)

昭和13年に大倉土木、現在の大成建設によって建てられた建物である。

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こういう意匠・・・好きだなぁ~(笑)

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中央ホールである。
これまた良いなぁ~
最近の建物は、面白くない!(怒)
こういうデザイン・・・こういうのを見るとワクワクする。(笑)

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旧院長室・・・

「この部屋は公衆衛生院の院長の事務室として設計されました建物の中で一番手の込んだしつらえとなっています。当時高級であったべニア材が壁と天井に使われており、床の仕上げも手の込んだ寄木によるものです。家具は現存しておらず、現在置かれている机・椅子類は、古写真を基に復原したものです」
(説明板より)

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旧講堂・・・

「340席を有する階段状の講堂です。各種式や講演会がここで行われていました。現在は法律上集会施設としては利用できませんが、椅子のクッション・背もたれ、天井板以外は、建設当初の部材がそのまま残されています。演壇脇の彫刻(レリーフ)は新海竹蔵によるものです。」
(説明板より)

新海竹蔵は、彫刻家の新海竹太郎の甥っ子・・・
新海竹太郎の銅像を山形県で見たことがある。
新海竹太郎の作品で有名なのは・・・旧近衛師団司令部(現・国立近代美術館工芸館)の近くにある「北白川宮能久親王像」とか、九段の靖国神社ちかくに建っている「大山巌像」・・・いずれも騎馬像である。
で・・・甥っ子の竹蔵の方は・・・何を造ったのだろう?(汗)
全然知らないのだが・・・この人も伯父さんと同じような有名な彫刻科なんだろうなぁ~(汗)

時刻は午後4時・・・
何だかんだと2時間も見学してしまった!(唖然)
近くに喫茶店でもないかと捜しまわり・・・ようやく見つけて、ケーキとコーヒーで一休み・・・
今日の宿泊先は上野なので、まずは、上野へ向かいホテルにチェックインしてから、講演会会場に向かう。

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事前に主催者を通して講師には、我々が参加することを伝えておいた。(笑)
講演後、講師に挨拶に行って、“ウメちゃんを紹介(?)する。(大笑)
予想に反して、講師は“ウメちゃん”を覚えていた・・・(大笑)
名刺交換をして、わずかな時間だが、旧交を温めてもらう。

その後、上野に戻り、旧知の焼肉屋さんで遅めの夕食を取り・・・
以前に何度か行ったことのあるパブへ“ウメちゃん”を案内して飲み会!(笑)
まぁ、この程度なら「羽を伸ばす」というほどのものではなかろう?(大笑)

明日は、“ウメちゃん”とは別行動・・・
拙者は西欧美術館の常設展示を久しぶりに鑑賞してから帰ろうと思う。

日記 | 14:24:11 | Comments(0)
再び両国界隈を散策する
昨日は、偕行社主催の安全保障の講演を聴きに上京・・・
で・・・一泊して・・・・
今日は、この間の両国界隈散策の時に回り切れなかった場所を、再び回ることにした。(笑)
両国界隈散策(徘徊?)第2弾である!(喜)
前回同様、錦糸町駅からスタートである。

錦糸町駅北口から両国駅に向かってテクテクと歩いていたら・・・
小さな神社を見つけた。

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この神社は「津軽稲荷神社」という小さな神社・・・
「津軽」というのが気になる。
社殿の張り紙によれば、青森県弘前城主津軽氏の下屋敷があった場所らしい。

次に向かったのは、「本所小学校跡」・・・
現在は墨田区竪川中学校のある場所である。

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タブレットの地図によれば、ここは「山岡鉄舟旧居跡」のはずなのだが・・・・
何処を探してもそれを示す標柱や石碑、説明板の類が見当たらない!(唖然)
校門の脇にあった説明板は「公立本所小学校跡」の説明板だけである。
あれぇ~おかしいなぁ~
地図が間違っているのか、それとも何かの理由があって、わざと山岡鉄舟を無視しているのか?(苦笑)
学校周辺をあまりウロウロしていると怪しまれるので・・・(大笑)
やむなく立ち去ることにした。

次に向かったのは「三遊亭圓朝住居跡」・・・・

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三遊亭圓朝は江戸時代後期から明治にかけて活躍した落語家である。
住居跡は、小さな公園になっていた。
ここで、拙者と同じように史跡巡りをしているグループと出会った。
同じようなことをする人がいるんだなぁ~(笑)

次に向かったのは「河竹黙阿弥終焉の地」・・・・

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道路のところに説明板が建っていた。
ここで、先ほど、「三遊亭圓朝住居跡」で出会ったグループにまた出会ったので、軽く挨拶したのだが・・・
なんとも冷ややかな態度・・・
俺たちの後を付けてきたのか?・・・と言わんばかりに睨まれた・・・(唖然)
おい、おい、おい・・・挨拶くらいしたらどうだ?
明らかに“団塊の世代”の連中である。(汗)
まぁ、“団塊の世代”に関わらず、こういう連中は結構多い・・・
特に海外で遭う日本人観光客などは、親の仇にでも遭ったように睨んでくるか、小馬鹿にした態度でソッポを向くか・・・いずれにせよ、挨拶も会釈も出来ない連中が多い・・・
そのくせ困ったときには急に親しげに馴れ馴れしく助けを求めてきたりするのである。(怒)
過去にそういう日本人に何人も出会ったが・・・
なんで、日本人というのは、そう身構えるのかねぇ~(苦笑)
先ほど会った時に会釈くらいしておけば良いものを・・・・
挨拶もなしに、いきなり自分の要件を言い出す。
その前に、まずは挨拶が先だろうって・・・(怒)
そういう時は、拙者は助けてやらないことにしている。(大笑)
「はぁ~そりゃぁ~困りましたねぇ~」「へぇ~大変ですねぇ~」「いやぁ~私にはわかりませんねぇ~」と軽くあしらうことにしている。(大笑)
この連中も、同類だろう・・・(大汗)
彼等が立ち去るまで近くで粘って・・・・(大笑)
彼等が立ち去ってから説明板を読む・・・・
「河竹黙阿弥」という名は聞いたことがあるような気がするのだが・・・
何をした人なのか全く知らない。(大笑)
説明板を読んで分かった!・・・狂言作者だそうだ。

さて・・・次は・・・と思ったが・・・
先程の連中と、また出遭ったのでは面白くない。
また後を付けてきやがった・・・と睨まれたのでは、折角の楽しい史跡めぐりが台無しである。
ということで、当初考えていたルートを諦めて、敢えて彼らが向かった方向とは別の方向へ向かうことにした。(笑)

ブラブラ歩いていたら、小さな神社のところに説明板が・・・
この神社は、「野見宿禰神社」というらしい・・・

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この「野見宿禰」というのは、相撲の神様なのだそうだ。
そういうことなのだろう・・・境内に歴代横綱の石碑が建っていた。

近くの「緑町公園」に行ってみたら、そこに説明板が3つほど建っていた。
一つは・・・「江川太郎左衛門屋敷跡前」
江川太郎左衛門は、代々の当主の名前で、有名なのは36代目の当主・江川英龍・・・
以前、伊豆の韮山の反射炉を見に行った時に江川英龍の銅像を見たし、屋敷も見学した記憶がある。
ふ~ん・・・東京にも住んでいたのか?(汗)
それにしてもこの説明板の「屋敷跡前」の「前」って、どういう意味なんだろう?
説明板の建っているこの場所ではないのか?(汗)
よくわからん・・・・

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そして、もう一つの説明板が、すぐ隣に建っている。
「津軽の太鼓・津軽家上屋敷跡」と書いてある。
最初に訪れた「津軽稲荷神社」には「下屋敷跡」と書かれてあったが・・・
それほど離れていない場所に下屋敷と上屋敷があったのか?

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この公園の隅に3つ目の説明板があった。
「葛飾北斎生誕地(墨田区亀沢付近)」と書いてあったが・・・・
「付近」ということは、この説明板が建っている場所ではないということなのかな?
実際の生誕地はピンポイントで、「ここだ!」と言えない・・・つまり、どこなのかハッキリとはわからないということかな?

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この公園の一角に「すみだ北斎美術館」という建物が建っている。
う~ん・・・どうしようかなぁ~
見てみようか、どうしようか・・・・ちょっと迷ったが・・・
今日は“徘徊”すると決めていたので、ここでゆっくり鑑賞なぞしては“運動不足の解消”にならぬ・・・
というわけで・・・更に歩くことにした。

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JR両国駅前を通過して、さらに歩き、両国橋に辿り着く・・・

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この橋のたもとの小公園に「大高源吾の句碑」があるとマップに記載されていた。
大高源吾という人は・・・・以前、赤穂の大石神社に行った時に、石像を見たような気がするが・・・(苦笑)

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句碑には、何の説明板も設置されていない・・・・(唖然)
奥に見える大きな石碑は「表忠碑」という石碑で「明治三十七八年役戦病死者」と題されていて、本所区で徴兵された戦病死者名が刻まれている。
が・・・説明板は設置されていない。
この公園に設置されていた説明板は「両国橋と百本杭」と題されたものだけ。
川岸を保護するための多数の杭が水中に打ち込まれていたという話・・・・
大高源吾の句碑に関しての説明板は欲しい所である。
何で建てないんだろう?

この小公園のすぐ近くに3つの説明板が並んでいる場所があった。

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一つは「旧両国橋・広小路跡」の説明板・・・
この位置に昔は両国橋が架かっていたそうである。
もう一つは「赤穂浪士休息の地」の説明板・・・
赤穂浪士が吉良邸に討ち入り後、泉岳寺に向かう前に、ここで休息をしたそうだ。
吉良邸から、それほど遠くない場所である。
ここで一息ついていたとはねぇ~
あとから吉良邸の追手が来るかもしれないとは思わなかったのだろうか?(苦笑)
そして、3つ目は「石尊垢離場(せきそんこりば)跡」の説明板である。
神奈川県の伊勢原市にある神社に参拝に出かける前に、ここで体を清めたそうだ・・・
はぁ?・・・・よくわかりませんが・・・
垢を落とした場所が「史跡」ねぇ~
へぇ~・・・・である。(笑)

さらに、少し歩いたら・・・またまた説明板を見つけた!
近づいて見てみたら・・・あれ?・・・・である。
これは・・・前回、来た場所である!(大汗)
ついこの間のことなのに、もう忘れている。
なにせ、方向音痴なものですから・・・・(大笑)
この間は、ここまで来ていたのかぁ~と今頃気が付いた次第・・・

さて・・・それでは帰りますか‥‥
ということで、両国駅まで戻り帰途に就く。

今回も、それなりに充実した時間が過ごせた。
ついでに、普段の運動不足も解消できたし・・・めでたし、めでたし・・・である。

日記 | 14:20:59 | Comments(0)
従業員が亡くなっていた!(驚)
突然、昔、我が社に勤めていた従業員が、我が家を訪ねてきた。
地方選に立候補する予定者を紹介する・・・ということだったが・・・
ついでの話・・・
同じく我が社で働いていた某パート従業員が既に亡くなっていたという話を聞かされて驚いた。

彼女は拙者が入社する前から我が社に勤めていた女性パート従業員である。
せいぜい拙者より一回りくらい年上という人だった。
拙者が入社した時、他の従業員から「彼女の旦那はヤクザなんですよ」と言われたことが今でも記憶に残っている。
その話が本当かどうかは、知らないが・・・
彼女は非常に真面目な人で、無駄口は叩かず黙々と仕事をする人だったが、かといって暗いイメージはないという人だった。
仕事は的確、まずミスをすることはない。
永年に亘り検査業務を担当していたので、合否判定の微妙なものは必ず彼女に再検査してもらって、拙者が決断を下したものだ。
彼女の判定には全幅の信頼を置いていた。

そういう人なので、是非、正社員に昇格させたかったのだが、彼女からは「主人がパートでなければ外で働かせないと言っているので・・・」というので、泣く泣く諦めた。
パート従業員にしておくには本当にもったいない人だった。

10年ほど経って、そのご主人が亡くなった。
彼女からは何の申し出もなかったので、こちらから再び正社員昇格の話を持ち出してみた。
「そうしていただけたら、助かります」とのことだったので、即刻、正社員に昇格させた。
当然、他の従業員から異議が出ることはなかった。

“優秀な人”とは学歴なんて関係ないと拙者は思っている。
自分に与えられた職務を忠実にこなし、他者から一目置かれるような人が“優秀な人”だと思っている。
そういう意味で、彼女は本当に優秀な人だった。

その人が、亡くなっているとは・・・
病気で会社を休むなんてことのなかった人なのに・・・
まだ若いのに、この世を去ってしまったとはショックである。(涙)
溜息しか出ない・・・・

ご冥福をお祈りする・・・

日記 | 17:11:46 | Comments(0)
愛車を廃車する・・・
本日、23年間乗り続けていた、我が愛車「三菱ディアマンテ」を廃車にした。
自動車整備工場の社長、“トシちゃん”に引き取りに来てもらった。
以前から、エンジン音も大きくなり、そろそろ限界ではないかと思うと言われて、ついに廃車を決意したのだが・・・
それ以前から、オイルはポタポタ漏れて直しようもなく、騙し騙し乗っていたし・・・
ショックアブソーバーもガタガタで、乗り心地が悪くなっていて・・・(大笑)
まぁ、限界と言われれば以前から、もう限界だよなぁ~

23年前に買った時は、あっちでもこっちでも「ディアマンテ」が走っていて・・・
ある時、拙者の車も含めて国道を6台の「ディアマンテ」が一列に並んで走ってしまったということがあった。
全くの偶然なのだが・・・気が付いたら前も後ろも「ディアマンテ」・・・(大笑)
全く赤の他人の車なのだが・・・
さすがに、同じ車種が6台も並んでしまうと目立つこと・・・(大汗)
いやぁ~恥ずかしい思いをしたことを思い出す。

今では、「ディアマンテ」に出遭うことはない・・・(苦笑)
あれほど走っていた「ディアマンテ」は、どこへ行ってしまったのだろう?(大汗)
23年も乗り続ける奴は他にはいないのか?
町で「デイアマンテ」を見かけたら、ほぼ間違いなく拙者である。(大笑)
これもちょっと恥ずかしい。

ただ、メリットは・・・
こうなると、悪いことは何もできないという事・・・(笑)
下手にスピード出してかっ飛ばすと、あとで友人に何を言われるかわからない・・・
どこで誰が見ているかわからない・・・(苦笑)
道も譲ってあげなくてはならないし、歩行者にも気を使わねばならないし・・・(大笑)
“目立つ車”の運転手は大変である。(大笑)
ついつい優しい運転を心掛けねばならないのである。
どこを走っていたとか、どこですれ違ったとか、友人に言われると、やっぱり見られている・・・と意識せざるを得ない。(汗)
まぁ、結果的には“良い人”になれるからいいが・・・(大笑)

で・・・ついに、23年間共に生きた“伴侶”とお別れ・・・・(大笑)
で・・・車を持って行かれてから気が付いた!
しまった!記念写真を撮るのを忘れた!(大汗)
愛着がある割には、あっさりと忘れていた!(大笑)
しょせん、“愛”なんて、そんなものかも・・・・(大笑)

日記 | 10:12:35 | Comments(0)
車をぶつけちまったぁ~!(涙)
今日は、法人会の「税制セミナー」の日・・・・
水戸まで車を飛ばして、受講しに行く。

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ホテルの立体駐車場に車を入れる・・・
1階が満車なので2階へ・・・
と・・・上から車が下りてきた!
しかも、大回りでカーブを曲がってきた・・・(大汗)
最近の車・・・ワンボックスカーは、やたらと図体が大きい。
にもかかわらず、運転手の運転は下手なことが多い。(大汗)
大回りで来られたため、左側ギリギリに車を寄せて、なんとか、やり過ごすことが出来た。(大汗)
問題は・・・このあと・・・
このまま曲がれるだろうと思ってハンドルを右に切って動きだしたら・・・・
ゴツン!
ありゃぁ~柱にぶつけちゃった!(驚)

なんたることぞ・・・
曲がり切れると思っていたのだが・・・完全に勘が鈍っていた!
あ~あ~バンパーがペコンと凹んでいる!
購入してから23年も乗っている我が愛車の「三菱ディアマンテ」・・・・
数日後に廃車にする予定なのだが、まさか、廃車直前にぶつけるとはねぇ~
この23年間で、他車にぶつけられたことが過去に1回あったが、自分でぶつけたことはない。
まさか、ここにきてバンパーを凹ませるとはねぇ~(涙)

会場で、この話をしたら・・・
みんなが「駐車場の柱は大丈夫だったのか?」と、拙者の車より柱のほうを気にした!(唖然)
おい、おい、おい・・・である。(苦笑)
なんと、薄情な・・・(笑)
誰も拙者の車のほうを気にしてくれないのかよ!(苦笑)
駐車場は鉄骨むき出しの柱である。
コツンとぶつけたくらいでは凹むどころか、傷すら付いていないのである!(顕微鏡で見たらどうかは知らないが・・・)(苦笑)

最近の車はバンパーがあるのか無いのかわからない形状をしている。
バンパーはバンパーらしく張り出していてくれねば意味がないと思うのだが・・・
空力抵抗を考えてのデザインなのかもしれないが、渋滞している国道を走るのに空力抵抗も何もあったものじゃないと思うのだが・・・(苦笑)
しかも、もろい・・・(汗)
コツンとぶつけただけで凹んでしまう。
幸いにもヘッドライトには影響がなかったからいいが・・・
これが、コツンじゃなくて、ガシャンだったら、どうなっていたか・・・(大汗)

それにしても、廃車直前に凹ませるとはねぇ~
運がいいのか悪いのか・・・
多分、運がいいんだろうなぁ~(大笑)
どうせ廃車するんだから、直す必要はない・・・(大笑)
これが、そうじゃなかったら、「セミナーなんかに行かなければ良かった」と大後悔していたかもしれない。(大笑)
運がいいな・・・(笑)

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予定通りセミナーを受講し、どこにも立ち寄らず、バンパーのペコンと凹んだ愛車を駆って真直ぐ帰宅する・・・(大笑)

日記 | 16:13:48 | Comments(0)
北海道で震度6弱!
今日の午後9時20分頃、北海道で震度6弱の地震が起こった。
以前は、「北海道で地震」と聞くと驚いたものだが、最近は、もう当たり前のような気がして・・・
完全にマヒしてきたのかもしれない。(大汗)

こうなると、日本列島、どこで地震が起きてもおかしくはないということになるが・・・
チョコチョコと地震が起きている場所は、「ガス抜き」が出来ているだろうから、もしかしたら、あまり心配する必要はないかもしれない。
それより、全く静かな場所の方が危ないんじゃないか?(汗)
日本海側とか・・・関西方面とか・・・四国周辺とか・・・(大汗)
静岡辺りも危ないかも・・・
となると・・・う~ん・・・旅行に出かけるのが怖い・・・(大笑)
どうしよう・・・(大笑)

日記 | 23:08:11 | Comments(0)
両国を散策
昨日、「近代史検証会」の会合に参加するため上京して一泊した。
今日は、そのまま真直ぐ帰宅してもいいのだが・・・
それでは、ちょっともったいない気がする。(苦笑)
普段の運動不もあるし・・・少し歩こうかなと思い、今日は大好きな史跡巡りをすることにした。

錦糸町のホテルをチェックアウトして、両国方面へ向かい歩く。
タブレットの地図を参考にしながらの史跡散策である。

最初に辿り着いたのは・・・・

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(勝海舟居住の地)

勝海舟は、両国の父親の実家で誕生後、父母と共に本所の旗本屋敷を転々とし、その後、この地に落ち着いて、10代後半までここに住んでいたらしい。

次に出会ったのが・・・

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(勝海舟揺籃の地)

「五柱稲荷神社」という小さな神社に「史跡 勝海舟揺籃之地」の標柱が建っていたが、その他には説明板とかはなかった。
というわけで・・・「揺籃の地」って、具体的にどういうことなのか全く分からない・・・(大汗)
説明板を設置してくれたらいいのになぁ~・・・・と、ちょっと残念・・・

次が・・・・

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(長谷川平蔵の旧邸)

長谷川平蔵・・・ねぇ~・・・(汗)
『鬼平犯科帳』とかっている小説の主人公だったっけ?
へっ?・・・・長谷川平蔵って実在の人物だったの?(苦笑)
小説も読んだこともなければ、ドラマも見たことがないから、全然知らないんですけど・・・・(苦笑)

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(煙草屋・壺屋)

「煙草屋・壺屋」って『鬼平犯科帳』に出てくるお店らしい。
実在していたのか、作者の創作なのか・・・
もう、こうなると、フィクションとノンフィクションの区別がつかない・・・(涙)
時代小説なんて読まない拙者にはチンプンカンプンである。
好きな人は興奮して歩き回るんだろうなぁ~(大笑)

次は・・・・

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(本因坊屋敷跡)

「本因坊」というのは囲碁の「本因坊」のこと・・・
その人の屋敷が、吉良邸のすぐ近くにあったらしい。
「吉良邸討入り」の時も、ここに住んでいたのだろうか?
どうも、この時代のことは興味がないので、さっぱりわからないが・・・(大汗)

次が・・・

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(吉良邸正門跡)

吉良邸は、かなり広かったという話を聞いたことがあるが・・・
ここに正門があったのですか!・・・・である。(笑)
ここから大石内蔵助たちが突入したのかな?
いっそのこと、旧吉良邸の敷地を全部買い取って、当時の屋敷を映画のセットみたいに復元したら、面白いだろうなぁ~と思う。
かなりの観光名所になるような気がしますが・・・(笑)

次は・・・・

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(勝海舟生誕の地)

ここには、平成16年・・・つまり15年前に来たことがある!
が・・・あれぇ~?・・・である。
当時は小さな「児童公園」という感じだったように記憶しているのだが・・・
ずいぶんと綺麗に整備されている。
大きな説明板なんかも設置されているし・・・・(汗)
まぁ、15年も経っているんだから変わっているのは当たり前か?(苦笑)

続いて向かったのは、「両国小学校」・・・・
ここに、芥川龍之介の文学碑と、その近くに日露戦争で活躍した駆逐艦「不知火」の錨がある。

261_convert_20190727105647.jpg(芥川龍之介・文学碑)

265_convert_20190727105718.jpg(駆逐艦「不知火」の錨)

次は、ぐるっと戻って・・・・(笑)

276_convert_20190727110019.jpg(吉良邸跡)

ここにも16年前に来たことがある。
たいして変わっていないように思うが・・・
吉良さんの座像が、いつの間にか設置されていた!

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しかし・・・やっぱり、この一角だけしか残されていないというのは残念である。
周囲の土地を買い取って、もう少し広げたらいいのになぁ~・・・と、やっぱり思ってしまう。(苦笑)

次は・・・・

281_convert_20190727111138.jpg(吉良邸裏門跡)

この裏門からは、大石主税らが突入したらしい・・・

このすぐ隣にあったのが・・・

284_convert_20190727112535.jpg(江東義塾跡)

このあたりに、夏目漱石が教師をしていた、江東義塾という学校があったらしい。
その後、この江東義塾という私学校は、どうなったんだろう?
「慶応義塾」みたいに、その後も存続していたら、今頃「江東義塾大学」なんていう大学が出来ていたかも・・・(大笑)

次は・・・・

288_convert_20190727113732.jpg(前原伊助宅跡)

赤穂義士の一人、前原伊助という人が、吉良邸裏門近くの、このあたりに住んで吉良邸の動向を探っていたらしい。
昨年、赤穂に行って大石神社などを訪れたが・・・
前原伊助・・・ねぇ~
全然覚えていない・・・(大汗)
「忠臣蔵」のファンは、こういう場所に興奮するんだろうが・・・(苦笑)
拙者は、さっぱり・・・わからぬまま・・・である。(大汗)

次は・・・
もっと分からない人・・・(大笑)

293_convert_20190727114332.jpg(塩原太助炭屋跡)

塩原太助という人・・・芝居や講談などの題材になった人らしいが・・・
全く知らない・・・(大汗)

ドンドン歩き、川の方へ行ってみたら・・・

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(烏亭焉馬居住の地)

烏亭焉馬(うていえんば)という人は、江戸中期の戯作者(げさくしゃ)で、江戸落語の“中興の祖”みたいな人だったらしい。
この川沿いに住んでいたらしい。
いくらなんでも、この橋のたもとの、この狭い場所に家があったとは思えないが・・・(笑)
このあたり・・・ということから、この狭い一角に説明板を立てたのではないかと思う。

時刻は、ちょうどお昼になる・・・・
両国駅に向かい、食事をして、帰宅する。
今日は、午前中、結構歩き回り、いい運動になった。
歩いてみると、いたるところに「説明板」が設置されていて、散策するには楽しい地域である。
今日はいい一日だった・・・・満足、満足・・・

日記 | 10:27:14 | Comments(0)
亡くなったのは・・・・
新聞の「おくやみ欄」を見ていて・・・あれ?
もしかして・・・知り合いでは?
何となく名前に記憶があるのである。
う~ん・・・誰だっけ?

そうだ!小学校の時の同級生の女の子だ!
しかし、名字が変わっていないというのは、どういうことだろう?
喪主は「夫」となっているが・・・
こういう場合、女性の場合は「旧姓」も書いてくれると分かりやすいのだが・・・
新聞の「おくやみ欄」には、そういう慣習はない・・・
同姓同名かもしれないが、年齢は拙者と同じ58歳だから、あの同級生の女の子だと思うんだけどなぁ~
もしかしたらお婿さんをもらったので姓は変わらなかったのかもしれない。
確か、彼女は二人姉妹だったから・・・お婿さんをもらった可能性は高い。
ちょっと珍しい名字で、彼女と同じ名字の子は小学校に他にはいなかったから・・・
間違いないと思うんだよなぁ~
住所は町名だけが記されていたが、拙者の小学校の隣りの学区である。
う~ん・・・微妙だが・・・(苦笑)
実家に親と同居ではなく、実家の近くに別に住んでいたとなると隣りの学区になってしまう可能性は高い。

さんざん考えてみたが、やっぱり、あの子だと思う・・・
彼女とは小学校の3年か4年の時に同級になった。
彼女は太っていて「デブ」とか「ブス」とか「ブタ」とかと、よくイジメられていた。(汗)
ある時、余りにも可哀想だったので、彼女を庇ったことがある。
が・・・今度は逆に拙者がイジメられる羽目になってしまった・・・(大汗)
クラス中から散々冷やかされた挙句、ボロクソにイジメられた・・・
で・・・
それに懲りて・・・
その後は、彼女がイジメられても、見て見ぬふりをして庇うのを辞めたのである。
つまり、自己保身に走ったわけである。
このことが、58歳になった今でも罪悪感として残っている。
10年に1回くらい、突然、彼女…”愛子ちゃん”を思い出す。
なぜか突然思いだすのである。
で・・・申し訳ないことをしたなぁ~と後悔するのである。
もっと庇ってあげればよかった・・・と思うのである。
よく彼女が泣いていたのを覚えている。
言葉をかけてやることもできなかった・・・
そんなことをしたら、また冷やかされて、しばらくの間、拙者がイジメられることになるから・・・

あの時は、拙者は子供だったから仕方がない・・・という言い訳もできないこともないが・・・
でも、見て見ぬふりをした罪悪感は消えない・・・

子供の頃、散々イジメられて辛い思いをしてきたのに・・・
58歳でこの世を去ってしまったのか?
「デブ」だの「ブタ」だのとイジメられていたが、結婚をして家庭を持ったんだから良かった・・・
幸せな家庭を築いていたと思いたい。
そうじゃないと辛くなる・・・

あの時、自己保身に走ってしまい、トコトン庇って守ってやれなかったことを謝りたいが・・・
今でも後悔していることを知ってもらいたいが・・・
もうその機会は来ない・・・
“愛子ちゃん”ゴメンね。
どうか安らかに眠ってください・・・

日記 | 21:34:35 | Comments(0)
物忘れがひどくなった・・・(大涙)
夕方になり、日が暮れてきた時・・・
ふと・・・気になった・・・
何か「やるべきこと」を忘れているのではあるまいか?(大汗)

何か、やり忘れていることがあるような気がしてならない・・・
なんだろう?
しばらく考えていて・・・・思い出した!(大汗)
洗濯物!(大汗)
朝、洗濯機を回したんだっけ!
しかし・・・洗濯物を干した記憶がない!(大汗)

やっちまったぁ~・・・
洗濯物が洗濯機の中で皺くちゃになって鎮座ましていた・・・(涙)
もう外は陽が落ちて真っ暗である。(涙)

一日中、洗濯物に気が付かなかったとは・・・(涙)
やむなく部屋干しとする。

こういう物忘れ・・・ヤバいなぁ~と思う・・・

日記 | 21:26:59 | Comments(0)
親父が夢に出てきたが・・・
死んで1年も経ってから、突然、親父が夢に出てきた!(笑)

ニヤニヤ笑いながら・・・
「おかしなことが起こったんだよ」と言う。
何かと思ったら、いきなり拙者の目の前に足を突き出して、足の裏を見せ・・・
「ほら!ウオの目が、いつの間にか消えてるんだ!」と言うのである。
あれ?・・・本当だぁ~(驚)
「なっ!いつの間にか消えたんだよなぁ~おかしなこともあるもんだよなぁ~」と満面の笑み・・・
で・・・親父は消えた・・・

はぁ?・・・である。
死んで1年も経って現れたと思ったら、ウオの目の話かよ・・・(唖然)
もう少し気の利いた話は出来なかったのか?
「大変お世話になりました」といった感謝の言葉とか・・・(苦笑)
「迷惑をかけたねぇ~申し訳なかった」といった謝罪の言葉とか・・・(苦笑)

相変わらず、自己中である・・・(汗)
よりによって、自分の足の話かよ・・・
死んでも親父の自己中は治らないようである・・・(大笑)

日記 | 10:05:24 | Comments(0)
墓参りの“押し売り”(笑)
明日は友人の“ウメちゃん”のお父さんの命日・・・
先日、“ウメちゃん”に、お父さんの命日に墓参りに行きたいと伝えたら・・・
「え?」と言う。
「ん?・・・まさか、自分の父親の命日を忘れていたわけじゃないよね?」(苦笑)
「え?・・・いやぁ~・・・そんなことはないよぉ~」と言うが・・・どうも怪しい・・・(大笑)

「それにしても、よく覚えているよなぁ~」と呆れられたが・・・(苦笑)
他人の誕生日も何も、数字というのはどうも覚えられないのだが・・・
なぜか命日は覚えられるのである。(笑)
特に、お世話になった人の場合は・・・
“ウメちゃん”のお父さんとは、生前、親しく会話を交わしたことはない。
お会いした時に「こんにちわ~」と挨拶する程度・・・
にもかかわらず、お父さんは何故か拙者の事を高く評価してくれていたそうである。
そういうこともあって、“ウメちゃん”との付き合いも深まった。
おかげで、今、拙者がお付き合いをさせて頂き、何だかんだと助けてもらっているのも、お父さんのおかげなのである。
そういう意味では、“ウメちゃん”のお父さんは拙者の“恩人”なのである。
恩人に年に1回はお線香をあげなければ気が済まない・・・

この間、“終活”のため、昔の写真などを整理していたら・・・
20年以上も前の台湾に行った時の写真が出てきた。
台湾の建国記念日に「国賓待遇」で招かれた時の集合写真である。
懐かしんで見ていたら・・・・あれ?
“ウメちゃん”のお父さんが写っている!(驚)
あれれ?・・・・“ウメちゃん”のお父さんも一緒だったの?(汗)
全然覚えていない・・・
“ウメちゃん”と知り合う数年前に、お父さんと一緒のツアーで台湾に行っていたのである。(唖然)
台湾の外務大臣主催の晩さん会にも一緒に参加しているはずなのだが・・・・
全く記憶にない・・・(笑)
あの時は、日本人同士で話をするより、拙者は他国の招待客から声を掛けられ、シドロモドロしながらおしゃべりをしていたからなぁ~(大汗)
それにしても“ウメちゃん”より先にお父さんと会っていたとはねぇ~
不思議な縁である。

というわけで・・・お墓参りに行きたいのだが・・・
情けないことに、お墓の場所をよく覚えていないのである。(大汗)
で・・・やむなく、お墓参りの“押し売り”をすることにした。(大笑)

“ウメちゃん”は「(お墓参りに)行こうかどうしようかと思っていたんだけどね」と言っていたが・・・・
「連れて行ってくれぇ~」と強引に頼む。
行くのなら、日曜日が良かろうということで、命日の前日の今日となった。
こうなると・・・“ウメちゃん”の奥さんも付き合わざるを得ない・・・(大笑)
「折角の日曜日、ゆっくりしたかったでしょうに・・・すみませんねぇ~」と奥さんに謝ったが、拙者が本気で謝っていないことは、奥さんは百も承知だろう。(大笑)

3人でお墓参りをした後、“ウメちゃん”の実家に行ってお母さんとお会いする。
まさか、実家に行くとは思ってもみなかったが、是非、立ち寄ってくれとのこと。
お母さんともあいさつ程度しかしたことはなかったのだが、今回、初めてゆっくりとおしゃべりを楽しめた。

拙者個人としては、今日は充実した日だったが・・・・
“ウメちゃん”夫婦にとっては、いい迷惑だったかも・・・(大笑)
お父さん、拙者が息子さんの尻を叩いて毎年、お墓参りをさせますからご安心を!(大笑)

日記 | 13:25:41 | Comments(0)
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