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投稿日:2009-10-26 Mon
執務室にあった卓上の日米とフィリピンの小旗を持って、3人で記念撮影。これは、市の広報課の女の子が撮影したが・・・
ついでに拙者のカメラでも撮ってくれと言いたいのを我慢する。
なにせ、拙者はこの“ジンジャーばあさん”には対抗意識があるのである!(笑)
この人が、自分のカメラでも撮ってくれと言ったら、ついでに拙者も・・・と言えるのだが・・・(笑)
自分だけそういうことをやって「日本人はこれだから困る」なんて冷やかな目で見られたら面白くない!
変なところで意地を張ってしまった。(笑)
で・・・その後、「こちらにどうぞ」と案内されたのが・・・・会議室。
すでに市の幹部職員がズラリと座って待っていた。
ん?何?これ・・・・
何かスピーチをするようだな・・・と、心構えをしていたのだが・・・・
こういう時に限って、挨拶するようにという話が出てこない!
おい、おい、・・・・・
市長の脇に座らされ・・・・
なんと!“ジンジャーさん”の講話が始った!
うそっ!
またもや・・・ゲリラの話と日本軍に悲惨な目に遭わされたという話である!
しかも・・・・これが・・・長〜い!
「えっ?時間がない?」と話の途中で彼女・・・・
「はい、もう時間がありません」と女子職員・・・・
しかし、それでもまた話し続ける・・・・相変わらずである・・・・
遠慮ということを知らないらしい。
ここぞとばかりに自分の著書の宣伝である。
いやはや、「戦史研究家」という作家は、これくらいしつこくないとならないのか・・・・
こちらとしては気が気ではない。
というのも・・・すでに時刻は9時を過ぎているのである。
で・・・拙者が乗る1日に1便しか飛ばない飛行機の出発時間は10時50分・・・・大丈夫かね?
“ジンジャーさん”の「ありがたい」ご講話が終わったと思ったら・・・・
通常の会議に入る・・・・
へぇ?なんで・・・拙者まで参加させられるの????(笑)
この会議・・・何時間かかるんだ?
やばいぞ・・・・
最初は、建設関係を担当する職員から、現在建設中の公共施設の進捗状況の説明があった。
プロジェクターを使って、建設中の建物の写真を映し出しての説明である。
いやはや、ご丁寧な説明であるが・・・・
こちらとしては時間が気になって仕方がない・・・・
次々と各部局からの報告が上がる。
テーブルの向こうに観光局局長(?)の“ミス・ロズリン”が座っていたので、拙者の腕時計を指さしながら、“口パク”で合図を送る。
と・・・彼女も“口パク”で、返事をくれたのだが・・・・
日本語なら口の動きで何を言っているのかわかるんだけど・・・・
英語では・・・・口の動きが・・・・読めない!(大笑)
仕舞には、会議中だというのに、二人で、しかめっ面したり首を傾げたりのジェスチャー合戦である。
“ミス・リズリー”がススッと後ろからやってきて、小声で「先にチェックインだけ済ませますので、航空券を渡してください」というので、航空券を渡す。
「荷物は車に乗せたままだから・・・」と付け加える。
会議はかなりかかるのかと思ったら、30分ほどで終わった。
よし!さぁ、空港へ行こう!・・・・と思ったら・・・・
これから朝食会だと言う。
へぇ?ここで?朝食をみんなで食べるの?
拙者はもうホテルで食べてきちゃったけど・・・・・

(会議が終わって、ザワザワと朝食会が始まるところ)
「朝食、食べないの?」と観光局長(?)の“ミス・ロズリン”
それどころじゃねぇんだよなぁ〜(笑)
「それより、空港に行かなくてはなりませぬ!」
「大丈夫よ、間に合うから」
「だって、10時50分発のフライトだよ」
「大丈夫・・・飛行機、遅れているから・・・」
「遅れてる?こっちに来るのが?」
「そう・・・だから、大丈夫」
ギョェ〜!
全然大丈夫なんかじゃねぇ!
マニラに到着したら、すぐに成田行きの国際線に乗り換えなくてはならないんだぞ!
定刻通りでもギリギリなのに・・・・遅れちゃまずいだろ。(汗)
と・・・市長が・・・・「これから、あんたはどうするんだ?」と尋ねてきた。
「マニラに行って、マニラから成田行きに乗って、今日、日本に帰ります」と答えたら・・・・
「ん?成田に行くのか?う〜ん・・・それ、間に合うかなぁ?」と言う。
なぬ?うそでしょ!
「JALなのか?」と言うので、「いえ、フィリピン航空です」と答えたら・・・・
「あっ、フィリピン航空ね。それなら、俺が何とかしてあげるよ」と、市長が、いとも簡単に言った。
うそぉ〜
こう言っては失礼だが・・・こんな田舎の市長が国際線をどうこうできるっていうのか?(笑)
とにかく、空港へ行かねば!
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ」と“ミス・ロズリン”に言われたが・・・・
いや、とにかく空港に行かねば不安で仕方がない。
万が一、乗り遅れたら最悪なことになるんだから・・・・(笑)
投稿日:2009-10-26 Mon
拙者が渡されたスケジュール表では、午前7時半に市役所で行われる国旗掲揚式に参加することになっている。が・・・・“ミス・リズリー”は「午前7時半にお迎えにまいります」と昨晩言っていた・・・・
それじゃ、間に合わないんじゃないか?(笑)
もしかしたら、早めに来るんじゃあるまいかと、早めに朝食をとる。
フロントの女の子が「朝食は無料ですから、どうぞ」と言っていたが・・・・
メニューを渡され、好きなものを選べとウェイターに言われる。
ん?よくわかんない・・・このシステム・・・・(笑)
まぁ、たいした金額じゃあるまいと、コンチネンタル・ブレックファーストを頼む。
で・・・これが、それ・・・・(笑)

食後、急いでチェックアウトして、ロビーで迎えを待つ。
通常、マニラのホテルでは、チェックアウトの時によくトラブルがある。
朝食と夕食込みで宿泊しているのに、食事代を別途請求されたり・・・・
しかし、ここでは、なぜかスムーズ!
あら・・・あっけない・・・・
しかも、あの朝食・・・・請求されなかった・・・・へぇ、本当に無料だったんだ。(笑)
昨日の式典の時にスタッフから日の丸の小旗を渡された。
これを持つことで、一応、日本人だということが、会場の人に分かるようにするためだろう。
で・・・この小旗・・・・
よく見たら、「メイド・イン・チャイナ」なのである!(笑)
なんと、中国め!日本の旗まで作って輸出しておるのだ!
こんなもの、日本になんか持って帰れるか!(笑)
というわけで・・・昨晩のレストランの女の子にプレゼントすることにした。
と・・・「ここにサインしてください!」と言う。
へぇ?サイン?
「ついでに、電話番号も・・・え〜と、メールアドレスも・・・」
なんで、そこまで書かなくてはならんのだ?(笑)
いきなりのサインで驚いたが・・・・
やっぱり、“有名人”はサインの練習をすべきだな・・・と反省する。(大笑)
間もなく、“ミス・リズリー”が迎えに来てくれた。
で・・・アメリカ人の“ジンジャーさん”のホテルに寄って、彼女をピックアップして市役所に向かうという。
車に乗り込んできた、“ジンジャーさん”と彼女の妹と朝のご挨拶・・・・
グッド・モーニング!・・・・だけである。
あとは、会話は全くない。(笑)
さて、市役所に到着したら・・・・あらら〜!!!
市役所周辺に人だかり・・・・・なんで、今日も市民が集まってるの???
建物の前にはズラリと市の職員たちが並んで待っていた!
ギョェ〜!
これ・・・単なる毎朝の国旗掲揚だと思っていたのに・・・なによ、この大げさな集会!(笑)
壇上に市長が立ち・・・・・
その右側に“ジンジャーさん”、左側に拙者が立つように“ミス・リズリー”に指示される。
「で・・・俺・・・何をすればいいの?」と小声で彼女に尋ねたが・・・・
返事がない!あれ?拙者の英語が通じない?
そのまま彼女はススッとズラリと並んでいる幹部職員の後ろへ行っちゃった!
ギョェ〜
これからどうなるのよ!
フィリピン国歌とともに、国旗が掲揚される。
で・・・そのあと、市長からのご挨拶・・・・
昨日の式典には、ここにいる日本から来たミスタースズキとアメリカから来たジンジャーさんが立会い、ここに日米両国のフレンドシップが築かれた・・・・とかなんとか言っている。
(フレンドシップ?そんなもの築いてないけど・・・と思いながら聞く・・・笑)
と・・・いきなり・・・・
「では、ミスター・スズキ!ご挨拶をどうぞ!」と市長・・・・
ギョェ〜!!!
うそぉ〜
「ダメ、ダメ、俺、英語、話せないもん!」と言っちゃった!(笑)
チラリと市長の冷たい視線・・・・しまった!と思ったが・・・・時すでに遅し・・・
で・・・“ジンジャーさん”が指名されて挨拶したのだが・・・・
またもや、ゲリラの話である・・・・(唖然)
これで何回目?
ちくしょう!やられたぁ〜!
だいたい、なんで俺を先に指名するかなぁ〜
この“ジンジャーばあさん”の長々とした話を先にしてくれれば、その間に挨拶の言葉を考えて、続いて拙者が「流暢な」(笑)英語でスピーチできるのに・・・・
いきなり最初では・・・・ねぇ〜
しかし、この突然の指名に動揺してしまった拙者の情けないこと・・・・
あ〜自分自身に腹が立つ!
どうして、怖気づいちゃったかなぁ〜
あ〜自己嫌悪である!
で・・・ご挨拶も終わり、解散!
これで、空港へ行って帰れる・・・と思ったら・・・・
市長から「市長室へ来て!記念写真を撮るから!」と言われる。
はぁ?記念写真?
と・・・“ミス・リズリー”がヒョコッと出てきて・・・・
「さぁ、こちらへどうぞ!」と言う。
あのね・・・あんた、どこにいたの?
肝心な時に教えてくれなくて・・・・・
スピーチがあるなら、そう最初に教えてくれよ〜(涙)
投稿日:2009-10-25 Sun
部屋に入ったが・・・なんとも落ち着かぬ・・・・ちょっと興奮しているのかも・・・・
ここで・・・コーヒーでも飲んで一服したい・・・・
というわけで、ロビーに降りて、レストランへ・・・・
幸いに、まだレストランは開いていた。
レストランの若い女の子にコーヒーを頼んだら・・・・
「今朝、式典にいたのはあなたですか?」と言われた。
「ん?式典って・・・・フェリーターミナルの?」
「そう」
「俺、行っていたけど・・・・え?来てたの?」
「はい、見に行きました」
「え〜!午前3時に?」
「はい、行ったら、あそこにいるのは、あなたかなぁ〜と思って・・・。市役所のセレモニーで何か読んでいたのも、あなたですか?」
「そうだけど・・・え?市役所にも来たの?」
「はい、もしかして、うちのホテルに泊まっている人かな〜と思って見てました!(笑)」
「いやぁ〜ありがとう!」
昨日まで、ニコリともしない女の子だったんだけど・・・・
なぜか、ニコニコしながら話しかけてくる。
好感をもってもらえたのかな?
それならば、「日本代表」として参加した甲斐があったというものである。(笑)
いやはや、たいした従業員さんだ。
早朝から見に来ていたとは・・・・
それにしても、日本人は拙者しかいないんだから、どこから見ても俺じゃない?
なんで、確認するんだろ?(笑)
「式典の拙者はどんなふうに見えた?格好よかった?」と尋ねたかったのだが・・・・(笑)
そういう英語が頭に思い浮かばない・・・・
え〜と・・・何ていえばいいの????
え〜と・・・・え〜と・・・
「ごめんねぇ〜、俺、英語がうまく話せない」
「いえ、他の日本人はもっと話せませんよ」
「そうなの?」
「あ〜とか、う〜とか言って、手で、こうやって説明するんだけど、全然わからないんですよね」
「へぇ〜そうなの?」
「いや、日本人全部が話せないわけじゃなくて、英語の上手な日本人もいますけど、ほとんどの日本人は・・・・あ〜とか、う〜とか・・・・ジェスチャーだけです。(笑)」
「へぇ〜そうなの?俺も話せないしね・・・・」
「いや、十分、私たちはコミュニケーションを取れていますから大丈夫ですよ」
「コミュニケーション?」
「そう、コミュニケーション・・・・取れてるじゃないですか〜(笑)」
まぁ・・・なんとか、かんとか・・・だけど・・・・(笑)
英語の上手な日本人もいるって言っていたけど、彼女が会った日本人の中で、拙者は何番目ぐらいの「英語が話せる日本人」なのだろうか?
そこのところを聞いてみたかったが・・・・
あ〜言葉が出てこない!(笑)
駄目だぁ〜・・・・断念・・・・(笑)
女の子と、おしゃべりして、コーヒー飲んで、リラックス・・・・・あ〜最高である!
片言でも、おしゃべりができるというのは楽しいものである。
投稿日:2009-10-25 Sun
さて・・・このウェルカムパーティ・・・最初に開催の挨拶を“ジュンさん”が行ったのだが・・・・これが「最低〜」(笑)
「え〜皆様、お集まりいただきありがとうございます。このたび、この“ミス・ロズリン”と“ミスター・スズキ”が結婚することとなりましたことをご報告いたします!」と言ったのである!
ギョェ〜!!!!
みんなが、大騒ぎ!
おい、おい、冗談がきついよ〜(汗)
この、とんでもねぇ冗談から始まり・・・・パーティーは和気あいあい・・・と、なるかと思ったら・・・・
アメリカの戦史研究家“ジンジャーおばあちゃん”(笑)が、あーでもねぇ、こーでもねぇと、一人でしゃべりまくる。
話は半分程度しか理解できなかったが・・・・
自分が今、興味を持っているのは、戦時中の日本軍の捕虜収容所のことであるという。
収容所に収容された米軍捕虜が、日本兵にどんな目に遭わされたのかということを調べているらしい。(ちゃんとした証拠も持っているとも言っていたような・・・)
で・・・日本大使館に対して、この捕虜収容所の問題についてコメントを求めたが返事が来なかった。
ずいぶん経ってから、捕虜収容所については大変申し訳ない(アイム・ソーリー)とのコメントをもらったが、私は納得できないとかなんとか興奮して喋りまくる。
ん?聞き捨てならねぇなぁ〜
興奮すると、早口が更に早口になるから、その後、何と言っているのかはチンプンカンプン・・・・
すると、“ジュンさん”が、「我々は国家同士というんじゃなくて、このように各国の市民レベルの交流をしようということでやっているんだから・・・・」というようなことを言った。
ということは・・・拙者が想像するに・・・・
「なんで、日本政府の人間がここに来なかったんだ。来れば、いろいろ問い詰めたのに」とでも、彼女が言ったのかも知れない。
(そう想像すると、“ジュンさん”の応答のつじつまが合う)
とにかく、悔しいことに、拙者は断片的にしか英語が理解できないのである。
まるで、壊れたラジオみたいなものである。
突然、よく聞こえたかと思ったら、急に雑音ばかりで何も聞こえなくなる・・・・
あ〜なんとも情けない・・・・
彼女に最初に会った時に、“ミヤケさん”が、「この人は英語がわからないから」と言ったせいだろうか?(笑)
“日本の戦史研究家”(笑)の拙者を目の前にして、言いたい放題である。
拙者のほうを見ずに、まるで食ってかかるように“ジュンさん”相手に議論を吹っ掛けているように見える。
いや、もしかして、間接的に拙者を挑発しているのかもしれない。
う〜ん・・・・悔しいなぁ〜
しかし、拙者は英語が理解できないことになっているんだから・・・・・
このまま、ポーカーフェイスで、彼女の話を聞いていたほうが得策ではないだろうか?
何の話をしているのかわからないふりをして、食事をしながら、耳だけは・・・ダンボ!(笑)
後半は、あまりの早口で、まったく解読不能!(涙)
とにかく「ジャパニーズ、ジャパニーズ」を連発していたから、日本兵のことについて何か言っていたのだろう。
すると・・・“ジュンさん”が反論を開始した。
「私は、日本人からは、そういう風には聞いていない。あなたの言っていることと、ちょっと話が違うようだ。日本人って言っても、ここにいる人(拙者のこと)じゃなくて、別の人から聞いたんだけども・・・・」と前置きして、何か話したのであるが・・・・(それが何かが、困ったことに理解できない)
しかし、“ジュンさん”の話を意に介さない様子で、“ジンジャーばばあ”(笑)は、喋りまくる。
で・・・“ジュンさん”との一対一の議論・・・・
周りのスタッフは・・・・シラァ〜・・・・(笑)
そのうち、急に「日本人の中にもいい人もいる」と言いだした。
もしかして、“ジュンさん”に、日本人の悪口を言いすぎるとたしなめられたのかもしれない。
彼女は、セブ島で「非常に良い日本の若者たち」に会ったという。
かれらは「グッド・メン」だという。
是非とも、もっと話が聞きたいと言うので、この後、セブ島に行って、彼らに会う約束をしているという。
ん?なんだぁ〜?
セブ島で会った若者たちは「いい日本人」だって?
どうせ、サーフィンか、ダイビングをしている「ガキどもら」だろ?
歴史のことも知らない、戦争のことも知らない無知な連中だろう。
「へぇ〜そうなんですか〜知らなかったぁ〜!」とかなんとか連発したんだろう。
で・・・「もっと話を聞かせてください」とでも言われたのかな?
自分の話を無条件で受け入れる歴史の知識のない無知な連中は「いい日本人」ということなのか・・・・
アメリカ人の言いなりになる日本人は「いい日本人」ということか?
聞き捨てならねぇ〜
が・・・なにせ、断片的にしか英語が理解できないのである。
反論したくても、適当な言葉が思い浮かばないのである。
あ〜悔しいなぁ〜
なんとも歯がゆくてしかたない。
ちくしょう!腹が立つ!
英語ができない自分に腹が立つ!
情けねぇ「日本代表」である・・・・・・(涙)
和気あいあい(?)のパーティも終わり、お開き・・・・
“ジュンさん”と友人の方にホテルまで送ってもらう。
車内で、拙者に気を使ってか、「彼女の言っていることは、ちょっと問題がある」というようなことを二人で話している。
やっぱり、二人とも、彼女にはあまりいい印象を持たなかったようである。
「私は少ししか会話の内容がわからなかったのですが、あの話はちょっと不愉快です。英語ができないので、私はしゃべりませんでしたが・・・・日本に帰ったら英語を勉強しようと思います」と話したら・・・
「その通り!お前はもっと英語を勉強しろ!」と二人に言われる。(笑)
情けねぇ〜
とにかく、拙者は何も理解できずに馬鹿面さげていたんじゃないんだぞ、少しは会話の内容は理解していたんだぞ・・・・ということだけは、二人に伝える。
“ジュンさん”から「“ショウ”というのは、どういう意味だ?」と尋ねられる。
彼のいう“ショウ”とは、日本軍の「捷号(しょうごう)作戦」の「捷」のことである。
この質問に答えられなかったら“日本の戦史研究家”としては失格である。(笑)
「捷」とは「勝つ」という意味の日本語なのだという話をする。
「捷一号作戦」は、フィリピン方面における日本軍の決戦作戦である。
どうだ!“ジンジャーさん”がセブ島で会った日本人の青年たちは、こういうことを知っているか?
日本人でありながら「捷」の意味を答えられまい!(笑)
何が「彼らはいい日本人」だ?
冗談じゃねぇ!(笑)
あっという間にホテルに到着。
いやぁ〜今日は長い一日だった・・・・・
投稿日:2009-10-25 Sun
レストランに着いたら、もう一人、“ジュンさん”の友人が待っていた。ん?3人で食事か?
飲み物を頼んで、おしゃべりとなる。
相変わらず、うまく英語が話せないのだが「コミュニケーションは取れているから大丈夫」と言われる。
この“ジュンさん”の友人は、“ジュンさん”と同じロータリークラブのメンバーだそうで、スリガオ市には、誇れる歴史があるのに誰もそれを知ろうとしないので、二人でその活動をしているという。
スリガオ海峡海戦の記念碑も、その一つだそうだ。
今度は、スリガオ海峡海戦で沈んだ戦艦山城のモニュメントを作るという。
そこに全戦没者の名前が書かれたプレートを取り付けたいので、なんとか戦没者全員の名前を調べて欲しいと頼まれる。
う〜ん・・・資料があるかどうか・・・・
日本に帰ったら調べてみると答えたが・・・
こりゃ、難問かもしれないなぁ〜(笑)
「ヘリテージ・センター」には、なかなか地元の人が来ないという。
博物館を見学するのに金を使うくらいなら、何か食べ物を買ったほうがいいというのが、ここの市民の感覚だそうで、そういうのを何とか変えねばという。
高校生や大学生ではすでに遅いので、小学生以下の子供たちを対象に活動せねばという。
拙者は小学1年生の時に母に博物館へ連れて行ってもらって、それから博物館が好きになったんだという話をした。
すると「あなたのお母さんは立派だ。そうでなくてはならない」と大いに褒めてくれた。
喜んでくれ、お母さん!
あなたが、拙者にしてくれたことを外国人が大いに評価してくれたぞ!(喜)
母が生きていてくれてたらなぁ〜・・・・何と言って喜んでくれただろうか・・・・
大人が・・・つまり、親がもっとしっかりしてくれねば・・・という話の流れで、賄賂の話も出た。
どうしても賄賂が横行するらしく、選挙の時などは特にそのようだ。
「賄賂・・・って、わかるか?」と尋ねられたので・・・・
「あの・・・アロヨ大統領がやっていることですよね?」と言ったら、二人が大笑い。
「う〜ん・・・確かに、そう言われれば、そうかな・・・・」(笑)
“ジュンさん”の友人は、ちょっと強面で、かなり緊張感があったのだが、不思議とこの大笑いからお互いの緊張が解けたような感じになった。
と・・・彼が、確か、こんなことを言ったのである・・・・・「アメリカ人は嫌いだ」・・・・
たしか・・・そういうように聞こえた・・・・(笑)
「今回、あのアメリカの戦史研究家の“ジンジャーさん”が、言いたい放題言っていたが、あれはアメリカの歴史観だろう?こちらとしては日本の歴史観も知りたい」と言う。
自分たちが読む本はすべて英語で書かれている本である。
英語の本はアメリカ人が書いている。
だから、アメリカの歴史観しかわからない。
それでは一方的である。
来年は、お前にチャンスを与えるから、日本から見た歴史をみんなの前でプレゼンテーションしてほしいと言う。
「えっ?」っと驚いたら・・・・
「英語が話せないなら日本語でいいから、お前が話せ。“ミヤケ”に通訳してもらえばいい」と言う。
いや・・・そこまで言われたら、通訳なんか使わず、自分の言葉で話したい。(笑)
「1年かけて英語を勉強して、自分で話すようにします」なんて、でかいことを言ってしまった!(笑)
やっちゃったぁ〜(笑)
1年後、本当にそういう場を与えられるかどうかわからないが・・・・
英語の勉強は・・・・せねばなるまい!
しかし、どうも言外に、市役所側との摩擦を感じる・・・・
そもそも“ジュンさん”たちがスリガオ海峡海戦の記念碑を建てて式典を行ったらしい。
つまり、主催者側だったのだが・・・・・
それが、今ではスリガオ市主催となっているようである。
主導権を奪われた形となっている。
たぶん、市のほうでは、どういうルートかは知らないが、アメリカからのお客様として“ジンジャーさん”を招いたのだろう。
で・・・“ジュンさん”たちは、それに対抗して日本側から誰か呼ばねば・・・・となったのではあるまいか?
「アメリカ人ばかり優遇して・・・・」というようなことを言っていたから、そうだろう・・・・
やたらと“ジンジャーさん”の出番を作って、言いたい放題のことを言わせているし・・・・
それが、気に入らないという感じなのである。
それに対して・・・・日本から来た“戦史研究家”は・・・・・英語が話せない・・・・(笑)
一方的にやられっぱなし・・・・
市役所側に一矢報いるはずが・・・・期待はずれの役立たず・・・・(笑)
だから・・・来年は、お前が壇上に上がって、日本語でもいいから話せ・・・という発言になったのではなかろうか?
水面下で主導権争いか?(笑)
そこへ、観光局(?)の責任者の“ミス・ロズリン”が店に入ってきた。
で・・・会話に参加・・・・
“ジュンさん”の友人が「お前、独身だよな?」と彼女に言った・・・・
で・・・“ジュンさん”が「あんたも独身か?」と拙者に尋ねたので「そうです」と答えたら・・・・
「それじゃ、お前たち結婚しろ!」と言う。(笑)
いきなりのことで・・・・唖然・・・・・
彼女が「気を悪くしないでね」と前置きした後に言った言葉は・・・・
「私は外国人とは結婚する気はありません!」だった・・・・(大笑)
ん?そうか・・・拙者は外国人なんだ〜(笑)
しかし、彼らは、それでもさんざん彼女をからかう。
いやぁ〜参ったねぇ〜
拙者は何と言ってよいやら・・・・(汗)
そこへ・・・・ゾロゾロと客が入ってきた・・・・
ん?・・・あれ?・・・・
“ジンジャー”さんたちアメリカ側のお客と市役所のスタッフ達、総勢20名近くである。
“ミス・ロズリー”もいる・・・・
ん?何で?
彼女に尋ねたら・・・・「ウエルカム・パーティですよ」と言う。
ん?
夕食って・・・・みんなで一緒に食べようということだったのか?
“ジュンさん”に確認したら、「ウエルカム・パーティだよ。あなたも参加するんだ」と言われる。
夕食がパーティーとは聞いていなかったんだけど・・・・(笑)
なんと中途半端な意思の疎通か・・・・(笑)
やっぱり英語ができないというのはつらい・・・・・(涙)
投稿日:2009-10-25 Sun
午後5時、“ジュンさん”が自家用車で迎えに来てくれて、「スリガオノン・ヘリテージ・センター」へ向かう。で・・・場所は・・・・
あれ?
昨日、“ミス・リズリー”に連れて行ってもらった港のすぐ脇ではないか!
あれぇ〜こんなことなら、昨日見学したのに・・・・
彼女は、このすぐ脇に「ヘリテージ・センター」があるって教えてくれなかったよなぁ〜
それとも、拙者が聞き洩らしていたのだろうか?
(スリガオノン・ヘリテージ・センター)“フルサワさん”から「小さな博物館ですよ」と教えていただいていたが・・・確かに小さい・・・(笑)
すでに、若い女子職員が鍵を開けて待っていてくれたが・・・・
ニコリともしない・・・・
そりゃそうだろう。
日曜日の休みだっていうのに突然呼び出されたんだから・・・・
「いやぁ〜ごめんねぇ〜」と謝ったが・・・・
「大丈夫です」って言いながら・・・顔は怒っていた・・・(笑)
本当に・・・ごめん!(笑)
(中央に写っているのが怒っている女の子・・・笑)
館内には、いろいろな鉱物が展示されている。
当たり前の話なのだが・・・すべての名称は英語で書かれているので、何という石なのかさっぱりわからない。(笑)
ゴールド(金)、カッパー(銅)、クリスタル(水晶)・・・ぐらいはわかるけど・・・・
あとは・・・・さっぱり・・・・(笑)
スリガオ海峡海戦関係の展示では、日米の指揮官の写真が展示されていたが・・・・
たしか・・・西村中将と表示されている写真は、どう見ても島田海軍大臣のような気がする・・・(笑)
う〜ん・・・どこからこの写真を入手したんだろ?(笑)
あっという間に見学を終了・・・・(笑)
資料室で、“ジュンさん”と、おしゃべり。
以前、“フルサワさん”から贈られた日本語の戦記本を見せてくれて、「この本は貴重な本なんだけど、日本語がわからないから読めない。”フルサワさん”に翻訳を頼んであるので、楽しみに待っている」と言う。
たしか、そういう話も“フルサワさん”から聞いていたが、なかなか翻訳が大変で遅々として進まないということだった。
さて・・・これといって話題がないから、会話が弾まない。(汗)
知識というのは重要である。
英語が話せるとか、話せないとか以前の問題である。
日本語での知識がなければ、会話にならない・・・・(笑)
と・・・・地球儀が目にとまった・・・・
そこで、フィリピン人のルーツについて拙者の知っている範囲で話をした。
「たしか、マレー半島からやってきて・・・一部がフィリピン、台湾へと北上し・・・一部がインドネシア、パプアニューギニア方面へ南下したんですよね?」
すると、「大まかにはそうだが、ルートは実はもっと細かく別れていてね・・・」と詳しく話をしてくれた。
なるほどねぇ〜
しかし・・・・会話はここまで・・・・
う〜ん・・・・話のネタがない!(笑)
参ったぁ〜
「このあと、夕食を一緒に食べよう。7時に予約を入れてある」と“ジュンさん”
いやぁ〜ありがたいお話である。
で・・・・まだ時刻は6時前・・・・
夕食まで時間があるというので、ドライブに出かけるが・・・・
外は真っ暗・・・・・
どこかを見て回るっていっても・・・・真っ暗で見るところがない・・・・・
15分も走りまわったら・・・・行くところがない・・・・(笑)
ところで・・・7時に夕食って言っていたけど・・・・
あれ?その頃に「アワーディング・セレモニー」っていうのが開催されるんじゃなかったっけ?
もしかして・・・それに拙者が日本代表で参列しなくちゃならないんじゃないの?
そのことを尋ねたが・・・・
「別に出る必要はない。それはアメリカ人にでも任せればいい」というようなことを言われた。
(たぶん・・・そう言ったように聞こえたが・・・・)
こういう微妙な発言をちゃんと聞き取れない(日本語に訳せない)から、参っちゃうんだよねぇ〜(笑)
そのうちに、あっという間に、レストランに到着!
投稿日:2009-10-25 Sun
ホテルに戻って待機・・・・しかし、やっぱり、なんとも釈然としないんだよなぁ〜
なんで、日本人グループと拙者を引き合わせるのを避けたんだろう?
で・・・お昼・・・・
“ミス・リズリー”が迎えに来てくれて、“ミヤケさん”が宿泊しているホテルに向かう。
ここでお昼をみんなと一緒に食べることになっている・・・・が・・・・
到着してみて・・・唖然・・・・
すでに、食事は終りに近い・・・・
残り物をかき集めて・・・いただく・・・・
う〜ん・・・なんだろう・・・この待遇・・・・
日本だったら絶対にありえない待遇である。
“ミヤケさん”は、これからダバオの自宅へ戻るという。
本来は10時頃、ここを出発予定だったが、お昼を一緒に・・・ということでお昼まで残った。
たぶん、“ジュンさん”たちは、旧知の“ミヤケさん”と水入らずで歓談したかったのだろう。
で・・・先に食事を始めていたに違いない。
今から6時間〜8時間ほどかけて車で自宅へ戻るという“ミヤケさん”を見送る。
いやはや、“ミヤケさん”が来てくださったことで本当に助かった。
心強かった・・・・
で・・・これから、どうなるのかな?拙者は・・・・(笑)
“ミス・リズリー”の話では、「これからボートレースを見学します」とのこと。
ボートレース?そんなの予定に書いてないけど・・・・
「見学?」
「そうです」
「見学だけ?俺の役目は何かあるの?」
「知りません。たぶん何もないと思います」
「じゃぁ、見に行かなくてもいいよね?」
「・・・・・」
「その後に、3時からアワード・セレモニーというのがあるけど、これ、俺は何か役割があるの?」
「さぁ・・・・」
「日本代表で、何かを優勝者に渡す役割とか・・・そういうのがあるの?」
「さぁ、よくわかりませんけど・・・たぶん、そうじゃないかと思います」
参ったなぁ〜どうなってるんだろ?拙者のスケジュール管理・・・・
式次第では、盛りだくさんの企画が並んでいるが・・・・
詳細がわからない!
“ジュンさん”に尋ねても、要領を得ない・・・・・
特に拙者が日本代表として何かをしなくちゃならないというなら参加するけど・・・・
この炎天下でボートレースを延々と2時間以上も見学するのは勘弁願いたい。
それより・・・“ジュンさん”の「スリガノゴン・ヘリテージ・センター」を見学したいんですけど・・・・
“ジュンさん”は、なぜか、自分のセンターを見学してくれとは一言も言わないのである。
明日には帰るので、今日しか見学する時間はない。
で・・・“ジュンさん”に頼んでみたら、「今日は日曜日で閉館している」と言う。
ありゃぁ〜タイミングが悪い・・・・
しかし、職員を呼び出して鍵を開けてもらう手配をするから、見学してもいいと許可をくれた。
よし!
で・・・いつ?
「午後5時に迎えに行くから、ホテルで待っていてくれ」と言う。
またもや4時間も部屋で待つのか?(笑)
参ったぁ〜
“ミス・リズリー”が「午後3時からアワード・セレモニーなんですけど・・・」と言う。
だから・・・「それは、俺に何かの役割があるの?俺はそれに出なくちゃならないの?」
「わかりませんけど・・・」
「でしょ?じゃ、いいんじゃないの?出なくても・・・(笑)」
“ジュンさん”が「あれは午後7時だか8時に変更になっている」と言う。
“ミス・リズリー”も知らない「予定変更」である。
本当かな?(笑)
とにかくホテルの部屋に戻れと言うので、“ミス・リズリー”にホテルまで送ってもらう。
で・・・・あまりにも暇なので・・・・お昼寝・・・・(笑)
投稿日:2009-10-25 Sun
車に乗せられて連れて行かれたのは、「北スリガオ高校」・・・・正確には「スリガオ・デル・ノルテ・インターナショナル・ハイスクール」である。
この敷地の一角に、戦時中、日本兵を荼毘に付した場所がある。
そこに2年前に記念碑(慰霊碑)が「スリガオ・ヘリテージ・センター」によって建立された。
この建立に、貢献されたのが“フルサワさん”・・・
慰霊碑には英文と日本文で由来が書かれている。
式次第には「リース・レイイング・アット・ザ・ジャパニーズ・クリーマトーリアム・マーカァー」とある。
「クリーマトーリアム」とは、「火葬場」のこと。
公式行事の一つとして挙げられているが、関係者は日本人だけ。
日本のためのセレモニーである。
(慰霊碑がある敷地の入口)高校に到着。
敷地入口に、高校生たちが待っていて、「こんにちわ!」と日本語で挨拶してきた。
いやぁ〜驚いたぁ〜!
発音は完ぺきである。いやぁ〜上手!上手!
一生懸命に練習したんだろうなぁ〜(笑)
先生方もゾロリと並んでいて・・・・「ハロー!」
(なぜか先生方は英語です・・・笑)
で・・・・セレモニーは・・・・???
ササッと“ミス・リズリー”たちスタッフが花輪を慰霊碑の前に置く・・・・
ん?どうなってるの?
「スリガオ・ヘリテージ・センター」の“ジュンさん”から、この敷地のこと、慰霊碑のことなどの説明を受けて・・・・更には、この敷地を「日本庭園」にしたいので資金の協力を・・・という話を聞かされる。
それは結構なことですが・・・・
あのぉ〜セレモニーは?
何か挨拶しなくちゃいけないんじゃないの?
拙者はその覚悟が出来てるんですけど・・・・・(笑)
あれ?
あ〜でもねぇ、こ〜でもねぇ・・・と、みんなは雑談・・・・・
あれれ???
セレモニーがない!(笑)
すでに拙者の花輪は飾られちゃってるし・・・・
(献花)この花は、拙者が300ペソ(600円)払って用意したもの。
600円の割には豪華な花輪である。
が・・・本来は、これを拙者が自分で持って、慰霊碑の前に供えるんじゃないの?
最初から置いちゃったらダメじゃん!(笑)
あれれ・・・・献花式は割愛????
“ジュンさん”は、とにかく日本庭園を造りたいので・・・・という話ばかり・・・・
あのぉ〜日本から、お線香を持ってきたので、お線香をあげさせてもらいますよ〜
ということで・・・“ミヤケさん”と2人で、お線香を供える。
何のセレモニーもないから、先ほど日本語で出迎えてくれた高校生たちも、暇を持て余している様子。
そのうち・・・・帰っちゃった!(笑)
おい、おい、これ・・・どういう企画なの?
あ〜あ〜かわいそうになぁ〜
折角、日本語を練習したんだろうに・・・・
当然、高校生たちとの交流というのがあるだろうなぁ〜と想像していたのだが・・・・
何もない・・・・
スタッフが、飲み物をどこかから買ってきてくれた。
出発前に拙者がのどが渇いたと騒いだからだろう。
これを木陰のベンチに座って頂いて・・・・
で・・・各自、それぞれザワザワと雑談・・・・・
あのね・・・紹介も何もないんですけど・・・・
誰が校長先生なのかもわからないんですけど・・・(笑)
まもなく、それでは帰りましょうと促される。
その時に、女性の先生が声をかけてきた。
この先生が校長先生だそうで、今年着任したのだという。
で・・・校長先生のお話は・・・・日本庭園の整備の資金協力の話である。
“ジュンさん”が、「その話は、もう、してあるから・・・」と答える。
ん?
結局、このセレモニーって、資金協力の陳情?(笑)
あらら・・・である。

この敷地に日本庭園ねぇ〜・・・・
難しいんじゃないのかね?
だいたい、フィリピン人が作る日本庭園って、日本庭園の形にならないと思うんですけど・・・
マニラにある「日本庭園」も、見てみたら、全然日本庭園ぽくなかったし・・・・
日本の造園業者が造らないとダメなんじゃないの?
この一角を日本庭園にという気持はわかるけど・・・・(笑)
さて、校長先生が、今から7〜8人の日本人が来る予定だという話をしているのを小耳に挟んだ。
なに?日本人が来る?今から?
「ここにお参りしたいのだが、いいだろうか?」と打診があったという。
「何というグループ?」
「わかりません」
「いつ来るの?」
「あと30分後くらいです」
「いやぁ〜それなら、もう少しここに残って、その日本人たちに会ってみたいなぁ〜」
「・・・・・」
とにかく車に乗れと急かされる。
「で・・・・次の予定は?」
「ホテルに戻って休んでください。お昼に迎えに行きますから」と“ミス・リズリー”
「この後の予定がないなら、ホテルに戻ってもねぇ〜。それより、これからここに来る日本人に会いたいんですけど・・・」
「・・・・・」
“ジュンさん”からも無視されるし、誰も拙者の話に乗ってくれない。
これから来るというグループはどんなグループなんだろうか?
戦友会か、遺族会か、それともただの観光客か・・・・
観光客がここにわざわざ来るわけもない・・・・
ならば、拙者の知っている人たちかもしれない。
フィリピン人ガイドも何人かは知っているから、ひょっとして知り合いかも・・・・
どうせなら、日本人同士で話をするのが早いんじゃないか?
戦友会関係者なら、なおさらだ・・・・
しかし・・・無視!(唖然・・・・)
どうも、拙者と彼らを引き合わせたくないような雰囲気である。
拙者が頼りにならないと思っているのか・・・・
それとも、別の目的があるのか・・・・
資金援助を個別に頼むためには、拙者にいられては困るということか?
どういうわけなのか、次の予定もないのに、とにかくホテルに戻るからと急かされる。
こういう時に、横のつながり・・・というのを作れるかもしれないのにねぇ〜
それぞれ単独でやっていたら、なかなか話が先に進まないと思うんだけど・・・・
将来のことを見越したら、ネットワークの構築をまず考えるべきだろうに・・・・
まぁ、どうしても会わせたくないっていう様子なので、諦めて車に乗る。
投稿日:2009-10-25 Sun
まもなく、“ジュンさん”から式典会場に入るように指示される。式典会場は、市役所の真前!

白いカバーの付いている椅子が我々の席
向こうのテントには、すでにベテラン(退役フィリピン軍人)等の招待客が座って待機していた。
この式典で拙者のメインの出番がある。
なにせ、1番最初に、日本代表の拙者が「平和の祈り」という、いわば平和宣言を行うのである。
さすがに緊張する。
が・・・しかし、市役所の前のテントにはわずかな人だけ・・・
なんだぁ〜これだけの人の前なら、大して緊張することもないな・・・・
と・・・思ったら・・・・
トンテケテ〜トンテケテ〜と何や太鼓などの楽器の騒々しい音が聞こえ始めた。
ん?何事???
と・・・市役所の目の前の通りから、制服を着た人たちを先頭にぞくぞくと音楽を演奏しながら大勢の人が入ってきた!
はぁ?これが・・・もしかして、「シビリアン・アンド・ミリタリー・パレード」?

先頭の旗は写真に撮れたが、その後すぐに司会者から「ご起立ください!」の声がかかり、起立して、パレードを迎えることになってしまったので写真を撮ることができなかったが・・・
いやぁ〜すごい人数である。
我々の前を通過するときに、それぞれの団体名などが紹介された。
制服組はもちろんのこと、市内の各種団体、各種学校・・・・と、続々と入場・・・・
で・・・式典会場前は、すごい人だかりとなってしまった!
ギョェ〜
こんなに大勢の前で、拙者は「平和の祈り」を読み上げるの?(汗)
顔面蒼白である!(笑)
続いて、国旗掲揚・・・・
関係各国の国旗が掲揚されるが、一番最初が・・・日の丸である!
「君が代」の音楽に合わせて国旗が掲揚される。
拙者と“ミヤケさん”の2人で「君が代」を斉唱する。
別に歌わなくてもいいんだろうけど・・・
でも、折角だ・・・・歌わないより歌ったほうがいいだろう。
続いて、オーストラリア国旗・・・・
スリガオ海峡海戦にはオーストラリアの軍艦も参加していたので・・・ということらしい。
で・・・次が、アメリカ合衆国・・・・最後がフィリピンの国旗である。
ここで、ふと、迷った・・・・
日の丸の掲揚の時は、拙者は普段どおりに直立不動・・・・
掲揚が終わったら、国旗に対して一礼をするが・・・・
さて・・・他国の国旗に対してはどうしたらいいんだろう?
そういうことは誰からも教わったことがない。
しまった!事前に調べておくべきだった!
左胸に右手を置くという仕草を見たことがあるが・・・
あれは、どういう時にするんだっけ?
確か、文民である人が軍隊を閲兵したりする時とか、儀仗兵に敬礼されたときにするとか・・・だと思っているのだが・・・
あれは他国の国旗に対してもやるんだっけ?
それとも自国の国旗に対してだっけ?
拙者が軍人であれば敬礼すればいいだけだが、民間人の場合は左胸に右手を置くのが正式な礼儀か?
さぁ〜困ったぞ・・・・
ここで、間違った行動をとったら笑い物だ・・・・
国際化とか何とか言っている割には、こういうことへの教育は日本はしていないからなぁ〜
小学生から英語を勉強させるのも結構ですが・・・・
こういう公式の行事ではどういう風にするべきかも教えてもらいたいものである。
仕方がない・・・とにかく敬意の表し方は、日本の国旗と同じようにしよう。
直立不動・・・最後に一礼・・・を各国旗に対して繰り返す。
これで相手には失礼にはなるまい?
なにせ、大勢の観客がこっちを見ているのだ。
拙者の一挙手一投足が、日本のイメージを左右すると考えねばならぬ。
さぁ〜次が拙者の出番である!(ドキドキ・・・)
「エキュメニカル・プレイヤー」として各国代表の名前が読み上げられた。
一番最初は・・・日本代表の拙者である!
起立して、会場に集まった人たちに一礼をする。
ところで・・・「エキュメニカル・プレイヤー」って何?
紹介されたのはいいのだが・・・・全然わからないんですけど・・・・(笑)
まずい・・・知らない単語だ・・・・
周りをキョロキョロ・・・・
拙者のそばにはスタッフが・・・・いない!
全部、市のお偉いさん方ばかりである。
あれ?
確か、一番最初に日本が「平和の祈り」を読み上げてくれって言っていたよな?
これが・・・そうなのか?
このタイミングで出て行っていいのか?
誰も合図を送ってくれない・・・・
おい、おい・・・・(汗)
しばし・・・沈黙・・・・シ〜ン・・・・
あ・・・やっぱり・・・拙者の出番だな・・・・(笑)
演台の前に進む・・・・
「平和の祈り」は、英文で書かれたものを“フルサワさん”が日本語に訳してくれて事前にくださっていた。
日本語で読み上げてくれとのことなので、日本語で読む・・・・
正直言って、これは楽である。
なぜならば・・・この会場に集まっている人は日本語を知らないのだ!(大笑)
仮にうっかり読み間違えようとも、誰も気付かないのである。(笑)
更には・・・「今度こそアメリカに勝ってやる!原爆を落とされた恨みは必ず晴らしてやるぞ!」などと暴言を吐いても・・・・誰もわからないのである・・・・“ミヤケさん”以外は・・・・(笑)
つまり・・・失礼な言い方だが・・・ジャガイモ畑に向かって話しているのと変わらない。
ただ、やはり、声の大きさ、トーン、抑揚というものには神経を使わねばなるまい。
言葉の意味が分からなくても、雰囲気というものがあろう。
日本人としての威厳を保たねばなるまい!
などと、思いながら、無事に「平和の祈り」を終える。
拙者に続いて、メトロ・スリガオ・ロータリークラブの代表が英語で・・・・
北スリガオ州(?、もしかして区かな?)の教育局(?)の人だと思うけど・・・この人が現地語であるスリガノゴン語で「平和の祈り」を行った・・・・が・・・・すでにこの時には拙者は緊張の糸が切れて放心状態・・・・(笑)
申し訳ないが、何も耳に入らない・・・(笑)
続いて、市長、州知事の挨拶があったが・・・・これまた放心状態で・・・・耳に入らない・・・(笑)
完全に拙者の思考回路は停止・・・・(笑)
英語の解読は不能である。
この後、「インターミッション」として退役軍人会のご老人がフォークダンスを披露!

“おばあちゃん”に「ほれ、こっちだよ!ほれ、回って!」と手を引っ張られる退役軍人の“おじいちゃん”の姿を見て大笑い。
やっと拙者の思考回路が正常に戻った・・・・
それにしても、この炎天下・・・・踊るのも大変だったろうと思うのだが・・・・
大したもんだ・・・退役軍人さんは・・・・尊敬します。
続いて、「インスピレーション・メッセージ」としてアメリカ人の“ジンジャーさん”がスピーチ。
「インスピレーション」って何?
まさか・・・霊感じゃないよな?(笑)
感動、感激、激励という意味のほうだよな?
彼女のスピーチはまたもや自分の著書の話・・・・
父親がゲリラの隊長だった話と、日本軍の討伐で悲惨な目に遭ったという話である。
しかも、この話が・・・・長い!
30分も話している。
さすがに、国旗掲揚の時点から炎天下の中、微動だにせず立っている制服の方々(警察、軍、沿岸警備隊、消防局等)、そして各種学校の小学生、高校生、大学生は可哀そうである。
さすがに、途中で市長がマイクを取り返して、彼らに木陰に入るよう指示を出した。
が・・・それにもかかわらず、彼女の話はその後も延々と続く。
「大したもんだねぇ〜彼女、30分以上も話しているよ」と“ミヤケさん”が拙者にささやく。
それより、この炎天下・・・・状況を把握しろよと言いたい!
集まっている人たちがかわいそうだろうが!
この式典では、拙者はネクタイを締めてジャケットを着て臨んだ。
なぜならば・・・・日本人だから!(笑)
キリッとした格好をせねばならない・・・・と思ったのである。
日本人は暑かろうがなんだろうが・・・・キリッとした格好をするんだ!(笑)
武士の瘦せ我慢というのを見せてやる〜(笑)
が・・・正直言って、いやぁ〜暑いのなんのって・・・・汗が噴き出し続け、もうクラクラである。(笑)
にもかかわらず・・・延々と話をやめない“オバチャン”には本当に参った。
この一事で、彼女に対する尊敬の念は消え去った・・・・(笑)
ようやく最後のセレモニー・・・・
「コミュニティ・シンギング」である。
ん?「シンギング」?何か歌うのか?
英語の歌詞カードが配られてきた。
「レット・ゼア・ビー・ピース」という歌らしい。
ん?知らないんだけど・・・この歌・・・(笑)
いきなり一緒に歌わされたが、なんとか歌えた!(喜)
いやはや炎天下の2時間以上の式典はきつかった〜
が・・・無事、とりあえず、日本代表としての大役は終えることができた。
いやぁ〜よかった〜
“ミヤケさん”から「こういうことには慣れているんですか?」と言われたが・・・・
その昔、これほどの式典ではないが、そこそこ青年会議所(JC)で経験を積んできたことが役に立ったように思う。
どちらかというと、自分が壇上に上がるより、式典を運営するほうが多かったが・・・・
しかし、何事も経験だな。
本当に無事終えられて良かった。
ここで、タバコを一服して、コーヒーか何か飲みたいところだが・・・・
“ミス・リズリー”が「急いでください!次の場所に移動します!」と拙者を急かす。
「ねぇ、のどが渇いてるので何か飲みたいんだけど〜」と言っても聞いてくれない。(笑)
「急いで!急いで!」とせかされ・・・・・次の場所に移動する羽目となる。
キツイ〜(笑)
投稿日:2009-10-25 Sun
さて、テレビ局のインタビューも終えたし・・・・・次は・・・・
市役所まで「モーターケイド」・・・と拙者のスケジュール表に書いてある。
「モーターケイド」って・・・自動車での行進のことだと思うんだけど・・・・
それらしき、雰囲気が・・・・ない!
市役所の車に乗せられ、送り届けられただけ・・・・
あれ?どういうわけかな??(笑)
パレードじゃなかったの?
オープンカーにでも乗って、沿道の人たちに手を振るのかなと思ったんだけど・・・・
もしかしたら・・・TV局のインタビューを受けている間にパレードは出発しちゃったのかも。(笑)
市役所の会議室に案内され、そこで朝食となる。
バイキング形式で、簡単な朝食が用意されていた。
拙者はパンとコーヒー程度ですませる。
これから先のメインイベントを考えただけで胸一杯で、とても食欲なんか湧かない。(笑)
式典第2部は「サンクスギビング・マス」だと予定表に載っている。
「サンクスギビング・マス」というのは・・・・ミサのことであろう。
今日は日曜日だから、教会でミサがあるのだろう。
“ミヤケさん”から「行ったほうがいいですよ」と言われたが・・・・
いいのかね?
拙者はキリスト教徒じゃないんだけど・・・ミサに参列していいのかね?
曹洞宗なんですけど・・・・(笑)
教会でのミサで、どういう作法をすればいいのかなんて知らないんですけど・・・・
もう、時間だというのに誰も拙者に指示を出さない。
あれ?拙者のスケジュール管理は誰がしてくれてるの????
“ミス・リズリー”も見当たらない・・・・
“ミヤケさん”に“ジュンさん”に拙者は行かなくてはならないのかどうか聞いてくれと頼んだが、どうも要領を得なかったようである。
じゃぁ〜行かなくてもいいんだろ?
それより・・・・タバコが吸いたい!(笑)
というわけで・・・市役所の警備員にタバコを吸っていい場所を教えてもらい、外に出る。
あとから“ミヤケさん”夫妻が来たので、外でおしゃべり・・・・
フィリピンの奥さんは「この暑い中、外に出て・・・」という顔をして苦笑していた。
が・・・拙者はエアコンが苦手・・・・
市役所の会議室はガンガンにエアコンがかかっていたのである。
あまり冷えると、お腹の調子が悪くなる。
ここ肝心な時に下痢でも起こしたら万事休すである!(笑)
午前7時からは式典第3部の「シビック・アンド・ミリタリー・パレード」・・・
これ・・・なんだろう?(笑)
市民と軍隊が一緒にパレードを行うのか?
式次第にはパレードのルートも記されているのだが・・・
我々は参加しなくていいのか?
よくわからん・・・・
まぁ〜いいやぁ〜・・・ということで、“ミヤケさん”とおしゃべりを続ける。
投稿日:2009-10-25 Sun
さて、式典第1部も終了。ようやく日も昇り、周囲がうっすらと明るくなりかけてきた。
“ミス・リズリー”から急きたてられて、次の会場へ移動という、その時である・・・・
昨日お会いした、フェリー事務所の所長さんが「事務所に寄ってコーヒーを飲んでいかないか?」と声をかけてくださった。
いやぁ〜ありがたい!
朝、目が覚めてから何も飲んでいないし食べていないのである。
いやぁ〜コーヒーが飲みたい!(笑)
“ミス・リズリー”に、「お〜い!コーヒー飲みに行くから!」と言って、“ミヤケさん”を誘って事務所に行く。
と・・・そこには、アメリカ人の“ジンジャーさん“の一行も来ていた。
で・・・コーヒーを飲みながら、それぞれ勝手におしゃべりをしていたら・・・・
テレビ局が取材に来た。
「ぜひ取材をさせてほしいと来ているんですけど・・・」と女子職員。
一緒に居合わせた“ジュンさん”が「いいよ〜」と、いとも簡単に返事した!
「いやぁ〜拙者は英語が話せないから、それは“ミヤケさん”にお願いしますね!」と言ったら・・・
「ダメ!君がTVに出なさい!」と一言・・・・
トホホ・・・・勘弁してくれよぉ〜
絶対、無理だって・・・・拙者は英語が話せないもん!
先ほどの記念碑の前でインタビューを受けることとなる。
で・・・最初が、アメリカ側のインタビュー
相変わらず“ジンジャーさん”はゲリラの話を延々としている。
(インタビューを受けている“ジンジャーさん”)“ジンジャーさん”がインタビューを受けている間、スタッフの女の子が拙者の名前を聞きにきた。
「あのね・・・俺、英語話せないからね」
「大丈夫ですよ」
「いや、大丈夫じゃないって!“ミスター・ミヤケ“に通訳してもらうからね。で・・・質問の内容を事前に聞かせてくれる?」
「大丈夫ですよ」
「いや、事前に何を聞かれるのか知っておきたいんだけど・・・・」
「大丈夫です。あなた、ちゃんと英語を話してるじゃないですか。簡単ですから大丈夫ですよ」
「いや、本当に話せないんだってば!」
「あの・・・日本語って難しいんですよね?」
「ん?日本に興味あるの?」
「はい、行ってみたいんですけど・・・連れて行ってくれます?日本に・・・」
「へぇ?一緒に?俺と?・・・・日本に行く?」
「冗談ですよ!(笑)」
「なんだよ〜」
「でも、メールアドレスを教えてくれますか?日本に行く時にメールしますから」
「またぁ〜冗談でしょ?(笑)」
などと・・・いちゃついていたら・・・自分の番が来てしまった!
しまった!
女の子とおしゃべりしていて、アメリカ側へ質問している様子を見るのを忘れた!(笑)
たぶん、同じ内容を聞くのだろうし・・・・
アメリカ側の応答を確認しておくべきだった。
あ〜失敗!
で・・・インタビュー
「こちらが、日本から来た“ミスター・スズキ”で、お隣が“ミスター・ミヤケ”です。“ミスター・ミヤケ”が通訳をしてくださるそうです。では、早速ですが、まずはフィリピンの皆さんへ何かメッセージをどうぞ!」
「へぇ?メッセージ?そんな・・・メッセージなんか何もねぇけど・・・」とつい、日本語で口走ってしまった!
“ミヤケさん”から「こういうことを言ったらどうでしょう」とアドバイスを受け、適当に日本語でペラペラ・・・・
その拙者の日本語に尾ひれをつけて、更に話を大きくして・・・・“ミヤケさん”が英語で話してくれた。
よし!なんとか切り抜けたぞ!(笑)
「失礼な言い方ですけど、今まで日本人がこの式典に参加されなかったのは、日本が戦争に負けたことを恥じているから参加されなかったのでしょうか?」との質問。
冗談じゃない!(笑)
「日本ではスリガオで、こういう式典があることを誰も知らないからです。今回、私がそれを知ったので一人で参加しました」
う〜ん・・・うまくいったぞ!(笑)
「ところで・・・あなたは戦争に行かれたことがあるのですか?」との質問。
なぬ?(笑)
この時、“ミヤケさん”が日本語に通訳をせずに、そのまま「いや、この人は戦争に行っていないですよ」と直接答えたので、つい、「いや、私の祖父が軍人で・・・フィリピンで戦っていたんですよ」と英語で補足説明をしてしまった!(笑)
大失敗である!
「あれ?あなたは英語が話せるじゃないですか!」と、インタビュアーにバレてしまった!(笑)
で・・・次の質問・・・・
「今回の式典に参加された感想と、今後、この式典に期待すること、そして、最後にフィリピンの方々にメッセージをお願いします。・・・・では、どうぞ!」
「はぁ?・・・・・また、メッセージ???参ったなぁ〜俺、フィリピンにメッセージを届けに来たんじゃないんだけどなぁ〜」
“ミヤケさん”に助け船を出してもらって、日本語で答えたら・・・・
「ダメです!あなたは英語が話せるでしょ!自分の言葉で英語で話してください。・・・はい、どうぞ!」
ギョェ〜失敗したぁ〜!(笑)
文章もボロボロ・・・メチャクチャ・・・・手の施しようもない・・・・
完全に舞い上がっちまった!(笑)
“穴があったら入りたい”とは、まさしくこのことぞ!
で・・・・インタビュー終了!
「いやぁ〜これ、カットしてよ〜!」と言ったら、カメラマンがニヤニヤ笑って首を横に振りやがった!
最悪の出来である。
あ〜日本の恥だぁ〜!
やっちゃった〜!
ドドッと自己嫌悪に陥る・・・・・・
「これ、放送するの?本当に?俺のインタビューの部分は放送しないでくれない?」
「そうはいきません。駄目で〜す!」とスタッフの女の子・・・・
あ〜あ〜リハーサルもなしで・・・・演出家もなしで・・・・
どうして事前に打ち合わせを密にとらないかなぁ〜
参ったなぁ〜こりゃ・・・・・
格好が悪いなぁ〜(笑)
「あとで、放送日をお教えしますね」とスタッフの女の子に言われたが・・・・
「見たくな〜い!」と答えたら笑われた・・・・・
しかし、昨年、日本人が誰も参加していないことを、現地の人は戦争に負けて恥ずかしくて来れないのだろうと思っているのか?
いや、そう思われてもおかしくはない・・・・・
素朴な疑問とは、そういうものだろう。
大使館や領事館が、忙しいと言って断らずに、誰でもいいから代理を出せば、こういう誤解を受けなくてすむのだろうに・・・・
戦後64年も経っているのに、今もって負けたことを恥ずかしいと思って顔が出せないでいるのではないか・・・と思われているとは心外である。
日本の外交というものは、もっときめ細かくやらねばなるまい・・・・・
インタビュアーのこの質問は、一般市民の素朴な疑問を代弁していると思う。
いい勉強になった。
うん、拙者が外務大臣になった暁には、この経験を役に立てよう!(大笑)
投稿日:2009-10-25 Sun
午前3時、予定通り、“ミス・リズリー”が迎えにきた。拙者は結局、午前0時前にようやく寝られたという感じなので、睡眠時間は3時間弱・・・(笑)
向かうは、式典会場のフェリーターミナルである。
(式典会場)夜がまだ明けない午前4時・・・・真っ暗である。
式典が始まるまで、まだ時間があるが、すでに関係者が集まっていた。
アメリカ人なのか・・・白人の招待客もいたが、誰がどういう人なのかさっぱりわからない。
とにかく、握手を求められ、記念写真を請われて一緒に写真に収まるが・・・
で・・・あなたは誰?(笑)
テントの中にはベテラン(従軍経験者のフィリピン人)のお年寄りがズラリと座っていたが・・・・
ニコリともしないで、こちらを見ているのには参った・・・・(笑)
自分が「来賓」となると、自由に写真が撮れないのが残念である。
式典が始まる前しか写真が撮れない・・・・
式典が始まったら大人しく来賓席に座っていないと・・・ね・・・・
ここで写真をパチパチ撮り始めたら・・・アホな日本人になってしまう。(笑)
(ライトアップされた記念碑)事前に、式次第を渡されていたが、内容をみると、特にここでの拙者の出番はなさそうである。
と・・・・思ったのは大間違い・・・・
半分安心しかかって、ボケェ〜と座っていたら・・・・
「日本大使館代表!ミスター・スズキ!」と名前が呼ばれた!
なぬ?今、確かに・・・日本大使館代表って言ったよな?(笑)
ギョェ〜!!!
何をすればいいんだ?
“ミヤケさん”もキョトンとしている。
あれれ・・・式次第には「日本大使館代表が何とか・・・」って書いてあったけど・・・
これ・・・拙者のことかい?
“ミス・リズリー”の話では、スリガオ市では日本大使館にも参加要請を出したらしいが、忙しいということで断られたそうである。
で・・・代理が・・・拙者かい?
そんな話、事前に聞いてないんだけど・・・・
花で飾られた小舟のロウソクに火をともして海に流す儀式らしい。
「日本の兵隊の魂へ」とか何とか書かれたプレートが付いていたようだが・・・・
こちらは突然のことなので、なんて書いてあるのか読む余裕もなく・・・・
前に出て行ってロウソクに火をともして・・・・海に流す・・・・
この小舟は日本だけじゃなく、アメリカ、オーストラリア、各国大使館のもの、そのほか、沿岸警備隊、市長、州知事のものなどが用意されていて、各代表者がロウソクに火をともした。
昨日見たヤシの実を割って作った小さなものも誰かが火をともしたらしい。
この小舟を“ミヤケさん”と二人で持って海まで行くが、その間、バチバチとストロボの嵐である。
いつの間にか、大勢の一般市民も集まっていたのには驚いた。
最前列に座っていたので全然気がつかなかった。
ワイワイガヤガヤと大勢の人に取り囲まれながら海に向かう。
それにしても、こんな朝早く・・・よくぞ集まったものである。
日本だったら、午前4時に来いと言われたら誰も行かないだろうなぁ〜(笑)
スリガオの人たちは、たいしたもんだ。
(海に流したところ)フィリピン陸軍による、小銃による礼砲などがあったりと、イベントがいくつかあったが・・・
拙者の出番は、この「精霊流し」だけのようである。
最後に、献花があったが、これは沿岸警備隊や一般の各種団体が献花を行った。
(献花)このあと、またもや記念写真・・・ということで、ストロボを浴びる・・・・
できれば、自分のカメラでも撮りたいところなんですけど・・・・
自分が被写体ではどうしようもない。(笑)
投稿日:2009-10-24 Sat
午後6時・・・待てど暮らせど迎えが来ない・・・・(笑)6時半、ようやく見知らぬ青年が迎えにきた。
「ミスター・スズキ?」
「イエ〜ス!」
彼の車に乗り込んで・・・・街灯もない真っ暗な道を走って連れて行かれたのは、小高い丘にある高級住宅街らしきところ・・・
あれ?ここはどこ????
まさか・・・拙者は拉致されたのではあるまいな?(笑)
ここはゲリラの親分の家だとか?(笑)
すごい豪邸である!
夕食って・・・・ホテルのレストランじゃないの?
この建物・・・レストランじゃなくて、誰かの家みたいに見えるんですけど・・・
庭に招かれたら、“ジュンさん”たちが、すでに食事をしていた!
ありゃぁ〜ここは“ジュンさん”の家?
「お先にいただいてましたよ!」と日本語の声・・・・
“ミヤケさん”だ!
“ミヤケさん”はミンダナオ島のダバオに在住の日本人・・・・
現地の商工会議所の副会頭でもある。
拙者が「英語が話せない!」と騒いだので・・・(笑)
“フルサワさん”が頼んでくれて、応援に駆け付けてくれたのである。
初対面なのだが、初対面とは思えない気さくな方である。
“ジュンさん”とはロータリークラブを通じての旧知の仲らしい。
今回、フィリピン人の奥さんも一緒に来てくださった。
片言の日本語で、挨拶されてビックリ。
食事はバイキング形式のパーティなので、何かと世話を焼いていただき感謝感激である。
ここにはアメリカから来たお客様もいらしていた。
早速、“ジュンさん”に紹介される。
この方は、戦時中にミンダナオ島に住んでいたという70代の女性。
戦史研究家だという。
で・・・“ジュンさん”が拙者のことを「こちらは、日本からやってきた戦史研究家のミスター・スズキです」と言ったから大変!(笑)
「あなたも戦史研究家なんですか!」と驚かれて、機関銃のような早口の英語で話しかけられた!(笑)
ギョェ〜!!
幸い、すぐに“ミヤケさん”が「この人は英語が話せないから私が通訳します」と助け船を出してくれたので助かった。
食事を開始してまもなく、“ジュンさん”から7時から「カルチュラル・ショーがあるが、どうするか?」と尋ねられた。
「どうしますかって・・・行かなくていいなら行かないで、“ミヤケさん”とおしゃべりしていたいんですけど・・・」
すると・・・「行かねばなりません」と言う。
ん?行かねばならないなら、どうして、「どうしますか?」って聞いたんだろう?(笑)
食事もそこそこに車に乗り込み、会場である市立体育館に向かう。
体育館にはすでに多くの観客が集まっていた。
最前列に案内され、すでに到着していた市長さんなど「お偉いさん」にご挨拶する。
まもなく、市長さんのご挨拶があり、この時に紹介されるが・・・
最初に名前が挙がった“ミヤケさん”は着座のまま・・・・
ん?立たなくていいのか?
次に拙者の名前が挙がるが・・・“ミヤケさん”が立たなかったのに、拙者だけが立ったらおかしいだろうと思い座っていた。
しかし、会場では「日本から来たお客様」と紹介されたのに、会場に集まっている方々に一礼もしないというのはいかがなものだろうか?
やっぱり、ここは立ち上がって一礼すべきであったと後悔する。
(市長さん)ショーの前に、アメリカの戦史研究家である“ジンジャー”さんが、自分の著書である『ゲリラの娘』という本の紹介と、その内容の講演をおこなった。
彼女は戦時中、家族とミンダナオ島に住んでいたが、日本軍がこの地を占領したときにジャングルに逃げ込んだ。
で・・・父親は軍人だったため、マッカーサーの命令によりゲリラの隊長として日本軍を相手に戦うことになる。
日本軍はゲリラの討伐にジャングルに入る・・・・
彼女たち家族はジャングルの中を転々と逃げ回り、悲惨な生活を強いられたというような話をしていた。
(“ジンジャーさん”)正直言って、話の半分程度しか聞き取れないし理解できない。(笑)
情けないが・・・拙者の語学力では、この程度が限界である。(笑)
公演が終わり、ショーの始まりである。
どうも主催は、市の教育委員会かなにからしい。
各種学校の生徒や先生方が歌や踊りを披露する。
オープニングは「寸劇」だった。
日本兵に扮した青年が叫ぶ・・・・
「我々日本と手を結ぼう!そうすれば、この国も良くなるぞ!」
そして・・・次にアナウンスが「しかし・・・」と入る・・・・(笑)
日本軍は共に手を携えればフィリピンは良い国になると言っていたが、実際にはそうとはならなかった・・・というお話である。
決して反日感情を表した話ではない。
事実なんだから・・・(笑)
それにしても、この日本兵を演じた青年(たぶん高校生だろう)は、最前列に座る日本人を前にしては、やりづらかったろう。
ハラハラ、ドキドキしながら演じたのではなかろうか?(笑)
ここで拙者が腕を組んでムスッとしていたら・・・・(笑)
こりゃ、まずい・・・・
彼の「勇気」に大拍手を送ってあげる。(笑)

(日本兵が日の丸の旗を振るフィリピン国民に呼びかけるというシーン)
日本人を前にして、勇気を持って、よくやった!誉めて遣わす!(笑)
いくつもの歌や踊りが披露されたが・・・・
一番唖然としたのは・・・・これ・・・・(笑)

会場から子供たちのキャーキャーという声援・・・・
なんでそんなに騒いでいるんだろ?・・・・と思ったら・・・・
これ・・・全員、学校の先生方である。(笑)
その先生方・・・特に、女性の先生がお尻をフリフリ揺らして踊ったから驚いた!
ギョェ〜よくやるよぉ〜(笑)
日本じゃ考えられねぇ〜(笑)
大笑いである。
(エンディング)2時間以上に及ぶ「カルチュラル・ショー」もお開きとなり、午後9時過ぎ、ホテルまで送ってもらう。
“ミヤケさん”とは別のホテルのため、ここでお別れ・・・・
市職員の“ミス・リズリー”から、「午前3時にお迎えにあがります」と言われる。(笑)
午前3時ということは・・・・2時には起きなくちゃならないけど・・・
ということは・・・睡眠時間は・・・何時間?(笑)
ハードスケジュールだが・・・・
彼女たちスタッフは、拙者よりももっとハードだろう。
(裏方さんの苦労はよ〜くわかるよ!)
いやはや御苦労さんである。
投稿日:2009-10-24 Sat
午後3時、“ミス・リズリー”が迎えに来てくれた。早速、観光・・・・
まずは、彼女が紹介したいという「パブル・ビーチ」という海岸に向かう。
ここの海岸は砂浜ではなく、石ころ・・・・
これが約1kmも続いているのだという。

しかも、この石は、すべてのものが角が取れていてツルツルなのである。
角のある石はひとつもない。
これが延々と海岸線に沿って続いているのである。
「日本にもこういう海岸はありますか?」と尋ねられたが・・・・
拙者は知らない・・・・
「私が知っている限りでは・・・」と付け加えて話したいのだが、それを英語ではどう言えばよいのかわからない。
こういう、ちょっとした言い回しが出来ないから、「たぶん・・・ない!」としか言えない。
あ〜!!!もう少し何とかならんか!自分の語学力の低さに腹が立つ。(笑)
しかし、全ての石がツルツルしているとは奇妙である。
「近くに川がないか?」と尋ねたが、「川などはない」と言う。
「山のほうから石が転がってきて、その間に角が取れてツルツルになったのならわかるんだが・・・」という話をしたが、やっぱり答えは「川などはない」である。
そうなると・・・・海の中で転がって、そのうちに海岸に打ち上げられたということになるか?
それにしてもすごい量ではないか・・・・
こりゃ、「世界の七不思議」に加えてもいいんじゃないか?(笑)
続いて、フェリー乗り場に向かう途中、ちょっと小高い場所を通りかかった。
「向こうに見えるのがスリガオの町です」と言われたが・・・・

う〜ん・・・・どこに町があるのやら・・・・(笑)
高い建物がないのでわからない。(笑)
フェリー乗り場に到着し、この敷地内にある「スリガオ海峡海戦記念碑」を見学。
ここで、明朝、式典が行われるのだ。
(記念碑のある場所)
(スリガオ海峡海戦記念碑)このスリガオ海峡海戦というのは、昭和19年10月25日未明に起こった夜戦で、レイテ海戦の中の一つの海戦である。
レイテ島に上陸したマッカーサー軍を攻撃するため、連合艦隊は戦艦大和を主力とする栗田艦隊を攻撃に向かわせたが、この時に別行動を取って、別のコースからレイテ島に向かったのが、西村艦隊と志摩艦隊。
西村艦隊がスリガオ海峡に差し掛かった時、アメリカ艦隊の待ち伏せに遭い全滅。
続く志摩艦隊も途中まで突入したが被害を受け突入を断念・・・・
この海戦を記念して、2001年、「スリガノゴン・ヘリテージ・センター」の手で記念碑が建立された。
ふ〜ん・・・・ここで明朝、式典が開催されるのね・・・・

(フェリーターミナル・右端の女性が“ミス・リズリー”)
ターミナルの責任者に表敬訪問。
明朝の式典で日本代表として参加する旨を伝えて挨拶する。
ターミナルの2階に、スリガオ海峡海戦の展示スペースがあり、ちょうど模様替えの最中。
明朝の式典に合わせるって言ってたけど・・・・
間に合うのかい?
展示写真の中に「栗田長官」のものがあったが、どう見ても栗田さんじゃない。(笑)
西村長官のような気がするんだよなぁ〜
栗田さんってこんなに温厚な顔していなかったと思うんだよなぁ〜(笑)
一応、この写真は名前が間違っているみたいだよ・・・ということだけは伝えておいたが・・・・
日本に帰ったら調べないといけないな。

これは、椰子の実を利用して作られた灯篭・・・・
花で飾られていて、中にロウソクがある。
これに火をともして海に流すという。
式典は日が昇る前の、まだ真っ暗な午前4時から始まる。
この時に使うため用意しているという。
ということは・・・・「精霊流し」みたいなことをするらしい。
続いて市内中心部に戻る。
さぁ〜!ここからがマニアックな市内観光の始まりである!(笑)

左の建物は「シティ・ホール」(市役所)である。
これに隣接する建物は「ジムネイジアム」(市立体育館)である。
戦時中は、ここに州庁舎があった。

現在の市役所の目の前にある公園。
この公園は、戦時中(昭和18年当時)も存在していた公園である。

公園の向こうにある教会。
戦時中にもここに教会があったが、かなり立派な建物なので戦後に建て直されたのではないかと思われる。
ここを散策中に“ミス・リズリー”が何やら言うのだが・・・・意味不明・・・(笑)
しきりに「シュー」と言うのである。
よくよく話を聞いてみると、イメルダ夫人(マルコス元大統領の奥さん)は靴を集めることで有名だったそうで・・・・
それと何やら関係がある話らしい。
(英語ができないと、本当に不便だぁ〜)
「シューって・・・何?」
「シューですよ、シュー!イメルダ!知ってますか?イメルダのシュー!」
「それは・・・シューズ(靴)のこと?」
「そう!」
「それが、どうしたの?」(笑)
わからねぇ〜(笑)
「靴の博物館があるの?イメルダが集めた靴の・・・?」
「違います!」
「う〜ん・・・じゃ、靴のお店?」
「違います!」
まるで、連想ゲームである・・・・(笑)

で・・・結局何かと言うと・・・・
靴のモニュメント!(笑)
靴が片方しかないから「シュー」なのだ!
2つあれば「シューズ」・・・か・・・・(笑)
マルコス大統領の時代に作られたものらしいが・・・・これ・・・何の意味があるの?(笑)
さんざん苦労して会話をした結果が・・・・これである。

道路の左側、木が見えるあたりに戦時中は映画館があった。
が・・・今はない・・・・
彼女に聞いたら、スリガオには映画館は1つもないのだそうだ。
「戦時中のほうが文化的だったのではないか?」と言ったら笑われた。

公園の脇の果物市場。
ここで「FUJI]と名付けられたリンゴが売られていたが・・・
日本の「ふじ」とは似ても似つかない小さなリンゴであった。(笑)

左側のデパートのような建物がある場所には、戦時中、スリガオの町役場があった。

スリガオ港
ここの事務所の許可を得て構内を撮影する。
ここは戦時中もスリガオ港として使われていた海上輸送の要衝である。
春に一緒にミンダナオ島へ行った”フジイさん”は、終戦間際にダバオからこのスリガオへ向かう命令を受けたという。
スリガオへ行けば、この港から船で脱出できるのではないかということだったらしい。
が・・・スリガオへ向かう途中、終戦となり、ダバオの収容所へ送られたのでスリガオへ行けなかったと言っていた。
もし、ここまでたどり着いていれば「“フジイさん”思い出の地」となっていた港である。(残念・・・笑)

道路の左側の建物の並び、その奥のほうに「スリガオ興発組合」というのがあった。
その裏の路地には「ダンスホール」もあったという。
市役所の車で移動しているため、そうそう変な場所に止めさせるわけにもいかぬ。(笑)
しかも、拙者が何をしているのかは、若いドライバーも“ミス・リズリー”も理解できない様子。(笑)
「とにかく、ここで待っていてくれ。俺は歩いて写真を撮る!」と言って彼らから離れるが・・・・
彼らも“お客様”に何かあっては大変と、「車が来ますから!危ないですから!」の連発。
心配顔でハラハラしている様子を見ると、そうそう勝手に遠くまでは行けない。
途中で、日本の憲兵隊宿舎跡と思われる古い建物を車窓から見つけたが、これの撮影は諦める。
次回、また来た時に撮影しよう・・・・・(笑)

右側の建物があったところに、戦時中は「(株)安宅商会」という日本の企業があった。
この建物が、当時の建物かどうかはわからない。
誰かに尋ねようかと思ったが、時間がなかったので断念・・・・・

「D2D]という看板のパン屋があるところは、戦時中、日本軍の酒保(軍人専用の売店)があった場所である。
昔は、日本軍の売店、今はパン屋・・・・(笑)
時刻は4時半・・・・
写真撮影もこれまで・・・・ということで、ホテルまで送ってもらう。
“ミス・リズリー”は半分呆れ顔・・・・(笑)
まぁ、そうでしょうねぇ〜(笑)
今日の彼女の「得体のしれない日本人のお守り」は、これで終了。(笑)
6時に“ジュンさん”が迎えに来てくれて、夕食をご馳走してくれるというので、それまで部屋で待機する。
投稿日:2009-10-24 Sat
到着した空港は・・・・小さな飛行場・・・・(笑)荷物が出てくるターンテーブルって・・・・これ・・・・

空港内で出迎えに来てくれていたスリガオ市の女子職員からレイを首にかけてもらう。
いやぁ〜なんとも照れくさい。(笑)
で・・・挨拶もそこそこにホテルに向かう。
そこで、今後の打ち合わせとなるが・・・・
式次第を渡され・・・・「では、夜、お迎えにあがります」と言う。
時刻はまだ11時にもなっていない。
夜までここでどうしろっていうの?(笑)
うそぉ〜
「どこか行きたい所があるんですか?」と彼女。
戦時中の日本軍の陣中日誌に載っていた当時のスリガオの地図を持ってきていたので、「このあたりを散策したい」と話したところ、「私の事務所の近くだから行きましょう」と言ってくれた。
で・・・ここまでは、なんとか会話は成立したように思えたのだが・・・・(笑)
今回の私の面倒は、この“リズリーさん”という若い女子職員がみてくれるらしい。
事務所は「ツーリスト・オペレーション・オフィィス」というらしいのだが、日本流に言ったらなんていうんだろ?
観光協会?スリガオ市観光局?
よくわからないけど、とにかく拙者の面倒を見てくれるらしい。
らしい・・・というのは、彼女は英語しか話せないから、よくわからないのだ。(笑)
やっぱり、間違っても日本語の通訳は付かないのね・・・・・(笑)
で・・・連れて行かれたのは市の中心部にある公園。
ここは戦時中も存在していた公園である。
で・・・・その脇にある建物に案内された。
ん?なに?
事務所長の若い女の子がお出迎え・・・・
“ミス・ロズリン”は若いのに所長さん・・・・
なんで、ここに来ることになっちゃったんだろ?????
表敬訪問??????
そんなこと聞いてないんだけど・・・・
さっき、何でもかんでも、わからないくせに「イエス!」を連発したせいだな・・・・
どこかで「表敬訪問しますか?」と言われたのだろう。
意味もわからず「イエ〜ス!」って答えたからこうなったに違いない・・・・(笑)
所長室に案内されて、コーヒーのもてなしを受けて・・・・英会話!(笑)
「あのですね・・・私は英語がダメでしてね・・・・」
いかに英語が話せないかを英語で説明するんだから、よく考えればおかしな話である。(笑)
「他の日本人より英語を話していますよ」
「他の日本人って・・・ここに日本人も来るの?」
「時々、数人の日本人が来ます」
「仕事?」
「いえ、レジャーのようですが、彼らは、全然英語を話せません」と、ちょっと嫌な顔をした。
へぇ〜そうなのか?
で・・・今後の予定ですが・・・・
「ホテルに行って夕方まで休んでいてください」
「いや、今、ホテルから来たんだけど・・・・観光したいんですけど・・・・」
「この時間は暑いですから部屋で休んでいたほうがいいですよ。3時過ぎにミス・リズリーが迎えに行きますから・・・・」
「今から4時間も・・・・休むの?」
「暑いですから外に出るのはやめたほうがいいです」
と言われ・・・・強制的に・・・・(笑)
ホテルに戻らされる。(笑)
(宿泊先のゲイトウェイホテル)ホテルに到着してから頭痛が激しくなる。
ん?英会話でまたもや頭がオーバーヒートしたのか?
それとも暑気を受けたのか?
頭痛がするが、4時間もどうしたらいい?
お昼までは時間があるのでホテル周辺を散策しようと外にでる。
(ホテルの目の前の道路)外に出たら・・・・暑い・・・・あぢぃ〜・・・・
だめだこりゃ・・・・
とにかく猛暑である。
しかも湿度が高い・・・・
確かに、彼女の言うように部屋にいたほうがよさそうである。
頭がガンガンするのは、腹が減ったせいか、水分不足か・・・
昼食はホテル内のレストランで一人で食べる・・・・が・・・
何を頼めばいいのかわからない。(笑)
メニューを見てもピンとこない・・・・(笑)
「コースメニューはないのか?」と尋ねたのだが、従業員の女の子は「コースメニュー」という言葉を知らないらしい。
あれ?コースメニューって日本語???(笑)
あ〜でもねぇ、こうでもねぇと説明したら・・・・「スペシャルメニューですね!」と言われた。
あっ・・・そう・・・スペシャルメニューって言うの・・・・
どこが「スペシャル」なのか分からないけど・・・・(笑)
しかも、拙者の場合は「スペシャルコース」なんて聞くと、別のことを想像しちゃうんですけど・・・(笑)
このスペシャルメニューの中にデザートとして「マンゴー・ドリーム」というのがある。
何だろ?「マンゴー・ドリーム」って・・・・
質問したら・・・女の子が大騒ぎで厨房へ走って行った!(笑)
しばらくして戻ってきて説明してくれたのだが・・・・チンプンカンプン・・・・
何を言っているのかわからない・・・・
ん?もしかして・・・・アイスクリーム?
「アイスクリームのことか?」と言ったら勘が当たったらしい。
「そう、アイスクリームですけど!」と憮然と言う。
あらら・・・「知っているなら聞くな!」と言わんばかりの顔で睨まれた・・・・(笑)
(スペシャルコース!)
(デザートのマンゴー・ドリーム)スープ、コーラ、マンゴーのアイスクリームがついて225ペソ・・・・
高いなぁ〜と思ったのだが、日本円で450円である。(笑)
食後・・・まだ3時間もある・・・・
仕方がないので、部屋に戻って昼寝をすることにする。(笑)
(拙者の部屋)
(部屋からみた風景)
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